帰って来た愛兄

作者:雷紋寺音弥

●灯篭流し
 夕暮れ時の河川敷。様々な色をした灯篭が流れる様を、シフカ・ヴェルランド(血濡れの白鳥・e11532)は橋の上から静かに見つめていた。
 盆の季節には、亡くなった者の魂が、戻って来るという言い伝えがある。それら、祖先の魂の冥福を祈り、人は彼らを弔うために灯篭を河へ流すのだという。
(「死者の魂が戻る、ですか……。それなら、私の兄の魂も……」)
 戻って来ているかもしれないと思い、直ぐに首を横に振って否定した。
 自分は、いったい何を考えているのだろう。仮に戻って来たとて、自分には彼に合わせる顔がない。苦笑しつつ顔を上げて夕焼け空を眺めると、生暖かい風がシフカの横を通り過ぎ。
「……っ!?」
 先程までとは周囲の空気が一変したことで、思わず風の吹いて来た方へ振り返り、身構えた。
 気が付けば、遠くから聞こえていた祭囃子の音や、蝉時雨さえも止んでいる。いや、それどころか、周囲には人の気配すらなく、橋の上にも河原にも誰もいない。
「……そ、そんな……嘘、ですよね……」
 一瞬、シフカは自分の目の前にある光景が信じられなかった。
「シフカ……会いたかったよ。愛している……」
 そこにいたのは、今は亡き自分の兄だった。ともすれば、自分の連れているビハインドと見紛いそうになったが、目の前の兄は顔を仮面で覆ってなどおらず。
「ああ、シフカ……。どうして君は、こちらへ来てくれないんだ? どうして……」
 焦点の定まらない、光を失った瞳で、彼女の兄は表情さえ変えずに呟いた。夕陽の光を受け、細長い影を携えた彼は、徐に赤い刃のナイフを取り出して。
「さあ、シフカ……一緒に逝こう……。愛しているよ……」
 夕陽に映える、紅の一閃。手にしたナイフを振り抜いて、シフカの兄は彼女の命を駆るべく、非情にも襲い掛かって来た。

●黄泉路からの帰還
「招集に応じてくれ、感謝する。灯篭流しの行われている河川敷の橋で、シフカ・ヴェルランド(血濡れの白鳥・e11532)が宿敵のデウスエクスに襲われることが予知された」
 敵は屍隷兵が一体のみ。だが、シフカにとっては厄介な相手であり、大至急救援に向かって欲しい。集まったケルベロス達に告げるクロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)の表情は、いつになく険しく、そして重かった。
「出現する屍隷兵はシフカの兄、ヘイドレク・ヴェルランドの身体を素体にして作られたものだ。誰が作ったのかまでは定かではないが、シフカにとっては、戦い難い相手だろうな」
 詳しいことは知らないが、シフカはかつて、自らの手で兄の介錯を行わねばならなかった過去があるらしい。そんな彼女にとって、ヘイドレイクと戦い、殺すということは、二度に渡って自分の兄を自分の手で殺すということだ。
「正直、この屍隷兵を作ったやつも、それによる動揺を狙っている節があるんだろうな。敵の使うグラビティも、ナイフに過去の幻影を映して相手のトラウマを誘発させたり、伸びる影で複数の敵を地形ごと飲み込み、幻覚を見せたりするような性質を持っている」
 加えて、左手には鎖が巻かれており、これもヘイドレイクの武器である。この鎖は全方位に伸びて敵を刺し貫き、そこから猛毒を注入するという、厄介極まりない性質を持っている。
 また、ヘイドレイクはシフカの兄ではあるが、屍隷兵にされた故か意思の疎通は不可能だ。譫言のようにシフカへの愛を様々な形で口にするだけで、会話らしい会話は成立しないと思った方がいい。
「シフカが兄を殺めねばならなかった理由については、俺にも分からん。だが、このまま彼女を放っておけば、敗北するのは必至だからな」
 理由はどうあれ、自分への愛を囁く兄を、二度も殺して平気な者などいないはず。
 願わくは、彼女の涙で夕刻の河原が染まることのないように。そう言って、クロートは改めて、ケルベロス達に依頼した。


参加者
青葉・幽(ロットアウト・e00321)
シフカ・ヴェルランド(血濡れの白鳥・e11532)
トリューム・ウンニル(碧き天災の運び手・e61351)
ジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)
フレデリ・アルフォンス(青春の非モテ王族オラトリオ・e69627)
 

■リプレイ

●死出の誘惑
 シフカ・ヴェルランド(血濡れの白鳥・e11532)は困惑していた。
 橋の上に、夕陽を浴びて立つ白い影。それは、今、この場には、決していることのない存在。
「お兄様……!? あの日『奴等に殺された』貴方が、何故今此処に……!?」
 信じられない。これは夢か。困惑するシフカだったが、これは夢でも幻でもない。今、自分の目の前に立っているのは、他でもないヘイドレイク・ヴェルランド。かつて、『連斬部隊』によって命を奪われたと、少なくともシフカ自身は信じて疑わない相手。
「シフカ……ずっと、ずっと会いたかった。さあ、こっちにおいで……」
 想像していた以上にはっきりとした声で、ヘイドレイクはシフカを誘った。差し伸べられた手も、その優しい言葉も、生前の彼、そのものだ。が、同時に彼の纏っている恐ろしい程に冷たい気を感じ、シフカはどうしても一歩を踏み出すことができなかった。
「わ、私は……」
 こんなところに、自分の兄がいるはずがない。目の前の存在が幻覚でないとするならば、あれは異界の使途か、もしくは黄泉の国からの使いだろう。
「シフカ……どうして、こっちに来てくれないんだ。それとも……また、俺を置いて行くのかい?」
 ヘイドレイクの言葉が、シフカの心の中にある、嫌なものを抉り出す。
 そうだ。自分は、あの日、兄を置いて逃げ出した。そして、今、再び目の前の現実から目を逸らし、向き合わずに逃げ出そうとしている。
「あ……あぁ……」
 時間にして一瞬。しかし、ヘイドレイクにとっては、それで十分。
 気が付くと、シフカの足元に黒い影が伸び、彼女の身体に絡みついていた。それが見せるのは、究極の快楽。心の底まで侵されたシフカの瞳からは、既に光が消えていた。

●幻と現実
 シフカは夢を見ていた。
 優しい兄。その胸元に抱かれ、自分は彼の言葉に己の身を全て委ねている。これは夢だと、目の前の兄は既に亡くなっているのだと頭では解っているが、しかし肉体は彼女の意思に反し、抗うことを拒否していた。
「あぁ……お兄様……お兄様……」
 差し出されるままに手を取り、その顔を兄の胸に埋め、シフカはひたすら繰り返した。
 もう、何もかも、どうでもいい。きっと、これが自分の望んでいた世界。今までの世界は全て偽り。今、この空間こそが、自分の求めていた楽園なのだと。
「さあ、シフカ。一緒に逝こう。もう、誰も二人の邪魔をしないところで、永遠に……」
 耳元で、兄の囁く声がする。その言葉に、シフカは無言で頷き、そして自らの胸元に刃を向けて。
「待て! そこまでだ!!」
 突然、誰かの声がして、シフカは一気に現実へと引き戻された。
 気が付くと、周りには何故か美しい蝶が舞っている。いや、それ以前に、自分は何をしようとしていた? 兄の姿をした者の言うままに、取り返しのつかない道を選ぼうとしていたのではないか。
「え……? わ、私は……」
 呆然とするシフカの隣に、彼女のビハインドが静かに佇んでいた。仮面に覆われた顔では、その表情までは分からない。だが、それでもヘイドレイクの似姿をしたビハインドが、シフカの身を案じているのは確かであり。
「大丈夫か? しかし……今度はエインヘリアルかシャイターン製の屍隷兵か? どいつもこいつも、えげつないな」
 不思議な形をしたパズルを片手に、フレデリ・アルフォンス(青春の非モテ王族オラトリオ・e69627)が呟いた。どうやら、先の蝶は彼が放ったものらしい。
 見れば、彼の他にも何人かのケルベロスが、既にヘイドレイクの周りを取り囲んでいた。どうやら、ギリギリのところで、シフカの救援には間に合ったようだ。
「最愛の肉親、それも一度死んだ人を手に掛けさせるだなんて……。そんな酷い事って、あって良いの!?」
 ライフルを構えつつも叫ぶ青葉・幽(ロットアウト・e00321)だったが、しかしヘイドレイクは何も返さない。彼の興味があるのは、シフカのみ。それ以外の者は、邪魔をするのであれば片付ければ良いという程度の認識であり、それ故に反論の言葉さえ紡がない。
「お兄ちゃんがねぇ……。生きたまま変えられるのもツラいけど、こういうのもキツいわねー」
 どちらにせよ、この作戦を考えた者は、外道の中の外道であろうとトリューム・ウンニル(碧き天災の運び手・e61351)はシフカに告げ。
「私も大切な人を屍隷兵にされ、この手で討ち、そして眠らせました。シフカさんのことは他人事と思えません。ヘイドレクさんの尊厳を取り戻し、安らかに眠らせる為のお手伝いをします」
 長剣を引き抜き、ジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)も少しばかり前に出る。あれがシフカの兄の肉体を用いて作られた存在であるならば、今度こそ眠らせてやらねばならないのだ。もう、二度と誰にも利用されることのないよう、永遠に。
「ありがとうございます……助かりました」
 ようやく、正気を取り戻したところで、シフカは大きく息を吸い、ヘイドレイクと対峙する。優しかった兄は、もういない。今、目の前にいるのは、忌むべき存在である屍隷兵なのだと言い聞かせ。
「戦闘準備完了……行くわ」
 鎖を腕に巻き付け、シフカは刃を構えて地を蹴った。兄の尊厳を守るため。彼との思い出を、これ以上穢されないようにするために。

●忌むべき真実
 他のケルベロス達が集まったことで、屍隷兵のヘイドレイクは、戦う術を少しばかり変えて来た。
 邪魔者は、全て排除する。そう言わんばかりの勢いで、彼もまた手にした鎖を伸ばし、猛毒を注入して来たのだ。
「こっちまで、纏めて片付けようっていうの? 面倒な手を……」
 狙いがシフカから複数へと拡散したことで、幽は苦い表情になった。
 こちらの布陣は、守りを固めた防御主体。単純な力技で突破されることはないが、複数の者へ同時に毒を付与されるのは、どうしても守り手に負担が掛かる。
 敵の狙う優先順位がシフカである以上、その攻撃は前衛に集中していた。つまり、シフカを庇いながら戦うことは、その分だけ他の前衛が、自分も狙われながら敢えて攻撃を受けているに等しい状況になるということだ。
「背中はこちらに任せてくれ。その間に、あの屍隷兵を攻撃するんだ!」
 薬液の雨を降らせつつ、フレデリが叫んだ。毒の除去を優先する以上、回復量が落ちるのは仕方がない。だが、それは敵の攻撃による負傷が少しずつ蓄積することを意味しており、徐々にだが確実に味方の消耗が増えて行く。
「不足分は、こちらで補います。加護の力を集めれば、その分だけ戦線を維持できるはずです」
 幾度となく、長剣を掲げるジュスティシア。彼女がフォローに回ってくれていることで、なんとか穴は埋まっていた。が、それは同時に攻撃役の不足をも意味し、屍隷兵のヘイドレイクの動きを制限することを難しくしていた。
 癒し手を二人用意していた今回の布陣。本来であれば、回復力不足に陥ることなど在り得ない。だが、フレデリはともかく、もう一人の後衛である、肝心のトリュームはどうしたかといえば。
「こないだ一晩寝て考えた、最初に相手の動きを封じて一斉攻撃する『自由を奪った状態で囲んで棒で叩くなんて……!』作戦を使う時が来たようね!」
 回復を自分のサーヴァントに任せ、何故か後ろから敵を殴ることしか考えていなかった。
「なにやってんのよ、もう! こっちは、ただでさえ手数が少ないってのに……!」
 苛立ちながらも、幽が跳んだ。そのまま敵の胸元に、刺し貫くかのような鋭い蹴りを浴びせる。が、それで足こそ止まったものの、屍隷兵のヘイドレイクは平然とした顔のままだ。敵の動きこそ制限できるが、これだけでは火力の低さを補い切れない。
「やはり、私が決めるしかないようですね……」
 刀を構え、飛び込むシフカ。この中で、最も攻撃力が高いのは自分だけだ。ならば、せめて自分の手で兄の姿をした敵を葬るのが道理だろうと。そう思い、心を鬼にして屍隷兵のヘイドレイクへと斬り掛かったのだが。
「……え?」
 鎖を巻いた左腕でシフカの攻撃を受け止めながら、屍隷兵のヘイドレイクが笑っていた。
 そう、笑ったのだ。今まで、何の表情も見せることなく、淡々とシフカを誘っていた屍隷兵が。感情さえ奪われ、ただの生ける屍と化し、操り人形の如く振舞っていたはずの愛兄が。
「シフカ……。また、俺を殺すのかい? 俺が死んだ……あの日のように……」
 兄の手に握られたナイフに映るシフカの姿。それが歪み、だんだんと形を変えて行く。忌むべき日、忌むべき場所。二人の運命を分ち、彼女から全てを奪った、あの日のものへ。
「あ……あぁ……」
 刀を握るシフカの手から、徐々に力が抜けて行った。
 虐殺を続けるシャイターン達。その中を逃げ惑い、自分を庇って負傷した兄。もはや、助からないと覚悟を決め、兄はシフカに懇願する。
 もう、自分は助からない。ならば、奴らの『選定』を受けて人でなくなる前に、お前の手で命を絶って欲しい。ここで足手纏いになり、二人とも死んでしまったら、それで全てがおしまいだと。
(「そ、そんな……。わ、私は……私の手で……お兄様を……」)
 自分の手にした鎖が兄の胸を貫いたところで、シフカの心の奥底で、音を立てて何かが崩れた。
 そうだ。あの日、兄を殺したのは、シャイターンではなく他でもない自分だ。
 兄が憎かったわけではない。むしろ、一緒に生き延びたかった。が、それでもどこかに、死ぬことへの恐れもあって、自分は言われるままに兄を殺した。
 これは仕方がないことだ。これは兄への救済なのだ。そう、心の中で何度も繰り返し……その果てに、記憶を改竄した。なによりも、自分の心を守るために。悲しみを憎しみに転嫁することで、そこから生まれる怒りを糧に、絶望を押し殺して生きるために。
「ハ……ハハ……。アハハハハ……アハハハハハハハ!!!!」
 空を仰ぎ、シフカは笑った。瞳から光が消え、彼女の精神は既に抗うことを止めていた。
 なんということはない。全ては自分が悪いのではないか。もう、何もかも、どうでもいい。世界を救うために戦うという使命も、この世界で生きるだけの意味も、自分は全てを失った。
「そ、そんな……。まさか、本当に心が壊れちゃったっていうの!?」
「気をしっかり保ってください! ヘイドレクさんの尊厳を守れるのは、あなたしかいないんですよ!」
 屍隷兵に応戦しつつもシフカに向かって叫ぶ幽やジュスティシアだったが、しかしシフカの心は戻らない。彼岸の彼方に旅立つ寸前で踏み止まっているものの、それをさせるのが精一杯。
「しっかりしろ! 君が兄貴を弔ってやるんだ!」
 自分の気を分けることでシフカの目に映る幻影を払いつつ、フレデリも叫んだ。が、幻は消滅しても、シフカの心に刻まれた傷までは修復できない。このままでは、戦うことを止めたシフカは、遠からず屍隷兵に殺される。
(「これは……罰なのかもしれませんね……。お兄様を殺した……私への……」)
 その結果、兄の姿をした者に殺されるなら本望だ。もはや、シフカの心は壊れかけ、絶望という病に支配されつつある。そして、そんな隙を逃す程、屍隷兵は甘くはなく。
「……っ! 来るわ!!」
 慌てて幽が間に入ろうとするも、それよりも先に屍隷兵の放った鎖が、彼女の身体を貫いた。
「……くぅ」
 貫かれた傷口から毒が回り、一瞬だけだが視界が歪む。ジュスティシアが幾重にも重ねた結界により、毒の効果はそう長く持続することはなかったが。
「あれは……」
 シフカの方へと目をやると、果たして、彼女は鎖に貫かれてなどいなかった。
「ビハインドの方のヘイドレクさん……ですか?」
 対峙する瓜二つの影を前に、ジュスティシアも何が起きたのかを瞬時に悟った。
 そこにいたのは、シフカのビハインドとしてのヘイドレイク。彼は屍隷兵の放った鎖を全身で受け止め、シフカのことを守っていた。
 その姿は、あの日、シフカに胸元を鎖で貫かれた兄と同じもの。だが、仮面で隠され、目元こそ分からないものの、彼は静かに笑っていた。
「お兄……様……?」
 シフカの瞳に、微かな光が戻る。ああ、そうだ。兄はいつも、優しかった。あの日も、そして今も、彼が自分に憎しみを向けたことがあっただろうか。
「……そう……ですね……。私が……私がやらなければ……いけないんですよね……」
 震える身体を叱咤して、シフカは刀を拾い上げる。こんな悲劇、もう終わりにしなければならない。自分の身が利用されることを恐れ、死を望んだ兄。ならば、ここで屍隷兵と化した兄を放っておくことは、彼の想いや願いを踏み躙ることになる。
「今度のぉーブキはコレ! さーん、にー、いち……オープン・ユア・ハァァート!!」
 突然、トリュームが後ろから、光り輝く腕を携えて屍隷兵に襲い掛かって来た。咄嗟のことで対応ができず、屍隷兵の身体が大きく吹き飛ぶ。そのまま電流を流されて苦しんでいるところを、シフカは見逃すことなく印を結んだ。
「これぞ我が師にして母より受け継ぎし奥義……。螺旋忍法! 『鎖縛獄門開』!』
 鎖で陣を形成し、発生させるは異空間へと繋がる地獄の門。その穴より無数の鎖が射出されれば、それは敵の身体に絡みつき、門の中へと引き摺り込む。
 それは、さながら地獄の亡者が、死者を迎えに来たかの如く。抵抗しながらもシフカへと助けを求める屍隷兵だったが、もはやその言葉はシフカに届かない。
「さようなら、私の優しいお兄様……」
 その言葉と共に、穴が消えた。後には屍隷兵の身に着けていた首飾りが、夕刻の光を受けて、赤銅色に輝いていた。

●黄昏に消える
 戦いは終わった。シフカの兄も帰るべき場所に帰ったが、しかしケルベロス達の心境は複雑だった。
「……ゴメン。こういう時、どんな言葉を掛けて良いか分からないの」
 言葉を失い、佇むシフカに対し、幽は静かに目を瞑りながら言った。
 自分にも、実の姉の様に慕う相手がいる。その相手が目の前に敵として現れた時、自分は正気を保てるのだろうかと。
(「自分もそうでしたが……大切な人を手に掛けねばならないというのは、慣れるものではありませんね……」)
(「互いに憎しみ、殺し合うような関係にある兄弟もいるっていうのに……まったく、嫌な事件だよ」)
 ジュスティシアもフレデリも、己の置かれた境遇を考えると、シフカに対して安易に何かを告げるのは気が引けた。が、そんな中、シフカのビハインドだけは、そっとシフカの頭に手を乗せて、口元に優しい笑みを浮かべ。
「あ……」
 シフカが何かを言うよりも先に、その姿は夕闇の中へ、溶けるようにして消えて行った。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年8月24日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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