暑い日にあついストーブガチで無理

作者:狐路ユッカ

●嘘だと言ってくれ
 かさかさ、と、蜘蛛を思わせる姿の何かが、山道のはずれに打ち捨てられた対流型ストーブの中にするりと入りこんだ。ストーブは瞬く間に真っ赤に光り輝き、合体ロボよろしく足をにょきにょきとはやし、歩き始める。
「ふぉおおおおおっ! ふ、ふおおおおおっ!!」
 頭にのせたヤカンが、ぴー! とけたたましく鳴る。そのまま、生を得た喜びを露わにストーブは山を下って小さな村へと歩みだすのであった。

●猛暑
「あーつーい!!」
 秦・祈里(豊饒祈るヘリオライダー・en0082)は、はふーっとため息をついてから説明を始める。
「ええとね、山の中に捨てられてた対流型ストーブが、ダモクレスになってしまうっていうのを予知したんだ」
 ここはエアコンが効いてていいねえ、と祈里は苦笑する。
「対流型、すとーぶ?」
 ナズナ・ベルグリン(シャドウエルフのガンスリンガー・en0006)は、こてんと首をかしげる。
「そう、ストーブの一種なんだけどね、すーっごく熱くなるんだよね、これ」
 ひっ、とナズナは息を飲んだ。ヨーロッパの森からやってきた彼女に、今年の酷暑は本当に辛かろう。そんな中に、あっつーいストーブだなんて……!
「このダモクレスは、円柱型のストーブの姿をしていて……頭にヤカンを乗っけてるよ」
 それだけ聞くとただただ間抜けだ。しかし……。
「円柱型っていうのがやっかいなんだ。全方向に熱風を出してくるから、とにかく熱い」
「ひっ……」
「頭の上のヤカンから、熱湯をぶちまけてくる」
「え……」
「あっつあつの体で体当たりしてくることもあるみたい」
 もう、ナズナは顔を真っ青にしている。
「……外気温、33℃とか……でしたよね」
「そう、この暑いのに更に暑くしに来るなんてまずいよね」
 ナズナは、無言でうなずく。
「しかも事件が起こるのは旭川市――盆地だ」
 BONCHI……それは熱気が逃げないがゆえに夏はとんでもなく暑く、冬はとんでもなく寒い地……。
「そう、熱風でダウンさせてグラビティ・チェインを奪おうって魂胆だ」
 させるわけにはいかない、とナズナは立ち上がる。
「行きましょう、私も暑さは苦手ですが……皆さんの命を守るのが最優先です」
「暑さ対策はしっかりね」
 祈里は言い聞かせるように言うと、続ける。
「そうだ、現場は温泉地なんだよね。全部終わったら汗を流すのも良いんじゃないかな?」
 まずは、ストーブをなんとかしなきゃだけど……、と祈里はヘリオンへケルベロスたちを案内するのだった。


参加者
空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)
ルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)
長篠・ゴロベエ(パッチワークライフ・e34485)
八点鐘・あこ(にゃージックファイター・e36004)
笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)
 

■リプレイ


 現場に到着したケルベロスたちはあまりの暑さに言葉を失う。
「……盆地ですか、夏はひどく暑くて、冬はひどく寒い、何とも過ごし難そうな場所ですね」
 ルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)は、黙っていても流れてくる汗をぬぐいながら、小さく呟く。そんなところであっても、ダモクレスが現れたなら出動せねばならないのがケルベロスだ。やるべきことが明確な分、まだマシだったかもしれない。
「……私なら住めないかもしれないですね」
 涼しい顔をしながら、ナズナ・ベルグリン(シャドウエルフのガンスリンガー・en0006)はさらりと言ってのけて、山の方へと足を向けた。
「私も暑いのは苦手ですね。さっさとダモクレスを倒して、温泉を満喫したいです」
 同感だ、と頷きあうケルベロスたちの耳に、不穏な音が届く。
『ピー―――――――――――――――――――!』
 高い音と、
『ふおおっ、ふぉおぉぉおおおお』
 謎の叫び。
「あ、……あれですね」
 気温の高さと相まって、なんだかゆらゆらとかすんで見えるがはっきりわかる。あいつが悪の権化だ。
「暑い上に熱くなるのは、いやだよね……さっさと倒したいね……」
 無表情のまま、抑揚のない声で空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)は言った。しかし、無月が纏うオーラには『あつくるしいから勘弁してほしいかえりたい』という気持ちがにじみ出ている。
「真夏にストーブとかふざけんな」
 すでにぶち切れている男が一人。
 長篠・ゴロベエ(パッチワークライフ・e34485)は、じりじりと照り付ける太陽とこのダモクレスが発する熱気に口からエクトプラズムでも出るんじゃないかという勢いでため息をつく。
「おっさん仕事がなければこの暑さで外に出たくないぞ」
 真顔で発した言葉に、ナズナも真顔で頷く。
「だがやるからには一般人への被害は見逃せない……」
 だって……だってケルベロスですもの……。ゴロベエはくじけそうな膝に気合を入れなおし歩み出る。その自宅警備術をいかんなく発揮するために――。
「ナズナ、殺界を」
「はい」
 無月からの要請にナズナはすぐに殺界を形成した。


 ぶわわっ、とダモクレスはその体から熱気をケルベロスめがけて吐き出す。
「うんわ」
 ゴロベエはディフェンダーのおかげでダメージこそ受けていないが、その熱気に眉を潜める。衝撃を肩代わりした七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)は、皮膚がじりりと焼け付く感覚に小さく呻いて呟いた。
「私も暑いのは苦手ですね。……さっさとダモクレスを倒して、温泉を満喫したいです」
 ぐっ、と拳を握りこみ、思い切って熱々になっているダモクレスのボディにねじ込みに行く。
「私でも、やれば出来るのです!」
『ぐっ、ガギャギャッ……』
 ぎしっ、と機械がきしむ音がした。まずは、一撃。
「暑い日に熱いダモクレスとか、止めて欲しいのですね。能力を活かすって意味では有効なのでしょうが……なんか、痩せそうです」
 そのたびに舞う熱気に、機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は深くため息をつく。
「プライド・ワン」
 名を呼ぶと、彼女の傍らのライドキャリバーが炎を纏って突撃していく。
『ふぁっ、ふ、おおおっ!』
 暑苦しい叫びと共に、ダモクレスがひとつ、後退した。
「テンションの高いダモクレスなのですね……ただでさえ暑いのに、暑苦しいのです」
 うんざりだと言わんばかりの真理へ、プライド・ワンは、次に来るであろう攻撃に備えろとばかりにヘッドライトに黄を点灯させる。真理はひとつ頷くと、前衛に立つ仲間達へ向けて黄金の果実の光を纏わせた。次の瞬間、ダモクレスの頭に乗ったヤカンが傾く。
「来る!」
 ばしゃぁっ、と音を立てて、盛大に熱湯がぶちまけられた。
「あっつ!」
 綴は思わず飛び上がる。無月も、顔にこそ出ないが大やけどを負いかねない熱湯に小さく息を漏らす。急いで、ヒールドローンを己を含めた前衛へと展開した。
「できれば冬場に現れて欲しかったのです! あこたちもあたたかくてストーブさんも役目を果たせてWin-Winなのです!」
 八点鐘・あこ(にゃージックファイター・e36004)は涙目になりながらダモクレスと距離を取る。そして、熱湯及び熱風を喰らった仲間たちを、『紅瞳覚醒』を奏でて癒した。――奏でながら、気づく。
「あ、あれ……ダモクレス化してる時点でダメなのでは……?」
 全然Win-Winじゃない……あったかくしてくれるんじゃなくて、なんかしら良くないグラビティを放ってきてるわけだから……ダメだ……。がくり、と膝をつきたくなるのを我慢して、あこはふるふると頭を横に振る。暑くておかしくなったか? と言いたげに、ベルがその周りを清浄の翼で羽ばたくのであった。
「この飛び蹴りを、避けきれるかな?」
 ざぁっ、とエアシューズで駆けて、笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)は高く飛び上がり、ヤカンもろともダモクレスの頭部(?)を蹴り飛ばす。ガンッ、と無機質な音を立て、その部分がへこんだ。カラカラ……、と、空になったヤカンは後方へすっ飛んでいく。
『ふしゅ、ふしゅー!』
「こんな暑い季節にストーブとか、本当に勘弁して欲しいよ」
 ヤカンをすっ飛ばされて怒っているのか、興奮して真っ赤になるダモクレスを見つめ、氷花はげんなりとした表情を見せる。
「でも、私たちはケルベロス。こんな所で退くわけにはいかないよ……!」
「こんな暑苦しくしやがって……! こっちもいつもよりぶん殴ってやるからな!」
 ゴロベエは大きく振りかぶり、達人の一撃をダモクレスにねじ込む。
『ぎっ……ぎぎっ……』
 灼熱を帯びたボディで突進してくるダモクレス。その一撃を肩代わりした無月は、がくんと膝をついた。暑い。熱すぎる。
「その炎など、わたくしの一撃の前では氷漬けですよ」
 ルピナスは、体当たりの反動でくるくる回っているダモクレスめがけて、達人の一撃を放つ。真っ赤に染まっていたダモクレスの体の色が、ほんのりと薄らいだ。
「大丈夫ですか?」
 ナズナは無月に肩越しに問いながら、ダモクレスを足止めすべく矢を射る。
「ご飯よ、飛んじゃえ!」
 あこは、虚空から鯖缶を召喚し、無月の傷を癒した。


「このナイフをご覧なさい、貴方のトラウマを起こさせてあげるよ!」
 氷花は、凍える夜の刃を掲げてダモクレスに向ける。
『ふぉっ、あああっ! ふぁああっ!』
 ダモクレスの脳裏によみがえるのは、故障したあの日。適切な手続きを踏まず、山の中に打ち捨てられた、あの苦い記憶――。かしゅん、と、パーツが壊れておちた。それでも、と熱風をまき散らすダモクレス。その熱風の中へ、綴は突進していく。
「気脈を見切りました、この一刺しを受けなさい!」
 それはたった一本の指から繰り出される突き。押したのは、かつてのスイッチ――。
「悪いですけど、スクラップ処分とさせてもらいます」
 真理は改造チェーンソー剣でダモクレスのパーツをそぎ落としていく。ずたずたになっていくボディに、ダモクレスは機械音と悲鳴を交互に繰り返しながら、またも熱風を放つ。
「う、暑いです……」
 ナズナは、眉を寄せて苦し気に矢筒に手をかける。
「早く壊してしまいましょう」
 ルピナスは、エナジー状の無数の剣を生み出し、そしてそれを一気にダモクレスに突き刺す。
「無限の剣よ、我が意思に従い、敵を切り刻みなさい!」
 逃れるように呻きながらばたばたと動くダモクレスの足元めがけ、
「足元……注意……」
 無月は無数の槍を生やした。
「……もう遅いけど」
 ざくざくと槍がダモクレスの足を突き刺す。そのたび漏れ出る熱風の暑さに、無月はぱたぱたと黒い翼をはためかせた。だめだ、翼であおいでいるつもりだが、全然涼しくならない。また、黒という色も暑さには弱かった。光を吸収する色だからか、余計に暑い。
「もう少し、なのです!」
 あこは仲間を奮い立たせるため、また歌を奏でる。涼しくなる歌とかあればいいのに、なんて一瞬よぎった。
「氷と共に砕けろ……」
 ゴロベエは、すっ、と額に指先を当てて目を軽く閉じ、厨二よろしいポージングをキメる。この技を使うには開き直りが肝心だ。あと、なんか心頭滅却してる。ちょっと涼しい(気がする)。狙い通り、ダモクレスは氷に包まれる。幸い、ゴロベエは仲間のフォローもあってやけどを負ったりもしていない。全力で殴り掛かれる――!
「氷結粉砕……!」
 凍ったところに、ねじ込む拳。
「千年氷獄崩壊衝」
 舞う氷の粒の中で、ニヒルにほほ笑みながら、ぽつりとつぶやいた。そんな彼の背後で、日曜日の朝のヒーローものよろしくダモクレスがはじけ飛ぶ。
「やったか」
 振り向き、確認するゴロベエ。
「やりましたね」
 ケルベロスたちの間に、安堵のため息が誰ともなくあがった。


「終わった……」
 あこは、ふー、とため息をつく。終わっても、外気温は全然下がらない。
「お水風呂に入りたいのです……」
「え」
 猫さんなのにお水は大丈夫? と言いたげなナズナの視線に、ぷるぷるとあこは首を横に振って必死に主張する。
「にゃんこは水が苦手だなんてことないのです入りたいのです」
「ああ、すみません……」
「私も水風呂に入りたいかな。これ以上熱くなりたくない……」
 はやく温泉に行こう、と道を急ぐケルベロスたち。

 服を脱ぐ間さえもどかしい。はやくからだを洗って、湯船につかりたい。はやる気持ちを抑え、かけ湯をして湯船へ。
 揺蕩う湯が、なんとも魅惑的に見える。そっと足先を浸け、温度になれるようにゆっくりと身を沈めていく。肩まで浸かりきり、ルピナスは深く深く息をついた。
「一仕事終えた後の温泉は格別ですね」
 水着越しでも、その適度なあたたかさがじんわりと疲れをほぐしていくのがわかる。
「思いっきり汗かくのも、たまには気持ち良いかもですね」
 楽しみにしていた温泉に入れたことを喜びながら、真理は手拭いでそっと顔を拭った。
「ふぅ、やっぱり熱さは程よい位が一番だね」
 氷花は、ぐっと背を伸ばし、広い湯船だからこそ足をのばしてくつろいだ。天井から落ちてくる水滴もまた、風流である。
「普通は冬に入る事が多かったですけど、夏場の温泉も気持ち良いですね」
 露天風呂も行ってみようかな、と綴は外に視線を移す。――ちょっと、いや、かなり暑そうだけれど、それはそれでいいのかもしれない。

「あれっ」
 あこは、風呂上がりに休憩所でかき氷を食べているゴロベエを見つけ、駆け寄る。
「さっきとお洋服が違うのですね」
「おお、着替えを持ってきてたんだよ。温泉に行くときは大体そうしてる」
 ナズナはなるほど、と感心する。
「確かに……洗いたての服に着替えるほうが気持ちいいですものね」
 私も持ってくればよかったです、とつぶやいた。
「はは、かき氷でも食って涼むといい。俺は先に失礼するぜ」
「はい、お疲れ様です」
 ひらり、と手を挙げて、ゴロベエは踵を返す。実は人見知りなので、色々と無理してる感が否めないが、温泉は不思議だ。なぜかコミュニケーションを円滑にしてくれる。
「何味にします?」
 ナズナとカウンターに並んだ無月は、メニューを見て、お目当てのものを見つける。
「イチゴシロップのやつ……」
「良いですね、おいしそう」
 すぐに提供されたかき氷をさっそく口に運ぶ無月。
「冷たくて美味しい……」
「はい……ちょっと頭にキーンときますけど、格別ですね」
 ふと視線を移すと、何やら太いストローでドリンクを飲んでいる真理。ナズナはこてんと首をかしげる。
「真理さんはなにをご注文されたのですか?」
「タピオカミルクティーですよ。もちもちしていておいしいですよ?」
 すく、とナズナは立ち上がる。
「注文してきます」
「あこもです! 行きましょう!」
 ててて、と小走りでカウンターへ行く女子ふたり。
 夏の暑さはまだ続きそうだが、ゆっくりと残暑へ向かっていくことを願いながら、冷たいスイーツに今はしばし癒されるのであった。

作者:狐路ユッカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年8月20日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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