夏の風物詩

作者:猫鮫樹


 立ち込める熱気と雑踏。
 鉄板で焼かれる焼きそばや、焼き鳥の香しい匂い。
 お祭りというのは大人も子どもも、心躍らせるイベントのようで、この神社にも沢山の人が訪れていた。
 訪れる人の格好も様々だ。普段着の人もいれば、甚平の人も。
 ――そして浴衣の人も。
「夏のお祭りは浴衣以外許さないッ!」
 両翼を広げ、背後には浴衣を着た10人の男女を従えたビルシャナが叫んだ。
 突如現れたその集団に、祭りに来た人は目を丸くしていた。
 だが、浴衣を着る男女の持つ鉄パイプにあっという間に顔を青くして、次々と悲鳴を上げ逃げ惑っていき、その姿を見るビルシャナは嘴に翼をあて低く笑う。
「クックッ……! 夏祭りに浴衣以外のものを着ることは絶対に許さない! お前たちやってしまえ!」
 悪役のボス。
 例えればそんなとこだろうか。


「集まってくれてありがとう、ルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820)さんが危惧していた通り……夏のお祭りは浴衣以外許さないなんて言ってるビルシャナが現れたんだ」
 神社で行われる夏祭りにそんなことを言うビルシャナが出現するなんて、と中原・鴻(宵染める茜色のヘリオライダー・en0299)は本を膝に置いて呆れたような声音を出す。
 浴衣以外を着るものを許さずに襲撃してくるビルシャナ。
 そしてそのビルシャナの教義に多少なりとも納得している10人の男女。その人らは浴衣を着て、浴衣以外のものを着ている人を襲っていくようだ。
「この信者達は所謂ビルシャナのサーヴァントのようなもので、戦闘にも参加してくる。ビルシャナの主張を覆すような主張をすれば、戦わずにして信者達を無効化することができるよ」
 またビルシャナを倒してしまえば、信者達は元に戻るので救出も可能だと追加していると、
「この浴衣ビルシャナに付いてきてる信者達はあまり強くはないって! 浴衣が大好きなのは共通点としてあるみたいだけど、そこまで深く賛同はしてなさそうだね」
 ひょっこりと現れた河野・鵠(無垢の足跡・en0303)は、笑みを浮かべて鴻の説明を奪っていく。
 そんな鵠に小さくため息を吐いた鴻は呆れながらも言葉を漏らした。
「浴衣もいいけど、甚平だって別に普段着だって問題はないと思わないかい?」
「確かにそうだ! 俺はサルエルとか動きやすいから好きだしなぁ」
 好きな格好で夏祭りを楽しむのが一番だよねと、涼し気な顔で鴻が呟けば、それに鵠も同意する。
「夏祭りを自分の好きな服装で楽しむ人達への被害が大きくなる前に、皆に撃破してほしいんだ」
「そんな鳥倒して、俺お祭り楽しみたいー!」
 そっちが本音かと、鴻は呆れた視線を鵠に向けた。


参加者
ルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820)
八点鐘・あこ(にゃージックファイター・e36004)
エリザベス・ナイツ(能天使エクスシア・e45135)
綾瀬・塔子(ただでは転ばない・e84140)

■リプレイ

●祭りに混ざる鳥
「お祭りで浴衣以外を着ることは絶対に許さないッ!」
 10人の浴衣を着た男女を従えた鳥人間……ビルシャナは普段着のカップルへと向かって高らかに鳴いた。
 焼きそばのソースの匂い、イカ焼きの醤油の香りが充満し、大人も子どもも楽し気にはしゃぐ声があったお祭り会場は、そんなビルシャナの登場によって熱が一瞬で冷め、悲鳴があちこちからあがっていく。
「浴衣、ね。同じ格好をしているのだもの。私も嫌いではないわ」
 黒地に咲く赤い彼岸花に、舞う蝶の浴衣を纏ったルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820)は、燃えるような髪に映えるような白のスノーフレークの花が静かに咲いていた。
「浴衣は素敵だわ、こういうお祭りにはうってつけ」
 ケルベロス達の方へと勢いよく振り返るビルシャナと10人の信者。
 それらを気にも留めずに、ルベウスは話を続けていった。
「こんな時にこそ着るべきものなのかもしれないけれど、実際問題、服として機能的かしら?」
 ルベウスは自分に向いているビルシャナ達の視線を感じながら、浴衣を着ることの意味や機能性を説いていく。
「出店の店主も、警備も、浴衣を着るべき? この服装は歩くにも、暑さにも向かないわ。時に火急を要するなら、やはり機能的な方がいいのではないのかしら?」
 洋服が主流となっている現代において、浴衣とは非常に動きづらい。
 年中着ているのならば、歩き方も座り方も熟知しているかもしれないが、年に数回行われるお祭りの時のみに着る。限定的な衣類なわけだ。
 足元は下駄を履いていればなおさら、走れない。
 こんな時に何か起これば、走って逃げることもできないかもしれない。異常事態に警備員も同じように浴衣に下駄を着ていたらどうなるだろうか。
 それらの答えを、信者となった人たちは持ち合わせていないようで、何人かは何かに気付いたように表情を変えていた。
 そんな信者達の目を覚まさせるべく、今度はエリザベス・ナイツ(能天使エクスシア・e45135)が緑の瞳を細めて口を開いていく。
「浴衣でお祭りって楽しいよね! でも……」
 エリザベスはルベウスの来ている浴衣、帯や下駄を見つめて少しだけ悲し気な声をだす。
「浴衣に合わせて、帯とかいろいろ揃えると結構お金掛かっちゃう……。しっかり着付けすると手間もお時間もかかっちゃうから、その辺りを考えるといくらお洒落でも浴衣ばっかりはちょっときついなーって思う」
 お洒落にお金はかかるというが、このお祭り時の為に一式揃えて、お祭りへ行くのもお財布的には痛い。
 そんな経済的な部分をエリザベスは突いていくようだ。
 現に確かにそうだと、信者達が頷いている姿が見える。
「わたしは浴衣と普段着半々くらいで、柔軟に着こなしてお祭り楽しみたいなーって思うわ!」
 結局のところ、お祭りを楽しむのに浴衣だろうと普段着だろうと、好きな格好で楽しめばいいと、エリザベスは花が綻ぶように笑った。
 目が覚めたようにチラチラとビルシャナを窺う元信者達。まだ全員が、教義から目が覚めてはいないが次の手はまだある。
 お祭りの屋台……牛肉の串焼き屋から漂う香ばしい香りにわくわくしている八点鐘・あこ(にゃージックファイター・e36004)はフリルがふんだんにあしらわれたロリータ浴衣を身に纏い、そして数枚の写真を手にしていた。
「この写真を見てほしいのです!」
 あこのふにふに肉球の手から撒かれる写真。
 舞い上がる写真を信者が手に取った。そこに映っているのはどうやら着物のようで、
「こちらは夏向けの訪問着やポリエステル着物の写真なのです! 服襦袢が必要で、これは着物なのです……」
 解説者のようにあこは勢いよく喋ったかと思えば、少しだけ声のトーンを落として、クイズの司会者の様に出題していく。
「さて、夏祭りに相応しい浴衣とはどんなものでしょう!?」
 あこの言う『相応しい』という言葉に、信者が首を傾げている。
 相応しさとはなんぞやと。まるで沢山の疑問符が飛び交っているのではないかという光景に、ビルシャナがもふっ! と毛を膨らませた。
 どうやらこの現状に危機感を覚えたようだ。
 あとはここを押し切ってしまえば、信者達は目を覚ますかもしれない。そう誰もが確信しているかもしれない状態。
 最後を押し切る為にと浴衣姿の綾瀬・塔子(ただでは転ばない・e84140)が、どこか落ち着かない様子で腕を抱えて、ちらりとビルシャナ達を見つめていた。
 潤んだ塔子の青い瞳、上気する頬はなんとも言えがたい。
「身八つ口から……風がスースー入ってきて、なんだか落ち着かない……」
 赤らんだ顔に、上ずる塔子の声に信者の女性が自分の身八つ口……つまりは脇にあたる部分を抑え込んで、塔子と同じように頬を染めた。
 どうやらこの塔子の一押しで、信者となった人たちの目は覚めたようだ。
 皆が説得に入っているすぐ近くで待機していた河野・鵠(無垢の足跡・en0303)が、元信者達を誘導する為に声をかければ、すぐに反応してくれてビルシャナから離れてくれた。
「さー、みんなココから離れてねー!」
「こっちへ」
 鵠の誘導先には手伝いに来てくれた嵯峨野・槐(オーヴァーロード・e84290)がいる。
 守る対象が離れたことによって、あとはビルシャナだけ。こうなればさっさと叩き潰して、お祭りを楽しもうじゃないかと、ケルベロス達が武器を構えていくのだった。

●お祭りを楽しむ為に
 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
 お祭りは浴衣じゃないと許せないッ! と信者を集めてなんやかんやしていただけなのに。
 そんな風に思ってるような、そうでもないようなビルシャナは離れてしまった信者達に嘴を鳴らして、ケルベロス達を威嚇する姿はなんだか微笑ましくも見えるようだった。
 信者がいなくなった今、もうこのビルシャナを倒すだけであって、皆もきっと早くお祭りを楽しみたいのかもしれない。
 各自の思いは本人にしかわからないが。
「覚悟はいいかしら?」
 ルベウスが綺麗な赤色の瞳でビルシャナを見つめ、問いかける言葉。
 問いかけにビルシャナが答えようとせず、ただもふもふと羽毛を膨らませて攻撃態勢を静かに取り始めるが、
「降り注げ、厄災の星たちよ!」
 夜空を彩る流星群。
 ビルシャナの言葉なんて待ってやるはずもなく、容赦なくエリザベスのシューティングコメットがビルシャナへと降り注いでいく。
「ギャ! やめて!!」
「やめるわけないのです! さっさと倒されるのです!」
 降り注ぐ流星群にビルシャナの羽が舞っていく。悲鳴をあげて、嫌がるビルシャナに情けなんてないのだ。
 その証拠にあこの獣撃拳がひゅんひゅんとビルシャナを殴りつけ、あこと共にきたウイングキャットのベルがくるりと翼で飛び上がって邪気を祓っていた。
 あこやエリザベスの攻撃から無駄にバタバタと逃げまくるビルシャナ。皆の攻撃が当たるように、ビルシャナの動きを止める為にとルベウスが綺麗な声を辺りに響かせる。
 古代語の詠唱がぼんやりと明るいお祭り会場に響き渡り、撃ちだされる魔法の光線。
 光線により一瞬辺りが照らされたかと思えば、逃げ惑うビルシャナのお尻に直撃していた。
「ぎゃん!」
 衝撃と痛みの二重の感覚に、ビルシャナが短い悲鳴をあげているのを塔子が横目でちらり。
 お尻の痛みをどこかにやるためにビルシャナは両翼を使い、お尻を撫でているのはなんだか可愛いかもしれない……そんな隙だらけなビルシャナが攻撃してこないうちに、塔子が素早く地面に守護星座を描き上げる。
 描かれた守護星座は光り輝いて、エリザベスとあこへと降り注いだ。この光は2人を守護する光。
 信者のいないビルシャナなどもしかしたら敵ではないのかもしれない。

「もー!! お祭りには浴衣しか認めないだけなのに! 浴衣を着るのが正しいッ!」
 それ以外は許さないッ! とケルベロス達からの攻撃を散々受けて涙目のビルシャナは、いまだにそんなことを言っていた。
「先にも言いましたけど、火急を要するときがあるならば、機能的な方がいいのでは?」
「柔軟に着こなして楽しめばいいと思うよ!」
 少しだけ呆れたような声のルベウスに、エリザベスが続けてビルシャナへと話し続ける。
 何を言っても、ビルシャナは自分の教義を曲げる気はないのは見てわかるけど。
「うっるさーい!! 浴衣以外着ることは許さないッ!」
 両翼を広げてビルシャナは燃え上がる炎を巻き散らしていく。許さないと喚き続けるのもある意味才能なのだろうか。
 燃え盛る炎をエリザベスが受け止めて、熱い炎とは真逆な冷たい一撃を放った。
「夏祭りに相応しい浴衣とは……っていう質問にも答えてくれないのです?」
 そう言ってあこはベルと共に踊り出した。
「三毛もクロもキジトラも♪ みんな仲良くにゃにゃにゃん、にゃん♪」
 明るい歌声に、盆踊りのように踊るあこ。
 にゃんこ音頭によりダメージが回復していくのを、ビルシャナが悔しそうに睨んでいた。
 へたり込んで睨んでくるビルシャナには、もう戦う力はなさそうにも見えるが……そこは油断せずに全力を叩き込むのがケルベロスだろう。
 魔人降臨によって術の強化を施しておいた塔子の攻撃。力を籠めた星型のオーラをビルシャナに蹴りこんでいく塔子、そこに続くようにルベウスが歌う。
「轍のように芽出生せ……彼者誰の黄金、誰彼の紅……長じて年輪を嵩塗るもの……転じて光陰を蝕むるもの……櫟の許に刺し貫け」
 塔子の星型のオーラがビルシャナの羽を刈り斑な禿を作り上げていき、ルベウスが黄金色の巨大な槍のような魔法生物を作り出した。
 ルベウスと同じ赤い瞳がビルシャナを見据えたその瞬間には、ビルシャナはもう狩られた後だった。

●祭囃子が聞こえてくる
「ビルシャナ退治お疲れ様~! それじゃあ、みんなでお祭り楽しもうね!」
 ビルシャナを難なく退治し、お祭りは無事に再開されたようで、再び漂うソースや醤油の香ばしい匂いが胃袋を刺激する。
 祭囃子も聞こえてくれば、もう居ても立っても居られないと鵠が急かすように皆に声を掛けていた。
「ルベちゃーん! 一緒に縁日まわろうよ」
「ええ、まわりましょうか」
 いつの間にやら浴衣に着替えたエリザベスは、ルベウスに手を振りながら駆け寄って声を掛ける。
 それにルベウスも二つ返事で返し、人で賑わうお祭りへと足を運ぶ。
 歩くにも暑さにも向かない格好だけれども、お祭りをゆっくりと楽しむにはやはり浴衣だと思う、なんてエリザベスが着ている浴衣と自分の浴衣を交互に見てルベウスはそう心中で思うのだった。
 そんな2人を見ながら、塔子も浴衣の裾を翻して屋台が所せましと並ぶ場所へと向かう。
 塔子はお腹が膨れるまで屋台を食べ歩いて回るようだ。
 さてどこの屋台から攻めていくかと悩んで、最初に口にするものを決めたのか塔子は浮足立ってお目当ての屋台へと向かっていった。
 教義の洗脳から覚めた信者達を安全な場所へ誘導してくれた槐も、聞こえてくる祭囃子によってお祭りが再開されたことに気付いた。
 滲んだような、ぼんやりしたような視界で槐は聞こえてくる音や、香ばしいソースの匂いに導かれるように進もうと足を一歩踏み出そうとしたときだった。
 ビルシャナを倒したあこがロリータ浴衣のフリルを揺らして、槐の手を掴む。
 音や気配であこが来ていたことに気付いていた槐は、別段驚くこともなくあこの方へと振り向けばあこが、
「槐さん、一緒にまわるのです。日本の夏祭りを紹介します!」
 そう言って槐の手を引いて、まずは牛肉の串焼きを二本購入。
 串焼きを頬張りつつ、ついた場所は盆踊りの会場のようだ。
 近くにはルベウスやエリザベス、たらふく屋台の食べ物を食べた塔子に、テンションが上がっている鵠もいた。
 盆踊り会場に自然と集まったケルベロス達が見よう見まねで踊っていく。
 響く太鼓の音、盆踊りの曲に皆が踊っている足音。
「これが、この国の夏の音なのだな」
 槐の小さな言葉は賑やかな夏祭りの夜に溶けていく。
「浴衣も、普段着も、皆楽しい気持ちなの」
 着崩れた浴衣の襟をルベウスは整えれば、エリザベスと一緒に盆踊りへと。
 こうして夏祭りには浴衣以外は許さないッ! と騒ぐビルシャナの事件は幕を閉じたのだった。

作者:猫鮫樹 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年8月14日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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