太陽の花

作者:ふじもりみきや

 視界一面に、向日葵が咲いている。
 遠い遠い向こう側まで続くかのような向日葵畑で、思い思いに人々が撮影にをしたり、お弁当を広げたりして楽しんでいた。
 そんな、向日葵畑の隅の方に、小さな小さな納屋があった。
 ここは観光客に農園の一部を開放している向日葵農家である。ゆえに納屋には様々な機械がしまわれていたのだが、その奥のほうには既に壊れて、使われなくなった機械が今は静かに眠っていた。
 そこそこ広い納屋であったが、奥のほうはほとんど使われていないのであろう。床にまでうっすらと埃が積もり、今もただ静かに機械たちは眠っている。
 そんな、人の寄りつかぬ納屋の方角に、
 忍び寄る一つの影があった。
 それは、握りこぶし程の大きさのコギトエルゴスムに、機械で出来た蜘蛛の足のようなものがついた、小型ダモクレスの影であった。
 かさかさかさ、とそれは小屋の中に素早く踏み込むと、まっすぐに今はもはや使われなくなった搾油機に狙いを定め……、
 ぴょん、と、中に入り込んだ。
 がたがたがた、と四角く結構重たい搾油機が、誰も触れてもいないのに揺れ始める。そして、
 ひょいっ。と、突然、二本の足が生えた。足はボディと同じ鈍い銀色をしていた。
 なお、足はよく見るとキャスターつきであった。
 ぎこちない動きで、それは小屋の外に出る。
 賑やかな声が、搾油機に聞えたか聞こえていないかはわからない。
 視界一面に、向日葵畑が広がっていた。
 向日葵の種類も多種多様で、背の低いものから高いもの。
 花の大きなものから小さなもの。
 八重咲きのもの、一本からいくつも花が咲くもの、黄色、オレンジ色から茶色まで。
 多種多様な花の姿で、人々の目を目を楽しませてくれていた。
 しかしそれには、花を楽しむ心など勿論ない。
 ただ、楽しそうな人の声に引かれるように、
 おもむろに人のいる方向へと、進み始めるのであった……。


「と、いうわけでなのさ」
「向日葵農家の納屋から搾油機のダモクレスが現れる……と、言うことだね」
 浅櫻・月子(朧月夜のヘリオライダー・en0036)が話し終えると、隣でロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)が頷いていた。その傍で、アンジェリカ・アンセム(オラトリオのパラディオン・en0268)が、なるほどなるほど、と話を聞いている。
「向日葵の油をいただくのですか?」
「そう。ちょっと馴染みのない話かな? 油は種からとるものだから、まだ少し、早いよ」
「まあ……それは残念です」
「かわりに、とても綺麗な向日葵畑が見られるよ」
 アンジェリカの言葉に、ロストークが微笑む。月子も軽く頷いて、
「そういうことだ。……詳細を話すぞ。と行っても、事件は至ってシンプルだ。彼の言ったとおり、向日葵農家の納屋で搾油機がダモクレス化した。幸いにもまだ被害者は出ていないが、それも時間の問題だろう。これを放置すれば、人が殺され、グラビティ・チェインを奪われる事件が発生する」
 その前に現場へ向かい、それを阻止してほしい。と、月子は簡潔に語ったあと、
「このダモクレスだが、四角い銀の箱のような形をした搾油機に取り付いている。まあ、見れば解るだろうからそこは問題ない。今から向かえば納屋でかち合えるだろうから、素早く倒してほしい」
 ちなみに足が生えている。なんて。
 割と大事なことのように、どうでもいいことを月子はいった。
「で、攻撃方法だが、向日葵の種を飛ばしたり、その体で体当たりをしてきたりする。そこまで強くはないが、一応、伝えておくぞ」
「成る程……。搾油機らしい戦い方……だね?」
 若干首を傾げるロストークに、そうだな? なんて、月子も曖昧に、どこか冗談めかして笑う。
「とにかく。折角の向日葵畑を血に染めぬよう、頑張ってくれ給え」
「はい。……私たちに、お任せくださいっ」
 月子の声を受けて、アンジェリカはしっかりと頷く。ロストークもほほえましそうにその二人を見て、
「現場は確か、向日葵農家だったよね」
「ああ。一部を公園のように開放している。向かう日は、それほど気温も高くないようだから、少しゆっくりしていくといい」
 納屋のほうには人が近付かないので、戦闘には支障はないと、月子は付けたして、
「なんにせよ、気をつけていっておいで。水分補給はしっかりとするように」
 と。話を締めくくった。


参加者
クィル・リカ(星願・e00189)
疎影・ヒコ(吉兆の百花魁・e00998)
落内・眠堂(指切り・e01178)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
エリヤ・シャルトリュー(影は微睡む・e01913)
天原・俊輝(偽りの銀・e28879)
犬曇・猫晴(銀の弾丸・e62561)

■リプレイ

 向日葵の種が弾丸のように飛んでいく。
 思ったより素早いその動きに、ロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)も難なく追いつく。己の獲物を旋回させ、それを一気に叩き落した。ボクスドラゴンのプラーミァも、合わせるようにブレスを吐く。
「足が生えて歩き回る搾油機か……。想像はしていても、実際に見るとシュールだな」
「わ、ほんとだ。箱に足が生えてる。足と車輪、どっちも? しゅーるだね……」
 そのまま流れるように敵を蹴り飛ばすロストークの言葉に、庇われたエリヤ・シャルトリュー(影は微睡む・e01913)はちょこっとその背中から敵の姿を覗き込んだ。
「《我が邪眼》《閃光の蜂》《其等の棘で影を穿て》」
 覗きこんでもやることはしっかりやる。蜂のような鋭い針を携えた異形蝶の群体へと、己の眼や黒いローブに織り込まれた一部の魔術式。それに自分の影の一部を、蜂のような鋭い針を携えた異形蝶の群体へと変化させ、視線だけでエリヤはそれを操り一斉に敵へと殺到させる。
「だな。……どっちかでよくないか?」
「……僕に、聞かれても」
 エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)もまた、地獄の炎を足に纏わせ地面をひとつ打つ事ち、 白銅と黒の二色の炎で構成された怪鳥を解き放ちながらも、ちらりとロストークのほうを見た。
「まあほら、ローラースケートとかあるしな。コイツが知っているかは分からんが」
「だから、僕に言われても。……収穫期に響かないように、きっちり始末をつけようか」
 咳払いをひとつして、ロストークは敵へと向き直る。落内・眠堂(指切り・e01178)が穏やかに、微笑むようにうなずいた。
「……人騒がせなダモクレスも居るもんだよな。宿られちまった搾油機には悪いが……、平和な夏の日のためだ、さっさと眠ってもらおうか」
 眠堂がいうと同時に召喚された円らな瞳のオコジョは、達人の動きで敵へと走りこんでいく。その動きと合わせるように、クィル・リカ(星願・e00189)もすっと足をあげると、
「本当に。せっかくの向日葵畑で、悲しい事が起きてしまわないように。しっかりと片付けてしまいましょう」
 流星のごとく流れるような動きで、敵の体を蹴り飛ばした。
 がっ。と嫌な音がする。その流れに沿うように、疎影・ヒコ(吉兆の百花魁・e00998)の足もまた動く。続けて敵を蹴り飛ばすと、
「ははぁ、搾油機ねぇ。確かに、これだと動かしやすくていいな」
 なんて訳知り顔でいってから、けど、と肩を竦める。
「出てくるにゃちょっーと早過ぎだな。……って言っても情緒の無い相手には分からんか」
「早すぎる……、ああ、向日葵の種は油も採れるのでしたね」
 眼鏡をかけた天原・俊輝(偽りの銀・e28879)は、牽制するようにう弓引きながらヒコの言葉に少し考え込む。その傍らでビハインドの美雨がかな時張りを敵にかけているのを視界の端に収めながら、
「向日葵の油って初めて聞きました。何で使うんでしょう?」
 クィルの思わず、と言うような呟きに、俊輝は、
「主に食用として使用されるようですよ。……その種を攻撃に使用して、それでいいのでしょうか……」
 僅かに悩むような呟きを聞き、アンジェリカ・アンセム(オラトリオのパラディオン・en0268)はぱちりと瞬きをした。
「確かに。どうしてそのようなことをなさるのか、是非聞いてみたい……」
「アンジェリカ。その位置から動かずに。回復補助を頼む」
「はっ。わかりました……!」
 思わず。一歩踏み出しそうなアンジェリカに眠堂が微笑みながらも先回りして声をかける。アンジェリカも頷いて、愛の歌を歌いだす。
「うん。聞いてみたいけれども、なんだかお喋りしそうにないね」
 と、犬曇・猫晴(銀の弾丸・e62561)も全身の装甲から光輝くオウガ粒子を放出し、後方にいる仲間たちの感覚を支援していく。支援を受けて俊輝は矢を放ちながら、
「謎は残ります。足が生えている様子は少々、コミカルですが……、花畑を荒らすわけにはいきませんから、此処で退場して頂きましょう」
 言う。その言葉に応えるように、ヒコも続いて御業を放った。
「だな。今は花見頃。夏の一番好き時だ。満開の太陽を踏みにじらせはしねぇぜ」

「そっちに行きました。後ろに……ミンミンさん」
「大丈夫だぜ。任せてくれ」
 クィルの言葉に眠堂が即座に応える。
「なら……、咲き裂け氷、舞い散れ水華」
「血の一滴さえ飲み干すまで、――此の牙が」
 クィルが光る水を自身の周囲に展開させる。水の華の一筋をクィルから逃れようとする敵の背中に、まっすぐに突き刺した。同時に眠堂が箋を放った。流れ溢るる紋は虎の通り道となり、その上を踏む敵へと牙が食らいつく。
 それでも敵は眠堂へと、正確にいうとその後ろ側へと肉薄しようとする。それを俊輝が割り込んでとめた。同時に美雨がぽかぽかとあたりのものを構わず持ち上げて敵に叩きつけるので、
「美雨。私は、大丈夫ですから。……色鮮やかに、芽吹くように」
 俊輝が静かにそう声をかけると同時に、邪を祓う、濡れた青葉がより輝くような恵みの雨が降り注いだ。生命を活性化する癒しの雨に、アンジェリカの歌声も重なるように響く。そして美雨のほうにも微笑んだ。
「ええ。私たちも頑張りますから……。安心、というのも変な話ですが、安心してくださいね」
「そうそう。僕たちがちゃーんとみんなの傷を癒すから。……あ、それ、速くなってるから、気を付けてね」
 仲間たちの武器に風を纏わせていた猫晴が、そんな声を上げると、了解っ。とエリオットが即座に後方へと逃げ込もうとした敵へと接近する。
「っし。白銅炎の地獄鳥よ、我が敵を射抜け! ……こんな日は、さっさと終わらせて、外いくのが一番だなっ」
 再び炎の怪鳥が高速で敵に接近する。体当たりをすると同時に、敵に火の手が上がる。
「今のうちに、下がってください。ね?」
「うん。これ以上は、行かせはしないからね」
 俊輝の言葉に、ロストークも仲間たちを護るように敵の斜線を塞ぐよう立ち塞がる。プラーミァもやる気でえいえい、と体当たりをしていった。
「ああ。頼りにしてるぜ」
 改めて、眠堂がそう声をかけて後退すると、アンジェリカも頷いた。
「はい、よろしくお願いします」
「その分、回復は任せてね」
 猫晴もひらりと手を振って少し後退する。ヒコが屈託なく笑った。
「ああ。勿論、そっちも頼りにしてんぜ!」
「……は、はいっ」
 嬉しそうなアンジェリカにひらりと手を振って、ヒコもまた地を蹴る。前線で攻撃する仲間たちの邪魔にならないよう数歩後退すると、
「……ま、つまりは」
 若干考え事が口から漏れる。
「みんながみんなを頼りにしてるってことなんだろうな」
 口に出したらなんとも正直な気持ちであった。気恥ずかしいような、そうでもないような心持で、
「だから俺も、期待に応えるか。――……さぁ、可愛がってくれるかい?」
 模した折紙に鈴音ひとつ、ふたつ。祝詞に呪式。祷を籠めて本物と寸分変わらぬ蝶をヒコは作り上げた。白き胡蝶の群れが怪異を運ぶか、吉兆を運ぶかは兎も角も、花弁に春に踊る魂は分け隔て無く「鳥を導きその身を焦がす」と定められたそれは確かに敵へと放たれた。
「頼りにする……」
「ん?」
 ヒコの言葉に、何を感じたのかエリヤもエリオットをじっと見て、それから邪魔にならないようにちょっと下がりながらも、
「うん。早く終わらせて……いっぱい遊びたいからね」
 時空を凍結させる弾丸を放った。丁度四角い、銀色の脳天のような場所に弾丸が命中する。敵の動きがぴしりと止まる。
「おかたづけして、ひまわり見に行きたいな」
 遊びにいこうと、重ねるように言うエリヤ。その隙を見逃さずに、ロストークが氷河の力を操る槍斧の名を呼んだ。
「そうだね。収穫期に響かないように、きっちり始末をつけようか。……謡え、詠え、慈悲なき凍れる冬のうた」
 槍斧に刻まれたルーンが開放される。息すら凍る冷気が一瞬で開放され、まるで星が囁くかのように氷塵が鳴った。その音と共に、ロストークは斧を一閃させる。金属を砕く異様な、耳障りな音と共に、搾油機の体が凹み、歪んで……そして砕けた。
 金属を砕く嫌な音が消える。そうすればそこはもうただの平和な納屋であった。

「っし、お疲れさんだ」
「ああ、お疲れさま。ささっと片付けて向日葵見にいくか」
 ヒコが一息つくようにいうと、エリオットが頷く。そして軽く掃除をして早足で小屋の出口へ向かっていく。エリヤがそれを追いかけた。
「ああ、眩しい……」
 一歩。眠堂が外に出ると、容赦ない日差しとひまわり畑が視界いっぱいに広がっていて、思わず声を上げる。
「ああ。改めて、終わりましたね。……こら、美雨。その種は置いていきなさい。後でちゃんとお店で種を買ってあげるから」
 差し込む光に、納屋の壊れた場所にヒールをしながら俊輝が思わず声を上げると、
「じゃあ、早速遊びに行こうか」
「ふふ、そうですね、行きましょう」
 猫晴の言葉に、アンジェリカは微笑む。クィルがその後に小屋を出ると、
「あ、ジエロ!」
 人の姿を見つけて走り出した。
 その間にも、搾油機の体が砂のように消えていく。ロストークが一度、軽く頭を下げるその間にそれは完全に消失していった……。

 向日葵が風にそよいでいる。
 クィルは遊びに来たジエロと手を繋いで。跳びたくなる足を抑えながら花畑を進む。
「この向日葵すごく背が高いですね。ジエロくらいかなぁ……僕だとまだ届かないです」
 背伸びしても、ぴょんと飛んでも、まったく追い越せる気配はなくて、唇を尖らせるクィル。
「ふふ、もう少し時間が必要かもね?」
 くすくす笑って、ジエロはちょっと視線を下に、クィルを見つめた。
「私としては、追い越されると少し複雑な気持ちになるけれどね」
「ええー」
 不満げな声を上げるクィル。しかし言葉とは裏腹に、ぎゅっと握る手に力をこめた。はなれてしまわないように。そんなクィルの頭を、そっとジエロは優しく撫でる。
「……あのね、ジエロ」
 そんな優しい、いつもと変わらぬ笑顔を見上げて、
「向日葵って太陽の方を向いて咲くんですって。僕の太陽はジエロなんですよ」
 ふふーっと、太陽に向かって笑顔を咲かせてみせるクィル。ジエロは虚を疲れたように一度、瞬きをして肩をすくめ、
「……君が見てくれるから、私は太陽になれるのさ」
 なんて、言葉は冗談めかしながらも、ジエロは握り締める手に強く、強く。その気持ちを示すように力をこめた……。

 眼鏡を外して。
 俊輝も美雨と共に向日葵が連なる道を歩く。
「美雨、向日葵畑の迷路があるそうですよ。行ってみますか?」
 美雨は嬉しそうに頷いた。それを見て俊輝も微笑みを返す。
「背丈以上の向日葵がこれだけあると壮観ですね。けれど……、ああ、こら」
 向日葵畑の迷路はそれは見事なもので美しく、そしてきっちり容赦なく植えられていて先を見通すことは出来ない。……ので、
「先に勝手に進んでしまっては逸れてしまいますよ」
 ふわふわ進む美雨を、俊輝はあわてて追いかけた。すると、
「んん? 此処は先ほど通ったような?」
 首をかしげる羽目になる。
「美雨、わかりますか?」
 声をかけても、彼女はただ楽しそうに首を横に振るばかり。結局、漸く出口に辿り着けたのは、日がだいぶ傾いてからのことだった。
「……そう。そこがやがて種になるんですよ。気になりますか? なら買って帰りましょう。……今年は時期が遅いでしょうが、来年咲くでしょう」
 また、来年。そんな言葉が少し胸に詰まる。向日葵に見送られるようにして、そっと手を繋いで二人、歩き出すのであった。

「見てご覧よアンジェリカちゃん! ぼくよりも背の高いひまわりがこんなに!」
「まあ……。ふふふ、そんなに走って行ってしまったら、見つけられなくなってしまいます」
 向日葵畑を猫晴がかけていく。その後ろをアンジェリカがのんびり歩いてついていく。
「いいね、ひまわり。何より僕より高いのもあるっていうのが凄く。そんなひまわりを、無残な目に合わせずに済んで本当によかったね」
「ええ、本当に。……猫晴さんは……自分の背丈がお嫌いなのですか?」
「んー……」
 さっ。と猫晴は向日葵の中に隠れるようにして。しばし考え込むような間のあとで、
「嫌い……嫌いって言うのかなあ。こんな風に背の高い素敵なものが、いっぱいあればいいなって思うけど」
「あら。でもそれでは私が猫晴さんの事を、見つけることができなくなりますよ?」
「あはは、それも困るね……」
 夏の日差しが降り注ぐ中、そんなささやかだけれどもかけがえのない話をして。
 二人の時間は、ゆっくりと過ぎていくのであった。

「あー……」
 じわり、と汗が滲む。
 背の高い向日葵に囲まれた日陰で、椅子に腰をかけてヒコは空を見上げた。
 青い空も。白い雲も。向日葵の明るい黄色い花びら。光に透かされた明るい葉……。
「ヒマワリって花は好く出来ているな」
「……ああ。ヒコ。何がよくできているって?」
 ふと、呟いたところで向日葵が揺れた。顔を出した眠堂に、ヒコはひらと手を振る。
「あっついのに散歩か?」
「これくらいなら、暑いうちに入らないんじゃねえの?」
 暑い日が苦手なヒコの弁と、そうでもない眠堂の台詞が見事に正反対で、二人顔を見合わせ思わず笑う。
「で、なにが?」
「ああ。火回りは「日廻り」の名の如く太陽を追い続ける。明るく咲き誇る見目で一途にずっと、だ。がだ、夜になれば閉じ俯く様は苦悩しているようでいじらしい。……まるで『恋焦がれる人間』のようだと思わねえか?」
「あ……ああ」
 天に手を掲げて、身振り手振りで語るヒコに、眠堂は幾度か瞬きを。
「夏に夢想するのは人だけじゃねえのかもな。そういう話だ。……なんだ、難しい話は苦手だ、みたいな顔してる」
「それは、難しい話をするからだ」
「こういうのは、情緒がある話って言うんだ」
 眠堂の顔に、からかうようヒコは笑った。
「で、そっちは何を?」
「俺か。俺は単に俺より背の高い向日葵を探してな」
 数は少ないが少しはある。なんて、目を輝かせて報告する眠堂に、
 嫌味か。なんて冗談めかしてヒコはまた笑うのであった。

「大きいのもあれば、小さいのもある。同じ花でも咲き方に色に、違いがあるんだな。花もひとと同じみたいだ」
 真面目に、穏やかに眠堂は感想を述べる。そうだなぁって、ヒコも楽しげに応える。
「ヒコは、植物には詳しいか? 俺はあんまり詳しくないんだが」
「詳しい……詳しいっていうか、大事にしてる、みたいな感じか?」
「そうか。ならさっき向こうに気になる品種を見かけたんだ。名前を……教えてくれるだろう?」
「げ。いいけど。歩くのか?」
「そうだな……ちょっとばっかりだ」
「目が泳いでる。遠いのかよ。……でも、ま、こういう時もたまにゃ悪くはないな」
 軽口を叩きあいながらも、二人の顔はどこか、笑っていた。

「ローシャくん、にいさん、こっち、こっち、あのひまわりっ」
 明るい火の元で、わーい。とエリヤが駆けて行くのを、ロストークとエリオットは追いかける。
「この子、ローシャくんより背が高いよ!」
「わ。本当だね」
「おー。ほんとだ。ローシャが見下ろされてる」
「あ、にいさんとローシャくん、カメラは持ってきた?」
「……ん、カメラ? ああ勿論」
 みなまで言うな、とばかりにエリオットがデジカメを示す。
「既にさっき向日葵に顔をぶつけたエリヤは撮影した」
「ええっ。あ、あれは、あんなところにひまわりがあると思わなくて」
 思わず目を丸くするエリヤ。そんな表情も、ロストークが一枚撮影する。
「そして僕も、勿論、カメラ持ってきたよ、ほら」
「もー。他にどんなの撮れた?」
「ああ。見ろ見ろ。ローシャが向日葵を見下ろしているトコだろ。これはエリヤがぼけっと向日葵を見てるところで……」
「こっちは、そんなエーリャを撮影するリョーシャ」
「……いつの間に……」
「ふふ、僕たちも、ひまわりも、色んなのがあるね」
「ああ。……お、このローシャ、なんだかあんにゅいな顔してないか。でっかい向日葵と語り合ってる。プラーミァも一緒に難しい顔してるし」
「何、それ。……ああ、ハルヴァーのことを思い出していたんだよ。ひまわりの種から作る故郷のお菓子。それより……ほら、前より少しはうまくなっただろう?」
 こっちも見て、とばかりに示すデジカメの中には、向日葵と共に満面の笑顔でピースしているエリヤの写真があった。
「わ、本当だ。可愛い……!」
「ああ、かわいい。……そうだ、誰か記念撮影お願いしてみようか」
「うん、僕頼んでくるね!」
 走り出すエリヤを、二人が見送る。
「……エーリャ」
「……いや、日差し、眩しくて」
 心の底から楽しそうな笑顔に。
「知ってるか。エリヤ、戦闘中もずっと」
「うん。エーリャのこと、気にしてたよね。口には出さずに」
 思わず涙ぐみそうになるエリオットに、ロストークは微笑む。そんな二人に気づいているのかいないのか、
「撮ってくれるってー! あ、そうだ、ネズミくんに種のお土産も……後で買いに行っていい?」
 エリヤは向日葵畑の真ん中で手を振った。
 写真にうつるのはきっと、いつもと違う緩んだ三人の笑顔だろう。
 けれどそれはこの上なく、幸せそうな笑顔であった……。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年8月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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