山を越え、次の山へ、吹き抜ける風は青々と広がる森を撫でて、草木を揺らす。
山間を流れる清渓は森の潤いとなって生命を育み、夏の陽光を受けて輝いている。
降り立つ、足音。
ざわめきに満ちた森の中、現れた黒衣の女性の周囲だけが、奇妙な静けさを湛えていた。
その唇が、見つけた、と愉しげに動く。
人の背丈を越えるほどに高く伸びたヤマユリの元へと歩を進め、その膨らんだつぼみに触れた、途端。
ヤマユリ……いや、攻性植物は、大きな白い花を一斉に開き、茎や葉を蠢かせて暴れ出す。
だが、女性は涼しい表情を浮かべたまま球根のようなものを取り出し、ヤマユリの花へと触れさせた。それがするりと花の中へ吸い込まれていくと、攻性植物は見る間に動きを鈍らせる。
――さあ、お行きなさい。
女性の……死神の言葉は、死神の因子を植えつけられた攻性植物にとって絶対の呪縛となる。
ここは人里離れた山中。
しかし、この季節になると、人々は憩いを、楽しみを求めて近くまでやってくるのだ。……都合のいいことに。
――グラビティ・チェインを蓄え、そしてケルベロスに殺されるのです。
そう命じられた攻性植物が、ゆっくりと、しかしはっきりと殺意を纏って動き出せば、山を渡る風が不吉な響きを伴って白い花を揺らす。
こうして、夏の嵐は山野へ放たれた。
●星と焚き火と、夏嶺の一夜
「夏山のキャンプ場で夜を過ごしていた人達が攻性植物に襲われる……ことになりそうなんだ」
ケルベロス達がその場に集ったのを確認して、オリネ・フレベリスカ(アイスエルフのヘリオライダー・en0308)はローブの中から取りだした手帳を繰る。
「それもただの攻性植物じゃない、『死神の因子』ってやつを埋め込まれてより凶暴になったヤツ。だから、人々からグラビティ・チェインを奪った後でケルベロスのみんながこいつを倒すと、死体ごと死神の連中に回収されちゃうってね」
だから、そうなる前に、先手を打って攻性植物を倒してしまおうというのが、今回の作戦となる。
「で、こいつがヤマユリの攻性植物なんだ。ユリの王とも呼ばれる、大きくて甘い香りの花……嗅いだことはないけど」
それが、人の背丈を越える大きさまで育って多数の花をつけており、絡み合った茎と葉を自在に動かして、見た目によらず素早く動き回るのだという。
そうした花の芳香や、茎を用いた攻撃を繰り出してくることが予想されるだろう。
「とはいえ、まだ暴れ出して間もない相手だから、みんなならきっと勝てると思うよ。だから……できれば、ただ倒すんじゃなくて、死体を回収されないように、『死神の因子』ごと壊してほしいんだ」
死神の因子を埋め込まれたデウスエクスが倒されると、死体に彼岸花のような花が咲いてそのまま消えてしまう……つまり、死神が回収してしまう。
けれど、敵を弱らせてから、残った体力を大きく上回るような一撃を加えれば、敵を『死神の因子』ごと破壊できるのだという。
「さて」
ぱたん、と手帳を閉じて、オリネはケルベロス達を見渡す。
「人払いは夜までに済ませておくとして。襲撃は深夜……明け方近くになるようだけど、明るいうちから現地に赴いて周囲の様子を確認しておいたほうがいいよね?」
つまり時間があるってことさ、とフードの下の顔ににんまり、笑みを浮かべるオリネ。
「天気も良いようだし、せっかくだからキャンプで親睦を深めてみてはどうかな? 詳しくはないけど、あえて自然の中でご飯を食べたり、焚き火を囲んで話したりするのが楽しいんだってね?」
最近読んだ本に書いてあったよ、と頷いてから、ほら、そしたら戦闘の連携もスムーズにいくかもしれないし、と後づけのように言い添えた。
「……うん、まあ、何にしても。みんなが無事に帰ってきてくれることが第一だから……信じて、祈っているよ」
参加者 | |
---|---|
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069) |
ゼレフ・スティガル(雲・e00179) |
メイア・ヤレアッハ(空色・e00218) |
繰空・千歳(すずあめ・e00639) |
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755) |
荊・綺華(エウカリスティカ・e19440) |
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629) |
金剛・小唄(ごく普通の女子大学生・e40197) |
●十七時
吹き抜けた風は、秋の先触れのように涼やかだった。
「霧が出てきましたね。早いところ済ませましょう」
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)は風で乱れた髪を軽くかき上げ、仕上げとばかりにハンマーを振り下ろす。
穏やかな緑の中で、ペグを打つ鋭い音色はどこまでも響いていくようだった。
「テント、もうひとつはここでいいかしら?」
繰空・千歳(すずあめ・e00639)が草の上にシートを広げつつ首を傾げると、ゼレフ・スティガル(雲・e00179)は頷いた。
「うん、佳いねえ。あ、入口は森のほうに向けておこうか。景臣君、こっちも頼むよ」
「まったく、休む間もありませんね」
そう漏らしながらもやってきた景臣の肩をぽんと叩いて、ゼレフは銀の目を細める。
「僕は薪を集めに行ってくる」
すると、ぴょこんと耳を立てたのはカロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)。
「一緒に行きます、森のほうの地形も知っておきたいですし!」
二人の背中を見送っても、荊・綺華(エウカリスティカ・e19440)は森から目を離せないでいた。
この森の奥から攻性植物が現れて、人々を襲うのだと、予知はそう告げた。
けれどそんなことは何も知らないように、傾いていく陽射しは降り注ぎ、霧がかった景色を影絵のように、どこか幻想的に浮かび上がらせている。
「このままずっと……平和だったら良いのですけど……」
一歩。歩き出したところで濡れた草に足をすべらせ、抱えていた調理器具の箱が宙を舞った。
「!」
音もなく駆け寄ったアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)が、地面に落ちる寸前で箱を受け止めていた。
安堵の息をついて、大丈夫? と差し出した手。綺華はきょとんとした目のまま小さく頷くと、その手を取って立ち上がった。
「本当。敵など出なければ良いのにね」
気まぐれな山の空気。草の匂い。木々の歌声。肌に触れるそんなものたちに、アリシスフェイルは懐かしさを感じる。
けれど、こんなに賑やかなキャンプは初めてだから、それが少し不思議な気持ちで、そして、とても楽しい。
「ねぇ千歳、荷物はもう運んでも大丈夫?」
と、アリシスフェイルが張り終わったばかりの大きなタープを指すと、千歳は頷いて、
「ええ、お願いするわね、アリシス」
「じゃあ、私も手伝います!」
よしきた、とばかりに金剛・小唄(ごく普通の女子大学生・e40197)が運び始めたのは、たっぷり八人分の食材。
「お肉はまかせてっ! コハブ、いくよ!」
メイア・ヤレアッハ(空色・e00218)も負けじと大きなクーラーボックスを抱えて駆け出せば、白いボクスドラゴンが籠をくわえて後を追う。
「そんなに慌てると転ぶわよ」
千歳はなだめるように言い、持参した瓶を……今夜のお楽しみをそっと食材達の横に添えた。
カロンが鉈を振り下ろすと、小気味の良い音を立てて薪が割れた。飛び散った薪片を、傍らのミミック――フォーマルハウトが器用に空中でくわえて集める。
「慣れた手つきですね。頼もしいです」
景臣は離れたところへ飛んだ薪片をひとつ拾うとフォーマルハウトへ渡す。カロンは照れたように頭の後ろを掻き、
「風が冷えてきましたから、たっぷり作っておかないとですよね」
そうして、ふと空を見上げ、あ、と声を上げた。
山を包んでいた霧が見る間に晴れていき、空は遠く山々の向こうに沈んでいく暮色から夜を纏った深い蒼まで、とりどりの色彩を描く。どこかへと帰りゆく鳥達がシルエットとなって浮かんだ。
「いい夏の思い出になりそうだわ」
しみじみと夕空を見送る千歳に、ゼレフは頷いて、
「頑張って、いい思い出で終わらせないとねえ」
●十九時
「……」
メイアの真剣な眼差しの先。
網の上でじりじりと、食欲をそそる音色を立てはじめた、幸福の欠片達。
「はい、スペアリブも切ったわ。こういう時って見た目にも豪華なのを食べたくなるのよね」
お肉の番お願いするのだわ、と微笑むアリシスフェイルに、メイアは力強く頷く。
「あの……」
ふわりとメイアの隣に現れたのは綺華だった。
「こっちのお肉も……良いですか」
そう言葉少なに指差した、たっぷり厚みのあるリブロースと、華奢な綺華の姿とをメイアは見比べて、
「あら、素敵ねっ」
と楽しげに目を輝かせた。
「野菜の炒め物、お先にあがりましたよ!」
小唄の持つ大きなスキレットには、たっぷりと盛られた野菜達がほかほかの湯気とともにランタンの灯りの下で輝く。
「美味しそうです、いい香り……」
とろけるような笑みで鼻を鳴らすカロンに紙皿と箸を手渡しつつ、景臣の頬も思わず緩む。
「さすが、小唄さんの料理は豪快かつ繊細ですね」
「景臣さんやアリシスさんが用意してくれた野菜ですから、味も保証つきです」
火傷注意ですよ、と小唄はテーブル上の木皿にスキレットを乗せ、そろそろ炊き込みご飯もできるはず、と鍋の面倒を見に戻っていった。
直後、小唄の声が響く。
「こら点心ー!」
見れば、こそこそ鍋の蓋を開けて覗いていたウイングキャットが白い毛を逆立てて逃げてくる。その線上に座っていたゼレフが足を除けると点心はテーブルの下を潜り、テントの中へ逃げ込んだ。
楽しげに肩をすくめたゼレフは、ふとバーベキュー網のほうへ振り向く。
肩を並べて不動の姿勢を保つメイアと綺華の向かいにしゃがみこんで、
「よし、ずっと見つめてるとお肉が照れるから一度引っくり返そうか」
「メイアさまも……お好きなんですか」
綺華がふと口を開く。
「お肉?」
メイアの言葉に、綺華はこくりと頷いた。
それから少しの沈黙。
何か言おうと開きかけた綺華の口へ、はい、とメイアの箸が肉を一切れ、差し込んだ。
思わず目を見開いた綺華に、
「食べたいって綺華ちゃんの顔に書いてあったの。そうね、お料理は出来ないけれど、お肉の焼き加減には強いわ。――今が食べ頃よ!」
メイアがびしっと網の上を箸で示すと、次々とケルベロス達の箸が押し寄せ、肉をさらっていった。
綺華はたっぷり時間を掛けて肉を味わってから、
「普段は……食べられないので……」
メイアは穏やかに微笑んで、取り分けていた肉を差し出した。
「たんとおあがり、なの」
「さて」
満を持して、という風に千歳は酒瓶と徳利を取り出すと調理台へ向かう。
やっぱり熱燗よね、という言葉に、バーベキュー具材を切っていたアリシスフェイルの手が止まる。
「え、飲んじゃうの?」
「大丈夫よ少しぐらい、酔うほどは飲まないから。アリシスもどう?」
「う……飲んだら眠くなっちゃうし、何故だか身内が外で飲むのにいい顔しないのよね」
その複雑な表情に何かを察した千歳がぽんと肩を叩くと、アリシスは頬杖をついて、
「うん、今日は我慢する……今度おうちで一緒に飲みましょ」
●二十一時
シートの上に寝転がったメイアの眼前に広がるのは、街中で見るのとは格別の星々。
「星も綺麗ね。キャンプの醍醐味、しっかり感じなくっちゃ……っぷ!?」
とメイアの顔に覆い被さったのはコハブ、そこへ動く酒樽――もとい、千歳のサーヴァントである鈴が駆け寄ると、あわててコハブは駆け去っていった。
――久し振りだなあ、こういうの。
洗い物を終えたゼレフは、追いかけっこをするサーヴァント達を遠目に見守りながら、大きく伸びをひとつ。
「炊き込みご飯も美味しかったね。今日は小唄君にお世話になってばかりだ」
「筍とか茸とか……下ごしらえはアリシスさんに手伝ってもらいましたから」
小唄の言葉に、静かに焚き火を見つめていたアリシスフェイルも顔を上げて、
「ゼレフが持ってきてくれたラム肉も、自然の中で食べるとまた一段と美味しかったの、だわ……」
睡魔に飲まれそうな様子に、あらあら、と千歳が首を傾げ、
「寝たい子はちゃあんと睡眠、取ってちょうだいね」
間に合うように起こしてあげるから、とテントの中を指差した。
ふぁい、と瞼を重くしてテントへ向かうアリシスフェイルに、メイアも身体を起こして欠伸をひとつ。
「お言葉に甘えて、わたくしも仮眠を取っておくわ……おいで、コハブ」
コハブと一緒にテントに潜り込んでいくメイアを見送ると、千歳は空のグラスを見て、
「ゼレフはまだ飲む?」
「今日は程々にしておこう」
たっぷり食べて眠ってしまった点心をテントの中に寝かせて戻ってきた小唄が、焚き火の前に座って不自然に身を屈めた。
「じゃあ……定番の怪談話をしませんか?」
――まず、その焚き火に照らされた上目遣いが怖いですね?
とは誰も言えず、夜中に食べ物が大量に消えた、という小唄の怪談……のようなもの、に聞き入るしかないのだった。
●一時
「あれがフォーマルハウト。キミの星だよ」
夜更けを迎えた空にひときわ明るく昇った一等星を指して、カロンは傍らのミミックを撫でる。
「眠くありませんか?」
その隣に腰掛けた景臣が湯気の立つ珈琲を勧めると、ありがとうございます、と受け取ってカロンは微笑んだ。
「星を見ていたら、目が冴えてきました」
突然に焚き火のほうから小唄の悲鳴が聞こえても、もう何度目かわからないので驚かない。
「女子……」
「ですね」
千歳の怪談でも聞いていたのだろう、と二人が顔を見合わせたそのとき、今度は悲鳴とは違う……歓声があがった。
花火でも上がったかのような一瞬の光。星々の間を切り裂いた特大の流れ星は、何度か閃光を瞬かせながら空の向こうへ消えていった。
ふと、カロンは橙の瞳を瞬かせて、
「そういえば今夜はちょうど、流星群の夜です」
●四時
「来た」
テントの開く音と、その短い言葉が、始まりを告げた。
慌てて外に飛び出した拍子に転びかけた綺華を、カロンが支える。
同じく目覚めたばかりのアリシスフェイルが手早くエアシューズを履いて駆け出すのを確認して、ゼレフはメイアを助け起こした。
「メイア君、大丈夫か?」
「わたくし、目覚めすっきりタイプの美少女なの。もう頭すっきり!」
そう宣言し、両目ぱっちり、両手をぴんと広げて立つ美少女を、
「……森はこっちだからね」
くるりと振り向かせてゼレフが息をついたその時、木々を圧し除けるように、巨大なヤマユリがケルベロス達の前へと姿を現した。
ケルベロス達を認識し敵意を示しているのか、幾本もの茎を高く掲げたヤマユリへと最初に迫るのはアリシスフェイル。
大きく踏み込んで跳び立った身体に重力を宿し、振り抜かれた蹴撃は流星のように閃いて巨大な葉を散らした。
「鈍らせたのだわ。ばりばり攻撃当ててきましょ」
後衛へと素早く跳び下がったアリシスフェイル達を包むように、千歳の腕から伸びる枝へ宿った黄金の果実が聖なる光を放つ。
ヤマユリは大きく花弁を震わせる。反撃とばかりに放たれた『香り』の一撃はアリシスフェイルの体力を奪い、その身体は抑えつけられるような重みに苛まれる。それでも、籠められた催眠の呪力は聖なる光によって退けられていた。
次の攻撃を繰り出そうと蠢き出すヤマユリの眼前に踏み出したのは小唄。
言葉は不要、拳で語るとばかりに、小唄の繰り出した獣の拳は低い唸りを上げて花弁のひとつを砕き、散らした。
そこへ、二体のウイングキャット――点心の白い翼、ばすてとさまの黒い翼がいっせいに羽ばたき、二重の輪を描くように羽ばたいて浄化の風がケルベロス達の皆を包む。
綺華が弓を構え、矢の代わりに光の束をつがえるとともに、その感覚が急速に研ぎ澄まされていく。
「光よ……」
けれどまだ、放たない。じっくりと狙いをつけてその瞬間を待つのだ。
カロンの放った縛鎖が不思議に色彩を変えながらヤマユリに巻きつき拘束する、それもまた破壊ではなく阻害のための一手。
時間をかけてもいい。慎重に攻撃を積み上げ、確実に『死神の因子』を破壊すること。
これはそういう戦いだった。
ヤマユリの放つ催眠の香りや絡みつく茎を未然に防ぎつつ、敵が纏おうとする癒しの花粉は吹き飛ばす。
確実にそれを続けていくことで、やがて相手は打つ手を失い、手数で勝るケルベロス達の優勢は確実なものになっていく。
巨大なヤマユリが広げていた葉の多くは乱れ破れ、いくつも咲いていた花のうち、完全な形で残っているのはもはや一つだけだった。
全身を震わせ、ヤマユリが再び花粉を纏うのを見て、メイアの元から勢い良く飛び立ったコハブは自らを封印箱に収め、もろともにヤマユリへ激突する。
散らしきれなかった花粉は、小唄の放ったジェットの重拳撃が幾枚かの葉ごと吹き飛ばした。
「ヤマユリの花は好きよ。山を訪れた人の心を癒やしてくれる……けど、白いあなたが血で汚れるのはダメ」
ごめんね、止めさせてもらうの――メイアは掌に宿した石化の魔法を光線に変えて放ち、絡み合ったヤマユリの茎を貫いて動きを鈍らせる。
そこをすかさず綺華の弓から放たれた光の束が、その姿に違わず光の速さで茎の一本を砕き折った。
それでも敵意を失うことなく、長い茎が暴れのたうち景臣の脚に絡みつく。
脚を捻られる激痛に一瞬顔を歪めながらも、気遣わせまいとすぐに微笑を取り戻す景臣。
庇うように進み出た千歳が左腕のガトリングガンを空に掲げ、打ち上げた飴色の華傘が大きく華開くと、景臣の痛みごと優しく包んで癒やしていく。
「その程度の攻撃じゃあ、私たちを倒すのは無理ね」
続け様に飛び出した鈴が、酒瓶の形をしたエクトプラズムでヤマユリを殴りつけると、砕けた破片が茎のあちこちに刺さって動きを封じた。
ゆらり、まだ残る脚の痛みを振り払うように歩を進めた景臣はヤマユリに対峙し、花の彩る細剣の切っ先を掲げ――突き立てるかと見えたその刃が指すのは天頂。
刹那、その身に宿す地獄の炎が、景臣自身の活力となって燃え盛る。
その意図を汲み取ったカロンが、敵に噛みつこうとするフォーマルハウトを制しつつ、月光を練り上げたように暖かく、そして狂気を孕んだ光弾を放つ。
その行き先は、一振りを携え敵に肉薄するゼレフ。
「悪いね、次は大人しく咲いててくれよ」
小さく、けれど何よりも鋭く研ぎ澄まされたその刃は、只穿つ為にある。
身をよじって躱そうとする、その先を読んで突き立てた一撃は、最後に残った花弁の、さらにその奥――植えつけられた因子までもを貫き、瞬きのうちに業炎で包んだ。
熱気を避けるように数歩下がり、
「怒りで我を忘れたか、と肝が冷えたよ」
「振り、ですよ」
ゼレフと景臣が軽口を交わす束の間に、ヤマユリは灰の山と化していた。
戦いを終えたケルベロス達は息をつく。
気づけば空は白みがかり、あれほど輝いていた星々も光に呑まれ始めている。
「ここでもう一休みしてから、帰りましょっか」
千歳の提案に、仲間達は誰からともなく、頷いた。
疲れではなく、もう少しこの時間を味わっていたい――と、そんな風に。
作者:朽橋ケヅメ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年8月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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