夏だ! 海だ! 宝探しだ!!

作者:秋月きり

 まず最初に飛び込んできたのはまぶしい太陽光。それから生ぬるい空気と、鼻に届く潮風、そして耳をくすぐる潮騒。
 肺腑が空気を求め、口が、舌が喘ぎの声を零す。……ま、デウスエクスなんだから、呼吸の必要は無いのだけども。
「みんな。あったぁ?」
 海面に顔を出した螺旋忍軍・楪の言葉に、配下たるオークプラント達は誇らしげに何かを掲げる。
 陽光を受け、キラキラと輝くそれは潮の流れで研磨されているものの、どう見ても只の石だった。
「ざんねーん。でも地道に探してこー。一応、砂浜に置いてきたら、また海底の調査再開ね!」
 海底から海面、そして砂浜へ。竜十字島に戻った楪はんーっと伸びをする。
 ポタポタと雫が髪から、耳から、そして尻尾から垂れ、和装を思わせる前掛けがぺたりと張り付くが気にしない。下のレオタードは特に不快感を与えないし、この夏の日差しの元ではすぐに渇くだろう。
 衣服が濡れ、凹凸のハッキリした肢体に張り付く様は煽情的ですらあったが、それに反応する物はこの場にはいない。だから、気にしない事にする。
「でも本当にあるのかなぁー」
 仲間のある者はオークプラントに命じ、島中を掘り返していると言う。ある者は瓦礫を撤去し、丹念な調査を行っていると言う。
「これで海底に落ちてたら大金星なんだけどね」
 ぎゅっと服を絞り、ぷるぷると震えて水を弾き飛ばす。すぐ素潜りを始めるのに、意味ないなーとの呟きは潮風に消えていった。

「螺旋忍軍達が竜十字島で何かを探していることは、もう既に聞き及んでいると思う」
 リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の言葉に、ヘリポートに集ったケルベロス達は首肯する。既に何組ものチームが調査開始している事は周知の事実だ。
「螺旋忍軍はオーク型の攻性植物、オークプラントを連れている事から、大阪城の攻性植物、或いはドラゴンの残党との関与も疑われているわ」
 何を探索しているのか、何が目的なのかは現在、不明。
 ただ、その阻害はケルベロス、ひいては地球全ての利益となるだろう。
「だから、みんなには螺旋忍軍の撃破をお願いしたい」
 侵略者であるデウスエクス達を横合いから思いっきり殴りつけて欲しいとリーシャは言う。
「今回、みんなの相手になる螺旋忍軍の名前は『楪』。竜十字島近隣の海底を配下と共に探索している様子よ」
 よって、彼女への襲撃は水中に潜った状態で行うことになるだろう。
「とは言え、相手はデウスエクスだし水中で戦闘力が落ちる訳じゃないわ。当然、みんなも同様だけど」
 ただ、戦い安くする方法はある。例えば『水中呼吸』等の防具特徴。或いは海面では『翼飛行』等の種族特徴も役に立つだろう。
「単に服を水着にするだけでも戦い方は変わってくるだろうし、ま、そこは工夫あるのみじゃないかな?」
 何も備えをせずに漫然と戦うのと、何か工夫をして戦いに臨むのでは、結果に天と地ほどの差があり得るのだ。色々試すのもありだろう。
「楪は近接戦闘を得手としているわ。持ち前の俊敏さもあるから、そこも気をつけて」
 配下のオークプラント共々戦闘は不得手であるようだが、そこはデウスエクス。弱い訳ではないので注意が必要だ。
「そうね。彼女と10体のオークプラント。数の脅威もあるし、それぞれが効率的に動けば如何にみんなであっても危ない事は事実。この辺り、意思疎通を阻害するとかも、戦いの結果を左右する大きな鍵になるわ」
 また、楪は戦闘に突入後、隙あらば逃走を試みる様だ。もしもそれを是としないのであれば、数人がかりで足止め――文字通りの意味で、バッドステータスの事では無い――の対応が必要となるだろう。
「そう言う意味では戦力の割り振りも鍵になるかもしれないわね」
 なお、楪が海底で何を探しているのかは不明。今後の調査で判るかも知れない、との事だった。
「だから、正直言えば何を探しているか情報が欲しいところだけどね」
 それが叶えば、ケルベロス陣営でも調査・奪取が可能かも知れない。しかし、二兎追うものは一兎をも得ずとの諺もある。まずは目の前の敵の撃破が最優先だろう。
「それじゃ、いってらっしゃい。……この時期、海水浴とは言わないけど、泳ぐのも悪くない筈よ」
 言葉と笑顔の端に少しだけ、羨望が滲んでいた。


参加者
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)
ピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564)
端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
荊・綺華(エウカリスティカ・e19440)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
ベルーカ・バケット(チョコレートの魔術師・e46515)

■リプレイ

●青い海に浮かぶ僕
 燦々と輝く太陽は天高く。青い海は何処までも広がっている。
 それがケルベロス達の見る光景だった。
 竜十字島まで約5キロの距離と言った処か。ヘリオンから着水した彼らは、目的地までしばしの遠泳を行っていた。
「あの螺旋忍軍、暑気払いに来てるだけじゃねぇのか?」
 水中ゴーグルを着けた頭を海面に出しながら、水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)がぽつりと口にする。
 季節は夏本番。世界は35度越えの気温が続く、いわゆる猛暑日であった。元デウスエクスが支配していた島とは言え、そこに彼らが現れる理由が『涼を求めて』だったとしても頷けそうな気がした。
「何を探しているのかは、気になるね」
 黒い競泳水着に身を包んだプラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)は見事なクロールを決めながら呟く。持ち前の白髪と白い波間に強調された肢体は、あくまで瑞々しく。もしもこの場が海水浴場であれば、多くの視線を攫っただろう。
(「うむ。眼福である」)
 それは、仲間の様子を窺うコクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)の独白であった。
 ケルベロス達が交戦するべき目標、螺旋忍軍・楪とオークプラント達は現在、水中で探索中の筈なのだ。ならば、水中での激突は必至。皆が水着姿になるのは必然であった。
 ビハインドを共に泳ぐアウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)が纏う水着は黒いビキニ。零れ落ちそうな白い肌とのコントラストはあまりに深く、色鮮やかに。
 年相応のスクール水着姿を披露するのは荊・綺華(エウカリスティカ・e19440)だ。サーヴァントのばすてとさまと共に泳ぐ姿は、幻想世界から出でた妖精を思わせる。フェチズム誘うニーソックスの判断が迷いそうだったが。
 そして、準備は水着だけに留まらない。
 露出の高いウェットスーツ、足ひれ、シュノーケルと言った水中戦専用装備のピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564) は、無数のマネキンを携え行軍していた。曰く、デコイ用、であった。
「移動用のボートも用意出来れば良かったのですが」
 流石にヘリオンからのダイブも考えれば、全てが準備万端と行かない。残念であった。
「万が一にも彼奴らを利するわけにいかぬのじゃ」
 デウスエクス許すまじと燃える端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)は、水中活動用にと酸素ボンベを背負っていた。水中では軽減されるとは言え、15キロ越えの重りの携帯は戦闘に支障ありそうだったが、そこはケルベロスの膂力。一切問題は無かった。
「何かを探している、か。……直接訪ねるのは難しそうだな」
 痩身に競泳水着姿のベルーカ・バケット(チョコレートの魔術師・e46515)は、視線を皆の前方に移す。
 波間に影が見える。
 揺らめく緑色の影は、おおよそ10体程度。ならば、アレがデウスエクス達で間違いないだろう。
(「不意打ちは無理だろうけど」)
 首魁である楪の視線は既にケルベロス達を捉えている。恐るべきは獣の勘。或いは螺旋忍軍の索敵能力であった。
 それでも、逃げに転じる前に仕掛ける事は出来そうだ。
 ボディサインで戦闘を促したケルベロス達は、泳ぎの勢いのまま、楪達に吶喊するのであった。

(「え? 何?!」)
 突如波間に10体程度の影が見えた。
 楪がそれに気付いたのは、彼女にとって幸運だったのか、それとも不幸の始まりだったのか。
 当初は魚影かと思ったそれは、見る間に人の形を取っていく。こんな沖合に現れる影など、答えは一つしか無い。
「みんな! ケルベロスの襲撃だよ!!」
 故に、楪は配下達に迎撃を命じる。
 接敵はその命令の伝播とほぼ同時であった。
 身構えるオークプラント達に、ケルベロス達の吶喊が突き刺さっていく。
 陸上での活動を主とする戦士達の、水中戦の始まりであった。

●夏だ! 海だ! 宝探しだ!
 波の間を緑色の触手が疾走する。槍の様に鋭く尖ったそれは、地表であっても水中であっても速度は変わらない。むしろ銛の如き俊敏さで、ケルベロス達を貫こうとする。
「痛ぇなぁ」
 槍衾とあっては、如何に盾が厚くとも幾筋かは攻撃手を傷つけてしまう。肩口を掠めた一刺しに歯噛みしながら、鬼人は不敵な笑みを見せる。
「――お前の運命を極めるダイス目だぜ? よく味わいな」
 海中をしかし、火柱が迸る。極小の太陽と化した地獄の業火は、海水程度では防ぐ事が出来ない。水中で炙られ、灼かれたオークプラントの一体が、口から盛大に空気を零す。
「少し、大人しくしていなさい」
 そして視界が白く爆発した。
 アウレリアの放つ閃光弾は、水中であろうと勢い褪せる事はない。目を灼かれたオークプラントは海中で悶えながらも、遮二無二触手を突き出していた。
(「もしかして?」)
 触手に傷つけられた仲間に治癒グラビティを施しながら、ピコの視線は灼かれたオークプラントへと注がれている。
 確かにヘリオライダーは彼らを非戦闘用だと断じていた。油断さえしなければ勝てる相手だ、とも。
「確かに、油断さえしなければ、ですね」
 独白する。
 デウスエクスの嗅覚を以てピコの用意したデコイを避けながら攻撃する彼らの触手は確かに脅威で、滴る毒も、注入されれば命に関わり兼ねない危険を孕んでいる。
 だが、それでも。
「強い相手ではない、よね」
 極彩色の光で仲間を癒やしながら、綺華はそう断ずる。同時に、付き従うばすてとさまの爪は、毒を零し広げるオークプラントの一体へ。切り裂かれたオークプラントから零れる液体は、血にしては色素が薄く、樹液にしては濃い様に思えた。
「……となれば、警戒するは奴のみか」
 自作の閃光弾を海底に捨てながら、コクマは敵の首魁を目で追う。その阻害に役立てばと考えた武器だったが、生憎グラビティを伴わない攻撃は、デウスエクスに通じない。アウレリアの閃光弾と彼の閃光弾の隔たりはそこにあった。
「邪魔をするな!」
 キャスターの加護そのままに水中を泳ぎ回る楪の叫びに、応じた者は二人。
「ごめんね。邪魔しに来たの」
 竜砲弾を放ち、彼女を捉えようとするプランと。
「此処で止める」
 虹纏う蹴りを繰り出す括であった。
 その波状攻撃を紙一重で回避した彼女は、しかし、表情に焦燥を浮かべていた。
「「逃がさない」」
 のじゃ。よ。
 二重の声が楪を追い詰める。片方だけならば逃れる事は出来ただろう。だが、連携する二人が行う妨害は、強い重圧を以て、楪の自由を阻害して行く。
「これが氷結輪か」
 魔法の霜で海水ごと、オークプラントを凍らせながら、ベルーカがぽつりと呟く。
 凍り纏わり付く水と冷気に、動きを鈍くするオークプラントはごぼごぼと気泡を口の端から零している。デウスエクスである彼らが窒息する事は無いだろう。だが、動きの鈍化は、戦場では致命的だった。
「アルベルト」
 アウレリアの短い声と共に、白銀が煌めく。彼女のビハインド、アルベルトによって放たれた弾丸は、身体を半ば凍らせたオークプラントを破壊。傷ついた一体への止めとなる。
「まず一体、と。悪いな。速攻で片をつけるぞ!」
 そして出来れば仕事抜きで楽しむ余暇を。婚約者がいれば尚良かったけれども。
 鬼人の鬼気迫る表情は、彼の願望を如実に表している。
「そうだね。少しはそう言う役得があってもいいよね」
 プランの呟きを、彼らは心の底から賛同していた。

●ケモミミは何を探す人ぞ?
 依頼に賭ける真摯さが実を結んだのか。
 それともその後のご褒美が、彼らの情熱に火をつけたのか。
 刻一刻と時を重ねる毎、オークプラント達は一体、また一体と海の露へと消えていく。
(「作戦勝ちですね」)
 ピコは静かに頷く。
 オークプラントは確かに善戦していた。役割分担や意思疎通だけ見れば、ケルベロス以上の連携と言っても過言ではない。
 だが、それに打ち勝ったのはケルベロス達の策がそれを上回ったからだ。
 そうなる様に皆で考え、幾多も策を投入した。実を結ばなかった策もあれば、上手く噛み合った策もある。
 近付く約束された勝利に、思わず身震いしてしまう。詰め将棋や詰め碁の様な解を導く快感が、そこにあった。
「我が刃に宿るはスキンを喰らいし魔狼の牙! その牙が齎すは光亡き夜の訪れなり!」
 そして、最後の一体がコクマによって両断されていく。戦艦すら切り裂く気合い一刀は、2メートルに満たない植獣を粉砕し、海中に光の粒をまき散らした。
「これで後はあの螺旋忍ぐ……」
 コクマが振り返ったその瞬間であった。
「避けるのじゃ!」
「遅いっ!」
 括の声が届くより早く、両の頬が柔らかい物に包まれていた。
「ぬ、ぬぉ」
 それが楪の抱擁と、それが生み出す柔肉の誘惑が、コクマの血を顔や頭に駆け上らせていく。
「ふんぬ!」
 気合いの叫びが発せられたのは、楪が身体を離したと同時にだった。猛る剣は仲間――ケルベロス達に向けられている。誰がどう見ても、彼は螺旋忍軍の術中にあっていた。
「父よ……あなたは何でも……おできになります……この杯を……わたしから……取り除けてください……」
 だが、コクマの凶手が仲間を襲う事は無かった。
 綺華の祈りが、彼を蝕む呪いを吹き飛ばしたからだ。
「大丈夫?」
 ピコの問いに、返ってきたのは苦虫を噛み潰す様な低い声だった。
「くっ。恐ろしい乳……じゃなかった。恐ろしい一撃であった」
 あれほどずっしりと重く、顔の大半を覆う圧に遭遇した事は今まであっただろうか。
 しかもそれを感じたのは触れられた一瞬のみ。長く抱き締められた気がするが、その記憶の大半は洗脳の所為で消去されているのだ。気がついた時には綺華の治癒が完了していた。なんと勿体……いや、恐ろしい技よ。
「うん。そうね」
 無数のミサイル群で楪を撃ちながら、アウレリアが静かな声を零す。そのサーヴァント、アルベルトは彼女とコクマの間に佇み、銃弾を放ち続けている。二者の距離を確保する為、割って入った気がしなくもないが、気のせいだろう。多分。
「残りは貴方一人だが……降参、と言うわけにはいかぬよな?」
 ベルーカの呼びかけは同情ではなく、只の確認であった。
 ケルベロス――地球人とデウスエクスは相容れない。まして、忍びの名を抱く敵だ。寝首を掻く以外の目的で降参する筈がなかった。
「当然!」
 そして、楪は真っ向勝負のタイプなのであろう。部下の面倒見が良かったのは、その表れだった。
「ならば倒すまで! ――流星雨の名において!」
 召喚した流星が楪に降り注ぐ。水中であって勢いを止めない流星群を、水棲生物宜しく躱す彼女だが、それにも限りがある。
 流星の欠片は水着然としたレオタードを切り裂き、白い肌と血の跡を残していく。
 そこに突き刺さるのは鬼人の一刀だ。空の魔力を纏う斬撃は波を、そして海そのものを切り裂き、楪に新たな疵を刻んでいく。
「くっ!」
 だが、無数の攻撃が突き刺さろうと、獣は諦めない。鋭く尖った牙が、爪が、獣人の面目躍如とケルベロスを切り裂く。
 水中において、堅実さは絶対の優位だ。長物より小物を。柄物よりも拳を。そして、近距離戦闘よりも零距離戦闘を。
 獣の爪牙はケルベロス達を穿ち、侵し、引き裂いていく。重鈍そうな見かけとは言え、彼女もまたデウスエクス。速度においてはケルベロス達より抜きん出ていた。
「だが!」
 縛霊手に包まれた手が爪と牙を押さえ込む。
「わしとて熊の端くれ。泳ぐのだってお手の物じゃ!」
 仲間を傷つけないと立ち塞がる括の気迫に、獣の牙は圧されていく。
 そこに生まれた均衡は、刹那に楪に停滞を生み出す。それが、攻守交代の切欠となった。
「水中だと普段は難しい事もできちゃうね」
 プランだった。
 がしりと楪を捕まえたプランは自身の身体を以て、螺旋忍軍の身体を縛り上げていく。
(「ツームストン・パイルドライバー?!」)
 二人の体勢を表すならば、そうと形容するべきか。上下逆さまの相手をホールドするプロレス技はしかし、相手の脳天を地面に叩きつける事によって完成するはずだった。
「――っ?!」
 最年長女子の括は思わず綺華の目を掌で覆う。幾多の勘が告げていた。これは駄目、と。
 英断の実行とほぼ同時に、技が行使されていた。
 それは確かにツームストン・パイルドライバーであった。少しプランの顔が何かをなぞる様に小刻みに揺れていたり、楪が都度、淫靡な声を零したりしていたり、挙げ句に脳天を叩きつける様な攻撃はなく、ずっとその体勢であったものの、紛れもなく健全な組技だと言わざる得ない攻撃であった!
「おおっ」
 コクマが零したそれも、美麗な技に対する感嘆だった。きっとそうだ。
「ふぅ……」
 全てを吸精した様な満足した表情でプランが楪の身体を放つ。
 びくんと小刻みに震える楪は、それでも、ケルベロスの命を絶とうと爪を伸ばす。
「あばよ」
 豊かな胸を貫いたのは、鬼人の突き出した日本刀であった。
 トドメの一撃を受け、楪は虚空へ――海面へと手を伸ばす。
 だが、その望みは叶わず、その身体は無数の粒子と化し、海に溶けていった。

●夏は巡りゆく
「この積んでいる石、でしょうか……?」
 竜十字島の砂浜の一角に積み上げられた石を持ち上げ、綺華は小首を傾げる。何れもが只の石で、大きさにしては大人の握りこぶし大から彼女の頭ほど。共通項があるとは思えなかった。
「他にガラクタもあるわ。無差別に集めていた、と言うわけではなさそうだけど」
 漂流物らしきゴミをかき分けながら、アウレリアもむーっと困惑の表情を浮かべる。海底を漁っていたのは、何かを探していたのだろうと推測はつくが、集められた品物は無差別と言っても良いほどの乱雑ぶりで、ここから『何を』探していたかを推測するのは困難そうだった。
「ふむ。……うーむ」
 それらを前に、頭を抱えるのは括も同様だ。三者三様、サーヴァントを合わせれば五者の悩ましい視線が交わり、だが結論にまで至らない。文殊の知恵は程遠そうだった。
「おーい。みんな。とりあえず泳ぐ?」
「折角の海だしなぁ。婚約者とこれれば良かったが」
 プランは仲間を再度海中へ誘い、同意の声を鬼人が上げる。
「そうよな。探していた場所を入念に調べるのも良いやもしれん」
 コクマは頷き、人魚よろしく潜水を始めるプランへ視線を注いでいる。そこに何を思うのかは、神ぞのみ知る、奴であった。
「ああっ!」
 突如、声を上げたのはベルーカだった。
「どうしました?」
 目を白黒させるピコに、彼女は大変な事を思い出したとばかりに詰め寄る。
「アメリカ、行かないと!」
「……ああ。そうですね」
 大きな祭りも近い。おそらくヘリオライダーに頼めば直行してくれるとは思うが……。
(「そろそろ来る頃合いでしょうか」)
 見上げた青空のその先で。
 パラパラとヘリオンのローター音が聞こえ始めていた。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年8月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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