ねこやすみ

作者:雨音瑛

●夕暮れの路地裏にて
「なーにが猫カフェだっ、ふざけやがって……」
 陰気な口調のビルシャナは、路地裏から『猫カフェ ねこやすみ』の看板を見つめている。外灯の灯り始めた商店街の中で特段目立つものではないが、ビルシャナにとっては憎悪の対象らしい。行き交う人々は彼の者の存在に気付かず、足早に通り過ぎてゆく。
「猫は自由なものなんだ、あんなところに閉じ込めるなんて……うぐッ!?」
 ビルシャナが突如、背中の痛みに仰け反る。はらりと落ちる羽根が赤く染まっていることから、尋常ではない負傷をしていることに気付く。そして何かを埋め込まれた、ということにも。
 ビルシャナがどうにか振り返った先にいたのは、黒衣の女であった。
「さあ、お行きなさい。そしてグラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されるのです」
 女の口元が歪む。ビルシャナの正常な思考は、そこで途切れる。
「がぁ……うがぁ、あばぁ、がぁ……!」
 ふらりと路地裏から踏み出したビルシャナが行う行動は、シンプルだ。戦う術を持たぬ人々を手当たり次第に襲い、殺戮してゆく。それだけを、ひたすらに繰り返す。

●予知カタリ
 それがヘリオライダーから聞いた予知であると、比良坂・冥(カタリ匣・e27529)は語り終える。
「死神がビルシャナの背中に埋め込んだものは『死神の因子』っていうらしくてね? ビルシャナは、大量のグラビティ・チェインを得るために、人々を虐殺しようとしてるんだって」
 このビルシャナが大量のグラビティ・チェインを獲得してから倒されるようなことになれば、死神の手駒になってしまうことも予想されている。
 そのため、ビルシャナが一般人を手に掛けてグラビティ・チェインを得るよりも早く撃破する必要がある。
「不幸中の幸いなのは、今から向かえばビルシャナ出現の直前に現場に到着できること、かな? 手の空いている人がいたら、是非に」
 出現するビルシャナは1体のみで、配下などはいない。理性を失っているためか、攻撃力が高いのが特徴だという。攻撃手段は3つ、相手を催眠状態にする光線、炎の球、氷の刃といったものを放つ、ということらしい。
「ビルシャナの出現ポイントは、商店街の中ほど。帰宅する学生やサラリーマン、ちょっと外に出てたお店の人なんかもいるから、ビルシャナを抑え込むと同時に避難誘導とかもする必要がありそうね」
「でしたら、私が避難誘導を担当しましょう」
「あら助かる。ありがと、桟月さん」
 柵夜・桟月(地球人のブレイズキャリバー・en0125)は微笑み、冥へと頭を下げる。
「あっ、そうそう。もう一つ大事な話があったんだわ。ヘリオライダーから聞いたんだけど、このビルシャナを倒すと死体に彼岸花のような花が咲くんだって」
 言いつつ、冥は自身の頭に咲く彼岸花を触る。
「その後? その後は、どこかに消えちゃうんだってさ。死神に回収されちゃうんだろうねぇ、きっと」
 しかし、ビルシャナの残り体力に対して過剰なダメージを与えて倒した場合、ビルシャナの死体は死神に回収されないようであるから、可能ならば過剰なダメージを与えて倒したいところだ。
「うーん、死神の動きは気になるっちゃ気になるけど……調査するなら仕事が全部終わってからかねぇ? あ、でもその前に保護猫カフェ行きたいかも。桟月さんもどーお?」
「もちろん、お供させてもらいますよ」
「だよねぇ。そんじゃ協力、よろしくね」
 ひらり手を振り、冥は集ったケルベロスたちに笑いかけた。


参加者
新条・あかり(点灯夫・e04291)
クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)
杜乃院・藤(狼纏イノ羊・e20564)
杜乃院・楓(気紛レ猫ハ泡沫夢二遊ブ・e20565)
比良坂・冥(カタリ匣・e27529)
八坂・夜道(無明往来・e28552)
月岡・ユア(幽世ノ双月・e33389)
ステラ・フラグメント(天の光・e44779)

■リプレイ

●猫だろうが、猫以外だろうが
 照りつける日光は市街地において殊更苛烈で、商店街の石畳を照らしては熱気を立ち上げる。
 人々が気だるげに歩みを進める商店街の中で、ひときわ目立つ集団がいた。けれど特段騒ぎ立てるわけでもなく、あるいはにこやかに頭を下げ、人々は通り過ぎて行く。
 集団のひとり、林檎色の髪が目を惹く少女が真っ先に声を張り上げた。
「間もなくデウスエクスが現れるよ。ここはケルベロスが守るから、皆は早く安全なところへ」
 新条・あかり(点灯夫・e04291)のその言葉に、人々はぎょっとした。
「声がけありがとうございます、あかり君。ここは私に任せて、ビルシャナとの戦闘を」
 穏やかに微笑みかける老齢の紳士は、柵夜・桟月(地球人のブレイズキャリバー・en0125)。
「うん。それじゃ任せたよ、桟月さん」
 それでもあかりは、周囲の様子に気を配る。何せちょうど夏休み、子どもの姿も多い。大人よりも歩幅の小さい子どもは逃げ遅れやすいということを、あかりは知っている。幸いにも子どもたちは持ち前のスタミナでいち早く逃げ出したようだ。
「皆様、どうか速やかな避難を!」
 桟月の指示で逃げる人々の中に、まだデウスエクスは見えない。
 だが、クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)は既に武器を携え、臨戦態勢をとっている。
「……許せない」
 怒りを滲ませてもなお、その顔立ちは美しさをたたえて。
 手が震えるほどの怒りの矛先は此度現れるデウスエクス、ビルシャナだ。ただし、普通のビルシャナではない。死神の因子を植え付けられて理性を失っているという、厄介な個体だ。
 しかもそのビルシャナが襲うとされている猫カフェは、ただの猫カフェではなく「保護猫」カフェ。つまり、そこにいるのは色んな事情で保護された、行き場のない猫たちばかりなのだ。
 武器を握る手に思わず力が入るが、クレーエは理解している。ここでかっとなっては、目的を果たせない。
 程よく体の力を緩たクレーエは、集った仲間たちを見渡した。見知った顔も多い、大丈夫だ、と。
「保護猫カフェで過ごす猫たちのためにも頑張ろうね」
「もちろん! にゃんこをいじめようとするなんて、許さないよ!」
 さすが「にゃんとも」の二人、決意は同じだ。
 月岡・ユア(幽世ノ双月・e33389)も金色に瞳に怒りを宿している。かたわらのビハインド「ユエ」もこくこくと頷き、此度の戦いにやる気を見せているようだ。
「そうだな。でも、あいつは……うん? ノッテ、どうした?」
 ステラ・フラグメント(天の光・e44779)は、ウイングキャット「ノッテ」に尻尾で足を叩かれ、抱き上げる。
 ノッテがステラから顔を背けるように見た先に、不審な影があった。
『あば……がぁ……う?』
 ケルベロスたちの視線が一点に集中する。
「現れたぞ!」
「現れたよ!」
 指差す動作まで息ぴったりの双子。猫耳と尻尾の毛を逆立てている方は、姉の杜乃院・楓(気紛レ猫ハ泡沫夢二遊ブ・e20565)。羊の角がくるりと可愛らしい方は、弟の杜乃院・藤(狼纏イノ羊・e20564)だ。
「おっと、行かせないよ」
 気だるく歩いていた人々よりもいっそう気だるい雰囲気を纏わせた男が、妙に身軽にビルシャナの前に立ちはだかる。比良坂・冥(カタリ匣・e27529)のその動きを合図に、ケルベロスたちはビルシャナを取り囲んだ。
 首を傾げつつ、八坂・夜道(無明往来・e28552)はビルシャナに問いかける。
「猫喫茶より猫喫茶を襲おうとするあなたの方が猫ちゃんにとっても迷惑だと思うけど……違うかなぁ?」
『うがぁ? あ、がぁ……ばぁ、がぁ!』
 元より話が通じる相手ではないことは、充分承知している夜道だ。
 だから予定通りの行動をするまで。
 すなわち、武力行使だ。

●言葉失いし者
『がああっ、あああああ!!!』
 ビルシャナが胸元で手を合わせ、次いで引き延ばすようにゆっくりと手を離してゆく。両の手の間に生まれた火球は大きさを増し、それが人の頭ほどの大きさになったかと思えば、楓目がけてカーブを描いた。
「姉さん!」
「心配するなトウ、このようなものは当たらぬ!」
 楓の軍服ワンピースの裾が翻ったかと思えば、火球はビルの壁面に当たる。燻った後にできた焦げ跡とヒビに少々目を見開く楓であったが、
「大丈夫だよ、最後にヒールグラビティで直すから!」
 クレーエににこやかに告げられ、密かに胸をなで下ろすのだった。
 さて、クレーエは猫の肉球型ハンマー、その柄をビルシャナに向けて突き出した。当然腕、というか羽で捌かれるのは目に見えているから、ビルシャナの捌く速度よりも数段早い動きで羽を押さえつけ、顎に痛打を与える。
「怪盗さん、頼んだよ!」
「任せろ! できる怪盗はチャンスを逃さないのさ!」
 怪盗帽子をくい、と引き下げれば、その手にアカギツネの毛並みが宿る。
 軽やかに石畳を蹴って頭上からの一撃、と見せかけて背中の側まで回り込み、上下反転した視界のまま背中に拳を叩き込むステラ。
『がぁ……あ、あ、あ!』
 普通のビルシャナであったのなら『猫は自由に生きるのがいいに決まってるだろおおお!!』等と言いながらの戦闘となったことだろう。
 しかし、今は違う。操られたうえに意味なく戦い続けるなど、元の教義がどうあれ、ただただ悲しいだけだ。
「――いいだろう、この怪盗ステラが今宵その思いを盗み出すぜ!」
 空中で側転して着地すれば、双子が動くのが見える。指先で示した合図に双子は一緒に頷いた。
 先に動いたのは、楓の方だった。跳ねるようにビルシャナへと接近した楓は、ビルシャナの前から姿を消す。
 いや、消えてはいない。屈み、獣化した足でビルシャナの足を蹴りつけたのだ。
「外の猫がどれだけ過酷な生活か貴様は知っておるのか?」
 ビルシャナが体勢を崩すより早く、藤は星飾り煌めくエアシューズ「Ducens stellae」で地面を滑っていた。向かうはビルシャナ、ではなく外灯。そのまま地続きであるかのように外灯のポールを駆け上がり、勢いに任せて宙に躍り出る。
「猫喫茶には猫喫茶の良さがあるんだからねー! それに保護された猫たちにとって、いっとう外は過酷なんだから……!」
 保護猫に感情移入する藤は、ビルシャナの真上を取っていた。煌めく脚の軌跡は垂直にビルシャナへと叩き込まれる。
 さらに猫似のテレビウム「ビウム」が凶器の一撃を、がつん。
 元気に立ち回る双子を見て、ステラはどこか大人びた笑みを浮かべた。
(「気になってたんだよな。俺らと同じだった、からな……うん、聞いたとおり元気そうで、良い子たちだな」)
 そう思った矢先、不意にユアが隣に立ったものだから、耳と尻尾が無意識にぴん!となる。
 黒鎖を無数に放出してふわり浮く銀色の髪に、何よりその横顔に目を奪われそうになりつつも、すぐに敵へと向き直るステラだ。
 一方のユアは、
(「もしかして寝癖でもついてた……? もう、言ってくれればいいのに」)
 と、恥ずかしそうに側頭部の髪をなでつける。
 捕縛状態となったビルシャナを、ユエは見逃さない。路地に置かれた空箱に念を込め、ビルシャナを閉じ込めるようにして叩きつける。
 今のうちだとノッテが黒い翼で羽ばたき、風を起こした。癒しと体勢を与える効果があるそれは、炎天下においても単純に心地よい。
「ノッテは相変わらず美猫だねぇ」
 上機嫌に尻尾を振るノッテを横目に冥が構えた剣の切っ先はビルシャナ、ではなく地面へと向けられる。
 石畳刻んで描く魔法陣はノッテの風と同様、仲間へと耐性を与えるものだ。
「続くね、冥さん」
「うん、ヨミちゃんよろしくー」
 聞き慣れた声に安堵を覚えつつ、夜道は冥の描いた魔法陣の隣に同じものを描いた。三度に渡る加護は、さらに前衛の耐性を高めてくれる。
 気付けば人々の気配が消えているのを察したあかりは、蜂蜜色の瞳を夜道へと向けた。
「避難誘導が終わったみたいだから僕は人避けをするね。今のところ回復も大丈夫そうだし」
「うん、了解。よろしくね」
 あかりが体から放った殺気の及ぶ半径は300m。これで一般人の立ち入りを警戒することなく、戦闘に集中できる。

●因子の行方
 戦いは、長きに及んでいた。
 けれどそれは織り込み済みだ。ケルベロスたちの目的は確かに「ビルシャナを撃破すること」であるが、正確に言えば「死神の因子ごとビルシャナを撃破すること」なのだ。
 どれだけダメージを受けてもなお呻き声しか漏らさないビルシャナの残り体力は、測りようがない。
 だが、無用に体力を削るような攻撃は一切無し。ビルシャナの攻撃威力や命中、回避を落とすような攻撃を積極的に仕掛け、さらには手厚い回復もある。
 それに、知人であるか否かを問わず絆を結んだケルベロスたちに、敵うものなど無い。そう思わせる戦いだった。

 ノッテが前衛に送る風だけではまだ癒し切れぬ者がいると判断したあかりは、薬液の雨で癒しを与える。
 次いでビルシャナを見れば、その動きは精彩を欠いてきたように見える。
 経過した時間、外見から判断するに、頃合いだろう。
「……そろそろ、かな。皆、ユアさんが止めに動けるよう調整しよう」
「ふむ、であれば回復に移ろう。トウ、ユアの回復は吾輩に任せるのだ。ビウムも吾輩と一緒に行くぞ!」
 黒い瞳には微塵の疲労も見えない。それどころかいっそう輝きを増している。楓は光る盾を、ビウムは猫動画を流してユアを癒す。
 対して、ビルシャナは癒しの手段を持たない。
「……哀れだね。普通のビルシャナとしての言葉合戦も出来ないなんてさ」
 口の中でだけ呟いた藤は、冥へと癒しのオーラを放った。
『あががががぁ! あばぁ!』
 ビルシャナの頭上に氷の塊がいくつも出現する。数秒留まった氷塊が放たれる速度は、銃口から弾丸が放たれるのと同等か、あるいはそれ以上か。
 ならばその速度を上回ればいいだけだ。あかりとクレーエは一瞬だけ視線を交差させ、それぞれ攻撃手を庇う。
「よし、最後はにゃんともに任せたよ!」
 風に任せるように魔導書のページを捲り、強化のための断章を口にするクレーエ。
「さあ、最後一発、頼むぜユア!」
 満ちた月の光を、球ごと投げつけるステラ。
「すーちゃんに続こうかな。頼んだよ、ユアちゃん」
「私も続くね。ユアさん、任せたよ」
 夏の花火にも似た爆発を起こす冥と夜道。
「――もう聞こえてないかもしれないけどさ。言うだけ言わせてよ」
 虚ろなビルシャナの目に、気紛れ博徒の赤が映る。
「野良か飼われかは猫自身には決めらんない。どっちがいいかの答えは猫が持ってるよ。猫も人も見境なく殺すキミはここでお仕舞い」
「そうだね。冥さんの言うとおり、ここで終わらせるよ。みんな、ありがとう!」
 仲間には眩しい笑みを向けたユアは、ビルシャナの方へと冷たい視線を向けた。
「徹底的に君の命を奪い尽くしてやる! 逃げることも、死神に回収されることも許さない。そのまま、無に還って終まえ」
 いつしか空に浮かぶ、ぼんやりした青白い月。やがて月が震えだしたのは、月の力を司る一族の娘、その唇から咆哮にも似た唄声が零れるから。
 そうして月が歪んだかと思えば、蒼き波紋をたたえる刃へと変ずる。刃は無慈悲にビルシャナを切り刻み、咆吼はビルシャナの悲鳴を上書きするように響く。
 唄が、止む。ビルシャナの動きも、止まる。
『が……、あが、ばぁ……』
 背から地面へと倒れ込んだビルシャナは、無数の羽根となって存在を失った。
 彼岸花は咲かない。白い羽根はどこか清らかに、街の風に乗って飛んでゆく。
「……さようなら、次は猫カフェ楽しめると良いね」
 羽根のひとつに指先で触れたあかりは呟き、お別れを告げた。

●ねこといっしょにひとやすみ
 あかりが顎を撫でてあげるのは、おやつ大好き食いしん坊のハチワレ、もぐもぐ」だ。おやつをねだるようにあかりの手に絡みつきながら、気持ちよさそうに目を細めている。それを見た桟月も、同じように目を細める。
「お上手ですね。何かコツでもあるんですか?」
「そうだね……上から手をやると警戒されるから、下から撫でるといいかも」
「なるほど、ありがとうございます。……ところで、随分慣れていらっしゃるようですね」
「うん、自分でも猫を飼ってるんだ」
「なるほど、でしたらお詳しいわけです。……あの、どのような子かうかがっても?」
「うん、もちろん。ハチワレの女の子を1匹。くらがり、っていうんだ」
「くらがり、ですか。可愛いお名前ですね」
 猫に、聞こえた名前の音のかわいらしさに。そしてあかりの名と対になっていることに、桟月は楽しそうに笑った。

 床を叩いて猫の気を惹くのは、冥。猫用の遊び道具を持ち込んで、準備万端だ。
 揺らした猫じゃらしが白猫「ゆけむり」にじゃれつかれるや否や、ふにゃりと破顔する。すかさずデジカメで撮影する夜道に、夢中で遊んでいた冥は照れ笑いを返した。
「私も猫じゃらし借りていい?」
 どうぞと差し出し、代わりにスマートフォンで夜道を撮影する冥は、後で交換する約束もとりつけつつ、存分に猫たちを可愛がる。
「ふわふわの撫で心地いいよねぇ。連れて帰りたいなぁ、でも靜眞が拗ねるか」
「あら、お家で愛猫が待ってるのに浮気?」
「まぁね、でも飼い猫は別格って言っとくー」
 くすくす笑う夜道にさらり返し、冥はゆけむりのお腹を撫でる。
 とたん、楓が冥の肩から顔を覗かせた。
「冥くんその飼ってる猫は吾輩の父上であろう?! いつも猫ベッドで寝てるが……」
「もー、冥さんのせいで、どんどんおとーさんが野生に帰っていくんだよ! おとーさんはウェアの誇りをもっと持つべきなんだよ」
 藤ももう片方の肩から顔を覗かせてつっこむ。
「まあまあ。ほら、その子が二人と遊びたいって言ってるよ?」
「なんと!」
 楓は、脚にすり寄る三毛猫をゆっくりと目線の高さまで抱き上げて座り込んだ。
「名は……ほう、首輪に書いてあるな。『あまあま』か、よしよし可愛いぞ、あまあま」
「よしよし、あまあま……わ!」
 藤の膝を、黒猫の「ちゃんぴおん」が肉球ぱんちしてくる。はじめこそぱちくりしていたが、ついにはてしってしっと野生の羊のような仕草で遊び始める藤だ。
 うっかり羊に変身しそうになりつつ、ひととおり遊び終わった藤は隣の姉をじーっと見る。その視線に気付いた姉は、よしよし、と頷いて猫に変身した。そのまま定位置である弟の膝の上に座り、あまあまと鼻をくっつけて挨拶をする。
 猫変身した姉を膝の上に載せていると、とても落ち着く藤である。
 そんな弟を不思議そうに眺めながら、
(「トウも羊になればよいのに……」)
 なんて考える楓だ。やって来たちゃんぴおんと爪を出さない猫ぱんちの応酬で遊ぶのを見て、藤は不安な考えを抱いた。
(「いやいや、姉さんは猫カフェで働かせないからね」)
「一番可愛がるのはおれなんだから」
「にゃあん」
 頬を膨らませる藤。その言葉を聞いた楓は頭を弟の頬にすりよせ、甘い声を出した。楓がここまでするのは、いま満面の笑みを浮かべている藤だけだ。

「えへへ、守れてよかったぁ♪ はいっ、無事だったご褒美めしあがれ♪」
 猫たちにおやつを差し出せば、瞬く間に猫に囲まれるユアだ。合間におもちゃを動かしてほいほいしたり、すり寄る猫を撫でてあげたりする。ちゃんぴおんの肉球ぱんちも可愛らしい音を立てている。
「ステラ、ステラ! 見てみて、可愛いよー!! お持ち帰りしたいっっ」
 『お持ち帰り』という言葉に、ステラが目を輝かせる。
「そうか、次の俺の盗み出すべきお宝はこの子か……! あいたっ」
 猫を抱き上げ、眉間に肉球パンチを食らうステラ。それを冷静に見ているノッテであった。
「ここのにゃんこも可愛いけど、楓さんも可愛いよねぇ」
 気まぐれに藤の膝から降りた楓を、ユアが抱き上げた。嬉しそうな鳴き声を上げる楓に、ユアは頬ずりする。
「わ、ほんとだ可愛い! ふふ、さっきはお疲れさま」
 言いつつクレーエの撫でる手を、まんざらでもない、という笑みを浮かべて受ける楓だ。その後は足元に絡みついてきたあまあまをなで回し、けれどにゃんこファーストの精神は忘れず、時にされるがままのクレーエである。
「ううう、連れて帰りたい――けどっ、奥様がきっと許さない……」
 そう呻くクレーエに対し、今度はゆけむりが「どうぞ」と言わんばかりにお腹を出してくるものだから。クレーエはゆけむりのお腹に顔をうずめて、どうにか我慢するのだった。

「前に猫飼いたいって言ってたけど今はどう?」
 冥の問いに、夜道は思い出した。ひとりの寂しさを紛らわすために猫を飼いたいと思っていたことを。冥たちに囲まれて楽しい日々で紛れかけていたものの、ここで猫と触れあえば当然、
「うん、『やっぱりいいなぁ』って思い出しちゃった」
「そっかぁ。じゃあご縁求めて保護猫カフェ巡りする? そしたらおとーさんも俺も遊びに行くからさ」
「それは賑やかになりそうだねぇ。スーツを毛だらけにするくらい遊んじゃったりして」
 そんな不確定な未来のことを語る夜道の指に、手に触れる温度と感触はどこまでも優しかった。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年8月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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