大阪市街戦~まつりのよる

作者:洗井落雲

●市街地襲撃さる
 火の手が上がる。
 悲鳴が聞こえる。
 夜の闇を裂いて、大阪市街に絶望の声が上がる。
「~~♪」
 その騒乱の真中に、彼女は居た。
 漂う魚は、彼女の骸。
 漂う光は、彼女の息吹。
 歌声にのせて、漂う魚の骨を操れば咲く、真っ赤な真っ赤な血の花火。
 火の手は提灯に。
 悲鳴は歌声に。
「覚えてる。覚えてる。まるであの時のお祭りみたい」
 少女にはそのように、見えるのだろう。
 この地獄のような光景は。
 遠い日、誰かが子供の頃に見た夏祭りのように、見えるのだろう。
「これだけ賑やかなら、来てくれる。これだけ明るければ、またあたしを見つけてくれる」
 祭りばやしを聞きながら、少女は――『まつり』は待ち続ける。
「そうよね、慶」
 待ち人の名を、鷹野・慶(蝙蝠・e08354)の名を、まつりは呟いた。
●少女の待つ夜に
「大阪城に潜むデウスエクスによる、大阪市街地への襲撃が予知された」
 アーサー・カトール(ウェアライダーのヘリオライダー・en0240)は、集まったケルベロス達へと、そう告げた。
 攻性植物のゲートのある大阪城には、現在様々な勢力のデウスエクスたちが集結している。
 彼らはこの戦力を背景に、大阪城周辺地域の制圧を目論んでいるようだ。結果、今回のような、大阪市街地への直接攻撃が行われている。
「大規模な部隊による襲撃ではない、単体のデウスエクスによる攻撃のようだが……だが、もしこの攻撃の結果、住民たちがさらに避難を強いられるようなことになってしまえば、無人化した地域はデウスエクスに制圧され、敵の陣地になってしまうだろう。我々にとっても、大阪に住む人々にとっても、それは避けたい」
 そのため、可能な限り被害を抑えつつ、敵の襲撃を防ぐ必要があるのだ。
 襲撃が行われるのは、夜の市街地だ。人通りは多くはないが、無人というわけではない。
「幸い……と言った所か、今回襲撃を仕掛けてきた死神、『まつり』は、どうやら、あるケルベロスがやって来ることを待っているようだ。そのため、君たちが接触すれば、住民たちへの攻撃をやめ、君たちとの戦闘に専念してくるはずだ」
 そのため、避難誘導などは最低限で構わないという。なお、現場は大通りの為、周囲には光源が多く、明かりには困らないだろう。
「何やら慶との宿縁のある相手のようだが……いずれにせよ、この襲撃は防がなければならない。君たちの無事と、作戦の成功を、祈っているよ」
 そう言って、アーサーはケルベロス達を送り出した。


参加者
木村・敬重(徴税人・e00944)
エイン・メア(ライトメア・e01402)
片白・芙蓉(兎晴らし・e02798)
ルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208)
円谷・円(デッドリバイバル・e07301)
鷹野・慶(蝙蝠・e08354)
スズナ・スエヒロ(ぎんいろきつねみこ・e09079)
八上・真介(夜光・e09128)

■リプレイ

●まつりのはじまり
 大阪、市街地。
 夜ながら、決して人通りは少なくないその場所へ、一人の少女が降り立った。
「お祭り、始めるよ」
 ぽん、と少女が手を叩くと、まるで泡のような輝きと共に、巨大な骨の魚が中空に現れた。
 少女は、人間ではない。デウスエクス……死神、『まつり』だ。
「見つけてもらわなきゃ、また……慶に」
 ゆるりと笑んで、人差し指を立てる。骨の魚はカタカタと歯を鳴らし、今まさに、解き放たれようとしていた。
 ――その時。
「デートに誘いたければそれなりの作法がある」
 静かな声が、響いた。
 ゆらり、と影が動いて、街灯が、人影を照らす。
「死神のムード作りってのはいちいち血生臭すぎる。だからこうして邪魔されちまうんだよ」
 木村・敬重(徴税人・e00944)は静かに息を吐くと、死神へと相対した。まつりはきょとん、とした表情を見せる。
「邪魔、しに来たの?」
 何故そんなことをされるのか分からない、と言った表情だ。やはり価値観が違い過ぎるのだろう。
「お祭りはもっと賑やかで、わいわいして楽しいやつなんだよ」
 答えるのは、ルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208)だ。悪い事をした子供を叱る様な、めっ、というような表情で、声をあげる。
「まつりさんがやろうとしているのは、皆が困って、辛くて、泣いちゃう、悪いコトなんだから!」
 一方で、他のケルベロス達の声が、周囲に響いていた。
「わたしたちケルベロスですーぅ! デウスエクスがここに来ますよーぉ! お手数をおかけいたしますがーぁ、一時避難をお願いいたします―ぅ!」
 エイン・メア(ライトメア・e01402)はケルベロスカードを提示しつつ、割り込みヴォイスで人々の間に声を響き渡らせていたし、
「フフフ、さぁ! このテープの外にでるのよ! バリバリ!」
「ここから先は立ち入り禁止でーす! みんな逃げて逃げて~」
 片白・芙蓉(兎晴らし・e02798)とテレビウム『帝釈天・梓紗』、そして円谷・円(デッドリバイバル・e07301)とウイングキャット『蓬莱』が協力し合い、キープアウトテープを張り巡らせる。
 ケルベロス達の避難誘導が適切だったことはもちろん、人通りも多くはなかったことも手伝い、周囲は瞬く間に封鎖されていった。
「避難、終わりましたっ!」
 スズナ・スエヒロ(ぎんいろきつねみこ・e09079)が声をあげる。足元では、ミミック『サイ』が、がぶがぶとキープアウトテープをかんでいた。
「ありがとう……さて」
 声をあげるのは、鷹野・慶(蝙蝠・e08354)だ。その足元には、ウイングキャット『ユキ』が、どこかつんとした表情で座っている。街灯に照らされて、慶の顔があらわになると、まつりはその顔を満開の花のように輝かせた。
「慶……!」
「やっぱり……知り合いなのか?」
 八上・真介(夜光・e09128)が尋ねるのへ、慶は頭を振った。
「いや……心当たりはねぇ」
「そうか……奇妙な話だけれど、やることに変わりはない」
 言って、真介『八千代千振』に手をかけた。
「デウスエクスは……敵は、倒す。良いか、慶」
「……ああ、あいつが誰だろうと、殺し合うしか、手段はない」
 その決意が、皆に伝わったのだろう。仲間たちが一斉に、まつりへと構える。
「どうしたの……? 慶……?」
 まつりは一瞬、きょとん、とした表情を見せた後、すぐににこやかに笑って見せた。
「そう、やっぱり、お祭りを楽しみたいのね。あの時みたいに」
 祭りの周囲に浮かぶ、骨の魚がケタケタと笑う。
 浮かぶ泡のような光が、ぼんやりと輝いてあたりを照らす。
「お祭りは……皆が笑顔で、楽しくなきゃダメなんです!」
 スズナが叫んだ。
「スズナっちの言う通り、貴方がやろうとしていることは、お祭りじゃないの」
 円が続けて、そう言った。
「フフフ、真介目当てだったり慶だったり、お目が高い子が多いけれど……」
 芙蓉はくすり、と笑って見せる。
「もう慶の隣はおろか、前後左右時に上下まで我々でぎゅうぎゅうゆえ! アンタの挟まる隙間なんか、うさぎの額ほどもなくってよ……!」
「ふふ、大丈夫だよ。慶はちゃんと、連れて行くから」
 にこにこと笑うまつり。何処か会話がずれているのは、やはり話し合いでは事件は解決しないという事の証左だろう。
 まつりの目的が達成されたとき、ケルベロス達は大切な者を失わなければならないだろう。
 なら、それを達成させるわけにはいかない。
 そして、まつりも、己の目的を諦めることは無い。
「遊ぼう、慶!」
 無邪気な殺意が膨れ上がる。
「来るぞ、皆!」
 慶が、叫んだ。
 果たしてその瞬間、剣呑な夏祭りの幕は上がったのであった。

●まつりのよる
 ふわり、とまつりが飛びあがると、さながら金魚鉢越しに見る穏やかな陽光のような光があたりを照らし始めた。しかし、その穏やかさとは裏腹に、それは浴びた物へ深刻なダメージを与える殺意の光である。
 ユキが、主たちを庇うべく、その身を挺して飛び出したのへ、
「ユキ様だけに押し付けられないわ! もふもふのガードを見なさいっ!」
 芙蓉もまた、続く。
 仲間たちが身を挺して光線を受け止める中、
「お前が誰だかは知らねぇが……!」
 慶の竜砲弾が光を切り裂いて、まつりへと襲い掛かる。
「あはは、こっちこっち!」
 骨の魚が砲弾を庇う。続いて、ユキは鋭くシッポを振るい、キャットリングを飛ばした。それは、砲弾を庇っていた骨の魚へ、追撃とばかりに突き刺さる。
「暑いでしょ? 冷やしてあげる!」
 続いて放つ円の凍結光線が、骨の魚に直撃。その身体のあちこちに氷を這わせ、その切っ先が骨を傷つけ始めた。蓬莱は、もふもふとしたしっぽを振るってキャットリングを投擲。骨の魚を縛り付け、まるで鳴き声をあげるように、骨の魚は口をパクパクとさせる。
「もう、ひどい!」
 まつりが不満の言葉を漏らす。そこへ、追撃とばかりに芙蓉の『地上から開け六花』より放たれた重力中和弾が飛来する。
「梓紗! もふもふ動物ディフェンダー軍団として、負けてられないわよ!」
 梓紗が頷いて、手にした凶器を持って突撃! 重力中和弾と、梓紗の凶器攻撃が、共に骨の魚の防御をかいくぐってまつりの身体に突き刺さった!
「痛っ!」
 まつりが悲鳴を上げる。しかし、まだまだ大きなダメージを与えたとはいいがたい。
「風よ、皆を癒してください!」
 『檳榔子黒』を振るい、祈るスズナに応えるように、清浄なる風が仲間たちの間を駆け抜けていく。その風に身をさらすだけで、仲間たちの傷が癒えていった。一方、サイが投げつけたエクトプラズムの武器が、まつりの動きを硬直させる。
「やれやれ……本当の祭りだったらよかったのにな」
 飛び込む真介の斬撃――八千代千振による達人の一撃。まつりは慌てて身を引くが、その腕に決して浅くはない傷を受ける。
 まつりは眉を少し釣り上げて、真介を、そしてケルベロス達を見やる。
「どうして、邪魔……するの?」
「鎖さん、皆を守るよ!」
 ルリナが展開したケルベロスチェインが魔法陣を描き、仲間たちを守護する光を放つ。その光に照らされた慶の顔を、まつりはどこか不安げに見つめていた。
 とはいえ、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。
 エインが一気に接近し、ドラゴニックハンマーの一撃を叩き込む。骨の魚を砕きながら、衝撃が、祭りの身体を駆け抜けた。
「んむんむーぅ? たかもんを知ってるのですーぅ?」
「たかもん……慶のこと? 知ってる、あたし……!」
「では、「今」のたかもんは知っていますーぅ?」
「今の……?」
 エインの問いに、困惑した様子を見せるまつり。だが、エインは答えることなく後方へと飛びずさる。入れ替わる様に、走りやってきたのは敬重だ。敬重の『Tutelary』より放たれる、達人の拳の一撃。拳がまつりの身体へと突き刺さり、吹き飛ばされる。
「……っ!」
 ふわり、と宙を舞って、まつりが着地する。その表情に、少しの怒りの色が乗っていた。
「邪魔しないで……!」
 怒気をはらんだ叫びに、骨の魚たちが応じ、空を泳ぐ。襲い来る骨の魚を、敬重はガントレットで受け止めた。深く、深く食いちぎらんばかりに、骨の魚がガジガジと歯を鳴らす。
「こい……つっ!」
 敬重は骨の魚を振り払い、距離をとる。だが、骨の魚たちはしつこく追いすがる――。
「仲間をやらせやしねぇぞ!」
 そこへ、慶があやつる巨大なる龍の幻影が突撃した。その手で骨の魚たちを、押しつぶしてみせる。
「スズナ、ルリナ! 敬重を頼む!」
「わかりました!」
「ボクたちにまかせて!」
 慶の言葉を受けて、二人が敬重の治療を開始する。それを横目に見ながら、慶が叫んだ。
「俺を知ってるってなら……何でこんなことする!?」
「だって、だって……慶が……慶を!」
 頭をふり、いやいやというように、まつりが叫ぶ。
「慶くんが嫌がる事、しちゃだめだよ!」
 円と蓬莱、二人の放つ冷凍光線とキャットリングが、まつりの近くへと着弾する。まつりは手をかざしてそれを受けながら、叫ぶ。
「取らないで! あたしから、慶を!」
「慶はモノじゃないわ!」
 芙蓉は『千代の三色』のかかとを鳴らして、星型のオーラを生み出した。
「悪い子には、シュートよ!」
 一気に蹴り上げると、星のオーラがまつりへと降り注ぐ。一方、梓紗は援護に回り、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら応援動画を流し続けている。
「サイ、皆さんの援護をお願いします……ルリナさん、一気に治療しましょう!」
 敬重の傷を癒しながら、スズナが言う。その言葉に、ルリナは頷き、
「うん! いたいのいたいの、とんでけ、だよ!」
 と、全力で敬重の治療を続けていく。
「取らないで……というなら、慶は、俺の……俺たちの、大切な人だ。そっちこそ、奪わないでくれよ」
 真介が、『銀影』による、鋭い突きの一撃を叩き込む。なんとか受け止めたまつりだったが、そのまま後方へと吹き飛ばされた。
 よろり、と、まつりが立ち上がった。幾度かの攻防の果て、その肉体は限界を迎え始めている。
「他者に死を与えようとした以上、自らも他者から同じ報いを受けても文句は無しですよーぉ♪」
 エインが放つハンマーの一撃が、追撃となってお見舞いされた。ずし、という衝撃が、まつりの身体を駆け巡り、
「……友人を殺されるなんてのは、勘弁願いたいんでな」
 気脈を断ち切る、敬重の刺突が、まつりの肩口に突き刺さる。痛みと、立たれた気脈により、まるで石化したかのように、まつりの腕がだらりと垂れた。
「どうして……どうして、わかってくれないの……」
 泣きそうな顔で、まつりが、言った。
「慶なら……また見つけてくれるって……わかってくれるって……!」
 叫び、放たれた、エネルギーの波が、慶を襲う。
 それが直撃した時に、世界がぐるりと回転したかのように思えた。

●まつりのおわり
 蝉の声が聞こえた。
 あたりは暗くて、でもちらほらと見える提灯と、屋台の明かりが、寂しさを吹き飛ばしてくれる。
 遠くから、祭りばやしの声も聞こえた。
 それは、思い出。
 夏の、思い出。
(「ああ、そうか」)
 慶は、ふと、何かを思いだした。
 それは、かつての思い出。
 夏の祭りの記憶。
 道端に投げ捨てられた、小さな袋。
 そこから流れ出る、ささやかな生命を維持するための水。
 中に取り残された、小さな命。
 赤くて小さな、か弱い金魚。
 助けたのは、ただの気まぐれだった。
 別に、いい人ぶりたかったわけじゃない。
 ただ何となく。
(「手を伸ばしたい、と思ったんだ」)
 そうか。
(「そうか。お前だったのか――」)
 思い出が消える。
 一気に現実に引き戻される――いや、自分から、無理矢理にでも、帰って来る。
 気づけば、現実。
 思うよりも早く、慶は走り出していた。
 知っている、気がした。
 それが正しいのかどうかは、分からない。
 ただ、それが正しいのだとしたならば――。
(「また手を伸ばしてやらなきゃならない」)
 たぶん、それが、気まぐれでも、命を救ったものの責務なのだろうから。
 めのまえに、金魚がいる。
 めのまえに、少女がいる。
「まつり」
 『ディアトリマの戦鎚』を振りかざす。
「よかった。また、みつけてくれた」
 まつりが、微笑んだ。
 戦鎚を振り下ろした時、すべては、終わった。

「終わった……だよね?」
 ルリナの言葉に、ケルベロス達は頷いた。
 まつりは、慶の一撃により、その姿を――命を消滅させた。
 ケルベロス達は、勝ったのだ。
「はい……無事に、終わりました」
 スズナが微笑む。その言葉通りに、脅威は去った。戦いは、終わった。
「なんだかしんみりしちゃったわね」
 頬に手を当て、芙蓉はほぅ、とため息をつく。
 最後の最後で、慶は、己の因縁を思い出したのだろう。
 慶の心に去来するものが何なのか……そしてその胸の裡に、今何を思うのか。
 それは、まだわからなかった。
「慶くん、大丈夫かな……」
 円が、心配げに、慶を見つめていた。
「んむんむーっ、ここであれこれ聞くのも、野暮と言う物ですねーぇ」
 エインが言うのへ、しかし慶は頭を振って、笑った。
「そんなに深刻にならないでくれ……そんな、大した話じゃない」
「良いのか……?」
 敬重が尋ねるのへ、慶は頷く。それから、慶は、自分を見つめる真介の視線に気づいた。
 しばし、目を合わせる。
「大丈夫、大丈夫だよ」
「そうか。慶が言うなら、信じるよ」
 真介はくすりと笑う。
「そうだな……じゃあ、話すよ。あいつが何だったのか。俺と、何の関係があったのか。まぁ、そんな深刻な話じゃない、とは最初に言っておくぜ?」
 慶はそう言って、静かに目を閉じた。
 瞼の奥では、多くの屋台と提灯が明かりをともして、日暮と虫の声、祭りばやしの音が賑やかに響いていた。
「これは、昔の――ある、まつりのよるの話だ」
 慶はゆっくりと、そう語り始めた。

作者:洗井落雲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年8月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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