水底の夢

作者:四季乃

●Accident
 さんざめく夏の陽射しに目を眇める女の眼差しは、酷く凍てていた。
 竜十字島。それはかつてドラゴン勢力のゲートが存在していた、海上に造られし島である。島の断崖、絶壁の上から遥か彼方まで広がる大海原を見据えていた螺旋忍者・アガタは、水面にぽこぽこと浮かび上がる気泡を見つけると、軽やかな足取りで崖を滑るように降り、海面から顔を出す岩場へと下りていく。
「どうだ。見つかったか」
 問うた先は全身が深い緑に包まれた異形のモノで、頭に花を咲かせてとぼけた表情を浮かべたオークプラントである。およそ十数体のそれらは、アガタの問いかけに対し、海底から採取してきた石を差し出した。アガタは指で摘むとその仔細を眺め――頸を振った。
「違う、これではない。よい、そちらのも見せてみろ」
 オークプラントたちはアガタの言葉に大人しく従っている。もう幾度となく同じことを繰り返しているにもかかわらず、アガタは海底探索をやめることはしなかった。それはまるで、小さなよすがを頼りにやみくもに捜している風でもあった。
「在るとするならば此処なのだが……」
 アガタは割れた黒狐面の下で嘆息を噛み殺すと、再びオークプラントたちを海底へと潜らせた。

●Caution
「螺旋忍軍が、竜十字島で何かを捜索しているようなんです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の言葉に、ケルベロスたちは怪訝な表情を浮かべて顔を見合わせあった。竜十字島と言えば、ドラゴン・ウォーの戦場となった場所であることは、記憶に新しい。そのような場所に何故、という問いかけの色を察したセリカが、眉をひそめる。
「何を捜しているのか、それは判らないのですが。ただ、かなりの数の螺旋忍軍が探索を行っているらしいのです。恐らく、それほど重要な物なのでしょう」
 螺旋忍軍はオーク型の攻性植物・オークプラントを配下としていることから、大阪城の攻性植物やドラゴンの残党との関連も疑われる。
「皆さんにはこの螺旋忍軍の撃破をお願いしたいのです」

 敵の螺旋忍軍は名をアガタと云うそうだ。謎の忍で、ようとして素性は知れない。戦闘能力はあまり高くないようだが、配下十体のオークプラント達に足止めさせて逃走を図ろうとするので、注意が必要だろう。刀を所持しているため、戦闘になれば抜刀が考えられる。
「配下の数は多いものの戦闘では愚鈍で、さほど強くはありません。脅威となる恐れはないものと見て大丈夫でしょう」
 アガタが逃走するようであれば、無理に追いかける必要はない。逃走されても探索の妨害は出来たことになるので、その場合はオークプラントだけでもきっちりと全て仕留めて欲しい。
 現場は断崖絶壁、アガタは高い場所から海原を見渡している。足場は少々悪いだろうが、ケルベロスであれば問題がないだろうし建築物などもないので気兼ねなく戦えそうだ。
「螺旋忍軍たちは一体何を捜しているのでしょうね……予測できればこちらが獲得できる可能性も出てくるかもしれないのですが」
 セリカは頤を指でなぞりながら、そう、呟いた。


参加者
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
伏見・万(万獣の檻・e02075)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
楪・熾月(想柩・e17223)
八点鐘・あこ(にゃージックファイター・e36004)

■リプレイ


「――違う」
 螺旋忍者・アガタはゆるく頸を振ると、手にしていた石を海面に投げ捨てた。オークプラントたちはその仕草に聊かの困惑を浮かべたものの、アガタが指示を発せば再び海底へ潜ってゆく。幾度と同じことを繰り返し、陽が中天を過ぎてもそれは終わらない。
 照りつける日差しが容赦なく膚を刺す。常人であればとうに倒れていたかもしれない灼熱に目を眇め、潮風に煽られる髪を遊ばせながらアガタは嘆息する。
「……番犬、か」
 視線は煌めく海原へ向けたまま、背後に揃い立つ八つの気配に瞼を伏せる。
「あなた達の企みもそこまでです!」
 その台詞は、さながら犯人を追いつめた刑事が口にするであろう一言だった。
 やおら振り返った先。指を突き付けるミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)を始めとしたケルベロスたちの気迫を一瞥し、アガタは腰に下げた刀へ指先を滑らせた。揃いも揃って、闘志が漲っている。
「何故あんたが”そこ”に居る」
 しゃらり。抜刀する間際に寄越された問いに、視線が持ち上がる。伏した睫毛の下から、よく似た青い瞳に捉えられ、グレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)は不可解そうに眉を寄せた。あれはかつての姉弟子だ。
 なぜ”此処”に。
 なぜ”そちら側”に在るのか。
 二つの意味を併せ持つ問いかけに、しかしアガタは抜き身を翻す。
「さてな。答えを得たとして、どうという事もあるまい」
 はぐらかしているようで、その実興味がなさそうな言だった。
 緩やかな弧を描く斬撃で牽制する、その一撃を受けたグレインが小さく唇を引き結ぶ横顔を、半歩後ろから見つけた楪・熾月(想柩・e17223)は、海面から夥しい数のオークプラントたちが一斉に飛び上がり崖上に現れたのを見て、即座に雷の壁を構築。弾かれるように駆け出した相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)と八点鐘・あこ(にゃージックファイター・e36004)、ウイングキャットのベルと大切な家族であるシャーマンズゴーストのロティたち前衛の防壁と成せば、ミリムがブルーフレイムラズワルブレイドを深く構え、力を蓄えはじめた。
「さがしもの、楽しそうなのです! あこも良かったら手伝うのです! 教えるのです!」
 むんと胸を張って威圧感を滲ませるあこの呼びかけに対し、アガタは青眼を寄越すだけ。蠢くオークプラントの肩を足場にして、退路を塞ぐ形で彼女の背後に回り込めば、数体のオークプラントたちがすぐさま壁となってアガタの守りを固めてしまう。
 だがそんな事は事前に分かりきっていたこと。泰地が肉壁として立ち塞がるオークプラントの群れに向かい、重力震動波に変換した裂帛の気合を放ち、一絡げに薙いでみせれば、さしものアガタも目の色が変わる。
「竜十字島の螺旋忍軍の一件、大阪城勢力が関わっている線が濃厚か――なら尚更阻止しねえとな!」
 青いパンツに下肢を守る脛当て。かたく握りしめられた拳を振るうさまは格闘家のそれだ。例えゴツゴツと隆起した足場の悪さであったとしてもお構いなし。
 スイと片眉を吊り上げてこちらを見やるアガタの視線に気が付いた泰地は、
「そんなやわな足裏してねえからな、オレは」
 ニッと夏の陽射しすら負かせてしまうような快活な笑みを浮かべてみせた。
 崖から落ちぬよう、十分に足元を注視していた伏見・万(万獣の檻・e02075)は「元気だねぇ」眩しそうに金瞳を眇めて口端に笑みを滲ませている。万はアガタへの道を切り開くために黒鎖で手近な一体を捕らえると、ぶくぶくと太った躯体をきつく締め上げた。その際、微かに震える指先に気付き、視線を落とす。
(「まだ全快、って訳にゃいかねェか」)
 暴走から復帰して日が浅い万の肉体は、精神と共に若干の不安定さがある。
「大丈夫ですか?」
 その様子にいち早く気が付いたのは同じ後衛を担うミリムであった。憚るように囁かれ、万は何でもない風に口端を吊り上げる。
「二日酔いじゃねェかな」
 彼は悟られまいとスキットルに手を伸ばした。
「って事で迎え酒ってェ奴だ」
 酒を煽り、唇に付着した雫を手の甲でぐいと拭う万。彼の表情に多くを語らない意思を見つけ、ミリムはただ小さく頷くだけに留まった。
 そうしている内にオークプラントたちがずんずんとウェーブのように躯体を跳ねさせ、地鳴りのような響きを湧き起こす。ともすればぐらり、重心を持っていかれそうになる危うさに小さく息を呑んだグレインは、ゾディアックソード[Taurus]を抜くと足元を掻くように守護星座をえがき出す。その護りに包まれた前衛――中でもロティは、非物質化した爪を開くと万が先ほど攻撃したオークプラントの腹部を切り裂いた。
 ずるり、と分断されたオークプラントの奥で正視を寄越すアガタを見据え、熾月はプラントたちの足元に散らばる石を視界に収めながら思案する。
(「さて、君たちの探しものは何かな?」)
「探索に来るは全員獣人螺旋忍軍。それぞれ本能で探している……モノはコギトエルゴスム。それも狂月病の源でしょうか!」
「さぁ、さくっと教えるのです!」
 熾月の思いを代弁するかのように、アガタへと呼びかけたのはミリムとあこであった。
 バイオレンスギターをかき鳴らしながら味方を奮起させるあこのヒールに、前衛たちの傷が徐々に癒えていく。そこにベルの清浄の翼が加われば戦闘力の低いオークプラントの攻撃なぞ帳消しとなるというものだ。
 その様子を眺めながらも時折ほんの一瞬、視線を逸らすアガタは恐らく退路を捜しているのだろう。プラントたちの肉に身を潜めながら、影より斬撃を放ち、目くらましの如く刃を揮う一動には逃げの姿勢が窺える。
 なるべく包囲する形を意識して逃走を阻止する連携プレー。
「フ」
 面の下で笑いが落ちた。
 割れた黒狐面より除く青い瞳に喜怒哀楽の感情は窺い知れぬ。アガタの思惑、その顔色すら判別しづらく、カマをかけるミリムに対する反応が実に分かりにくい。その失笑が意味するものが是なのか否なのか、それすらも。
 じれったくなるような問答、しかしアガタが奇妙に半歩身を引く素振りを見せれば、背面を守るオークプラントたちへ天空より現れし無数の刀剣が降り注がれる。苛烈な雨に身崩すプラントたちへ、グレインが剣に宿した星座のオーラを飛ばせば、ロティが原始の炎で焼き払う。一体、二体、肉壁が足から身を崩す。少しずつ数を減らすプラントたちにアガタの一撃も重いものとなる。
 残りのプラントたちが、息の合ったコンビネーションで一斉に繰り出した触手の殴打、その攻撃を一身に受け止めたのはあこだった。ばちばちと皮膚を裂く連撃に唇を噛むも、
「おなかがすいた……!」
 強く念じることにより、虚空よりさば水煮の缶詰を一つだけ召喚。あこはその鯖缶を補給して自身をヒール。なるべく攻撃を庇って集中させていくことで、回復を単体に切り替えることが出来る。回復量が足りなければ、ベルの羽ばたきが補ってくれる。怖いものなどない。
 一方、ブンブンとアックスを振り回し、構え、アガタを真っ直ぐ視軸に捉えながらも前衛との戦闘で弱まったプラントを各個撃破に臨むミリムが、ルーンディバイドを叩き込むと更に一体が撃沈。得物を振るったあとはすぐに退き、ミリムの瞳が更なる敵を見定める。
「さァ、刻んでやるぜェ!」
 万の掛け声と共に奔るは、己の中に潜む獣の群れを、幻影として呼び出し放つグラビティ。獣はプラントの四肢の傷を見逃さず、その爪で容赦なく掻き毟る。切り裂き、広げていく千の獣爪に更に一体が崩れ落ちる。
 徐々に数を減らしていくプラントたちに己の逃走が難しいものとなるのを察したのか、アガタが獣化した拳に重力を集中させる。刹那、瞬きすら追い付かぬ素早さで繰り出された一撃が、グレインの胸を打つ。
 一瞬、呼気すら止まるほどの威力に、グレインが瞠目する。
「グレイン!」
 数歩後ろへよろける彼の身体へ、熾月が満月に似たエネルギー光球をぶつけると、青白く変化した顔色が次第に赤味を帯びていく。
 熾月にとってグレインは親しい友人。
(「君に縁のある相手なのだとしたら力添えをさせて」)
 その気持ちは、回復に乗せて。
 言葉が無くとも伝わってくる熾月の想いに、グレインが横目で微笑んだ。
 アイコンタクトで疎通をはかる、その姿に双眸を細めたのは他ならぬアガタであった。眼差しは薄氷のように凍てて沈着していたが、何か思うところでもあるのだろうか。様子に気が付いていた泰地は、溶解液を飛ばして横槍をいれるオークプラントたちを振り返り、にぃっと笑みを浮かべる。
 次いで吐き出された短い呼気。握り締めた拳は鋼の如し。振り抜いた一発は弾丸のように放たれ、プラントたちの腹を、胸を、肩を撃ち抜き、風穴を開けていく。泰地がグラビティシェイキングの構えを解くと、ほろほろと崩れていくプラントの欠片が、岩場に散る。
 残るプラントたちはぶるるっと身震いすると、獣のような嘶きを上げ、腹を震わせながら飛び跳ねる。つまり、地震を起こそうとしているのだ。
「モーモー煩いのです! あなたたちはオークなのです!」
 あこが力強い楽曲を奏で、押し寄せるオークプラントの敵群を圧倒するさなか、ミリムが負傷度合いの著しいプラントを見つけ、手元で描いた紋章から危険な奇術師のマジックを呼び起こす。
「眼を見開きとくとご覧あれ! 刹那のショーを!」
 奇術師ゼペットの紋章に巻き込まれたプラントが一体、崩れ落ちた。息つく暇も無く、万が轟竜砲を撃ち出せば狙いを合わせたロティの神霊撃に更なる一体が撃沈。グレインは螺旋手裏剣を大量に分裂させ、プラントの群れを一絡げに屠り敵の戦力をどんどん削いでいく。例え不浄にさらされようとも、熾月の癒しの雨が躯体を包む安心感に抱かれる。
 ケルベロスの瞳に宿る使命の焔を断ち切ることは、プラントにはもちろんアガタにさえ敵わない。
 ――しかし。
「黙っていましたが――実はあなた達が狙うモノは私達が手に入れているのですよ! ふは! ふははは!」
 一気にケルベロスたちより数を減らしたオークプラントたちの挙動が、少しずつ弱気になる。ミリムが大嘘をついてアガタを揺さぶりにかければ、それに動揺するのはプラントたちだ。おろおろ、うろうろ。アガタの様子を窺ったりなぞして、けれど肉壁となることは忘れずに。プラントたちの間にどよめきが走る。
 ――しかしだ。
「中々どうして。面白いことを言う」
 蒼天に掲げられた刀身は、ひどく美しかった。
 そのままゆるりと弧を描く切っ先が大地を向く。その奥から見上げる瞳は青く、皮肉なくらい澄んでいて。
「けれど、さよならだよ」
 アガタは一気に、刀を地面に突き刺した。
 刹那、彼女の足元に走っていた亀裂が音を立てて駆ける。刃を刺し込まれた亀裂が更に深くえぐられると、それはいとも容易く崩壊した。「アッ」と息を呑む。咄嗟に駆け出した。
「逃げるのかッ!」
 泰地が旋風のような身のこなしで強靭な回し蹴りで躯体を打ち上げようと試みるも、届かない。舌打ちを零した万が黒鎖を放つが、それすらも間に合わず、誰よりも先に駆け出していたグレインの手が、空を掻く。崩れた岩と共に宙へと身を投げ出したアガタの躯体が、容易く落ちていく。交えた視線、その瞳に映すただ一人の存在に、青がやわく細められる。
「……またこの形であんたは消えるのか」
 海を背にして落ちていくアガタは、微笑っていた。


 ”知能”を喪ったオークプラントたちを一掃するのは、ひどく容易いものだった。守るべきものもなく、ただケルベロスに蹂躙されるがままとすら思えるほど一方的な戦いはいっそ虚しくなるものだ。
 螺旋忍軍の捜索を妨害する。
 かつ、オークプラントを全て撃破する。
 最低限の目標が達成されているというのに、腹の底に鉛を落としたようにしこりを感じるのは、やはりアガタの逃走を許してしまったからだろう。宿敵であるグレインが己の手をじっと見つめて沈黙してしまった背中は、今はどこか小さく見えた。
「グレイン……」
 そっと、肩に手の平を宛がい名を呼ばう。
 熾月のやさしげな声音に「ああ」「大丈夫だ」吐息を交えた頷きを返したグレインは、肩口からくりりとした瞳で見上げてくるぴよと、覗き込むように首を傾げたロティたちを見て、ようやくその唇に笑みを刷いた。
「海の中を随分探してたみたいだし、一度調べてみた方がいいって報告はしておこうか」
 切り立った崖のギリギリまでにじり寄り、頸を伸ばして海面を見下ろしているミリムとあこたちを見やり、熾月が空を仰ぐ。ヘリオンの到着を待つ間に、自分たちであの海へ潜るのは難しそうだ。
「中身が何でも、有効かもしれないし」
「そうだな。しかし表情がよく分からないやつだったな……仮面を剥げば少しは揺さぶりの反応が分かったんだろうか?」
 頸裏を掻きながらアガタが消えた方向を見渡す泰地の言に、酒を煽っていた万が肩を揺らして笑っている。ミリムとあこが詰め寄る様子を思い出しているらしい。
「あれで反応が分かれば、確かに苦労しなかっただろうなァ」
 空になったスキットルを振りながら、万はどっかりと岩に腰掛ける。グレインはちいさく笑んで、それから水平線の彼方を振り返る。
「やろうとしてた事、止めてみせるぜ」
 次こそはこの手で――。
「彼女の刀をなまくらにしてやるつもりだったのですが……残念ですね」
「あこは落ちないように気を付けていたのですが……まさか自ら落ちてしまうとは。やはり追い詰められた犯人は身を投げ出してしまうのです!」
 ミリムとあこの会話に、思わず気の抜けた息が漏れる。ようやく強張っていた肩の力が、抜けた気がした。

 さんざめく。
 陽射しがぎらぎらと射るように、刺すようにケルベロスの膚を焦がしていく。それはちいさな棘を胸の内に残した、夏の一幕であった。

作者:四季乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年8月9日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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