城ヶ島制圧戦~城ヶ島大橋の闘い、左翼先陣

作者:白石小梅

●城ヶ島制圧戦
「城ヶ島強行調査の結果、緊急の作戦を実行することが決定されました」
 セリカ・リュミエールは、資料の束を机に置くと、顔を持ち上げる。
「この度の調査では、城ヶ島内に『固定化された魔空回廊』が存在していることが確認できました。これは、非常に大きな成果です。この固定化された魔空回廊に侵入し、内部を突破することが出来れば、ドラゴンたちが使用している『ゲート』の位置を特定することが出来るからです」
 いつも以上に真剣な面持ちで、セリカは資料をめくる。
「『ゲート』の位置さえ判明すれば、その地域の調査を行い、ケルベロス・ウォーによる『ゲート』破壊作戦を実行に移すことも可能になります」
 もし『ゲート』を破壊することが出来れば、ドラゴン勢力は新たな地球侵攻の術を完全に失う。それは、つまり。
「地球文明の勝利、ということです」
 宇宙最強と言われる戦闘種族に、勝つ。荒唐無稽とも思える想像に、一瞬、場が静まり返る。
「……その勝利につなげるための今作戦です。城ヶ島を制圧し、固定された魔空回廊を確保することが出来れば、ドラゴン勢力の急所を押さえることが出来るのです」
 その魔空回廊が、破壊されてしまう可能性は? 誰かの問いに、セリカは首を振る。
「強行調査で判明したことですが、ドラゴンたちはこの魔空回廊の破壊は、本当にいざとなったときの最終手段と考えているようなのです。電撃戦で城ヶ島を制圧し、奪取することは決して不可能な話ではありません。皆さんのお力を、どうかお貸しください」
 ドラゴンたちの、これ以上の侵略を阻止するために。
 そこまで言わずとも、居並んだケルベロス全員が心得ている。
 
●作戦概要
「城ヶ島制圧戦、全体の概要を説明いたします」
 セリカが、城ヶ島の地図を開く。
「今作戦は、警戒の薄い城ヶ島西部より水陸両用車部隊が侵攻。市街地のオークを制圧して橋頭堡を確保した後、制圧実行のための本隊がそこを通過。固定化された魔空回廊のある城ヶ島公園、白龍神社に攻め寄せる手はずとなっております」
 セリカの口ぶりは、そこは自分たちの担当ではない、といった様子だ。
「そう。この作戦を成功させるためには、一つ、問題があるのです。三崎工場に集められている、竜牙兵です」
 強行偵察の結果、この竜牙兵は『島への侵入者に反応し、自動的に迎撃する』という行動を取ることが判明している。
「竜牙兵の総戦力は大群と呼べる規模です。竜牙兵の援軍が城ヶ島公園に押し寄せてしまっては、白龍神社を制圧することはできません」
 そこで、と、セリカが指すのは城ヶ島へ地上から続く、橋。
「皆さんには島の正面……城ヶ島大橋より城ヶ島へ進軍し、この竜牙兵を引き付けていていただきたいのです」
 すなわち、必殺の制圧部隊が島内部へ深く浸透するための、囮。
 その身を盾に、彼らの行動を守れ、ということだ。
「城ヶ島大橋はそれほど広くはありません。二チームが隣り合って戦闘をすれば、竜牙兵の反攻を押さえることが可能です」
 ただし、竜牙兵は幾ら倒しても次から次へと後続が現れるという。
「敵を倒すのではなく、出来るだけ長時間、闘いを引き延ばすことを目指して欲しいのです。左右の戦場に、それぞれ第一陣、第二陣、第三陣のチームを配置しますので、それぞれが30分。合計1時間30分の間、竜牙兵を引き付けてくだされば、作戦に支障は出ないでしょう」
 
●城ヶ島大橋の闘い
「ここからが、皆さんの担当となる任務についてです。先程、説明いたしましたが、城ヶ島大橋は片側一車線の、比較的狭い橋です。皆さんに担当していただくのは……」
 三浦半島から見て、『橋の左手側、第一陣』。
 そこが、守るべき場、果たすべき任務だ。
 竜牙兵は、橋の車線上を五体並んで行進してくる。同時に五体を相手することになるが、例え倒しても、すぐさま後続の竜牙兵と入れ替わるだけ。敵陣の戦力が低下することは無いという。
「如何にして戦闘を長引かせるか……どういった状況になれば、後続と入れ替わるか。そして、入れ替わるときの作戦はどうするか。その三点を考える必要があるでしょう」
 もし万が一、戦闘で三浦半島側に押し込まれてしまった場合。
「その場合、後続の竜牙兵は橋を確保できたと判断し、城ヶ島公園方面へと移動してしまう可能性があります。そうならぬよう、なんとしても橋を守りきってください」
 先陣……その言葉の重みが、肩にかかる。
「皆さんの後方には第二陣、第三陣の部隊が控えています。皆さんがどれだけ粘ることが出来るかが、後続の仲間たちの戦いを助けることにもなります。といって、壊滅してしまっては救助に人手を取られるだけ……状況判断は皆さんにお任せするしかありませんが、くれぐれもお気をつけて」
 
 全ての説明を終え、セリカは深く溜息を落とす。
「城ヶ島大橋の闘いには、敵を倒しての勝利はありません。皆さんは、その闘いの先陣……辛い役目となるでしょうが、仲間の……いえ、地球のために、作戦を成功に導いてください」
 出撃準備を、よろしくお願いします。
 セリカはそう結ぶと、深く頭を下げた。


参加者
マニフィカト・マクロー(ヒータヘーブ・e00820)
ロードライト・レギオン(金輪奈落・e00880)
リーズグリース・モラトリアス(怠惰なヒッキーエロドクター・e00926)
牧島・奏音(うお座のこいのぼり・e04057)
山之祢・紅旗(ヤマネコ・e04556)
山田・ビート(コスプレ刀剣士・e05625)
五ヶ瀬川・葵(俊足森ガール・e05660)
イルリカ・アイアリス(メディアリリィ・e08690)

■リプレイ

●0メートル地点
 城ヶ島大橋。
 神奈川県最大の島、城ヶ島と本土を繋ぐ唯一の道。今やそこは、竜の住まう島の門。
 居並ぶのは、左車線に八人。右車線にもまた、八人。
「そろそろ時間でしょうか」
 呟いたのは、ロードライト・レギオン(金輪奈落・e00880)。
「竜牙兵相手に、時間稼ぎ……大変そうだけど、がんばろう、ね」
 リーズグリース・モラトリアス(怠惰なヒッキーエロドクター・e00926)が、それに応える。
「この島で戦う友達のためにも、ここは必ず守りきらないとね。リーズも、よろしくね」
 五ヶ瀬川・葵(俊足森ガール・e05660)が、リーズグリースに声を掛けた。頷きあい、その意志を確認しあう。
「材料は新鮮な内に調理……じゃなくて。鉄は熱い内に打て、というヤツだね」
 牧島・奏音(うお座のこいのぼり・e04057)が、手をぱしんと叩いて己に気合を入れる。掴んできた情報を最大限に活かすならば、今しかない。そのためにも、この橋を守りきる覚悟だ。
 落ち着かず、足を揺らしているのはイルリカ・アイアリス(メディアリリィ・e08690)。その肩に、そっと手を置いたのは、山之祢・紅旗(ヤマネコ・e04556)。
「あ……ご心配をお掛けして、すいません」
「初めてなら、緊張するのは仕方が無いよ。計画通りにやろう」
 彼女は、これが初陣。共に励ますように、山田・ビート(コスプレ刀剣士・e05625)も快活に笑ってみせる。
「大丈夫! なんとかなるさ!」
 二人の優しい声音に、イルリカがかすかに微笑む。
「闘いが終わったら、皆さんにカモミールティを用意しますね。持ってきているんですが……」
 その音が聞こえ始めたのは、その時だった。
「……来たようだな。お茶の時間は楽しみだが、その前に運動の時間のようだ」
 マニフィカト・マクロー(ヒータヘーブ・e00820)がそれに気付き、道路の向こうへ視線を投げる。
 それが一定の間隔で地面を踏みしだく音だと気付くのに、時間は掛からない。やがて、骨がぶつかり合う、高い打音が聞こえ始める。
 やがて、見えてきたのは竜牙兵の群れ。湾曲した道路の向こう側から、十体。その後ろに、続く十体。その後ろに……
 それは、どこまでも続く蟻の行列のよう。行軍のマーチが響き合い、妖しい連打を冬空に響かせる。
 リーズグリースの顔が、少し歪んだ。
「あれ、なんとかなる……かなあ?」
 素直な問いを向けられて、ビートが苦笑する。
 やがて橋の手前で、先頭が一歩止まる。
 ケルベロスらがそれぞれの武器を構えるのに合わせるように、彼らも骨がなる音を響かせながら、武装を展開する。
「先頭列、オーラ一体、剣三体、鎌が一体……か。計画通りに行こうね」
 紅旗の指示にロードライトやマニフィカトが頷く。そこにビートを加えた四人が、前へ出る。
 一歩下がった位置には、リーズグリースとイルリカ。後方から仲間を見渡せる位置で、葵と奏音が身構える。
「後方援護は任せて! 歌うよ!」
 それは人魚の渦のように……と、響き出すのは、奏音の歌声。冬の橋、海の上、風の中に響き渡るメロディと、煌びやかな熱帯魚の幻影が、仲間たちに加護を与えていく。
 葵もまた、ヒールドローンを展開。それらは戦いに赴くケルベロスらを祝福するように、その周囲を舞う。
 最前列の竜牙兵が咆哮する。
「さあ、第一陣……行くわよ!」
 葵の合図と共に、城ヶ島大橋の闘いは、その火蓋を切った。

「最初の一撃だ……盛大に行くとしよう」
 マニフィカトの露わな胸元に、裂け目のような亀裂が入る。そこから飛び出すのは、雀蜂の群れ。跳躍したオーラの個体を、空中で弾き飛ばす。
「じゃあ、俺は地味に行こうかな」
 そう言いながらも、紅旗の手は素早い。居合いのように腰から銃を引き抜くや否や、まだ空中でもがくその個体をクイックドロウで撃ち抜いていく。
 ロードライトのドラゴンブレスが炎を吹き上げ、重ねるようにリーズグリースがファイアーボールを放てば、橋に出来上がるのは炎の壁。
 燃え上がる骸骨の群れに「行きます!」の掛け声とともに、カードをかざすのは、イルリカ。
「……汝ら咎人に罰を下す。さだめの車輪に巻き込まれよ……神意の十二番! 大いなるさだめの輪!」
 運命の輪が描かれたタロットカードの力が解放され、炎の中、空間に圧縮されるように竜牙兵の動きが鈍っていく。
「今日の武装は特別製でね、お前達の為に用意したんだ! 存分に味わってくれ!」
 続けざまにビートのバレットストームが、火炎の中に撃ち込まれた。
 それは傍目から見る限り、一方的な蹂躙。
 だが。
 炎を切り裂き、飛び出した鎌。回転する巨刃は、鉄塊剣でそれを受け止めたロードライトを弾き飛ばしてみせる。
「……!」
 炎の中から、ゆらりと竜牙兵たちがその姿を現す。所々穴が開き、骨が欠け、炎に身を包まれていてもなお、意に介する様子は無い。その目を紅く輝かせ、なおも前へ。
「なるほど……厄介ですね」
 ロードライトの呟きが終わると共に、髑髏の群れが飛び掛る……。

●10メートル地点
 仲間のため、身を挺して闘うケルベロス。任務のため、身を捨てて前進する竜牙兵。しかしその闘いには、根本的な相違があった。
 雄叫びと共に振り下ろされた剣を、マニフィカトが手を繋ぐ鎖で受け止める。
「すまないね。私の役割は只管に、押し返していくことにある。下がるわけにはいかないな」
 その手から飛び出したのは、煌く竜。己の主人を模した幻影に全身を撃ち抜かれ、竜牙兵がバラバラに崩れて吹き飛んでいく。
「よし、押し戻す。しかし、こいつらは……」
「味方のこと、キュアしない、ね?」
 マニフィカトの疑問を、続けたのは、リーズグリース。催眠魔眼で敵をかく乱する内に、それに気付いた。
 彼女を黄金の果実で援護しながら、疑問に答えをつなげたのは葵。
「そういえば私は闘わなかったけど、自動迎撃してくる竜牙兵たちは未調整らしいとか聞いたかも……」
「この様子を見る限り、上手く連携が取れないということだね」
 紅旗はそう結びながら、銃口から瑠璃色の閃光を放ってみせる。その一撃は、脇から迫っていた竜牙兵の頭を弾き、後ろへ吹き飛ばす。
 確かに、竜牙兵たちは前進の歩を絶対に緩めようとしない。代わりに、仲間が傷つけた相手を重ねて攻撃するような連携を取らない。
「といっても、この数は油断ならないよ! イルリカさん、援護行くよ!」
「助かります!」
 奏音のブレイクルーンを受け、イルリカが敵を指し示せば、上空から降り注いだ無数の刀剣が、雨のように竜牙兵を襲っていく。
 こちらは快調。しかし、右手の戦場はゆっくりと前線を後方に下げつつあるようだ。
「10分経過……! 隣は、少し押されてるみたい! みんな持ちこたえるよ!」
 葵が割り込みヴォイスで全体の指揮を取る。
 オーラの弾丸が飛び込んできたのは、その直後。すぐさまそこに飛び込んだのは、ロードライト。
「……っ! 助かったわ、すぐにヒールを!」
 葵が叫ぶも、ロードライトの表情は変わらぬまま。胸元の焦げたような痕を軽くさすりつつ。
「私なら大丈夫です。押し返していきましょう」
 その傷は完全には癒しきれないものの、奏音のヒールが応急処置を施せば、彼はまだまだ闘える。
 この十分の間に、撃破された竜牙兵の数は四体。
「目標は七体……これなら、いけますね」
 ビートが時間と撃破数を確認しながら、呟く。
 三浦半島に上陸してきた竜牙兵が、三体で八人を相手にしていたことを考えれば、彼らの戦闘の布陣が如何に優れていたかの証明となるだろう。
 だが難題は、あと二つある。
 三十分という長時間を耐え切ること。
 そして、自分たちの撤退と、前線の交代を滞りなく行うことだ。

●45メートル地点
「25分、経過……! あと、少しだよ! 頑張って!」
 橋に響くは、掠れた声。葵が周囲を確認する。戦闘不能に陥った者は誰もいない。そして、撃破数は……。
「蟲を出すのも少々疲れてきてね……ただの拳だが、我慢してもらおう。そちらに飛ばすぞ」
 マニフィカトの拳が、音速を超えて竜牙兵を吹き飛ばす。
「引き受けましょう」
 敵が飛んでいった先には、ロードライトが待ち構えている。鉄塊剣を片手で大きく振り回し、竜牙兵を砕いて散らす。その破片は、虚しい軌跡を描いて橋の下へと消えていった。
 今ので、撃破は九体目。
 リーズグリースの炎が敵を抑える。その横から紅旗が撃ち込んだ銃弾が頭蓋を砕き、たたらを踏んだ竜牙兵が崩れ落ちた。
「これで、十体目、ね……」
「撃破のペースも……落ちてきたねえ……」
 前線で戦う者たちは、もはやヒールだけでは回復も間に合わない。
「あたしもきつい、けど……みんな! もう一曲行くよ! ブラッドスター!」
 そういう奏音も、息をすれば喉が焼けつき、肺は悲鳴を上げている。
 全員が疲労困憊ながら、50メートルも押されずにまだ耐えている。それは、驚嘆に値する連携だった。彼らに立ちはだかるのは、留まることの無い物量。並大抵の布陣では、それは叶わない。
 だが、これは勝利なき闘い。やがてその時は、やってくる。
 それから、三分……巨大な鎌が、マニフィカトを狙った時。攻撃の主力を守るべく、割り入ったロードライトが、鉄塊剣でそれを受け止めた時。
 それは訪れた。
「……っ」
 その表情にかすかに走ったのは、驚愕だったろうか。限界を超えた膝が意志の制御から離れて、がくりと折れる。血飛沫が、飛ぶ。
 血に濡れた姿のままゆらりと立ち上がった竜人は、しかし、再び膝をついて。
「ここまで、です、か……」
 前線の攻撃を支え続けた防御の支柱は、ついに崩れ落ちた。
「ロードライト……!」
 マニフィカトの目の前で、骸骨が勝利の雄叫びを上げる。それは狼の遠吠えのように周囲へと伝播し、怨念の篭もった響きがこだまする。
「もうすぐ29分! マニフィカト、ロードライトを! 交代準備!」
 葵の指示に、マニフィカトがロードライトを担いで走る。
 それを追うのは、飛翔する鎌、撃ち出されるオーラ、星座の幻影。流れは、変わりつつある。限界は、近い。
「こっち、だよ……!」
 即座に二人の援護に回ったリーズグリースと紅旗と合流し、後方で全体指揮を取る葵の元へ。
「ロードライトさんは無事だね。すぐに第二陣と……」
 紅旗の言葉は、そこで止まる。遮ったのは、奏音の震えた声。
「大変……置いてきちゃった!」
 そこにいる面子は、マニフィカト、彼が抱えたロードライト、リーズグリースと紅旗、そして葵と奏音。
 六人だ。
 二人、いない……。

●40メートル地点
 それは、誰の失策でもない。
 仲間が倒れれば、回収して引き揚げるのが当然。
 後方へ逃れる仲間を、援護するのも当然。
 反対側で闘っているなら、敵の妨害を防ぐべく、目の前の敵を抑えるのも当然のこと。
 イルリカは竜牙兵を凍りつかせ、ビートの銃弾は前進を抑えた。
 だが、それは。一歩を踏みとどまってから退くか。すぐに退くか。ほんの一瞬の判断のずれを生む。
 獲物に逃げられた竜牙兵が回り込んで来たことに二人が気付いたとき、残りの面々は仲間を置き去りにしたことを悟った。
 29分目。撤退のまさにその時。
 ケルベロスらは分断を許したのだ。

 五体の竜牙兵に囲まれ、ビートとイルリカはその背を預けあう。
「逃げ遅れるなんて……! すいません!」
「謝らなくても。はは、俺も、同じですよ」
 そう笑うビートの声音も、いつもとは違う響き。
「イルリカさんの方の鎌……そいつを倒して、突破しますよ!」
 回り込んで退路を塞いだ個体。すでに傷ついているそいつを切り伏せ、脱兎の如く後方へ走る。それしかない。
 イルリカが頷き、運命の輪が敵を抑える。
 圧縮された空間を縫うように、ビートの破刃が煌いた。グラビティブレイクが、竜牙兵の首を飛ばす。
 鮮やかな連携。
 包囲が、開く。
「脱出です! ビートさ……」
 ざくり、という音が、その言葉を遮った。
 飛び出したイルリカの後ろで、ビートの背に、剣が突き立つ。
「俺に……構わず……」
 その言葉を紡ぎきらず、イルリカを庇った男の膝が、折れた。
「ビートさん!」
 置いていけるはずもない。その肩を担ぎ上げ、走り出した刹那。飛んできた鎌の一撃が、その背を薙ぐ。
 前のめりに倒れたイルリカに、別の竜牙兵がゆっくりと歩み寄り、残った眼を爛々と輝かせて、剣を掲げる。
 だがその一撃は、突如響いた銃声に、弾かれた。
「紅旗さん……無茶な、ことを……」
 その姿を確認して、イルリカの意識も闇に落ちる。
「仲間を置き去りに逃げるなんて……出来ないからね」
 続けて飛び込んできた奏音と葵が、倒れている二人を担ぎ上げる。
「山之祢さん、こっちはオッケー! 五ヶ瀬川さん、時間は!」
 今の突入は、二人の最後の反撃が、敵の気を引いたから出来たこと。ここにいれば、すぐさま敵陣に呑まれる。この数瞬を逃せば、後は無い。
「後十秒! 急いで! 第二陣のところまで、走るわ!」
 踵を返して、走る。背後から、獲物に逃げられた竜牙兵の咆哮が響き渡る。
「こっち、早く……!」
 前方から、ファイアーボールが援護に飛ぶ。しかし、敵の勢いはもう止まらない。炎の壁を乗り越えて、怒りの叫びが追い縋る。
「リーズ、あなたも走って!」
 後方へ。とにかく、後方へ。
 だが怪我人を二人抱えていては、とても……。
「雲霞のごとき竜牙兵の群れ……。それでも抜かせはしませんわよ!」
 それは、耳慣れぬ声。刹那、輝く閃光が迸る。
「あれは……!」
 前方、青髪のレプリカントの放ったビームが頭を飛び越え、竜牙兵をなぎ払った。
「第、二陣! ……間に合った!」
 葵が、吐き出すように叫ぶ。
 第二陣の前衛が、すれ違いざま竜牙兵に飛び掛っていく。
「最後の最後で、詰められた……! ごめんなさいっ!」
「ここは任せな。早く行け!」
 奏音の言葉に、ドラゴニアンの青年がそう言い残して戦闘へ加わった。
 前線が、ゆっくりと遠ざかる。闘いの喧騒は、遥か彼方へ。
 ぜいぜいと喘ぎながら、逃げ延びた面々は膝を折った。
「助けは、間に合ったようだな」
 マニフィカトが、意識を取り戻したロードライトと共に、面々を迎えた。彼は葵の指示を受け、第二陣を呼びに走ったのだ。
「カモミールティは……彼女が意識を取り戻したらいただきましょうか」
 ロードライトが、呟く。
 作戦開始から、31分。
 彼らの任務は、終わったのだ。

●戦果報告
 城ヶ島大橋の闘い。左翼、第一陣。
 ロードライト・レギオン、山田・ビート、イルリカ・アイアリスが戦闘不能。
 交代時、40メートル地点から30メートルを押し込まれ、70メートル地点にて戦線離脱。
 だが、その戦果は竜牙兵11体に及ぶ。
 それは城ヶ島大橋の闘いにおける最も多大な戦果として、記録された。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月9日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 27/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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