夏色の雪、ふんわりと

作者:柊透胡

 今年の夏は、蒸し暑い。盆地の奈良では尚の事。だからこそ、流行るお店もある訳で。
 その名も、雪花氷(シェーファービン)――台湾式のかき氷だ。雪のようにふわふわな食感が特徴で、口に入れた瞬間、とろけるように溶ける氷は、一気に掻き込んでも頭がキーンとならないとか。
 不思議と冷たさによる刺激が無いので、普通にシロップを掛けても絶品だが、一般的に台湾式かき氷は、氷自体に味が付いている事が多い。果汁などの糖度が混じる事で粘度が生じ、とろりとした食感がまた美味だ。
 更には、マンゴーやイチゴ、バナナ等のフレッシュなフルーツ、アイスクリーム、カラフル白玉団子や様々な煮豆、杏仁豆腐、愛玉子や仙草ゼリーを乗せるのは、正に台湾スイーツならではだろう。
 という訳で、雪花氷が看板メニューのその台湾カフェは、開店時間から盛況。額に汗を滲ませて来店したお客さん達は、思い思いに雪のようなふんわりかき氷に舌鼓を打つ。
「雪のような、だと!? そんな軟弱なかき氷、言語道断!」
 そこへ、バーンッとドアを突き破る勢いで乱入してきたのは、真っ白なビルシャナ。背中に「氷」の一文字が染め抜かれた法被とねじり鉢巻きが粋でいなせではあるけれど。
「男なら黙って、かち割りを食え!」
 ……お客さんの大半は女性ですが。
「ええい! 問答無用! かき氷はシャリシャリこそ至高なんだ!」
 ピンピンと逆立った白い尾羽を振り立て、ビルシャナの八寒氷輪(ハードタイプ)が吹き荒れた。
 
「あの……雪のようなかき氷の、何が駄目なのか、よく判らないんだけど?」
「私にも判りません」
 ぼんやりと小首を傾げる彼女に粛々と同意して、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は、集まったケルベロス達に向き直る。
「定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 奈良県奈良市内にある台湾カフェを、怒れるビルシャナが襲撃するという。
「そのカフェは、『雪花氷』と呼ばれる台湾式のかき氷が看板メニューで、特に若い女性の間で人気だそうです」
「ふわふわのかき氷、なんだって。こんな蒸し暑い季節に、雪のようなスイーツが食べられるとか、素敵だと思うんだけど」
 それが許せないなんて、本当に、ビルシャナの拘りはよくわからない――げんなりと溜息を吐くフィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)。
「ヘドルンドさんの懸念がヘリオンの演算にヒットしましたので、皆さんに集まって頂いた次第です」
 ビルシャナが台湾カフェに乱入する前に、速やかに倒すのが今回のお仕事だ。
「今回のビルシャナですが……その教義は『かき氷はシャリシャリこそ至高』。ついでに『男は黙ってかち割り氷』だそうです」
 昔ながらの氷屋の頑固親爺、という雰囲気だが……個人的な主義主張によりビルシャナ化してしまった人間は、もう元には戻れない。
「幸い、悟りを開いて間がないのか、信者はいませんし強くもありません」
 グラビティも八寒氷輪(ハードタイプ)を投げ付けるくらいだ。店の前で待ち構え、迎撃すれば良いだろう。
「今は弱くとも、信者とグラビティ・チェインを得れば瞬く間に手強くなるのが、ビルシャナの怖い所です。速やかな討伐を」
「ねぇ、ビルシャナやっつけたら、雪花氷を食べる時間はあるかしら?」
「問題ありません。お茶の時間くらいでしたら、都合します」
「やった♪ じゃあ、お仕事の後のお楽しみね♪」
 創の答えに、無邪気に笑みを浮かべたのは結城・美緒(ドワっこ降魔巫術士・en0015)。その実、蒸し暑いのは苦手とか。
「よし! パーフェクトな勝利と台湾スイーツ目指して、頑張るわよ!」


参加者
オリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)
フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)
アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)
終夜・帷(忍天狗・e46162)
エリアス・アンカー(鬼録を連ねる・e50581)
星野・千鶴(桜星・e58496)
交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)
 

■リプレイ

●奈良の暑気を浴びて
 暑い、兎に角蒸し暑い……盆地特有の熱気に、ケルベロス達もげんなりと。
 だが、今頑張れば、お楽しみが待っている! という訳で、奈良市内にある台湾カフェに足を運んだお客さん達に、避難を促して回るオリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)。
「だいじょうぶ、あとで楽しめるようにします、です」
 テレビウムの地デジと並んで、オリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)はほんわり笑顔。
「ここはフィーラたちにまかせて、今はにげて」
 フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)の口調は、ドワーフの少年と対照的に淡々としている。頬も緩まぬ真顔ながら、却って頼もしく見える不思議。
 それでも、付き合いの長いアベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)には判る。食べる事が大好きなフィーラは、雪花氷をとてもとても楽しみにしている、と。
(「ま、食べ物への道を邪魔するやつに遠慮なし」)
 食欲9割方構成されている男は、愛用の得物を両手に、剣呑に紫の双眸を細める。
(「ビルシャナは、速やかに討伐を」)
 同様に考えながら、カフェの入り口で仁王立ちしているのは終夜・帷(忍天狗・e46162)。寡黙でクールな帷は、忍者らしい身軽さを以て既に臨戦態勢だ。
「大丈夫、ふわふわかき氷、すぐに楽しめるようにするからね」
 やはり、被害は極力出さないようにと、避難を呼び掛けていた星野・千鶴(桜星・e58496)は、そんな帳を頼もしげに見やる。
「……何だ?」
「ううん。頑張ろうね」
 怪訝そうな視線に、笑顔で頭を振る千鶴。
(「その背中、ちゃんと支えるからね」)
 旦那様への決意は、ふわりと毛先が襟足を擽るように、こそばゆい。
「じゃあ、結城はスナイパーで援護を頼むぜ!」
「了解」
 一方、エリアス・アンカー(鬼録を連ねる・e50581)に声を掛けられた結城・美緒(ドワっこ降魔巫術士・en0015)は、身長差50cmを見上げてこっくりと。そうして、小柄にはアンバランスに大きなドラゴニックハンマーを軽々と担ぎ、往来を眺めている。
「準備、そろそろ整ったようですね」
「おうよ!」
 額の汗を拭き拭き、店の前まで戻ってきた交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)に、エリアスはニヤリと不敵な笑顔。
「シャリシャリのも、ザ・かき氷って感じで美味いんだけどな。正直、食い過ぎてちょっと飽きてたんだ。何か、最後の方になると、口の中冷たくなり過ぎて味分かんねーしよ」
「そうですね。早く、雪花氷が食べたいです」
 ケルベロス達が手分けして避難を呼び掛けて回った事が功を奏し、往来は車さえ通っていない。台湾カフェを始めとする界隈でお店を営む人達にも、絶対外に出ないよう言い含めてある。後は、飛んで火に入る夏のビルシャナをぼたくりこかすのみ。
「雪花氷……雪のような、だと!? そんな軟弱なかき氷、言語道断!」
 果たして、ドシドシと足音も荒く、真っ白なビルシャナがやって来る。
「かき氷はシャリシャリこそ至高! 男なら黙って、かち割り氷!」
 ピンピンと逆立った白い尾羽を振り立て、ビルシャナは声高に怒鳴り散らした。

●雪花氷絶許明王
 背中に「氷」の一文字が染め抜かれた法被とねじり鉢巻きが、粋でいなせ。だが、致命的に惜しむらく、そいつは白い羽毛も暑苦しそうな鳥だった。
「……むむっ!? 何だ、貴様ら!」
「ああ? 俺は俺だ」
 誰何の声もザックリ切り捨て、派手に爆風を上げるエリアス。
「んじゃ、サクッと鳥カチ割って、雪花氷食うとしますかね!」
 カラフルなブレイブマインに、「トッピング、何するか迷うなぁ……」なんて思いながら。一方、ウイングキャットのロキは、肩を並べる後衛に対して、清浄の翼を広げている。
「シャリシャリも、ふわふわも、かき氷はみんなちがってみんないい、です……!」
 続いて、スピニングドワーフをどーんとぶちかますオリヴン。小柄故に回転速度は速く、抉り込むようにビルシャナに突き刺さった。
 と思う間もなく、粛々と編み上げられたフィーラの禁縄禁縛呪が、狙い澄ましてビルシャナを捉える。
「この龍は、お前さんが思う程、優しくないぜ」
 フィーラの御業がビルシャナを捕えたのを幸いに、アベルは翠纏う龍を喚ばう。その瞳は揺るがぬ慈愛に充ちたまま、纏う風は嵐に近く、踊る樹々の葉が唸りを上げて刃と化す。
(「シャリシャリしたかき氷も美味しいが、そうでないものも違った美味しさがある筈」)
 目には目を、氷には氷を。クールな表情のまま、帳が螺旋氷縛波を放てば、息を合わせた千鶴が、斬霊刀の切っ先をビルシャナに向ける。
 綺麗に見えたらもうお終い――刃を隠すのは、真っ赤な鳥居に狂い咲いた桜の吹雪。千鶴の金色の瞳とビルシャナの目が合った瞬間。縫い留めるように、数多の刃が閃いた。手加減なしの一撃だ。
(「暑い時に冷たい物って、格別に美味しいけれど。何故形状に拘るのかが謎……」)
 如意棒を静かに伸ばし、構えながら、麗威は誰に言うでもなく。
「シャリシャリもフワフワも、どちらも美味しいじゃないですか、ねぇ? そもそもかち割りって、かき氷でもないし」
「貴様ぁッ!」
 千鶴も思わず頷いてしまった正論だ。だからこそか、力強い如意直突きを真っ向から食らったにも拘らず、ビルシャナは怒声を上げる。
「この! すぐぐだぐだに溶ける軟弱者がぁッ!」
 美緒のドラゴニックスマッシュと交錯して、両手に顕れ出た八寒氷輪(ハードタイプ)をブンッ! と投擲するビルシャナ。凍れる硬輪は、前衛を越えて唸りを上げる。
「帷さん!?」
「大丈夫、だ」
 前衛諸共の攻撃に最愛の人も巻き込まれ、小さく悲鳴を上げる千鶴。防具耐性もそぐわず、クラッシャーではダメージの軽減も叶わぬ。千鶴は急ぎ、帳に気力を注ぐ。人心地付いた様子にホッと一安心だが……こうなったら、一刻も早く、倒さねば。
「地デジといっしょにキュアキュアするよ!」
 オリヴンが黄金の果実を掲げ、テレビウムの画面に応援動画が流れる。
「皆の体が冷えちゃって、この後のかき氷が楽しめ無くなったら、困るもんね!」
「ああ、そうだな! 氷が好きなら、たっぷりくれてやるぜ! しゃりしゃりもガリガリも大差ないだろ?」
 豪快に応じたエリアスより、クリスタライズシュートが奔る。同時、ちらちらと店先のかき氷の見本を横目に、ロキの爪も閃いた。
 オリヴンもエリアスも、サーヴァントと魂を分け合うが故に、強化や厄付けは些か不得手。だが、手数を活かして畳掛けんと動く。
「おやすみ」
 そこへ、ビルシャナの足元から絡みつく茨がじわりじわり。毒のように、体の自由を奪わんと。もう休んでいいんだよ。どうか、安らかな眠りを――フィーラの皮肉げな呟きに、アベルは小さく肩を竦める。
 ――――!!
 力一杯、鎌刃を投擲した。ザクザクと法被を切り裂き、弧を描く。
「どうせ斬るならあなたではなく、果物とかがいい……」
 辛辣に吐き捨てた麗威は、雷気纏う左の拳を握り締める。
 嗚呼、もう…止められない――それは、心底に潜む怒れる感情。赤雷と化した拳は、強かに鳥躯を打ち据える。駄目押しのように、美緒の禁縄禁縛呪が真白の上から絡みついた。
 いよいよ、帷が構えるのは突きに特化した忍者刀。その鋭き切先で、的確に急所のみを刺し貫かんと――狙い過たず刺突すれば、ビルシャナの傷口からビキビキと音を立てて凍り付いていく。
「まあ、冷えた所には丁度良いでしょう? その氷、かき氷にはならなさそうだもの」
 すかさず熾炎業炎砲を浴びせ掛け、千鶴はいっそ強気に言い放つ。
「お、おのれおのれぇっ!!」
 破れかぶれの八寒氷輪が奔るも、その軌道を見切れば、オリヴンが庇う前から次々と回避されていく。
「さて、サクッと行こうぜ」
 介錯とばかりに、アベルの居合抜きが閃く――パッと白い羽毛が舞い散り、呆気なくビルシャナは崩れ落ちた。

●夏色の雪、ふんわりと
 ビルシャナの骸が氷溶けるように霧散する間に、傷んだ道路をヒールで修復するケルベロス達。
「それじゃあ、かき氷、だね……!」
 オリヴンの嬉々とした言葉に、他のケルベロス達も和やかに肯く。
「ありがとうございました」
 各々、足取りも軽く台湾カフェに入ると、店主が丁寧に感謝を口にした。一般のお客さんが戻って来るまで、カフェはケルベロス達の貸切状態だ。
「お抹茶かき氷、アイスクリーム付き! 小豆と黒蜜マシマシで!」
 早速、カウンター席に陣取って注文した美緒に続けとばかりに、ケルベロス達はそれぞれ席に着いてメニューを開く。
「今日は、誘ってくれてありがとう」
「ん、うん……前にかき氷、食べたいって言ってた、から」
 アイリス・フォウンの艶やかな美貌を前に、戦いから一転して、俯きがちになるオリヴン。元より甘未は大好きだけど……憧れのお姉さんを前にすれば、緊張してしまうのが人情だ。
「かき氷大好きだから嬉しいな!」
 屈託なく笑み零れ、アイリスの指先がメニューを辿る。
「んー、色々あって迷うねえ……私はミルクティー味にフルーツマシマシ、愛玉子もつけよっかな!」
「……ぼくは苺と練乳を凍らせたのに、小豆、アイス、タピオカで」
 甘々マシマシの注文だけど、胸があんまりにドキドキして、味がよく判らないオリヴン。一方、アイリスは上機嫌。
「んーふふふ、うんうん、美味しい美味しい! 我が選択に間違いはなしだよ!」
 ふと、あんまり減ってない少年のかき氷を見やり、アイリスは小さく身を乗り出す。
「オリヴン君のも気になるな? ねえねえ、一口ちょーだい?」
 無邪気なお願いを断れる筈もなく。
「……むむ、美味しい。なかなかやりますな!」
 そうして、アイリスは淀みなく、自らの匙にかき氷をたっぷりと。
「ハイ、お礼にこっちも一口。愛玉子っていうのも美味しいよー! はい、あーん!」
「え、あ、うん。あーん……」
「どう?」
「……あまずっぱい」
 少年の頬が紅潮した理由も知らぬげに、アイリスは地デジにもお裾分け。甘い甘いかき氷は、ほろりほろりと溶けていく。

「千鶴、あまりあちこち気を取られないで……」
 それまで寡黙を貫いていた帷が注意する程、千鶴は浮き浮きとはしゃいでいる。
「雪花氷って綺麗な名前だし、お店の奥まで可愛いの」
 台湾の民芸品が並ぶ飾り棚を覗き込み、すぐに振り返った千鶴の指先が、帷の掌中に滑り込む。
「……これで、いい?」
 テーブルの下で、そっと指を絡め合う2人。そうして、テーブルに並ぶのは、こんもり山盛りの雪花氷が2つ。
(「よく見るかき氷とは、違った雰囲気……」)
 帷の氷は練乳を凍らせたもの。カラフルな白玉にアイスクリーム、煮豆、それから果物も沢山と、トッピングも欲張った。
「……欲張りすぎ?」
「ううん、折角だもの。盛り沢山で美味しそう!」
 一方、千鶴のかき氷はミルクティー味。トッピングはマンゴーに苺、練乳と好きなものばかり。
「……千鶴、凄い」
 雪のように柔らかく溶けていく食感に、目を瞠る帷。その様子に、千鶴の頬も思わず緩む。
(「さっきはかっこよかったのに、可愛くってちょっとずるい」)
「千鶴のも、美味しい?」
「うん、幸せな気分だよ」
「ならば、一口ずつ交換しよう」
 躊躇いもなく、千鶴は差し出された匙をパクリ。今まで以上に美味しく感じる不思議。
「ありがとう! 帷さんにもあげるね!」
 お返しに、スプーン山盛りの一口を帷に差し出して――そこに在るのは、甘やかな口福。

「さーて、邪魔者はいなくなった! フワフワかき氷の城を作るぜ! デカイやつな」
 満面の笑みを浮かべるエリアス。先に幾つも雪花氷を注文して――土台は練乳氷。麗威の好きな苺を、城壁代わりに一杯使おう。
「俺が苺好きなの、よく覚えてたなぁ」
 麗威は甚く喜んだけれど。エリアスは、ロキと一緒に苺を1つ並べては2つ食べ――。
「おい、なんで食ってんだ?」
 何せ、半分にカッティングする端から苺が無くなっていくのだ。主にエリアスと、時々ロキの胃袋に。
「ありゃ? 何か進みが遅いな。早くしねぇと氷溶けちまうぜ?」
(「俺だって苺食いたいのにッ」)
 他人事のような言い草に、流石に不貞腐れた表情の麗威。それでも、何とか思っていた通りの盛り付けが完成すると、つい表情を綻ばせて一口。
「フワフワうま……!」
 絶品だった。エリアスとロキの匙を没収して、麗威は1人でパクパクと。
「……あーもう! 俺が悪かったよ!」
「よし、反省したなら食わせてやる」
 そうして、晴れて2人並んでお相伴。ロキはマシュマロの山盛りにご満悦だ。
「1つ訂正。かき氷、何度食っても麗威と一緒なら美味いぜ」
 相変わらずの真っ直ぐな言葉が、雪花氷と一緒に沁み渡った。

 可愛い弟分と友人の絶妙な距離感を微笑ましく思いながら、アベルはフィーラの方に向き直る。
「決まったか?」
「トッピング、まようけど……ももの味だし、はくとうの果肉のせる」
 甘やかに香る氷はふわふわと淡やか。匙で掬えばとても滑らかで、まるでジェラートだ。
「ふわふわ」
 ひと口食べて、赤い瞳をきらきらと輝かせるフィーラ。
「アベル、これおいしい」
「ああ、俺も……やっぱり外れねぇよな」
 アベルも満足そうに相好を崩している。幸せの味に出会えば、自然と口も綻ぶというもの。
「アベルはなにに、したの? ひと口、ちょーだい?」
 隣の雪花氷をを覗き込み、そのままじっと見上げるフィーラ。口を開けて待つ仕草は、無防備な雛鳥のよう。
「さて、何味だった?」
「……ミルクティ、味?」
 ついでに、バニラアイスとウェハースも添えて。
「うん、アベルのも、おいしい」
 お返しのお裾分けも、衒いなくパクリとして。
「――ん、此れもいいな、美味い」
 フィーラの選んだ味に、微笑ましげに目を細めるアベル。
「次は練乳の苺添えにするが、一緒に食べるだろ?」
「え、いちご? それも、食べたい」
 更に、皆のおすすめも聞いて回り、やっぱりいつもの欲張りな全制覇。
「美味しい味は、幾つ覚えても損はねぇしな」
「うん」
 賑やかなお喋りの声に、美味しいもの。
 そして、大好きな人と美味しいを分け合える、しあわせなじかん――。
(「こんなにしあわせで、いいんだろうか」)
 芽生える不安の痛みも、今は見てみぬふり。
(「今だけはどうか、このしあわせを、ゆるして……」)
「あ……?」
 優しく、ピンクの髪を撫でてくれた手が、とてもあったかくて。思わず、ねこのようにすりよってしまった。
(「俺が、そうしたかったんだよな――」)
 我儘めいた衝動に、アベル自身も戸惑いながら、甘えるフィーラを撫で続ける。
 ――気付けば、自然と隣にいて。思えば一緒に居る事が日々増えて。
 同じ味の共有が幸せで。どの同じもどれもが宝物。
 手放したくない……それはアベルにもまだ、無自覚の願い。

 ――夏色の雪は、今日もふんわりと。幸せ色に染まって、ほろほろと溶けていく。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年8月5日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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