竜十字島探索戦

作者:白石小梅

●捜索小隊
 東京より東へ1200キロメートルの果て、竜の超技術によって造られし場所。
 今は住まう竜も絶え果てた、洋上に屍を晒す孤島。
 『竜十字島』。
 その一角、暗い密林の奥で、いくつもの影が蠢いている。
「ここを探しなさい。目標は、先に伝えた通り」
 石造りの遺跡のような建造物の前で、冴えた女の声が響く。
 それに応えて吠えるは、草が豚の形に捩じり合ったような生物たち。
「目標は特殊なものゆえ、常の形をしているとは限りません。何一つ見落としてはなりませんよ。お前たちは瓦礫一つ零さず直に触れ、丹念にくまなく調べ尽くしなさい」
 すらりとしなやかな女の輪郭ながら、ぴんと立った獣の耳に銀狼の尾……ウェアライダーに似ているが、見る者が見ればすぐわかる。
 装飾の多い衣装の中に、隠し持つのは螺旋のマスケラ……螺旋忍軍だと。
「私は、隠し部屋や秘匿された空間を探します。この竜十字島に目標が存在する証拠はありませんが、あるとすれば……きっと、この島に」
 女はするすると指を壁に這わせ、恋人に口づけをするかのように壁面に鼻先を寄せた。
「あの方のため、我らの群れのため……お前たちは、お前たちの主人のため。私たちは、地を這い、大気を舐め、残り香を辿り、目標を探さねばなりません」
 囁きながら、女はぴたりと足を止めた。そして、小さな声で名乗りを上げる。
「私、アブランカ・オメガは群れに尽くします。必ずや、見つけてみせましょう……あれさえあれば、我々は……」
 その指先が壁面の模様を押すと、隠された扉が開かれる。
 そして石室の中へ、螺旋の踊り子に率いられた十体もの豚影が、殺到していった……。

●竜十字島へ
 望月・小夜が、資料を眺めながら首を捻っている。
「あ、お集まりでしたか。失礼しました。始めましょう」
 そして彼女は、スクリーンに見覚えのある十字の形状の島を映し出した。
「ご存知、ドラゴン・ウォーの舞台……竜十字島です。東京より東に1200キロの海上という地理的条件も厳しく、現在はとりあえず監視しているという程度の状況ですが……そこに螺旋忍軍が現れました」
 螺旋忍軍? 打ち捨てられた孤島に?
 並んだ番犬たちも首を捻る。
「それが何やら、『何か』を捜索している様子なのです。しかもかなり大規模に、多数の部隊を派遣してきている様子」
 部隊というと、敵は単独行ではないのか。その問いに、小夜は頷く。
「はい。各部隊、指揮官の螺旋忍軍が一体に、オーク型攻性植物か攻性植物に侵略寄生されたオークか……とにかく『オークプラント』という配下を十体ほど引き連れ、組織的に捜索活動を開始しています」
 螺旋忍軍……攻性植物……オーク……竜十字島……。
 何処から派遣されてきた部隊かは、何となく想像は付く。
「ええ。大阪のデウスエクス連合軍や竜勢力の残党が何らかの形で関与していると思われますが……目標は不明。とりあえず、何らかの作戦であることは間違いない状況です」
 もちろん、放置してやる義理はない。
「はい。皆さんにはこの探索部隊の撃破をお願いいたします」
 それが、今回の任務となる。

●螺旋忍軍探索部隊
 スクリーンが映し出すのは、中東の踊り子のような衣裳の女の絵図。
「皆さんの標的はこの女……『アブランカ・オメガ』の部隊。恐らくは大阪連合軍の幹部一角、ソフィステギアの手の者でしょう。配下としてオークプラントを十体、引き連れています」
 オークプラントはオメガの命令に極めて忠実だが、知能は低く愚鈍だという。
「触手や溶解液などで反撃はしますが、皆さんの物理的脅威とはならないでしょう。オメガの方も搦め手や暗躍を得意とする螺旋忍軍……直接戦闘力が高いわけではありません。ですが、隙あらばオークプラントを囮に撤退を図るでしょうから、注意が必要でしょうね」
 そこは螺旋忍軍。格上相手の闘いも慣れたものというわけだ。
「奴の部隊が探索しているのは、恐らくドラグナーが使用していたと思われる古代遺跡状の建築物です。祭壇や書庫、宝物庫のような隠し部屋などがあり、尽きぬ篝火が内部を照らしています。魔術儀式か修行か何かを行う場だったのですかね」
 暗がりと揺らめく灯りに惑わされぬよう、敵を仕留める必要がありそうだ。
「ともかく第一義は探索妨害です。こちらの貴重な戦力を無人の孤島に駐留させる余裕はありませんので、ヘリオンで現着して皆さんが降下した後、私は近隣空域で待機……作戦終了後に迎えに来ます」
 小夜はそう言って、ブリーフィングを終える。

「しかし奴ら、一体何を探しているのでしょう? それがわかれば、こちらが先に確保するなど、手の打ちようもありますが……帰還後に、調査情報や有力な予測などがあれば報告をお願い申し上げます」
 そして小夜は出撃準備を希い、頭を下げるのだった。


参加者
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)
ナクラ・ベリスペレンニス(ブルーバード・e21714)
葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)
クリスティーナ・ブランシャール(抱っこされたいもふもふ・e31451)
御手塚・秋子(夏白菊・e33779)

■リプレイ


 密林にぽっかりと口を開ける遺跡の前に、番犬たちは居並ぶ。
「この中に、アブランカ・オメガって人がいるんだね」
 そう言う御手塚・秋子(夏白菊・e33779)は、俯くクリスティーナ・ブランシャール(抱っこされたいもふもふ・e31451)を振り返る。
「私は今、地球側にいるし……群の総意なら、オメガは自分の考え言わないかな。でもやっぱり、話さないとお互い……考え分からない」
 不安をかき抱く様子に、秋子は眉を寄せて。
(「確かに今は説得の材料もないし……聞いてる性格だとオメガの説得は難しいよね。捕まえられないかな……」)
 遺跡の中は、細い通路に冷えた風。炎は揺らめき、影が踊る。
(「『アッチ側』から足抜けしたケルベロスは、少なくねえ。だが家族だったとしても、定命化すれば、もう仲間とは思っちゃくれねえからな……」)
 暗闇を進むランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)は、葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)と視線を合わせる。
(「定命化の完成は死と同義……汚染された躯が生前記憶を元に彷徨い、死病を振り撒く生ける屍。それが……向こうの一般的認識です」)
 それでも進むしかない中、リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)は努めて明るく、少女に上着を掛ける。
「大丈夫よ……やりたい事があるなら手伝うわ。アタシも前に色んな人に助けて貰ったからね。こういう時こそでしょ! 仲間ってのはね」
 クリスティーナが弱々しく頷き、一行は小さなホールに辿り着く。
「待合室、ってとこか? 中の構造は基本、一本道っぽいな。よし、俺とリリーとランドルフが、ここで待機な。他に出口がないかも確認しとく。俺の上着、渡しとくぜ」
「任せろ」
 それは、敵の嗅覚かく乱のための策。ナクラ・ベリスペレンニス(ブルーバード・e21714)の上着を、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)が掴む。
 足元で、猫とニーカが主人に倣って頬をすり合わせて。
「……さ。行こう、リル。それに、みんな」
 ランドルフのマフラーを受け取り、七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)が振り返る。
(「敵を討つことに躊躇はないけど……どうか少しでも彼女たちが、報われるように。そしてたまにいのためにも、少しでも手がかりが得られるように……」)
 そして先行班は長い通路を進み、大扉へと突き当たった。
 互いに頷き合い、扉を蹴破る。
『!』
 部屋を這い回っていた草豚たちが、一斉に身構える。
 一方、奥にいた女は、冷静に手元の書を閉じた。
「番犬……ですか。何か御用でしょうか?」
「そちらは? ぞろぞろと連れ立って観光ですか? こんな何もない島に? それとも何か……探し物?」
 語り掛けつつ、かごめは素早く周囲を見る。奥に祭壇と書架のある、大ホール。出口は、自分たちが来た方向のみ。
「だとしたら?」
「その探し物は、マスタービーストに関係があるんだろう。この呪われた病を治せるのなら、俺は地の果てまでも行ってやるぜ。くれてやるわけにはいかない……俺がもらう」
 陣内が掛けたのは、ブラフ。だがその語気は、飢獣の如く重く響く。
 女はこちらの力を推し量りつつ、小さな影を見つけて目を細めた。
「オメガ……おはなし、できる?」
 一瞬の沈黙。女はため息を落として、首を振った。
「違う群れが同じ獲物を見定めたなら、奪い合うのが獣の常……」
 その指が、ぱちりと鳴る。
「始末なさい!」
 一斉に轟く、草豚たちの咆哮。
 ……闘いが始まった。


 突撃する、豚の群れ。かごめが前に進み出て、扇の如く十指を構える。
「大規模な探索が必要なほど重要なものがあると、教えてくれてありがとう。遠慮なく、横取りさせてもらいます……!」
 指先より放たれた閃光が、豚たちの鼻面に直撃した。撃ち抜かれた豚を踏み台に、番犬たちは一気に奥まで跳躍する。
「探し物が同じならさ。共同戦線はらない? お互い利益があるか話すくらいは出来ると思うけど、どう?」
 下を抜ける女と、上を跳ぶ千秋。火球を降らせて豚たちを焼きながら、二者は視線を絡ませる。
「雌狗どもめが。戯言もここまでです……!」
「……嫌われたもんね」
 女は髪飾り型の仮面に触れて舞い踊り、凍結の衝撃で周囲を打ち据える。壁に受け身を取った番犬たちを待ち構えるのは、触手で壁や床に張り付いた豚の群れ。
 敵の数は、およそ倍。花粉や溶解液が、三次元的に吹き荒れる。
「多勢に無勢でも……たまにいの為に、マスターピーストや狂月病の手がかりを得るんだ……! 探し物を、渡してもらうんだよ!」
 嵐に抗うように、瑪璃瑠の身から癒しの風が迸る。焼け付く毒を払い飛ばし、仲間たちの間を吹き抜けて。
(「揺さぶりをかけて逃さないよう牽制……と、見せかけて。入り口からの撤退を選択させるんだよ……!」)
 そう。それが、番犬たちの策。撤退路には、後続班が待ち伏せている。
 だが。
「その数で? 豚どもだけならまだしも、舐められたものです……!」
 女は紅い髪飾りを燃え立たせ、なぞった指先から火焔を咲かせた。
 それを紙吹雪で散らし、抱え込むようにクリスティーナが受け止める。
「ねえ、オメガ。それを見つけたら……ほんとにむれのためになるの?」
「堕ちた者に話すことはない。せめて私の手で解放してあげるわ……ラウロ!」
 二人の激闘を横で、陣内は壁を走る。迸る鎖で、豚たちを射貫きながら。
(「成否は半々……この数なら勝てると踏んで、真っ向から仕掛けてきたな」)
 闘い始めて三、四分。豚どもは弱敵ながら護りは固く、敵の攻撃は数の多い前衛に集中する。後方を庇いにも出る護り手の疲弊が、予想より早い。
「逃走より闘争……逃げたいならどうぞ、と思っていたけれど。意外に激しやすいのですね?」
 そう言って、かごめの縛鎖が伸びた触手と絡み合った。踏ん張る相手を引き倒し、かごめは裂帛の気合で豚を壁へと叩きつける。
「群れのため、勝てる闘いを放棄はしません」
 螺旋の女は潰れる豚を跳び避けると、多少の犠牲を気にも留めず、勢いに乗って攻めかかる。
 上下左右より迫る触手の隙間を跳び抜けながら、秋子は光球を練り上げて。
「そっちにも、守りたい人達がいるんだよね。それは私達も同じ。話すのが無理なら……Do you want to dance with me?」
 踊り明かそう。せめて想いが通じ合うと信じて。
 光は猫の群れとなり、豚たちを押し倒していく。一部の豚は、起き上がってこない。だがこちらも、その翼で前衛を癒していた猫が、火焔の華に包まれて消える。
「……っ」
 敵が撤退しないなら、豚が三体になるかこちらが三名倒れてから、後続班へ合図を出す予定。だが次に倒れるのは間違いなく、悲痛な面持ちで敵を防ぐクリスティーナだ。
 それを、許容するのか。
(「いや。彼女の想いのためなら……仕方ないんだよ。たまにい、お願い!」)
 瑪璃瑠に目配せされ、陣内は中央へと跳んだ。その手から、炎の雨を降らせながら。
「狂月病さえなければと、何度我が身を呪ったか。お前たちにはわからないだろうがな。例え僅かな手掛かりでも、俺は逃さない……来てくれ! 後続班!」
 焼けて行く豚の悲鳴の中、その声は月へ吼える獣の如く。
 瞬間、入り口付近でかごめと打ちあっていた豚が、弾き飛ばされた。
「ハァイ! 呼び出しを受けて即参上、ってな。ニーカ! あの子を守ってやりな! さァ、行くぜ! ジェットコースターみたいに、ハイテンションでな!」
 ナクラの連撃は、舞うように豚の群れを蹴散らして、ニーカはクリスティーナをバリアで包む。
「思ったより、根性ある相手みたいね! 出口は塞ぐわ! この扉は、一歩も通さない!」
 リリーの放った極彩色の爆炎に乗り、飛び出して来る後続班。
「っ……後詰!」
「そういうわけだ! 飛び入り失敬! 挨拶がわりにデカいの行くぜ! 嬢ちゃん!」
 ランドルフの叫びと竜弾が弾け飛び、螺旋の女は爆炎の中で舌を打つ。
 そして……。


 数分で、形勢は一気に傾いた。
 勝ち目は薄いと見た螺旋の女は、豚たちを置き去りに出口へ走る。
 だが。
「逃げるたあ、つれねえな。俺とも遊んでくれよ。なに、踊り子さンにゃ手は触れねえ。代わりに銀弾のPresentだ!」
 弾け飛ぶのは、ランドルフの弾丸。瞬速の早撃ちが、女の肩口を射貫いて押し戻す。
「豚ども、こいつらを退けなさい!」
 しかし振り返った時、手近な豚の腹部に砲口が突き刺さった。かごめの細指が引き金を絞れば、その豚は微塵に飛び散って。
「あら、失礼……この豚なら、今しがたお亡くなりになりました」
「他もお前を助ける余裕はもうなさそうだ……どうする?」
 戦場を吹き荒れる鎖を引き戻しながら、陣内が血を拭う。流血か、はたまた返り血か。
「くっ……まだ一人も倒せていないとは!」
「お生憎様。豚の仕事は、邪魔させてもらったわ。後から来といて、先に闘う仲間が倒れるのを眺めてたんじゃ、番犬の名折れよ!」
 着地したリリーが、纏った分身を仕舞っていく。無数の触手の刺突の中を舞い跳び、彼女は先行班を護り切ったのだ。
 その背を狙い、天井に張り付いていた豚が触手を構えた時。豚が体液を吐き、音速の拳がその胴体から飛び出した。
「ああ……俺達は大事なものを護る為に闘ってる。お前等だってそうだろう? だからこそお互いに譲れない……あんたを捕まえる為に、何だってする」
 豚を放り捨て、飛び降りたのはナクラ。後ろには、倒れた草豚が累々と横たわっている。生き残りは、ない。
 後退りする女を番犬たちが取り囲む。
「完全包囲、だ。諦めな。降参するなら、悪いようにはしないぜ?」
 女が憎悪を宿してナクラを睨んだ時。血泥に塗れたクリスティーナが、両手を広げて割って入った。
「オメガ……私、今はまだ、こっち来てって言えない」
 秋子も瑪璃瑠も、身構えつつも動かない。この呼び掛けは……止めてはならない、と。
「でも、私はそっちも、こっちも、いっしょにいられるようにしたいの。むれがちがったら全ぶこわすまでたたかわなきゃいけないって……みんなおもってる?」
 永遠のように永い一瞬。螺旋の女は、絞り出すように語る。
「……あの方は、共に立つ相手をすでに選んだ。その豚たちが、その一つ。貴女の属する群れではなく」
 そしてしなやかな女体は軋む音を立てながら膨れ上がり、その牙が伸びて行く。
「大人しくしな。その子は、てめえのために言ってんだぜ!」
 ランドルフの銃口を睨みながら、女は人狼と変じて。
『私は獣。群れの主に従うのみ!』
 瞬間、獣は跳躍する。番犬たちが一斉に銃や飛刀でその身を裂くのも構わず、人狼は天井へ張り付いて氷結の爪撃を振るう。少女を避けて、後衛へ。
『……!?』
 だがクリスティーナは、すでに爪撃の前へとその身を晒していた。
「もう……やめて。おねがい」
 鮮血が、舞う。
「クリスティーナさん! くっ……!」
 リリーが身を挺して少女を受け止める中、舌を打った人狼は出口へ向けて天を蹴る。
「瞬間的に力を解放し、牽制を放って脱出」
「その動きには、備えてたよ」
 出口両脇で光刃を構える二つの影は、瑪璃瑠の分身。夢と現の力を合わせた一撃が、獣の爪と交差する。
「「ムゲン・クロノス!」」
 声を重ねて描かれた十字に、人狼は緋を散らして廊下へ激突した。癒し手の破魔に変化を破られ、溶けるような音と共に人の姿へ戻っていく。
『主の……下へ……!』
 だが女が走り出すより早く、その胸にどつりと衝撃が走った。
「ゴメンね……逃がすわけには、いかない。貴女たちの願いが成されたら、きっと多くの人に禍をもたらすから」
 一歩、二歩……たたらを踏んで、女は膝をつく。
 飛翔した紅い細剣が、その胸を貫いていた。
 力なく倒れた女の心臓へ、そっと細剣を構えるのは、秋子。
「でも、貴女は最後の一瞬。あの子への狙いを逸らした……ありがとう、ね」
 剣が、落ちる。
 後を追ってきた番犬たちの前で、女の躰は僅かに痙攣し……光となって、消えて行った。


 闘いは、終わった。
「オメガは……逃げたの?」
 意識を戻したクリスティーナに、秋子が頷く。
「そう。私が、ドジ踏んじゃって。でもあの傷だし任務も失敗したから、もう群れには戻らないかもね……これ、あの人の落し物」
 秋子は、ターコイズのピアスを握らせる。冷静に考えればすぐにわかる優しい嘘に、仲間たちは何も言わずに微笑みを返して。
「私、やっぱりいっしょにいたい……けんかしちゃったからオメガはもう、こえかけてくれないかもだけど。どこかで……すれ違えたら、いいな」
「そうだな。そうなると、いいよな」
 ランドルフはその肩を優しく叩く。
(「偶然抜けられてなきゃ、俺もアッチ側だったのかもな……笑えるほど笑えねえ冗談だぜ……」)
 そして、ぱんと手を叩いた瑪璃瑠が長い沈黙を破った。
「さ! とりあえずボクたちの任務は成功だよ。迎えが来るまで、ちょっとこの辺を探索してみようよ。何探してたのか、気になるし」
 話を変えたその気遣いに、番犬たちは探索を始める。
 かごめは、敵が漁っていた書庫からぼろぼろの書を手に取って。
「竜語、ですね。読めはしませんが……これは竜語魔法の魔術書かと。このホールも、中でドラグナーが竜化できるように作ってある。とするとこの施設は……」
 ごろごろと壁が開き、隠し部屋からリリーが折れた杖を持って、現れる。
「行き止まりの隠し部屋があったわ。中にあったのは……これ多分、ファミリアロッドの一種よ。ここ、ドラグナーたちの武器庫ってわけじゃないわよね?」
 ナクラが調べる祭壇の後ろには、綻びた鎌。彼は携帯で、一つ一つ画像を保存して。
「簒奪者の鎌、か。魔術とか竜化の契約とか、そういう儀式的なことをする場所、って感じじゃねーかな。あ、ヒールしちまうと良くないかもだから、現場は保存しとこうな」
 瓦礫を治そうとしたニーカを、彼は優しく撫でた。
 情報を総合すると、ここは恐らくドラグナーたちが魔導を極めるために研鑽を積む場所の一つ。
 ナクラはため息をついて、首を振る。
「中間管理職が研修するトコに、重要な何かを保管は……フツーしねえよな」
 わかることは、一つ。敵は竜十字島を手当たり次第にひっくり返して、目標を探している、ということだけ。
 歯がゆい想いに胸を焼かれ、陣内は闇を睨んで拳を握り締める。
(「オラトリオの調停期、俺たちを創り上げ、失踪を遂げたというマスタービースト……それを求め、そして狂月病の病魔を操る螺旋忍軍……俺はいつか。必ず……」)

 敵の目標は、いまだ不明。
 それに至る糸は、この闘いと探索の中にあるのだろうか。
 思案の中、迎えのヘリオンの気配を感じ、番犬たちは遺跡を後にする。
 今頃空には、月が昇っているだろう……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年8月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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