城ヶ島制圧戦～蛟哮

■リプレイ

●邂逅の鬨
　周囲に溢れていた他のチームの気配が、千々に遠ざかる。
　ドラゴン。
　橋頭堡で触れたヘリオンの硬い感触を思い出すように右手に視線を落としつつ、エルナ・トゥエンド（主求めし機械少女・e01670）は駆ける。
　──ダモクレスだった……ELNA-0用……コギトエルゴスム……取得した時以来……。
　──十数年ぶり……に、戦う。
　遠く聴こえる潮騒が、脳裏に掠めるノイズのよう。彼女にとってはダモクレスとして生を受けた年月は曖昧だが、それでもなにかが落ち着かない気分にさせる。
　予知通りに辿り着いた拓けた場所で「……！」ディルティーノ・ラヴィヴィス（ブリキの王冠・e00046）は急ブレーキをかけた。仲間達も続き、そして『それ』を見上げる。
　ゆるり、と頭をもたげた姿。
　淡い藍白の鱗の中、澄んだ緋色の瞳がケルベロス達を捉える。きらり、双眸の下に涙型の鉱石が紫苑色に光るのを目の当たりにして、千手・明子（天上天下わたくしがあきらちゃ・e02471）は思わず息を呑んだ。
「……綺麗なドラゴンだな」
　彼女の胸の内を代弁するかのように告げ、覇気のない瞳でキース・クレイノア（角隠し・e01393）が欠伸を零す。
「倒さなければいけないのが勿体ない」
「ドラゴン……というよりも龍だな。強そうだ」
　ふむとラームス・アトリウム（ドルイドの裁定者・e06249）は肯いた。それでも、──と見上げる夜空色の双眸には、怯みのいろはない。
「今回の戦いは引くわけにはいかない」
「……ええ。そして、負けるわけにもまいりませんわ」
　彼の言葉に、きゅ、と唇を引き結び、明子も肯く。
「なにが何でも勝たねば、信じて見送ってくれたお友達たちに顔向けできませんもの」
「そうですね……それに、この大規模作戦には私の知り合いの方も含め、多くのひとが参加しています」
　ひょう、と重さを感じさせない動きで構える鉄塊剣。フィルトリア・フィルトレーゼ（傷だらけの復讐者・e03002）の栗色の髪が剣圧に躍る。
「その方々の安全を確保するためにもこの戦い、絶対に負けられません！」
「……」
　武器を向け、敵意を向けられてなお、敵は、蛟はゆっくりと瞬きを繰り返すだけ。
　──落ち着いた佇まいは好ましいけど、様子見してんのか侮られてんのか……。
　神々しさすら感じるその姿にロロ・ロー（新緑の森守・e09566）はついきつく眉間に皺を刻み、ミルラ・コンミフォラ（ヒースの残り香・e03579）は強く胸元のサシェを握り締めた。奥歯を食い縛り、這い上がる震えを噛み殺す。
　──恐れるな、……恐れるな……！
　無理に息を吐いて強張りを解く。この城ヶ島全域が戦場だ。敵を前にしているのは己だけではない。
　ごう、と燃え上がるのは彼の心。地獄の業火で補う、『勇気』の証。
　──僕が……俺ひとりが、恐れていてどうする……！
　灼熱の炎を写したかのように、忘れ草色の双眸に光が煌めく。踏み締める脚はもう、震えない。
　先を目指してくれる者がいる。だから敗北を選びたくない。
「俺の全てを賭けてでも……勝利へ繋いで見せる──！」

　オﾞォオオオオオオオ！！！！

　同時、島ごと震わせるような咆哮が轟いた。
　音の波動に全身の骨が軋む。叩き付けられた身が痛みを叫ぶ。こうなればもはや物理攻撃の域だ。戦いの始まりを告げる鬨の声、ただそれだけなのに、次元が違う。
　天秤の揺れる杖を掲げ上げたラームスの声が、慈雨が喚ぶ。
「侮ってるわけじゃ、なさそうだな……！」
　更に深く刻み込まれた眉間の皺、けれどロロは笑って見せた。

●境界線
「いかにも涼しげな感じ。余裕ありますって雰囲気がよく伝わるよ。……けど」
　ふふん、と軽く指先でナイフをくるり回して流れるように握り直し、ディルティーノは光を弾く刃の腹を蛟の緋色の瞳へ掲げる。
「その冷静さもいつまで続くかな？」
「──！」
　目を貫いたのは視えぬ過去。カッ、と見開かれたその双眸になにが映り、そしてなにが蛟を襲うのかは、計り知れない。けれど、関係ない。
「問答は無用。……お手合わせ願いましてよ……」
　巨体が揺らぐより速く、明子は自らの胸に手を添えた。噴き上がる炎の花。『瞋恚の炎』。
「わたくしは貴方の敵。守りたいなら、おいでなさい……！」
　大地に陽炎が揺らいで、花は蛇のように蛟を取り巻いた。敵の素性など、知りはしない。ただその感情は、大いに揺さぶらせてもらう。グルル、と喉の奥で唸る警戒の音。それは彼女を、同族へと害なす敵と認識した証だ。
　追い討つように、
「相手は強敵だ、……油断なくな」
　身に纏うオーラを放つ一瞬、どんと空気が震える刹那に、前へ立つふたりの仲間にキースがぽつり告げる。聞こえなければ良いなんて心に嘯く程度の声だったが、彼女達は長い髪を翻し振り向いた。
　噛み合った視線。一見覇気なく見える彼の灰青の双眸の奥に灯る真摯な光を見て取って、
「……もちろん！」「はい！」
　ふたりは鮮やかに微笑んだ。地獄化した右腕が振り上げる、鉄塊剣。フィルトリアは静かな佇まいを崩さぬ蛟を見据え、駆ける。高く跳躍。そのかしら目掛けて振り下ろすのはただ叩き付けるだけの、単純にして峻烈な一撃。
　首ごと弾かれた形の蛟の牙の隙間から呻きが零れ、緋色の瞳が怒りを宿して彼女を睨む。その瞳にひたと向き合い、
「──……」
　フィルトリアは蛟の鼻面を蹴って中空で回転、距離を取って着地した。脳裏を掠めた想いがなんなのか、それを掴み取る前に彼女と入れ替わって躍り上がったのはロロ。
「支配するのもされるのも好きじゃねえけど」
　黄色のミモザの絡む右腕を、蛟の胸へと撃ち抜いた。ぴしっと音を立てて鱗の表層が凍り付く。彼へ従い懐くようにそこに居るミモザへ愛おしげに僅か瞳を和らげたのもひと時。
「支配されれば根腐れちまう……どっちが上か、勝負しようぜ」
　蛟を見据える視線は鋭く、告げる言葉は凜と冴えて。
　敵の視線がゆるりとロロへ向かう隙、エルナが展開する漆黒の鎖。描かれた魔法陣は前衛のふたりを守護するように光輝き、彼女の眼光が長い前髪の下から敵を射抜く。
「守る事なら……エルナはドラゴン……にも、負けない」
　その決意は固く、揺らぐこともない。
　彼女の姿を視野に、ミルラも息を吐く。震える指先は、もう存在しない。
　──ウィスカよ、ゲアラハよ。
　囁くように喚ぶは月下の柳。流水が清光に照らされるが如き、やわらかな癒しの霊力がラームスを包む。
　怒りを誘い狙いを限り、仲間の護りを固める。
　真正面から向き合い立ち塞がった彼らの攻撃が途絶えた刹那、蛟は口を開いた。
「汝ら、なにを求めて牙を剥く」
「！　驚いたな」
　理性のある声にディルティーノが見返す緋色の瞳には、与えられた怒りはよぎるものの、ただ静けさだけがある。ミルラの忘れ草色の双眸が再び揺るぎそうになるのを彼は胸の手を当て地獄の燃える心を確かめ、敢えて見つめ返すことで奮い立たせる。
「……そういうあんたはどうなんだ」
　ねじれた角に、鱗に覆われた翼。形は違えど共通する姿に、キースは問いを落とす。蛟ははっきりと応じる。
「吾は護るために存在する」
　敵はデウスエクス。グラビティ・チェインを奪うため、地球を侵略する。
　かつて大切なひとを奪われた、そして多くのものを失ったフィルトリアにとって看過できない存在ではある。けれど、蛟は今、『ゲート』を、ひいては彼の故郷を護っているに過ぎない。だからこそ、視線を交わして胸に抱いた複雑な感情が、落ち着く場所を探している。
「……困りましたわね。わたくし達もですわ」
　肩を竦めてエルナへ笑い、明子が返せば、ロロが革の手袋を填めた指先を握り込む。それは『やりたい事をやりきれ』と渡されたお守り代わり。海色のひと欠片も甘い小壜も、そして腕のミモザも、彼のやりたいことをただひとつ、示してくれる。
　──守りてぇな。
　森も、ひとも。
　だから告げる。ほんの少しの苦笑を混ぜて。
「守りたいもんが違う以上、相互理解は図れねえよな」
「然様。ならば悔いはなかろう、どんな結末になろうとも──互いに」
　翼が揺れた途端、蛟の背から溢れ出した奔流。氾濫する水流が前衛を呑み込んだ。
「──！」
　水の塊は圧倒的な質量となってその身へと叩き付けられる。
「水使い……、なるほどな。樹木より力を借りる私と、どちらが強いだろうか？」
　まるで嵐のように唐突に襲い掛かり消えた水の暴力に、ラームスが誰にともなく問う。
　薬液の雨が再び仲間を癒す。
　掲げた天秤は、まだ答えを導き出さない。

●牙
　戦闘は、激化した。
　蛟を取り囲むように攻撃手達が縦横無尽に駆け回り、轟く咆哮に護り手達が懸命の回復を行う。
「ガァアアアアア！！」
「ッ！」
　確たる目的を持つ蛟も、倒れるわけにはいかない。損傷が積み重なれば、癒しを求める。
　無論警戒はした。強く地を蹴った明子の回避はけれど、間に合わない。蛟の太い牙が、彼女の肩を深く抉った──その喰いつく咢へ宵色の翼広げた姿が一閃し蹴り開く。甘い香りが散り落ちる星の花から舞い上がる。がくりと膝をつく明子。
「僕も、思いっきり喰らい付いてやるよ──味わいなよ、これが終焉を呼ぶ力さ」
　歌うように告げて空へ抜き放つ刀。その刀身を神火が覆い尽くし燃え上がる。神をすらも喰らい尽くす、『オラトリオの愚者』。
　振り下ろした切っ先は敵の片目を斬り裂き、割れんばかりの咆哮が空気を震わせた。それは敵を排すための狙い定めたものではなく、怒りに喚く悲鳴だ。
　肩で息をする明子の傍へラームスが駆け寄り、種々の薬草の詰まった瓶を素早くいくつか開く。漂う乾いた草の香り。応急セットを用い施すのは魔術も駆使した緊急手術。
　間髪入れずキースの投げた鎌が見事な円を描く軌跡に蛟の鱗を深く斬り裂き、ミルラの炎纏う蔓草が敵の脚を絡め取る。
　激しい戦いの喧噪の中、くす、と。明子は笑う。
「大丈夫よ。わたくしが……ついています」
　表情の変わらぬエルナに向けて敢えて伝えるのは、それでも彼女の視線が自分に向いていると知るがこそ。だからこそ、潰えるわけには、いかない。
　潰えさせるわけにも、いかない。『それ』は、エルナの台詞だ。
「エルナがエルナ……で、在り続ける限り……二人は……やらせない」
　回復というよりも護りを固めることを狙い展開した魔法陣は既に消え失せ、踏み締めた大地。ちらと背後へ落とした視線。
「あきらは……エルナが守る」
　キィィィィ……。
　高周波の波が辺りを揺らす。湧き上がる波動に、桃色の髪が跳ねた。
「……オマエの相手は……エルナだ！！」
「オォオオオオオオオ！！」
　水が、襲う。

　怒りを誘い狙いを限り、仲間の護りを固めつつ、攻撃手が討つ。
　決して悪くない作戦だった。ただ、敵の攻撃力が、想定以上に高かった。そして広範囲における回復力やエフェクトの付与率が期待値よりも低かったこともあり、攻撃の手数が回復へ回ることで、更に戦闘は長引いた。
　蛟の怒りを煽ったとて見境なく術者のみを襲うには至らず、敵には広域を襲う攻撃の種類が多かったことも働いて、ほぼ全員が体力を大きく失うことになった。
「は……っ、けど、逆に言えばそれだけさ。そうだろ？」
　自らも少なくはない傷を負ったディルティーノは告げる。傷には慣れている。まだ、まだ誰も、失っていない。まだ誰も、倒れてはいない。
　腕に展開する、黒い牙。大きく開いた咢。
「さて、キミはどんな味するの？　ミント味かな？」
　おどけて笑う、同時に流動的な黒の牙が蛟を呑み込んだ。くぐもった咆哮がびりびりと腕に伝わる。
「ガァアアアアアアァア！！」
　翼を大きく開く動きでブラックスライムを裂いて逃れた蛟の視界に、すい、と踊る指先。
「……眠れ」
　呼応するように蛟の陰から鋭く天突く攻性植物が傷を増やす。敵が不意の攻撃に瞬時怯んだ隙に、腰を沈めたフィルトリアの繰り出す無骨な刃が、横薙ぎに蛟の胴を打つ。
「アナタには恨みはありませんが……通していただきます……！」
　共に制圧戦に挑む他班の成否にも掛かる、大事な局面だ。ぎりッ、と持ち手を捻り剣の腹を天地に向ける──それを足場に、キースが高く跳躍する。見下ろす緋色の双眸に、灰青の瞳を僅か眇める。
「どっか、違うとこで会えたら良かったな」
　その言葉に潜む意思は地獄の業火に溶かすように揺らめいて、左腕より生まれいづるは、小さな炎。ふよりふよりと燃え上がる雪のように落ちたそいつは、蛟に触れると同時に破砕した。イグニス・ファティウス──『愚かな火』は、ひどく短気だ。
　けれど。
　仲間によるコンビネーションが途絶えた、その間隙。
　怒りによって『前衛』達へと狙い定められた、その暴虐。
「オﾞォオオオオオオ！！」
　猛り狂う、奔流。
「！　あきら……！」
　──ああ、
　流れてしまわないだろうか。髪に挿したかんざしに伸ばそうとした腕は、急流の中で動きもしない。
　耐えに耐え抜いた明子の意識が、濁流に攫われ──ぷつりと切れた。

「オマエ……！！」
　キィィィィ……！
　許さない。許さない。許さない……！
　赤く発光する瞳のいろは、『危険色』。全身で警告を発するエルナだが「！　待て、見ろ」とキースがその肩を掴んで促す。地に伏した明子に、蛟はそれ以上の攻撃を加える素振りを見せない。
　蛟自身ももはや満身創痍であること。それも勿論あっただろう。戦闘が長引いたが故に、ミルラを始めとして積極的に積み重ねた種々の効果が発揮された。
　だが。
「『護る』存在だからって言いたいのか」
　感心と呆れがないまぜになった口調で、ロロが呟く。疲弊と憤怒に蛟の緋色の双眸は濁り、ただ獣のような唸りだけがその喉から低く響いた。
　ならばこちらもと、彼がそう感じたかどうかは定かではない。
　ただ、彼は瞼を伏せた。風に舞う木の葉を、森を呼ぶ。
「秩序を癒し、無秩序を貫く光となれ──」
　木の葉は風斬り貫く鳥の群れとなって蛟を襲う。鋭い嘴を通して森の生命エネルギーが、水の力を得たドラゴンの命の流れを断ち斬った。

　僅かの間、空を仰ぐようにした蛟の巨大な身体がぐらりと揺れて、どう、と地を揺らし崩れ落ちたその瞳の下、涙型の鉱石にそっと触れてディルティーノは苦く笑う。
「……キミのこと、憶えておくよ」
　その呟きに、静かにミルラも瞳を閉じた。

作者：朱凪	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2015年12月9日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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