城ヶ島制圧戦~曇天を裂く

作者:廉内球

 集まったケルベロス達を前に、アレス・ランディス(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0088) は長く息を吐いた。これから語る作戦の規模に、少し緊張しているようだった。
「……よし、では、説明を始める」
 先日行われた城ヶ島の強行調査により、いくつかの事実が明らかになった。その中でも特に重要なのは、『固定化された魔空回廊』の存在に関する情報だろう。
 この魔空回廊を踏破することが出来れば、ドラゴン達の使う『ゲート』の位置を知ることが出来る。『ゲート』の位置が分かれば、破壊する作戦も行えるようになる。それに成功したならば、ドラゴン達は地球を侵略することが出来なくなる。
「そうなれば、俺達は晴れて連中の脅威から解放されるというわけだ。事の重大さは分かってもらえただろうと思う」
 一見して先は長そうだが、今回の作戦も重要な一歩となる。
「件の魔空回廊はそうそう閉じたり壊したりはされんだろうが、向こうに不利な状況が続けば、どう出てくるかわからん」
 ゆえに、今回は魔空回廊制圧を目標とした電撃戦を行う。
 
「このチームは、城ケ島公園に陣取るドラゴンの討伐を担当することになる」
 既に判明している他の敵戦力については、それぞれ別のチームが攻撃を行う手筈になっている。魔空回廊の突破自体も、回廊内での戦闘を想定した別のチームが当たることになる。
「ともかく、わんさか居るドラゴンを倒さにゃ話にならん。あまり状況が悪くなるなら、作戦中止をして撤退する場合もありうるからな。担当分のドラゴンは確実に倒してくれ」
 ドラゴンに到達するまでの経路は、ヘリオライダーが予知している。指示通りに進めば、相手となるドラゴンにたどり着くことはできるだろう。
「道案内なら任せな。……問題はその先だ、敵に関する情報を伝えるから、しっかり作戦を考えてくれ」
 アレスはバインダーにはさんだ資料をめくる。
「お前達の担当分のドラゴンだが……見た目は灰色の毛むくじゃらのワニに、翼が生えたような奴だ」
 曇天と呼ばれるそのドラゴンは、かつて雷雲を喰らい、力を得たという。雷の力を持つブレスを放つ直前、電気を蓄えた毛並みは大きく膨れ上がる。
「毛が長いんで分かりにくいが、爪と尻尾の一撃も侮れんから気を付けろ。いくら見た目がもふもふだろうが、気を抜くとケルベロスでも命に関わりかねん」
 普段は雲のようにのっそりと動くという曇天だが、戦いになれば他のドラゴンと遜色のない動きをする。組しやすそうな相手に見えても、騙されてはいけない。
「どうやら動き回るのは好きではないようだな。はっきり言ってしまえば面倒くさがり、怠け者だ」
 その性格から、戦いにおいては一撃でより多数に被害を与えられるように行動する場合が多いようだ。
「正直に言えば、難敵だ。だがここを乗り切らねば、次には進めん」
 強行調査を無駄なものにしない為にも、作戦は成功させねばならない。
「だから、上手くやれ。それから……何よりも、全員無事に帰ってこいよ」
 深刻な声音を発した後、アレスはなんとか笑って見せた。


参加者
篁・悠(黄昏の騎士・e00141)
ジン・グロッグ(無くした花に永久を誓い・e00407)
シュミラクル・ミラーゲロ(ヴレイビングキャンセラー・e01130)
御崎・五葉(クローバーフィズ・e01561)
月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)
フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)
ロディ・マーシャル(ホットロッド・e09476)
ハインツ・エクハルト(気合いがあれば何とかなる・e12606)

■リプレイ

●青天の霹靂
 ヘリオンを降りた地点から、ケルベロス達は特に襲撃を受けることもなく戦闘予定地点へと進んでいた。念の為、月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)がアリアドネの糸を使用し、撤退経路を明確にしている。
 遠く、雷鳴が響く。光は無く、空も雷が鳴るような天気ではない。ジン・グロッグ(無くした花に永久を誓い・e00407)は空を見上げる。
(「雨が降ったら面倒だったが……」)
 天気は悪くない。であればその雷鳴は、彼らの敵であるドラゴン『曇天』に近づいている証左だろう。
「怠け者ねぇ……そのまま怠けていてほしかったのだけど辛いものね」
 ついでに世の中の厳しさから就職難にまで思いを馳せるのは、白の西洋甲冑を着こんだシュミラクル・ミラーゲロ(ヴレイビングキャンセラー・e01130)。もっともこの場合、曇天に怠ける暇を与えないのは彼女たちケルベロスの方ではある。
 指示通りに道を進むと、開けた場所に出る。その真ん中には灰色の毛の塊。大きさに対してやや長細く見える、ワニのような体形。間違いなく、このドラゴンが討伐対象だと見て取れた。
「すっげーでっけー……」
 感嘆の中にわくわくを隠しきれないロディ・マーシャル(ホットロッド・e09476)。なにせドラゴン、巨大な相手だ。恐ろしくないと言えば嘘になる。しかしそれ以上に、強敵を相手取って自分の力を、仲間たちとの結束を試すことが出来る興奮が大きかった。
「強行調査じゃ、あいつらのおかげで撤退する羽目になったからな……」
 憎々しげに曇天を睨むハインツ・エクハルト(気合いがあれば何とかなる・e12606)は、猫の姿で肩に乗った篁・悠(黄昏の騎士・e00141)にちらりと視線を送る。悠は到着とみて地面に降り立ち、動物変身を解除。
「奇襲の気配はない。存分に戦えそうだ」
 同じチームにいて、同じ思いをしてきたハインツと悠。頷き合い、雪辱戦に挑もうとする二人に、オルトロスのチビ助も吠え声を上げて戦意を示した。
 その二人の後ろで、わずかながら震えている縒は、己を鼓舞する魔法の言葉を唱える。
「今日の縒は猫じゃないよ、ライオンさん」
 ほんの小さな一歩であっても、平和に向かって前進するために。デウスエクスに死を穿つ猛獣とならんと、縒は曇天をきっと見据える。その様子を見て、フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)はふと微笑んだ。
「一匹相手に八人がかりで難敵か。まぁ、僕は役割を果たすだけだけどね。……縒ちゃん、大丈夫かい?」
 緊張した様子の縒が、振り返って固い表情で頷く。そして、口の中で魔法の言葉の続きを紡ぐ。だから大丈夫、フィーちゃんも仲間もいるから、大丈夫と。
 商談に向かうサラリーマンのようにスーツを着込んだ御崎・五葉(クローバーフィズ・e01561)は、首元のネクタイをわずかに緩める。戦場には不釣り合いにも思えるビジネススタイルは、今はビハインドとして傍らに居る、亡き恩人からの贈り物。
「曇天さんもお仕事なのでしょうが、競合相手なら容赦は出来ませんっ!」
 ね、壱さん、と大鎌を持ったビハインドに語りかける。傍らのサーヴァントがふわりと後方に下がる気配を背に、五葉は一つの決意を固める。誰も死なせない。皆守りきって見せると。
 その時、毛むくじゃらのドラゴンがぱちりと黒い目を開けた。そのまま裂けんばかりに口を開いて大あくびをすると、ごろごろと雷のような音が一帯に響いた。
「すげー、さっきのはこいつの鳴き声だったんだな!」
 実に楽しそうな感想を漏らすロディにシュミラクルは、粗野な本性をちらりと見せながら武器を構える。
「そうみたいですね。ま、いいです。とっととおっ始めましょう」
「ああ。総ては! 牙無き人の未来の為にッ!」
 悠が叫ぶと、その装備は最終決戦仕様へと変ずる。潮風に赤いマフラーがなびき、金の装甲が黒地と白を主とした衣装に映える。
 その言葉に応えるように、曇天が咆哮。戦いが始まった。

●雷雲
 真っ先に曇天に向かった前衛のケルベロス達に、曇天は緩慢な動作でその尻尾をひと薙ぎする。勢いを止められた前衛達の間から、ロディがドラゴンに向かって突き進んだ。一撃の威力は低くとも縦横無尽に駆け回り、的確に攻撃を当ててくるロディに、曇天は苛立ったように唸る。
「こっちだこっち! ……やっぱでっかいなー」
 ロディを目で追うドラゴンに、彼はにやりと笑みを返す。面倒くさがりの前情報に違わず、その場に留まったまま尻尾でロディを追い払おうとする。敵の注意が彼に行っている隙に、ハインツが鎖を地面に這わせた。じゃらじゃらと音を立て、前方に魔法陣が形成されていく。普段盾役を担うことの多い彼だが、今回は後方で回復を担っている。前衛の悠を守ってやれない悔しさや曇天への怒りがないわけではない。だがこれが、ハインツの役割だ。首を横に振り、素早い回復で誰ひとり倒れさせまいと誓う。
 そんな彼の決意に気付いたのか、癒しと守護を得た悠がハインツを振り返り、笑った。そしてすぐさまバスターライフルを構えると、発射された光線が曇天の毛を氷で覆っていく。遠雷のような唸り声が響くが、オルトロスのチビ助が放つ瘴気に、ドラゴンはその口を閉じた。
(「こ、怖いけど、逃げたい、けど……」)
 今の自分は隅で震えるだけの子猫じゃないと、縒は自分に言い聞かせる。縒は宿した蔓植物を操り、黄金の果実を実らせる。輝きによる加護は三重となり、ケルベロス達を守る。
「ここで倒れたら、明日出社出来ません。……社長さんに比べたら、曇天さんなんて怖くないですっ!」
 癒しを受けた五葉は、ルーンアックスを手に曇天へと挑んだ。振り下ろされた斧のルーンが輝く。それは曇り空から覗く陽光に似て、毛皮の隙間から光を漏らした。曇天が大きく身震いし、五葉と斧を振り落とすと、その傷口に人の頭ほどの岩が直撃した。五葉が離れるタイミングに合わせ、ビハインドの壱さんが心霊現象を起こしたのだ。
「明日の出勤の心配……真面目ねぇ」
 兜の奥からシュミラクルのため息が漏れ聞こえてくる。直後に行われた主砲一斉掃射の轟音が曇天の雷鳴に似た鳴き声と混ざり合い、轟音となって一帯を叩いた。体の両脇に構えられたレーザーキャノンが光線を発射し終わると、曇天はけいれんしたような動きを見せる。
「うーん、あのもふもふしたドラゴン……レアだなぁ。僕の図鑑に載せないと」
 曇天をじっくり観察しつつ、フィーは愛用の救急箱を開く。がちゃがちゃとぶつかり合う薬瓶の中から一つを取り出し前方に撒く。効果は傷の治癒と、集中力の向上。
 ジンは星々の守護を後衛陣に展開、雷のブレスに備えて守護を付与する。行動を阻害する痺れがこちらの回復を阻害することがあれば、そこから崩れかねない。
「……さすがにめんどくせぇなんて言ってる場合じゃねぇな」
 ケルベロスとしての初仕事は彼の予想より大きなものだったが、態度とは裏腹にやる気は十分。常に最悪を想定するジンの戦法は堅実だ。事実、戦いが進むごとにこの備えが効いてくる。
 ケルベロス達の攻撃を受け、曇天はついに重い腰を上げる。長い毛に覆われて分かりにくいものの、のっそりとケルベロスの方を向き、バチバチと帯電し始める。電気を帯びた体毛は急速に発達する積乱雲の如く広がる。
「来るぞ!」
 それは誰の警告だったか。刹那、稲光が視界を白く染める。

●雲間からの光
 曇天は複数をまとめて攻撃することを好む。対してケルベロス達は、前衛に四、中衛に二、後衛に四と人員を置いた。さらには麻痺に対抗する加護を重ね、回復を厚くした。結果的に、雷鳴のブレスは分散。回復行動を含め、動きを止められることはほとんど無かった。
 しかしそれでも、一撃一撃の威力は侮れず。特に五葉の怪我は比較的重く、彼の満月の力を以ってしても癒しきれない傷が増えていた。
「このままじゃ、まずいかもしれませんね……」
 体力の劣るオルトロスのチビ助は既に消滅、同じく前衛にいる悠も少なくない傷を負っている。他の者が庇うにも限界があった。ジリ貧という言葉がケルベロス達の脳裏をかすめる。だが。
「向こうもだいぶお疲れみたいだぜ。パラライズも効いているようだ。……追加だ、颶風・霹靂火(グフウ・ヘキレキカ) !」
 五葉の呟きに応えたジンは、気を練り上げ雷光の如き速さで曇天へとぶつける。グゥ、と苦しそうな声が裂けた口の奥から漏れ聞こえる。このまま痺れていてくれれば、もう数分は持ちこたえられる。そう思っていたのだが。
 何度目かの光景だった。曇天の毛が帯電し、大きく膨らむ。幾らか凍りついた毛が皮膚を道連れにバリバリと裂けるが、曇天は気にした風でも無く口を開く。喉の奥から放たれた雷鳴が光を伴いながら、ケルベロス達の間をすり抜け、後方へと向かっていく。
「!? 壱さん、危ない!」
「考えてる暇はなさそうね!」
 五葉はとっさに壱さんの盾になろうと飛び出す。壱さんも五葉も体力が危うい今、動かないという選択肢もあった。それでも五葉はブレスの前にその身を晒す。守り切る為に。シュミラクルもまた、電流とフィーの間に入り、要の回復役を守らんとする。
 至近に落ちた雷。音と光が衝撃となってケルベロス達を襲った。
「五葉、大丈夫か!? ……クソッ、誰ひとり欠けずに帰るんだ!」
 起き上がる気配の無い五葉。立ち上がれない彼ではなく、未だ余力のあるシュミラクルにオーラの力を送ったのは、彼にとっては苦渋の決断でもあった。残る後衛の回復は、フィーが請け負う。
「やってくれるじゃないか。なら、魔医の矜持ってやつを見せようか」
 電気には電撃で、と言わんばかりにフィーのライトニングロッドから電撃が迸り、ロディの痺れを癒し、活力を与える。その間に、壱さんは曇天の後頭部へ音も無く移動。振るう大鎌が宿す蒼い炎は、いつにも増して激しい。怒っているのだと、ケルベロス達には見て取れた。
「ここで、押し切らなきゃ……うちには、戦うための爪も牙もあるんだ!」
 飛びかかる縒は獣の本能を極限まで高め解き放ち、曇天の傷口を力いっぱい引っ掻いた。悲鳴めいた咆哮があがり、縒は反撃に備えるが……尻尾も爪も、鈍重に、そして闇雲に動かされるばかり。回避するに難くはない。
「これは、本気でオダブツが近いのかもしれないわね」
 おしとやかな雰囲気は言葉尻だけ。電光石火の接敵を果たしたシュミラクルは、そのまま跳躍。容赦なく曇天の顔を蹴り飛ばす。着地と同時に、甲冑のプレートがガシャンと音を立てる。飛び退るシュミラクルが完全にその場を離れてから、遅れて尻尾が大地を叩いた。
「もうちょっとだ……持ってけ、ありったけ!」
 ロディの神速の乱射が、曇天の毛並みに穴を開ける。曇天の悲鳴はもはやか細く、抵抗らしい抵抗も見せていない。その姿に、ロディは少し残念そうな表情を浮かべる。
 そして悠が、大型バスターライフル・神雷砲を構える。光と共にサポートユニットが召喚されると、神雷砲と共にキャノン砲へと組み上がっていく。
「フォームアップ! ライトニング・キャノン! ターゲットロック! ……碎けぇぇッ!! 討魔神雷激ッ!!」
 最大出力で放たれたレーザービームが、曇天の体毛を焼いていく。そしてその照射が終わるころ、曇天は完全に沈黙していた。

●晴朗なる空
 横たわる曇天の前に、フィーは物おじせず寄っていく。
「なかなか立派な髭をお持ちじゃないか。ちょっと頂くよ」
 フィーは曇天の髭を引き抜くと、しげしげと観察を始める。その後ろを、ロディが通り過ぎた。ロディは曇天の亡骸の周囲をぐるぐると歩きまわり、その大きさを実感する。
「こんなでっかいのが生きてて動いてて……オレたち、それを倒したんだな」
 ケルベロス達は、果たすべき役割を果たした。それは作戦全体への大きな貢献になったことだろう。
 少し離れて、ハインツが五葉の怪我を癒そうと試みる。五葉がうっすらとクローバー色の瞳を開けると、ハインツは心から安堵して笑う。
「良かったぜ、生きてたみたいで」
「……他の皆さんは、無事ですか?」
 五葉の問いに、ハインツは頷く。誰も死なせない、守り切ると、同じ決意を持って戦った二人。ハインツは五葉に肩を貸し、帰還の準備を始める。
「他の班は大丈夫だろうか」
 悠があたりを見回す。このチームにはまだ、動ける者はいる。余力あれば他班の救援を、と考えてはいた。しかし、曇天との戦いにそれなりの時間を費やしていることも、また事実。
「これから向かっても、もう終わってる可能性が高いわね」
「いいとこに入っていって、面倒なことになっても困るしな」
 シュミラクルとジンも、ひとまずは一旦引き返そうという結論に至った。約束があったわけでもなく、他班の状況も分からない今、不用意に動くのは得策ではないだろう。
「少しでも、平和に近づいたかな」
 縒の小さな独り言に、仲間達は頷く。デウスエクスという厚い雲を晴らす。その為の確かな一歩を、彼らは踏み出したのだった。

作者:廉内球 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月9日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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