羨望と憎しみの選定劇

作者:雷紋寺音弥

●燃える大舞台
 劇場が燃えていた。それは比喩でも、ましてや劇の演出でもなく、本当に舞台が燃えていた。
 逃げ惑う人々の中に混ざって、劇の演者達もまた逃げて行く。もはや、劇団員も観客も関係ない。火の手が及ぶよりも先に逃げ出そうと、人々は非常口に殺到している。
 だが、そうして人々が逃げ出した劇場の中に、未だ倒れている者がいた。舞台装置の大道具が倒れた際に下敷きとなり、動けなくなってしまったのだろう。
「う……だ、誰……そこにいるのは……」
 目の前に人の気配を感じ、劇団員の女性が顔を上げた。
「うふふ……ようやく、私にもツキが回って来たわ。今まで、耐え忍んで来た甲斐があったわね」
 そこにあったのは、彼女の良く知る後輩の顔。だが、普段は大人しく、挙動不審とも思える後輩の表情は、恐ろしい程の自信と冷酷な笑みに満ち溢れていた。
「あ、あなた……織江さん? お、お願いよ……私を、ここから出して……っ!?」
「ふざけるんじゃないわよ! 私が、あんたの付き人みたいな関係になって、この劇団に潜り込んだのは、全部あんたから主役の座を奪い取るためよ!」
 そのために、そちらの演技は全て学ばせてもらった。それを以てすれば、次の舞台では主役の座を勝ち取ることも夢ではないと、織江と呼ばれた女は劇団員の女性の手を踏みつけて叫び。
「そういうわけで、あんたからは、もう学ぶことは何もないわ。せいぜい、そこで焼け死んでね」
 それでも差し伸ばされた手を鬱陶しそうに払って、織江は職員用の非常口を目指し、歩いて行く。未だパニックの続く正面玄関とは反対に、裏口は随分と人気がなく閑散としていた。
 このまま行けば、逃げられる。そう思って扉を開けた織江だったが、火災においては迂闊な行為。
「……ぎゃぁっ! わ、わたしの顔が……顔がぁっ!!」
 扉が開け放たれたことで空気が入り、急激に燃え上がった炎が織江の顔面を直撃した。驚いて転んだところで、今度は立てかけてあった機材に触れてしまい、バランスを失って倒れたスタンド式の照明が、彼女の頭を直撃した。
「う……そ、そんな……。私……は……」
 こんなところで、死にたくない。先程の行いを棚に上げて足掻く織江だったが、そんな彼女の下へ近づいて来る足音が。
「ほぅ……主演の座を奪うために敢えて付き人のふりをし、用が済めば見殺しか。なかなか、外道な心の持ち主のようだな」
 足音の主が、織江を見るなり満足気な口調で呟いた。いったい、こいつは何を言っているのだろう。そう、織江が考えるよりも先に、彼女の首元に鋭いナイフが突き立てられた。
「……かはっ!!」
 一撃で急所を貫かれ、織江は炎の中、血溜まりに沈んだ。が、それ以上は何も起きず、足音の主は大きな溜息を吐いて織江の首からナイフを抜いた。
「ふむ……最後の最後で偽りの仮面を捨てきれず、人間として死ぬことを選んだのか? まあ、どちらでも構わぬ」
 人間など、所詮は偽善という仮面を被って生きている生き物だ。数を稼げば、いずれは当たりを引くこともあるだろう。
 褐色の肌に、白い仮面。奇妙な容姿のままにナイフを納めた男の背には、黒いタールの翼が生えていた。

●欺瞞と偽善の仮面舞踏会
「招集に応じてくれ、感謝する。翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)が懸念していた通り、多くの人が集まる劇場が、デウスエクスの襲撃を受けることが予知された」
 出現するデウスエクスの種類はシャイターン。襲撃の目的は、エインヘリアルに相応しい魂の選定だ。そう言って、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)は集まったケルベロス達に、事件の詳細を語り出す。
「襲撃に遭うのは、現在も舞台が公演中の劇場だ。収容人数は、観客と劇団員、その他の関係者も含めて500人程度。関係者用の裏口を除けば、出口は正面玄関しかないようだな」
 施設の構造からして出口の広さも余裕はあるが、それでも一度に数百人の人間が押し寄せれば、パニックになるのは想像に難くない。そして、そんな混乱に乗じて、シャイターンは岡部・織江(おかべ・おりえ)という見習い劇団員に目を付けると、彼女を殺してしまうという。
「この、岡部・織江なんだが……どうも、劇団の花形女優である木島・美菜(きじま・みな)の付き人になる形で劇団に入り、彼女の演技を影から盗み見ることで、自分のものとしていたようだ」
 そして、美菜の演技を全て模倣できるまでに至ったことで、織江は事故にあった美菜のことを、これ幸いとばかりに見捨てて逃げ出した。が、脱出寸前で自分も不注意から事故に遭ってしまい、そこをシャイターンに狙われ、殺されてしまう。
「はっきり言って、自業自得な面も否めないが……それでも、人が殺されるのを、黙って見過ごすわけにもいかないからな」
 どちらにしろ、劇場を襲うシャイターンは倒さねばならない。敵のシャイターンは白い仮面で顔を覆っており、炎と熱砂、そしてナイフを武器に使うらしい。
「織江が襲撃されるのは、劇場の裏口に近い廊下だな。彼女が美菜を見捨てて逃げ出した後であれば、建物のヒールや一般人の避難誘導を行っても、予知の結果には支障ないぜ」
 ただし、慌てて裏口から突入すると、織江と鉢合わせたことで予知が変わり、シャイターンが別の場所にいる人間を先に殺してしまう可能性がある。できることなら、他の侵入経路を考えた上で、織江の下へ向かうのが良いだろう。
「シャイターンによれば、人間は誰しも、偽善の仮面を被っている下衆ということらしい。確かに、どんな人間も心の中に僅かな悪意が潜んでいるものだが……しかし、それを人間の本質と言われるのは心外だな」
 偽りの仮面で顔を隠すシャイターンを、偽りなき真の正義で叩き潰してやってくれ。
 最後に、それだけ言って、クロートはケルベロス達に改めて依頼した。


参加者
千手・明子(火焔の天稟・e02471)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
カタリーナ・シュナイダー(血塗られし魔弾・e20661)
八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)

■リプレイ

●業火からの脱出
 燃える劇場から、人が雪崩のように溢れ出す。数少ない避難経路である正面玄関へと我先に殺到した結果、彼らは互いに互いの道を塞ぎ、避難をより困難にしてしまっていた。
「さっさと退け! 俺を外に行かせやがれ!」
「ちょっと! こっちの足を踏んだの誰よ! お気に入りのヒールが壊れちゃったじゃないの!」
 出口から、人の波と共に溢れ出して来るのは、聞くに堪えない自己中心的な言葉ばかり。まあ、危機的状況になれば周囲が見えなくなるのも仕方ないとはいえ、これではシャイターンの思う壷だ。
「まったく、酷い有様だな。人間の本性は、こういう時に出ると言うが……何の訓練もされていない一般人では、それも仕方のないことか」
 カタリーナ・シュナイダー(血塗られし魔弾・e20661)が、呆れながらも自らの衣服を最終決戦に赴く者のそれに変えて行く。今、ここで戦う必要はないが、人々の心を鼓舞するのには十分だ。
「いい加減にしないか、お前達! こういう時こそ、落ち着いて最善の行動を考えろ!」
 元ドイツ軍教官仕込みの、ドスの効いた声が周囲に響き渡った。一瞬、集団の視線が自分へ集中したところで、カタリーナは立て続けに逃げ出す観客達へ向けて畳みかけた。
「生き残るためのコツは、まず冷静になることだ。焦って取り乱したら負けだぞ」
 戦場にしろ災害現場にしろ、慌てて自分を見失った者から死んで行く。そして、それは時に大勢の人間をも巻き込んで、被害をより拡大させてしまう。
 無事に生きて逃げ延びたければ、頭を冷やしてこちらの話を聞け。カタリーナの声にハッとした様子で顔を上げる者、怪訝そうな表情を浮かべている者と様々だったが、とりあえず人々の意識を集中させられたのだから、それで良い。
「すみません、少し通してください。皆さんは、正面玄関から落ち着いて避難を……」
 肩にボクスドラゴンのシャティレを乗せた翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)が、人の波を分け入るようにして、劇場の奥へと進んで行く。彼女の放つ風に当てられた者達は、今までの喧騒が嘘のように、落ち着いた様子で列を作り劇場の外へと出て行った。
「さて……私は、木島君を助けに行こう。その間、岡部君の方は君達に任せたぞ」
「ええ、わかったわ。……正直、あまりお説教とか、足止めとかは得意じゃないんだけどね」
 それでも、ここまで来たらやるしかないと、八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)に千手・明子(火焔の天稟・e02471)は頷いた。
 燃え盛る火炎の勢いと、それが放つ熱気にやられ、劇場の窓ガラスが割れて行く。それは、人々の心に巣食う憎悪を体現するかの如く、黒い煙を巻き上げながら、全てを飲み込もうと広がっていた。

●嫉妬と羨望
 黒煙が広がり、徐々に火の手が迫る中、岡部・織江は残された微かな意識で懸命に手を伸ばしていた。
 こんなところで、終わってたまるか。自分は今まで、何のために屈辱に耐え、好きでもない相手の付き人などしていたのだ。
 彼女の中に渦巻く嫉妬や憎悪。それは彼女の命を辛うじて繋ぎ止めていたものの、しかし同時に、より大きな悪意を呼び寄せるには十分だった。
「ほぅ……主演の座を奪うために敢えて付き人のふりをし、用が済めば見殺しか。なかなか、外道な心の持ち主のようだな」
 近づく足音に合わせ、悪意の主の声がする。霞んだ視線の先に見える、刃の切っ先。それが織江の首筋目掛けて、寸分狂わず振り下ろされた時だった。
「食い止めなさい、シャティレ!」
 風音の声が響くと同時に、翡色のブレスがナイフを振り下ろそうとしていた腕に降り注ぐ。さすがに、不意打ちは防げなかったのか、織江を手に掛けようとしていたシャイターンは、白い仮面の裏で舌打ちをした。
「……ケルベロスか。何故、邪魔をする? この女は、ドサクサに紛れて同僚を謀殺しようとするような、性根の腐った人間だぞ?」
 そんな者まで助けようなど、お笑い草だ。嘲笑するシャイターンだったが、風音に代わり明子が叫んだ。
「それを決めるのは、あなたじゃないわ! 善とか悪とか偽善とか……レッテルを貼るのは簡単だけど、断罪出来るのは誰でもない。美菜さんだけよ」
 もっとも、闘争を本分とするシャイターンには、決して理解できない感情だろうが。それだけ言って、明子は刀の先をシャイターンへと向ける。
「ふっ……なるほど、面白い。だが、そこの女を守りながら、私を倒せるなどと思うのは傲慢というものだ」
 シャイターンの手に、灼熱の業火が揺らめいた。確かに、彼の言う通り、このまま戦えば織江を巻き込んでしまい兼ねない。
「シャティレ、織江さんを、早く安全な場所へ連れて行きなさい」
 照明スタンドを押し退け、風音は相棒を自分ではなく織江の守りへと向かわせる。数的有利を取れない状況で、更に味方の数を減らすのは心苦しいが、それでも背に腹は代えられない。
「わたくし達で力を合わせれば、あんなシャイターン如き、どうってことないわ」
 こちらに注意を引き付けるべく、明子が敢えて強がりを言ってみせた。が、その言葉の真意に気付いているのか、仮面の裏で不敵な笑みを絶やしてはいなかった。

●燃える舞台
 劇場を覆う炎は留まるところを知らず、その勢いは加速度的に増して行く。噴き出す煙は、既に廊下だけでなく、劇場の舞台上にまで及んでいた。
「う……うぅ……」
 呼吸さえままならぬ状態のまま、木島・美菜は何かに縋るようにして、力なく手を伸ばすことしかできなかった。
 自分は、このまま死んでしまうのか。未だ千秋楽さえ迎えていないというのに、こんな場所で、誰にも知られず。
 赤い炎が、どんどん自分の方へと近づいて来る。もはや、どう足掻いても助かることは不可能だ。不思議と、諦めに似た感情に身を委ねると、身体が軽くなったような気がしたが。
「……え?」
 いや、気がしたのではなく、本当に軽くなったのだ。なぜなら、彼女の上に圧し掛かっていた舞台装置が、いつの間にか取り払われていたのだから。
「木島・美菜だな。もう、大丈夫だ」
 崩れた舞台装置を脇に放り投げ、紫々彦が言った。身体の痛みを堪えて頷く美菜だったが、直ぐに何かを思い出したような表情になり、紫々彦に寄り掛かりつつも懇願した。
「お、お願いです! 私の他に、もう一人……裏口の方へ逃げた、後輩の子がいるんです!」
 美菜の言う後輩が岡部・織江であることを、紫々彦は直ぐに察した。自分を見捨てて逃げようとした者の安否を心配するなど、あまり理に適った行動ではないような気もするが。
「……あの子とは、次の主役の座を賭けて、正々堂々と勝負したい……いえ、勝負を挑まれたいんです」
 我儘だということは、解っている。それでも、可能な限り助けて欲しいと、美菜は紫々彦に頭を下げた。
「……了解した。だが、まず今は、ここを脱出することが先決だ」
 気が付けば、火の手は直ぐ傍まで迫っており、煙も部屋に充満しつつある。このまま、高温の煙に火が付けば、それだけで天井が崩落する大災害に成り兼ねない。
 未だ自分では満足に立てない美菜に肩を貸し、紫々彦は彼女を出口の方へと誘導した。身を屈め、煙を避けながら正面玄関を出ると、そこには人々の避難を終えたカタリーナが待っていた。
「状況は?」
「地元の警察と消防も来てくれた。後は、シャイターンを片付ければ、建物が燃え尽きる前に鎮火できるだろう」
 ここから先は、公的機関に任せよう。そのためにも、元凶であるシャイターンを排除しなければ。
 互いに頷き、紫々彦とカタリーナは裏口へと急いだ。現場に到着した時刻から逆算すると、足止めに向かっている者達の状況は、決して良くないだろうと思われた。

●幻砂と虚像
 燃える廊下を吹き荒れる、凄まじい熱風と砂塵の嵐。織江を狙って現れたシャイターンを足止めすべく戦う明子と風音だったが、状況は極めて悪かった。
「どうしたのかね? 威勢が良いのは、最初だけか?」
 仮面のシャイターンは、先程から同じ場所に立ったまま、一歩も動こうとしていない。お前達など、その場に立っているだけでも倒すことができる。そう言わんばかりの態度だったが、彼にはそれを言ってのけるだけの実力があった。
「ま、まだよ……。まだ、わたくしは終わっていませんわ……」
 気合いだけで立ち上がる明子だったが、彼女は既に防戦一方だった。織江を逃がすため、風音のシャティレまで欠いてしまった今、この場にいるのは、たったの二人。その上で、風音を庇って戦い続ければ、当然のことながら明子の消耗は激しくなる。
「う……くぅ……」
 それに加え、風音に至ってはシャイターンの放つ幻影に、完全に翻弄されてしまっていた。
 吹き荒ぶ熱砂は、いつしか吹雪へと変貌して見え、もはや敵と味方の区別さえつかない。温度の感覚さえなく、熱いのか寒いのかも解らないまま、周囲に立つ者が全て自分の仇に見える。
「「「フフフフ……ハハハハハッ!!」」」
 気が付けば、無数のビルシャナが風音の周囲を取り囲んで笑っていた。これは現実ではない。目の前の光景は、全て過去に終わったことだ。そう、頭では理解していても、心の方が追い付かない。
「これまでだな。一思いに、楽にしてやろう」
 紅蓮の炎を携えたシャイターンの姿と、その手に氷輪を出現させたビルシャナの姿が、風音の中で重なって見えた。その瞬間、幻影と現実が交差した一点を、風音は決して見逃さなかった。
「……花の女神の喜びの歌。春を謳う命の想いと共に響け!」
 こんなところで、倒れてたまるか。相手が悪意ある幻の冬を見せるというならば、こちらは花と春の女神の歌で、その虚構を吹き飛ばす。悪夢が過去より追い付いて来るというのであれば、自分はそれを振り切って、更に先へと進んでみせる。
「ほぅ……私の幻影を振り払ったか。だが、所詮は死ぬのが少しばかり遅くなった程度に過ぎん」
 風音が立ち上がってもなお、シャイターンは勝利を確信して揺るがなかった。だが、そんな余裕はいつまでも続かない。彼が再び炎を放つよりも早く、凄まじい光の奔流が、後方からシャイターンへと命中して吹き飛ばしたのだ。
「どうやら、間に合ったようだな」
「……ぐぅっ! あ、新手か!?」
 受け身を取りながらシャイターンが仮面の奥で光の元に視線を向ければ、そこにいたのはカタリーナだ。反撃しようと掌に炎を集めるも、それよりも先に、紫々彦の蹴りがシャイターンの頭を仮面諸共に吹き飛ばした。
「残念だったな。こちらの戦力が整った以上、万に一つも勝ち目がないのは、そちらの方だ」
 状況は変わった。諦めるなら今の内だと紫々彦が告げたが、当然のことながら、その程度でシャイターンが諦めてくれれば苦労はしない。
「私の仮面を剥ぎ取り、その下の素顔を拝むとは……。その選択が、いかに愚かなことであるか、今から身を以て教えてやろう」
 素顔を露わにしたシャイターンの顔が、怒りの表情に染まって行く。ここから先は、遠慮も手加減も必要ない。
 お互いに、退くという選択肢は持ち合わせていなかった。燃える劇場の中、ケルベロス達とシャイターンによる、最後の戦いが始まった。

●仮面を捨てて
 劇場を襲った、白き仮面のシャイターン。仮面を奪われたことで、いよいよ本気を出して来るかに思われた彼ではあったが、しかしケルベロス達も負けてはいなかった。
 仲間の数さえ揃ってしまえば、相手は所詮、一人だけ。個々の力では劣っていても、連携を密にすれば決して勝てない相手ではなく。
「これ以上は、好き勝手にさせません」
 風音の駆る鎖が縦横無尽に宙を舞い、敵の熱砂や炎を妨げる結界を成して行く。その隙間を縫って攻撃しようと狙うシャイターンだったが、それはシャティレが身を挺して攻撃を受けることで、完全に防がれてしまっていた。
「逃げ場はないぞ。この建物の中にも……いや、この世界の、どこにもな!」
 咄嗟に退いて体勢を整えようとしたシャイターンに、紫々彦の放った如意棒の一撃が炸裂する。伸縮自在の棍は瞬く間に廊下の端から端まで伸びて、タールの翼を貫く形で敵の身体を叩き落とし。
「あなたに奪われたもの、きっちり奪い返させてもらいますわ!」
 明子の放った炎が、タールの翼を焼き尽くす。粘性の高い漆黒の液体が、高温に焼かれて溶け堕ちてゆく。
「お、おのれ……。貴様達は、何も解ってはいない。人間など、所詮は心の奥底に悪意を抱きつつ、それを隠して生きなければならぬ、脆弱な存在だというのに……」
 だからこそ、そんな無価値な命を有効活用してやるのだと、悪態を吐きつつ立ち上がるシャイターン。しかし、その言葉を聞いたカタリーナの反応は、至極冷たいものだった。
「悪意か……。私がデウスエクスに対して抱いているのは紛れもない悪意だし、誤魔化すつもりもない。だが、それがどうしたというのだ?」
 その悪意こそが、自分がデウスエクスと戦う原動力。醜く汚いと、笑うならば勝手にしろ。しかし、誰しもが悪意を隠し、弱々しく生きていると思ったら、それは大間違いだと知るがいい。
「私の部下は、貴様の仲間に殺された。あいつらを弔うためには貴様らを葬るしかない」
 これは復讐であり、自分への罰。悪鬼羅刹となることでしか仲間への手向けにならないというならば、自分は修羅にでも悪魔にでも平気でなろう。
「死んだ部下達の為、そして私自身の為……憎悪の刃に掛かって滅べ!」
「ぐ……あぁぁぁぁっ!!」
 炸裂するガトリングガンの銃弾が、シャイターンの身体を瞬く間にハチの巣にして行く。それでも、カタリーナの攻撃は止まらない。その銃弾が紅蓮の炎弾と化し、醜き妖精の身体を撃ち貫いて、骨の髄まで焼き尽くすまで撃ちまくった。
「これで、終わったわね。後は、美菜さんと織江さん次第だけれど……」
「そこは……彼女が美菜さんから学んだものが、演技だけではないと信じたいですね」
 戦いの終わった劇場の廊下で、明子と風音は互いに呟いた。もっとも、美菜が紫々彦に告げた言葉を知れば、二人とも自分の心配が杞憂であったと知るだろう。
 人は皆、どこかで仮面を付けて生きている。しかし、それは必ずしも悪ではなく、また時として、仮面を被らず常に素顔で人と接することのできる者もいる。
 舞台というなら、人生そのものも、また舞台。美菜と織江。二人の女優が真に己の力を以て決着を付けられること祈りつつ、ケルベロス達は焼けた劇場を後にした。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月31日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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