白花の調べ

作者:秋月諒

●白蘭のアルラ
 ごぉおお、と音を立てながら照明が崩れ落ちた。夏祭りを知らせるポスターは血に濡れ、星の飾りは血と泥に汚れる。
「そう。これが自由……これが大地。これが、営みというものですか!」
 既に悲鳴は絶えていた。商店街ーー大通りへと続く小道にあった賑わいなど等になく、娘に逃げなさいと叫び襲撃者の足をとった母親が宙を舞った。
「ふふ、うふふふふふふ」
 襲撃者は笑う。白い髪を靡かせ、血に濡れたその手を空に掲げる。泣き崩れた娘の姿など襲撃者ーー罪人エインヘリアルの目には入っていないのだろう。ただ思うがままに首を跳ね、逃げる姿を眺め右か左かと笑っては剣を投げ、串刺しにした先で懇願を聴き終えた所で腕を落とした。
「ぁあ、ぁあああああああ!」
「さぁ、終わりまでの間。貴方はどれほどの言葉で私への賛辞を与えてくださるかしら? それとも怒りに変わるかしら? 貴方たちの営みを声を、さぁ私に聞かせてちょうだい!」
 そうしたら、今度は足で終わりにしてあげるから!
 血に濡れた手でルーンアックスを構えた罪人エインヘリアル・白蘭のアルラはくふ、と笑った。

●白花の調べ
 また、と眉を寄せ声を落としたのは長身の青年であった。数日ぶりに上がった雨の名残を残す髪を揺らしたサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は息をついた。
「あの辺りのカフェをデウスエクスが襲撃するんじゃねぇかとは思ったが……」
 面倒なのが出てきたみたいだな、と僅か眉を寄せたサイガにレイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は頷いた。
「はい。サイガ様から頂いた情報通り、エディブルフラワーのカフェをエインヘリアルが襲撃する事件が予知されました」
「エディブルフラワーのカフェ……、食べられる花、だっけ?」
 へぇ、と反応して見せたのは三芝・千鷲(ラディウス・en0113)だ。はい、と頷いたレイリが都内の商店街を告げた。
「食用花、ですね。こちらはデザートを専門に扱うお店があるんですが……ちょうどオープンして一周年のイベントをやる予定だったそうです」
 大通りから少し離れた場所ではあるが、カフェや他にも花屋のイベントが行われていて商店街は賑わいを見せていたらしい。そこにエインヘリアルによる襲撃が予知されたのだ。
「白蘭のアルラと呼ばれるエインヘリアルです。過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者らしく、人々の懇願を聞きながら命を奪うのを好むようです」
 放置すれば多くの人々の命が奪われ、齎された恐怖と憎悪が地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせることとなるだろう。
「今から向かえば、白蘭のアルラが人々を襲う前ーー襲撃のそのタイミングに入り込めます。ケルベロスが来たと言えば、白蘭のアルラは人々よりも先にケルベロスを狙ってきます」
 それこそが人々の心を砕くと、そう知っているからだ。
「急ぎ現場に向かい、白蘭のアルラを討伐してください」
 戦場となるのはカフェのある商店街ーーその一角にある噴水広場だ。
 白蘭のアルラが暴れ、噴水が破壊された時には辿り着けるだろう。足元は少し滑るかもしれないが、気をつければ態勢を崩すこともない。
「円形の空間は広く、戦うには問題のない広さです。人々の避難は、お任せを。皆さまにはエインヘリアルの撃破をお願い致します」
 出現するのはエインヘリアル一体。配下の姿は無い。
 白い髪を揺らし、武器はルーンアックスを扱う。動きこそ素早いが、防御力はそう高くは無い。
 エインヘリアルは使い捨ての戦力として送り込まれているため、戦闘で不利な状況となっても撤退することは無いだろう。
「それともし、全てが無事に終わったら皆様でエディブルフラワーのカフェに寄っていただけませんか?」
 何も無ければーーエインヘリアルによる襲撃が無ければ、楽しい一周年のイベントをする筈だったのだ。店主がこの日の為に用意したケーキもある。元々大きな店ではなく、沢山のケーキが用意されていた訳では無いのだがーーそれでも、無駄になってしまうよりはきっと良いだろう。
「商店街をヒールしてからとなるとは思いますが、皆様でもし良ければ」
 お土産には感想を聞かせてくださいね、とレイリは微笑んでケルベロスたちを見た。
「アスガルドで凶悪犯罪を起こしていたような、危険なエインヘリアルを野放しにすることなどできません。サイガ様から情報をいただき、こうして先に動くことができます」
 一礼をサイガへと送り、レイリはケルベロスたちを見た。
「知っている分、分かっている分。好き勝手にはさせません。では、行きましょう」
 皆様に幸運を。


参加者
藤守・つかさ(闇夜・e00546)
春日・いぶき(藤咲・e00678)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
四十川・藤尾(七絹祷・e61672)

■リプレイ

●強奪の襲撃者
 轟音と共に噴水が砕け散っていた。吹き上がった水が一瞬、虹を描きーーその中で襲撃者は笑っていた。
「これが自由、これが大地。営みというものですか!」
 逃げなさい、と襲撃者ーー罪人エインヘリアル・白蘭のアルラは告げる。親は子の手を取り、兄は妹を庇い。そんな光景を見たいのだと。
「そして私に懇願を……」
「おやまあ派手に壊しちゃって」
 は、と顔を上げたアルラの前、戦場へと踏み込んだ男は、ふ、と笑う。慌てて立ち上がった少女を視線で追いかけようとしたアルラの前、たん、と軽やかに踏み込んでキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は言った。
「ケルベロさまのお出迎えにゃ品が無ぇンじゃねーの」
「ま、今日も暑ぃし?」
 噴水砕けての水浴びも、こりゃドーモご親切にっつう具合じゃね、とサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は笑う。瞳をゆるり、と細め、歩を進めようと、飛び出そうとしたアルラの軸線に身を置く。じゃら、と手にした猟犬の鎖が揺れた。
「なあに、精々乾くまでは遊んでくれんだろ?」
 口の端をあげ、サイガは笑う。壊れた噴水から落ちる水が、ぱた、ぱたと男の頬を濡らせばーーくは、とこの惨状の主・白蘭のアルラは笑った。
「良いでしょう! 貴方達の首を並べるのも楽しみです」
 そうして彼らがどう思うかも。楽しそうに笑いアルラはルーンアックスを掲げた。
「さぁ、懇願に至る戦いを!」
 勢いよく振るわれた斧から風が走った。狙いはーー後衛か。だが、た、と地を蹴った青年がそこに踏み込む。
「やらせん、お前の相手は俺達だ」
 未だ、逃げる市民と敵の間に強く踏み込むようにして御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)は立った。ざん、と肩口抉れはしたが、その程度。敵の意識を引き付けるように静かに告げ、ゴォオ、とカラフルな爆風が生まれる。援護の淡い光の中、同じように庇いに踏み込んでいたアラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)が声をあげる。
「先生、いくぞ!」
「空木」
 アラタのウイングキャットと、蓮のオルトロスが援護に加わる。淡い光に、アルラは息をついた。
「そればかりで私と遊ぶ気と?」
「お前に何ひとつやるものなどないわね」
 声は、重なる加護の向こうから来た。穿つ銃撃と共に、たん、と踏み込んだアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)は告げる。
「私達の営みは、お前を楽しませる為のものではないのよね」
 衝撃に、アルラの体が僅かに浮く。武器を縦に構え、僅か散らせども攻撃手であるアリシスフェイルの一撃の威力は高い。
「……ッ良いわ。痛みも、自由を得た私には愛おしい」
 だからこそ、とアルラは吠えた。
「私も貴方達にあげたくなるの」
 うっそりと笑い、懇願を望む罪人は地を、蹴った。

●希求
 水飛沫が、剣戟と共に跳ね上がる。火花さえ食うように、は、と笑ったアルラの斧をケルベロス達は弾きあげる。僅か、浮いた体。一瞬だけだと笑う罪人へと真横から一撃を叩き込んだのは四十川・藤尾(七絹祷・e61672)だ。
「な……!?」
「随分と楽しそうですこと……私とも、遊んでくださいな」
 あなた、と藤尾は囁く。甘く蠱惑的な女の声音は、だが空間を歪め、力をひとつ紡いでいた。呼んだ女と呼ばれた者。生じた因果の先、二塊の焔のようにそれはアルラを縛っていた。
「これは……!?」
 縄の名を持つ術式は罪人を捉えた。その足、払う為の一振りがーー止まる。
「貴女こそ、どんな風に縋り、どんな声で鳴いてくれるのでしょうね……。獲物となった、気分はどうです?」
「そのような、こと!」
 私は、とアルラは叫び、斧を振るった。斬撃と共に縛りがとれる。抜け出した、とそう思った罪人に女が微笑んだとも知らずに。互いの落ちた血が足元を染めていた。
「私が、全てに懇願させてみせるのよ……!」
 だん、と踏み込みと同時に、素早く振り回した斧が重い衝撃波を生んだ。爆圧の風に水が舞い上がり、ザン、と重みが腕に返る。あぁ、と春日・いぶき(藤咲・e00678)は息をついた。
「狙いはこちらでしたか」
 ですが、と癒し手たる青年は告げる。後衛を、要と見たか、それともーー落とすに容易いと見たのか。指先を血に濡らしながら、だがいぶきは立っている。他の後衛陣も同じように。その奥には、商店街の飾りが残っていた。血に濡れ、破れてはいたが、ついさっきまで人々の営みが残っていた証拠が。
 既に一般人の避難は完了し、アルラの意識の全てはこちらに向いている。何よりその動き、命中の制度が鈍ってきているのだ。重ね続けた制約の結果。その分、傷はこちらに多いがーー回復は、できる。
「暑さに負けずに夏を楽しむ人達の邪魔は、させません」
 熱のような痛みに息を落とし、それでもひとついぶきは微笑み告げた。
「幸せで、ありますように」
 ハッピーエンドを謳う黒兎の幻影は癒しを紡ぐ。加速する戦場に、舞い上がる水が消えていく。ぱしゃん、と聞こえていた水音が途切れ、剣戟が、火花が空気に残っていた。

●白蘭
「さぁ、懇願の準備は出来たか?」
 振り下ろされる斧に、は、と笑う罪人に藤守・つかさ(闇夜・e00546)はナイフを振り上げた。ガン、と一度重く、だが刀身に滑らせ前に、行く。
「尤も、懇願されようが見逃したりはしないけどな」
「な……っ」
 軸線をズラし、空を切った一撃を前に踏み込む。アルラの間合いへと。薙ぎ払う一撃が、罪人の傷跡をなぞっていく。刃が、沈む。
「っく、こんな!」
 叫ぶ声と共に、荒く斧が振るわれた。距離だけを取らせるそれに、たん、と素直に身を飛ばす。踏み込む仲間の足音が聞こえたからだ。
「なら、援護だな。三芝も頼むな、頼りにしてるぞー!」
「仰せのままに」
 笑って頷いた三芝・千鷲(ラディウス・en0113)が制約を払い、アラタの回復は加護と共に踏み込むその背に託す。た、と駆ける足音は二つ。阻むように振るう斧を、蓮と藤尾が払いあげればーー最早戦場に踊るのは炎だけだ。
「惑え、」
 紡ぐ、一言はキソラのもの。は、と息を飲んだ罪人の体が傾ぐ。そのつもりなど無いのだろう。驚愕が溢れ、何故と息を飲む。
 全ては溢れる彩。彩は霧散し、その目を、耳を、感覚を惑わす妨碍となる。
「私は、自由を……っ」
 踏み込む、その足がアリシスフェイルの棘の槍に射抜かれる。踏み込みはずれ、一拍、生まれた隙を蓮は逃さない。
「この場に血生臭さは不要」
 影の鬼を宿した蓮が、斬る。斬撃に僅か、体を浮かせた罪人へと炎が灯る。
「懇願を、私がっこんな、こと!?」
「きれーなモンって摘みたくなっちまうつうじゃん」
 告げたサイガはアルラの間合いへと踏み込んでいた。すい、と伸ばされた指先。肩へと触れれば瞬間、凍てた炎が罪人を包み込む。
「あぁあ、ぁあああ!?」
「ね」
 心を込め、ぶち転がす賛辞を告げた瞬間、ごぉお、と炎が上がる。肩口掴んだままのサイガの手が離れれば黝の地獄は燐火の如く、色なき灰色へと白蘭のアルラを焼きーー散らした。

●アンスリウム
 花の名を持つカフェは白を基調とした店内を、色取り取りの花で飾られていた。写真たてに収まったメニューを見ながら、熾月は笑みを浮かべた。
「迷うけど俺はババロアを使ったケーキを選ぼうかな。――ね、アリシスはどれにするの?」
 黄色と青がメインのにしてみるんだと、熾月は笑みを見せた。届いたケーキは分けっこするのだ。
「私もババロアケーキのセットにしようかな」
「やっぱり気になるよね」
 うんうん、と頷いて熾月は顔をあげる。
「なんかゼリーの中にある花冠みたいで綺麗だから」
「まるで花冠みたいで綺麗」
 へらり、と笑った熾月と二人。目が合えば、ふ、とどちらとも無く笑い出した。
「同じこと言ってる」
 ふわりと笑ったのはどちらだったのか。悩んだ末に選んだケーキが届いたのはそれから少ししてのこと。
 この時期らしく、レモンを使ったババロアは熾月に届いたものだ。美しい青の花に、可愛らしい黄色い花。苺のピューレをふんだんに使った品は、アリシスフェイルに届いたもの。彩鮮やかな花が淡いピンクのババロアによく似合う。
「ふふ、食べるのが勿体ないねなんて」
「目でも舌でも楽しめてなんて楽しい時間」
 一口食べれば、甘すぎない甘さに、ぱち、と二人瞬いて。忘れないように、と先に記念写真を残す。
「私も記念に写真撮って行こーっと」
 パシャリ、と一枚記念を残して、はい、と差し出されたフォークと熾月の微笑みに頷く。
「はい」
「ふふ。じゃぁ私のもなのよ」
 仲良しの二人でする分けっこは楽しくて。夏の爽やかな味と、苺の甘みに笑みが溢れた。

 そも、花のケーキとは何なのか。
「余り、馴染みがないんだけどな……エディブルフラワー。ナザクはどういうのか知ってるのか?」
 ほら、俺はまぁ……花は眺めて愛でるもの、って手合いなんでこういうのは疎いからさ。
 苦笑したつかさに、紫暗の双眸が瞬く。なんだ、とややあって紡いだナザクは僅かに首を傾いだ。
「つかさ、エディブルフラワー知らないのか。エディブルフラワーというのは、……その、食べられる花だよ」
 ちょっとばかし、語尾が揺れる。動揺を表に出す程では無いのだがことのつまりは、そこまでしか知らない、ということだった。
「詳しい事は店主や他の人に聞けば良いと思う。うん」
 専門店を構えているのだが、店主は詳しいのだろう。
「それもそうだな。別にカッコつけたい相手と同席してる訳じゃないんだし」
 ふ、と吐息を一つ零すようにしてつかさは笑う。軽く、肩を竦めた男の唇はふいに笑みを描き、それで、と視線を上げた。
「何にするか決まったか?」
「いや」
 まだだが、とナザクは息を落とす。いくら知識があっても、舌で味わわない事には意味が無い。
「目でも楽しめることだろうし、楽しみなんだが……、味やら何やら全く想像がつかないな」
 ババロアであれば味の想像はある程度つくが、つくが、だ。バニラヨーグルトに、苺のピューレ、季節にレモン、チーズと並んで、そして花だ。
「見た目で選んでいいものか、ふむ……」
「まぁ、いいんじゃないか?」
 なにせそう、一先ずカッコつける必要も無いのだから。見た目で選ぶのもありですよ、とオーダーを取りに来た店主に言われ、エディブルフラワーの簡単な説明を受けながらも二人が選んだのはオススメのケーキだった。
「あぁ、クッキーもあるのか。土産に買って行こうと思うけど、お前も要るか?」
「え、お土産。ふふ、そうだな。遠慮なく頂こう……」
 なんだその顔は、とドヤ顔に眉を寄せたのはそれから少し先の話。

「澄んだ琥珀色のアイスティーに並ぶケーキの、なんと鮮やかなこと。まるで花冠の様ですわね……私とて花を愛でますのよ?」
 花飾る菓子であれば女子が胸をときめかすものーーと藤尾は思っていたが、今日のカフェに集った男性陣のなんとも華やかなことか。
「ほんとに、宝石みたいに美しいケーキだ♪ 藤尾や三芝のも、撮らせて貰っていいか?」
 ふふ、と笑みを零す藤尾と一緒に席についていたアラタは、ぱ、と笑みを見せた。レイリへの土産話にだ。先生も気になっているのか、ひょいと顔を見せたまま鼻先を寄せている。
「こうも綺麗だと悩むね」
 考えるように緩く首を傾いだ千鷲に藤尾は微笑み声をかけた。
「千鷲さんも召し上がっていらして? ほんの少しだけ、知る方に似ておられるので如何な感想をお持ちか、興味がありますの。ねぇ、アラタさん」
 気がついたアラタは「三芝も知っている顔だ」と告げる。
「うーん、でも……眼鏡のリム位しか。それに三芝のが当りが優しくて、いい奴だと思うぞ?」
「……僕としては彼の方が随分と良い人だと思うけれど」
 分かったのか小さく笑って千鷲は顔を上げた。
「それに、僕よりは彼がどんな感想を持つかの方が良いんじゃないかな?」

 ぱしゃっと写真に収めれば、フレームの中、オレンジとブルーベリーのムースで作られたエディブルフラワーのケーキが鮮やかな色を見せる。その鮮やかさに、いぶきは呟いた。
「食べられるお花は、僕にとって特別で。それを貴方と楽しめるというのは、とても、幸福なことです」
 貴方は僕のコンプレックスだった事を次々と払ってくれる。
「僕が僕のままで、貴方の傍にいていいんだと教えてくれる」
 一度、瞳を伏せるようにして笑ってーーいぶきは結弦を見た。
「ありがとうございます、ゆづさん」
 それは本当にやわらかで優しく微笑みだった。
(「君に、食べられる花がある事を教えたのは僕だ」)
 いつか食べに行こうねと告げたのは去年。二月前の君の誕生日に花のアイスを食べてジャムも買った。
 ねぇ、と心の中、結弦はいぶきの名を紡ぐ。食べられる花は、きっと君にとって特別なもの。結弦は全部知っていてーーそうして、へらりと笑って彼を見た。
「えー、なになに。いぶくんったら難しいこと考えてるのー? 今日のお店に誘ってくれたのはいぶくんなのに」
 いぶくんがお礼を言うなんて変なのー。
 笑って見た先、紫の瞳はふ、と緩められて。ふふ、といぶきは笑みを零す。
「一周年の記念イベントです、しんみりは合いませんね。さぁさゆづさん、あーんしてください、あーん」
「はいはーい、あーんね」
 もー、いぶくんってば甘えん坊さんだなー。そう言って笑って、ぱくり。とひと口。赤い花の彩るケーキをすくって差し出した。

 鮮やかな花に彩られたケーキは蓮の知るどれとも違う。メニューを見ながら眉を寄せていれば、楽しげな志苑の声が耳に届く。
「まるでブーケのような花達食べられる何て不思議です。何れも素敵で迷いますが……」
 あれこれと悩んだ先、何か一つ見つけたのか志苑が目を輝かせていた。花で彩られた小さなデコレーションケーキだ。
「……」
 花で彩られたケーキと、彼女の組み合わせはとても似合っている。ふ、と知らず笑みを結ぶように弧を描いた唇は誰の目に留まることもないままに、これにするかと頼んだ先、ふと蓮は思い出した。
「あんたの名、花の名だな」
「はい、漢字は違いますが紫苑が由来です。あの花はお薬にもなるそうです」
 蓮さんのお名前も花ですよね、と志苑は顔を上げる。
「蓮も食べられますよね」
「まあ、そうだが。いや、食べれるが花ではなく実の方だぞ」
 変に話が逸れて妙な方向に盛り上がる頃には、二人で頼んだケーキが届いていた。美しく花の飾られた志苑のケーキに、蓮が頼んでいたのはカラフルなババロア。
「ほら」
 差し出されたババロアに志苑は、まあ、と笑みを見せた。
「ありがとうございます」
 ぱくり、と一口もらえばバニラのババロアに、苺のジュレ。チーズの爽やかさに出会う。本当に幸せそうに食べるな、とフォークを置いた彼にひとつ笑い、では、とすくった一口を志苑は差し出した。
「では、私のケーキも交換ですね」
 何方もとても美味しい素敵な時間。綺麗な花に心もお腹も満たされてとても幸せだと、志苑は思った。

 彩も鮮やかに花のケーキは並んでいた。流石に甘いものは多いのか、ティラミスがあったことに小さく感謝しつつ、キソラは賑わうテーブルをみた。
「うめーわ一年賑わうだきゃあるな」
 桃をベースにした、フルーティーなババロアはサイガに届いたものだ。カラフルな花に彩られ、慣れた雰囲気で語る男にふ、とキソラは思う。これは初でショ、と。
「詳しいんだ」
「そりゃぁね?」
 意外と呟く千鷲が気がつくのは何時か。一先ずそんな様子も無い男にキソラはひとつ声をかける。
「祝いといや千鷲さぁ、何食うか決めた? 祝い代わりに奢らせろ、ちょい前誕生日だったンだろ」
「誕生日ではあったけど、え、良いの? キソラ君」
 ぱち、と瞬いた千鷲に、いーやつヨ。と一つ笑う。
「食べれるお花とかもってこいだし、めでたそーな写真も撮っとこーぜ『二人とも』」
 千鷲の分もケーキが届けば、彩も鮮やかに。苺のジュレが甘い香りを誘う。ぱしゃり、と一枚に収めれば、オイオイ、とサイガが顔をあげる。
「俺もおたんじょーびだったし。……元から二人分奢る気だった? わかってんなあ我らがおにーさまは!」
「成る程お兄様」
 乗っかった千鷲にこんなおっきな弟二人持った記憶はないンだけど? とキソラは息をついた。
「ハイハイおにーちゃんに感謝してネ」
 ぱしゃりと一枚写真に収めてーー、ひょい、とキソラはサイガの皿からババロアを一口。
「甘かない」
「やっぱ花の味気になるじゃんね」
 ひょい、と半分移動させたサイガの分、手を伸ばせばケーキをさらって。やっぱし甘いのネ、と一言。桃のジュレは、だが美味しい。甘すぎはしないんだな、と思っていればひょい、とサイガが手を挙げていた。
「何してくれちゃってンの?」
「? コンプるに決まってんだろ。妖精サンだかんね」
 メニューのコンプ。いっぱいのケーキ。さて支払いはーー財布の出所はキソラなワケで。
「おっきな妖精だなー」
 千鷲は笑って。うん、と頷いた。
「お祝い、ありがと。キソラ君、サイガ君」
 ケーキを囲んで何かなんて、想像もつかなくて。
「忘れたくない瞬間が増えたよ」
 外が賑わい出す。遠ざかっていた客が少しずつ伺いに来ているのだろう。素早く戦いを終え、ヒールを行なった商店街は戦闘の喧騒を残しはしない。ドアベルの鳴る音にケルベロス達はそっと笑った。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年8月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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