一の顎、万の獣

作者:長針

 四国八十八カ所の一つ、焼山寺近郊。
 霊場に相応しい厳かな森は夏の盛りに向かっていよいよ緑を濃くし、霧のような雨が視界を煙らせていた。
 山中異界とも呼べる景色の中、森の陰よりもなお黒く、周囲の木々すら圧するほど巨大な何かが身じろぎする。
 奇妙な毛の塊、としか言いようがないそれは一見すると生物かどうかさえ判別がつかなかった。しかし、
「ーーーーーっ!!」
 毛の塊の中からぞろりと牙の生え揃ったおびただしい数の顎(あぎと)が咆哮を上げ、爛々と輝く瞳が一斉に見開かれる。瞬間、森の木々が千切れ飛び、地面に深々と巨大なクレーターが穿たれた。
 それは無数の獣を無茶苦茶に合成させたような、正に『獣塊』と呼ぶに相応しい異形である。そんな中、獣とは異なる部分があった。
「……」
 獣塊の中から生えるように身を起こした人の形。
 かつての唯一の名残である人としての伏見・万(万獣の檻・e02075)の姿はいまや単なる付属物として虚ろな形骸を曝すのみだった。
 そして、異形の獣は動き出した。

「よく来てくれたなケルベロスたちよ」
 一同を出迎えたのは大柄な長身だった。その巨躯の持ち主であるザイフリートは一同を出迎えるなり手元のコントロールパネルを操作した。
「早速だが本題に入ろう。先日デウスエクスとの戦いで暴走した伏見・万(万獣の檻・e02075)が四国八十八カ所の一つ、焼山寺近辺で発見された。もっとも、その姿は大きく変わってしまっているようだが……」
 スクリーンに壮年の男性と黒い獣をでたらめに合成させたような巨大な異形が映像が映し出される。
「今回の任務は、暴走し、理性を失った伏見・万の成れの果てである『獣塊』の討伐及び彼の救出だ。純粋な戦闘任務になるが、救出も含むため少々注意事項が多い。
 まず相手となる『獣塊』には二つの意識が眠っている。一つは万本人、もう一つは万の宿敵でありその身に封じていたドラゴン・一(イツ)。万の意識が休眠したことにより、イツの意識が目覚め始めており、『獣塊』を本能的に動かしている。簡単に言うと、『獣塊』となった肉体の暴走を止めるためにはいかに万の意識を呼び起こし、逆にイツの意識を封じるかが鍵になっている」
 映像が切り替わり、文字が画面に表示される。
「まず『獣塊』だが、こいつは無数の獣でもあるため多少傷つけるだけでは万が死亡することはないので安心して欲しい。ただ露出した万の本体を攻撃すれば当然本人にダメージが行く。それと万の意識を目覚めさせるには酒を使うかイツの力を弱めることだ。酒は飲ませる、嗅がせる、浴びせかける等々どう使ってもいい。強い酒ならなおいい。イツの力を削ぐには『獣塊』が使うグラビティと密接に関係しているので先に戦闘状況の説明をしよう」
 ザイフリートが一度みなの顔を見回してから再び説明に戻る。
「場所は先程言った通り、四国八十八カ所の霊場が一つ、焼山寺付近だ。焼山寺は十二番目の札所で、四国霊場でも二番目に高い場所にある。ロケーションとしては木々の生い茂る森で、獣が動くに適した場所と言えるだろう。
 戦闘開始直後は『獣塊』から万の上半身が現れた状態になっている。この状態は三ターン続き、以降は『獣塊』の内部に取り込まれ万の身体は臓器として使用される。
 まず基本的な攻撃方法として万のオリジナルグラビティでもある『百の獣影』を使う。敏捷属性の技で足止めの効果を持っている。ただ、万が使用しているときはあくまで獣の影だったが『獣塊』が使う場合は実体の獣が襲いかかってくるぶん威力が高くなっている。
 問題となるのは次の二つだ。一つは『一の顎』。これは『獣塊』の中からイツが直接攻撃してくるグラビティで、黒い靄でできた竜の頭部を発現させ咬撃するというものだ。極めて威力の高い理属性の攻撃だが隙も大きく、他の獣の中に紛れているイツの頭部が露出し、大ダメージを与えるチャンスでもある。
 もう一つは『鎖の捕食者』だ。これは万の身体を内部に取り込んだ後に使用してくるグラビティだ。万の身体からグラビティを吸い上げ、『獣塊』の修復とイツの意識の活性化、攻アップを付与する理力属性の回復グラビティだ。万から力を吸い上げるという性質上、何度も使われると万は死亡し、救出は不可となってしまう。幸い『獣塊』はほぼ攻撃本能で動いている。積極的な攻撃やこちらのグラビティチェインを餌として挑発することにより『鎖の捕食者』の使用頻度を下げることができる」
 そこまで言うとザイフリートはコントロールパネルから離れ、一同の元へと歩み寄る。
「弱点あるいは弱体化条件をまとめると、万の意識の覚醒を促す強い酒、『一の顎』使用後の隙、『鎖の捕食者』の使用頻度の低減の三つとなる。また『鎖の捕食者』は万の身体からグラビティチェインを吸い上げるという性質上、万の身体が取り込まれる前にこれを破壊すれば使用できなくなり、イツの復活も防ぐことができる。もっとも、万の身体を破壊してしまえば救出は不可能になるのでよほどの非常事態出もない限り採りたくはない方法になるが……ともかく時間をかければかけるほど万の状態は悪化していくと思ってくれ」
 ザイフリートが憂慮に顔を曇らせるがそれも一瞬。すぐさま表情を引き締め、
「今回の作戦は困難なものだが成功すれば心強い仲間が一人帰ってくる。それは非常に意義深いことだ。諸君等なら必ずやりとげることができるだろう。それでは吉報を期待する」
 力強く頷いて一同を見送った。


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)
キース・アシュクロフト(氷華繚乱・e36957)
田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)
ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)
ジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)

■リプレイ

●人と獣
 霧雨に煙る山々を背景に、濡れた土と濃い緑の匂いが立ちこめていた。
 四国八十八カ所が一つ・焼山寺からほど近いこの場所は、霊場に相応しい静穏で厳格な気配が支配している。しかし、いまこの時においては異物が紛れ込んでいた。
「…………」
 黒い獣を滅茶苦茶に合成したようなそれは正に獣塊と呼ぶべきモノだった。
 その全身から放たれる禍々しい気配と強烈な獣臭が本来霊場を包んでいるはずの清澄な空気を見る影もなく蹂躙している。
 何より異質なのはその獣の塊から人間の上半身が生えていることだった。
 伏見・万ーーデウスエクスとの戦いの果てに暴走したケルベロスの唯一の名残である形骸だ。
「家主よ、また迷子になった、かー……しょうがないやつだな、ほんと」
 意識を失い、やつれ果てた彼の姿を見て、あえて投げやりな口調で伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)が呟く。
「勇名殿、心配ならそう言った方が良いですよ。まあ、確かに『借りを返すぜ』と言われた後にまたこうした場面に立ち会うのはいささか不思議な気分ですが。これも奇縁、というやつなんでしょうね」
 そっぽを向く勇名へ苦笑混じりにレフィナード・ルナティーク(黒翼・e39365)が語りかける。彼のすぐそばには二つの酒樽が鎮座していた。
「さて、かえして頂いたばかりで恐縮ですが。私も、借りは返す主義、でして」
 言いながら、レフィナードは二つ酒樽を持ち上げ、
「万殿ほどの酒豪ならば鏡開きもまた豪快な方が良いでしょう。しっかりと堪能してください!」
 万めがけて投げつけた。獣塊は反射的に飛んできたモノへ獣の影を飛ばすが、
「!?」
 たっぷりと日本酒とウィスキーの入った樽が破壊されるや霧雨をものともしないほどの量の酒の雨が降り注いだ。
「あ……?」
 文字通り酒を浴びせかけられた万の口がわずかに動く。その反応を見て駆け出したのは機理原・真理(フォートレスガール・e08508)だ。
「今度こそ、守りきってみせるです……!」
 愛機であるプライド・ワンがそばまで駆け寄ると真理はそのまま騎乗、ドローンを展開させる。
『グオウッ!!』
 獣の口が一斉に開き、牙を剥く。真理はすかさず跳躍、展開したドローンを足場に万の元へと近づき、
「私はお酒ってまだ飲めないですが、こう言うのを飲んで楽しそうにしてる人をよく見るです」
 プルトップを開けた缶ビールや缶チューハイをありったけばらまいた。
「お……おお……」
 再び酒を浴びた万の手が何かを探るように虚空をかく。万の意識が強くなっているのだろう。しかし、獣塊はそれを許さなかった。
『グオオオオオオオ!!』
 吠え声とともに獣塊は全方位に向かって影の獣を放つ。接近すら許さない獣の嵐はある種の結界として機能した。
「まったく、そんな姿になっても酒を求めるか……飲兵衛の業というのはつくづく深い。だが、酒を飲ませないなんて無粋は許されるべきじゃない。そうだろ?」
 そう言ってウィスキーの大瓶を空高く投げ放ったのはキース・アシュクロフト(氷華繚乱・e36957)だ。獣塊はすかさず反応して万のもとへ酒瓶が到達する前に噛み砕こうとする。が、
「させないさ」
 短く呟くと同時、キースが魔導書を開き、光弾を二つ発射する。
「!?」
 一つ目は軽く酒瓶を弾き、二つ目は軌道の変わった瓶を破壊した。砕けた瓶からは度数の高いウィスキーがぶちまけられ万の身体へと降り注ぐ。
「ああ……」
 まるで慈雨を浴びるかのごとく万が両手を広げ、ウィスキーの雨を一身に受ける。
「とっておきの酒だ。さすがに気に入ったようだな。もう一本はこちらに……欲しければ戻って来い! 共に必ず飲みに行くぞ!!」
「……!」
 キースの叫びにぴくりと万の顔が動く。その視線はまっすぐに地面に置かれた酒瓶に注がれていた。
「このチャンス、ものにさせてもらいます!」
 絶好の好機を逃すまいと田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)はシューズのローラーを高速回転させて獣塊へ肉薄、肩に掛けたクーラーボックスの中からキングサイズボトルのウォッカを取り出す。それを片手で器用に開封すると、
「ラッパ飲みさせるんは無粋ですが、ウォッカは飲み頃なのでご容赦を!」
 万の口めがけてボトルを突っ込んだ。
「ぐっ!? …………プハっ!!」
 最初は目を見開き驚いたような反応を見せていた万だったが、一度喉を動かし酒を嚥下するとそのままボトルをひっつかみ一気にあおった。程なくして万は空になったボトルを打ち捨て、満足げに口元を拭う。
「さすがだな。私もたいがい飲んだくれだと自認しているが伏見様は別格だと痛感させられる」
 瞬く間に二リットルのキングサイズを干した万に賞賛の声を漏らしたのはユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)だ。彼女は自身の両側の空間に琥珀色の酒と黄金色の蜂蜜酒が入った瓶を浮かせている。
「まったく本当に奇遇だ。またこいつを使うことになるとはな。酒場の縁はえてして奇縁だが戦場の縁もまた然り、ということなんだろうな。新手も用意したから存分に味わうといい」
 ユグゴトはそれぞれ地獄の炎と混沌の水で瓶を照らしながら誘蛾灯のように万の側まで飛ばす。
「私よりも飲んだくれなのだ。戻れるに違いない。戻り給え――在り方を確たるものに。いいえ。在り方が曖昧でも、酩酊するのが我々だ。おいで。こっちの酒は辛い。此方は甘い酒。アルコールの海に誘われ給え」
「お……おお……」
 ふらふらと琥珀色の酒へと手を伸ばす万。瞬間、突如として瓶のふたが開き、球状になった琥珀色の液体が万の顔めがけて放たれた。
「ぶっ……!?」
「ああ、悪かった。獣が狙って在たのでね。強引に成ってしまった。そっちはゆっくりと飲むといい」
「……っ!!」
 ユグゴトが告げている間にも万は残った酒瓶を乱暴に掴み、これまた一気に飲み干した。その側でごぼりと獣が盛り上がり、悔しげにうなり声を上げる。そして今度こそ飲ませまいと、いま正に酒を手にしていた二人へと睨みを利かせた。
 その二人ーージュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)とジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)が互いに目配せをした。
「……いかがいたしましょう?」
 口を開いたジュスティシアにジークリットは、
「先に行ってくれて構わない。私のヤツはちょっとキツめなんでね」
 にっと牙を見せながら笑みを浮かべた。ジュスティシアはうなずくとすかさず動き、獣塊へと接近する。
『グォォォ!!』
 万へと近寄らせまいと幾つもの影の獣がジュスティシアへと追いすがる。ジュスティシアはギリギリまで獣たちを引きつけ、
「このお酒は万さんの為! デウスエクスには勿体ない高級品ですよ!」
 手にしたスキットルを万に向かって投擲した。万は当然とばかりにそれをキャッチ、
「おお……!」
 わずかに開かれたスキットルの口から漏れ出る芳香に酔いしれるかのように唸り、ひと思いに飲み切る。
「そろそろ頃合いか……こっちの仕込みも終わったし、私もとっておきを出そう」
 ジークリットは足下に星座の陣を展開しつつ、手にしたスキットルを掲げる。
 先程まで煩わしいほどこちらを睨み、うるさいほど吠え立てていた獣塊が動きを止めていた。代わりに万の周りが内蔵のように細かな蠕動を繰り返している。
「かつての蒸留技術での限界151プルーフ=75・5度ものアルコール度数を誇るが故に151と銘打たれた文字通りの火酒……これが最後の気付けだ! 意識を保て伏見!」
 栓を開封すると同時、濃密なラム酒の香りが漏れ出で、ジークリットはそのままスキットルを万に向かって放り投げた。
「……」
 もはや万は何も言わずスキットルを受け取り、ただ飲み干す。そして、心なしか満足げに口の端を上げ、
「うまかっ、た、ぜ……」
 獣の中へと取り込まれて行った。

●爪と牙
 影の獣が乱れ飛び、竜の顎が容赦なく貪り喰らう。
 一同はそれらの攻撃を防ぎ、いなし、かわし、隙間を縫うように攻撃を加えていた。
「あと一押しやと思います! 皆さんのお助けになるよう、うちも気張りますよって!」
 万の暴走に助けられたからこそ全力以上の全力を出さなければならない。そんな意地と意志をありったけに込め、マリアが紙兵をばらまく。その支援を受けいち早く飛び出したのはレフィナードだった。
『グオオオオ!!』
 疾駆する人影に向かって獣塊が縦横無尽に影の獣を放ち、迎え撃つ。だがレフィナードはあえて獣たちを受け止め、
「おや、そんなものですか? 酔って手元がおぼつかないようですね。万殿ならこの程度の酒には飲まれませんでしたよ?」
 高めたグラビティ・チェインを見せつけるようにして獣塊へ穏やかながらも挑発的な笑みを浮かべた。
『ガアアアア!!』
 目の前にいる不遜な存在を噛み砕くべく一斉に獣の口が吠える。故に接近するもう一つの影に気づかなかった。
「家主、こんなとこでねてるか、おきろー」
 敏捷な動きで勇名が獣塊を切りつける。更に吹き出たグラビティ・チェインをわざと吸収せず、
「…んうー。もぐもぐするの、こっちにもいる、ぞー」
 情動の薄い声で挑発する。すると獣塊の一部が激しく蠕動し始めた。
「来るか……?」
 レフィナードが次に敵が放つグラビティを見極めるため慎重に観察する。獣塊の蠕動はそのまま大きくなり、心臓が脈打つかのように一定のリズムを刻み始めた。
「『捕食者』だ! ジークリット殿!」
「任せろ! ーー風よ…貪欲な獣を惹き付ける餌となれ! 烈風!!」
 呼びかけに応じたジークリットが、体内で練り上げたグラビティ・チェインを刀身に纏わせ、一閃。重厚な質量を感じさせるほど密度の濃い空気が風鳴りを立てながら獣塊へと叩きつけられた。
『グォウッ』
 ごぼりと獣とも竜ともつかない巨大な顎が水中から酸素を求めるかのごとき勢いで飛び出してきた。
「この好機、生かしてみせる。縁を終わらせないために……!」
 静かながら強い語気でキース。待ちかまえていた竜の顎ーーイツを捕らえるために石化の光を放った。
『グアアアっ!?』
 みしりときしみを上げながらイツが硬直し始める。しかし、なおもイツは抵抗し巨大な顎を開け放った。
 全てを呑み込むかのごとき巨大な力のうねり。それが一同へと放たれようとした、そのとき。
『ガアアアアアアア!!』
「ーー絶対に、守り続けて見せるのです……!」
 大量にドローンを展開した真理が真正面から巨大な顎と波動を受け止めた。両者はせめぎあい、一進一退の攻防を繰り広げる。しかし、徐々に巨大な顎が押し始める。
「今度こそ、今度こそ……守りきってみせるです! プライド・ワン!」
 振り絞るように真理が叫ぶ。瞬間、呼びかけに応じた愛機が強烈なスピンを加えながら獣塊へと突撃した。
『グオォォォ!?』
 均衡していたところに横殴りの一撃を受けた竜の顎が苦悶に打ち震える。先程まで放たれていた巨大な力の波動は霧散し、慌てて獣塊の中へと引っ込もうとした。が、
「今度は私が……私達が助けます! ……逃がしませんーーその程度の痛みなど、あなたが人間に与えて来た仕打ちに比べれば可愛いものです」
 万への言葉と、イツへの言葉を述べつつジュスティシアが構えたライフルから銃弾を撃ち放つ。グラビティ配合のホーローポイント弾は狙い過たずイツの口腔に突き刺さり、
『グアアア……グ、ガ、ガ!?』
 爆散して内側からズタズタに破壊した。更にそのグラビティは先程の石化の効果を活性化させ、その身体を覿面に硬直させた。
「雨が地へと還るように、川が海へと還るように、地の水が天へと還るように、全てのモノは在るべき場所へと還り付く。そう恐れるな。胎内へと還ることは幸福なことなのだ」
 硬直する身体を身悶えさせる獣塊とイツへ迎えるように囁きかけたのはユグゴトだった。
「さあ、極みへと達するといいーーおやすみなさい。還る誰かに永劫の快楽を約束しよう」
 そう告げると同時、ユグゴトの身体から生物の胚を思わせる原始的な形状のモノが無数に沸き出し、イツへと容赦なく食らいつく。
『グオオオオオオオ! オ、オ、オ……』
 獣塊ごと全身を一斉に貪られたイツの断末魔は徐々に小さくなり、
「…………」
 そこには憔悴した男性が横たわるばかりだった。

●宴と宴
「体調はどうです?」
「悪くない、とは思います。この焼山寺の霊場はもともと火を噴く大蛇によって焼き尽くされたあと再生した地なんです。だから『復活』には適した土地なのだと、そう聞きました」
 万の容態を尋ねるレフィナードにジュスティシアが答える。実際、総出でヒールしていることを差し引いても経過は良好と言えた。
「家主、おきろー……」
 いい加減しびれを切らしたのか勇名がぺちぺちと万の頬を叩く。
「ん……なんだ、もう朝か? おい勇名、気付けになんか酒とってくれ」
 万は身を起こすなり開口一番にそう告げた。そのあまりの普段通りの姿に一同は一瞬言葉を失う。
「あー、その……なんだ、おかえり」
 困惑しつつも不器用に言ったのはキースだ。それを皮切りに各々が祝福の言葉を述べていく。万はそれらを浮けと止めつつも照れを隠すように、
「とりあえず残ってる酒とかねえか?」
「あるにはありますが……一人で浴びる酒より、友と飲む酒の方がいい、と思いませんか?」
 柔らかな微笑みをたたえながらレフィナードが提案する。
「それは良い案だと思います。万さんがよろしければ、ですけど」
「そう言う話なら私も相伴しよう。伏見様、どうする? 無理にとは言わないが」
 答えたのはジュスティシアとユグゴトだ。万は二人の問いかけに間髪入れず、
「バカ言え……酒があるってのに引き下がっちゃ飲兵衛の名折れだ。行くに決まってんだろ」
「家主はほんとしかたない、なー」
「おう、これからは大人の時間だ。子供は帰って寝ろ寝ろ」
 万がそう言って勇名の頭をくしゃりと撫でる。そこに遠慮がちな声が投げかけられる。
「あ、あの……いや、なんでもない、です」
 おずおずと伸ばし駆けた手を下げたのは真理だ。大人たちはそんな彼女の様子を見て顔を見合わせる。
「ええ、そうなると思いまして、お酒だけじゃなく料理も美味しい飲み屋、検索してきましたから未成年者も安心ですよ」
 待ってましたと言わんばかりにスマホの画面を見せるマリア。
「それはちょうどいい。ぶらり再発見でいい店が探せるか心配していたんだ。まずはそこに行くとしようか。大人も子供も、な」
 ジークリットが未成年者に快活に笑いかける。
「そういうことなら、つきあう、かー」
「あ、ありがとう、です。……うれしい、です」
 対照的ながらも嬉しさを隠せない二人に大人たちが満足げに頷く。
 そうしてーー宴が始まるのだった。

作者:長針 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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