鵠の誕生日~夏の思ひ出

作者:猫鮫樹


「めっちゃ楽しいことしたい!」
 太陽に照らされながら歩いていた河野・鵠(無垢の足跡・en0303)は、突然叫んで両腕をあげた。
 様々な事件を解決していくみんなと、鵠は何か楽しいことをしたいとずっと考えていた。
 それに夏だし、誕生日だし、何か楽しいことが出来たらなと……目の下に出来た隈は寝る間も惜しんで考えている結果かもしれない。
 うむむと悩みながら歩いていると、ふと太陽光が反射するものが目に入った。
 視線を向けていくと飛び込む看板の姿。
 鵠はこれだと、煌めく金の瞳を輝かせた。

「と、いうわけで! 俺の誕生日だからって訳でもないけど……みんなと楽しいことがしたいんだよね!」
 何がというわけなのか、鵠は楽しそうにことの次第を話し出した。
「バーベキューが出来る河川敷があるんだけど、そこでみんなとワイワイできたら楽しいと思うんだ、だから良かったら参加してほしいんだけど……どう?」
 河川敷では魚釣りもできるらしく、暗くなってきたら花火でもやれたらいいなと。
 食材や器具のレンタルも河川敷で出来るといことで、気軽に参加してほしいと鵠は白い尻尾を揺らして笑う。
「夏の思い出をみんなと作れたら、俺、嬉しいな!」


■リプレイ

●晴れた!
 梅雨はいまだに開けず、雨が続いた日々。
 それでも運命なのか、それとも天がくれた贈り物なのか。
 灰色の空は鮮やかな青に、重たい雲は綿菓子の様な雲となって、バーベキューセットを用意した川辺には最高の天気となった。
 テントから顔を出したレリエル・ヒューゲット(小さな星・e08713)は、太陽の眩しさに目を細め、同じ旅団の2人を見て手を振った。
 レリエルが出てきたテントは更衣室替わりなのだろう、用意してきた水着を着てはいるものの泳ぐ気はないのか、川岸に近寄ってその水の冷たさに高まる気持ちを落ち着かせる。
「鵠さんお誕生日おめでとうございます!」
 白い翼を目一杯広げ、今にも飛びそうな程ワクワクしている河野・鵠(無垢の足跡・en0303)の背後からそう声がかかった。
 声の主は山元・橙羽(夕陽の騎士妖精・e83754)だ。柔らかな笑みを浮かべ、鵠に心からのお祝いの言葉をプレゼント。
 隣にいる九条・カイム(漂泊の青い羽・e44637)もどこか楽しそうな雰囲気を纏っている。
「ありがとう! 皆でワイワイできるのすっごい楽しみだったんだー!」
「僕は地球に来て間もないですが、こうして皆さんと楽しいことできるの嬉しいです」
 満面の笑みを浮かべる橙羽に、鵠も同じように笑みを浮かべる。太陽のように明るい笑顔は周りの人間にも伝染するのだろう、川辺で2人を待つレリエルも、橙羽の隣にいるカイムも素敵な笑顔だった。
「よし、じゃあ早速釣りに挑戦だ!」
 用意されていた釣り具を手にしたカイムが、橙羽と一緒にレリエルの待つ川に向かっていく。
 急流に足突っ込んで流されないようにとカイムが橙羽に教える姿は微笑ましい。
 そんな2人を楽しそうに見送った鵠の後ろから、砂利を踏む2人分の足音が響いた。
「河野さんお誕生日おめでとうございます」
「鵠、誕生日おめでとな」
「2人ともありがとう! 今日はめっちゃ楽しもうね!」
 白と黒。
 そんなイメージを持たせるような両極端な2人。
 肥後守・鬼灯(毎日精進日々鍛錬・e66615)と狼炎・ジグ(恨み喰らう者・e83604)は、鵠にお祝いの言葉を送るとカイム達と同じように釣り具を持って、日の光で煌めく川へと向かう。
 バーベキューの具材はもしかしたら豪華になるかもしれないな。

 ――ポチャン。
 川に波紋がゆっくり広がっていく。
「なかなかうまくいかないなー」
 投げた石がうまく跳ねなくて、広がる波紋を見つめてレリエルは不満げの様子。
「水切りって言うんですよね、たしか」
「そうそう」
 石を拾って橙羽もレリエルと同じように石を投げこむが、跳ねる水しぶきと水音が同じように響いて波紋が広がるだけだった。
 なかなかに難しいようだと、橙羽は少し恥ずかしそうに笑っていた。
「難しいよね、これ」
 広がる波紋が静かに消える。
 穏やかな、平和な世界が川に広がるようだった。
 恥ずかしそうに笑う橙羽に合わせてレリエルも穏やかに笑い返していると、
「あんまり石投げこむなよ、魚が逃げるだろう」
 微笑ましい2人にカイムは穏やかに言葉を紡いでいく。
 カイムの中にじんわりと広がっているだろう平和な日常を過ごせる幸せ。
(「自分達がデウスエクスだった頃には無かったもの。こんな平和はいつもすぐそばにあって、守る為に戦っているんだな……そう思うと、勇気が湧いてくる気がする」)
 釣り針に餌を仕掛けながら、カイムはじんわりと温かく滲むような感覚に思いを馳せた少しの間。油断していた彼の頭上から降る言葉。
「大物、釣れるかな?」
「まかせろ。橙羽にも色々教えるからな」
「ぜひお願いします」
 並んで魚釣りに興じる3人の姿は温かく、ほっこりとした気持ちを感じさせるようだった。
 そんな3人の近くには同じように釣り具を持った鬼灯とジグ。
「魚ってのは、他の生物に比べて『個より群れを取る』傾向が強い生物だ。だから『たくさん釣る』って考えてるやつより、『何匹釣れたら止める』って考えてるやつのところに集まる」
 竿を握って、微弱な釣り糸の揺れを掴もうと集中しつつジグは語りだした。
 自論を展開する最中にもすでに何匹かの魚が釣れていて、広い世界で泳いでいた魚たちが小さな世界を窮屈そうに泳いでいる姿を鬼灯は眺めていた。
「それが証拠に……そら、またかかった」
 10匹目の引き。
 釣り糸が引っ張られて、竿が大きく撓んでいるところを見ると、どうやら大物がかかったようで、ジグはにやりと笑い釣りあげようと後ろに少し仰け反った瞬間。
 一瞬緩まる糸。チャンスだと思ったジグを狙っていたかのように、今度はその糸がピンと張り、『しまった』とジグが思う間もなく、釣り竿ごと体が川へと勢いよく引き込まれて大きなしぶきをあげた。
「ジグ?!」
 慌てた鬼灯の姿とは対照的に、びしょ濡れになったジグが茫然となって川の中で尻餅をついた状態だ。
 そんな様子を笑うかのように大きな魚が飛び跳ね、遠くの方へ泳いでいく。
「……冬だったら凍死してたな」
 髪をかき上げたジグは、苦笑いを浮かべて差し出された鬼灯の手を取って立ち上がると、水しぶきによって出来た小さな虹が目に映った。
 平和で、楽しい。そんな瞬間をまるで虹が示しているかのように。

●立ち上る美味しい香り
 パチパチと火が爆ぜ、赤く舞う火の粉。
 置かれた網に乗せられた肉や野菜が焼けていく姿と香りは、空腹を刺激してくる。
 皆が釣った魚に手際よく串に刺し、まんべんなく塩を振っていく鬼灯。
 料理が得意な鬼灯の手際は見惚れるほどだった。あっという間に串刺しにして塩を振れば、あとは網の上に乗せ焼けるのを待つだけ。
「それにしても皆が釣ったイワナ、大きくて美味しそうですね」
「だな、焼けてくる匂いってのは……いいもんだな」
 飲み物を片手にジグが鬼灯の隣に移動してくれば、漂う匂いにお腹が鳴る。
 ジグは先ほど川に落下したが、太陽が久々の活動に気合が入っているのか、気温も高く濡れた服も干しておけば乾くのも早そうだ。
 その証拠に濡れたジグの髪も、もうほとんど乾いていた。
「あれ、プチ起きてきたの?」
 レリエル達が川で魚釣りやらしている間、ウイングキャットの『プチ』は用意されていたレジャーシートで優雅にお昼寝をしていたのだが、魚が焼ける匂いに反応して起きてきたようだ。
 プチはふわふわと羽ばたいてレリエルにすり寄っていると、
「焼けましたよ」
 鬼灯が人数分のお皿に焼けたイワナを乗せていく。
 見た目の焼き加減は良さそうだ、さて味はどうだろうか。
「おお、身がふっくらしてうまいな」
「釣ってすぐ焼いたから新鮮で、美味しいですね」
 串を持ち上げかぶりつけば、ふっくらした身が口の中に転がり込む。咀嚼すればイワナの旨味が口中に広がる。
 カイムも橙羽もそんなイワナに感動している様子で、レリエルも2人を見習ってかぶりつけば、なるほどと言ったようにイワナの美味しさにうなずく。プチにも食べやすいようにほぐしてやれば、嬉しそうに食べだしている。
「ほら、ぼさっとしてるとイワナなくなるぞ」
「焼くのは僕もできるので、ゆっくり食べてください」
 嬉しそうに尻尾を揺らしていた鵠に鬼灯とジグの2人は、無くなってしまう前にと避けておいたイワナを鵠に差し出した。
 それを嬉しそうに受け取り、鵠は頬張っていく。
 そんな様子に鬼灯とジグは目を合わせて、小さく笑っていた。2人よりも年上のはずなのに、そわそわと楽しそうにしている彼の姿はなんだか子どものようで微笑ましく見えたのかもしれない。
「良かったらこの、いももちも焼けたので食べてください。北海道でよく食べられているそうですよ」
 いつの間にか網に乗せて焼かれた丸い物。
 これは橙羽が用意してくれた食材のようで、白いほうが『いももち』で黄色いほうが『かぼちゃもち』だと教えてくれた。
 北海道の郷土料理で、いもやかぼちゃを蒸して潰し、そこに片栗粉を加えて練り上げたものらしい。
「んー! もちもちしてて美味しいー!」
 珍しい食べ物に皆の手が伸びていく。
 自分が用意したものをこうして、皆が美味しそうに食べてくれるのはなんだか嬉しいなと橙羽の顔が綻んでいれば、そっとカイムが頭に手を乗せていた。
 何も言わないカイムだけども、橙羽は何だか気持ちが伝わっている気がして擽ったそうに見える。そんな仲睦まじい2人に割り込むようにして、レリエルが飛び込んでいく。
 飛び込んでくる勢いはそこまで強くなかったのだろう、カイムと橙羽はレリエルをうまく受け止めたようで、川にダイブは免れたようだ。
 危ないな、なんて聞こえる文句も、そこに含まれる笑い声も全て、今この時間が楽しいものだと語っているように聞こえる。

●ラストを飾るは煌めく花
 日が落ちて、辺り一面夜に包まれる川辺。
 明かりを取るための焚き火から響く音、風が吹くたびに揺れる木々の音。
 空腹も満たされ、ゆっくりしとした時間がケルベロス達を包みこみ、この平和な一時がずっと続けばいいのにと思うくらいのものだった。
「お腹もいっぱいになったし、暗くなってきたところで……花火やろうー!!」
 今日一日を通して楽しい尽くめだった。
 その最後を飾るのはこれだと、鵠の手には色々な種類の手持ち花火と小さな打ち上げ花火。
 今日の思い出が色濃く、皆の気持ちに残ればいいなと考えたのだろう。
 折角集まったし、夏だというのも理由の一つかもしれない。
「ロウソクの火を花火用にしましょうか」
 そう言って橙羽が用意していたのだろうロウソクに火を灯す。
 柔らかな火の明かりが橙羽の橙の髪を彩り、どこか温かな優しさを連想させるように見え、その中でレリエルは花火を一本手に取って火をつけた。
 か細い音が徐々に大きくなると、花火の先からはススキの穂の様な火花が噴き出していく。
 噴き出す火花は途中で黄色から赤へと色を変え、そしてゆっくり消えていった。
 レリエルの花火が終わってもまた次の花火が火花を散らす。
 カイムと橙羽の持つ花火は、時季外れな雪の結晶にも、花が開いたようにも見えるものだった。
 バチバチと音を立てながら、四方八方に飛び散る火花が川辺を飾りつけては消えるのを繰り返し、燻る煙も相まってかどこか現実感を消失させるように見えた。

 花火を楽しむ彼らをアウトドアチェアに座って、鬼灯とジグは眺めていた。
「充実した一日でしたね」
「そうだな、川に落ちたけどな」
 大物を引いたと思ったのに、まさか自分が釣られてしまうとはとジグは軽く笑ってからカップに注がれたジュースを飲み干していく。
 程よい甘さと、口の中で弾ける炭酸の感覚が、今日の思い出を刻んでいるのだろうか。
 鬼灯もジグと同じようにカップを煽った。
 タイプが違う2人であっても、共有している気持ちはもしかしたら同じなのかもしれない。
 貴重な男友達のジグとこうして楽しめたことは良かったなと、鬼灯は遠くに咲く花を見つめて兎のように赤い瞳を細めた。

「最後は打ち上げ花火だな」
「はーい!」
 カイムが設置した打ち上げ花火に火をつけた。
 夜空に向かい一直線に打ちあがる花火は、一瞬消えると夜空にまるで星を散らすかのように広がっていく。
「わー綺麗ですね」
 星の様に散って、そして雪の様に舞い落ちる花火に橙羽が感嘆の声をあげる。
 一瞬だけしか見られない花は、その儚さが雅で美しいのかもしれない。
 消えていってしまう姿は物悲しくもあるけれど、仲間とこうして楽しめたことには変わりないのだ。
 しゃがみ込んで見上げた花火を見ながら、レリエルは残った線香花火に火をつけた。
 小さな花が咲いては消え、火の玉がじりじりと上にあがり、そしてまた花が咲いて、消えて。
 繰り返し咲く小さな花はやがて、火の玉となって落ちた。
「また皆でやりたいね」
 楽しかった余韻を残して、風が木々を揺らす音が響く川辺でプチを撫でたレリエルがそう呟くと、川辺にいた皆は、声は出さないもの小さく頷いていた。
 楽しかった思い出はいつまでも胸の中に。

作者:猫鮫樹 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月24日
難度:易しい
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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