七夕寓話六塔決戦~閉じゆく空の下で

作者:坂本ピエロギ

 ジュエルジグラットの手を巡る、ケルベロスとドリームイーターとの戦い『七夕防衛戦』は、ケルベロスの完勝で幕を閉じた。
 自らも、迎撃の役目を果たした、メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)は、空に浮かぶ巨大な手を見あげる。
 その巨大な手は、ケルベロス達をジュエルジグラットへと招くかのように怪しく光り始めている。
「この光が、季節の魔力なのですか?」
 メリーナは、周囲の仲間達を見渡し、ひとつ頷くと、その魔力の光に導かれるように、ジュエルジグラットの手へと向かったのだった。

 魔力の光を帯びたジュエルジグラットの手には、異変を察知したケルベロス達が集まっていたが、メリーナが近づくと、皆、一斉にメリーナの方に振り向いた。
 何故なら、高まりつつあった季節の魔力が一斉に動き出し、メリーナの周囲に渦巻くように収束していったのだから。
 メリーナは、驚きつつも、その力が自分に従おうとしている事を理解し、その力に体をゆだね、その力を制御し、使いこなそうと試み、そして成功する。
「これが、季節の魔法の一つ、七夕の魔法の力なのですね。
 七夕の力の真髄は、無理やり引き裂かれた2つの存在を繋げる事。つまり、七夕の魔力があれば、寓話六塔の鍵で無理やり引き裂かれた、ジュエルジグラットの手を上昇させ、ゲートの封鎖を破壊する事ができます!」

 こうして、ジュエルジグラットの手は、寓話六塔戦争の最終段階で、ジグラットゼクスにより閉じられた扉を破壊すべく上昇を開始した。

「七夕防衛戦の勝利、見事だった。早速ですまぬが、お前達にはもうひと仕事を頼みたい」
 ヘリポートに集まったケルベロス達を見回して、ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)はそう切り出した。
 ゲートの防衛へ向かったドリームイーターの精鋭を残らず撃破し、メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)が『七夕の魔力』の制御に成功した事によって、ジュエルジグラットの手はドリームイーターのゲートを目指して上昇を始めている。
「七夕の魔力には『引き離された二者を繋ぎ合わせる力』がある。この力があればゲートの封鎖を破壊し、最終決戦を挑む事も可能になるだろう」
 だがデウスエクスにとって、ゲートを失うことは種族の滅亡と同義だ。
 故にドリームイーターの幹部である寓話六塔は、ゲートを再封鎖して決戦を回避すべく、七夕の魔力を妨害する行動に出た。
「これを見てくれ。現在のジュエルジグラットの手の状況だ」
 王子はそう言って、現場の写真をケルベロス達に見せた。
 そこに写っているのは、東京上空に浮かぶジュエルジグラットの巨大な白い手。
 そして、切断された手首の断面に取りついて上昇を抑えようとする青ひげと、手の指先を掴んで地面に引きずり降ろそうとするポンペリポッサの姿だった。
「青ひげとポンペリポッサの片方でも妨害が成功すれば、ゲートは再び封鎖されてしまう。お前達には今からジュエルジグラットの手へと向かい、奴らの妨害を阻止すると共に、可能ならば撃破してもらいたい」
 王子によれば寓話六塔2体は魔力の妨害に力の大半を費やしているため、今ならば少ない戦力でも撃破が可能なのだという。
 妨害を阻止するだけなら1体あたり2チームの戦力で十分。しかし撃破には3チーム以上の戦力が必要――可能ならば4チーム以上が望ましい――と王子は付け加える。
「過去の戦いで赤ずきんと王子様を失った寓話六塔はあと4体を残すのみだ。ここで新たに撃破に成功すれば、ドリームイーターは致命的な損害を被るだろう。6チームという戦力をどのように配分するかは、すべてお前達次第だ」
 王子はそう言って説明を終えると、最後に一言付け加えた。
「ドリームイーター達に最終決戦を挑めるか否かは、この戦いの結果次第となろう。どうか頑張って欲しい――では出発するぞ、ケルベロス達よ!」


参加者
四辻・樒(黒の背反・e03880)
月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)
那磁霧・摩琴(医女神の万能箱・e42383)
オニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)
グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)

■リプレイ

●一
 都心の星空は青黒い瘴気に満ちていた。
 東京都港区、上空。上昇を止めたジュエルジグラットの手へ、32名の番犬が次々に降り立った。目標は二柱の寓話六塔を妨害し、ゲートの結界を破壊する事だ。
「皆さん、必ず勝ちましょう!」
 ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)が檄を飛ばし、寓話六塔『青ひげ』の元へと走り出す。
 番犬達の頭上では対空防御ひげが竜巻のように暴れ狂い、執拗な迎撃を逃れたヘリオンが1機また1機と離脱していく。後戻りは出来ない。勝つか負けるか、二つに一つだ。
「仲間達が作ってくれた好機を、無駄にはしません!」
「綺麗な夜空、守らなきゃ。皆よろしく、なー」
 鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)とグラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)が言葉を交わした直後、前方から青黒い髭が雪崩を打って押し寄せてきた。
『地球に残された精鋭を全て呼び寄せたというのに、一体も辿り着けなかったとは。なんという役立たずどもだ!』
 罵声が轟くや、髭に生じる無数の気配を四辻・樒(黒の背反・e03880)は感じ取る。
「気をつけろ、来るぞ」
『余の髭の餌食となるがいい!』
 青ひげが傲慢に告げると、髭で作られた兵士が次々に現れ、番犬達の班を分断するように襲い掛かってきた。その数、10体。
「面倒だね、ボク達より数が多いや」
 那磁霧・摩琴(医女神の万能箱・e42383)は溜息を漏らし、疑似霊体で前衛を包む。その直後、人形の髭が槍と化して一斉に番犬へ突き出された。
「やれやれ。さすがにすんなりご対面とは行きませんか!」
「さて、仕事を始めるとしようか。鞘柄、半分は任せた」
 奏過と樒は、後衛へ放たれる槍を庇う。射程が長く、命中も高い攻撃だった。
 番犬達の動きは全く無駄がない。盾役が追尾性能付きの槍から仲間を庇って被害を抑える傍らでは、オニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)が轟竜砲を発射する。
「面白い。蹴散らしてくれる!」
「どきなさい髭人形! あなた達に用はありません!」
 竜砲弾を浴びた敵へルーンアックスを振るうミリム。屠竜の構えで放った一撃は、しかし人形の命を絶つには至らない。
「ち、しぶとい連中だ」
「ファイトなのだ、樒!」
 瀕死の敵を惨殺ナイフで屠る樒を、月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)は光る盾で守りつつ、敵の布陣を観察した。
 人形は全てディフェンダーのようだ。彼らを捨て駒に、時間を稼ぐのが青ひげの作戦だろう。番犬の猛攻に数を減らすのも構わず、人形達は執拗に食い下がってくる。
「負けない、ぞー。七夕の夜を守るんだー!」
「皆さん頑張って! 全員で包囲を抜けますよ!」
 エアシューズで滑走し、流星の蹴りを叩き込むグラニテ。人形が直撃の威力に耐えきれず消滅する。奏過もヌンチャクに変形した如意棒で、瀕死の敵をこぼさず討ち取った。
 1体また1体と、櫛の歯を欠くように数を減らすひげ人形達。しかし、番犬達の被害も軽くはない。味方を庇い続けたディフェンダーは特に被害が大きかった。
 そんな彼らを、マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)はアンクの霊的接続で回復していく。青ひげとの前哨戦で、消耗を少しでも抑えるために。
「アロアロ、大丈夫だよ。皆がついてるから」
 仲間を庇い続け、傷だらけで震えるアロアロを励ますマヒナ。その言葉の半分は自分自身に向けたものでもあったかもしれない。
 そう、決して負けられないのだ、この戦いには。帰りを待つ大切な人に伝えると約束した話が、彼女にはあるのだから。
「『小さくたって力強い』、どんな相手でも皆で力を合わせればきっと……!」
 ハワイの諺を唱えながら、マヒナは仲間と駆ける。
 戦闘開始からおよそ10分。他班の安否は髭に遮られ全く分からない。
 皆、どうか無事で――そんなマヒナの祈りが届いたように、最後のひげ人形がミリムに倒され、髭の海がぶわりと開ける。
 その先には、髭の力で『手』を抑えつける青ひげの姿。
 ミリムは32名全員が無事に抜けたのを確認し、斧の刃を青ひげへ向けた。
「青ひげ! 今日があなたの最後です!」
『無礼者が』
 青ひげが、狂気を宿した瞳で番犬達を睥睨した。

●二
『頭を、垂れよ!』
 突然の攻撃が、その場にいる番犬達を襲った。
 人形のそれとは比較にならぬ、正確で鋭い髭の刺突。その場にいた前衛のメンバーが一人残らず、たった一撃で玩具のように吹き飛ばされる。
 ミリムの身代わりとなって消滅するアロアロ。奏過と樒は傷を抑えながら、乱れた陣形を即座に戻しにかかる。
 減衰込み、ただ一撃でこの威力。ドリームイーターの首魁たる寓話六塔、その一角に君臨する青ひげの、あまりに圧倒的な力だった。
「隊列を立て直そう、マコト!」
「オッケー、マヒナ! ボク達の強さ、青ひげに見せてやるよ!」
 回復を試みようとするマヒナと摩琴。だが、青ひげの攻撃は終わらない。鍵束から放たれた血濡れの鍵が赤い尾を引いて降り注ぎ、番犬達の後衛へと食らいつく。
「鞘柄、ケガは平気か……っ!」
 摩琴を庇いながら樒が投げる問いに、奏過は言葉を返せない。グラニテを庇ったまま、体を石のごとく固められているからだ。
「あの髭、石化持ちか。しかも――」
 それだけではない。髭の攻撃を受けた事で、樒のエクトプラズムは消え失せていた。
「メディックでこの攻撃力とは……な」
 青ひげは膝をついた番犬達を見下ろし、高らかに笑う。地を這う虫を見下ろすように。対する番犬達は悲鳴をあげる体を叱咤し、一斉に反撃を開始した。
「青ひげ! 無礼で下卑たあなたに示す礼儀は持ち合わせてません!」
 黒き大斧の一閃で斬りつけるミリム。その視界に、ふと水鉄砲型のバスターライフルで氷の刃を放つシャドウエルフの少女が見えた。
 ――勝つよ……。
 ――ええ、勝って帰りましょう。必ず!
 ほんの一瞬、交錯する視線。親友同士の会話は、それで十分だ。
 続くグラニテは、青ひげの姿に不思議そうに首を傾げ、
「んー……ひげが武器なのはちょっとよく分からないぞー……」
 日本刀で弧を描き、髭を刈り取っていく。
 その隣では摩琴とマヒナが、光の蝶とウミガメの幻影で盾役の二人を癒していく。
「回復はボク達に任せて!」
「ホヌ、力を貸して。守ってあげて……」
 青ひげの強大な力にも怯まずに、一人一人が力を合わせて戦う番犬達。
 小さくたって力強い。まさにその言葉が示すように、彼らが立てた小さな波紋は小波となり、小波は大波となって青ひげを脅かし始めた。
「符よ、敵の命を奪い尽くせ」
「ファイトなのだ樒! わたしがついてるのだ!」
 塞がりきらぬ傷を、樒は呪符を張ったナイフの力で吸収する。灯音が光の盾を降ろし、削られた護りは更に強固となる。勢いを増していく番犬達の猛攻。対する青ひげは、残った髭を伸ばして負傷を癒し始めた。
「力で解決を目論む姿、吾は共感を覚えるぞ。まあ、阻止するのだがな!」
 負傷を癒しながら、ジュエルジグラットの手を強引に押し止める青ひげへ、オニキスが『捕喰竜呪』を狙い定める。回復を阻害する呪いの弾丸だ。
「雪げぬこの血の呪い、汝にも分けてやろう。祟れ、捕喰竜呪!」
「何とも整え甲斐のある髭ですね。封じさせてもらいます、その武器を!」
 弾丸が、青ひげの腕を貫いた。
 血を滲ませ、呻き声を漏らす青ひげ。奏過はウミガメの力で石化を解くと、鎖で青ひげの髭を巻き取りながら、7名の仲間に目線で合図を送る。
(「青ひげは守りに入りました。今のうちに!」)
 仲間達は頷き合うと、他班の番犬と共に円陣を描き、青ひげを包囲した。
 32名の猛攻が四方八方から襲いかかり、グラビティの光が東京の夜空を眩く照らす。全方位からそれを浴び続ける青ひげの顔に、もはや余裕の色はない。
『おのれポンペリポッサ、魔女の長とは言え耄碌は避けられぬか! 図体だけの腑抜けめ! 役立たずめ!』
 少しずつゲートへ上昇していくジュエルジグラットの手。それはそのまま、青ひげが追い詰められている事の証左だ。
 もはや劣勢が覆らぬ事を悟ったか、青ひげは罵りをやめて突如身を翻す。
『そこをどけ! わしがジュエルジグラットに戻らねば、全ての計画が水泡に帰す!』
 言うが早いか、包囲を突破せんと身を躍らせる青ひげ。
 しかし番犬達はそれを許さない。猛攻を浴びて弾き返された青ひげは、なお諦めず突破を二度三度と試みるが、番犬の包囲はびくともしない。
『この青ひげが、ジュエルジグラットの全てを絶対制御し、モザイクを晴らすまで、後少しなのだ!』
 青ひげは傷だらけの体で吼え、最後の力を振り絞って奏過の隊列へ突っ込んできた。
「通しませんよ! 私達にも、譲れぬものがあるのです!」
 青ひげの攻撃を耐え凌ぎ、番犬達が反撃の刃を放つ。
「王子様と赤ずきんの元に送ってやります!」
「ここまでだ、観念せよ!」
 ミリムが振り下ろす、ルーンの光を帯びた斧が。
 オニキスが放つ、服を破る斬撃が。
「絶対に、逃がさないぞー!」
「さて、縫い留めようか」
 青ひげの漲る力を破壊する、グラニテの回転パイルが。
 灯音が狙い撃つ、巫術で作られた黒針が。
 残らず青ひげへ叩き込まれ、髭もじゃの体躯がぐらりとよろめいた、その時。
 轟音が、都心の空を揺さぶった。
 砕け散る結界。煌いて夜空を照らす、色鮮やかなモザイクの飛沫。
 それは夢喰いの結界が砕け、分かたれた手が再びゲートとの結合を果たした証であり、番犬達の勝利を示す瞬間であった――。

●三
 舞い散るモザイクの破片を、青ひげは虚ろな目で眺めていた。
 結界は解かれた。奮闘は無に帰した。
 力を使い果たし、番犬に包囲された彼に待っているのは逃れ得ぬ「死」だ。
『余の……モザイ……』
 肩を落としてぼそぼそと呟く青ひげ。
 長い長い沈黙の後、一人の番犬が疑問をぽつりと口にした。
「ドリームイーターがモザイクを晴らそうとしている事は知っています。だけど……何故なのですか?」
 返答を期待してはいない、戯れのような問いだった。
 だが青ひげは以外にも、蚊の鳴くような声でそれに言葉を返す。
『ドリームイーターは、ジュエルジグラットに大切なものを奪われた犠牲者の集まりだ……モザイクを晴らす事だけが、自分を取り戻す唯一の方法。しかし……』
 しかし、それも全てジュエルジグラットの掌の上に過ぎぬと青ひげは言った。
『モザイクを晴らすために集めたドリームエナジーは、ジュエルジグラットを肥大化させる為にのみ使われる。余達はモザイクを晴らす事は出来ぬのだ。ジュエルジグラットの気まぐれでも無い限りな』
「成る程……ゲートを閉ざしたのは、それが理由なのですね?」
 桃色の髪の少女が、探るように問うた。
 ――今なら、青ひげの口から聞けるかもしれない。この世界の、謎の一端を。
 この場に集う番犬達の、そんな思いを代弁するように。
『絶対制御コードの番人たる赤ずきんが滅んだ今、ゲートを閉ざし続ければ、ジュエルジグラットはドリームエナジーを得られずに弱体化する』
「ゲートを閉じジュエルジグラットのドリームエナジーを枯渇させても、根本的な解決策ではないだろうに」
 番犬の一人が放つ言葉に、青ひげは呻きながら地面を叩く。
『あと少しで、ジュエルジグラットの制御を奪い、その力で世界の全ての者どもに、我と同じ苦しみを与えられたものを……!』
「その身の上に同情はいたします……しかし同じ苦しみを与える、とはどういう意味です。答えていただきたい。寓話六塔」
 そう問いかける白い獅子に、青ひげは嘲弄で返した。
『決まっているだろう! お前達の大切なものをモザイクに変えて、その力を奪う事だ!』
 一斉に武器を向けられるのも構わず、青ひげはなおも吠える。
 余の恨みは、モザイクを晴らすだけでは晴れる事は無い。
 欠落を抱えず安穏と生きるモノ全てに、モザイクを植え付けねば収まらぬのだ――と。
(「なんて事だろう」)
 青ひげの言葉を聞きながら、マヒナは理解した。
 もしも自分達がゲートの封印を解かなければ、この男はいずれジュエルジグラットの制御を乗っ取り、戦争を仕掛けるつもりだったのだ。
 種族の未来のためなどではない、ただただ、己の欲望の為だけに。
 それを聞いたオニキスは、呆れた顔で肩を竦める。
「逆恨みも極まれり、だな」
「そうだよ。モザイクだけ晴らして満足してればよかったのに!」
 轟竜砲の砲門を青ひげの鼻面へ合わせるオニキスの隣で、摩琴は怒りを覚えていた。
 他者への憎しみを生きる糧とし、己が野望のために他者を陥れ続けた彼が、この結末を迎える事は半ば必然だと。
 青ひげが助かる道は万に一つもない。しかし、彼はかつての傲慢な声で笑いだした。
『ぶわっはっは……侮るな番犬ども! 寓話六塔たる余の最後、目に焼き付けよ!』
(「しまった……!」)
 それを聞いた奏過は、己の迂闊さを呪った。
 この寓話六塔が大人しく死ぬなど、絶対にありえない。
 今までの問答は、全て時間稼ぎだ――!
「いけない、青ひげは自爆する気です! とどめを!!」
『絶対制御コードを使うまでもなし! 余の髭の魔力とて、この程度は造作もない!』
「眼を見開きとくとご覧あれ! 刹那のショーを!」
 ミリムの描く紋章が、奇術師『ゼペット』を呼び出した。
 奇術師の投擲したナイフが音もなく飛び、青ひげの眉間に描き出された的の中央に深々と埋もれる。
 ミリムの一撃を皮切りに殺到する番犬の砲火。
 だが、青ひげは倒れない。
『ぶわっはっは、死ね、滅べ! ジュエルジグラットよ、余を拒みし世界の全てよ!!』
「わたしが歩んできた世界。たしかこんな感じでなー、それでそんな感じでー……」
 その時、高笑いを続ける青ひげを、グラニテが月白絵具で描いた綿雪が、蛍のような光を湛えながら優しく包み込んだ。
 それが、とどめ。
「んっ、完成だー! きれいに描けたぞー!」
『ぶわっはっは! ぶわっはっはっはっはっは!! ぶわっ』
 青ひげの狂える哄笑が、なんの前触れもなくぴたりと止んだ。
 狂気、憎悪、嘲り、恨み。悪臭漂う感情を帯びた光が青ひげの両目から消え失せ、巨体が地響きを立てて倒れこむ。策謀に生きた傲慢なる寓話六塔、『青ひげ』の最期だった。
 勝利を手にした番犬達の間に、束の間漂う安堵の空気。
 だが、それはウェアライダーの少年があげた悲鳴で吹き飛んだ。
「何が起きてん?!」
 彼の指さす先、青ひげの髭が残らずモザイクと化し、雪崩を打って襲ってきたのだ。

●四
「危ない、逃げて!」
 本能的に危機を察したマヒナの叫びと共に、髭のモザイクが牙を剥いた。
 それは瞬時に青ひげの躯を包み込むと、光の洪水となって番犬を突き刺していく。
「ケガはありませんか? 治療を――」
 奏過は心の中から『何か』が零れ落ちていく感覚に耐え、グラビティのメスを取った手を見て言葉を失う。
 彼が握っていたのはメスではなかった。モザイクに覆われた『何か』だったのだ。
「これ、は……」
 そこで奏過は初めて、自分の心から破壊衝動が『欠落している』事に気づいた。人を癒す時、常に彼と共にあった感情が。
 異変は奏過だけではない。周りの番犬達にも起こっていた。
「し、樒、その体……?」
「灯、どうして姿が……見え……」
 樒と灯音、愛し合う仲の二人は、お互いの身体がモザイクに。
「ワタシ達……ドリームイーターに、なり始めてる……?」
 マヒナは真っ黒に塗り潰されていく空を見上げ、呟いた。あれほど眺めるのが好きだった夜空が、星々があった空間には、今やぽっかりと虚無が広がるばかりだ。
「離脱するぞ! 留まるのは危険だ……っ!」
 オニキスは輪郭を失った腕に最後の力を込め、動けない仲間をジュエルジグラットの手の外へと放り投げ始めた。
 このままでは夢喰いへ変貌するのは時間の問題だ。
 そうなる前に『手』から離れなければ――!
「摩琴ー、もうみんな飛び降りたかー?」
「ボク達で最後! 行こうグラニテ!」
 二人は同時に大空へ身を躍らせた。
 一瞬の浮遊感の後、重力に体を引き寄せられながら、グラニテの眼下に広がる世界は、再び温もりを取り戻し始めた。

●五
 地上が迫る。うなる風が全身を打ちつける。
 ジュエルジグラットの手が、みるみる遠ざかっていく。
 そして――地上に降りた時、番犬達のモザイクはもう消えていた。
 欠落しつつあった感情も、それぞれの心に戻って来ている。
「青ひげ……恐ろしい敵だったね」
「ええ。まさか最後に、あのような術を使うとは」
 青ひげが遺したモザイクの渦を仰ぎながら、摩琴とミリムは先の戦いを振り返る。
 結界の破壊に成功したこと。青ひげが語った夢喰いの正体。
 そしてモザイクに大切なものを奪われれば、番犬ですら夢喰いへ変貌すること――。
「皆さん、ポンペリポッサが!」
 奏過が指さす先には、東京湾に飛び込んで逃げていく大魔女の姿が見えた。
 ゲートを塞ぐように蠢くモザイクの渦は、寓話六塔でさえ迂闊には近寄れないのだ。格下の夢喰い達は言うに及ばずだろう。
「決着は、あの渦が収まってから……だね」
 再び光を取り戻した夜空を、マヒナは仰ぐ。
 彼ら夢喰いとは、遠からず決戦の時が訪れる。その果てに自分達を待っているのは、一体どんな未来なのだろうか。
 番犬の視線が集まる先、ジュエルジグラットの掌で、モザイクは静かに渦巻いていた。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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