七夕寓話六塔決戦~天と地の巨塔

作者:白石小梅

 ジュエルジグラットの手を巡る、ケルベロスとドリームイーターとの戦い『七夕防衛戦』は、ケルベロスの完勝で幕を閉じた。
 自らも、迎撃の役目を果たした、メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)は、空に浮かぶ巨大な手を見あげる。
 その巨大な手は、ケルベロス達をジュエルジグラットへと招くかのように怪しく光り始めている。
「この光が、季節の魔力なのですか?」
 メリーナは、周囲の仲間達を見渡し、ひとつ頷くと、その魔力の光に導かれるように、ジュエルジグラットの手へと向かったのだった。

 魔力の光を帯びたジュエルジグラットの手には、異変を察知したケルベロス達が集まっていたが、メリーナが近づくと、皆、一斉にメリーナの方に振り向いた。
 何故なら、高まりつつあった季節の魔力が一斉に動き出し、メリーナの周囲に渦巻くように収束していったのだから。
 メリーナは、驚きつつも、その力が自分に従おうとしている事を理解し、その力に体をゆだね、その力を制御し、使いこなそうと試み、そして成功する。
「これが、季節の魔法の一つ、七夕の魔法の力なのですね。
 七夕の力の真髄は、無理やり引き裂かれた2つの存在を繋げる事。つまり、七夕の魔力があれば、寓話六塔の鍵で無理やり引き裂かれた、ジュエルジグラットの手を上昇させ、ゲートの封鎖を破壊する事ができます!」

 こうして、ジュエルジグラットの手は、寓話六塔戦争の最終段階で、ジグラットゼクスにより閉じられた扉を破壊すべく上昇を開始した。

●二塔決戦
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。遂に、この時が来ました」
 望月・小夜は集まった精鋭たちへ頷いて。
「皆さんの活躍により『ジュエルジグラットの手』に集結しつつあったドリームイーターは全て撃退され、敵は虎の子の精鋭部隊を喪失いたしました」
 これだけでも十分な戦果だが、今回の結果はその上を行く。
「これによりメリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)さんが、季節の魔法の一つ『七夕の魔力』を、制御する事に成功いたしました。彼女は今、七夕の魔力によって『引き離された二者を繋ぎ合わせる』大魔法を発動できるのです」
 すなわち、切り離されたジュエルジグラットの手をこの魔法でゲートに叩きつければ、強固に施されたゲート封鎖を破壊できる。
「そうすれば、ドリームイーターの拠点は丸裸……最終決戦を挑む事ができます。しかしもちろん、敵もそれを黙って見ているわけではありません」
 これを阻止せんと立ち塞がったのは、寓話六塔の『青ひげ』と『ポンペリポッサ』。
「『青ひげ』は手の切断面の前に上昇を抑え込む形で立ち塞がり、一方、『ポンペリポッサ』は指先を持って地面に引きずり落とそうと喰らい付いて来ました」
 2体もの寓話六塔に妨害されては、七夕の魔力といえど押し負けるだろう。
 つまり、今回の任務とは。
「皆さんは急ぎ『青ひげ』か『ポンペリポッサ』の所へ向かい、妨害を阻止……可能ならば撃破すること。それが、今回の任務です」

●作戦概要
「作戦は、精鋭六部隊による強襲によって行われます」
 即時動員できるのはそれが精一杯だが、敵は勢力の首魁。しかも二体。易々と倒せる相手ではない。
「ええ。ですが敵は七夕の魔力の妨害に多くの力を割いているので、撃破可能性は十分にあります。そもそも撃破せずとも、敵の妨害を阻止するだけでもこちらの勝利なのです」
 そう。これは重要な選択だが、こちらは攻め手。攻め方は自由だ。
「敵の妨害を阻止するだけなら2班あれば十分。1班でも攻め方によっては十分可能でしょう。撃破を狙うなら4班分の戦力は欲しいですが、3班でも戦術で劣勢を覆せる可能性はあります」
 つまり5:1なら『優位な状況で片方の撃破を狙えて、片方の妨害阻止も可能性がある』。
 4:2なら『互角の状況で片方の撃破を狙えて、優位な状況で妨害阻止に臨める』わけだ。
「そして3:3なら『優位な状況で双方を妨害阻止でき、双方共に撃破出来る可能性もある』わけです。無論、両方とも撃破出来ない可能性も高いですが、損はありません」
 逆に、すでにドリームイーターの脅威は低下したと判断して0:6に振り分ける手もある。『厄介な方を確実に抹殺できる』だろう。敵の再起には長い時間を要するはずだ。
 どの選択肢においても、少数戦力でも高い戦果を挙げられる可能性がある。
 必要なのは、強い決意と実力、そして戦術の冴え。
 そして自分たちの決断を信じる心だ。

 小夜はブリーフィングを終え、強く頷く。
「奴らの力の源泉『季節の魔法』がこちらの反撃の糸口になるとは皮肉なものですね。ゲート封鎖を破壊し、ドリームイーターを壊滅させることも今の皆さんならば出来るはず。さあ、出撃準備をお願い申し上げます」
 小夜はそう言って頭を下げるのだった。


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)
浅川・恭介(ジザニオン・e01367)
エリシエル・モノファイユ(銀閃華・e03672)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
輝島・華(夢見花・e11960)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)

■リプレイ


 ゆっくりと上昇していくジュエルジグラットの手を、天より髭で押さえ込む『青ひげ』と、大地よりしがみ付く『ポンペリポッサ』が食い止める。
「存亡賭けての腕相撲、か……賭金は安くねえが、その価値はありそうだ」
 ヘリオンのハッチの向こうに広がる、凄まじい魔力のせめぎ合い。それを睨みながら、レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)が呟いた。
 敵は、魔女の群れをも従える夢喰いの首魁。結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)は、震える指を握りしめて立ち上がる。
「数々の仲間たちが、作ってくれた機会です。皆さん、必ずものにして見せましょう。さあ……行きます!」
 『青ひげ』の対空防御射程の縁を四機のヘリオンが掠め飛び、番犬たちが飛び出した。
『……! 地球に残された精鋭を全て呼び寄せたというのに、一体も辿り着けなかったとは。なんという役立たずどもだ』
 敵接近を察した重い声が脳裏に響く。七夕防衛線で討ち漏らしがあれば、奴の護衛として現れたことを予測しつつ、番犬たちはジュエルジグラットの手をひた走る。
『ならば余の髭の餌食となるがいい』
 その時、番犬たちの足元を覆っていた青い髭が波打って絡まり合い、巨大な人影を作り上げた。
「これは!」
 32人を分断するように現れるは、その数を上回る髭人形の群れ。メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)は、皮肉を込めて口の端を持ち上げる。
「……翼持つ者として、対空防御が厄介だと思っていたが、まさか無数の分身体まで操るとは。何としても、ここで決着をつけなければね」
 相棒の安田さんと共に、浅川・恭介(ジザニオン・e01367)は武器を引き抜く。
「舞踏会の相手まで用意してくれるなんて、サービス精神旺盛ですね。僕たちと『青ひげ』さんたちの、どちらが上手(滑稽)か。さあ、踊りましょう……!」
 そして始まる、掌上の舞踏会。気合を吐いて番犬たちは跳躍し、刺突の如く髭を伸ばして襲い来る髭人形へと打ち掛かる。
「どんな戦い方するのかさっぱりわかんないと思ってたけど、敵の首魁ともなると特殊能力も桁違いだね。ま、もうやるしかないんだけどさ! 行くよ!」
「ああ……その髭、残らず毟ってやりな」
 レスターが輝く盾を展開して髭の刺突を打ち払う中、エリシエル・モノファイユ(銀閃華・e03672)の二代孫六兼元が霊を宿して敵を斬る。
「ようやく掴んだ反撃の機会……お髭の先に邪魔される訳にはいきません。ブルーム、大変だけど皆様のことを守ってあげてね……!」
 輝島・華(夢見花・e11960)の号令に合わせ、花箒の如きライドキャリバーが安田さんと共に髭人形に突っ込んだ。その後ろから華は、流星の如く敵を蹴り破る。
 その背を狙う刺突を、ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)が回し受けて。
「ただの形骸の割に硬い……全力で時間を稼ぎつつ、こっちを消耗させる作戦だね。でも、そうはさせない。さあ、今だ。胸倉を狙えるよ」
「はい! 俺はもう……震えているだけの俺では無い!」
 ヴィルフレッドに引き倒された髭人形を、レオナルドが咆哮と共に斬り裂いた。
「行って、ブルーム。今はあなたの力が一番有効だから……!」
「安田さん、援護を……! 広範囲を狙えるのは、君たちだけです」
 範囲攻撃で髭人形を払いのけるブルームと安田さんを先頭に、番犬たちは敵陣を走る。波打つ髭で見えないが、恐らくは他三班も同速で突き進んでいるはずだ。
「呪詛はなし……単純な威力狙いか。癒しで後れを取るわけにはいかないな」
「ええ。慎み深い方とのことですし、身嗜みはしっかりしてもらわないと……ね」
 メイザースの雷が恭介の身に宿り、その蹴りで髭人形を真っ二つに剃り削る。
 一方、朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)は、襲い来る髭の刺突を引き千切る。嘗て、この髭に苦しめられた友人の姿を胸に。
「私の友達を傷つけるやつは絶許ですよ。この爪が届く限り、全力で……切り裂きます!」
 雄叫びと共に環は跳ぶ。その両腕に纏わせた氷魂を叩きつければ、最後に残った髭人形は凍てつきながら微塵に消し飛んだ。
「……その為に、私はここへ来たんです! いざ、勝負です……『青ひげ』!」
 ついに番犬たちは、髭人形を抜ける。その先に、狂気の双眸が爛々と輝いていた。
『無礼者が』
 そして、青い闇の主が、動き出す……。


 『青ひげ』の前に、並んで飛び出す32人の番犬たち。作戦開始より、約10分。番犬たちは敵陣を、一人として欠けることなく貫いた。
 しかし。
『……頭を、垂れよ!』
 その瞬間、大地を覆う青い闇が迸る。その刺突は形骸の力を遥かに超え、突撃する番犬たちの布陣を一撃で引き千切った。
「ブルーム!」
 主人を庇ったブルームが消失し、大波に打たれたように後衛が弾け飛ぶ。
「なっ……!」
 全班合わせて10人を超える数が吹き飛ばされ、使い魔たちが次々と消し飛んで行く。
「減衰してこれだって……! 慎み深さはどこ行ったんだ」
「これが寓話六塔の……『破格の強さ』ですか!」
 しかも、エリシエルとレオナルドが抜いた刃が距離を詰めるより先に、すでに『青ひげ』は鍵束を掲げ上げている。
「いけない、連続で来ます! メイザースさん! 合わせられますか!」
「わかっている。前衛を支えようじゃないか。誰一人、落とさせはしない……!」
 環の紙吹雪がレスターの前に広がり、メイザースのまじないが指先を通じてヴィルフレッドの負傷を縫いとめる。
 護り手たちが前に出ると、鍵束が爆裂した。鍵は血のように紅い軌跡を描いて全周を貫き、前衛を弾き飛ばす。安田さんが光と消え、弾鍵に貫かれた体は石の如く重くなる。
 吹き飛んで転がりながら、レスターとヴィルフレッドは身に帯びていた加護が引き裂かれるのを感じ取る。
「石化と同時に破剣……! 敵はメディックだよ。信じられない威力だけどね」
「おれは狗だ。そして、盾だ。痛みも礼儀も知ったことか……!」
 腹腔の傷を握り締め、二人は気力を燃え上がらせて呪いを破る。
 たったの二撃で、番犬の一斉突撃のほとんどを蹴散らし、青い影は高嗤う。
 だがその眼前に、二つの影が揺らめいた。
『……!』
「ボクは奇剣士。正々堂々、真正面から……不意討ってやる」
「この膝がいくら震えても……もう決して折りはしない!」
 それは、エリシエルとレオナルド。渾身の瞬斬が『青ひげ』の脇に閃いて、血飛沫がはねた。
 援護と盾が、攻め手を届かせたこの瞬間こそ、反撃の機。
「慎み深く、控えめに……地味な感じで殺して差し上げましょう。さあ……お髭を剃ってあげてください」
 羽を広げた恭介の手から花吹雪が溢れ、蠢く闇に絡みつくようにその動きを縛る。それに合わせ、隣の班から緑髪の竜人が駆け抜けた。
「恭介、頼りにしているんだぜ」
 重い音と共に槌の一撃が走り『青ひげ』は低い咆哮をあげて身をよじる。
 連携する他班の仲間たちを見て、華は傷を拭って立ち上がった。
「皆さんが身を盾にして……頑張ってくれてるんです。私、それを無駄にはしません!」
 花束を掲げるように装飾に指を這わせ、杖の如く竜槌が火を噴いた。
『おのれ……!』
 各班より番犬たちの攻撃が殺到する中、青い闇は渦巻くように千切れた髭を伸ばして身を隠す。
「……! 反撃を捨て、七夕の魔力の阻害に集中する気ですね!」
「なら、こちらを攻撃できないはず。皆さん、一斉攻撃を……!」
 環と華が頷き合い、渦巻く髭を引き裂きながら打ち掛かる。メイザースは黄金の果実を輝かせ、味方を蝕む石化を解いて。
「戦線を支えるのは呪術医の本領。援護は私一人に任せたまえ」
「ああ、頼む。俺たちは、奴を守勢に押し込む……!」
 レスターが大剣で髭を薙ぎ払い、仲間たちは青黒い渦に呑まれるように輪を作っていく……。


 番犬たちはうねる青い闇へ執拗に攻撃を浴びせるが、髭を無限に伸びあがらせて『青ひげ』は自己回復を図る。狂気の双眸は闇の中を逃げ回り、時を稼ぐ。
 永遠とも思える膠着は、およそ10分。
 そして……。
『おのれ。ポンペリポッサ! 魔女の長とは言え耄碌は避けられぬか! 図体だけの腑抜けめ! 役立たずめ!』
 血に塗れた『青ひげ』の罵声が、膠着の終わりを告げた。
 その髭を、螺旋状に巡る氷で裂きながら、ヴィルフレッドは闇の彼方を振り返る。
「手の上昇は続いてる……向こうが上手くやってるね。君はもう、誰も殺せやしないよ。物語では、最後に『青ひげ』が死ぬのは決まってるんだ」
 作戦の失敗を悟った『青ひげ』は、雄叫びをあげて髭を掻き分けるように逃げ出した。
『そこをどけぇ! 余がジュエルジグラットに戻らねば、全ての計画が水泡に帰す!』
 だが撤退を図る『青ひげ』の正面には、すでに一丸となった他班が身構えていた。
「このチャンス、取り逃がさないわ!」
 轟砲に叩き返され『青ひげ』は慌ててこちらへ身を捻る。
 しかし、その動きは予測の範囲。影の如き一閃が、その足首に走って。
「どたどた走るんじゃないよ。礼儀正しさはどこ行ったんだい?」
 エリシエルの刃に足を掬われた『青ひげ』の胸倉に、レスターの鉄塊が喰い込んだ。
「秘密の部屋の鍵は頑丈にしとくべきだったな」
『がっ……あぁあ!』
 二人を髭で押しのける『青ひげ』の顔面に、今度は華の蹴りがめり込む。
「最初から全力で闘っていれば……門は守れずともあなたは逃げられたのでしょうね」
「でも、もう時間切れだよ。絶対に、逃がさない! みんな、囲んで!」
 そして環の振るったバールが、その巨体を包囲の中へ叩き戻した。
『おのれ……! この青ひげが、ジュエルジグラットの全てを絶対制御し、モザイクを晴らすまで、後少しなのだ!』
 密室で惑う鼠の如く『青ひげ』は無様に這い回る。しかし番犬の包囲は完成し、もはや抜け出す隙はない。
「形勢は、完全にこちらに傾きましたね。ほら、勝負がつきますよ。決着です」
 騒刃を振るって髭を刈っていた恭介が、静かに空を振り返る。
 そして大気が、轟いた。
『……ッ!』
 門を挟んで両界を切り離していた結界が、無数のモザイク片となって砕け散ったのだ。
 『青ひげ』の絶望の咆哮の中、巨大な手は門の向こうと結合する。
 モザイク片が煌いて降り注ぐ中……ゲート封鎖は破られた。


 『青ひげ』が、膝をつく。
「ここまでだね。七夕の魔力は、完成した」
 ヴィルフレッドが振り返れば、レスターが処刑人のように大剣を降ろす。
「30を超える狗に囲まれりゃ、生き延びる術もない。悪夢もこれで終いだ」
 そう。勝敗は決した。
『余の……モザイ……』
 ぶつぶつと呟く『青ひげ』。
 重苦しい沈黙の後、他班の銀髪のレプリカントがぽつりと口を開いた。
「ドリームイーターがモザイクを晴らそうとしている事は知っています。だけど……何故なのですか?」
 それはふと、口に出た問いかけ。
『……ドリームイーターは、ジュエルジグラットに大切なものを奪われた犠牲者の集まりだ』
「!?」
 虚ろな返答に、環が驚愕する。
『モザイクを晴らす事だけが、自分を取り戻す唯一の方法……しかし、それも全てジュエルジグラットの掌の上』
 その双眸を泳がせる『青ひげ』。華は同情を抑えながらも、その囁きに耳を傾ける。
『モザイクを晴らすべく得たドリームエナジーは、しかし、ジュエルジグラットを肥大化させる為にのみ使われている。余達はモザイクを晴らす事は出来ぬのだ。ジュエルジグラットの気まぐれでも無い限りな』
「成る程……ゲートを閉ざしたのは、それが理由なのですね?」
 別方向から、桃色の髪の娘が問うた。恭介も、促す先を邪魔立てはしない。
(「彼が茫然自失となっている今なら何か……聞けるかもしれませんしね」)
 そう。世界の謎の一端を。
 その想いが、番犬たちに手を出すことを躊躇させている。
『絶対制御コードの番人たる『赤ずきん』が滅んだ今、ゲートを閉ざし続ければ、ジュエルジグラットはドリームエナジーを得られずに弱体化する』
「……ゲートを閉じジュエルジグラットを弱らせても、根本的解決はしないだろうに」
 メイザースがそう眉を寄せる足元で『青ひげ』は震えながら拳を握り締め、己の憎む大地を叩く。
『あと少しで、ジュエルジグラットの制御を奪い、その力で世界の全ての者どもに、我と同じ苦しみを与えられたものを……!』
 そうだ。彼らは欠落による飢餓に支配された虜囚。その行動の全ては、解放への足掻き。その道を断たれた『青ひげ』から滲む苦悩と失望は、紛れもなく本物だった。
 だがレオナルドの胸には、哀れみと共に聞き捨てならぬ疑念が生じる。
「その身の上に同情はいたします……しかし同じ苦しみを与える、とはどういう意味です。答えていただきたい。寓話六塔」
 その瞬間、茫然としていた初老の男は双眸に狂気を宿して咆哮した。
『決まっているだろう! お前達の大切なものを『モザイク』に変えて、その力を奪う事だ!』
 一斉に武器を構える番犬たち。『青ひげ』は唾を飛ばしながら立ち上がる。
『我が恨みは、モザイクを晴らすだけでは晴れる事は無い! モザイクを持たずに生きていたモノ全てに、モザイクを植え付けねば収まらぬのだ……!』
「逆恨みも極まれり、だな」
 誰かの唾棄に対し、『青ひげ』は狂気に満ちた笑い声を張り上げた。
『侮るな番犬ども! 寓話六塔たる余の最後の力、目に焼き付けよ!』
 そう。世界の謎と胸の内を吐露して時間を稼いだ理由は、つまり。
「いけない、青ひげは自爆する気です! とどめを!」
「ああもう、往生際の悪い!」
 誰かが叫ぶのを聞きながら、エリシエルは舌を打って雷刃を放つ。
『死ね! 滅べ! ジュエルジグラットよ! 余を拒みし世界の全てよ!』
 瞬間、『青ひげ』の巨体は全周から貫かれ、他班から放たれた白雪の絵具がその身を包み込んだ。幻想的な光景の中『青ひげ』の狂笑は止まり、モザイクに包まれていく。
 寓話六塔の一塔が遂に倒れた……その時。
「……!?」
 ジュエルジグラットを従え、全人類の大切なものをモザイク化せんと企んだ男の憎悪と狂気が、その身から迸る。
 モザイクの津波となって。


 溢れ出るモザイクが身を貫いた瞬間、胸の奥が焼けるような喪失感が身に走る。
「っ……!」
 道連れを狙った自爆か。
 いや。この痛みには、物理的衝撃が伴わない。だが、代わりに。
「これは! 俺の心臓……『勇気』が……消える……!」
 それは、レオナルドの苦悶の呻き。心臓の炎が急速に弱まり、体を奮い立たせていた『勇気』が流血の如く体外へ漏れて行く。
(「……! 言葉が……出ない。私の……『約束』が……」)
 メイザースは、濁った感情のみを残して言葉が消えて行くことに気付いた。寿ぎも、呪いも、約束も、何もかもが溶けるように。
「ダメージはないよ。皆、落ち着い……っ! ……ッ!?」
「やめろ……クソッ。なんだ、こいつは……!」
 神経を掻きむしる苦痛の中、ヴィルフレッドの思考から『冷静』さが流れ出し、レスターの『記憶』から妻子の姿が消えて行く。
 そう。番犬たちが培った『大切なもの』が。
 そして。
「ねえ、これって……私の、モザイク……ですの?」
 その胸元に咲きはじめたモザイクを指して、華が呟いた。全てに対して『興味』が薄れる心を必死に繋ぎ止めながら。
 一方、エリシエルは己の手を見つめている。モザイクに呑まれ『刃』を掴めなくなりつつある手指を。
「まさかボクら。ドリームイーターになりつつ……あるのか」
 欠落の衝撃と苦痛に呑まれ、膝をつきそうになる……その時。
「皆、急いで離れて! 距離を取れば、少し楽になるよ!」
 偶然少し離れていた環が、そう叫んだ。溶けだしつつある『守護の心』を押さえ、彼女は呼びかける。
「ジュエルジグラットの手から離脱するんです……! 飛び降りましょう」
 それは恭介。心から『安田さん』を喪失しつつある彼は、己の半身を守ろうと思わず身を退いたことで、一瞬早く我を取り戻した。
 振り返れば、すでに『青ひげ』の巨体は溶け、モザイクの津波となって迫り来る。
 番犬たちは弾かれたように走り、高空へと身を躍らせた。
 心無き、滲みの虜囚とされる前に……。


 空に舞う感触、風を切る鋭い音、咽こむ呼吸。
 モザイクに包まれて行くジュエルジグラットの手が遠ざかるにつれ、咲きつつあったモザイクも崩れ落ちる。
 そして各々の心に、欠落しつつあったものが戻ってくる。
 大切なものをモザイク化される苦痛は、ワイルドスペースに耐性を持つケルベロスさえ夢喰いへと堕とすのだ。
 あのモザイクの渦こそ『青ひげ』最後の大魔術。
 あれが鎮まるまでは、ゲートに近づく事は出来ない。
 だが。
 滑落しながらも、番犬たちは気付いていた。
 迫るモザイクから逃げ、手を飛び降りる『ポンペリポッサ』の背に。
 『青ひげ』が溶けたことから鑑みても、夢喰い達もあの渦には近づけないのだ。
 すなわち手を包んだモザイク渦が鎮まるまで、ゲートから敵が出てくることは出来ず、地球にいるドリームイーターが向こうに逃げ帰る事も出来ない。
 門より伸びる巨大な手を睨みながら、番犬たちは大地へ着地する。
(「つまり、後はあの渦が収まれば……」)
 そう。決戦を挑むことが出来る。
 決断の時は、近い……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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