サンシャイン・フラッペ

作者:東間

●夏の目覚め
 連日空を覆っていた灰色雲はどこへやら。鮮やかな青空、もくもくボリューミーな白い雲、そして上昇する気温と関東はすっかり夏らしくなっている。
 降り注ぐ陽射しと熱が都会のコンクリートジャングルを熱する中、住宅街の一角にあるゴミ捨て場もじりじりと気温を上げていた。
 幸いだったのは、ゴミ収集日でなかった為にあの嫌な臭いが漂っていない事。
 不運だったのは、曜日など関係なしとかき氷機が置いてあった事。
 捨てた人物か誰かの悪戯か、そのかき氷機に『拾ってください』という紙が貼られていたが、それをコギトエルゴスムをくっつけた小型ダモクレスがチュインッ。テープ部分を器用に焼き尽くし、かき氷機の内部に潜り込んでいく。
 無風だった為にアスファルトの上に落ちた紙が面いっぱいに陽射しを浴びる間、ウィーンガショーンゴゴガガガゴギャンッ! とかき氷機はメタモルフォーゼ。
 艶々の新ボディを手に入れたかき氷機生まれのダモクレスは、それを見せつけるかのように歩き出す。ぱかりと開いた腹部からは、ウィィィンという音と共にきらきら光る粒が零れていた。

●サンシャイン・フラッペ
 とある住宅街、ゴミ捨て場に置かれていたかき氷機がダモクレスになってしまった。
 その報せを持ってきたラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)は、元になった商品画像を見てぽつり。
「日本はまたこういう可愛いものを作って」
「可愛い……? デザインでしょうか? それともカラーリングが?」
 興味を浮かべた壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)に、ラシードは「デザインだね」と言って画像を見せる。
 お皿はここだよ、と示すように両翼を添える、ぷりっとした白いアヒル。元々は子供向けに作られたコンパクトなかき氷機なので、全体的に丸みを帯びた可愛らしいデザインだ。
 そしてそのままに大きくなったかき氷機は、自由に動かせるようになった両翼からぷりっとした羽根型ミサイルや、黄色いクチバシから光線を放ってくるらしい。
「それともう一つ。実にかき氷機らしい攻撃をしてくるんだ」
 空気中の水分を吸収し、それを冷気に変え広範囲に放つ。肌に触れた冷気が氷に変われば、時間と共に痛みをもたらすだろう。しかし、その威力は高くない。
「今の時期だと逆にありがたいんじゃないかな?」
「間違いなく有り難いかと。しかしダモクレスですから、冷気のお世話になり続ける訳にもいきませんね」
 アヒル型かき氷機ダモクレスが現れた場所は、住宅街の一角にあるゴミ捨て場。ダモクレスとなった直後に接触出来る為、そこから斜め向かいにある神社境内へ誘い込むといい。車と人を含めた周辺一帯の心配事は、警察が全て引き受けてくれれるそうだ。
「君達はかき氷機ダモクレスをササッと撃破して、スイカのフラッペを楽しんでおいで」
「そうですね、迅速に撃破…………スイカのフラッペ、ですか?」
 しっかり頷いてから『?』となった継吾に、ラシードは去年の今頃、同じようにダモクレスを撃破したケルベロス達に涼と甘いひとときを提供した『みのり』というカフェの存在を教える。
 季節のフルーツ一種を使ったフラッペを味わえる、フラッペ専門カフェ『みのり』。去年のこの時期はメロンだったが、今年はスイカを使った赤いフラッペが味わえるのだ。
 パリパリとしたチョコチップを含んだ赤い氷は、勿論スイカから。スイカの実も果汁もふんだんに使っており、すっきりとした甘さが特徴的。そして皿を縁取るのは、ミルクソフトクリームと三角カットされた赤と黄色のスイカだ。その色形から、赤い太陽とも呼ばれているらしい。
「そして美味しい」
「という事は……ファルカさん、食べたんですか?」
「ああ、一足先にすまない。でも味は保証する!」
 夏の暑さもダモクレスもぶっ飛ばして――今だけの、赤い太陽を!


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
連城・最中(隠逸花・e01567)
神宮時・あお(彼岸の白花・e04014)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)
輝島・華(夢見花・e11960)
神子柴・甚九郎(ヒーロー候補生・e44126)

■リプレイ

●アヒル・イン・サマー
『グワ?』
 ケルベロス達に対するアヒル型かき氷機ダモクレスの第一声が、それだった。
 神社境内には不釣り合いな、可愛らしいフォルムのボディは非常にギラギラとして眩しい。それもこれも全部――。
「実に、暑き、日々で、あるな………」
(「……夏、ですね……」)
 前へ出てじっとりと汗を垂らすレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)の後ろ、神宮時・あお(彼岸の白花・e04014)が首肯すると、神子柴・甚九郎(ヒーロー候補生・e44126)は四方から来る暑さに疲労顔。
「でもって全力で夏らしいダモクレスだー……」
「しかし、このような敵は実に大歓迎である、うむ」
 元カキ氷機という敵の経歴。それに似合いの腹部からは稼働音と共に冷たそうなキラキラが。しかし甚九郎は、この暑さの中いつまでも外で戦っていたら熱中症になってしまう! と警報よろしく声を上げた。
「ぱぱっと倒そう! そして涼もう!」
「ふわふわじゃ、ない……」
「そうだふわふわ――えっ?」
 ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)の悲しみ帯びた声にアヒルが首を傾げた。
 敵の外見に、ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)のアヒルちゃんミサイルも何やら滾っている――らしい。
「思わぬ強敵の登場……というよりは夏の納涼はアヒルボートが至高とか言いたそうなのじゃ」
 それではビルシャナなのじゃというウィゼへグワグワ鳴いたアヒルは、ツルツル質感かつ敵。しかし丸みのあるフォルムが随分可愛らしく、ラウルはどうにも頬が緩んでしまう。
 だがフワフワしていないアヒルはもふれない。あの外見からして触れれば掌に火傷を負う可能性もある。
「悪ぃな」
 心と共に纏う空気と表情が変わった瞬間、至近距離から叩き込んだ清冽な銃撃が戦闘開始を告げる。
 花咲く箒めいたライドキャリバー・ブルームが激しいスピンで砂利までも踊らせる間に、輝島・華(夢見花・e11960)が一瞬で編み上げた雷壁が前衛の周りに聳え立った。
「可愛らしいアヒルが悪さをしないように、ここできっちり止めないといけませんね」
 お楽しみのフラッペの為にも頑張ります。
 戦闘後を見据えた頼もしい言葉に甚九郎はおう! と声を上げ雷壁の内に紙兵の群れを向かわせる。飛び回る守護にレーグルは目を細めた。華の言う通り、ここはフラッペの為にもしっかりと為すべき事を為さなければ。
 振り上げた黒鎖の表面を地獄炎が覆う。叩き付けた一撃にアヒルが抗議の鳴き声を上げるが、ウィゼのブラックスライムがばくんっ。ガァガァ響いていた声が途絶え――。
『グワワッ!』
 飛び出したアヒルの黄色いくちばしがビカーッと光を放つ。迷わず飛び出した華は両腕に負った傷を厭わず、恋する乙女の理想にも映る眩しい人――アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)の無事を確認しようと振り返った。
「ご無事ですか、アイヴォリー姉様……!」
「暑い……あつ……フラッペ……」
「アイヴォリー姉様?」
 壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)の癒しが華の腕を癒した瞬間、アイヴォリーの目に並々ならぬ想いが映った。一刻も早く『みのり』に行きたい。その一心を宿した攻撃は、アヒルの翼を鮮やかにかいくぐり、喉元へズドン!
 音からしてアヒルのボディは硬質らしい。あおは小さく肩を跳ねさせ――ビームに撃たれた華へ、一瞬だけかすかな感情浮かべた目を向けて。そしてすぐアヒルを見る。倒したらスイカのフラッペが待っていると聞いたけれど。
(「……初めて、聞きました。……どんな、の、なの、でしょう……」)
 ――とりあえず。
(「目の前の、ダモクレスを、倒さなくては、です、ね」)
 ふわり立ち上ったオーラから爆ぜるように撃ち出された弾丸が、アヒルの片翼を撃ち抜いて凍てつかせた瞬間、驚きで目をぱちっと瞬かせたアヒルの視界いっぱいに連城・最中(隠逸花・e01567)が映る。
 眼鏡を外した緑の双眸は、常と同じで表情の彩は非常に薄く。しかし頭上に広がる鮮やかな青と白、四方から身の内へじりじり迫る熱気に対し感情は緩やかに。そして確実に動いていた。
 ひゅっ、と空気裂いた蹴りがアヒルの全身をぐわんぐわんと震わせる。
「……暑い、ですね。負けずに頑張りましょう」
 エアコンの効いた店内。冷たく甘い、スイカフラッペ。
 待ち遠しい平穏の前に冷気攻撃を望んでしまいそうなほど、ここは暑かった。

●アツアツ・ヒエヒエ・サマー
『グワー! グァグァグワワ!』
「アヒル語はわからねぇよ」
「右に同じく!」
 ラウルと甚九郎、二人が立て続けに見舞ったのは星の如き技。星の力を孕んだ蹴撃に両翼をバタつかせたアヒルが左へぐらっとすれば、今度は墜ちる彗星思わす突撃によって右へがくんっ。
 ぶるると首を振ったアヒルの両目が少しだけ鋭くなった。キリッとしたらしいが可愛さ勝る真っ白な顔、そこへゴウッと赤が映る。ブルームが纏う炎の色はアヒルの白を一気に照らして、染めて。
『グワワーッ!』
 ガァン! と激しい音が響き、砂利と火の粉が舞い踊る。
 その向こうに立つ華は、まだまだやる気に溢れているアヒルを見て迷う事なく雷壁を編み上げた。癒しと加護でもって包み込んだ先は己の後方――四人の仲間がいる、後衛へ。
『グワッ! グワッ!』
 アヒルが両翼をバタバタさせ、飛び跳ねる。
 まるで「余計な事をするな」と叫んでいるような。
 しかしアヒル語を――それもダモクレスなアヒル語を解する者はおらず、いたとしても敵の意見を受け入れる筈もない。
 それを現すようにウィゼが鋭槍と化した“黒”で「そこなのじゃ」と容赦なく貫いて、傷口から毒が注がれていく。
 けたたましく鳴いたアヒルが、翼に足にくちばしにと、動かせるもの全てを動かしウィゼから離れるが、離れて一秒もしない間に迫ったレーグルの蹴撃が頭部を捉えた。蹴り抜いてすぐ、今度はあおの起こした古代唄魔法――世界を見守る風、その守護の力がつるりとした全身を絡め取っていく。
『グワワッ!?』
 その拍子に、くるっと上を向いたお尻の先端は様々な灰色宿した砂利によく映えたが、最中の脳裏には別の場所が浮かんでいた。
(「アヒルは風呂場の方が似合うのでは……」)
 湯船にたっぷりとはられた冷水。ぷかぷか浮かび、泳ぐアヒル。
 神社境内と風呂場、どちらが似合うかと言えば圧倒的に後者である。
 入浴グッズのアヒルはなぜか雛だった頃――黄色のアヒルばかりだが、もし、このアヒルがそういった場所に現れていたら。
 肌をつう、と伝う汗。
 じりじり、ひりひりと肌を焼く陽射し。
 暑さを増す頭部。
「あーーっ! くそー!」
『グワワ!?』
「ジャガーは暑い所の生き物だ! けどそれはそれとしてだな!」
 大声を上げた甚九郎はビシッとアヒルを指す。
「暑いものは! 暑い! 毛皮焦げる!!」
『グァッグァッグァッ』
「……まさか、今のは笑い声ですか」
 最中の呟きにアヒルがエヘンと胸を張った。そして突如勢いを増す腹部の稼働音。響き始めた音に、最中はハッとする。それを見たアヒルは機嫌を良くしたのか再びグァグァと鳴いて――否、笑って。
「ビームが――」
『グワワ~~!』
 バッと両腕を広げ、ぱかりと開いている腹部から攻撃を放った。溢れて広がったその一撃は、真夏の陽射しでキラキラ輝きながら後衛を呑み込もうと一瞬で広がり――一気に速度を上げたブルームがその身で継吾を守り抜く。
 しかし、腹部からの攻撃を浴びたケルベロスは――。
「本ッ当に冷てぇな……!」
「ですが……今ので息苦しさが薄れました」
 肌をヒヤッと撫でていった冷気は非常に細かな氷の粒も含んでいたが、派手に濡れて服や防具が重くなるという事もない。攻撃された筈だが、最中が言った通り、痛みを覚えるどころか爽快感が得られてしまった。
「……っは! 避けるのを忘れた!」
 おそるべしアヒル……!
 ごくり唾を呑んだ甚九郎に、あれれという顔をしていたアヒルが「何だ効いてるじゃないか」と二度目のエヘン。誇らしげな姿に、アイヴォリーはショコラの眸をそっと細めた。
「ふふ、ええ、涼しくしてくれた御礼ですよ。――きぃんと冷やして差し上げる!」
 ぐるり。
 アヒルを包んだグラビティが螺旋に廻る。
 グワ、と漏れた鳴き声は呆けてのものか、それとも悲鳴か。判断するには、今の日本はあまりにも暑過ぎて。そして戦いが終われば、極上の冷菓が待っている。時間は、かけたくない。
「……拾ってあげられたら良かったのですが。残念ながら此処でお別れです」
 ――お疲れ様でした。
 一閃。
 最中の揮う太刀が三日月を描き、アヒルに与えられた二度目の生を終わらせた。

●ルビー・フラッペ
 戦いで荒れた場所は砂利を敷き詰めた地面のみ。
 しかしここに住まう神の為、ヒールで綺麗に整え、「神様許してください……!」とジャガーが心の底から祈った後。ケルベロス達が訪れたのは、待ちに待った『みのり』ある時間。
「アイヴォリー姉様は以前も来られた事があるのですよね?」
「ええ。正直途中からスイカの幻覚が見えてました」
 ――という会話を挟んだら二人掛け、三人掛けとそれぞれ近いテーブル席へ。
 待つ事数分。ケルベロス達の前にスイカの太陽が降臨する。
「とうとう逢えましたね、フラッペさん」
 アイヴォリーが感嘆の声を漏らす向こう、華が「よろしければ一緒に」と声をかけた甚九郎の眼差しは隣の継吾と共にフラッペ一直線。
「縁日とかで食べるけどこういうお店ではオレも初めで、楽しみだったんだけど……」
 スイカの実を使った赤い氷は、硝子の器から顔を半分覗かせる丸い太陽のようだった。光輪を描くのは赤と黄の三角スイカにミルクソフトクリーム。氷の中と表面にはチョコチップの種がチラリ。
「なるほどこれがフラッペ……! おぉスイカもソフトクリームもついてる! 豪華!」
「本当に太陽みたいですね……」
 華と同じテーブル席に座ったあおも、ほんのかすかにではあるが驚きを浮かべていた。
「……あかい、こおり……」
 スイカがこんな食べ物に。じ、と見つめるあおへ華は優しく微笑み、自分のフラッペを見る。見目にも彩り鮮やかな太陽を食べるのは勿体ないけれど、この太陽を食べずに溶かしてしまうのはもっと勿体ない。
「いただきます!」
 しゃくり、と一口運んだ瞬間五感を巡った味わいに華の表情が綻んだ。
「スイカの甘さと冷たさが身体に染みて美味しいですね、あおさん」
 小さな一口をゆっくり重ねていたあおがそっと頷く。無言だがフラッペの味わいはあおの心身にも染みているようで、それは甚九郎も同じだった。尾を揺らしながら夢中でフラッペを楽しんで――、
「うっ……!」
 しゃりしゃり食べていたそこへ飛び込んだお約束の“キーン”。
「きーんとするのも乙なものではあるが」
 気付いたレーグルが差し出した緑茶の出番は正に今。猫舌な為にすぐには飲めず、一生懸命“ふーふー”していた甚九郎がようやく緑茶を啜れた時、レーグルは継吾とこうして顔を合わせるのは久々だった事を思い出す。
「去年以来になってしまったが、いかがお過ごしであろうか」
「おかげさまで病気知らず……う、」
 獣耳を伏せた継吾が素早く緑茶を飲む。キーン、が来たらしい。
「あービックリした。ところで継吾はこういうスイカとか先に食べる派? オレ兄弟多いから残しとくと食われるんだよなー」
「そうなんですね……弱肉強食、というやつですか? 僕は後に食べる派です」
 壱条家では人の食べ物に手をつけないというルールがあり、取られる心配がないらしい。
 甚九郎の「羨ましいな!」はなかなか賑やかだ。
 ふふ、と微笑んだアイヴォリーが運命の再会果たしたフラッペ――赤く透ける氷の涼やかで華やかな山は、その高さを低くしていた。つまり、美味しく頂かれている真っ最中。
 もう一匙と頬張れば喜びと共に熱い感想の泉が再び沸く。その様に笑んだ夜も、口に含んだ瞬間甘い氷菓が呼び寄せた涼に微笑を深めた。天使殿が夢中になるのも不思議じゃない。
「年中行事にしようか」
「いいですね、今年も来年もフラッペに本気と行きましょうか」
 なんて交わせるのも、時は流れ世界が変われども、今年もこうしてフラッペに辿り着けたから。それが嬉しいと言うアイヴォリーの目が夜の器へ視線ちらちら向けられて。
「そうだね。来年、また」
 夜は黄色いスイカを天使へお裾分けしながら、「また」の約束を面倒だと厭わなくなった己の変化を思う。俺を変えたのは、とは口には出さず胸の裡。お裾分けにアイヴォリーはパッと笑顔輝かせ、黄色い太陽の欠片をもぎゅっ!
「西瓜美味しい! 優しい!」
 気付けば器にあった甘く冷たい太陽は美味しく沈んだ後。
 しかしきらきら輝く笑顔は沈まない。太陽のように明るいおかわりの声が響いて器が回収されれば、次の太陽が降りてきて――。
「素敵なお店でしたね」
 皆様と一緒に来られて良かったと言った華が「またお邪魔したいです」と笑顔で零せば、同意の声が一つ、二つと増えるばかり。

 真っ白ソフトクリームに赤と黄の果実。二つが冷気を零れさす真っ赤なフラッペと合わさって現れただけでもう、シズネの両目はわくわくキラキラでいっぱい、心は冷たいすいーつへまっしぐら。一口食べれば、爽やかな甘みでほっぺたが幸せに緩んでいく。
「こんなに美味いものが食べられるなら、暑い夏もわるくないなあ」
「暑いからこそ出会えた甘い幸せだね」
 一匙分頬張ったラウルの口元も、瑞々しい甘味と香りの幸せで綻んで。赤く輝く果実氷を囲むソフトクリームの雲に、夏花色の三角果実。それらが描く姿はまさしく赤い太陽!
「ねえシズネ」
 ん? とラウルを見たシズネの耳も、ぴくっと同じ方を向く。
「ソフトクリームと一緒に食べると、西瓜のさっぱりした甘さとミルクの風味が重なって凄く美味しいよ」
「!」
 優しい声音で届けられたラウルの耳より情報。
 早速実践したシズネが味わったのは、絶品度を増したその味わい。止まらない勢いをそのままに楽しんでいたら、待ってましたと頭が“キーン!”として、慌てて紅茶に口を付けたら今度は熱さで猫舌が“ぎゃっ!”。
 ハラハラしたラウルだが、涙目でわたわたする様が可愛くて――。
 くすくす聞こえた笑い声。
 ヒリつく舌をフラッペで冷やしたシズネは、眸細める姿を見て心底思った。
 ああやっぱり、暑い夏はわるくない。
「美味いな!」
「うん、美味しいね」
 甘やかな赤い太陽とラウルだけの橙の太陽が、その夏色で世界を眩しく彩っていく。

「夏といえばかき氷だよな!」
 最近は暑くて、と外の暑さから開放された馨は晴れやかな表情。早速赤い氷山に匙をさくっと入れ、そういえばもっくん、と切り出す。
「さっぱりすっきり頭にキーンとくるのが癖になると思うんだが、最近はキーンとしないのが多いんだとか?」
「確か、天然氷を使ったかき氷でしたか」
 ここの氷はどちらだろう。最中はうっすら考えながら口に赤い氷を運んでいく。すっきりした甘さと冷たさがどこまでも心地良く広がって、眼鏡の奥にある双眸は静かに瞬いた。
「チョコチップとソフトクリームも合いますね」
「スイカの種なんだな。こういうのを食べると子供に戻ったような気がする」
「それこそ玩具のような製氷機でかき氷を作って食べましたね」
 ――そして腹も壊して。あの時は大変だったと思い出話の花が咲く。
 その切欠は太陽とスイカという、まさに今だけの贅沢。のんびり味わうにつれ感じた頭にまで染みてきそうな冷気は、温かな緑茶がじんわりと消してくれる。
「緑茶と一緒なら幾らでもいけそうです。毎日これでも良いかも。……冗談ですよ」
 目を逸らしながらの言葉に、最中をじーっと見つめた馨はもしやと不安顔だ。
(「暑いからと食事を抜いてたりしないよな? お兄ちゃん心配……」)
「お陰様で色々食べる機会が増えて、多少は食生活も改善してます。多少は」
 雄弁に語るハラハラ視線へそう伝えれば、多少なのかと再びじーっと注がれる視線。最中は無表情のまま、三角カットされた果実とソフトクリームを一緒に食む。
「でも夏の間にもう一度くらい、食べに来たいですね」
 今夏だけの、赤くて甘いとびきりの太陽。
 一匙掬った赤い氷は、尚もしっとりと輝いていた。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年8月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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