夏薔薇の蔓

作者:猫鮫樹


 気温が上がり、湿度もそれに伴って上がる季節。
 市内にあるこのローズガーデンは、小ぶりながらも見事に咲く夏薔薇が見頃になっていた。
 平日の午前は人も少なく、晴れ間が広がる空のおかげで写真を撮るには良いタイミングなのだろう。カメラを構えた女性は咲き誇る薔薇を次々、レンズに収めてはシャッターを切っている。
 紫陽花と薔薇のセットなんて、ほんとうに今の時期だけで、撮った写真を確認した女性は幸せそうに笑みを浮かべていた。
 ある程度写真を撮り終えた女性が少し休憩でもしようかと、ローズガーデンに併設されたカフェへと歩き始めた時。
 薔薇のアーチをくぐった瞬間だった。音もなく、気配もなく、女性の腕に巻き付いた蔓。
「何……!?」
 女性が声をあげるも、蔓の侵食は早かった。
 その体は誰にも気づかれずに、薔薇が飲み込んでいってしまった。


「集まってくれてありがとう、カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)さんが心配していた通り、今度は薔薇の攻性植物が現れたんだ」
 汗をかいたグラスの中の氷が涼やかな音を立てると、中原・鴻(宵染める茜色のヘリオライダー・en0299)は赤目を細めて呟いた。
 ネモフィラや紫陽花の攻性植物を倒したばかりだというのに、次は薔薇の攻性植物が現れてしまうとは悲しいことだとでも言うように、俯いて鴻は現れた薔薇の攻性植物について話し出す。
 市内にあるローズガーデンは小ぶりながらも、たくさんの薔薇を咲かせていた。その中の一つの薔薇が何らかの胞子を受け入れてしまって攻性植物となり、写真を撮りに来ていた女性を襲い、宿主にしてしまったということだった。
「この薔薇の攻性植物は1体のみで配下はいないようだねぇ。知っているかもしれないけど、このまま普通に倒してしまうと女性も一緒に死んでしまうんだ」
 だが、ヒールをかけながら戦えば女性を戦闘終了後に救出ことができると鴻は追加する。
「寄生された女性を救うのは大変だと思うけど、可能であれば助けてあげてほしい……」
 汗をかいたグラスを指でなぞり、鴻は赤目を閉じて落ち着いた声音で言葉を紡いでいく。薔薇を撮りに来た女性の気持ちも、暑い中で咲く薔薇の気持ちも、どちらも素敵なものだろうと鴻は感じながら、少しだけ思い出したように笑う。
「そうそう、ローズガーデンにはカフェがあるみたいだから……無事終わったら少し休憩したいと思わないかい?」


参加者
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
武田・克己(雷凰・e02613)
ミスティアン・マクローリン(レプリカントの鎧装騎兵・e05683)
春花・春撫(人妻アイドル・e09155)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)
鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)
カーラ・バハル(ガジェッティア・e52477)
青凪・六花(暖かい氷の心・e83746)

■リプレイ

●晴れの日の薔薇
 久しぶりに広がる青空。
 気温と湿度のあがったローズガーデンを照らす太陽は、久しぶりに雲に隠されることなくアピールできると張り切っているようだった。
 ローズガーデンにあるアーチに蔓を絡め咲き誇る夏薔薇があり、その近くには通常のものより大きくなった夏薔薇の姿があった。
 この大きく、そして綺麗に咲く薔薇こそが攻性植物。
 蔓を蠢かし、撮影に来ていた女性を取り込んだ薔薇の攻性植物は、次の獲物を探しているのだろうか。
 そんな薔薇に鋭い銀色の光が一閃。青々とした蔓を切り裂いたその雷の霊力を帯びた突きを操る武田・克己(雷凰・e02613)は、大きくなってしまった薔薇を青空のような瞳で一瞥した。
 揺らめく蔓は何かを探すかのように蠢いていて、大輪の花がまるで大きな目玉に見える。
「遠隔爆破ですわ、吹き飛んでしまいなさい!」
 克己の隣でそう高らかに告げるのはカトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)だった。
 薔薇の様に赤い髪を揺らし、薔薇を爆破していく様はなんと美しいのだろうか。
 まさかケルベロス達が駆け付けてくるとは、薔薇の攻性植物も考えはしなかったのかもしれない。
 克己とカトレアの攻撃を避けることもできずに、幾重にも青々とした物をばらまいていた。
 日に照らされる花と葉は艶やかに、力強く。そして手入れされた姿は美しいものなのに、現れてしまった攻性植物が暴れてしまえば美しいものの姿は崩されてしまう。
 二人が初撃を与えた薔薇に癒しの力が降り注いだ。
「憧れは幸せに充ちたりて」
 優しく、穏やかな声音。取り込まれた女性を護ろうとする意志がそこに宿っている声の主は瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)だ。
 薔薇は好きだが、敵となってしまうのは悲しいもので、これ以上の被害が出ないように、尚且つ取り込まれてしまった女性を助けるためにと最善をつくす。
「救出方針だから、ダメージ配分気を付けていこうね」
「ああ、俺達が来たからにゃ、殺させやしねぇよ」
 右院の言葉に頷き、返事を返すケルベロス達。鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)もそう宣言して、仲間達を守護する紙兵を散布していく。
 ローズガーデンに溢れる白はたちまち守護の力を発揮していき、そんな空間を裂くように電光石火の一撃が薔薇に入っていった。蠢く蔓を器用に避けてカーラ・バハル(ガジェッティア・e52477)の旋刃脚を叩き込まれると、抵抗を示すように蔓が蠢き花と同じ赤を纏うカトレアにそれを伸ばす。
「薔薇は美しさで人々を癒す存在! 棘で人を傷つけたり、庭を荒らすための力ではないはずです!」
「薔薇は見て楽しむものよ!」
 青々と太い蔓に数えきれないほどの棘をつけたそれを春花・春撫(人妻アイドル・e09155)は受け止め、紫色の瞳で目の前で蔓を打ち付ける薔薇を一瞥して、そのまま軽快なステップを踏んだ。
 そこに織り交ぜたクラップ、そして笑顔と元気。それは取り込まれてしまった女性へ送られる応援。
 そんな軽快なステップを踏む春撫の近くを通り過ぎる五芒星の形をした光。
 春撫の周りを蠢く蔓を切り裂き、大輪の花を狙って投げられたミスティアン・マクローリン(レプリカントの鎧装騎兵・e05683)の大きな手裏剣。
 許せない気持ちを込めたミスティアンの大きな手裏剣が蔓を切り裂き、音をたてて落ちていく。
 切り裂かれた蔓の痛みやダメージは、取り込まれ一体化してしまっている女性にも伝わっているのかもしれない。
 自分達ケルベロスが与える痛みが、少しでも軽減できるようにと青凪・六花(暖かい氷の心・e83746)が魔術切開とショック打撃を薔薇に与えていく。
「敵を回復するのはちょっと不本意だけど、これも女性を助ける為だよ!」
 誰にともなく六花は言ってウィッチオペレーションを施すと、攻撃を食らっていた薔薇が何だか嬉しそうに揺れているようで。
 揺れる薔薇とは反対に、取り込まれている女性の顔色は悪くも見えた。
 相反する二つの姿は酷くアンバランスだった。
 薔薇は女性の体を全て覆い、首に掛けているカメラごと抱きしめられているかのように見える。
「私達はケルベロスですわ、大丈夫です、必ず助けてあげますわ!」
 見える女性の姿に、意識はなくともきっと声は届くと信じて、励ましの言葉をカトレアは掛けていった。

●飲み込まれて、吐き出して
「木は火を産み火は土を産み土は金を産み金は水を産む! 護行活殺術! 森羅万象神威!!」
「花弁の牢獄へと囚われてしまいなさい!」
 鋭い切っ先、走る刃、克己の気に大地の気。それが混ざり十字を描いて爆発が起こっていく。
 その爆発によって生まれる白い霧の中に、カトレアの奮う武器の先端から溢れ出る花の嵐が薔薇を閉じ込めるように吹き荒れる姿が見えた。
 幻想的な二人の攻撃に見る者の視線は釘付けになるかもしれない。
「綺麗な光景だね……こんな光景、写真に収めたくなりそうだよね」
 繰り出される幻想的な攻撃の合間に、右院はただそう呟いて蛇と蜂蜜(アバンダンス)で女性への回復を施す。
 その呟きは意識のない女性を励ますためのものだろう。少しでも、薔薇から逃げ出すための気力を持てるようにとの願いが含まれているかもしれない。
 反応はなくとも、女性の無事を願うものにも聞こえる。
「それにしてもこの蔓はだいぶ、鬱陶しいな」
「なら、俺のチェーンソーと鎌でバッサバッサと切り落としていくっす!」
 道弘が蠢く多数の蔓に視線を向けると、ならばと両手に持つチェーンソー剣と鎌を振り回してカーラが駆け出していく。
 飛んでくる蔓を一刀両断。
 見事な得物捌きに道弘が感心するような声をあげていた。
 瑞々しい蔓を切り裂き、それでもなお執拗に蠢く蔓を春撫が受け止めては軽快なステップを踏んで女性を鼓舞する。
「取り込まれたままじゃ、綺麗な写真も撮れませんよ!」
 湿気を含んだ風が柔らかく髪や肌を撫でながら吹く中で、春撫が意識のない女性の命を守るように、励ますように回復を掛けていく。
 もちろん薔薇のような赤を持つカトレアや刀を振るう克己も、他のケルベロス達も女性を助けようとするのは同じで、だけども蠢く蔓がそれを許しはしなかった。
 ミスティアンは手裏剣を繰り返し投げて、カーラと同じように蠢く蔓の切断を計って攻撃をするものの、棘を持つ蔓の脅威が庇ってくれる仲間の体を傷つけ赤い花を咲かせる様子を見て、心に一緒に戦っている仲間を失ってしまうのではという恐怖が少しづつ溢れて飲み込まれてしまいそうな、そんな感覚が手に汗をにじませるようで。
 そんな様子に気付いた道弘は、
「ミスティアン、そんなに気負うんじゃねぇよ」
 道弘も誰かを失うことの辛さを知っているのだろうと思えるような、そんな言葉に含まれた感情全てを知ることは出来ないが、ミスティアンはただ一つ頷いて、眼前に揺れる薔薇に集中するために深く息を吐いた。
「カーラのおかげで、女性の周りの蔓や葉は減っていきましたわね」
 じとりと体を包み込むような湿った空気。それを祓うように姫薔薇の剣を奮うカトレアが、取り込まれた女性の姿を見やる。
 完全に体を覆っていた薔薇の一部は、カトレアの言う通り減っていた。
 カーラの鎌やチェーンソー剣がうまい具合に蔓や葉を切り落としてくれたおかげだ。
「減ってはいるけど、それでも攻性植物はしつこいみたいだよ」
 切り裂かれた蔓を避けて、六花がひたすらにウィッチオペレーションで回復を施す中、それでも女性を頑として離さない薔薇には呆れてしまう。
「こんだけ攻撃しても動じねぇってことは、ディフェンダーってとこだろうな」
「そうですね、これならまだ攻撃を重ねても女性にダメージは響かないでしょう」
 ケルベロス達が幾重にも攻撃を叩き込んでも、大輪の花は枯れることを知らず。
 道弘は回復に徹しつつ、薔薇の様子を窺っていたのだ。それは右院や六花もそうであったのだろう、頷いてこのまま攻撃をするように共有していく。
「さて、こっからは長期戦だな。ま、負ける気はさらさらないが。さぁ、お前も覚悟しろよ。こっからの俺達はしつこいぞ!」
 共有された情報を聞いた克己は、声高らかに宣言して刀を薔薇へと向けていった。

「もう少しだ! 油断すんなよ!」
 ローズガーデンに響き渡っているのではないかと思うような道弘の声。
 厳しいようにも聞こえるような声かもしれないが、この状況下の中それは勇気づけるように4人の背中を押していくように感じられた。
 その声が響いたとき、一瞬。見逃してしまうような些細な動きだったかもしれない。
「もう少し、頑張って……!」
 女性にもその声が届いたのだろうか、右院は女性が小さく動いたのに気づいて言葉を投げていく。
 最初の頃よりも色艶が悪くなり、動きも鈍い蔓。あんなにも咲き誇っていた花びらからも美しさは失われていた。
「女性の体もだいぶ出てきているね、薔薇の様子から見ても……そうもたないと思うよ」
 六花が女性と薔薇の姿から、もうそこまでの攻撃をしなくても倒せるだろうと皆に伝えていき、全ての蔓を刈り尽くそうと武器を各々構えた。
 これから続く攻撃の数に女性が耐えられるように、春撫は再度ステップを踏んでいき女性の回復にまわり、そこに続くのは鎌を大きく振り上げたカーラ。
 鋭い切っ先が薔薇の蔓や茎を切り落とされていけば、追撃するようにミスティアンの手裏剣が飛んで薔薇に傷を深くつけていく。
 ダメージの反動からか、小さくだけれども、呻く女性の声がきこえた。
 反応がある安心感に気を緩めないように、六花が回復を重ね、大輪の薔薇へ向かうための緑の小道を克己とカトレアがその手に握る武器を携え走る。
 地を蹴り上げた衝撃からか舞い上がった蔓。
 そして薔薇よりも高く飛んだ2人の姿が太陽に照らされ、一瞬姿がくらんだように見える。
 2人の姿を目で追っていた右院が目を細めると、薔薇に走る銀色の光。
 まずは月の弧を描いた克己の一撃が薔薇の花を散らしていく。
 克己の攻撃によって、薔薇の花が雪の様に舞う中で揺れる鮮やかな赤色のカトレアの髪。
「吹き飛んでしまいなさい!」
 声とほぼ同時くらいに起こった爆発は、薔薇の花を吹き飛ばしていった。
 爆風が収まっていくと薔薇は塵となっていき、カメラを大事に抱く女性をそこに残すだけだった。

●薔薇喫茶
 落ち着いた雰囲気のある店内に飾られる薔薇は、さすがローズガーデンに併設されるだけのことはあるといった趣だ。
 ドライフラワーにされた薔薇もまるでそれがアンティークの品々のように、存在を主張している。
 攻性植物に取り込まれた女性を救出し、無事を確認できたケルベロス達だったが、六花がカフェでゆっくりしたいと口に出して、カフェに寄ることをカトレアが提案し今に至るという訳だったが……。
 4人掛けのテーブルを2組使い、一息つけばすぐに注文したものが届く。
 ローズティー、レモネード、挽き立てのコーヒー、エディブルフラワーが乗ったケーキにスコーン。
 鮮やかな薔薇の赤が真っ白なクリームの上を彩り、フォークを入れるのが躊躇われるくらいのものだ。
「わぁー綺麗なケーキ!」
「スポンジがふわふわでおいしいっ」
 見た目の美しさに春撫が感嘆の声をあげる横で、ミスティアンがケーキを一口。
 ふわふわのスポンジに、ちょうどよい甘さのクリーム。調和の取られた味に頬を押さえていた。
「紅茶も薔薇の香りがふんわり漂って、落ち着くね」
「あっさりしていて美味しいね、それにこのケーキスタンドもおしゃれで素敵だね~」
 ローズティーの香りに癒される六花と右院。
 紅茶を嗜みつつも、目の前にあるケーキスタンドに乗せられたスイーツ達に目を輝かせる右院は、自分でもやりたいなぁなんて呟いて色々と観察をしていた。
 カラン、と涼やかな音を立てるグラスがかいた汗を軽く拭って、カーラは輪切りのレモンが入ったレモネードを一口すすり、楽しげな仲間達と共に笑顔を浮かべ談笑へと混ざっていく。
 爽やかな甘みと酸味で喉を潤せば、女性を救出しようと頑張っていた熱がゆっくりと引いていくようだった。
 談笑交えて和気あいあいとする雰囲気にカトレアも肩の荷が下りたのかもしれない。
 自分が危惧していた事件が本当に起きて、こうして無事に終われたことに安堵の息を漏らしては、温かなローズティーを含んでその心と体をゆっくりほぐしていく。
「甘い物は心を落ち着かせてくれますわね」
「そうだな、コーヒーも挽き立ては香りも格別で美味い……淹れ方もコツがあるのかもしれないな」
 カトレアの言葉に頷いて、克己も自分の注文したコーヒーを堪能するために一口飲めば、軽い口当たりとコーヒー独特の苦みが口内を包み込んでいく。
 挽き立ての豆のおかげなのか、立っている香りも鼻を抜けて心が軽くなるようで。近くを通った店員に克己は淹れ方を教えてもらえないかと声を掛けるのもそう遠くないかもしないようだった。
 割ったスコーンにたっぷりのクロテッドクリーム、お店で作っているという自家製の薔薇ジャムを乗せてカトレアが一口頬張れば、たちまちその美味しさに破顔してしまう、それほどまでに味が良いもので。
 そんな甘い物を口にする彼らを眺め、アイスコーヒーを一口すする道弘の目の前にはケーキやスコーンといった甘いものではなくサンドイッチが置かれていた。
 甘いものを見ては何かを思い出すように、道弘は瞳に懐かしいようなそんな優しい光をたたえ、穏やかなカフェタイムを皆と過ごしていくのだった。

作者:猫鮫樹 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。