大菩薩再臨~わたくしの可愛い子たちへ

作者:絲上ゆいこ

●ちから
 ある病院の屋上。
 夜闇の中に、二羽の異形が立っていた。
 羽毛に包まれた身体。
 翼の腕。
 白の彼女の頭上に頂かれた、鳥の頭蓋の眼窩には紅が宿り。
 黒の彼は竜めいた面長のかんばせに、蒼を揺らしていた。

 黒の彼によって頭上に掲げられた翼より生まれる鈍色の光は、白の彼女を照らし。
 うっそりと翼を揺り動かした彼女は、ほうと吐息を零した。
「力を感じますわ……」
 これならばと囁いた彼女の頭上より、掲げていた翼を降ろした黒の彼――。
「そうか、ならば行くぞ」
 黒いビルシャナは踵を返すと、言い捨てるよう。
「ええ、これならば、……わたくしの可愛い子どもたちを護る事もできましょう」
 こっくりと頷いた白いビルシャナ――ナース・エルベは彼の後を追う。
「――全てはビルシャナ大菩薩を再臨させるが為」
 より多くの仲間を。
 より多くのグラビティ・チェインを。
 ビルシャナ達は次の仲間を強化すべく、夜の街へと飛び立ち――。

●子どもたちの
「おう、集まってくれたか? じゃ、早速始めるぞ」
 レプス・リエヴルラパン(レポリスヘリオライダー・en0131)は、ケルベロス達の顔を見渡すと小さく頭を下げてから。瞳を眇めて、掌の上に資料を映し出した。
「先の戦いでお前達が頑張った結果、竜十字島のゲートを破壊することに成功しただろう?」
 彼の掌の上でゆっくりと廻る赤い鳥。
 それはビルシャナ菩薩の一体――天聖光輪極楽焦土菩薩だ。
「その結果、ドラゴン勢力が制圧していた地域――まあミッション地域と呼ばれていた地域の解放を皆に頑張って貰っていたンだが……。その一部がこの天聖光輪極楽焦土菩薩によって焦土と化す事件が起きたんだ」
 ヤツは破壊によってミッション地域から奪ったグラビティ・チェインを利用し、ビルシャナ大菩薩を再臨させる為に強力なビルシャナを集結させようとしているようだ、とレプスは言いながら資料を切り替え。
 そして次に映し出されたのは、3種類のビルシャナだ。
「天聖光輪極楽焦土菩薩はこの3種類のビルシャナ達を生み出して、その力を分け与える事で一般人をビルシャナに变化させたり、元よりビルシャナに成っている者に力を与えたり……。ま、何にしても強力なビルシャナを増やしているっつー訳だ」
 やれやれと肩を竦めて、レプスは一度掌をくしゃりと閉じ。
「と、いう訳で。今回、お前達には強化されたビルシャナと、天聖光輪極楽焦土菩薩に生み出されたビルシャナの二体を倒してきてもらうぞぅ」
 再び掌を開いたレプスの掌の上には、白と黒の二体のビルシャナのイラストと東京都練馬区の地図が映し出され。
 逆の指先で空中をタップすると、地図上に赤い点が生まれる。
「今から急げばこのデカイ病院の屋上から敵サン共が飛び出す前に、ヘリオンから飛び下りて阻止が出来る筈だ」
 そこは対岸に立つ入院病棟が臨む事の出来る屋上――……、小児病棟を臨む事の出来る屋上だ。
 ――ナース・エルベの掲げる教義は、『子どものために全てを捨てよ』。
 先の無い子ども達に未来を与える為ならば、何でもするのが彼女である。
 事実。
 彼女は『人であった』全てを捨てて、ビルシャナと成ったのであろう。
 ――彼女がそこに居たのは、子ども達を彼女なりに見守る為だったのかもしれない。
 それは誰にも解りはしない、解りはしないのだ。
「ま、戦闘にゃ申し分ない広さの屋上だ、多少暴れても丈夫にゃァできてる。俺から連絡して屋上には誰も近寄らない様にはしておくぞ」
 戦闘となれば、奴らはディフェンダーとスナイパーに分かれて応戦してくるであろう、とレプスは付け足してから。
「……もしアイツらを今取り逃がせば、新たな強力なビルシャナが生まれる事は確実だ。ビルシャナ大菩薩を再臨なんてバカげた事も本気でやろうとしてるンだろう」
 だからこそ人払い等は気にせず、戦闘に集中して欲しいとレプスは言い。
「ああ、そうだ。もう一つ。――ナース・エルベの方は強化をされて強くなっているが――、まだ力を制御しきれていないようだ。アイツの教義そのものを揺らがせる疑念を抱かせたり、或いは教義を褒め称えられたりすると、戦闘に集中できなくなるかもしれない、と予知には出ていたぞ」
 資料を閉じた彼は、首を小さく振ってからケルベロス達をまっすぐに見て。
「ま、ま、お前達なら間違い無いだろうが、しっかりと計画をぶっ潰して来てやってくれよなァ」
 その瞳の色に揺れるは、ケルベロス達への信頼の色。
 そして、彼はヘリオンへと踵を返した。


参加者
エイン・メア(ライトメア・e01402)
片白・芙蓉(兎晴らし・e02798)
端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)
鷹野・慶(蝙蝠・e08354)
八上・真介(夜光・e09128)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)
桜庭・萌花(蜜色ドーリー・e22767)
ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)

■リプレイ


 黒いビルシャナが、今にも飛び立とうとした瞬間。
「こんばんは。お仕置きに最適な好い夜だ」
 自由落下。空より振り落ちてきたユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)が鳥頭へと向かい、混沌そのものを宿した鉄塊を叩き込む!
 強かに弾き飛ばされた黒い敵はその勢いで、床タイルに爪痕の轍を生みながらも何とか留まり耐え。
「ぐ……ッ、来たか!」「……ケルベロス!」
 咄嗟に構えたナース・エルベが見た者は、空より舞い降りる猟犬達の姿。
「邪魔をするな!」
 そして敵達は同時に、氷の輪と耳を劈く金切り声を解き放った。
「フフ、フフフ! 子を愛する心意気は敵ながらに天晴よ!」
 セーラーでスタイリッシュな衣装に身を包んだ片白・芙蓉(兎晴らし・e02798)が、仲間達をその身で庇う形で氷輪を蹴り飛ばし。
 重ねて加護の力を宿すふかふか仔ウサギのエネルギー体を、皆へと駆けさせた。
 その勢いたるや、もうビューンよ、ビューン。
「うむ。大人は子らに範を示すものじゃ」
 善きは善しと、悪しきは悪しと。
 軋む金切り声を抑え込む様に身体を膨れ上がらせた御業を、両手に構えた二十六年式拳銃へと収めて。
 エルベに放つは、比礼の如く尾引く御業の弾。
「――敵であってもおぬしの言。子らのため、他者のために己を擲つことのできる心根は善きものと思うのじゃよ」
 端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)が二発の弾にて参道を模し顕し、祓い清める。
 撃と紡ぐ言葉に、括へと向けられるエルベの赤い瞳。
 ――ああ、あのクソ鳥女。まだ可哀想な子供探して自己満してやがんのか。
 空中で大きく身を捩って。戦槌の恐鳥の如く嘴を大きく開いた鷹野・慶(蝙蝠・e08354)の揺らぐ視線は、その赤い視線が自らに向けられて居ない事を確認するかの様。
 今口を開けば、策を破ってでも悪態しか出てきそうに無い。
 大きく白い羽根を広げたユキが放った鋭い輪に合わせて、言葉を噛み殺した慶は黒い敵へと向かって砲を振り放つ。
「……」
 頭に仔ウサギ。憂う様な視線を慶へと向けた八上・真介(夜光・e09128)の腕中には、応援動画を愉快に流す帝釈天・梓紗。
 そのまま梓紗を軽く投げ下ろしてから、フェンスを蹴って落下方向を捻じ曲げ。
 上体を捻って振りかざした白銀の槍を、雷の如く黒い敵へと叩き込んだ。
 喝。
 気配を敏感に察した黒き敵は、一声吠えてガードに腕を交わし。
「わ、おっきな声。夜の病院なんだからお静かにねー?」
「そうですよ、子ども達がもう寝ている時間ですわ」
 デコデコキラキラ縛霊手より紙兵を撒き散らす桜庭・萌花(蜜色ドーリー・e22767)が、ダメだよーと瞳を眇め。ついでにエルベにも怒られる黒い敵。
「しかし、他を活かすため己を捧げるというは得難き精神」
 得物を構え直した括は、その緑瞳の奥に覚悟を揺らして。エルベを真っ直ぐに見つめ言葉を紡ぐ。
「今この時は其に倣い。わしはこの身を以て子らを、――仲間を護らせてもらうのじゃ!」
「ふふ。褒められる事は嬉しいけれど……、当然の事をしているだけよ。そう、わたくしの可愛い子ども達を護る事は、当然の事」
 エルベが笑えば力が揺らぐ事が分かる。
 括が凛々しく口端を笑みに引き絞り。
 そんな彼女を伺う七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)は、小さく喉を鳴らした。
 括さん、気負ってなければよいのだけど。
 数多の命が散ったあの時と同じく黒き敵、あの時と同じく戦場は病院。
 しかし、彼女が仲間を護りたいと願うのならば。薄紅色と金色を宿し、瑪璃瑠はその意志に応えるだけだ。
 ――術式『限界駆動』承認。
 ユメは泡沫、ウツツも刹那――。
「夢現を束ねて太極と成せ!」
 括がその意志を貫ける様に。瑪璃瑠の術式は盾の加護と成り、彼女を護ろう。
 サキュバスの羽根で風を斬りながら。
 地に降り立ちざまに一回転。龍槌を振り抜いて砲を放ったエイン・メア(ライトメア・e01402)が、くりくりと金瞳を興味深げに揺らし。
「んむんむーぅ、でも子ども達はまだ眠っていないみたいですーぅ」
 消灯後の病室よりこちらを伺う患者達。その中には、子ども達の姿も見え。
 ぴょんと桃髪を跳ねたエインは、大きく手を降って。
「フフフ。病院の皆ー! もう大丈夫よーっ」
 芙蓉が皆を励ますように、加護を宿すウサギましましで両手をぶんぶん。
 梓紗も合わせてぴょーんと跳ねると、わっと患者たちが手を振り返した。


「まあ、こんな遅い時間に目を覚まさせてしまったの」
 眠らなければ治るものも治らなくなってしまうわ、なんて。本気で心配している様子で、エルベはそわそわと呟き。
「早くあなた達を倒して、寝かしつけなきゃね」
 彼女は大きく広げた翼で風を切って、猟犬達へと一気に加速する。――狙うは癒やしの要達!
「……させるかよ」
 エルベと仲間の間にいち早く間に割り込んだのは、慶。
 戦槌の頭と柄に手を添え、彼女の翼をその身で受け止め。
「そうよそうよ、通さないわ! フフフマジ生命線ゆえね……!」
 その横で散る花弁。
 腕にオーラを纏わせて、慶と対になる形で芙蓉もまた突進を押し食い止める。
 交わされる赤と金の視線。
「あら、貴方もしかして……」「人違い」
 ふ、とエルベが囁き。慶が食い気味に吐き捨てる。
 エルベを慶は深くは知りはしない。……しかしその甘い言葉は、妙に脳に残っている気はする。
 心の奥にぽつりと落ちる、甘い期待と、苦い雫。
 ――ああ。馬鹿みてえ。そんな感傷に浸る暇はねえよ。
「行くのじゃ!」
「まあ待て。私も少しばかり胎が減った」
 括の掌の中で弄ぶパズルより、青き女神の幻影が生まれ。極彩色の翼を広げたユグゴトがその横をすり抜け、駆け抜ける。
 黒き敵が、警戒する様に低く構え。
 一気に飛び出したユグゴトが黒い敵を狙って。地獄の炎を宿した赤熱の鉄塊を、全体重をかけて叩き込み。
「抱擁してやろう」
 ぐっと踏み込みなおすと半回転させた刃を振り抜いて。ガードに掲げた翼を打ち払えば、切り返してもう一撃。
「訳の分からぬ事を!」
 黒い敵が、吠え放つはきらびやかな炎。
 炎を纏う翼と鉄塊が真っ向から衝突し、二人は弾きあう様に間合いを取る。
 が、黒き敵の背後には、既に間合いを読んだ真介が迫っていた。
「ふっ!」
 鋭く漏れる呼気。
 一気に振り抜かれた銀槍が、魔力を持ってその肚を貫き。
 何とか踏みこたえた敵が、肘を振り向きざまに翼を叩き込む!
 回避は間に合わぬと踏んだ、真介がガードを上げ――。
「いきますよーぅ」「えいっ」
 エインの声掛けに解けた鳥籠はその形を白鳩と変えて、鋭く駆けぬける。
 その一撃は、真介に迫った腕を怯ませ――。
 重ねて地を蹴って跳ねた萌花が、揺らいだ翼を押し返す形で更に蹴り刳る!
 そのまま空中を跳ねると、太ももで鳥頭を挟み込み。体重を背へと掛けると、半回転。
 勢いに振られた敵は、そのまま弾き倒され。
「かーっこ良いでしょ?」
「何をッ!」
 空中で一回転した萌花が地へと降り立ち、わっと盛り上がった対岸の患者達へと投げキッスを一つ。
「……どうやらアレも又、わしのしってるアレとは別物のようじゃな」
「それなら――ボクが倒しちゃうんだよ!」
 カッと喚いた黒い敵が立ち上がる前に。括の呟きに呼応した瑪璃瑠が、一気に踏み込んだ!
 ――瑪璃瑠には母と呼べる存在は居ない。
 しかし、『おかーさん』と呼ぶのならば括が良いと思っているのだ。
 その、おかーさんの為ならば。
「そのまま、大人しく」
 落ちる月影。
 捻れ膨れた腕が、巨大な刀と化して――。
「倒されて欲しいんだよ!」
 黒い敵を、叩き斬る!
「……お見事じゃ」
 その武へと、括が瞳を細めて笑った。


 黒きビルシャナは、風に煽られた煤の様に解け。
 エルベが口元を上品に翼で覆い。同時に桃色の髪を掻き上げた萌花が口を開いた。
「子のために全てを捨てよ、ねぇ。……悪いことじゃないんだろーけど、極端すぎない?」
 肩を竦めた彼女の瞳に宿る色は、冷然たる青。
 誉めそやしてあげるのは、もうお終い。ココからは彼女の教義を揺らがせるが為。
 しかし交わす視線に宿る色は、甘美な誘惑だ。
「……ねえ、もう全てを捨てたって救えないのだっているんだよ」
 あたし『も』全てを擲ってくれるよーな大人がいたら、何か変わってたかもしれない、と思う、と。猛毒宿す視線を交わしたまま、萌花は言葉を次ぐ。
「でも、いなかったし。何を今更って感じ」
 誰も気づかなかった、誰も手を差し伸べてはくれなかった。
 ――だから、萌花は。
「それにさぁ全員『それ』になったら、今度は逆にこどもを守ってくれる人もこどもが頼れる人も憧れる人もいなくなっちゃうんじゃない?」
「……貴方を護ってあげられなかったのはわたくしの力が足りなかったからだわ……、ごめんなさい」
「――望まない未来を押し付けるくらいなら、ほっとかれてる方がマシ」
 魂を蝕む甘い誘惑を断ち切り、頭を垂れたエルベ。
 梓紗が応援動画に合わせて踊りながら、入院棟に手を降り。
「その心意気は確かに天晴よ、けれども極論というのは見ていて苦しいものよねえ」
 踏み込みからの星を宿した回し蹴り、言葉を紡いだ芙蓉は獣耳を跳ねて。
「で、『護ってあげた』その子たちの将来はアンタのような大人に?」
 芙蓉は大人たちには守られ、愛され、育った。だから、その様な境遇は知らない。
 ――だからこそ頼れる大人で在りたいと思い、願う。
「そういうのはーぁ、本当に『そうしてほしい』と願った上で初めて心から受け入れられると思うのですよねーぇ」
 鈍い光の枷を束ね重ね。魔力を揺らしたエインはエルベを見つめて、いつもの様に笑った。
「それはぁー、各々の目線に立ち、向き合い、思いやり。――『納得』し合ったうえでの教義なのですかーぁ?」
 地を爆ぜるような踏み込み。
 エルベの真横まで迫ったエインは、敵の瞳を覗いて魔力を一気に開放する。
「もしかして『あなた自身がそうしたいからそうしている』という、滅私にみえてその実は独善的な教義だったりしませんかーぁ?」
「……私にはね、教え導いたアンタが救われていない様に見えるのよ! アンタの教義は、子らに崖へ向かって歩めと言ってみたいだわ!」
 ぽーんと後ろへと跳ねて間合いを取った芙蓉は、入院棟を背に大きく両手を広げて、その光景を示す様。
「ほら、見てみなさいな! ――あの子たちは、今。誰を頼っているのかしら?」
 響く声援。それは猟犬達を応援する声。
 そう。子ども達は、猟犬達に護られる事を選んでいた。
「……どちらが正論かは、第三者が証明してくれているみたいですねーぇ♪」
 声援に応える様にくるーんと回ってみせた芙蓉と、バックステップを踏んだエインが両手を振り振り。
「……貴方達が倒せぬ病魔によって死に向かい行く、わたくしの可愛い子どもたちを救えるとでも?」
「成程、救おう」
 被せる様に答えたユグゴトは、まるで波の様。神の様。
「仔の為に総てを棄てる。貴様の考えは素晴らしいもので、私も羨ましく思える美しさだ」
 怪しい桃色の瞳の奥に宿る色をゆらゆら揺らして。ユグゴトは指先を差し出す。
「されど貴様こそが私の仔だと認識すべき。我が身は遍く生命の母で在り、此れを否定する理は存在しない。見守るのは私に任せて仔たる貴様は私に還るべきだ!」
 回る舌は滑らかに。巡る言葉には狂気を宿して。
 このサキュバスは、自らを全ての母だと、黒山羊だと、神だと認識している。
「仔の為に総てを棄てるだと莫迦を吐くな。仔は母親たる私に愛され一つに成るべきなのだ。母親が仔を教育するのは義務だ。故に。おいで――永遠の快楽を教えてやろう」
 その狂気故に、エルベの命すら否定をしてみせる。


「何を言っているの?」
 言い分だけならばエルベの儕の如く。
 病室の中で怯える少女を、慰める少年が見えた。
 つきんと痛む身体――狂気は身体を侵食し蝕む。
「――先に言うたとおりじゃ、其の心根は善きものと思う。けれど行いは悪しきものじゃ」
「始まりは正しかったはずなのに、方法も結果も間違えてしまったのだね」
 鑪を踏んだ敵へ、再び銃を構えた括。瑪璃瑠が癒やしを宿す術式を侍らせ、言葉を重ねる。
「子どものためと言いながら恐怖させ、全てを捨てさせて責任まで負わせる。……それは、子どもたちにも捨てさせているんだよ」
「子らの生きる世に人の生を謳歌する姿を示さねばならなかったのに、おぬしの行いはその未来を奪うものにほかならぬ」
 ビルシャナが向かう先は、衆合無なる終焉。愛してくれた人が、人を捨てる事を子ども達に望ませる事は――。
「ボクは捨てなかった、ボクたちとしてここにいる!」
 瑪璃瑠がきゅっと息を呑み、括が頷き放つ弾は御業の弾。
「子らのために全てを捨てる覚悟があるのなら、まずはその悟りを捨ててみせよ!」
 括を母の様と慕ってくれる者もいる。ならばその子らに恥じぬよう、括は胸を張らねばならぬのだ。
「誰かのために全てを捨てる、もしくは捨てさせることで満足するのは、それを望んだ本人だけだろ」
 冴え冴えとした銀を構え、真介は睨めつける。
 そうやって『尽くされた』方は全然嬉しくないし、むしろ怖い。
「……相手が子どもなら尚更、歪む。何が残るかは分からないけど、良いものは残らないだろ」
 一瞬慶を見やって言葉を切り、真介は駆け出した。
「子供に未来を。言うだけなら綺麗な信念だ。――でも、お前に『全て』差し出された子供は、その後どうすればいいんだよ」
 真っ向から衝突する翼と槍。交わされる彼女の腕は酷く細く見えた。
「……化物になって無様に生き延びんなら死ぬほうがマシだ」
「あなた……!」
 敵の言う未来とは、ビルシャナ化しての不死だと慶は理解していた。
 全てを否定されたエルベは悲しみと怒りを籠めるかのように、一気に間合いを詰めると慶へと翼を叩き込んだ。
「……弱った子どもにもそのくらいの分別はあるだろうさ」
 慌ててユキが敵へ飛びつくが、ガードを上げた慶はその腕を血に裂かれながらも言葉を止める事は無い。
「お前が見てんのは子どもじゃなくて自分だけ、こんなに尽くしたんだって酔いてえだけだろ?」
 そんな重たい事、耐えられはしないだろう。
 食らう力を一つに注ぎ、得た神へ至る絵の力。
 下らない独善を、塗りつぶしてやろう。
 下らない思想を、塗りつぶしてやろう。
 流れる血を染料と成し、叩き込むグラビティ。
「……子供は大人が思うよりしっかりしてるし、考えてるもんだよ。外野が無理に何かしてまで切り開いてやる必要なんて、無い」
 身を低く低く敵を追って。
 慶の背面より肩をついて跳ねた真介が、細い銀を振り下ろし。
「さよなら」
 慶の血は、敵を塗り潰す。
 崩れ落ちる様に敵が倒れ――病室から歓声が湧き上がった。
 本当は、ただ一度――。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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