バナナボートにうってつけの日

作者:土師三良

●蒼海のビジョン
 千葉県某所の小さな海水浴場で海開きのセレモニーがおこなわれていた。
 セレモニーといっても華やかなものではない。安全祈願の神事、町長のスピーチ、その他諸々で構成された義務的な行事だ。
 神職が祈願を終えて退場すると、代わって町長が関係者たちの前に立ち、気の抜け調子でスピーチの原稿を読み始めた。
 しかし――、
「えー。今年もこうして海開きの……」
「笑止千万!」
 ――何者かが大音声でスピーチを遮ったかと思うと、波打ち際に降り立った。
 上空に開いた魔空回廊から。
 マリンブルーの甲冑を纏った巨漢。
 エインヘリアルである。
 身の丈ほどもある戦斧(この場合の『身の丈』とはエインヘリアルのそれだ)を構えて、そのエインヘリアルは町長たちを睨みつけた。
「なぁーにが海開きだ! うぬらのような定命者ごときに海を切って開くことなどできるわけないだろうが! このエニラム様にもできぬというのに!」
『海開き』という言葉の意味を完全に勘違いしているが、当然のことながら、町長たちにそれを指摘する余裕や度胸があるはずもない。彼らは悲鳴をあげながら、あるいは恐怖のあまりに声を出せない状態で、その場から逃げ出していた。
 そして、これも当然のことながら、エニラムなるエインヘリアルは獲物たちを見逃したりしなかった。
「うぬらを開きにしてやるわぁーっ!」
 戦斧が唸りをあげた。

●晟&音々子かく語りき
「千葉県長生郡の海水浴場にエインヘリアルが出現して、暴れ回っちゃんですよー」
 曇天の下、ヘリポートの一角でヘリオライダーの根占・音々子がケルベロスたちにそう告げた。
「永久コギトエルゴスム化の刑罰を受けていた囚人をエインヘリアルの勢力が送りつけてくる事件が今までに何度もありましたよね? どうやら、今回もそのパターンのようです」
「やれやれ」
 と、蒼い竜派ドラゴニアンが溜息をついた。
 神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)だ。
「エインヘリアルどもはまだ懲りずにそんな作戦を続けていたのか」
「続けてたんですねー。向こうとしてはデメリットがないどころか、一石二鳥なんだと思いますよ。人々に恐怖と憎悪を植え付けて在地球エインヘリアルの定命化を遅らせることができるし、厄介な囚人をケルベロスの皆さんの手で処刑することもできるし」
「我々はエインヘリアルの処刑代行者ではないんだがな……」
 眉をひそめて呟いた後、晟は音々子に尋ねた。
「で、今回の囚人はどんな奴なんだ?」
「『エニラム』と名乗るルーンアックス使いです。腕っ節はともかく、おつむの出来のほうはあまりよろしくないみたいですねー。なにせ、海開きというのを物理的に海を真っ二つにしちゃう意味だと勘違いしているほどですから。まあ、脳筋と言って差し支えないかと」
「その『脳筋』なる俗語を多用するのはやめたほうがいい。知力と筋力が反比例するという間違ったイメージを広めてしまうからな。知力と筋力は左右の両輪。頑健な肉体を効率的に築き、それを維持するためには専門的な知識と論理的な思考が不可欠であることを知るべきだ」
「……あ、はい」
 静かながらも熱く説く晟を前にして毒気を抜かれたような顔をしていた音々子であったが、気を取り直して任務の話を再開した。
「最初に言いましたが、エニラムが現れるのは海水浴場です。あまり有名な場所ではありませんし、平日の午前中でしかも天気が曇りということもあって、海開きのセレモニーに出席している三十人ほどの関係者以外に一般の利用客はいません」
 戦士たるエニラムは人々を狩ることよりもケルベロスたちとの戦いを優先するだろう。よって、関係者たちの防護や避難に労力を割く必要はない。
「エニラムを倒すことができたら、海水浴を楽しむのもいいかもしれませんねー。快晴でないとはいえ、雨が降る気配はありませんから」
「一般の客がいないのなら、我々だけの貸し切りビーチも同然だな。贅沢な話だ」
「いえ、情報化社会を甘く見ちゃいけませんよー。きっと、皆さんがエインヘリアルを倒したというニュースはあっという間にネットで広まっちゃいます。で、その海水浴場が聖地みたいになって、野次馬めいた一般の方々が我先に集まってくると思われます、はい」
「……」
 苦虫を噛み潰したような顔をする晟であったが、音々子のほうはにっこり笑ってみせた。
「でも、いいじゃないですか。ぎゅうぎゅうの芋荒い状態の海水浴場で遊ぶというのも夏の風物詩ですから!」


参加者
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)
千手・明子(火焔の天稟・e02471)
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)
進藤・隆治(獄翼持つ黒機竜・e04573)
佐藤・非正規雇用(裏切りメガネ・e07700)
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)
南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)
黒岩・白(巫警さん・e28474)

■リプレイ

●アリスブルーの空の下
「どっせぇぇぇーい!」
 灰色がかった空にまで届かんばかりの大音声を発して、マリンブルーの甲冑を着たエインヘリアルがルーンアックスを振り下ろした。
 標的の肉を割き、骨を砕き、大量の血煙を発生させるであろう強力な一撃。
 しかし、巨大な斧は空を切り、地を叩くにとどまった。
「くそっ! またしても躱されたか!」
 血煙ならぬ砂煙が上がる中、この海水浴場を襲撃したエインヘリアル――エニラムは悔しげに顔をしかめた。
「いや、躱す以前に届いていないのだが……」
 無表情で応じつつ、竜派ドラゴニアンのアジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)が破鎧衝をエニラムに見舞った。得物はライトニングロッドの『救雷』。エレキブーストで仲間を癒すために持参したのだが、その目的で用いたのは始めのうちだけ。今は完全に攻撃専用の道具と化している。エニラムが空振りばかりしているからだ。
「図体と脳味噌の大きさが反比例してるおまえに教えてやるけど――」
 アジサイと同じ竜派ドラゴニアンの佐藤・非正規雇用(裏切りメガネ・e07700)がガネーシャパズルを操り、カーリーレイジでエニラムを攻撃した。
「――海開きってのは、海を真っ二つに割るってことじゃねえんだよ」
 空振りが多発している原因の一つは佐藤だった。遠距離攻撃の手段を持ち合わせていないエニラムに対して、後衛から怒りを付与したのだ。
『一つ』というからには、他にも原因がある。レプリカントの空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)も『淑女の挑発(プロヴォック)』なるグラビティで序盤から怒りを植え付けていた。
「海を割った者の伝説は残っているのだがな」
『疾風』と『旋風』と名付けた二本の惨殺ナイフを手にして、ブラッディダンシングを披露するモカ。
「しかし、その人物はあなたのような脳筋ではない」
「誰がノーキンだぁーっ! ……ぐえっ!?」
 咆哮するエニラムにゲシュタルトグレイブが突き刺さった。ドワーフの黒岩・白(巫警さん・e28474)が稲妻突きを見舞ったのだ。
 間を置かずに命中したのは千手・明子(火焔の天稟・e02471)のファナティックレインボウ。
 そう、明子もまたエニラムを怒りを付与していた。グラテビィだけでなく、癇にさわる高笑いで。
「あっはっはっはっはっ! うふふふふふふ! おぉーほっほっほっほっほっ!」
「笑い方が統一されてないっスよ」
 白にそう言われると、明子は笑うのをやめた。
「これでも厳選してるのよ。『いひひひひ』だと下品な感じがするし、『えへっ!』はなんだか可愛すぎるし」
 白と明子が言葉を交わしている間に佐藤がまたもやエニラムを挑発した。
「俺は海開きよりも鏡開きのほうが得意だぜ。今日の餅はえらくゴツい上に悪趣味な鎧なんかを着てるけどな」
「悪趣味だとぉ!?」
 エニラムが目を剥いた。
「ブルーの美しさが理解できんのか! おい、そこのおまえ! なんとか言ってやれ!」
「……なぜ、私に振る?」
 困惑を示したのは神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)。青い体色の竜派ドラゴニアンだ。
「色の話はどうでもいいですから――」
 青い翼を持つサキュバスの南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)が小太刀『櫻鏡』の柄に手をやり、居合い斬りの構えを見せた。
「――さっさと死んでいただけませんか」
 銀光が走り、鍔鳴りが響く。半秒後、悪趣味と評された甲冑に糸のごとき細い間隙が生じ、そこから血が噴き出した。
 その血を避けながら、妖精弓に人体自然発火装置を取り付けたのは進藤・隆治(獄翼持つ黒機竜・e04573)。四人目にして最後の竜派ドラゴニアンである。
「いや、最後じゃねーし! 俺もドラゴニアンだから! 竜派だーかーらー!」
 と、ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)が空を見上げて吠えた。幻聴でも聞こえたのだろうか?
「夢姫が言ったように、速やかに死んでくれ。我輩たちは海を楽しみたいのだ」
 空に吠え続けているヴァオを背にして、隆治はエニラムめがめてバスターフレイムを放った。
 そして、とどめを刺すべく、晟が間合いを詰める。
「海が割れないなどと宣うのは――」
 青い腕が振り下ろされ、火達磨のエニラムを竜爪撃が抉り抜いた。
「――ただの怠慢にすぎん」
『じゃあ、努力すれば割れるとでも言うのかよ!』などとツッコミを入れる間もなく、海開きの意味を知らない戦士は逝った。

●ライトブルーの波に乗り
 激闘(?)を制したケルベロスたちは即行でエニラムの死体をかたづけて周囲をヒールし、海へと繰り出した。
「わたくし、バナナボートに乗るのは初めて! 本当にこれを楽しみにしてきたのよー!」
 浅瀬で揺れるバナナボートの上で子供のようにはしゃいでいるのは水着姿の明子。
 その後ろにはモカが同乗している。こちらも水着姿。水色のハイレグワンピースだ。
「夢姫さんも乗ってみない?」
「ありがとうございます」
 明子に誘われて、パレオビキニを着た夢姫もバナナボートにまたがった。
「バナナボート遊びは後で満喫するつもりだったのですが……今のうちでないと無理のようですね」
「うむ。楽しみたいのなら、早いほうがいい」
 と、シャツとサーフパンツに着替えた隆治が砂浜から声をかけた。
「芋洗いになるのは時間の問題だからな」
 そう、時間の問題だ。戦闘直後はケルベロスたちの貸し切り同然だったが、それも今は昔。噂を聞きつけた一般人の姿がちらほらと見え始めている。きっと、三十分も経たぬうちに『ちらほら』ではなくなるだろう。
「じゃあ、芋を洗っちゃう前に発進!」
「いや、バナナボートだけでは発進できないと思うのだが……」
 声を張り上げる明子に対して、モカがやんわりと指摘した。
「そういえば、そうよねー。誰かが引っ張ってくれないと、バナナボートは前に進まないのだわ。いったい、どうすればいいのかしらー? 明子、判らない。本当に判らない。ねえ、アジサイ?」
 ちらりと相棒を一瞥する明子。
 それ以上、なにも言う必要はなかった。既にアジサイは準備を終えていたのだから。バナナボートの先端についたロープを自分の腰に結びつけ、体を沈めてワニのように顔の上部を水面から出している。
「……って、おまえが引っ張るんかーい!」
 隆治が浜辺からツッコミを入れた。
 すると、アジサイは顔の上部だけを出した状態のままで隆治を振り返り――、
「……」
 ――無言でウインクをした。
「あー。よく判らんが、奴なりに海を楽しんではいるようだな」
 脱力気味の顔で呟く隆治。
 その横にいた佐藤が――、
「……」
 ――アジサイにウインクを返した。同じく無言で。
「……」
 水面から手を出してサムズアップするアジサイ。
「……」
 佐藤もサムズアップ。
「なんだ、このヴォイスレスなコミュニケーション!? わけが判らん上にちょっと不気味なんだけどぉーっ!」
 言葉なきやりとりにヴァオが割り込んだ。
 しかし、アジサイと佐藤は黙殺。
 その二人に代わって、明子がヴァオに語りかけた。
「良かったら、ヴァオさんもイヌマルくんもどうぞ。アジサイは速いわよー。ねえ、アジサイ?」
「……」
 アジサイはサムズアップで答えた。あいかわらず、目から下は海の中。防具特徴の『水中呼吸』を用いているので、息継ぎをする必要がないのだ。
「いや、なんか喋れよ。イラっとすんなぁ……」
 ぶつぶつと言いながらも、バセットハウンド型オルトロスのイヌマルを連れてバナナボートにまたがるヴァオ。
 それを確認すると、明子は沖を指さして叫んだ。
「では、改めて発進!」
「……」
 アジサイが頷き、泳ぎ出した。
 明子が保証した通り、とても速い……わけがない。その速度は亀にも及ばなかった。しかも水中を泳いでいる時の亀ではなく、地上を這っている時の亀だ。この分だと、浅瀬にいる間に周囲は芋洗いとなるだろう。
「アジサイ、遅ぉーい! もっとスピードあげてっ!」
「……」
 叱咤する明子に対して、アジサイは振り返りもせずにサムズアップした。
「なんだか、わたくしもイラッとしてきたわ……」
「いや、いかにアジサイといえど、人力トーイングというのは無理があるだろう」
 憮然とした面持ちの明子に声をかけたのは晟。バナナボートには乗らず、レンタルの水上バイクを押している。
「市民がどんどん集まってきている。もう時間がない。私が牽引しよう」
 晟はバナナボートを水上バイクに繋ぎ直すと、慣れた手付きでエンジンを始動させ、颯爽と走り――、
「おっと、いかん。このタイプの水上バイクで三人以上を牽引するのは船舶安全法に抵触するかもしれん」
 ――出すかと思いきや、エンジンを止めて、浜辺を振り返った。
「進藤君も水上バイクに乗って、一緒に来てくれないか。牽引せずに伴走してくれるだけでいい」
「まあ、我輩も水上バイクをレンタルするつもりだったから、べつに構わないが……」
 数分後、水上バイクに乗った隆治がバナナボートの横に並んだ。
 そして、晟は再びエンジンを始動させ、颯爽と走り――、
「おっと、いかん。人が増える前にこれをやっておこう。水難事故を防ぐためにな」
 ――出すかと思いきや、またエンジンを止めて水上バイクから降り、遊泳可能範囲を示すべく防具特徴の『キープアウトテープ』を張り巡らせ始めた。
「おまえはマジメか! とことん、マジメか!」
 バナナボートに乗ってる者たちの心の声を代弁するかのようにヴァオが叫んだが、晟はなにも聞こえないような顔をして黙々と作業を続けていく。
「……」
 晟に向かって、アジサイが無言でサムズアップした。

●マリンブルーの夢を見る
「人口密度が低いうちに楽しめるのはバナナボートだけじゃないっスよね。そーれ、とってこーい!」
 徐々に人影が増えていく砂浜で白がフリスビーを投げた。
 オルトロスのマーブルが跳躍し、口でキャッチ。白の側に駆け寄り、それを差し出す。
「よーしよし。もっかい、とってこーい!」
 再びフリスビーが空中で緩やかな弧を描き、今度はポメラニアンに似た『店長』という名のオルトロスがキャッチして、白に返した。そして、また白がフリスビーを投げ、マーブルがキャッチして、白が投げ、店長がキャッチして……それを十回ほど繰り返した後、白は四方を見回した。
「もう無理っぽいっスね」
 いつの間にやら、周囲は人、人、人。これでお終いということが判ったのか、マーブルと店長は少し残念そうな顔をしている。
「よしよし」
 オルトロスたちの頭を軽く撫でる白。
 彼女の姿は人混みの中で浮いて見えた。ケルベロスだからでもなければ、ドワーフだからでもない。
 水着のせいだ。
「それにしても、水着の新調が間に合わなかったのは痛いっスねー」
 白は自分の体を見下ろした。
 ドワーフ離れした豊かな胸を覆う水着には、『6-1 黒岩』と記された大きなゼッケンが縫いつけられている。
 そう、それは小学生の時に使用していたスクール水着であった。

 人々の間を縫うようにして、ヴァオが水死体のごとく海面をただよっていた。バナナボートから真っ先に振り落とされたのだ。
 傍では玉榮・陣内と比嘉・アガサがゆっくりと泳いでいる。幼少時のことを語りながら。
「なんとなく、おぼろげに覚えてる。お馬さんごっこでしがみついてた背中のこと……パパより小さい背中だったけど、同じくらい安心していられた」
「ほう。それがこの背中かー」
 傷のある陣内の背中を水死体もどきのヴァオが平手で軽く叩いた。
「もっとも、十何年振りかに再会した時は――」
 アガサが水中で足をあげ、陣内の背を蹴った。こちらは『軽く』ではない。
「――安心感なんて欠片もなかったけどね。このバカ、酔っ払ってゴミ捨て場に転がってたんだから」
「うるせえな。あの時はウークイを見届けた直後だから、荒れてたんだよ」
 陣内は体を反転させて、アガサの蹴りから逃れた。
 ついでにヴァオを水中に沈めた。

 パラソルの下のデッキチェアにしどけなく寝そべる美女が一人。
 バナナボートのトーイングを終えたモカだ。
 周囲には人だかり(大半が男である)ができているが、モカは気にしていない。人だかりができるように仕込んだのは彼女自身なのだから。
 仕込みに用いたのは、デッキチェアの傍の立て札だ。そこに記された文面は『撮影OK SNS投稿OK 会話OK』。
「おいおい、モカさんよぉ」
 カメラやスマートフォンを構えた男たちをかき分けるようにして、佐藤がモカに詰め寄った。
「ちょっと、しょっぱいんじゃないの? この看板、いちばん大事なことがOKされてないじゃねえか」
「ふむ。言われてみれば……」
 モカは立て札を横目でちらりと見た後、ゆっくりと立ち上がり、佐藤に近寄った。
「では、特別に佐藤さんだけにOKしよう」
「マ、マジで!?」
「うん。握手OKだ」
「やったー! あくしゅ、あくしゅー! ……って、違ぇぇぇよぉぉぉぉぉーっ!」
 ドラゴンブレスを吐きそうな勢いで佐藤がノリツッコミをしている間にモカはデッキチェアに戻り、周囲の一般人向けにポーズを取り始めた。カメラを構えて鼻息を荒くしている男たちが『一般人』の範疇に入るかどうかという問題についてはよく考える必要があるかもしれないが、ここでは触れないでおこう。
「どうっスか、佐藤さん?」
 と、モカに代わって佐藤に近付いてきたのは、スクール水着の白だ。
「こういうの好きでしょ?」
「はぁ? ぜっんぜん好きじゃないし。まったく興味ないし。一ミリも食指が動かないし」
 しなをつくってみせる白を鼻で笑い、そっぽを向く佐藤。
 そう、自他ともに認める好色漢の彼といえども、スクール水着のロリ巨乳などというマニアックな嗜好は持ち合わせて――、
(「たまんねぇーっ!」)
 ――いた。持ち合わせているどころか、持ち切れずに溢れ出している。そっぽを向いた振りをしながらも、視線は何度も白の胸に走っては戻り、走っては戻り、『ちらちらとガン見』という矛盾した表現を矛盾なく体言していた。
(「まるで、減乳手術を受ける前のリッチなクリスティーナじゃねえか! スクール水着に押し潰されたおっぱいがまたいい! 乳袋とかいうファンタスィーの産物なんかよりも――」)
「――水着に圧迫されたおっぱいのほうが生々しくて萌える! あ? いっけねー。思わず声に出しちゃったよ」
「わおーん!」
 興奮を抑えきれない佐藤の足下で店長が鳴いた。『おまわりさん、こっちです』と叫んでいるつもりなのかもしれない。
 その声に答えておまわりさんが現れることはなかったが、もっと恐ろしい者の影が佐藤の背後にゆらりと立った。
 夢姫である。

 晟は砂浜を歩いていた。
 ぱたぱたと翼を動かすボクスドラゴンのラグナルを頭上に従えて。
 モカが戦闘中に述べた偉人を再現するかのように海ならぬ人の波を割って。
 当人は割っているつもりなどない(ラグナルのほうはその気になっているかもしれないが)。いかついドラゴニアンの容貌と別の要素に威圧されて、周囲の人々が自然に道を開けてしまうのだ。
『別の要素』とは、マジメ極まりない場違いな(だが、こういう場にこそ必要な)言動である。ルールやマナーを守らぬ者を見つけては注意し、時に本職のライフガードまでもを説教して指導するその姿には『海将軍』とでも呼ぶべき風格がある。
「む?」
 海将軍は足を止めて、浜辺の一角に鋭い目を向けた。
 大きな西瓜が転がっている。
 その横に置かれているのは佐藤の生首。
 いや、よく見ると、生首ではなかった。まだ生きている。首から下が砂に埋められているのだ。
「……なんだ、これは?」
「野放しにしておくと危険なので、生き埋めにしておきました」
 眉をひそめる晟に夢姫が説明した。長大な棒を振りながら。
「西瓜割りっスか? 楽しそうっスね。僕もやるっス」
 白が夢姫に並び、棒の素振りを始めた。
 西瓜割りなのだから、標的はあくまでも西瓜である。夢姫も白も佐藤の頭を叩き割ろうなどとは思っていない。たぶん、おそらく。
 しかし、攻撃の意図がなかったとしても、佐藤が血塗れになる可能性は高い。それが『お約束』と呼ばれるものだから。
「待て」
 と、隆治が夢姫と白に声をかけた。同族たる佐藤の危機を見過ごせないのだろう。
「くれぐれも他の客の迷惑にならないようにな」
 いや、違ったらしい。
「待て」
 今度は晟が声をかけた。同族たる佐藤の危機を見過ごせないのだろう。
「西瓜の破片が撒き散るだろうから、事前にビニールシートを敷いておこう」
 いや、違ったらしい。

 日が沈み始めると、海と砂浜を埋め尽くす人影は徐々に消え始めた。
 だが、その中にケルベロスは含まれていない。
 まだ遊び足りないのだ。
「やっぱり、夜は花火!」
 期待に目を輝かせる明子。なぜか、その視線は佐藤の首に向けられている。
「きっと綺麗でしょうねえ!」
「綺麗だろうな」
 隆治(いつの間にか甚平に着替えていた)が佐藤の首の傍に屈み込んだ。ネズミ花火を手にして。
「ま、待てよ! こんな至近距離でのネズミ花火は危け……んぐっ!?」
 抗議する佐藤の口に誰か(実は佐藤自身かもしれない)がロケット花火をくわえさせた。
「……」
 佐藤に向かって、アジサイがウインクした。

 はなびはとてもきれいだった。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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