ゆめ

作者:OZ

●ゆめ
 スマートフォンを耳に、缶ビールを片手に、青年はにやにやと、電話相手には見えることはないだらしない笑みを浮かべていた。
「マジマジ、心配すんなよ親父。賞のひとつふたつ軽いって! 構想はもう練ってあるんだ、あとは書くだけだし――あ? バイト? ……あ、あぁ、うん、まあ、それなりに上手くやってるよ。でもさぁ、バイトしてっと書く時間がなっかなか取れなくてさぁー」
 電話を切るまでの時間はさして長くはなかった。
 窓の縁に腰掛けビールを呷った青年は、通話の切れたスマートフォンの画面を見つめる。『着信:親父』。その文字を見て、青年はち、と舌打ちを鳴らした。
「……そうだよ、書く時間すらありゃ、俺だって」
「お前の夢はわかった」
 その声はすぐ耳元でした。そして同時に、心臓を抉る衝撃があった。
 それはあまりにも唐突な出来事だった。
「――その夢、俺が奪ってきてやろう」
 青年が最期に見たのは、ロングコートにフードを被った何者かの影。
「……おれ、だっ、て」
 幼いころに読んでもらった絵本。
 少年時代に夢中になった冒険小説。
 ――俺もいつかは夢を与える側に。
 それでもいつしかその夢は、重荷に変わっていた。書こうとしても埋まらない、白紙のままのテキストエディタ。いつからかずっと、折れた心に気付かぬふりをしてきた青年は、そうして死んだ。


 夢を追い続けることは、さして難しくはない。
 ただ、その思いだけでは何れ潰れてしまうだろう。人により、あるいは己自身の心により。――ただ今回とそれとではことが違うと、九十九・白(ウェアライダーのヘリオライダー・en0086)は言った。
「ドリームイーターと思わしき者が、夢を語るだけで何もしていなかった人を殺し、その人物に成り代わり、夢を叶えようとしている事件が起きています。今回殺された青年は、小説家になりたいという夢を――いえ、『夢を与える側になりたい』という夢を持っていました」
 白は手を組み続ける。
「ドリームイーターはなり代わられた人が持っていた夢を、実際に叶えている人を近場で襲い、その人からドリームエナジーを奪った後、夢に該当する部位を奪って去っていくんです」
 今回該当する『部位』は『手』だと、白は言った。
「夢を生み出すための頭、心、そしてそれを実現させるための『手』――それが今回のドリームイーターの狙いです」
 遣る瀬無い、といった表情を浮かべて白は続きを語った。
 ドリームイーターが徘徊している地域は、夢を持っていた青年が殺されたアパートの近隣。青年が目指していた小説家とはまた別ではあるが、そこから歩いて数分のアパートには、偶然にも音楽家の卵が住んでいるという。小説、音楽。表現の仕方の違いすらあれど、その人物もまた『夢を与える側』に違いない。
「一般の方を囮に使うのは少々気が引けますが、狙われるのは十中八九その人物でしょう。狙われるだろう彼か彼女かを見張ることによって、ドリームイーターを発見することが出来るはずです」
 一拍置いて、白は続けた。
「ケルベロスの皆さんは、一般の方に比べて夢の力が大きいはずです。ドリームイーターが狙う要素があることを示すことができれば、敵は皆さんを狙って現れる可能性が高くなります」
 時刻は雲が朧に月を隠す、夜。
「夢、か。それならきっと、わたしは囮の役には立てない。……だがこの『仕事』、行かせてもらおう」
 白の話を静かに聞いていたケルベロス達の中から、夜廻・終(サキュバスのガンスリンガー・en0092)が小さく、しかし確かに声を上げた。その姿に白は眉尻を下げて笑うと、改めて集ったケルベロス達を見据えた。
「どうぞ、ご武運を」
 奪われた青年の命は露と消えた。
 ただこのままでは青年の夢が血に汚されるだろうこと。そしてそれを防がねばならぬことを――知らぬケルベロス達は、この場には居ないだろう。


参加者
セス・ラケルタ(蜥蜴・e00411)
東雲・海月(デイドリーマー・e00544)
ジルベール・エストレーヤ(闇夜に閃く白刃・e01499)
橘・楓(気高き白・e02979)
沙牙・一莉(アンブレイカブルハート・e14962)
サフィール・アルフライラ(千夜の葬星・e15381)
アイリス・メイリディア(果てない夜を駆ける少女・e18476)

■リプレイ


「私……歌の仕事につくのが夢なんです……」
 橘・楓(気高き白・e02979)は言った。
「音楽家! すてきね、かえでのゆめ」
 ふわりと笑みをかんばせに乗せ、その言葉にセス・ラケルタ(蜥蜴・e00411)は続きを促す。
「幼い頃亡くなった母が有名な音楽家で……いつも……大勢の人の前で楽しそうに歌っていました……。だから私も……こんな風に……歌いたいって……幼いながらに、思ってました……」
 少しばかりはにかんで、楓は語る。
「セスさんの……夢は……?」
「わたしはね、お店をやっているのよ。香りを扱うちいさなお店」
 人通りの少ない夜道に、ざらついた気配。
 それが現れたことを察知しながらも、セスは続けた。
「つらいとき、かなしいとき……もちろん、うれしいときにも。ひとと香りはいつも傍にいる。気分で洋服を変えるように、纏う香りも楽しんで……そんなちいさなしあわせを、みんなに届けたい、それが、わたしのゆめ」
 まだ、修行中だけれども、とセスは柔らかく微笑む。そして――。
 ひゅっ、と何かが空を裂く音がした。
 セスと楓は身を翻し、『それ』を避ける。それは明らかなる害意の込められた、攻撃。
「……あらわれたわね」
 視線の先には、フードを被った、コート姿の男らしき姿。
「囮のためとはいえ、二人とも楽しそうに語るねぇ。この作戦は大成功ってことだ」
 暗がりで息をひそめていたアルトゥーロ・リゲルトーラス(蠍・e00937)が、夜道に出でる。
「よう、夢の残り滓。間違って現実に出てきちまったようだから、引導を渡してやる。あの世で殺した奴に詫びてこい」
 現れたそれ――ドリームイーターに向けてアルトゥーロは告げる。隠れていた数名が姿を現し、隠しておいた懐中電灯を一斉につける。臨戦体制に移ったケルベロス達をぐるりと見回して、ドリームイーターは構えの姿勢をとった。
「見るからに怪しいやっちゃな。……へえ、顔だけはモザイクとちゃうんやなあ」
 懐中電灯をドリームイーターの顔に向け、沙牙・一莉(アンブレイカブルハート・e14962)は感想を漏らす。
「小説家志望の彼は、どんなお話を紡ぎたかったんだろうね……。それももう、きみのせいで解らないけれど」
 殺気を放ち、一般人を巻き込まぬようにと殺界形成を成した東雲・海月(デイドリーマー・e00544)が言った。
「……夢は、追い続けなければ息が出来なくなる人もいる。逆に新たに見出す事の出来る人もいる。――殺められた彼がどちらかだったかはもう分からない。けれど、彼の尊厳を、彼を思う気持ちを穢した貴方を、決して許す事は出来ない。……その命を以て償って貰うぞ、デウスエクス……!」
 心をかすめた自身の夢を、サフィール・アルフライラ(千夜の葬星・e15381)は再び胸の奥にしまいなおす。
(「私のこれは、夢と呼ぶには余りに荒唐無稽で、血腥い」)
 二振りのナイフを握る手に力を込めて、サフィールはドリームイーターを見据えた。
「夢、ゆめ……少し、羨ましいですね」
 アイリス・メイリディア(果てない夜を駆ける少女・e18476)がぽつりと言葉を漏らす。
「私には、何もないけど、……頑張ります」
 どこか寂し気にアイリスは言葉を紡ぎ、得物を構えた。
「こうして戦いの為に夜に外へ出るのは久しぶりだなぁ……」
「……」
 ジルベール・エストレーヤ(闇夜に閃く白刃・e01499)の言葉に、夜廻・終(サキュバスのガンスリンガー・en0092)が顔を上げる。その視線に気付いて、ジルベールは柔らかく笑った。
「大丈夫。久しぶりとはいえ、先頭をさぼっていたわけでもないし、皆の足手まといになるつもりもないよ」
「……そうか」
 なら、いい。淡々とした終の言葉にジルベールは微笑んで、得物を構え一歩前に踏み出した。
 ぴりぴりと、空気は均衡が崩れる瞬間を待っていた。
 そして、それは海月の言葉で破られる。
「さってと、さくっと頑張っちゃおう!」
 ぱらぱらと、開かれた魔導書の頁が風に遊んだ。


「命を奪い、更にその人の夢を利用する……そんなの絶対に許せない……。彼の夢を……これ以上汚させる訳には……いきません……!」
 楓が生み出したのは雷の壁。仲間達を守るために構築されたそれに、前衛達が勢いよく地を蹴った。
「夢喰い風情が『夢を与える』やと? 与太話も大概にしとけや! そないな『手』で掴めるモンは何もないっ! アッチで兄ちゃんに合掌して詫びてこいや!」
 一莉がドリームイーターが放ったモザイクを紙一重で躱し、声を張った。
「皆、声かけて連携しながら行くで! ――って、あちゃー、夜はん喋られへんわ!」
「……大丈夫。……ある程度なら、言葉は通じる」
 己のビハインドである夜の代わりに、後方から終が言った。
「叶わぬ夢か。いかにもドリームイーターが好みそうな話だな。殺された奴とは何の関わりもないが、ひとつ弔い合戦とでも行こうじゃないか。――ほら、モザイク見せてみろよ。『夢』を曝け出してみな!」
 アルトゥーロが構えた二丁拳銃から、必中の弾丸が放たれる。
「『蠍』には毒がつきものさ!」
 コートの下のモザイク状の身体を撃ち抜かれ、ドリームイーターがゆらりと揺らいだ。
「ひとのゆめを糧にするあなた。満たされない欲求は、飢えと寂しさを伴って、いつしか、狂気で満たされる。……それでも、あなたのしたことは、許されることじゃないわ」
 重さを感じさせない動きで、セスは地を蹴った。放つのは影が如き、敵の急所を狙う斬撃。セスに次いで、ジルベールもまた敵の間合いに一息で飛び込む。ジルベールが放つは流星が如くの鋭い飛び蹴り。腰に固定した懐中電灯の光が闇夜に踊った。
(「いつか誰もが、悲しむことのない世界に……なれば、いいのに」)
 中衛の位置から、それは果たして夢なのだろうかと胸の内で己に問いながら、アイリスは歌声を響かせる。
 支援に、と駆けつけていた二名のケルベロスもまた、援護を開始する。
「夢を与える側になりたいという夢を、こんな形で利用させたりしないのですよ……!」
 真理の言葉に、もうひとりも確かに頷く。
「夢がおっきいほどそれに潰されちゃうのかな……何だか哀しいね」
 海月が言葉を落とせば、サフィールは一瞬視線を伏せた。
「……それでも夢は、願いは、そんな形で叶えられていいものじゃない!」
 伏せられていた視線は、直ぐに眼前の敵を見据えるものに変わった。


(「ちいさな頃、『ゆめ』はもっと漠然としていたものだった」)
 激戦の中、セスは思う。
(「『外で遊びたい』、『生きたい』。――ただそればかり思っていた。猟犬として目覚めて、病魔に打ち勝ってから、わたしのゆめは大きく広がって、今、すこしずつだけれど、実現しはじめている」)
 杖から迸る雷鳴が敵を穿つ。
「……彼はきっと、勇気がたりなかったのね」
 セスの声が戦場に落ちる。
「『ゆめ』を叶えるには、踏み出すためのおおきな勇気が必要だから。――それでも、いたずらに奪われていいいのちなんて無い」
 凛と響くセスの声に、前衛で大鎌を振るっていたジルベールが口元に笑みを乗せる。
「夢を奪って、君は何になりたいんだい?」
 ドリームイーターは応えなかった。
「夢を叶えてやると勝手に言って、それで無関係な人殺しを繰り返すなんていうのは、はっきり言って理解の外だが……、だからこそ、ここで止めなきゃならん」
「来るで、気ぃつけや!」
 アルトゥーロの言葉の終わりに被り気味に、一莉が声を張り上げる。ドリームイーターが動く。ドリームイーターの飛ばしたモザイクが狙ったのは楓だ。
「っとぉ!」
「きゃっ……!」
 楓を抱くように地面に転がり、一莉は即座に立ち上がる。
「楓はん、だいじょぶか?」
「だ……大丈夫……です。……ありがとう……」
 その言葉ににんと口角を上げて、『礼は後にとっときや』と一莉は笑った。
(「この夜にも、きっと終わりが来る。けれど、私は――」)
 果てなき夜を、寂しさを纏いながら。アイリスは夜を駆け続ける。乗り越えねばならぬ過去を背負いながらも、少しずつ、少しずつ、それでも前へ進むために。
「さー、何が出るかな。上手くいくと良いんだけど」
 海月が書物の頁を開く。
「――『かくして竜は、その牙を剥く。気高く誇り高く、正しき竜の咆哮はその場に響く』――!」
 海月が捲った頁の一節を唱えれば、その言葉は魔力を宿し具現する。一頁から放たれるのは、幻の竜の咆哮。びりびりと闇夜を震わせた幻の咆哮に、ドリームイーターが怯んだのを、見逃すケルベロスはいなかった。


 ドリームイーターのコートの下は、悲しくなるほどになにもなかった。――否、モザイクが埋め尽くしていたのには違いない。それでも、とサフィールはドリームイーターを見据えそう思う。
(「空っぽだ」)
 後方から片付けようとするドリームイーターの動きに、サフィールは動く。
「大丈夫、私が守ってみせるから……! これ以上、誰かを、何かを失わせたりなんか、絶対にしない……!」
 傷だらけになりながらも後衛をその身を以てして守り、サフィールは上がった呼吸の中そう告げる。
「私も負けていられないねぇ。……失う悲劇はもう、充分だからね」
 ドリームイーターの足を、薙ぎ払うように鎌で刈り取り、ジルベールもまた言った。
「喪われた命はもう、取り戻せない。……だからこそ私は、全力で君を倒すよ」
 ジルベールの言葉を継ぐように、アルトゥーロの銃声が響く。
「芸術なんてのは、あいにくよく分からないが、な。……いくら空虚で中身が欲しかったんだとしても……それでも他人の夢を奪っていい免罪符になんぞ、ならねえんだよ」
 アイリスが広げた翼から、聖なる光を放つ。『罪』を焼き焦がす光に、ドリームイーターがこの世の者とは思えぬ絶叫を上げた。
「これで終いや! 行くで!」
 後方から終がばらまく弾幕を援護とし、一莉が飛び込む。チェーンソーが駆動する重たい音と共に、一閃したその攻撃がドリームイーターの身を両断する。
「……終わりだな。――お休み、夢の残り滓。一日くらいは覚えておいてやる」
 アルトゥーロの声が、ドリームイーターの最期を告げた。

(「もし、夢が叶わなかったなら……私はどうなるのかな……」)
 夜気に融けて消えたドリームイーターの消失を確認し、楓は思う。視線の先には、無事に守れた音楽家の卵が住むアパート。
「皆、遅くまでお疲れさま。……あ、終、もうずいぶん遅い時間だから、帰ったら早く寝るようにね?」
「……わかった」
 ジルベールの言葉に、こくりと終は首肯する。
「夢喰いの被害は、きっとまだ出るんやろな……」
「……一莉にも、夢があるのか」
「ウチの夢か? ……せやなぁ……」
 終の言葉に、一莉は口を開きかけ――それを笑顔に変えた。
「秘密や!」
 死ぬまでは追い続けたいその夢を語ることはせず。
「さ、冷え込んできたし、僕らもそろそろ帰ろうか」
 戦いの余波が及んだ部分にヒールをかけ終え、海月が言う。その言葉に頷きあって、ケルベロス達はその場から去った。
 夢と命を奪われた青年がこの世に戻ることはなくとも、そうして明日はやってくる。静寂を取り戻したその場に、忙しなく辺りを照らす懐中電灯の光は今はもう、ないのだから。

作者:OZ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年11月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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