七夕防衛戦~史上最高のトラジェディー

作者:雷紋寺音弥

●動き出す悲劇作家
 深夜の街中にて、ビルの上から空を見上げる影がある。
 うだるような暑さにも関わらず、それは漆黒のロングコートで身を包んでいた。首には自殺に失敗したかの如く縄が絡みつき、手にしているのは杖ではなく、血のように赤い色をしたインクが染み出る巨大なペンだ。
「……招集命令ですか。なるほど、分かりました」
 ひょろりとした背格好の長身痩躯な紳士は、誰に告げるともなしに呟く。その頭は、人のそれではなく、赤インクの詰まった巨大な瓶だ。
「ふふふ……こう、潜伏しているだけというのも、些か退屈でしたからね。……いいでしょう。『悲劇作家』の名にかけて、今世紀最大のトラジェディーを、お見せいたしましょう!」
 深々と頭を垂れ、インク瓶の紳士は自分の背後に巨大な本を出現させる。開いたページは、どのページも歪んだモザイク、モザイク、またモザイク。それらのモザイクから分離するようにして、顔をモザイクで覆われた、童話に出てくる村人のような影が次々と現れた。
「さあ、参りましょう! 全ては悲劇を紡ぐため! あらゆるものを、悲しみの色に染めるため!」
 本の中から飛び出した影を引き連れて、紳士は意気揚々と夜の街に繰り出して行く。己の脳裏に響いた声に従って、東京港区の上空に浮かぶジュエルジグラットの手を目指すために。

●七夕と夢喰い
「招集に応じてくれ、感謝する。七夕の魔力を利用してドリームイーターが動くのではないかと警戒していたレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)から、日本各地に潜伏していたドリームイーターが、ダンジョン『ジュエルジグラットの手』に向けて移動を開始しようであるとの報が入ったぞ」
 どうやら、多くのケルベロスがダンジョンを制覇した事と、二つの場所を繋げるという七夕の魔力により、寓話六塔の鍵で閉ざされたドリームイーターのゲートが開かれようとしているらしい。
 そう言って、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)は事の詳細について、ケルベロス達に話を続けた。
「ドリームイーター達は、ゲートの封鎖を維持し、ケルベロスを寄せ付けないようにと戦力を集めているのだろうな。お前達には、この集結する強敵たちの撃破を依頼したい」
 集結するドリームイーターを撃破する事が出来れば、7月7日に開かれるゲートへの逆侵攻さえ可能かもしれない。だが、そのためには、まず目の前の強敵を倒さねば話は始まらない。
「お前達に相手をしてもらいたいのは、『悲劇作家』と名乗るドリームイーターだ。インク瓶の頭をした長身痩躯の紳士で、巨大なペンや脚本を武器とし、配下として童話に出てくる村人のような姿をしたドリームイーターを4体ほど従えているぜ」
 その名の通り、悲劇作家は悲劇を紡ぐことを求めるドリームイーター。それ故に、彼は悲劇を求め、より悲惨な結末へと塗り替える。自らの作品として、より悲惨な形で終焉を迎えるよう、悲劇を悲劇で塗り替えることこそが、彼の生き甲斐。
「このまま放っておけば、悲劇作家の手によって、どんな悲劇が紡がれるか分からない。そうなる前に倒さなければ、とんでもない大惨事を引き起こす可能性もある」
 戦闘になると、悲劇作家は手にしたペンや巨大な脚本を武器に攻撃して来る。また、配下のドリームイーター達も、それぞれが心を抉る鍵を持つ他、モザイクを飛ばして相手の冷静さを失わせたりモザイクを使って味方を回復させたりする術を持つ。
「ジュエルジグラットの扉が開かれれば、再び封印するために、寓話六塔が姿を見せる可能性が高い。上手くやれば、ゲートの封印を解くだけでなく、連中を討ち取るチャンスにつながるかもしれないな」
 一年に一度、愛し合う男女が星の海で出会う伝説の日を、悲劇の涙で染めるわけにはいかない。そう言って、クロートはケルベロス達に、改めて依頼した。


参加者
浅川・恭介(ジザニオン・e01367)
四辻・樒(黒の背反・e03880)
月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)
オニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)
トーキィ・ゼンタングル(悪戯描きのモノクロガール・e58490)
アルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)

■リプレイ

●開演
 駅前の歓楽街は、夜になっても眠らない。希望、夢、そして欲望。様々な人々の想いが交錯し、それらを全て飲み込んで行く。
 だが、その日に限って、街は妙に静かで人気もなかった。そんな街の大通りを、闊歩するのは奇妙な集団。インク瓶頭の怪人を中心に、ファンタジー世界から飛び出して来た村人のような者達が、夜の街を歩いている。
「ふむ……妙ですね。役者も観客もいないのであれば、悲劇を紡ぎたくとも紡げません」
 インク瓶頭の怪人が、ふと顔を上げて街を見回した。人々が寝静まるには、早過ぎる時分。いったい、何が起こったのかと、訝しげな様子で唸った時だった。
「……ようやく開演か。待ちくたびれたぞ?」
 暗闇から、ふらりと現れたのは、額に角を持つ白髪の少女。その外見は子どもだが、しかし口調は何とも重々しく、歴戦の猛者を感じさせる。
「どうやら、この静けさは、あなた方が原因のようですね」
「左様。この劇に、観客はいらぬからな。少しだけ、場を外してもらったまでよ」
 月明かりに照らされ、その少女、オニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)が、にやりと笑った。見れば、他にも路地裏から、そしてビルの上からも、続々とケルベロス達が姿を現していた。
「あれが今回の敵……間に合ったみたいで何よりです」
 手持ちの酒をしまいつつ、鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)は改めて敵の集団へと視線を向ける。悲劇を紡ぐ、劇団員と劇作家。その演目内容はどうあれ、なるほど確かに劇団員と言われれば、そう見えなくもない連中だが。
「七夕か……。これが終わったら、二人でゆっくり星空を見たいな」
 折角、一年に一度の逢瀬の時に、悲劇は不要だと告げる四辻・樒(黒の背反・e03880)。その言葉に、月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)もまた、頷き答える。
「それは良い考えなのだ。そのためにも、奏兄、月ちゃんがんばるのだっ!」
 七夕の祭りは、星々の瞬きを楽しむだけに留まらず。年に一度、星の輝きに願いを込めて、人々が想いを馳せる時。
 そんな素晴らしい日々を、悲劇で塗り潰させてなるものか。人々の命だけでなく、心や願いまで守るのがケルベロスとしての戦いだ。そんな、この場に集まっている者達の想いを察したのだろうか。
「いやいや、これはこれは、皆様お揃いで。しかし、残念ですが、今宵の七夕は雨模様。牽牛星と織女星は、闇に飲まれて輝きを失うのが定めなのです」
 ケルベロス達を前にしても、インク瓶頭の怪人は、何ら動じる素振りを見せなかった。
 地球を守りし地獄の番犬。それが七夕の日に倒されるとなれば、これ以上の悲劇はない。全ては、自分の紡ぐ悲劇の糧となれとばかりに、悲劇作家を名乗るドリームイーターは、村人達を散開させるが。
「三文作家ほど、己の描く悲劇とやらに陶酔するんだよな。目の前で上演されても俺は爆睡するわ」
 そうなる前に、さっさと目の前から消えてくれと、アルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)が溜息交じりに呟いて。
「悲劇をさらなる悲劇に変えるなど……。人の悲しみを弄ぶ事、許せるものではありません」
「あなたの悲劇に巻き込まれてあげる義理はないわ! かっちり喜劇に塗り替えさせてもらうんだから!」
 翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)とトーキィ・ゼンタングル(悪戯描きのモノクロガール・e58490)の二人も、一歩も退かずに武器を構える。
「さあ、僕の……いえ、僕達の目の前で思うように悲劇が書けますかな?」
 やれるものなら、やってみろ。テレビウムの安田さんを従えた浅川・恭介(ジザニオン・e01367)の言葉は、悲劇作家へ対する完全な挑戦。
「ふふふ……よろしい。それならば、私が悲劇作家と呼ばれる所以、とくとご覧いただきましょう! さあ……開演です!!」
 巨大なペンを振り上げ、悲劇作家が高らかと告げる。勝ち残るのは、悲劇か、喜劇か。バットエンドとハッピーエンド。互いの求める理想の終焉を賭け、夜の街にて劇作家と番犬達が激突した。

●記憶が紡ぐ悲劇
 悲劇作家は悲劇を好む。故に、目の前の悲劇をより悲惨な演出で彩ることは勿論のこと、それ以外の劇を認めない。
「月ちゃん! 合わせますから……皆への癒しを!」
「樒。怪我しないように、なのだ。……伏して願う。戦場に身をおく我が友等に 汝が加護を授けんこと。出ませ、焔姫!」
 奏過が樒へと活性の電撃を飛ばし、続けて灯音が前衛全てに願いと祈りを届けて行く。だが、それを見た悲劇作家は軽くペンを一振りすると、周囲を浮遊する脚本から謎の光線を発射して来た。
「ああ、もう。そんなのはダメダメです。私の脚本に、そんな展開はありませんので」
 淀んだ光が奏過の電撃を、そして灯音の焔を飲み込まんと迫って来た。間髪入れず、アルベルトが樒の前に割り込んだが、オニキスを始めとした他の者を庇うまでには至らなかった。
「ちっ……面倒な手を使ってくれる」
 歯噛みするアルベルト。自分が狙われている状態で仲間で庇えば、一発のダメージが低くとも、負担はどうしても増えてしまう。それを防ぐため、複数の者で壁を張っていたが、しかし一度でも抜けられてしまったが最後、こちらの強化は崩されてしまう。
「さあ、まだまだ、これからですよ。お次は……そうですね、まずは心を折ることで、早々に戦う意思を奪って差し上げましょう!」
 悲劇作家が、まるでタクトのように巨大なペンを掲げて振るった。その動きに合わせ、村人の姿をしたドリームイーター達が、一斉に鍵を持ち襲い掛かって来た。
 狙いは、やはり前衛だ。集中攻撃で相手の心を徹底的に抉り、絶望の淵に落とすつもりか。
「やらせませ……っ!?」
 仲間を攻撃から守ろうと躍り出た風音だったが、その身体に複数の鍵が突き刺さる。一本だけであれば大した威力もなかったであろう攻撃だが、これだけ同時に突き刺されては、精神を侵食されない方がおかしかった。
「己の身を挺して仲間を庇う、実に素晴らしいですねぇ! ですが……だからこそ、狙い易いとも言えるのです!」
 悲劇作家の狙いは、最初から風音だったのだ。まずは防御から確実に切り崩す。堅実だが、それだけに面倒かつ、厄介な戦い方であることに変わりはなく。
「脚本家が出しゃばり過ぎるのはつまらぬぞ。完成した結末にさらに手を加えるのもな」
 これ以上、敵の脚本通りにはさせまいと、オニキスは波を味方につける。混沌の海より呼び出した激流で、敵を押し流し、削り砕くという大技を。
「吾は水鬼、この程度は朝飯前よ! 滾れ! 漲れ! 迸れ! 龍王沙羯羅、大海嘯!!」
 押し寄せる水が、幾度となく鍵を持った村人を打ち据えた。だが、先の一撃で力を砕かれていたオニキスでは、波を重ねても敵を一撃で倒すところまでは行かなかった。
「おやおや、どうしました~? 何をしたところで、あなた方の向かう先は、バッドエンド以外にないのですよ?」
 事ある毎に、悲劇作家はケルベロス達を挑発する。これが、彼のいやらしいところだ。わざわざ神経を逆撫でするような言葉をかけることで、こちらの心を乱す腹積りか。
「バッドエンドしかない、だと? それを決めるのは、お前ではない」
 敵の攻撃が止んだ隙を突いて、すかさずアルベルトが風音に気を送った。
 こんなところで、負けられない。それに、この戦いの結末や、その先の運命を決めるのは、陳腐な悲劇の脚本などでは決してない。
「大丈夫か? 邪魔されないように、一体一体確実に倒すぞ」
「えぇ……折角の七夕、悲劇は似合いません」
 駆け出す樒に続き、風音も気力を振り絞って立ち上がる。狙いは、先のオニキスの攻撃で、少なからぬダメージを負っている村人だ。
「多くの悲劇を生まぬよう……あなた方は、ここで食い止めます」
 まずは、風音のギターの音色が、劇団員達を押し留める。それは、新時代を築く力強き楽曲。圧倒された敵軍に対し、駄目押しとばかりに恭介が竜砲弾の一撃を叩き込み。
「今です! 集中攻撃を!」
 進むも退くもできなくなった敵に狙いを定め、攻撃を集中させるよう高々と叫ぶ。
「もらった! てぇぇぇいっ!!」
 この機を逃してはならないと、トーキィが高々と飛び上がった。
 目指すは、暗闇に覆われた空の、そのまた先だ。星空を背に、まるで本物の流星の如く、星型のオーラを叩き込み。
「……耐えたか。なら、これはどうだ?」
 それでも辛うじて耐え忍んだ敵の背後から、いつの間にか回り込んでいた樒が斬り付けた。
「……っ!!」
 さすがに、これは限界だったのか、劇団員のドリームイーターは不定形なモザイクとして溶け落ちて、そのまま地に吸い込まれるようにして消えてしまった。
「さすが樒さん、鮮やかな手並み」
「いや、まだ油断はできない。少なくとも、あの悲劇作家がいる間はね」
 思わず賞賛の言葉をかける奏過だったが、それを制しつつ、樒はナイフを構え直す。
 敵はまだ、戦力に余裕を残している。これはほんの序幕に過ぎない。戦いはこれからが本番だと、その場にいる誰しもが、声には出さずとも気が付いていた。

●終幕
 悲劇作家との戦いは、いよいよ佳境へと突入していた。
 自分は後方から高みの見物。劇団員に的確な指示を出すことで、少しでも戦いが長引くよう戦場の流れをコントロールする。
 その様は、その手腕は、正に一流の劇作家と言えたかもしれない。だが、抜けないトンネルが存在しないように、終わりのない物語もまた存在しない。
「いやぁ……これは拙い、非常に拙い」
 未だ余裕のある口調で述べてはいたが、悲劇作家は本当に困惑しているようだった。
 激闘の末、劇団員達は既に倒されてしまっている。今、この戦場という舞台に立っているのは、自分とケルベロスだけという状況。
 悲劇作家としては、正に望まぬ展開だ。だからこそ、彼は最後に少しでも、自分の名を刻もうと考えたのだろうか。
「このまま、一つも悲劇を紡げないで終わるなど、悲劇作家としては納得がいきませんねぇ。そういうわけで……せめて、一人くらいは死んでいただかないと、私の名が廃るというものです」
 そう言って悲劇作家が目を付けたのは、他でもない風音だった。仲間の盾となり、身を呈して攻撃を受け続けた彼女の意識は、今や完全に悪夢の中に落ち込んでいた。
 凍て付いた大地。氷漬けにされた家族。それを行ったのは、他でもない自分の弟だ。既に人を辞めた弟は、冷酷な微笑を浮かべると、姉であった彼女でさえも、氷の棺に閉じ込めようと凍て付く吹雪を放って来る。
(「寒い……。私はこのまま……死んでしまうの……?」)
 薄れ行く意識の中、吹雪の音に混ざって弟であった者の高笑いが聞こえて来た。その姿は、やがて悲劇作家の姿と重なって、彼の繰り出すペン先が、胸元を一突きに貫いた。
「う……くぅ……」
 途端に、激しい痛みから我に返る。気が付けば、場所は今しがた戦っていた街の中。どうやら、随分と酷い幻視を見させられていたようだ。
 ボクスドラゴンのシャティレが、心配そうに風音の顔を覗き込んでいた。そんな相棒に優しく手を伸ばしつつも、風音は最後の力を振り絞って立ち上がった。
「ほぅ、これは……」
「……負けませんよ。あなたのような、他人の心を踏み躙るような者に……」
 感心する悲劇作家を余所に、風音を覆う気迫が増して行く。そんなに悲劇を求めるならば、まずは自分が主役を演じてみたらどうなのかと。
「人の心を汚す行為……その愚かさと痛みを知りなさい!」
 ナイフに映る、インク瓶頭の怪人の姿。それに合わせ、シャティレのブレスまで食らったところで、悲劇作家は唐突にペンを取り落とし、頭を抱えて叫び出した。
「あぁ……な、なんてことだ! 私の……私の脚本がぁっ!!」
 トラウマにはトラウマで返す。自分の所業がどれだけ罪深いものか、その身を以て思い知れ。
「も、燃える……燃えてしまう! 私の脚本が! 私の最高傑作がぁっ!!」
 背後に浮遊する脚本は燃えてなどいなかったが、今の悲劇作家には、そう見えるのだろう。脚本家である彼にとって、命より大切なのは自分の作品。それが灰燼に帰すること以上に、恐ろしいことがあるだろうか。
「悲劇の演出に拘り過ぎるあまり、自分が主役にされた時のことを考えていなかったようだな」
 皮肉を零しながら、アルベルトが繰り出した突きが悲劇作家の顔面を叩き割る。それだけでなく、恭介の命を受けたテレビウムの安田さんもまた、手にした凶器をインク瓶へと叩きつけた。
「ぎゃぁっ! あぁ……わ、私のインクが!」
 血液の代わりに、溢れ出したのは大量のインク。慌てて亀裂を塞ごうとする悲劇作家だったが、そこはトーキィがさせはしない。
「あなたの悲劇も、ここまでよ! 私好みに染めてあげる!」
「なっ……!? むぐぅぅぅっ!!」
 空中に描き出された無数のパイ皿、一斉に悲劇作家へと殺到して埋め尽くした。もはや、悲劇というよりも完全に喜劇。芸人のコントさながらの展開にされては、悲劇作家も形無しだろう。
「僕は悲劇より喜劇が好きです。たとえ陳腐だとしても」
「同感だ。その悲劇、吾が直々に冒険活劇からのハッピーエンドに書き換えてやろう!」
 恭介のハンマーが、オニキスの角が、同時に悲劇作家を挟み潰した。それでも、辛うじて踏み止まる悲劇作家ではあったが、もはや彼に新たな悲劇を紡ぐ力は残されていなかった。
「行きますよ、月ちゃん」
「わかったのだ! 樒、これで決めてやるのだ!」
 賦活の電撃と守護の焔が、それぞれ奏過と灯音から樒の手に渡る。今度はもう、破壊される心配もない。それを成されるよりも先に、最大の威力を持った技で仕留めるだけだ。
「……ただ、全てを切り裂くのみ」
 横薙ぎの一閃が、悲劇作家の首を切り落とす。インク瓶の頭部が転がって、中から溢れ出る大量のインク。
「悲劇を紡げなくなった悲劇作家の悲劇か。良かったな、最後も悲劇で」
 樒の言葉に、もはや悲劇作家は何も返さない。彼が紡いだ、最高の悲劇。それは他でもない、彼自身を主人公とした、人類にとっては最高の喜劇に他ならなかった。

●星空に願いを
 戦いが終われば、夜の繁華街はいつもの喧騒を取り戻す。
「ふむ、これにて終劇というやつか?」
「今のところは、だな。むしろ、これからが始まりとも言えそうだが……」
 オニキスの問いに、アルベルトが意味深な言葉を添えた。だが、今はとにかく、悲劇の連鎖を食い止められたことを喜ぼう。
「樒、一緒に帰るのだー」
「ん、皆も、お疲れ様」
 灯を背負うような格好で、樒は夜の街を背に去って行く。そんな二人を見送りつつ、奏過は独り、スキットルの中の酒を口にした。
 今宵は七夕。牽牛星と織女星も、あの二人のように仲睦まじく過ごせていれば幸いだと。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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