七夕防衛戦~恋心のモザイク

作者:秋月きり

「ねぇ、聞こえたかしら? カレン」
「ええ、確かに聞こえたわ。シオン」
 少女たちはクスクスと笑う。さながらお茶会の中、とても面白い話題を共有したかの様であった。
 その笑顔は同じ輝きを秘めていた。双子、と言われれば誰もが信じただろう。それ程、彼女達の表情は、そして容姿は似かよっていた。
「ジュエルジグラットの手の綻びに、『継母』は大慌てのよう」
「『継母』だけではないわ。『ポンペリポッサ』も『青ひげ』も、そして『ウルフクラウド』も誰も彼も!」
「私たちに指示を出すほどだものね。カレン」
「私たちに助けを求めるほどだものね。シオン」
 そして、カレンとシオンの二者は空を飛ぶ。その様子は、彼女たちが常人で無い事を示していた。
 胸にモザイクを抱き、巨大な鍵杖を抱く外見。彼女たちがドリームイーターである事は明白であった。
「行こう。カレン。『継母』の言いつけ通り、ケルベロスたちを倒しに」
「行こう。シオン。ケルベロスたちから、ジュエルジグラットの手を守る為に」
 そして二人の声は唱和する。それこそが、彼女たちの欠損だった。
「そこに恋愛が」
「失恋が」
「「あったらどれ程、素敵な事でしょう!」」

「七夕かぁ。まぁ、多くの人が知り、そして願うそれは信仰と変わらない。クリスマス然り、ハロウィン然り」
 そして、そういうものは多くの場合が魔力を持ってしまうのだと、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)は口にする。そして、過去、それを糧に暴れるデウスエクスが存在する事を、ケルベロス達は知らないわけでは無かった。
「この場合、牽牛織女に準えれば、七夕の魔力は分かたれた場所を繋げる効果があると思って良い様なの。……本題に入るわね。みんながジュエルジグラットの手を幾渡も攻略した事、それと七夕の魔力によって、寓話六塔の鍵で閉ざされたドリームイーターのゲートが開かれようとしているようなの」
 これもケルベロス達の攻略の成果と、七夕の魔力の調査やドリームイーターへの警戒を行っていたレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)、セルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686)、そして、空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)らの努力の結晶と言って良いだろう。
 また、七夕の魔力が今までとは逆に、ドリームイーターの思惑から外れ、彼のデウスエクスへの害となった事も大きかった。
 だが、ドリームイーターも、黙ってその状況を受け入れている訳ではない。
「ドリームイーターたちは、ゲートの封鎖を維持し、みんなを寄せ付けないように、戦力を集めているわ」
 この千載一遇の勝機を勝ち取る為、それを撃破して欲しい。
 何故ならば。
「終結するドリームイーターを撃破する事が出来れば、7月7日に開かれるゲートへの逆侵攻すら可能となる……かもしれないわ」
 未来は不確定で予知能力者であるヘリオライダーであっても、全てを見通せる訳ではない。
 だがそれでも、可能性があるならそれに賭けてみたい。リーシャの言葉にケルベロスたちは応と頷く。
「みんなに相手をして貰うのは二体のドリームイーター。それぞれ、『カレン』と『シオン』と言う名前よ」
 彼女たちの欠損は『恋心の感情』。だが、二者の欠損は似て非なるもの。カレンは思慕を失い、シオンは失恋を失っていると言う。
「本来なら真っ正面から戦うよりも、誘惑とか籠絡とかの搦め手を使ってグラビティ・チェインやドリームエナジーを奪おうとする相手みたいね」
 その為か、同士討ちを誘う攻撃が多いようだ。
 勿論、グラビティを用いた対策も大事だが、心を強く持つ事そのものも大事だとリーシャは言う。
「例えば誘惑された時に、愛する人の顔を思い出す、とか?」
 真顔で言い切る。いやどうなんだ、と言う意見は黙殺だ。そう言えばそう言う人だったなぁ、と誰かが溜め息を零す。
「まぁ、ただキュアするよりも気合いの乗り方が違うから、試してみると良いと思うわ」
 どうやら本気のようだった。
 まぁ、駄目で元々との言葉もある。覚えていても損は無いだろう。
「さて、これはみんなの力、ダンジョン探索に向けた情熱が勝ち取った機会よ」
 戦いの結果次第ではゲートの封鎖を解くだけでは無く、寓話六塔を討ち取るチャンスに繋がるかも知れない。
 だから、とリーシャは願う。みんなに頑張って欲しいのだ、と。
「それじゃいってらっしゃい。武運を祈ってる」
 彼女はいつもの言葉で、ケルベロスたちを送り出すのだった。


参加者
リシア・アルトカーシャ(オラトリオのウィッチドクター・e00500)
アリア・ハーティレイヴ(武と術を学ぶ竜人・e01659)
ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)
神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)
ラプチャー・デナイザ(真実の愛を求道する者・e04713)
神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
御門・美波(断罪の少女・e34803)

■リプレイ

●悪夢
 はぁはぁと聞こえる呼吸音は激しく、鼓膜に届く動悸の音はなお煩い。
「だいっきらい」
 御門・美波(断罪の少女・e34803)の言葉に、それ――同い年ぐらいの少女の姿をしたデウスエクスはふっと笑う。
「奇遇ね。私も大嫌い。私の大切な相棒を奪った貴方達が」
 殺してやる。そんな視線が美波を貫く。血や泥に塗れた表情で、しかし、強い意志を宿した瞳だけはギラギラと輝いていた。
 ボロボロなのは少女だけではない。美波達もだ。戦いは激しく、既に仲間達の数人は地に伏している。
(「殺され……?」)
「大丈夫でござる、よ」
 掛けられた声は弱々しく。それでも、紡がれたラプチャー・デナイザ(真実の愛を求道する者・e04713)の声は柔らかく、安堵が胸の内に広がる。
「彼奴にその余裕はなかったでござる」
「みんな生きている」
 断じたウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)も戦鎚を杖にしながらも、気丈な言葉を口にする。この場において、死が刻まれたのはドリームイーターただ1体のみ。弱々しくとも皆、生命の炎を絶やしていない筈だ。
 今は、まだ。
「ジュエルジグラットなんてどうでも良い。『継母』の言いつけだって知らない。殺す。殺してやる」
 胸にモザイクを抱き、鍵杖を美波達に突きつける少女は、ただ、それだけを紡ぐ。
「貴方の愛を見せて頂戴。全て奪ってあげる!」
 相方を失ったドリームイーターは、魂からの咆哮をケルベロス達へと叩きつけていた。

 シオンとカレン。
 ジュエルジグラットの手に向かう2体のドリームイーターの発見は容易かった。
 まずは地の利。ヘリオライダーが予知があれば、待ち伏せなど赤子の手を捻るようなもの。そして何より、容姿端麗な対の少女達は、とても目立っていた。
「見つけたよ!」
 美波の宣言に足を止めた2人は小首を傾げる。
「ねぇ、カレン。この人達はケルベロスかしら?」
「ええ。シオン。『継母』達が恐れる地獄の番犬。だから、殺そう」
 そして、2人は自身の背丈ほどの鍵を構える。モザイクと共にドリームイーターの象徴とも言える鍵は、呪術の触媒だけに限らない。殴打、或いは斬撃の得物としても用いられている。
「可愛い子達だね。凄く気持ち良くして、沢山愛して上げるよ」
 妖艶に笑うプラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)は、逆手に震える刃を構えて。
「倒しちゃえばいいんだよね」
 肉食獣のようにも小悪魔のようにも見える笑みは、リシア・アルトカーシャ(オラトリオのウィッチドクター・e00500)が紡いだものだった。
 2つの笑みを前に、だが、同じ表情を金髪のドリームイーター――カレンも刻む。
「それは素敵ね。恋も愛も素敵よ。それが欲しいの」
「そして破局を。振ったり振られたりってどんな気持ち? 私の欠損を埋めてほしいわ」
 異なる口で、異なる語句で、だが、同じ宣言を少女達は紡ぐ。
「貴方達の恋愛を」
「貴方達の失恋を」
「「私に教えて!」」
 それが鬨の声となった。

●キミの優しさ
 モザイク塗れの嵐が吹き荒れる。ドリームエナジーを衝撃波に転化した嵐は二者によって、二重に紡がれていた。それが炸裂したのは最も的の多い箇所――4人からなる前衛だった。
「――っ!」
「任せて!」
 身構えるウィッカを守るべく、飛び出す影があった。アリア・ハーティレイヴ(武と術を学ぶ竜人・e01659)は自身の身体を盾にと、少女を吹き荒れる嵐から庇う。
「アリアさん?!」
 一瞬にして刻まれた裂傷に、悲鳴が零れるのを抑える事が出来なかった。
 如何に範囲攻撃とは言え、多重に吹き荒れるそれが遺す傷痕は、ディフェンダーの彼にして、甚大な被害を物語っていた。まして、ドリームイーター達の狙いは純粋なダメージではなく、精神への侵蝕なのだ。ウィッカを庇った事でアリアが受けた瑕疵は如何程か。
「リシア好きだっ! オラトリオらしい清楚さ、サキュバスの血に負けて積極的な姿もどっちも大好きだ! こんなまやかしに負けてたまるか」
 精神汚染を吹き飛ばそうと神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)が愛を叫ぶ。アリア同様、彼はプランを庇ったのだろうか。叫びで受けた怪我、そして精神汚染全てを吹き飛ばす事は出来ずとも、身に纏った漆黒の聖衣に、多少は大丈夫だろうと安堵する。範囲攻撃に対する相性は悪くない筈だ。
 だが、一方でアリアは――。
「メディック!!」
「鈴殿、美波殿。頼んだでござるよ!」
 ウィッカが軌跡描く斬撃で、そしてラプチャーが黒色の弾丸でシオンを牽制しながら、声を張り上げる。
「分かってます!!」
 氷華咲く詠唱を無理矢理打ち消し、神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)が治癒の闘気をアリアへと飛ばす。続くリュガは属性の付与を、そして美波は地面に双児宮のサインを描く事で、精神汚染への防御を張り巡らせていた。
「あら。貴方が恋愛? なら、私の獲物は決まりね。……シオンはどう?」
 余裕に微笑むカレンの視線は、先程愛を叫んだ煉に向けられている。相方に問う暇すら、その視線は捉えて放さない。
「私は」
 シオンの視線がケルベロス達を巡る。
「……いないわ」
 心底残念そうな声色だった。
 シオンの欠損は失恋。ならば恋人持ちのリシアや煉は元より、恋を知らないウィッカや心の支えを強く抱く美波も対象外と言う事だろう。
 ちなみに独り身筆頭である筈のラプチャーは「せ、拙者は真実の愛を求道中の身故にセーフセーフ!!」とのジェスチャー交じりに反論で、事無き事を得ていた。
 即ち、失恋を匂わせない者に、シオンの食指は動かなかったのだ。
「だったら私が相手をするわ。いっぱい可愛がってあげるね」
 流星纏う跳び蹴りで切り込んできたプランの笑みに、シオンはにこりと微笑む。
「優しいのね。欠損は埋めてくれそうにないけれど」
 それは幼い容姿に似つかわしくない、ぞっとするような笑みであった。

(「気を抜くと、持って行かれそうだ」)
 自身をオーラで治癒しながら、アリアは独りごちる。
 車酔いにも似た酩酊感が頭の中にこびり付いていた。これが広がった時、自分は敵も味方も見失うのだろうか。
 嫌だ、と思う。この拳を仲間に、とりわけ、青い髪の少女に振るう事は。
「ねぇ。煉くん。さっきの言葉、本気? だったら、嬉しい」
 横目で捉えたのは、カレンを誘う為だろう、愛を語らう恋人達の姿だった。
 黒い太陽を召喚しながら、煉に背後から抱きつくリシア。対する煉もまんざらでない表情で、少しだけ、それを目の当たりにする鈴を思い、首を振っては想像の彼女をかき消していた。
 まだ、戦いは序盤。ジグラットゼクスの招いたドリームイーター達の実力は高く、だからこそ気を抜く事はできない。
 その、つもりだった。

●変われない私たち
 嵐が吹き荒れる。モザイク片を纏った嵐は、そして突き出される鍵杖の一撃はケルベロス達を切り裂いていく。
 対するケルベロス達もまた、デウスエクスの体力を削ぐべく、猛攻を繰り出していた。その甲斐あって、集中砲火を受けたシオンは、見る間に傷ついていく。
「カレン。結構強いわ。この人達」
「『継母』達が恐れるくらいだもの」
 微笑するカレンはシオンに治癒を施し、シオンもまた、自己治癒で回復していく。だが、傷が全て癒えた様に見えても、振り出しに戻ったわけではない。治癒不能ダメージが刻まれている筈なのだ。
(「ただ、それは」)
 自分達も同様だと、ラプチャーは独白する。吹き荒れる嵐は確実に前衛を侵蝕しており、それを庇うディフェンダー2人の負担は大きい。
 当然だ、と冷静な自分が指摘する。カレンの狙いは主として煉。そしてシオンはプランが抑えている。それは即ち、範囲攻撃を全て前衛に集めている、と言う事でもあった。
(「精神汚染による誤認は起きにくい、と言うのが幸いでござるが」)
 それでも起きてしまえば被害は甚大。そうならない為にメディック2人だけではなく、自分やリュガ、アリアやリシアが治癒に奔走している。
 ああ、認めざる得ない。治癒の手が足りていないのだ。複数を治癒しようとすればどうしてもエフェクト付与の成否発生は免れず、使役使いによる不利益はそれすらも侵蝕してしまう。その補佐に自身らが回れば、攻撃の手が減じてしまう。
(「甚だ厄介な相手でござるよ」)
 花びらのオーラを振りまきながら、無意識に彼は苦み走った表情を形成していた。

 そして、とうとう、その時がやってきてしまう。
 モザイクの嵐に晒され続けたアリアが片膝を突いたのだ。
「――アリアさん!!」
 リシアの悲鳴が響く。それと同時に、金と銀の軌跡が彼の身体を貫く。
「ようやく一人!」
「もう。しつこい!」
 地面に倒れるアリアを前にふっと笑うシオンとカレン。だが、ハイタッチの構えから一転し、2人は鍵杖を構え直していた。
「よくもアリアさんを!!」
 鈴が咆哮する。治癒は間に合わず、だが、倒れた彼に声だけでも届いて欲しいと、叫ばずにいられなかった。
「「煩い」」
 対する言葉は二重奏に。モザイクの嵐が襲撃したのは彼女を中心とした後衛であった。
 無拍子な攻撃に、反応出来たのは煉、只1人のみ。
「リシア! 大丈夫か?!」
「そうよね。ああ、素敵な思慕」
 恋人を庇う姿に、カレンは歓声を上げ、シオンは冷めた目を向けている。
 異変が起きたのは、その瞬間であった。
「……なん、だと?」
 自身の脇腹を襲う灼熱感に、思わず口から零れた戸惑いの声が重なる。同時に発せられたのはリシアの息を飲む音。そして。
「姉、ちゃん……?」
 脇腹を貫いた光剣の持ち主が、実の姉だと認識した刹那。
「「はい。二人目」」
 再度、二条の鍵杖が煌めく。その殴打は、傷つき、先の一撃によってエフェクト全てを剥がされた煉にとって、耐えられる物ではなかった。
「畜生……」
 ずるりと崩れる煉と、それを前に昏い笑みを浮かべる鈴。その表情は、一瞬にして驚愕に染まっていく。
「煉ちゃん! 煉ちゃん!!」
「……ごめん。自分達だけで精一杯だった」
 歌声で自身と鈴、そしてリシアを覆う精神汚染を拭った美波はそれでも、申し訳なさそうに言葉を口にする。自身の治癒が少しでも早ければ。或いは煉を回復する事が出来ていれば。
 嘆く少女に首を振って応えたのはウィッカだった。
 後衛、とりわけメディックが精神汚染される不利益は前衛が汚染される以上のそれを生みかねない。治癒がデウスエクス側に飛ぶ事を考えれば、それより先に美波が動けた事はむしろ、僥倖だった。
 得物を構え、ウィッカはデウスエクスに対峙する。背で美波を庇った彼女は、自身に言い聞かせる様に思考を重ねる。
(「2人倒れた。でも、彼女達だって余裕はない筈」)
 意を決し、殴りかかろうと踏み出した一歩はしかし、その先に繋がらず、踏鞴踏む結果に終わる。
「捕まえた♪」
 シオンを背後から締めつける手があった為に。
「――プラン?」
「フフッいっぱい愛してあげる、気持ち良く果てちゃっていいよ」
 シオンを抱きしめたプランはその身体をぐるりと腕の中で半周させると、何か言葉を紡ごうとした口を自身の唇で塞ぐ。
 攻撃はキスだけに留まらなかった。左腕は肩を押さえ、右手は服の中へと滑り込む。防具の臀部から伸びた尻尾ですら、シオンの太股を伝い、服の中へと潜り込んでいく。
「あ、ふあぁああっ」
 解放された唇から零れた声は甲高く。細い両腕が、そして両脚がプラムの身体に絡みつき、びくりと震える。
 それが止めだった。無理矢理流し込まれた快楽エネルギーに抗えず、少女の身体は短い悲鳴と共に、再度震え、そして動きを停止する。
 後に残ったのは、死が刻まれ、光の粒へと溶けゆく肉体のみ。消え行く光に照らされ、世界が白く染まっていく。
「し、シオン?! やだっ。ねえ!!」
 遺されたドリームイーターから零れた嘆きで、世界に色彩が戻ってくる。
 呆然と言葉を紡いだ彼女は、その目を憎悪へと濡らしていた。
「リューちゃん?!」
 少しでも時を稼ごうとしたのか。吶喊したサーヴァントへの制止の声は振り払われる。ボクスドラゴンのタックルはカレンの身体を一歩、後退させ。
「邪魔よ」
 反撃の殴打は、小さな身体を枯れ葉の如く吹き飛ばす。ブロック塀に叩きつけられた彼が、生じた瓦礫の下から這い出る事はなかった。
「あら。貴方も愛して欲しいの?」
「お生憎様。私はそれを欠損しているの!」
 ふっと笑うプラムに鍵杖を叩きつけたカレンの瞳には、憎々しげな色が宿っていた。
 それはまさしく、憎悪。全てを弄んだドリームイーターの終わりに相応しく、だが、そんな目も出来るのかと逆に感心してしまう。
 故に、美波は言葉を紡いだ。今、それを告げるべきだと思っていた。
「だいっきらい」
 呼吸と心臓音が煩い中、その言葉の意図は余さず、彼女に伝わっただろうか。

●時が撫でていく
 そして、戦いは終局へと向かっていく。

「貴方の慕情を見せて頂戴。全て奪ってあげる!」
 相方を失ったドリームイーターは、魂からの咆哮をケルベロス達へと叩きつけていた。
「これ以上、悪事を広げる前に此処で止める!!」
 そして宿敵を前に、美波もまた咆哮する。叫びは自分だけの物ではない。共に戦う仲間達、そして倒れた仲間達の代弁だ。
 憎悪と共に吹き荒れるモザイクの嵐は凶悪で狂乱渦巻いて、だが、それは倒れる理由にならない。その証拠に、仲間の誰もが傷つき、それでも倒れていない。皆、覚悟を決めていた。後は只、敵を倒すのみ。
「聖なる鎖に抗えますか?」
「大人しくしていて欲しいのでござるよ。そうすれば、痛くはない故」
 リシアの光剣とラプチャーの黒弾はカレンに突き刺さり、動きを止める。倒れた2人の仇。そう言わんばかりの攻撃はカレンの身体を縫い止めるに充分な力を秘めていた。
「刻んであげる」
「よくも! あんな思いを!!」
 動きを止めたカレンを切り裂いたのはプランの振動剣、そして鈴の光剣だった。肩口、そして脇腹を切られ、小さな身体から血が吹き出る。
「幾重の加護よ、我が杖に宿れ……マギノストライク!」
 そして、ウィッカは渾身の殴打でカレンを、否、ドリームイーターの存在を否定する。この地球にデウスエクスの居場所はなく、元凶の1つであるゲートの破壊を邪魔させない。その意志を込めた一撃だった。
「シオンの仇を……」
 それでもカレンは言葉を紡ぐ。鍵杖を掲げ、祈る姿は何処か神聖な物にも思えた。
 だからこそ。
「させないわ」
 だからこそ、止める。宣言は祈りに対する反言。同時に投擲した美波の短刀は狙い違わず、カレンの眉間を貫いていた。
 それが終局。それが恋心のモザイクを抱いたドリームイーターの終焉となった。

「主よ、永遠の安息を――せめて、これからは安らかに」
 消え行く少女を前に、祈りだけが響き、解けていった。

作者:秋月きり 重傷:アリア・ハーティレイヴ(武と術を学ぶ竜人・e01659) 神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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