七夕防衛戦~夢を喰らうパレード

作者:青葉桂都

●ジュエルジグラットへ集結せよ
 都内某所。
 とある部屋には、1人の女性と、そして4体の異形が住み着いていた。
 女性はまるでファンタジー小説に出てくる踊り子のような、ひらひらとした衣装を身に着けていた。
 4体の異形のうち、3体までは同じような姿だ。楽器を持った小柄なカエルたち。
 最後の1体は、いちおう人型をしてはいたものの、肌の色は奇妙で顔は獣面だった。
 ケルベロスが見れば、いずれもドリームイーターであることがわかったかもしれない。
 5体のドリームイーターが、一斉に顔をあげた。
「聞いた?」
「聞いた聞いた! わかってるだろ、俺はお前なんだから」
「うん、わかってるわかってる。アシニディトたちはみーんな知ってる」
 カエルたちが言葉を交わす。
「寓話六塔様のご命令だ♪ ジュエルジグラットへ行かなくちゃ♪」
 歌うような声で3匹のカエルが声を合わせる。奇妙なまでに息の合った動きだった。
「あんたも聞いたよな、アガソス」
「うん。また、みんなに楽しい夢を見せる時間が来たんだね。がんばらなくっちゃね、アシニディト! フォボスも!」
 カエルの問いにうなづいて、アガソスという名の女性の姿をしたドリームイーターが笑顔を浮かべる。
「……カオス様」
 フォボスという名らしい獣面の男が声を発した。
「ん? あ、そうだね、カオス様たちも必ず来るはずだよ。ちゃんと合流しなくちゃね」
 ドリームイーター全体の指揮官たる寓話六塔のほかに、彼らを統べるリーダーがいるのかもしれない。
 しかし、少なくともその姿はこの場になかった。
 潜伏していた部屋をドリームイーターたちは音もなく飛び出していく。
 ジュエルジグラットがある港区を目指して、彼らは移動し始めた。

●七夕作戦
 集まったケルベロスたちを見回して、ヘリオライダーは静かに頭を下げた。
「ドリームイーターが七夕の魔力を利用した作戦を行うのではないかと予想していたレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)さんの調査で、各地に潜伏していたドリームイーターが動くことがわかりました」
 石田・芹架(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0117)は言った。
「目的はダンジョン『ジュエルジグラットの手』です」
 多くのケルベロスがダンジョンを踏破したこと、そして分かたれた2つの場所を繋ぐ七夕の魔力により、寓話六塔の鍵で閉ざされたドリームイーターのゲートが開かれようとしているというのだ。
「ドリームイーターはゲートの封鎖を維持して、ケルベロスを寄せ付けないようにするための戦力を集めているのでしょう」
 この戦力が集結するのを阻止してほしいと芹架は言った。
 この作戦に成功すれば、7月7日に開かれるゲートへの逆侵攻すら可能になるかもしれない。
 もちろん、逆侵攻にはまた別の大きな障害が立ちはだかることだろうが。
 集結をはかるドリームイーターのうち、芹架が予知したのは『ナイトメアパレード』と呼ばれる集団だ。
 そのうちの3体がまとまってジュエルジグラットを目指しているらしい。
「敵は路地裏など目立たない場所を移動するようです。おおむね経路は判明していますが、移動中を狙うか、あるいはジュエルジグラットまでたどり着いたところで狙うかは皆さんで話し合って決めてください」
 対象は紅い髪の女・アガソス、歪に笑う男・フォボス、それにアシニディトという3匹のカエルだ。
 リーダーは他にいるらしく、3体のうちで誰が指揮官ということはないようだ。
 芹架は敵の戦闘能力について説明を始めた。
「まず、踊り子のような姿のアガソスは心に闇を持つ者に楽しい夢を見せる力を持っています」
 ただし、ただの人間にとって、その夢は2度と覚めることのない夢となる。
 ケルベロスならばそのようなことはないが、夢によって麻痺したように動きが止まってしまうことはある。
 また、楽しい踊りを見せることで戦意を鈍らせ、攻撃の威力を下げることがてきる。
 魅惑的な微笑みは見る者を弛緩させ、グラビティによる支援効果を打ち消してしまう力を秘めている。
「獣面のフォボスは、心に闇を持つ者に2度と覚めない恐ろしい夢を見せる力があります」
 同じくケルベロスならば眠り続けるようなことはないが、トラウマに襲われてしまうことだろう。
 恐ろしい咆哮によって敵の足を止める技も使う。
 獣の顔で噛みつき、敵から力を奪い取る能力もあるようだ。
「アシニディトは3匹のカエルの姿をしていますが、意識や思考は共有しています。3匹で1体のデウスエクスと考えてください」
 一種の分身のようなものだが、どれかが本体というわけではない。限界を超えるまでは3匹とも活動し、限界を超えたなら一斉に死ぬ。
「彼らはナイトメアパレードの楽隊で、それぞれ楽器を持っています」
 逃避と怠惰を肯定する曲で敵を怒らせたり、悪意と絶望の歌で催眠状態にしたりする。
 また、あらゆる罪を肯定する曲によって、対象を癒すことも可能だ。
「戦闘ではフォボスが前衛、アガソスが中衛、アシニディトが後衛となって戦うようです」
 指揮官はいないながら相応の連携は見せるらしい。
「ちなみに彼らの指揮官についてですが、少なくともジュエルジグラットに到達するまでに合流してくることはありません」
 なんらかの事情で動いていないか、それとも動きを予知したヘリオライダーがいないだけなのか、なんにしても今回の作戦中に増援が来ることを考える必要はない。
「扉を開くことに成功できれば、再び封印するために寓話六塔が現れる可能性は高いでしょう」
 寓話六塔を討ち果たし、ドリームイーターのゲートを攻める機会を逃さないよう、がんばってほしいと芹架は言った。


参加者
岬・よう子(金緑の一振り・e00096)
メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)
ピジョン・ブラッド(陽炎・e02542)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
ネリシア・アンダーソン(黒鉛鬆餅の蒼きファードラゴン・e36221)
ソイラ・ネヴァライネン(凍て付く瞳・e44340)
副島・二郎(不屈の破片・e56537)
長田・鏡花(アームドメイデン・e56547)

■リプレイ

●路地裏の挟撃
 港区に向かうドリームイーターを、ケルベロスたちは待ち伏せしていた。
 敵はほどなくこの辺りの路地を通過するはずだ。
 路地を見下ろす建物の上に大型のパイルバンカーを装備した女性が飛び出す。空を見上げると、はるか上空に浮かんでいるまるで白い手袋のようなものが目に入る。
(「こんなところに、まだ人が住んでいるものなの?」)
 ソイラ・ネヴァライネン(凍て付く瞳・e44340)は鋭い眼光を空へと向けて、心の中で呟いていた。
 実際道中会った相手に避難を呼びかけることにもなったし無人ではなかったが、幸運にも薄汚れた雰囲気の路地に人の姿はなかった。
「街中での戦いか。周囲には十分に注意したほうがいいだろうな」
 副島・二郎(不屈の破片・e56537)が静かに告げる。
 他の者も多くは隠密気流をまとい、物陰などを利用して身を隠している。
 足音を聞きつけたのはさほど時間が経過しないうちだった。
「近づいてきてるみたいだね」
 ふわふわの羽を持つドラゴニアンの少女が仲間たちに告げた。
 ネリシア・アンダーソン(黒鉛鬆餅の蒼きファードラゴン・e36221)の言葉に、濃いベージュ色のスーツを身につけた男が頷いた。
「七夕を楽しみにしている子がいるんだ。だからここはしっかり成功させないとね」
 仕立服に身を包み、気品を身に着けたピジョン・ブラッド(陽炎・e02542)がなるべく音をたてないように建物の陰にかがめていた体を起こす。
 人目を避けて近づいてくるのは3体のデウスエクスたちだ。
「ナイトメアパレード……これ程目立つ風貌でこんなところを通る意味はあるのでしょうか。もしかして陽動だったりしますか?」
 建物の上で長田・鏡花(アームドメイデン・e56547)が首をかしげる。
 首のあたりで切りそろえられた黒髪が揺れた。
「その可能性もあるかもしれませんぞ。他にチームリーダーがいるそうですからな」
 ポリバケツの中に隠れた据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)の声が携帯電話越しに聞こえた。
「何にせよ先に行かせるわけには行きません。ここで成敗、です」
「ええ。ドリームイーターも、未だにわからない事の多い相手ですが、追い込んでいるのは確かです。ここが一つの正念場ですぞ」
 ドリームイーターたちが路地に入ってきた。
 赤煙がはった立ち入り禁止テープを見て、デウスエクスの速度がわずかに鈍る。
 ケルベロスたちは行く手をふさいだ。
「おっと残念、そこでストップです」
 赤煙がポリバケツのふたを開けて立ち上がる。
 その横で、ボロけたマントが宙に舞った。
「行かせはしないよ」
 マントを脱ぎ捨てた岬・よう子(金緑の一振り・e00096)は両手に斬霊刀を構えて敵へ宣言した。
「「「ケルベロスだ! ケルベロスがきた!」」」
 カエルの姿をしたアシニディトたちが叫ぶ。
 さらに他のケルベロスたちのうち2人が赤煙やよう子の横に並んで路地をふさぐ。
「カオス様や寓話六塔様たちとの合流を邪魔するつもりなのね。悪いけどそうはさせないわ。楽しい夢を見ながらおとなしくしていて」
 赤い髪の女、アガソスが走っている間も笑みを浮かべていた顔をしかめてみせる。
 最後の敵であるフォボスが言葉を発することなく後方に飛び退こうとして――しかし、跳ぶことなく振り向いた。
 残る4人のケルベロスがドリームイーターたちの後方をふさいだのだ。
「レディース・えーんど・ジェントルメーン、です♪ 人を苦しめるパレードは、これ以上続けさせませんよ!」
 芝居がかった調子でメリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)がドリームイーターたちへと告げた。
 その言葉を合図として、ケルベロスたちとドリームイーターたちは狭い路地裏に入り乱れて戦いを始めた。

●楽隊の敗北
 路地は敵を逃がさない程度には狭く、しかし戦闘するには十分な程度の幅があった。
 壁際迄下がったアシニディトが歌いだし、アガソスとフォボスが周りを固める。
 舞い始めたアガソスに、怪しげな動きを見せるフォボス。それぞれの夢を見せる力を使おうとしているのだ。
 よう子はアガソスの前に立ちはだかった。
「楽しい夢が見たいのね。私の力で幸せな場所に送ってあげる」
 告げるドリームイーターの前に、小柄な体で胸を張って立つ。
 思わず動きが止めて見入ってしまいそうになる幻像が彼女の視界に映し出される。
「楽しみか。我輩にはこの地球を美しく護ることこそ、誉れであり充足だ」
「じゃあ、この世界を守る夢を見せてあげるよ。永遠に誰にも傷つけられない世界を見ていられるからね」
 語るドリームイーターの表情に嫌味はない。本音なのかもしれない。
「理由を告げても理解はできぬのだろうな。夢で護ったところで意味がないのだ」
 目を閉じ、それから開いて、よう子は見せられる夢を心の中から打ち消そうとする。
「にすぐに癒しますぞ、よう子さん」
 赤煙が溜めたオーラを飛ばしてよう子の意識をはっきりとさせてくれた。
「助かるよ、据灸庵くん」
 礼を述べたよう子は意識を集中してアガソスを見据える。
 建物と建物の間から見える空にジュエルジグラットの手が浮かんでいるのが見える。神は仰ぎ敬うべきものであるが、地球を脅かすのであれば討つべき相手でもある。
 その配下に過ぎない相手にまで敬意を示す必要はない。
 よう子の起こした爆発がひらひらと舞うアガソスの衣装を吹き飛ばした。
 アガソスの攻撃と前後して放たれたフォボスの悪夢攻撃は、ソイラが受け止めていた。
 ただ、常に不機嫌そうなソイラの表情からは、見せられたのがどのような悪夢か推し量ることはできない。
 アシニディトの奏でる怠惰な曲はケルベロスたちの怒りをかきたてている。
「皆、怒るなら冷静に怒れ」
 だが、二郎が表情を変えぬまま色とりどりの爆発を起こし、仲間たちを鼓舞しつつ怒りを抑えさせる。
 ケルベロスたちは反撃に移った。メリーナが路地を走って炎を起こし、ピジョンが竜砲弾を飛ばして、演奏するカエルたちへと攻撃する。
「テーマパークのマスコットみたいだな。敵じゃなければ暫く見てたい」
 ピジョンが呟いた。
 鏡花は怒りを敵をマヒさせる雷撃に変えてアガソスへと放っている。
 ドリームイーターたちは路地を突破、あるいは後退隙をうかがっている様子だ。特に3体いるアシニディトは必ず誰かが前後の道をうかがっている。
「気をつけてね~、みんな。あいつら逃げるつもりでいるよ~。でも、逃げる隙はあげないからね~」
 ネリシアは敵の動きを察して、仲間たちに警告を飛ばす。
「ガイアクロニクル起動……ガイアース転送……装着っ! ……小型垓竜鎧炉(リトルガイアース)展開……行って……ファードラッフル達っ!」
 そのまま彼女は竜型ユニット『ガイアース』を転送して装着した。
 彼女を小型化したようなヌイグルミ型のドローンが飛び出していく。
 アシニディトを囲んだドローンたちが、先端が銛のように尖ったスティックワッフルを全方位から投げつけて足を止めた。
 ケルベロスたちは後衛のアシニディトたちからまず狙っていた。
 ただ、残る2体ももちろん無視できる相手ではない。
「アガソスはジャマーでフォボスはクラッシャーですね。どちらも警戒が必要です」
 鏡花は敵の動きからそれぞれの役割を読み取り、仲間たちへと告げた。
「そうみたいですね。よろしくお願いします、鏡花さん」
 メリーナの言葉に鏡花は頷いた。
 装着した生体金属装甲の腕をアガソスへ向ける。
「隠し玉、という程でもありませんが」
 特殊合金製の鋼球にグラビティを込める。
『《lock and load !》』
 腕に仕込んだ電磁誘導装置に鋼球をセットする。
「――ルーイン・ショット」
 高速で飛び出した鋼が紅い衣装を身にまとった女へと突き刺さる。衝撃のみならず、込めたグラビティがドリームイーターの持つ力の流れを狂わせて、動きを鈍らせた。
 鏡花の攻撃に加えて、よう子、赤煙、ソイラの3人がダメージを分散させることでアガソスやフォボスの攻撃をしのぐことができていた。
 そして、その間に回復を超えるダメージでケルベロスたちはアシニディトの体力を着実に削り取る。
 アガソスがステップを踏んで戦意を鈍らせ、攻撃の威力を削いでくる。
 だがそれは、死を少しだけ遅らせる効果しかなかった。
 ソイラは体を噛み砕かれる音に襲われながらも、愛用の大型パイルバンカーをカエルたちへ向けて跳躍する。
 傷だらけの敵を、彼女はなんの感慨も籠っていない瞳で見つめた。
「全て……全て、凍ってしまえば良い!」
 別にアシニディトたちと因縁があるわけではない。ただ、彼女の戦いはいつも冷たく、そして苛烈なものだ。
 混沌と水と黒の魔術によって精製した杭は氷でできていた。それを、逃げ遅れたカエルのうち1体に押し当てる。
 激しい音と共に幾度も飛び出した氷杭がアシニディトを凍りつかせる。
 杭から逃れたはずの他のカエルたちもが、同時に凍っていた。

●パレードの終焉
 回復役のカエルたちを倒した後、次いでケルベロスたちが狙ったのは紅い髪を振り乱して踊る女だった。
「グラファイト、お願いね!」
 黒鉛のオウガメタルがネリシアの腕でトリケラトプスにも似た鋼の鬼に変わる。
 アガソスの身に着けた薄絹を引き裂いて防御力を削り取る。
「恐るることはない、奢るることはない、戦場で共に踊ろう」
 至近距離で凛として立つよう子の姿にアガソスの視線が惹きつけられてその足が止まる。
 けれど敵は頭を振って、ネリシアへ夢を見せようとした。
 赤煙はアガソスの前へと静かに割り込んだ。
「悪いですが、楽しい夢を見ている暇はないものでしてね」
 まぶたに映るのは楽しい記憶。見入っている暇はなくとも、見入ってしまいそうな光景。
「気脈の流れは見せていただきました。気脈の流れはグラビティチェインの流れ……」
 オーラを用いて手の中に鍼を作り出す。
 手首の動きだけで、彼はそれをアガソスへと素早く飛ばした。
 経絡を遮断する秘孔に鍼が突き刺さって、ドリームイーターの動きを止める。
 動きが鈍っていてもアガソスの踊りはケルベロスたちの戦意を削いでいた。
 だが、削がれていても残った戦意でアガソスの体力を削っていく。
 ピジョンの飛び蹴りや鏡花の雷撃が敵の動きを縛りつつ打撃を与えた。
「楽しい夢だけ見続けて欲しいだけなのに、どうして邪魔をするの?」
「最初から傷つける為に見せる夢って、酷く侮辱です。……駄目なんです」
 メリーナはアガソスの疑問に、静かな微笑を浮かべて答えた。
「傷つけるつもりなんてないのに。私は楽しい夢を見て欲しいだけよ。どうしてそんなことを言うの?」
「私は役者、人により良き夢を見せる者ですから♪」
 旅役者である彼女にとって、だからこそ目の前の女性は見過ごせない相手だった。
 突然、彼女の手元がまばゆく輝いた。
 光が彼女の手元で、物語を紡ぎ始める。
 それが、ただの影絵の魔法でないことは明らかだった。
(「これは『あの子』が見せてくれた魔法だ」)
 メリーナはすぐにそう悟った。
「聖なるかな――聖なるかな、聖なるかな。私は世界に《神》の面影を見ます」
 第二幕までしか覚えていない物語。光が生み出す幾千の影が世の悲喜劇を演じ上げる。
 隣であの2人が手を叩く音が聞こえた気がした。
 気づくと、影芝居に魂を刈り取られたアガソスが、倒れ伏していた。
 残る敵は1体。
 あまり言葉を発しないフォボスは、なにを考えているかわからない獣面のままケルベロスたちへひたすら攻撃を続けていた。
 咆哮を上げ、悪夢の視線を向け、ケルベロスたちに攻撃を続ける。
 二郎はその攻撃を受けた仲間たちを回復し続けていた。
 フォボスの視線が、今度は二郎へと向けられる。その瞬間、彼の視界に映ったのは、混沌で補っている体が『喰われた』ときのこと。
 痛みが、そして絶望が蘇るが、二郎は声を上げはしなかった。代わりにスーツの胸元を強くつかむ。
「……感情は捨てたつもりだったが」
 呟き、二郎は九尾扇を振る。
 ちらつく幻影が彼の体に宿って、代わりに痛みの記憶がどこかへ去っていく。
 強力な敵の攻撃は回復量を上回る勢いでケルベロスの体力を奪っていく――が、防衛役の3人が守りを固めて耐えしのぐ。
「わたしも回復を手伝おう」
「ああ。頼む」
 ぶっきらぼうにだが言葉を交わし、ソイラが大地から惨劇の記憶を抽出して二郎だけでは回復しきれない傷を癒してくれる。
 ネリシアのドローンがチキンワッフルの形をしたハンマーを四方八方から飛ばして敵の脚を止めた。他の者たちも足止めをしかけ、赤煙の鍼がそれをさらに悪化させる。
 壁を高速で蹴った鏡花が敵の頭上を通過しながら氷結輪をフォボスへと叩き込んだ。
「忍法、雪花手裏剣……言ってみただけですが」
 氷漬けになったフォボスへさらにケルベロスたちは攻撃を続ける。
「我が剣は、我が身は、神殺しの一振りよ」
 よう子の斬霊刀が空の魔力を帯びて敵を切り裂いた。
 やがて最後の敵も倒れるときが来た。
 ピジョンは後方から敵を狙い撃ちし続けていた。
 幾度か晴れた港町の幸せな光景や、茨の巻き付いた左腕が崩れ去る悪夢を見せられていたが、二郎の回復でそれはすでに彼の視界から去っている。
 だから、やるべきことはシンプルだった。
「ウォリャーー!!」
 思い切り仮面の男へと駆け寄る。獣面がにらみつけてくるが、ひるむことはない。
 近距離まで近づいた敵へと思い切りハンマーを叩きつける。その一撃が致命的な急所を打ち貫いた。
「……カオス、様」
 ほとんどしゃべらなかった敵の最後の言葉は、誰かへの呼びかけの言葉だった。
「寓話六塔以外で、これ程の猛者を束ねるドリームイーターがいるという事ですか。カオス……その名前、憶えておきましょう」
 赤煙が言いながら、敵がもう動かないことを確かめる。
「やっぱり、陽動だった可能性もあるのでしょうか」
 鏡花の問いに答えられる者は誰もいなかった。
「わかりませんが、今は状況を見守るしかなさそうですね。ネリちゃん、鏡花さん、皆さんもありがとうございます」
 メリーナが仲間たちに元気な笑顔を向けた。
「七夕は無事に守れたみたいでよかった」
「そうだね。……あれ、ソイラちゃんや二郎くんはもう帰っちゃったのかな?」
 ピジョンの言葉に頷きながら仲間を見回そうとして、すでに無愛想2人の仲間が姿を消していたことに彼女は気づいた。
 ひとまずのところ仕事は終わったということか。
 ただ、空には今も巨大な手が浮いている。
「ジュエルジグラットへ呼ぶ……まるで宝玉の王のようだな」
 呟くよう子の声には警戒が混ざっていた。
「七夕も、慌ただしくなりそうですな」
 赤煙の言葉に、ケルベロスたちは皆、頷いていた。

作者:青葉桂都 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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