七夕防衛戦~雑灯に塗れた街で、君はひとり願った

作者:Oh-No

「……ジュエルジグラットを守れと言うのですね。それが御下命と言うのならば、従いましょう」
 月光差す部屋で、ドレスを纏った陰気な少女がひとり呟く。メッセンジャーのような何者かがいるわけでもない。指令はただ思念として、一方的に伝えられただけ。少女は小さくため息をついて立ち上がった。
 寓話六塔たちからの指令を受けた以上、もはや此処に潜伏している意味はない。
 ドリームイーター『ローギー』は、身を潜めていた街外れの廃教会を離れ、日が落ちようとも眩いばかりの都市を目指し歩き出す。
 ……それにしても、まったく。この街はこんなにも光に満ちているのに、私の進む道はどうして、気が滅入るほど暗澹たるものに覆い隠されているのだろうか。
「ああ、私だけの光はどこに……、どこに……」
 こんなモザイクまみれのランプでは、彼女の道行を照らすにはとても足りない。
 あるいはケルベロスたちならば、彼らの希望を奪ったならば。
 このランプは揺るぎない灯となって、未来へと続く道を明々と照らしてくれるだろうか――。


「もうすぐ七夕だね。分かたれた2人が、つかの間だけ会えるというロマンのある日だ。各地で開かれる綺麗な祭りの数々は僕も大好きさ」
 ユカリ・クリスティ(ヴァルキュリアのヘリオライダー・en0176)は軽い口調で切り出した。
「でも残念ながら、今日は祭りへのお誘いってわけじゃあない。――七夕の日にドリームイーターが動くのではないかと警戒していたレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)君によって、日本各地に潜伏していたドリームイーターたちが東京都港区に集おうとしていることがわかったんだ。皆なら、そこに何があるか、すぐに気付くだろう?」
 頷くケルベロスたちを見ながら、ユカリは先を続ける。
「ああ、ダンジョン『ジュエルジグラットの手』さ。どうやら皆の努力の甲斐があって、閉ざされたゲートが綻びかけているらしい。そこに加えて、間もなくやってくる七夕だ。分かたれた2つの場所を繋げようとする七夕の魔力の前に、ドリームイーターたちはゲートを閉じておくことがもはや困難になっている」
 だからといって、ドリームイーターたちがゲートの封鎖を諦めるほど物分りが言い訳もない。
「まだゲートを封鎖していたいドリームイーターたちは、戦力を集めてケルベロスの排除を狙っているようだ」
 つまり一言でいえば、状況が動き出したのである。
「皆に頼みたいことは、他でもない。集いつつある有力なドリームイーターを各個撃破して欲しいんだ。ここで戦力を削ることが出来れば、七夕の日に開いたゲートに対して、逆侵攻を試みることすら出来るかもしれない」
 ユカリがケルベロスたちに対処を依頼したのは、『ローギー』という名のドリームイーターだ。ローギーは現在、ジュエルジグラットを目指して移動しようとしているという。
 ただし、ローギーは日中は姿を隠し、宵闇の中を移動する。日中にローギーを見つけ出すことは極めて困難だろう。
 ローギーは配下を引き連れていない。単体でも十分に強力なドリームイーターということだ。ローギーが使う技は以下に示す3パターンだという。
 ひとつ。鬱々とした心象世界を世界に投影し、虚無で押しつぶす。
 ふたつ。モザイクに覆われたランプの光が、過去に起きたことや、起きなかったことでさえもまるで現実のように喚起し、トラウマとして呼び起こす。
 みっつ。ランプから剥がれ落ちたモザイクが身体にまとわりつき、活力を奪い去る。
「ローギーに関しては、何より諦めが悪いことが一番厄介かもしれないね。最後まで油断しないでほしい、……なんて今更皆に言う必要はないだろうけれど」
 ユカリは小さく肩をすくめて笑う。
「ジュエルジグラットの扉を開き、寓話六塔の喉元に刃を突きつけるためにも、確実に討ち取ることは重要だ。もちろん、街を現れたドリームイーター自体にだって、対処しなければならない。――皆、よろしく頼んだよ」


参加者
シルク・アディエスト(巡る命・e00636)
新城・恭平(黒曜の魔術師・e00664)
相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
灰山・恭介(地球人のブレイズキャリバー・e40079)
煉獄寺・カナ(地球人の巫術士・e40151)

■リプレイ


 明るく輝く表通りから離れ、ポツポツと置かれた街灯が照らす道は薄暗い。
 都会の喧騒から転げ落ちた路地裏をひとり歩いていた少女は、行く手を塞ぐ影に気づいて足を止め、誰何する。
「……どなた? 私になにか、ご用でしょうか」
「ここは通行止めなのだ。この先に行かせることはできんよ」
 新城・恭平(黒曜の魔術師・e00664)は魔術帽の縁を指先で持ち上げ、端的に答えた。
 待ち伏せた、ケルベロス。待ち伏せられた、ドリームイーター、ローギー。
 残るケルベロスたちも、次々とローギーの前に姿を表した。
「いまさらシラを切るなよ。あたしたちが誰かだなんて、わかりきってるだろ?」
 ローギーの後背は、無造作に槍を提げた比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)がすでに塞いでいる。
「……そうですね、ケルベロス。貴方達が邪魔をするというのなら、私は排除しなければなりません」
 長杖状の鍵を手にして、ローギーは閉じられたままの瞳をアガサへと向ける。その鍵先には、周囲の光を吸い込む黒い魔力塊が生まれ始めていた。
「あなたのほしいものなら、ここにありますよ! わたし達を倒せれば、ですが」
 ローギーの機先を制するように、煉獄寺・カナ(地球人の巫術士・e40151)が大きい声で気を引いた。
「なに、希望など貴様には似合わん! 満たされぬ虚無のまま消してやる!」
 続けざまに、鋭い刃を引き抜いた灰山・恭介(地球人のブレイズキャリバー・e40079)の声が響く。
 恭介はローギーの目前へと一足飛びに踏み込んで、刃を走らせる。緩やかな弧を描く斬撃が足先を狙うが、これはアスファルトを突くように引き付けられた鍵で止められた。
「ええ、私は貴方達の希望が欲しい。……私の欠乏を埋められるほどに、光が満ちていることを願いましょう」
 そう呟くローギーを挑発するわけでもないだろうが、シルク・アディエスト(巡る命・e00636)は明日への希望を、魔力を込めた歌声で歌い上げる。
「繋がれてきた命の輝き、その灯が消えぬように」
 纏うアームドフォートが変じたアンプから、暖かな響きが路地裏に放たれていく。
 そして同時に、玄武の幻影がケルベロス達を守るように生み出され、力を残して消えていった。
「我が身に宿りし四神は玄武……、皆を穢れから守りたまえ!」
 カナが不浄から仲間を守るべく放った結界術だ。
 2人が生んだ守りの力がローギーと対峙する仲間たちを覆い、暗闇に抗う力を与えた。
 その力を纏って、相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)は髑髏の仮面の下に素顔を隠し、相棒のテレビウム『マンデリン』と共に敵の前へと躍り出る。
「辛気臭ぇ面で、私だけが不幸ですってか。よし、殺す」
 巨大な刀に変えた腕を振りかぶり、斬るというよりはむしろ押しつぶすように横殴りに振るった。
 その一撃は覆いかぶさってきた虚無の波動を斬り裂いて、彼女の身体を打つ。
 ――けれど、彼女の細い身体は揺るぎもしなかった。
「……貴方にわかってもらおうとは、思いませんとも」
 俯いて陰気に語られる言葉もまた、変わらない。


 静かに、けれど確かな怖気を周囲に振りまいて、ローギーは佇んでいる。
「希望は誰しも欲するもの。俺もそうだ。だがその希望は持ち主だけのかけがえのないものだ。貴様のように、己を満たすためだけに無理やり奪おうなど、言語道断だ!」
 光を照り返して鈍く輝く刀を手に間合いを計りつつ、恭介は憤りをぶつけた。
「……そう。私はその怒りすら奪い、明日への光と変えましょう」
 ローギーは、モザイクだらけのランプを目の高さへと持ち上げて、淡々と言う。
「生への希望に満ちた貴方達は、眩しくてたまらないわ。きっとその光を奪ったならば、私の先を照らしてくれる」
 けれど今このランプが放つ光は、けっして未来など照らしはしない。ただ、過去の光景を抉り出すだけの光だ。
 光を浴びた恭平の前に現れ出た黒い影、恭平にはそれが山中の修行で立ち会った祖父に見える。たしかにあの時は、死ぬような思いをしたものだ。
「だが遺憾なことに、それがあるからこそ今の力があるのだ。――我放つは黒曜の連撃なり!」
 恭平は目を背けずに影を振り払い、雷を帯びた黒曜石の針をローギーに向けて投射する。
「月並みな言葉だがよ、希望ってのはテメエで見出すもんだぜ。奪った誰かにとってのそれが、テメエの気に召すとは思えねえんだがね」
「竜人と同じことを言うのも癪だけれど、希望も光も自らの手で掴み取るもの。他人から奪い取れたとしたって、何の役にも立ちやしない」
 横手からは、同じように雷を帯びた槍の穂先が竜人、そしてアガサによって突き出された。交差する槍の穂先がローギーの動きを阻害し、その場に縫い止める。
 そこに飛来する、黒曜石の針。重ねて、カナが放った御業がローギーの身体を鷲掴みにする。
「それに気づけない以上、あなたの心は永遠に虚無に閉ざされたままです!」
「……いいえ、いいえ。貴方達が何を求めるかなんて、ちっとも興味はありません」
 ローギーは長い鍵を一閃させて身を穿つ刃を振り払い、ケルベロスたちから距離を取った。
「私が欲しいのは、貴方達が希望を求めて輝かせる命の光だけ。さあ、命を燃やし尽くして、そのエナジーを私にくださいな」
 再度持ち上げたランプから、今度はモザイクが剥がれ落ちて、宙を舞う。季節外れの落ち葉のように舞うモザイクがケルベロスたちの身体に張り付けば、それらは吸い上げた活力でモザイクのランプを鈍く光らせる。
「貴方達のエナジーを焚べればきっと、私のランプは希望の明日を照らしてくれるでしょう」
 ローギーは愛おしげに、そっとランプを撫でた。
「――貴女は明日を照らす灯が欲しいという。……私ならば明日とはそう、つまるところ、何の変哲もない日常を、友と、心に想う方と過ごすこと。そう過ごす日常こそが、今の私が見たい未来であり、何より希求する明日」
 後方から仲間たちを癒やしの力で支援していたシルクは、ローギーの言葉を聞き咎めずにはいられなかった。
 己が求める明日とは、デウスエクスたち全てを滅ぼすことだけだった。けれど、それは昔のこと。いつしか、仲間たちと結んだ絆によって、求める明日はその形を変えてきている。
「そんな明日を私が心から求めるからこそ、望む明日を灯火として、私の歩む道ははっきりと照らされています」
 ――銀髪の少年や、緑髪の女性の顔が、シルクの脳裏をかすめた。
「それを壊さんとする貴女達のような存在は、決して認められるものではありません!」
 デウスエクスに定命を、終わりを与えんとする根幹に変わりはない。むしろ、求める未来の形が変容したからこそ、『希望を奪う』などというドリームイーターのことが一層許せないのだ。
「……さて、希望を求め、光を求め、貴女はその先に何を見たいのでしょう? ――その閉じたままの瞳で」
 そこでシルクは問う。光を得たとして、その光に照らされた明日に、貴女は何を求めるのかと。
「……」
 ローギーは答えない。
 否、答えられないのだ。
 ローギーは己の足で立とうとはしない。
 ただただ、誰かが、あるいは何かが、己の進む道を示してくれると望むのみ。
「語るに落ちたな。希望の形すら見えていないあんたじゃ、光を得たって何も見えやしない。あんたのやることなすこと、すべて無駄ってわけだ。ご苦労さん、もう終わりにしようか」
 アガサは口の端を僅かばかり歪めて、ローギーの心根を嗤った。


「……いえ、いいえ。私には、求めるものを知るための光すら無いのです。それを……」
「いいからさっさと死んどけや、なぁッッ!」
 戸惑った顔でローギーが紡ぐ言葉を断ち切って、竜人が巨大刀で薙ぐ。鍵で受けられようとも気にせずに、その上から腕が変じた刀を叩きつける。
 華奢に見えたとて、それは見た目だけだ。先ほど同様吹き飛ばせるわけではないが、圧力は緩めない。ローギーの動きに重石を提げられれば上出来。まして、相手が戸惑いを抱えているのなら、ここで一層追い詰めていかねば……!
 逆からは、恭介が刀で斬りつけた。ローギーはランプを盾にしながら、竜人と恭介からの攻撃を逃れて、後方へ飛び退く。
 恭介はそこで、追う代わりに左手で逆手に握り込んだナイフの刃を煌めかせた。
 僅かな灯が照らし出したナイフの刃に写り込んだ影が、刃から抜け出して動き出し、ローギーに襲いかかる。
「武器が刀だけと思って油断したな!」
「……貴方達も光のない未来を知ればいい」
 猛る恭介に、ローギーは周囲へと虚無を振りまいて返した。
「あんたの空虚な内面を見せられたって、哀れに思うだけさ」
 アガサは恭介を片手で押しのけ、身代わりとなって虚無を受ける。
「おい、比嘉を応援しとけ!」
 テレビウムは竜人からの乱暴な指示を受け、弾かれたように頷き、応援動画を顔に流しながら、えいえい、と腕を交互に突き出した。
 カナは弧を描くように側方へと回り込みつつ、仲間たちの間に矢を打ち込む隙間を求めた。
(「人々の希望を奪って、己の光に変えようなどという非道な輩を野放しには出来ません。今後の戦いを考えずとも、私個人として、このドリームイーターは許せません」)
 結局の所、あのドリームイーターは希望が欲しいのではなく、希望にあふれた人々を嫉んでいるだけなのではないかとカナは思う。
 だからこそ、己の光に変えることそのものが彼女の希望で、その先に何も見てはいないのだ。
(「必ず倒さなければ!」)
 そう意気込んで、カナは弓を引く。
「どんなに他人の希望を奪おうと、貴女に先が開かれることはありません!」
 妖精の加護を受けた矢は僅かな隙間をすり抜けて、意志を持っているかのように軌道を変えながら、ローギーへと突き立った。
 矢の連射を受けて足を止めたところへさらに、シルクが放った砲撃が突き刺さる。
「……くっ。いえ、まだです。貴方達のエナジーを奪えば、まだ……!」
 身を削られながらも、ローギーは再びモザイクを周囲へ放った。
「なるほど、なかなか諦めが悪い。……だが、諦めの悪さについては我々もなかなかのものだと思うのだがね」
 懐から掴みだした呪いの宝珠を闇夜へと晒し、恭平は短く呪を唱える。
「冷たき炎よ、かの者を焼け」
 遠間から放たれた水晶の炎が、路地裏に鮮烈な光を発しつつ宙を奔る。ローギーに巻き付いた炎は、その身体を燃やすのではなく切り刻み、血が周囲に舞った。
 アガサも、それを見て攻撃に転じた。密着するほどに距離を詰め、手のひらに載せた粉塵をローギーへと吹きかける。
「抱えた虚無ごと、固まって砕けてしまえばいい」
 ローギーの服に降り掛かった粉塵は、白いまだら模様を残して染み込んでいき、次第に身体を硬化させていった。
 恭介は左手のナイフを投げつけて、刀を両手で握り直す。ナイフは牽制にでもなれば儲けものと行った程度。
 本命は当然、卓越した技量を持って放たれるこの一撃。
「俺の希望、それは貴様のような理不尽な存在から命を守ることだ! 故に、貴様を此処で討つ!」
 一際高く吠えた恭介は、その熱さに反した氷の如き一撃を袈裟斬りに振るった。
「……いや、光はまだ得ていないのに!」
 刃を受けてローギーはよろけながら、必死に足を動かした。包囲の隙間目掛けて、ひたすら駆ける。
 ……だが、それは無駄な足掻きに過ぎない。
「園長!」
「何れにせよ貴女に希望の明日などありません。ここで終わりなさい」
 恭介に呼ばれずとも、シルクはすでに動き出していた。
 ローギーの眼前へと回り込んだシルクが、腰に纏ったアームドフォートの砲口の先をローギーに押し付けて、トリガを引く。
 ゼロ距離で放たれた最大出力の一撃は、ローギーの身体を灼き尽くし、薄暗い路地裏に一条の光跡を残した。
「……ああ、光が見えない」
 そして力を使い尽くしたローギーは、最後にそうつぶやいて、闇夜に溶け込むように消えたのだった。
「我々は役割を果たしたが……、さて、これでどうなるかな」
 魔術帽をかぶり直しながら、恭平はジュエルジグラットが浮かんでいる空間へ目を向ける。今頃、この周辺でいくつもの迎撃作戦が行われているはずだが……。
「どうなろうが、ドリームイーターをぶっ殺すことに変わりはねえさ。おい、帰るぞ」
 竜人は消え去ったドリームイーターにも、ゲートの様子にも興味を示さず、テレビウムに声を掛けて足早に帰途へと着く。

 ――こうして、来るべき明日を語るケルベロスの前に、目的もなく手段だけを欲したドリームイーターは滅んだ。
 そしてケルベロスたちはこれからも、己が内に灯る導きに従って、未来へと進んでいくのだろう。それぞれの希望を確かなものへとするために。

作者:Oh-No 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月7日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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