七夕防衛戦~憧れを喰らう夢喰

作者:沙羅衝

 雑踏の交差する都会の一角。そんなビルとビルの間に、少し隠れるようにして方耳を右手で押さえている少女が居た。
「……へえ。……そう」
 返事はしているが、もしその言葉を聞いている人間がいたとしても、ただ単に会話をしているようしか思えないだろう。しかし、ケルベロスであれば、彼女の胸のモザイクを見逃さないはずだ。
 彼女の名は『ガーネット・スター』。『偶像への憧れ』を糧とするドリームイーターである。
「……分かったわポンペリポッサ。……ううん、一人でいい。じゃあ」
 ガーネット・スターはそう言って、押さえていた右手を耳から外した。彼女は少し物憂げな表情を空に向けて、ふっと息を吐いた。
「でも、ちょっとやる気は、ないわよね」
 そう言いつつも、目的の場所へと、足を向ける。
「……でも、どうせなら私好みの……ふふ」
 そして、そんな言葉を言い残し、ビルの間から消えていったのだった。

「皆ええか……」
 宮元・絹(レプリカントのヘリオライダー・en0084)が、目の前のケルベロス達に向かい、真剣な表情で話し始めていた。
「今度の七夕の日、日本各地に潜伏しているドリームイーターが、ダンジョン『ジュエルジグラットの手』に向けて一斉に移動を開始している事が、レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)さんの調査でわかったんや」
 七夕……。その言葉を聞き、一人のケルベロスが、少し反応をする。絹は、せや、と頷きながら先を続ける。
「ほいでこのことは、皆がダンジョンを制覇した事、分かつことになった2つの場所を繋げる七夕の魔力が影響して、寓話六塔(ジグラットゼクス)の鍵で閉ざされたドリームイーターのゲートが開かれようとしてるみたいなんや。
 で、ドリームイーター達は、ゲートの封鎖を維持して、ケルベロスを寄せ付んようにしようと戦力を集めているちゃうかっていう調査結果が出た。当然止めるで。
 もしこのドリームイーター達を撃破する事が出来れば、7月7日に開かれるゲートへの逆侵攻すらも出来るかもしれん」
 ケルベロス達から、おぉ……と言った声が漏れる。絹は、その逆侵攻には勿論強敵である寓話六塔との決戦は必要になるやろけどな、と付け加えた。
「とりあえず、その逆侵攻も、まずは今回の作戦を成功させなあかん。
 皆には、『ガーネット・スター』っちゅうドリームイーターを相手にしてもらう。彼女は基本的に一人で行動するドリームイーターやけど、潜伏が得意。それに素早くて、こっちには的確にダメージを与えてくる厄介なタイプや。
 ジュエルジグラットは東京都港区上空。何処に現れるかはうちの予知で分かるから、作戦立てて、ええ感じの場所で迎撃をお願いするな。候補は港区までの移動途中から、ジュエルジグラット直下。それにダンジョン入口とかになると思う。それぞれの班はそれぞれで動いてるから、目標の撃破、頼むな」
 敵の特性などを考えれば、様々な作戦が取れる可能性はあった。何しろ、目的地は分かっているのだから。
 良し、と気合を入れるケルベロス達を頼もしく見つけながら、絹は最後に送り出す言葉を紡ぐ。
「寓話六塔を討ち取るチャンスに出来る可能性のある一歩や。皆、気合入れて頼むで! 帰ってきたら、美味しいご飯にしよな!」


参加者
黒住・舞彩(鶏竜拳士ドラゴニャン・e04871)
タクティ・ハーロット(重喰尽晶龍・e06699)
端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)
ガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615)

■リプレイ

●ダンジョン入り口にて準備を行う者達
「こういった目的でここに来るのは、初めてよね……」
 黒住・舞彩(鶏竜拳士ドラゴニャン・e04871)は、良く知ったダンジョンの入り口を見て、いつもと変わりが無い事を確かめた後、仲間の元に歩いて行った。
 舞彩は、このダンジョン『ジュエルジグラットの手』の最長ランキングトップのケルベロスだった。ただ、彼女が言うように、今回ここに来た目的は、ダンジョンに潜る為ではない。
「ダンジョンの様子はどうじゃろうか?」
 端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)が、近づいてきた舞彩に気がつき、そう声をかけた。
「大丈夫ね。このままいけそう、……よ?」
 括はダンジョンの入り口から少し離れた場所に、机を持ち込んでいた。その周囲には花束が綺麗に設置してある。さながら祭壇のようには見える。
「うむ。中々のものじゃろう?」
 括は最後にその周辺を照らすランプを設置して点灯させた。そのランプはヘスティアーの聖火を灯すと言われる、アンティーク風のランプだった。
「これは、面白いものが出来るかもなんだぜ」
 そう言って現れたのはタクティ・ハーロット(重喰尽晶龍・e06699)。彼はその祭壇の後ろに、巨大なトーテムポールを配置させた。括のランプのライトアップも相まって、より存在感が出てくる。
「偶像への憧れですか……」
 そう言って、祭壇とされた机の上や、その周囲にサイリウムを何本も立ててそういうのは、ガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615)だった。
「でも、スキャンダルとか何かの拍子で、憧れが失望に変わることもよく聞きます。
 勝手に崇められ、勝手に失望される……まあ、今回のお仕事には縁がない話ですね」
 ガートルードは以前螺旋忍軍が謀った、『アイドル襲撃事件』を思い出しているのだろう。偶像とされる者側の気持ちなど……、と考えて止めた。辛いことは知っている。でも、明るく楽しく行くことが自分の信念なのだから。
「そうね。憧れって、勝手なものかもしれないわね」
 舞彩はそう言って、一つの瓶とお菓子をその祭壇に置いた。
「でもそんな憧れも、大事な感情だと思う。捨てた物じゃないわよ? だって、それで次の行動が起せるのだもの。なんてね」
「そうじゃ、『元気づける』というのも、大事な事じゃしのう。わしの舞も、誰かの力になって欲しいとは、信じておるからのう……」
 括は舞彩の言葉に応えながら、出来上がった祭壇を見て、良し、と立ち上がった。
「ええ。そう、願います」
 ガートルードもまた、笑顔で返し、舞彩もまた頷いた。
「さて、そんな『憧れ』の為にもこの作戦、無事に成功させないとね……!」

●作戦開始
 括はポーズを決めて神楽舞を、大きくゆったりと舞い始めた。姿は『エイティーン』で高身長なスレンダー美人に変わっている。まあ、胸は無いのだが……。
 括の目の前ではガートルードがサイリウムを振り、タクティと舞彩はミミックと共にトーテムポールの周りをぐるぐると回り、やはりサイリウムを振って盛り上げる。
 はたから見ると、奇妙な光景に映るだろうが、なんとなく何かやっているのだろうなあと言う雰囲気を出すことには成功している。
「そーれっ! さあ、どんどん行くんだぜ!」
「そぉれそれ!? こ、これで言いのかしら!? あってる?」
「皆さん! もっと盛り上がって行きますよ!」
 そして、全員が踊り始めた、その時だった。
「崇めよーっ!」
 括がそう言うと、全員がそのまま踊りながらサイリウムを武器に変換していった。
 ドシュ!!
 括に向かって打ち放たれた銃弾を左手のガントレットで受け止めたのは、タクティだった。
「10時の方角! 二つ目の瓦礫の裏だぜ!」
 タクティはそう言いつつ、脳を揺さぶる嫌な感覚がじわりじわりと覆いかぶさってくる事が分かる。
 目の前で仲間が殺され、何も出来ずに、そして誰も護れない自分。
 そんな想像が頭の中を支配して行く。
「ぐ……」
 頭を振り、その嫌な映像を振り払おうとするが、振り払えない。
「タクティ! ごめん。今は耐えれるかしら!?」
 舞彩はタクティの様子が気になりつつ、まずは敵を捉える事に詫びを入れる。「これくらい、耐えて見せるんだぜ!」
 タクティは青い表情を見せながらも、気丈に右腕の親指を立てた。
「流石じゃのう! どんな時もわし達がついておる! 絶対に大丈夫じゃ!」
 括もまた、タクティを『元気付ける』。
「ごめんなさい。作戦の方を先行させますね」
 ガートルードはそう言うと、左手から混沌の水を霧の様に撒く。
『この力が仲間の支えとなるなら……存分に振るおう。異形の力を! 誰ひとり……倒れさせない!』
 その霧が、タクティとミミックを除く全員に癒しの力を与えて行く。
 狙撃の位置はすぐに分かった。
 一気に追い詰め、包囲するケルベロス達。こうして戦闘が開始されたのだった。

●挟撃
 霧の力を感じながら、一気に動いたのは舞彩と括だった。
「罠ですって!!」
「もう遅い!」
 ゴッ!!
 舞彩が叫び、『ドラゴニックガントレット』で、ドリームイーター『ガーネット・スター』を殴りつける。するとガントレットから網状の霊力が放射線上に伸び、ガーネット・スターを縛る。
『ひふみよいむな。葡萄、筍、山の桃。黄泉路の馳走じゃ、存分に喰らうてゆかれよ』
 そして、括が両手に弾丸を出現させて飛ばす。
 ドシュ!!
 まず一発をガーネット・スターの胸の部分に。
 ガン!
 だが、その一発は左手に持った銃で受け止められてしまう。だが、括はもう一撃を地面にも放っていた。
 その地面への弾丸と、銃に打ち込まれた弾丸が結びつき、縁を括りつける。そしてそこからは葡萄や筍、桃といった山の幸の幻影を作り出した。
 これにより、ガーネット・スターの足が、数段階引き下げられたのだ。
「なんてこと……」
 そう、ケルベロス達は、絹の情報を元に敵をおびき寄せ、生命線である素早さを封じ込める事に成功したのだ。
 そして、ガートルードに厄介な感情を消滅させたタクティが動く。
「お返しなんだぜ!」
 タクティの右脚が一閃し、ミミックが噛み付いた。
 ドゴッ!
「ぐっ!!」
 タクティの蹴りが、ガーネット・スターの眉間にヒットし、ぐらつかせたのだ。そして、ミミックの噛み付きは、敵の機動力を更に奪うのだ。
 それらの力は、ガーネット・スターの行動に明らかなる効果を与えたのだった。

●憧れを喰らう夢喰
 敵の攻撃は、確実に効果を埋め込んでくるタイプのようだったが、ケルベロス達の準備も万端だった。
 ガーネット・スターの攻撃を先回りし、対抗手段を整えていたことが、功を奏していた。
「さあ、不届き者には消えてもらうのじゃ」
 シャーマンズカード『霊振りの巫銃』を構えた括が、『フロスト・ランスナイト』を呼び出して、ガーネット・スターの胸から背中にかけて氷の槍を貫かせた。
『さあ、笑えよ。全ては夢だったってな!』
 タクティが生み出した小さな結晶が、ガーネット・スターの周囲を、そして視界を覆う。するとその結晶に映し出された光景が、今までケルベロス達が与えたダメージの効果を増幅させる。『魔人降臨、ドラゴンスレイヤー。ウェポン、オーバーロード。我、竜牙連斬!』
 そして、舞彩が更なる攻撃を加える。地獄化している左腕から地獄を放ち、『竜殺しの大剣』へと変えた力を、爆発的なビームを生み出して貫くと、タクティの増やした効果を更に倍増させたのだ。
「……まさか、こんなことがあるなんて、ね」
 ガーネット・スターはよろよろとふらつきながら、自らの状態を確認する。
 彼女は偶像への憧れを糧とするドリームイーターである。今までそうした人間を遅い、食欲を満たしてきた。
 今まで簡単だったに違いない。何せ、偶像という対象は人間であれば縋ろうとする物であり、支えになり、希望となる事もある。そんな対象がこんな時代に無くなる筈が無いのだから。
「あなたは、これを良く見たことがあるのだと思います」
 ガートルードは、すっとサイリウムを取り出して、光らせた。そのカラフルな光は、偶像に対して振られる物である。
「そうね……。人間の事は良く分からないけど、その光を追えば、簡単に想いはいただけたわ」
 ガーネット・スターはそう言って、少し嗤った。
「正直なところ、私には偶像を崇拝する気持ちは分かっていないのだと思います。それに、現実ではうまく行かず、挫折する方も居るのです。しかし、偶像となる人は、辛いことを振り払ってくれる存在でもあり、それを力に換える人たちが居る事も、私は知っています」
「……分からないわね」
「ええ、分からないのだと思います。ですが……」
 ガートルードはそう言うと、サイリウムを空に向かって投げ、ゾディアックソード『天蠍星剣』を構え、全身の筋力をその剣に溜め込んだ。
「貴女が、嗤ってよい存在ではなかった、という事です」
 ガートルードがそう言った時、超高速の斬撃がガーネット・スターを斬り裂いていた。
「……へえ。……そう」
 サイリウムが『ジュエルジグラットの手』に落ちた時、彼女はそれだけ呟いて消えていったのだった。

作者:沙羅衝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月7日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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