七夕防衛戦~ハート・ブレイカー

作者:ハル


「あはっ、カップルはっけ~ん♪」
 路地裏で見つめ合い、コソコソとする男女を『ハートのアリシア』は目敏く見つける。
「ぶち壊してやりたいわ。この私――アリシアちゃんを差し置いて、彼氏を作ったり恋をしたり……本当に生意気ねー」
 アリシアがただでさえ釣り目気味の眦の角度をさらに鋭角にし、胸元に手を添える。添えた部位には、モザイクがかかっていた。黄緑色の瞳に宿るのは、猛烈な嫉妬だ。
「でも……」
 少しして、アリシアの眦が元の角度へと戻る。彼女は潜伏中の身。派手な行動はとれない。身を潜めて、もう一年以上にもなる。
 アリシアが不満そうに口を窄めた――その時。
「……え?」
 その連絡は、突然彼女の元へと届けられた。虚空を見上げるアリシア。彼女の視線の先には何もないが、誰かと会話しているようであった。
 それは恐らく、寓話六塔のような彼女よりも上位のドリームイーターから齎された一年以上ぶりの指令。
「今更そんな事言われても困るんだけど。……うん、……うん……はぁ……」
 ポツリポツリ、アリシアは口を開く。
 口調は不満げながら、その口元にはいつの間にかニヤッとした悪戯っぽい笑みが浮かべられていた。
 やがて……。
「分かったわよ、仕方ないわね。従ってあげるわよ♪」
 気が付けば、笑みは隠しきれぬものとなっていた。
 通話――テレパシーのようなものだろう――を終えたアリシアが、東京都の港区。ジュエルジグラットが浮かぶ方角へと視線を向け、移動を始めた。
「ケルベロスかぁ……確かにあいつらの中にもしカップルがいたら、ぶち壊した時もっと楽しい事になりそうね♪」
 その楽しさは、路地裏のチンケなカップルとは比較にならないだろう。ジュエルジグラットに向かうアリシアの足取りは、宙を浮くような軽いものとなっていた。


「七夕の魔力を利用してドリームイーターが動くのではないかと警戒していたレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)さんより、報告が上がって来ました。どうやら日本各地に潜伏していたドリームイーター達がダンジョン『ジュエルジグラットの手』に向け、移動を開始しているようです」
 集結したケルベロスを前に山栄・桔梗(シャドウエルフのヘリオライダー・en0233)が資料を読み上げると、ドリームイーターの動向を突き止めた者に対して称賛が上がる。
 だが、問題はこれから。それを知っているからこそ、ケルベロス達はすぐに表情を引き締めた。
「何故、ドリームイーターが動き出したのか。その答えは、皆さんの多くがダンジョンを制覇した事によって扉に綻びが生じたというのが一点。そして、分たれた2つの場所を繋げる七夕の魔力により、寓話六塔の鍵で閉ざされていたはずのドリームイーターのゲートが開かれようとしているからのようです」
 要するに、七夕の魔力はケルベロスに対して不利には働いていない。むしろ逆であるとさえいえる。
「そういった事情もあり、ドリームイーターは攻撃のためではなく、ゲートの封鎖の維持――防備を固める意味でドリームイーターを始めとする戦力を集結させていると考えられます。ケルベロスの皆さんを寄せ付けないように……と」
 桔梗が一同を一度見渡す。
「皆さんには、この集結する強敵の迎撃及び撃破をお願いしたいのです!」
 上手く事が運べば、7月7日に開かれるゲートへの逆侵攻すら可能かもしれない。重要な任務となる。

「以降は、皆さんに撃破をお願いする敵戦力の説明に入らせて頂きます。個体名は――ハートのアリシア。ドリームイーターです」
 少女の外見をしているが、その内面はどす黒い。カップルの仲を引き裂くことに至上の喜びを見出しているのだから。
 武装はステッキにも似た形状をした鍵。
 配下のドリームイーターを2体引き連れている事が確認されている。
「残忍で嫉妬深い少女です。ですが、それゆえに搦め手の有効な敵であると思われます。ただし、油断は禁物です。彼女の配下は戦闘力的には低めですが、時間を稼がれると厄介な能力をアリシアは有しています」
 力ではもちろん、心でも負けないよう、気合を入れて事に当たって欲しい。
「皆さんによるダンジョンの探索のおかげで、閉ざされた扉に綻びを生む事ができました! これは、胸を張っていい戦果です! 集結する敵を撃破し、皆さんでもう一歩進みましょう!」


参加者
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
ミツキ・キサラギ(剣客殺し・e02213)
ヴィヴィアン・ローゼット(びびあん・e02608)
盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466)
植田・碧(紅き髪の戦女神・e27093)
黒澤・薊(動き出す心・e64049)

■リプレイ


 少女は両割れハートのイヤリングを揺らし、ジュエルジグラットを目指していた。
 だが、少女はふいに眼前へと立ち塞がるピンクの瞳と視線を交錯させ、居並ぶケルベロス達の存在に足を止める。
 そして少女――『ハートのアリシア』は黄緑色の瞳に既知を宿し、口元を酷薄な笑みで彩った。

 ――彼女とあたしは似ている。嫉妬深くて誰かを羨んでばかりで……。

 それが嗤うアリシアに対し、ヴィヴィアン・ローゼット(びびあん・e02608)が抱いた素直な感想。
「あら、彼氏なんてできたの? じゃあぶち壊さなきゃね♪」
 そのはずなのに、今アリシアは傍らに立つ水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)を見咎め、他の誰でもないヴィヴィアンへと嫉妬の情念を向けている。
 複雑だった。自分はアリシアに嫉妬される程の存在ではないと、心の奥で後ろ向きだったかつての自分が悲鳴を上げる。『こんな』あたしなのに、と。
 だがその時、ヴィヴィアンの肩に掌の温もりが添えられた。
「恋人を引き裂くのが好きみたいだが、てめぇの思い通りには、な。心の中に変わらないものがある限り、思いは揺れはしないさ」
 鬼人の体温は、ヴィヴィアンを支える、守るといった意思を何よりも雄弁に物語る。
 だから――。
『こんな』自分を愛してくれる鬼人のために。そして、『こんな』ともう二度と自分を卑下しなくていいように。ヴィヴィアンは鬼人との心の繋がりを見せつけられギリギリと歯軋りするアリシアへ、対等な視点で告げた。
「アリシアちゃんと戦う時が来たんだ」


「やっほー! カップルさんにしっとしちゃうドリームイーターさん、なんか可愛いのー♪」
 緊迫した空気に楔を打ち込むように、盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466)のノンビリとした声が戦場に響き渡った。
「カップルの仲を引き裂くのが好きだなんて性格悪すぎるわね……」
 しかしそれにより、植田・碧(紅き髪の戦女神・e27093)はホッと息を吐いた。知らず、緊張していたのだろう。碧にとって……いや全てのカップルにとってアリシアは天敵だ。
「なるほど、だいたいわかった。あのドリームイーターを倒せばいいんだな? 以前ならなんとも思わなかったが……うん、実に悪辣なドリームイーターだな」
 そう言うミツキ・キサラギ(剣客殺し・e02213)の手は、碧の手と繋がれている。俗にいう恋人繋ぎ。アリシアの注意を引く、牽制目的――無論そうでなくとも繋いでいたいが――でそうしていたが、案の定目敏いアリシアは先程からチラチラと碧とミツキにも視線を向けていた。
「悪趣味な奴がいるものだな」
 黒澤・薊(動き出す心・e64049)は眉を顰める。ひたすら剣と銃を手にして戦いの場に身を置いてきた彼女には、感情というものがいまいちよく理解できておらず、嫉妬を行動理念とするアリシアの思考はよく理解できない。
「お互い寂しい身の上やねぇ……けど嫉妬はあかんわ嫉妬は」
 首を傾げる薊の背を、八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)がポンと叩く。自分と同じく色恋に疎い薊の態度に共感を示しながら、同時にアリシアへと同情という名の煽りを入れる。
(「まっ、当面うちはあの子一人いれば十分やけどな。……ただ、行き遅れ女の最悪な末路の見本として、ああはならんようにしたいもんや」)
 と、瀬理が妹の顔を思い浮かべていると。
「行くぞ、山栄!」
 そんな真面目な声が上空から届く。遅れて聞き覚えのある悲鳴が上がり、「ぐぼっ!」蒼眞の呻きが木霊した。何が起こっているのかと全員が空を見上げれば、日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)が残霊のヘリオンから蹴りだされる場面。
(「なんとかあのドリームイーターを十分に広く人通りのない通りで、かつ港区に潜り込まれるまでに発見できた。後は……」)
 落下しながら、蒼眞はそんな事を考える。
 だが、彼はヘリオンから蹴り落とされた身。果たしてその理由とは。
「俺の道はおっぱいダイブ、そして落下と共にある!」
 その一言に集約されていた。
「あら、好きなだけ揉ませてくれる恋人はいないの? つまらない男ね」
 蒼眞の予測地点には、アリシアの姿。が、アリシアは薄笑いと嘲笑を蒼眞へと向ける。
 躊躇なくアリシアの胸に飛びついてくんずほぐれつを目論む……と見せかけて、蒼眞の標的は最初から配下のドリームイーターだ。
「ふんっ」
 狙い通りに庇う動きを見せたドリームイーターを吹き飛ばした蒼眞が、手に残る堅い感触に残念な表情を形作る。
 が、既に戦端は開かれた。
 真っ先に動いたのは鬼人だ。吹き飛ばされるも、すぐに立ち上がろうとする配下を一瞥すると、ボードゲームの類に纏わる妖怪を象ったダイスを握りしめる。
「――お前の運命を極めるダイス目だぜ? よく味わいな」
 地獄化した左手を伝い、ダイスに地獄の炎が注ぎ込まれる。やがて6の目がサイコロによってカウントされると、小さな太陽の如き焦熱を秘めたダイスが配下を襲った。
「ヴィヴィアン! なんや事情があるようやけど、うちらも加勢させてもらうで!」
 瀬理に分かる事は一つ。それは、アリシアが厄介な質の女だという事。だが、それだけ分かれば彼女には十分だ。とりあえず気色の悪い笑みを浮かべた顔を殴ってやればいい!
「なのー! まずお邪魔虫なアリシアちゃんのお友達には、ちょーといなくなって貰うの!」
 瀬理の電光石火の蹴りが空気を斬り裂き、ふわりが混沌の波を敵前衛に放つ。
「ふーん。本気でヤル気なんだ? ……ヴィヴィアンのくせに……」
「あたしは確かにダメな子だった。でも、ダメなりに強くなれる所、見せてあげる。もう、あなたの言葉に傷つくばかりのあたしじゃない!」
「へぇ~♪ その言葉、いつまで撤回せずにいられるか、試してあげるわ!」
 宣言と同時、踏み込んできたアリシアが振るうステッキ状の鍵が、ヴィヴィアンの白磁の肌を傷つける。瞬間、ヴィヴィアンは恐慌をきたしかけた。自身をアリシアに対峙させる支えとなっていたはずの鬼人への気持ちが、泡となって消えたかのような錯覚に陥る。どころか、愛は反転して――。
「今のローゼットさんの気持ち。私には……私だからこそよく理解できるわ! だからこそ、負けちゃダメ! 紛い物の気持ちよ、それは!」
 碧の戦乙女の歌が、深い澱みに堕ちかけたヴィヴィアンの心に光を注ぐ。スノーは翼を羽ばたかせ、激化するだろう今後に備えた。
 ヴィヴィアンはアリシアと距離を取ると、前線に復帰した配下の片割れへ流星の煌めきを帯びた蹴りを見舞う。そのピンクの瞳には、普段の彼女と変わらぬ慈愛に満ちた色が垣間見えた。アネリーも、すかさず属性を注入してくれる。
「逃がさないわよ、ヴィヴィアン♪ もちろんあんたの彼氏も――」
「おっと、ここは通さないぞ?」
「ッ!?」
 ミツキは零れ桜・徒桜を振り乱しながらの超加速突撃を敢行し、配下とアリシアを纏めて弾き飛ばす。
 集中砲火を浴びる配下の片割れは一気にその体力を削られ、青色吐息。モザイクヒーリングで回復しつつ、もう一方が平静喰らいでケルベロス達のターゲットを逸らすべく奮闘する。
「……いつかわたしが恋を知れば、今日という日を糧にできる事もあるえるのだろうか?」
 理解できない感情。だからこそ、薊は客観的に状況を見る事ができる。少しやり取りを見ているだけで、仲間のカップル達の絆の深さを窺い知る事ができた。
「とはいえアリシア――あなたを参考にする日は未来永劫訪れる事はないだろうがな」
 薊の飛び蹴りが、配下に炸裂する。
(「本当に……ちょっと前までは気にする必要もない、何でもない敵だったんだけどな」)
 握る刃が守るべき対象を定めた時、ミツキはその対象を失う恐ろしさを深く、痛いほどに知った。だがそれは弱さではなく、新たな強さを身に着けたのだ。
「……気を引き締めていこう」
「頼りにしてるわよ? ミツキくん」
「任せとけ。碧を傷つける者は斬る!」
 剣士の矜持を示すべく、誰にともなく呟いた言葉。予期せず返って来た返答は、想いを向ける対象に己が矜持が届いていた事をアリシアを見据えるミツキに悟らせた。
「幸せそうなカップル……もう一組ぶち壊し決定ね♪」

「――っ、ミツキ……くん……!!」
「……くぅっ……!!」
 胸元から放たれたハートのモザイクが、後衛を一斉に捉える。ディフェンダーの誰も反応できず、スノーが心配そうな鳴き声を上げた。
「てめぇっ!!」
 ミツキが鬼の形相を浮かべ、炎を纏った蹴りを牽制代わりにアリシアへ叩き込む。苦悩する碧が悪夢に襲われているのは明白だ。それも、恐らくはミツキが大きく関係する悪夢であろう。
 薊はどこか荒んだ声を上げている。彼女の心を穏やかなものにしてくれた仲間に関係する悪夢。
「カップル爆発しろ……といいたい所だが、アリシアのやり口は気に入らないな」
 ――必ずそのオッパイ揉んでやるから覚悟しろ! 蒼眞が空の霊力を帯びた斬霊刀でドリームイーターを斬りつける。
 鬼人の無名刀が緩やかな弧を描いた。
「ふわりが全部癒してあげるの……痛いのも苦しいのも全部、今は忘れちゃって良いの。ふわりが愛してあげる、忘れさせてあげるの……」
 ふわりは現状体力の最も少ない薊を中心に、負傷箇所を撫で、慈しむようにして心の傷を癒す。
「疾走れ逃走れはしれ、この顎から! ……あはっ、丸見えやわアンタ」
 やがて、消耗したドリームイーターを瀬理は追い詰め、武器を深々突き立て狩る。
 残る一体の配下も、【怒り】によって強制的にターゲットを集めた影響を色濃く受けていた。
 薊が精神を極限まで集中させ、その周囲を爆破する。
「なかなかやるじゃない♪」
 凶刃が自身に向けられるまでもう僅か。しかしアリシアは、それがどうしたと言わんばかりの態度で、ハートのトランプを乱舞させる。後衛に向けられたそれの前に鬼人が素早く盾となるが、不運にも彼に付与されていたバッドステータスが大きく増殖してしまう。
(「ヴィヴィアン、一体どこに!? ――あ、れ? ヴィヴィアンがいなくなって、俺は何か困るのか……? 孤独は恐ろしいが……あ……れ……?」)
 何かがおかしい。鬼人の見る世界が急速に色褪せていく。油断すれば叫びだしたくなるが、鬼人はグッと唇を引き結んで異変に耐えた。
 同じく悪夢に耐え血が滲むまで唇を噛み締めた碧が、自分よりも鬼人を優先して気力を溜める。
「鬼――」
 案ずる声をかけるよりも、邪魔なアリシアの配下を潰すのが先決。碧とアネリーに対処を任せ、ヴィヴィアンが具現化させた光の剣で配下に斬りかかる。
「えへへっ、ヴィヴィアンちゃん♪ 鬼人くんの事は~心・配・無・用・な・の!」
 ウィンクするふわりも、花びらのオーラを振らせて援護に回る。
 崩れ落ちかける配下に、ミツキがジグザグに変形させたナイフでドトメを刺す。
「次はてめぇの番だ……」
 殺意を込めてミツキが告げる。
「そういう訳だ」
 隙を突いて再びダイブを敢行した蒼眞が、ついにアリシアの双丘を手中に収める。
「変態ッ! 恋人の一人もいないあんたになんか興味ないってのッ!!」
「…………禁句だろ、それは」
 蒼眞がアリシアの胸を揉みしだき、組み伏せようと主導権の奪い合いを繰り広げる。
 最後の決戦が幕を上げた。


(「チッ! ……絶対に後悔させてやるからな……!」)
 湧き上がる嫌悪感に、ミツキの背筋が泡立つ。悪夢の中で、ミツキは碧を刃で貫く様を幾度も見せられ、さらには傷つけた悪夢の中の碧が、恨み言を叫びながら襲い掛かってくる始末。
 だが、前衛の面々はもっと深刻だ。鬼人とヴィヴィアンが揃う前衛を中心に攻めたアリシアは、その心に大きな爪痕を残していた。
「……ア、アリシ……ア……?」
 あくまで悪夢の中ではあるが、先ほど喜び勇んで胸を揉みしだいたアリシアが実は男であったとで告白され、茫然自失としている蒼眞はまだ良い方。
「よりにもよって……よりにもよってあの子の死をよくもうちに見せてくれたもんやなぁ!!?」
 血を吐くように瀬理が激昂する。瀬理の妹――乃麻が死んだ。その悪夢は、恐ろしい程の現実感を伴なって、瀬理の心を搔き乱す。
「じゃ、邪魔よ! ……っうぅ!」
 だが瀬理は怒りを強さに変換できる質であるのか、バトルガントレットに覆われた光と闇の両拳がキレを増してアリシアの細い肢体を殴打する。
「独りぼっちが寂しかったら、ふわりが愛してあげるのになー、って思っちゃてたけどー」
 気が変わったの。そうふわりが呟く。
「――は?」
 だがそんな中、アリシアにとって一番の誤算があるとすれば、それはふわりの存在だ。拭いきれない【催眠】の影響で、一時的にアリシアへの敵対心を強制的に鈍らされる中、ふわりだけが一切の躊躇なくアリシアを傷つけていた。彼女がアリシアへ向けていた情が、愛だったゆえに。
 虚ろな瞳、口元に微笑を添えて、巨大刀に変形したふわりの腕がアリシアに急所を斬り裂いた。
「い、ぎっ!! まだ、まだ生意気なヴィヴィアンも、その彼氏も、もう一組のカップルだって残ってるのにぃぃぃ!!」
 この恨めしさ、嫉妬を残しては死んでも死にきれないと、アリシアが血塗れになりながらも踏ん張る。そして、鍵を振り上げた。
「スノー!」
 そうはさせまいとスノーが盾となり、消失する。
「スノーと私の恋人――ミツキくんがお世話になったようね! お返しさせてもらうわ、性悪女さん!」
 最も、実際に返すのは仲間ではあるが。碧がカラフルな爆風を発生させて前線の士気を立て直した。時として自分が傷つくよりも、大事な人が傷つけられる方が痛い。
 ミツキが力を振り絞り、惨殺ナイフで斬りかかる。
「今のわたしには、この場に相応しい言葉が見つからない。だから後は任せるぞ、ヴィヴィアン!」
 薊が空の霊力を帯びた斬霊刀で接近し、反撃の隙を与えない。
「せや! うちと妹の分まで頼んだで!」
 瀬理の叫びが背中を押す。
 やがて……。
「ヴィヴィアン! あんたじゃ私を殺せない! 誰にも求められず、誰の役にも立たず、誰にも愛されない。それがあんた! あんたの彼氏だって――」
「悪いが、言葉でどうにかされる様なそんなやわな絆じゃないんだ」
 心をいくら歪めようと、一緒に過ごした幸福な日々までは歪められない。鬼人はアリシアに音速の拳を喰らわせ、後を託す。
「私は鬼人を信じてる。鬼人がいるから、強くなれるの。……ごめんね」
 ――アリシアちゃんより先に行く。
 ヴィヴィアンの流星の煌めきを宿した蹴りを受け、アリシアが崩れ落ちる。
 亡骸を前にヴィヴィアンはソッと瞳を伏せると、ロザリオに触れる鬼人の掌に自分の掌を重ね、その肩に頭を預けた。

 ケルベロス達は向かう。
 目指すはジュエルジグラット。
 ドリームイーター陣営に風穴を開けるために。

作者:ハル 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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