七夕防衛戦~咲いては絶える望みの輪廻

作者:白石小梅

●希望と絶望
 東京都港区の上空には、今日もジュエルジグラットの手が浮かんでいる。
 それを遠くに臨む、廃屋の洋館。
 白と黒のワンピースを纏った双子の少女が、埃塗れのソファの上で、手を繋いでいる。
『ねえ、チョコ。人の躰を切り裂いても、グラビティ・チェインしか出てこないね』
『なあ、バニラ。人の心を切り裂けば、たっぷりドリームエナジーが出てくるぜ』
『みーんな動かなくなっちゃって、つまんないや。もう誰もいない』
『泣き喚いている間は、面白いよな。きっとまたすぐ、迷い込む奴が来るぜ』
 左右の半身を滲ませた双子はくすくす笑う。その周囲に、躰と心を裂かれた人の亡骸を、いくつも転がして。
『私たちはこの人たちと同じだね。きっともう此処から出られない』
『私たちはこいつらと同じさ。きっとすぐに此処から解放される』
『私たちには何の望みもないんだね。これからもずっと何もない』
『私たちに失うものなんてないんだよ。これからずっと上り調子さ』
 見つめ合った双子はケラケラと笑い合い……そしてハッと目を見開いて動きを止めた。

 お互いの開いた瞳孔に、浮かび上がる光景。
 分かたれた二つを繋ぐ日。
 夢喰らう者の門が開き、怒りに燃える狗の群れが押し寄せる。
 ……集結せよ。それを防げ。

 彼方より双子の心を貫いたのは、待ち望んだその指令。
『……ねえ、チョコ。もうお仕舞いだね。私たちは、群がる狗に喰い殺されるんだ』
『……なあ、バニラ。ようやく始まりだぜ。私たちが、狗どもを皆殺しにするのさ』
 双子の名は、チョコ・オディオ・クスィフォスとバニラ・オディオ・クスィフォス。
 白のチョコには絶望がなく、黒のバニラには希望がない。
 二人は互いの手を取って、くるくる巡って高嗤う。
 けたたましく、耳障りに。
『『さあ、行こう。ジュエルジグラットへ』』
 そして、狂気の双子が、放たれる……。

●七夕防衛戦
「皆さん、お集まりありがとうございます。良い報せと悪い報せがありますよ」
 呼集に集った番犬たちに、望月・小夜はにやりと笑って。
「まず、七夕に合わせたドリームイーターの動向を警戒していた、レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)さんら有志の方々の調査によって、日本各地に潜伏していたドリームイーター達が、ダンジョン『ジュエルジグラットの手』に集結しようとしていることを掴みました。これが、悪い報せです」
 また連中の大規模作戦か。願掛けのイベントにはいつも現れる奴らだ。
 それで、良い報せとは?
「どうやら皆さんが幾度となくあのダンジョンを制覇した事によって、寓話六塔がゲートに施した鍵に綻びが生じたようなのです。更に『分かたれた2つを繋げる』力を持つ『七夕の魔力』によって、ドリームイーターのゲートが開放されつつあるとのこと。これが、良い報せです」
 一堂が、ハッと顔を上げる。すなわち、それは。
「そう。ドリームイーター達はゲートの封鎖を維持し、ケルベロスを寄せ付けないように戦力を集めているということです。つまりここで集結戦力を打ち破れば……」
 七夕の魔力によって門は開かれる。破壊が可能になるかもしれない。そういうことか。
「そうです。皆さんは日本各地よりジュエルジグラットの手に集結してくる敵戦力を迎撃し、集結を可能な限り妨害してください。それが今回の任務です」

●双頭の獣
「皆さんに担当していただくのは、この二体になります」
 スクリーンを見れば、白と黒のワンピースを着込んだ双子のドリームイーターの絵図。
「一見して10歳ほどの少女……通称『オディオ・クスィフォスの双子』。前回の戦争の敗北により各地に潜伏した有力戦力の一角で、その外見に似合わぬ残忍で邪悪なコンビです」
 黒い方が姉のバニラ、白い方が妹のチョコ。欠損要素は、希望と絶望。
「黒のバニラが囮となって相手を誘い込み、白のチョコが相手を惑わせて自己破壊させる手口で、縄張りに迷い込んだ人を弄びながら潜伏していたようです。何があっても絶望せず、未来に一切の希望を見ないので、顧みることも、恐れることも出来ず破滅的行為を繰り返す……『継母』辺りが飼っていたペットの狂犬といったところでしょう」
 嫌悪か、同情か。番犬たちの目に、苦いものが滲む。
「彼女たちは常に二体。お互いを補い合って行動し、その相性は抜群。心を弄ぶ力は殊更に強く、実力は侮れません。容赦は禁物、くれぐれも油断なきよう」
 小夜はそう念を押して、ブリーフィングを終える。

「ゲートが開かれてしまえば、寓話六塔はゲート再封印のために姿を表すしかなくなるはずです。そこで寓話六塔を討伐できれば……」
 小夜はニヤリと笑って頷く。
「さあ! 出撃準備をお願いいたします」


参加者
エリシエル・モノファイユ(銀閃華・e03672)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)
紗神・炯介(白き獣・e09948)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)

■リプレイ


 東京都港区、上空。
 眼下の市街に瞬く閃光。遠く轟く爆音。
 グラビティの衝突か……それとも遠雷か。
『ねえ、チョコ。ようやくここまで来たけれど、狗の臭いがするよ』
 幻想化により西洋宮殿然としたダンジョンの門前で、白黒の双子が足を止める。
「……気取られるとはね」
 門前の円柱から姿を見せるのは、エリシエル・モノファイユ(銀閃華・e03672)。
「七夕の夜には星見でちょっとお高価い日本酒って決めてるんだ。気分よく杯を空けるために、邪魔な連中には御退場願おうかと思ってね」
「狗、か……こっちも、狂犬が2匹も野放しになっていたと聞いてきたんだが、なるほどな。そんな見た目じゃ狗の鼻も利かないわけだ」
 並んだレスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)は、闇色の外套を跳ねのけ銀の双眸で双子を射貫く。
 曇天の下に現れるは、八人の番犬たち。
「嗅ぎ取られちゃ仕方ない。狩らせてもらうよ。美味しそうな名前の君達は、おばあさんの家に着く前に狼に喰われるというわけさ」
 ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)は、皮肉げに肩をすくめる。
 リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)は、張り付く笑みの後ろに邪悪な知恵を感じて、眉を寄せる。
「奇襲といきたかったんだけど、完璧に警戒してたわね。攻囲を受けてる拠点に突入しろって命令を果たせるんだから、馬鹿じゃないってことね」
 一方、サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は口の端を上げた。
「むしろ良かったぜ。知恵も回らない見た目通りのガキじゃ、楽しめそうもない。飼犬同士、血腥くガツガツ闘えた方が幸いだ」
「そうだな……さて、久方ぶりに会ったというのに、旧交を温める間もなくてすまない、絶望と希望の双子。早速だが、決着をつけるとしよう」
 そう言うティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)は砲口を睨んで、双子は渇望の熱に浮かされた瞳を歪ませる。
『なあ、バニラ。せっかくだし、機械の……いや、今は狗のお姉さんと遊んで行こうぜ』
 紗神・炯介(白き獣・e09948)はため息を落として、薄暗い梅雨空を仰ぎ見た。
(「夢喰いはいつもこうだね。渇きを癒す水を求めるように、欠けたものを狂おしく追い求めて生きている。虚ろな僕より、よっぽど……」)
 それは諦観か、憧憬か。
 気だるげに顎を下げた彼と対称的に、その瞳に嫌悪と義憤を漲らせランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)は、俯いていた顎を上げる。
「テメエらが奪った命も……笑顔も……安くねえぞ! テメエらには希望も……絶望すらも必要ない! 覚悟するんだな!」
 はらはらと滴り始めた霧雨の中、瞬きもなく両者は見つめ合う。
 そして遥か彼方で遠雷が鳴り響き……闘いが始まった。


 跳躍したティーシャが、砲撃戦用竜槌【カアス・シャアガ】の引き金を引く。竜砲弾の爆煙が敵を呑み込む中を、エリシエルが一条の稲妻と化して貫いて。
(「チッ、浅い……!」)
 甲高い笑い声が煙の中に響き渡る。鍵が輝くと、滲んだ衝撃が番犬たちを打ち据えた。
『その目には絶望が焼き付いて……』
 受け身を取った番犬たちの前に、無数の双子が現れる。
「お得意の幻術か。気をつけろ。このほとんどは幻だ。一つ一つ潰して、本体まで辿り着くぞ」
 嗤いながらくるくると回る双子の幻影の中、ティーシャはセンサーの感度を最大にしながら、引き金を引いていく。
「……目に痛い焼き付きだね。立ち眩んだ時を思い出す。皆の目を眩ませられるわけには、いかないな」
 双子の群れの中に、炯介が身を躍らせた。舞わせた花びらが、文字通り幻影を花と散らして掻き消していく。
 それに対して、白の少女の幻が鍵を掲げて輝かせた。
『……その目には偽りの希望が映る』
 再び大気が波打ち、鋭い頭痛と衝撃が迸る。滲む視界を開けば、周囲には嗤う双子の影ばかり。仲間の姿がない。
「!?」
 迫る双子に、番犬たちが身構えた時。
「惑わされないで! こっちの感覚をずらして、味方を奴らの姿で認識させてるのよ!」
 鮮やかな花の舞いの中に純白の紙吹雪が降り注ぎ、双子の幻に覆われている味方の姿を映し出していく。リリーの紙兵散布だ。援護の二人が全力で呪縛を打ち破る中、番犬たちはひときわ輪郭がくっきりとした双子に打ち掛かる。
「厄介な手口だね。僕らが幻を祓うよ」
「ええ! みんなは、本体を攻撃して!」
 双子は互いの幻に紛れながら飛び跳ね、再び鍵を掲げる。だが。
「いいね、炯介にリリーさん。打ち合わせ通りの……エクストリームジャストアタックだ!」
 一瞬の隙を突いた少年の影が、その頭上に舞っていた。
『……!』
 虹の軌跡を描いて、ヴィルフレッドが黒の少女の脇を蹴り抜く。無様に転んだ少女は、雨に湿った大地に顔を打ち付けた。
 呼掛けられた二人が、首を捻って彼を見る。
「……いつ打ち合わせしてたかって? してないよ。真顔で見ないでよ……そっちの黒い子もさ」
 引き攣った薄笑いを浮かべたバニラを、ヴィルフレッドは鼻で笑う。
『やっぱりみんな私から虐めるんだね』
「……ああ。立てないようなら、くたばるんだな」
 霞の中を、銃弾が跳ね飛んだ。くるりと廻る黒の少女を朱線が裂き、モザイクが散る。
 シリンダーから薬莢を払い、銀の瞳が狂気の笑みと向き合って。
「立てるようなら、お前らが弄んだ奴らが味わった絶望を……そう。本当の絶望を教えてやる。くたばるのはその後のお楽しみだ」
 黒の少女は、高笑いを上げて鍵を振るう。紫煙を吹くリボルバーをホルスターに叩き込み、レスターの大剣が激突する。
『死んじゃえ……!』
 誘引された片割れ。
 駆け寄ろうとする白の少女に、螺旋の連打が割って入る。
『……!』
「悪知恵は働いても、根っこはやっぱり螺子の外れた狂犬だな。さあ、狩らせてもらうぞ。テメエらには、とびきり痛えpunishmentが必要だ!」
 螺旋の力を身に纏い、ランドルフの乱舞が白の少女を追い詰める。怒り狂う暴風のように、その掌打が細い胸倉を打った。白の少女は血を吐くも、口を歪めて四つ足の魔物のように着地する。
『自分を鼓舞するみたいだな。私に、泣いて反省して欲しいんだろ? ごめんなさい、もうしません。ってさァ?』
 ランドルフの眉が憎悪に歪んだ瞬間、少女は奇声を上げて跳ねた。突き出された鍵に、横合いからサイガが身をぶつけて。
「ガキの姿形で、悪趣味なこって」
 裂けた腕に絶望が流れ込み、その視界を滲ませる。だが。
「俺にとっちゃ幼子だろうと女だろうと、食い散らかせば全部同じだ。放し飼いの狂犬の運命なんざ……狼に喰われるのみだぜ!」
 雄叫びと共に籠手を爆裂させ、サイガの拳が振り抜かれる。
『チッ……!』
 血色のモザイクを飛ばした少女は距離を取ると、再び鍵を輝かせた。
 大気が波打ち、邪悪な幻が押し寄せる。しかし。
「絶望だの希望だの……他人に求めず、アンタ達がくっついちゃえばいいじゃない」
「欠けたものを補い合う、か。良いコンビだね。でも、負けられないな」
 今度はリリーが花を散らし、炯介の剣が大地に星を描くように幻を斬り祓う。
「絶望も希望も片足みたいなもんだ……ひとりに両方揃ってこそ前にも後にも進める」
「そうそう。ほら、息を合わせないと負けちゃうよ。……ま、僕はいいんだけどね」
 レスターが黒の少女の鍵と大剣で打ち合う中、ヴィルフレッドの撒いた手榴弾が黒い粘液を散らして、挑発する。番犬たちは常に前線を入れ替えて、全員が術中に堕ちるのを防いでいるのだ。
『なあ、バニラ! そんなのに構ってないで、私を手伝え!』
 やがて、白の少女が叫んだ。双子は心を繋ぎ合わせ、傷をモザイクで覆い始める。
 白い機影が待ち構えていたのは、この瞬間だ。
「お前たちの戦術は多数に対して確かに効果的だが、攻守の要が無い。攻めあぐねて焦りを見せる、この時を待っていた……!」
 瞬間、ティーシャは銃を払い、焔と化して突撃した。
『っ……!』
 跳ね飛ばされた白の少女の目に映るのは、煌く刃。
「自分たちの破滅を恐れず、むしろ嬉々として突っ込む狂犬……飼い主としちゃ、こんなに使いやすい駒はない。だからここで、しっかり潰しておかなくちゃね……!」
 渾身で跳ねたエリシエルから、万物の理を断ち切る一撃が閃く。それを受けた鍵が真っ二つに裂け、小さな肢体は血反吐を吐いて滑落した。
『クソッ』
 だが身を起こすよりも前に、白銀の銃口がその額を大地へ押し戻す。
「よう。折角だ。せめてコイツを喰らって爆ぜる前に、泣いてみるかい?」
 撃鉄を起こす音は、優しい。幼子の反省を、期待するように。
『……死ね、狗!』
 突き出された鍵の破片を避け、ランドルフはその引き金を引いた。重く響いた銃声は、もう惑わない。
「赦しは、しねえがな……コイツが俺のお仕置きだ」
 彼は銃をしまう。
 その後ろで、朱に爆ぜた少女の亡骸が、滲んで消えた。


 一方。
 雄叫びを挙げて、レスターは黒の少女を弾き飛ばす。
「はっ……っ」
 だが息を切らしながら片膝を落とした彼は、すでに血塗れ。対称的に、黒の少女に大した傷はない。
『チョコ……死んじゃったんだね』
 虚ろな目が映すのは、死んだ片割れが遺した幻。その傷が滲んで塞がっていく様を、炯介が見つめる。
(「彼女には希望がない、か。僕に希望があるとすれば、それは……」)
 去来するのは、守りたい人々の微笑み。
 だが今、敵はそれを失った。
「炯介。これから狩る獲物の心情なんて分からないし、分かっても仕方ないさ。割り切っていかないと」
 ヴィルフレッドも血塗れの左腕を押さえ、リリーは霞む視界を瞬きで奮い立たせている。中衛はチョコが斃れるまでの間、ひたすらにバニラの猛攻を引き受けたのだ。
「白いのの幻術がまだ遺ってる。ここから正念場よ。奴は、アタシたちを狙ってくる」
『ねえ、チョコ。みんな道連れに死んであげるからね。誰にも希望なんて残さない』
 鍵を構えた狂気の笑みが、ぐるりとこちらを向く。
「ああ……僕にも、誰かの希望を護る事は、きっとできる。僕は、その為に」
 闘おう。
 静かな決意と共に、炯介は漆黒の霞を舞わせた。
 覚悟を決めて跳び出したレスターの身に黒蛇の如く巻き付いて、加護を喰らう力を増していく。
「あの片割れの道連れは、お前だけだ。教えてやる。絶望を恐れ、希望に縋るからこそ、おれは。いや、人(おれたち)はお前に……勝てるのだと」
 胸の内に雄叫びを秘め、レスターの拳が少女の鍵と激突した。金属が拳に喰い込み、骨を砕いて肉を裂きながらも、その拳は音速を超えて小さな肢体を打ち抜いた。
『っ……相討ち狙い? 無駄だよ。あなたの希望、吸い取ってあげる』
 殴り抜けながら崩れ落ちたレスターに対し、啜った力で黒の少女は傷を塞ぐ。しかし。
「いいや。今の一発、俺は希望が持てたぜ。お前さんたちネガポジの間に、秘密のもう一人がいたりしない限りな」
 少女がハッと振り返った時。すでにサイガが漆黒の爪に呪いを込めて、身構えていた。
「お前に在るのは無だけだ。絶望の先にぴったしだろ……!」
 呪縛と共に引き裂かれ、黒の少女は悲鳴を上げて相棒が残した幻影に紛れる。
「円柱の影に逃げたのが本体よ! 前後衛、挟み込む陣を組んで! 援護するわ!」
「任せろ! 逃がしやしねえぜ! テメエらに『終わり』をくれてやる!」
 だが、反撃の糸口をつかみ損ねるわけにはいかない。リリーの尾扇が戦場へ破魔の陣を描き、滑り込んだランドルフの蹴りが黒の少女を払いのける。
『ねえ、チョコ。消えないで。ちゃんと私を助けてよ』
 硝子のように砕けていく片割れの幻。
 だが、黒の少女が縋るように影に指を伸ばすと……。
「残念、ハズレ。何、残像を残すのはそっちの専売特許ってワケじゃないんだろ?」
 それは、影を走らせたエリシエル。紅い滲みが飛び散り、穿たれた呪縛が黒の少女を蝕んで。
「片割れの遺した幻も全て消して、確実に追い詰める。悲嘆に暮れろ、絶望の子」
 ティーシャの放つ重力線が、戦場を圧し潰して幻術を裂いていく。人を惑わす幻術は、双子がそろって完成するもの。片割れだけでは、意味がない。
 一丸となって攻め立てる番犬たちの猛攻。形勢は、逆転したのだ。
『チョコ……どこなの、チョコ……』
 孤独にパニックを起こした黒の少女は、衝撃波を乱射した後、門へ向けて身を翻した。だがその瞬間、足首を掬い取るように鋼の鞭が絡みつく。
『っ!』
「目的地の一歩手前で残念だけど……行かせないよ。その程度の警戒もしていないなんて、思わないでよね」
 小突けば倒れるほどボロボロになりながらも、ヴィルフレッドは鋼鞭を振るった。少女は悲鳴を上げて、今や処刑場となった門前へ転がるように身を晒す。
「……過去の因縁も、これで決着だ」
 ティーシャは冷たい目でライフルの引き金を落とす。
 ふるふると首を振るバニラの躰が、みるみるうちに凍り始めた。
『あ、やだ。やだよぅ。ねえ、チョコ。助け……ね、え……ッ』
 小さな手が片割れを探し求めてぱたぱたと動く。だがすぐにその指先までが凍てついて。
「絶望と希望は互いの写し鏡だ……せめてあの世で、一つになるんだな」
 ティーシャが、ライフルを降ろした時。
 片割れと同じ純白に染まった氷像が、さらさらと砕けて、消えていった……。


 ……闘いは、終わった。
 サイガが、レスターを助け起こして。
「よっ……と。大丈夫か? ちっと無理させちまったな」
「いや。おれ一人では支えきれなかったからな……礼を言う」
 その傷を桃色の霞で癒しながら、炯介が振り返る。
「雨が上がったね。ヴィル、そっちの様子はどうだい? 他に敵は?」
「敵影なし。まあ、この手首の切断面は広いから、他はわからないけど」
 一方、ティーシャは眼下の街を見下ろしている。
「グラビティの閃光は大方鎮まった……街の方での迎撃も、順調なようだ」
「つまり……こっちのゲートも、なんとかチェックがかけられそうってことだね」
 エリシエルがため息を落とす。これで敵は、こちらに潜伏させていた精鋭部隊を失ったことになる。
 手首の小型デバイスで状況を確認していたリリーは、ふと、腕を組んで空を見上げるランドルフに気付いた。
「ランドルフさん……大丈夫?」
「ああ……俺の怪我は気にすんな。ジュエルジグラットの手にも、異常はねえぜ」
 彼は疲れたようにため息をついて、ダンジョンを見つめている。
(「子供姿の敵を倒したこと言ってるんだけど……ま、仕方ないか」)
 見上げれば霧雨も上がり、曇天の雲に切れ目が走っている。
 この先、この空が晴れるのか、再び雨が降るのか。
 気まぐれな梅雨空のように、運命はわからない。
 ドリームイーター達が用いるという『季節の魔法』。
 『七夕の魔力』とは、果たして……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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