七夕防衛戦~ネイムレス・ザ・リパー

作者:柊透胡

 深夜――ビルの谷間に落ちる影。路地裏に積まれた木箱に腰掛け、男は無言で紫煙を燻らせる。
 黒一色のスーツは夜闇に融け入り、対照的に手袋と半仮面が仄白く浮かび上がるよう。
 黒の短髪、白皙の肌――モノトーンの中、露な左の碧眼は、無気力な惰性と停滞に暗く澱んでいた。
「……はっ」
 徐に、煙草を投げ捨てた。その面に浮かぶのは、僅かばかりの苛立ち。
「さっさとゲートに鍵掛けて、今の今まで引き籠りのだんまりで、置いてけぼりなど知らぬ存ぜぬだった癖に。寓話六塔もいい御身分だな」
 悪態は吐いても、頭ではよく判っている。『寓話六塔』は、別格だ。『継母』なら尚の事。
「……『黒の猜疑心』の言葉など、信じられるか」
 それでも冷淡に言い放ち、立ち上がる。『母』ならぬ『継母』に、敬愛の情などない。そもそも、判らない。
 だが、胸ポケットに煙草の箱を捻じ込み、スーツを飾るチェーンを揺らし、男は歩き出す。
「……いいさ。俺もまだ、石くれになる気はないからな」
 この胸のモザイクを晴らすまでは――いつの間にか、男の両手は禍々しくも血塗れの惨殺ナイフを握り、彼をひたひたと追う影が現れる。
「欠片も、モザイクの足しにならなかったんだ……精々、肉壁程度には役立つんだな」
 街灯の光に鈍く照らされたのは、どす黒く固まった血に塗れたまま、滅多切りの傷を乱雑に縫われた、女の成れの果て。濁り切った眼を見開き、よたよたとついて来る屍隷兵など一顧だにもせず、男は足音1つ立てず夜道を往く。
 向かう先は、東京都港区――ジュエルジグラットに1番近い場所。
 男の名は、ジャック・ネイムレス――母の愛を知らぬ男の成れの果て。
 
 都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は、集まったケルベロス達を静かに見回す。
「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 日本各地に潜伏していたドリームイーターが、ダンジョン『ジュエルジグラットの手』に集結しようとしている――ドリームイーターに注視していたケルベロスは複数いるが、特に七夕の魔力を利用するのでは、と警戒していたレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)が逸早く察知したという。
「どうやら、多くのケルベロスがダンジョンを制覇した事に加え、分たれた2つの場所を繋げる七夕の魔力により、寓話六塔の鍵で鎖されたドリームイーターのゲートが開かれようとしているようです」
 ドリームイーターは、ゲート封鎖の維持とケルベロスを寄せ付けない為に、戦力集中を図っているのだろう。
「皆さんには、この集結途中のドリームイーターを迎撃、及び撃破をお願いします」
 集結するドリームイーターを撃破出来れば、7月7日に開かれるゲートへの逆侵攻すら可能かもしれない。
「ジャック・ネイムレスも、東京都港区に向かおうとしているドリームイーターです」
 細身で長身、一見、優男のような面の半分を仮面で隠した黒尽くめの青年は、成人女性には異常な憎悪と怨嗟を見せる。文字通り『切り刻む』のだ。
「彼の欠損は『母の愛』。やはり母の愛を知らぬ子供を、甘言でドリームイーターに変貌させる事もあるようですが……今回は、惨殺の手腕の方を警戒して下さい」
 ネイムレスの武器は両手の惨殺ナイフ。特に、妙齢――20代半ばくらいの女性には容赦ない。
「加えて、2体の屍隷兵を引き連れています」
 何れも滅多切りの傷を乱雑に縫われた女性の姿をしており、恐らくは犠牲者の成れの果てだろう。
「こちらは、悲痛な叫びで敵の平静を奪い、抱き着いて武器を封じ、歌詞無き子守唄で傷を癒すようですね」
 深夜の路を往く彼らの進行ルートは、ヘリオンの演算により大凡判明している、
「港区までの移動途中、ジュエルジグラット直下、ダンジョン入口など、適切に作戦を遂行出来る場所を設定の上、迎撃して下さい」
 ジュエルジグラットの手のダンジョン化より1年と半年。ケルベロス達の弛まぬ探索が、ドリームイーターのゲートを撃ち破る力となった。
「ジュエルジグラットの扉が開かれれば……恐らく、寓話六塔戦争終結時の光景の再来となるでしょう。再びゲートを封印する為、寓話六塔が姿を見せる可能性が高いです」
 上手くすれば、ゲートの封鎖解除のみならず、寓話六塔を討ち取るチャンスもあるかも知れない。
「まずは、ジュエルジグラットに向かおうとしている敵の迎撃です。速やかに撃破して、次の戦いに備えましょう。どうぞ、ご武運を」


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
小車・ひさぎ(センチメンタルベリー・e05366)
八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)
ジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)

■リプレイ

●深夜の七夕防衛戦
 東京都港区――ダンジョン「ジュエルジグラットの手」直下。夜も大分更けたが、街灯とライトの持参で視界は万全。ケルベロス達は周囲の警戒は怠らず、一応に張り詰めた面持ちか。
 寓話六塔戦争から1年と半年。寓話六塔が鍵を掛けたゲートの扉は、ケルベロス達の長らくの奮闘で綻びを来した。この状況に『七夕の魔力』が加われば、分たれた2つを引き合わせる力に抗えず開門に至るだろう。
 今、ケルベロス達が待ち構えるのは、七夕の魔力から扉を守らんとジュエルジグラットの手に集結するドリームイーターだ。
「皆の努力で天の川に掛かろうとしている橋だ、壊させる訳にはいかないな」
 物騒なナイフを振り翳す者には、ご退場戴かねばなるまい――ボクスドラゴンのボクスと肩を並べ、ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)が夜空を覆う白き手の甲を見上げたその時。
「……」
 無言で身構える八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)の視線の先に。
 夜闇から滲み出るように、無人の通りの向こうに現れる3つの人影。1つは足音も無く、だが酷く気だるげな風情の青年。
 そして、残る2つは――辛うじて妙齢と窺える、あまりに無惨な女の末路だった。何れもどす黒く固まった血に塗れたまま、滅多切りの傷を乱雑に縫われている。濁り切った眼を見開きよたよたと青年を追い掛けるが、こちらに近付いて来るまで、彼は2体を一瞥すらしなかった。
「嗚呼、酷い、酷い。可哀想に」
 眉根を寄せ、吐息混じりに零す鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)に、ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)も同意の頷き。
「愛のねぇ男に寄添う、ツレ2人も気の毒なもんだ。ご婦人からお嬢ちゃんまで、女性の味方な俺としては、こんな野郎を相手に躊躇する理由はねぇよな」
(「ダレンさんもあまり女性の味方とは言えない、と思う……」)
 ついつい、内心で突っ込んでしまうウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)。ダレンとは何やかんやで友達だから、所謂「チャラ男」なのも知っている。今夜は「お嫁さん」の纏もいるから、口にも態度にも出さないけれど――まあ、少なくとも。彼はゆっくり近付いてくるドリームイーターのように、女性を貶める真似はけしてしない。
「屍隷兵となった者達は、然るべき手段で御遺族の元に帰せればと考えているが」
 険しい表情のまま、レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)は静かに呟く。先に情報として聞いてはいたが、屍隷兵の無惨を目の当たりにすると憤りも湧いてくる。
「ええ、過去に相当辛い事があったとしても、私は彼を許すのは無理です」
 武装を握るジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)の手にも、力が入るというもの。
 ドリームイーターの名は、ジャック・ネイムレス――母の愛を知らぬ男の成れの果てという。だが、母性に飢える子供を騙し、罪無き女性を殺害した上に死後の安息すら与えない所業は、到底看過できない。
「母の愛を求めてる癖に、自分と同じような年頃の女性を狙うなんて」
 何だか、身の内を刺すようなチクチクした心地に、小車・ひさぎ(センチメンタルベリー・e05366)は不機嫌を禁じ得ない。
「……きっと、あいつの中のママもずっと若いまんまなんだね」
 聞こえたらしい。ドリームイーターの視線が俄かに剣呑を帯びる。射殺さんばかりにひさぎを睨んで両手の血に塗れたナイフを構えれば、その視線を遮るように纏が前に出る。
「お母さんを、探しているの? わたしは『母』代わりになり得るかしら」
 エクスカリバールとルーンアックスを両手に、とらえどころのない笑みを浮かべる纏。
「おいでなさいよ。そんじょそこらの女性より、切り刻み甲斐が有る事だけは保証するわ」

●母であった屍隷兵
 先んじて、ガネーシャパズルを組むウォーレン。顕れ出た怒れる女神の幻はドリームイーターへ――鋭い一閃に払われた。
 ビーツーはライトニングウォールを前衛に巡らせ、ボクスはジュスティシアに属性をインストール。使役修正故に雷の加護は2人に齎せれば重畳だが、今回ジャマーは不在。強化もメディックに頼りそうか。
 屍隷兵2体を注視するジュスティシア。眼力が報せる命中率に差異はない。取り急ぎ、スターサンクチュアリを前衛に敷いた。
(「屍隷兵は、絶対成仏させないと……」)
 勿論、屍隷兵を作ったドリームイーターも必ず――露な碧眼の冷たさにゾクリと背筋が震えた。「妙齢の女性」への憎悪の視線に、本能的な身の危険を覚える。
 ――――!!
 だが、最初の挑発が効いたか、ドリームイーターの刃は纏を襲う。防具耐性合致の筈が、舞うが如き斬撃に血が飛沫いた。
「生憎、痛みには鈍いし、強いの。屹度、女の方が、此れには強い様になってるんだわ」
 不敵に肩を竦め、纏は最寄りの屍隷兵を狙う。ケルベロスの方針は、屍隷兵の撃破から。スターゲイザーで蹴り付ける。
「あら、もう片方は、後衛ぽいかしら?」
 射程が届くか否かで判断すれば、紫々彦が操る雪の獣も呻き吠える。
「白魔よ、吹き荒れろ」
 やはり前衛の屍隷兵を襲うが、その手応えは強い。
 ――――!!
 悲痛なる叫びに子守唄が虚ろに重なれば、鈍っていた屍隷兵の動きも滑らかに。
「奪われしものの……」
 レーグルの両腕を象る地獄の炎が青白く揺らめき――動きを止める。
「ドリームイーターは、キャスターであるな」
 断言した。命中率が極端に低下するポジションは1つしかない。足止めの技はひさぎとダレン、スナイパー何れも準備があるが……先に動けたのはレーグル。無意識の反射でもあるので、意図的に行動を遅らせるのは難しい。故に些かもどかしげながら、レーグルは肩並べる前衛にサークリットチェインを敷く。
「……ちっ」
 そうして、足止めに動くスナイパー2人。相次いで、蹴打が天翔ける。忌々しげなドリームイーターの前に、ウォーレンよりメタリックバーストを援護されたレーグルが、再度立ち塞がる。
 奪われしものの怒りを知れ――かつて奪われた両腕の炎が青白く迸る。
 その炎撃がドリームイーターを捉えた重畳。レーグルが身体を張って牽制する間に、他の攻撃は前衛の屍隷兵に殺到した。
 前衛の屍隷兵はディフェンダーだったのだろう。相当頑丈に、立ち続ける。後方からヒールが飛べば尚更だ。その回復量からして、後衛はメディックと窺えた。
 一方、デウスエクスの攻撃は纏へ。ドリームイーターが怒りに流されるだけまだマシか。
「……う」
 屍隷兵の抱擁に締め上げられ、歯を食い縛る纏。それでも、くじけた様子はない。力一杯、打撃を振るう。
「さあ召しませ! あなた。 出来るものなら、ね」
 ビーツーはボクスと揃って回復に専念。手数はサーヴァントの強みだ。小刻みなヒールで纏を、時にレーグルも癒し続けた。
「――望まぬ物は、洗い流さねばな」
 癒しの効果を持つ電流を流し、纏の免疫細胞を活性化させるビーツー。同時に厄の排出も狙う。
(「行動の中に、母の愛のようなものを感じる、けど……」)
 頭では判る。屍隷兵の行動は、既に惰性でしかない。憐憫を振り払うウォーレン。同じヒールでも、引き続き命中率を上げるメタリックバーストか、怒りを解除するサキュバスミストかで悩ましい。
「ママ、か……」
 痛みを堪える表情でひさぎの轟竜砲が撃ち抜けば、ジュスティシアも思い切るようにフロストレーザーを放つ。悼むのは、ケリが付いてからでいい。
 集団戦は最初の敵を倒すまでが苦しい。庇われての火力分散を避けるべくであっても、ディフェンダーを倒すのに時間は掛かる。
「女性を盾にするとか……ホント、お前のやり口は気に入らねえ」
 握る拳から鈍色に包まれ、「鋼の鬼」と化したダレンは強かに屍隷兵の防護を砕く。

●慕情不知
 ア、アァァ――。
 グラビティでなければ損なわれずとも、デウスエクスと屍隷兵の強さに大きな隔たりがある。
 ドリームイーターと対峙するレーグルに怒れる嘆きを浴びせらては厄介だったが、屍隷兵にそこまでの見識はない。纏への攻撃を凌ぎながら、ケルベロスの反撃は徐々に苛烈を増す。
 ――――!!
 尚も愚直に迸る悲鳴を、纏に代わりジュスティシアが受けた時。
「爆ぜろ、『凍星』」
 ドラゴニックハンマーを砲撃形態で構えたまま、ひさぎは御業を撃ち放つ。砲口触れんばかりの零距離射撃の衝撃に吹っ飛び、屍隷兵はビキビキと音を立てて凍り付く。仰向けに倒れ、動かなくなった。
「なっ!?」
「汝の相手は我である」
 マーコールの如き竜角を振り立て、レーグルはあくまでもドリームイーターの視界を遮る。苛立たしげ斬り刻まれたレーグルの傷を、ビーツーとボクスが癒す間に、ケルベロス達の攻撃は回復手の屍隷兵に殺到する。
 ――――!!
 相次ぐダレンとひさぎの轟竜砲を号令に、ジュスティシアのバスタービームが火を噴いた。纏の時空凍結弾がつぎはぎだらけの身体を凍らせれば、紫々彦の長く伸びた如意棒が真っ向から腹部を抉る。
 身を震わせる屍隷兵の回復の限りを大きく超える火力を、容赦なく、畳掛ける。
 バシィッ!
 完成させたガネーシャパズルから、竜象る稲妻を解き放つウォーレン。ぐらりと傾ぎながら、辛うじて踏み止まった屍隷兵の半ば崩れた唇が動く。
 ――――。
 か細い子守唄が撫でたのは、自らの傷み果てた身体ではなく。
「嗚呼……」
 ウォーレンは切ない溜息を吐く。養い親に愛情深く育てられた記憶も今は朧。それでも……末期の子守唄がドリームイーターを癒したのを目の当たりにすれば。
「これでも、君は判らないの? まるで駄々っ子みたいだね」
「うるさい……」
 軋るような声音。ウォーレンを睨め付ける眼差しは昏く、澱んだ沼のように底知れぬ。
「モザイクの足しにもならなかった癖に……それが『母の愛』? 笑わせる」
「天国にはまだまだ程遠いってか? お前がお嬢さん方の敵ってのは、よぉくわかったよ」
 サイコフォースが、爆ぜる。ひと思いで2体目の屍隷兵に引導を渡したダレンは、いっそ軽薄に笑ってみせる。
「待たせたな、そろそろ決着と行こうじゃねーか」
 この期に及んで、逃がしはしない。一気にドリームイーターの包囲に掛るケルベロス達。
(「……あの屍隷兵達に、何も感じてないんだ」)
 ディフェンダーとメディック、連携を旨とした立ち位置に在った屍隷兵らと対照的に、「名無し」を名乗るドリームイーターは単独で攻防完結した中衛に立つ。ポジションからも窺える冷ややかさに、ウォーレンは哀情を覚えながら掌中のガネーシャパズルを作動させる。
 カーリーレイジ再び――先に屍隷兵と戦う間に、ウォーレンはメタリックバースト重ねてきた。冴えた視界にしっかと敵を捉え、怒れる女神の影は今度こそ狂乱を誘った。

●ネイムレス・ザ・リパー
 一気に、攻勢に打って出る。多で狩立てるのが猟犬の強みならば、喩え、敵のナイフが血を啜ろうと回復を上回る火力を浴びせ掛けていく。
 同様にフレイムグリードで自己回復を図りながら、粛々と武装を奮い続けるレーグル。
「女の人に何か恨みでもあるの?」
 怒れる標的の確率をレーグルと分け合いながら、ウォーレンは更に気を引かんと声を掛ける。
 ――――!!
 鋭い斬撃の軌道に滑り込み、真っ向からバスターライフル「J&W2000 対物狙撃銃」を構えるジュスティシア。メデューサ・ショット――神経毒を配合したホローポイント弾で、駄目押しに敵の動きを麻痺させんと。
「はい、止まって」
 女性陣の中では最年長。ひさぎは後衛であったし、纏の最初の挑発が無ければ、ドリームイーターのナイフはジュスティシアを狙ったかもしれない。ならば、無闇と害が広がる前に、一刻も早く片を付ける。
「花房!」
 すかさず金魚象る御業の名を呼び、ひさぎは焔を放つ。
「何をそんなに恨んでるか知らないけど、やられるつもりはないんよ」
 ずっとチクチクしていたものが何か、漸く見えた気がする。3歳で生き別れた母を探して4年前まで旅していたのだ――「母の愛」を求める事自体は判らなくもない。ひさぎだって、まだ諦めていない。
(「どうせ、うちはまだ、こどもやもん」)
 針突かれるような感覚は、きっと同族嫌悪に似ている。
 双方、様々に抱えながら、攻防は続く。レーグルのケルベロスチェインが斬撃を払ったのを幸いに、ビーツーも初めて攻撃に転じた。刹那のアイコンタクトにボクスも心得たもので、蹴り込まれたフォーチュンスターの軌道を、噴火の如きブレスが精確になぞる。
「逃げないのはえらいけれど、思っていたより攻撃してくれなかったわね。所詮は、外付けの怒りに流される程度だったのかしら」
 紫々彦の一撃に続き、さらりと毒を吐いた纏は碧壁花と銘した斧を振り抜く――千刺万紅、即ち千の切先をその身に受けて、万の紅咲き乱れ。
「静々と首を差し出すなら、最後の一服位は許してあげてよ?」
 胸ポケットに捻じ込まれた煙草箱に目を留めて、纏は鈍色の双眸をゆるりと瞬かせる。返事は、無い。只、怒りの間隙を突いたナイフの一閃は、纏の過去を抉っていく。
「……フフ、わたしのダーリン、見て、わたしズタボロよ」
 痛みが真珠に変わるように、涙が罪を雪ぐように――ウォーレンの真珠雨が外傷は癒してくれたけれど。胸に牙立てる過去の傷みは、まだ消えぬ。それでも、唇に笑みを刻み、声音に辛辣を滲ませる。
「クソッタレな『motherfucker』に、引導を渡す準備はOK?」
「ああ。リクエスト通り、引導を渡してやるさ。……とびっきり派手にな!」
 日本刀の鯉口を切る。抜刀した刃に輝く光は、ダレンに息づく正義の心の具現化。悪意そのものを討払う。
「正義の鉄槌、受けてみよ! ……なんてね!」
 あくまで軽口を叩き、狙い澄ました軌跡が峻烈に閃く。
「悪いとは思ってないけどな。ウチのハニーがやられた分は返せなきゃァ、男が廃るってモンでね」
 斬り裂かれた胸ポケットから、ひしゃげた箱が乾いた音を立ててアスファルトに落ちた。

「次はゲートとご対面だろうか。実に腕のなる仕事だな」
「折角の七夕。晴天なら何よりだが」
 更に続くだろうドリームイーターとの戦いを想う者、屍隷兵の冥福を祈る者――戦闘終えて、ひと息吐くケルベロス達。
「同じ銘柄、か」
 拾い上げた煙草の箱から、ダレンは徐に1本取り出す。
「ま、手向けの1本ってコトで」
「ねえ、ダレンちゃん、わたしも頂戴」
「何だ。纏チャンもかい?」
「別に自分のを忘れて来た訳じゃあないけど。今は、ね」
 火を分け合い、並んで紫煙を燻らせる。
 ドリームイーターは、事情は何1つ口にせず倒され、消えた。そればかりが理由でもなかろうが。
 慣れた味と香りの筈が、ほんの少し、切なさを含んで――孤独を垣間見た、気がした。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。