七夕防衛戦~私、ひとりぼっちじゃないですカラ

作者:ほむらもやし

●夜
 それハ、ゴシュジンサマにとって、とても重要なモンダイです。
 承知しましタ。ただちニ向かいます。

 黒と金の模様、道化師の服装をした女が地を蹴って、夜空に跳び上がった。
 肩ほどの長さのくせ髪が夜空からの光を浴びて微かなピンク色を反射する。
 その女の名はクユル。
 踊るような軽快さで空中を走っているように見える彼女の背後には煙の如き黒。
 黒い人影がずっと肩に手を掛けている。
 身体が軽い。こんなノはじめてです。コレが幸せという感情?
 ジュエルジグラットまではあと少し。
 あそこに辿りつけば、ゴシュジンサマの願いを果たすことが出来る。

●依頼
 七夕の魔力を利用して動くドリームイーターがいるだろうと網を張っていた、レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)が、7月7日の七夕を間近に控えた今、各地に潜んでいたドリームイターの大きな動きを捉えた。

「ドリームイーターたちが向かっているのは『ジュエルジグラットの手』だ。諸君がこのダンジョンを制覇したことと、分たれた2つの場所を繋げる七夕の魔力の効果で、寓話六塔の鍵で閉ざされたドリームイーターのゲートが開かれようとしている。——つまりドリームイーターの戦力集中の意図はゲートの封鎖維持の為と推測される」
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は緊急の事態を告げると、集結するドリームイーターの撃破を依頼する。
「諸君が担当する敵ドリームイーターは1人。名はクユル。背後に黒い影のようなものがついているけれど、配下のような味方をする戦力は居ない」
 次いでケンジは東京都の地図を開き、昭島市の南側の辺りを指で示す。
「迎撃するのはここ。多摩川の河川敷だ。人払いも不要で見通しも良いから、敵の発見に関しては問題無いだろう」
 なおクユルはジュエルジグラットを目指している。
 戦闘を避けて逃亡する恐れは常時あるから、その動きには充分な注意が必要だろう。
「敵にも色々難しい事情はあるようだけど、まずはこの敵の動きを阻止して次に起こることに備えよう」
 日々の仕事をしてゆくこことは大事だけれども、その仕事の先にあることを考えて行くことは同じくらい大事かも知れない。


参加者
板餅・えにか(萌え群れの頭目・e07179)
帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)
トリューム・ウンニル(碧き天災の運び手・e61351)
 

■リプレイ

●ウェポンズフリー
 多摩川の流れに沿うようにして、どこかもの悲しく見える影が、空を駆け、ジュエルジグラットの手のある方向をめざしている様が一行の目に映った。
 それが移動する、ドリームイーター『クユル』であると誰もが理解した。
「来るぞ」
 現場に到着して間もなく、ヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)の鋭い声が響く。
 ここで止める。
 緊張した空気が漂う中、板餅・えにか(萌え群れの頭目・e07179)は、いち早く肩の高さに如意棒を構え、対面方向から近づいて来る影を目がけて駆け出す。
「3、2、1……とりゃ〜!」
 間合いを目測しながら、如意棒を地に突きつける。
 そして棒高跳びの要領で、かなり無理矢理にも見えたが、兎に角、高く跳び上がった。
「やればできるもんだ! それはそうと、逃がしゃせんぞワレー!」
 次の瞬間、進路を阻む感じでクユルの正面に出たえにかは叫び、続く動きで構え直した如意棒を突き出す。
「アナタ誰? もしかシテ——ぐハッ!」
 押し出される心太の如くに如意棒がクユルの胸にぶち当たる。如意棒の伸びる勢いそのまま後方にクユルの身体を持って行く。当然クユルも踏ん張ろうとするが、そこにヴォルフの術が襲いかかる。
 轟音と共に河原に激突するクユル。
 その反動を利用して再度跳び上がり、態勢を立て直そうとするが、そこで帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)のガトリングガンが火を噴いた。
 炎の魔力を込められた大量の弾丸を浴びて燃え上がるクユル。
「オラオラ! 蜂の巣にしてやらぁ!」
 その背後に見える影がより一層黒くなるように見えた。
 想像もしていなかった地点での待ち伏せ攻撃。
「落っことした手をくっつけるのは果たして七夕なのか?」
 続くえにかの様々に解釈できる問いかけに、自身への攻撃が、此所を通ることを分かっていて、周到に用意されたものだと気がついてクユルは得体の知れない脅威を感じて、先を急ごうと地を踏み込む。
 しかし、跳び上がろうとした方向に、トリューム・ウンニル(碧き天災の運び手・e61351)が光の翼を輝かせながら立ち塞がる。
「早ク早ク、ゴシュジンサマの所へ」
「あっはっはっは……色々図星みたいね。別に逃げてもらっても構わないのよ。アナタのゴシュジンサマの所に案内してもらえるなら、探す手間も省けて一石二鳥かもね!」
 逃げれば相手を利するばかりかゴシュジンサマにも害を与えかねない。トリュームはそんなムードを匂わせつつ、感情に揺さぶりを掛けようとする。
 クユルは表情こそを変えなかったが、一瞬迷うように視線を巡らせてから、動きを止める。
「道化師も余裕が無いのか? よほど追い詰められているとみえる。別に協力してくれなくとも構わん。俺らはゲートを閉ざす扉に風穴開けさせてもらうだけだ」
 鋭く言い放ち、アルトゥーロ・リゲルトーラス(蠍・e00937)はバラ撒くように銃弾を撃ち放つ。
 甲高い射撃音が連続し、硝煙が湯気のように漂った。
「どこだ?」
 瞬きの間に銃口を向けた先に居た筈のクユルの姿が見えなくなっている。
 周りは取り囲んでいたはず。消える筈は無い、アルトゥーロは射撃を止めて、視線を巡らせる。
 足元を這うようにして伸びてきた幾筋もの影が、銃撃の止むタイミングを狙っていたかのように、蛇が鎌首をもたげる格好で立ち上がる。影は抱きつくようにアルトゥーロに巻き付いて、見開いた両瞳から薄気味の悪いイメージを送り込んでくる。
(「しまった」)
 警戒して備えてはいた。それでも視界が歪み、無情にも手足が自分の意思では無く、聞き慣れない女の声に従って動いてしまう様な気がした。
 しかも声に逆らって腕を動かそうとすると、巻き付けられた細い糸を引き絞られるような激痛が走る。
 ——潰せ。白狼の女を潰せ。
 それが前衛に立ち、声をかけ続けているえにかのことだとすぐに分かった。
「地球暮らしは楽しいか!」
 息が詰まらせながら、アルトゥーロは必死に抗う。
「ふははは、にゃんこはいいぞ! このように、にゃんこをもふもふすると心豊かになれるぞ!」
 何故なら、クユルに話しかけ続けている、えにかの背中は隙だらけであったから。
 ——ダメだ。
 思い通りに操られて堪るものかと、アルトゥーロは後ろに倒れ込んで、黒い影を蹴り上げようとする。
 直後、その異変に気がついた、トリュームがボクスドラゴン『ギョルソー』を差し向ける。
 もたらされたに癒術より、アルトゥーロは何とか起き上がる。
 何とか身体を動かせるようになったが、催眠状態を完全には解消できたわけでは無く、吐き気を伴うもうろうとした感覚が続いていた。
(「もうしばらくこっちに来るなよ——」)
 属性インストールによって付与された恩恵が続けば、いずれ催眠からは逃れることができるはずだが、狙い撃ちにされれば、分が悪くなってしまう。
 一方、アルトゥーロの懸念など全く気にせずに、ここまで長い話を続けていたえにかは、ここで、ババーンと赤いケルベロスコートを翻し、話に落ちをつけようと叫んだ。
「おおかみはいいました。——それはね、おまえをたべるためさ!」
 しかし、何も起こらなかった。
 攻撃を外した気まずさから目が点になったような顔をしているえにかをよそに、それが丁度良いチャンスとばかりに翔は砲身に変形させた腕を突き出して、クユルを狙う。
「捉えたぜ……! ……肉片も残さねぇ……跡形もなく消えやがれ!」
 叫びと共に放たれた混沌の光条クユルを捉える。
 目も眩むような強い光に包まれてなお、クユルの背後に立つ影は消えず、それが単なる影ではなく実体のある何かであることがわかる。
「何だと?! 冗談じゃない」
 撃てる限りのエネルギーを使って光線を放ち続けたが、クユルは耐え凌いだ。
 普通の敵なら、ある程度戦いを続けて被弾を重ねれば、動きが鈍くなったり、攻撃に精彩を欠くなどするものだが、この敵のトリッキーな動きは戦い始めた頃とさほど変わらない。ダメージを重ねているのに、的確なタイミングでの回復により、疲れたそぶりを見せない。
「てめぇの命で借りは払ってもらう。覚悟するんだな!」
 この敵は今のところ、ゴシュジンサマに危害が及ぶことを恐れて逃走しないようだが、実際に敵が全力で逃走を開始したときに、自分の力で、逃走を阻めるかはよく分からない。激しい言葉で挑発を続けながらも、翔は胸の奥に漠然とした不安を抱かずにはおられない。
「なんとかなるんじゃないかしらー」
 そういえば、えにかがそんなことを言っていた。
 もし敵に怪しい兆候があっても、ややこしいことは考えずに、逃走を防ぐために攻撃しに行こう。
 戦力が足りない、敵の動きが分からない。
 出来ない理由を考えるよりも、世界を救うために、その機会が目の前にあるのなら全力を尽くすのが、ケルベロスが、ケルベロスとして在るための役目。
 どっちの方角に逃げたがるかだけども——。
 地下には潜らないから、水平方向か、上方向しかあり得ない。
 上に行かれるとちょっと嫌な感じはするけれど、重力に逆らって上に行くにはそれなりにエネルギーを使わなければいけないから、何かしらの無理はあるはず。
 敵が逃走する可能性が低くなったと踏んで、攻勢に舵を切るトリューム。
「ちょっとちょっと、良いところ見せてあげるから、刮目してね!」
 両手を広げると同時、身につけていたオサレアイテムが分解して、機械脚に変形を装着を開始、少年たちが好きそうなサービスシーンが繰り広げられる。
「キャッハー! ステキー! 正義の味方ってサイコー!!」
 ジェット噴射の勢いで空に飛び上がったトリュームは、その頂点で笑い、甲高い声を上げながらさらにオプションパーツも起動、急降下を開始する。
 ずっと話しかけてくる、えにかもだったが、クユルにとっては、こんな無茶苦茶な攻撃を掛けて来るのもトリュームが初めてだった。
 激突、トリュームの強烈な打撃がクユルを直撃した。殴りつけた右腕の感覚が消える刹那、クユルの身体が宙に浮いて、凄まじい勢いで頭から地面に激突した。
「あいたたた! やっぱり取扱説明書は読み込まないとダメね」
 殴りつけた右腕が利かない感じだったが、電気が流れるような激痛がじりじりと強くなって来るのを感じた。
「私ハ、このまま死んしまっテ、構わない。アナタがたモ、たどりつけナイ——」
 一方のクユルの方も立ち上がった。
 直後、背中についていたネジ巻きが脱落して、鈍い音を立てて地面を跳ねた。
「だから、サヨナラのまえ二」
 クユルは遠く空の先にあるものを眺めた。
 消えないダメージの蓄積が限界に達しつつある現状はかなり分が悪い。
 一か八かの運に掛けて逃亡を図るか、それとも戦いの間に湧き上がった疑問を——敵であるケルベロスに問いかけてみるか。
 刹那の逡巡、それを逃走の兆候と解釈したヴォルフは鋭く軸足を踏み込み、脚を振り上げる。そして足元に現れた星型のオーラ蹴り込む。
 星形のオーラは両者の間を流星の如くに飛び行き、次の瞬間、クユルの身体にめり込んで爆ぜた。
 薄い金属の板が連続して破断するような音と衝撃が伝わってくる。
 ヴォルフは斃れ行く敵への興味から壊れて行くクユルの身体を見つめる。
 破けてボロボロになった金と黒の市松文様の服の間から、部品にも見えるモザイクを散らしながらも、クユルはそのダメージを感じさせない軽快なステップを踏む。
「ぞんな身体になってまで踊ろうなんて、てーしたやつです」
「だけど——てめえが、そこまでしても思いを寄せる、ゴシュジンサマとは何者なんだよ?」
 感心するようなえにかの声に続けて、問いかける翔のガトリングガンが唸りを上げる。
 赤熱した無数の弾丸が、次々とクユルの身体を貫き、或いは破砕して行く。
 十秒を待たずして、腹部を大きく抉り飛ばされたクユルの身体は多量のモザイクを散らしながら折れる様にして倒れ伏した。
 直後、残り火から昇る煙のように舞い上がり消えて行くモザイクは、死してなおゴシュジンサマの救援に向かおうと望んでいるようにも見えた。

 戦いが終わり、翔は射撃により熱を帯びたガトリングガンを降ろすと、気が抜けたように腰を下ろした。
「ここは良い場所だな。どんな戦いの跡も、雨が降れば水がきれいに流し去ってくれる」
 離れた場所から攻撃を放つばかりでは、素手で殴り殺したり、刃物で斬り殺すような、至近距離で命を奪い合う感覚とは違うと感じていた。
「まったくだね。綺麗に終わりすぎる」
 失伝者への末裔への仕打ちを考えれば、寓話六塔に抱く感情が収まることは無いが、そうであったとしても敵の作戦の一端を阻めたことは、翔の胸の内を穏やかな気持ちにさせていた。
「死んじゃったら、どこにゆくのかなー? 最期まで、地球を愛している。って、言ってくれなかったし」
 空を見上げて呟いた、えにかが地上に視線を戻すと、アルトゥーロの肩に手を掛けようとする、トリュームの怪しい動きが見えて慌てて声を上げる。
「危ない!」
「何ごとなのっ?!」
「後ろから肩に手を乗せられたら、振り向きざまにぶん殴るのが地球の礼儀です。覚悟があってのことかしらねー?」
 跳び上がるほど驚くトリュームに、えにかが、てきとーに語り出す。
 そんな2人の様子をぽかんと眺めていた、アルトゥーロは空を仰ぐ。
 なんにせよ、無事に終わって良かった。
 そして、間近に迫ってるであろう大きな戦いを思い、皆の無事を祈った。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月7日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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