七色果実と夏の洋菓子

作者:坂本ピエロギ

 都会を離れた郊外の片隅に、一軒の洋菓子店がある。
 雨上がりの匂いと共に紫陽花が花開き始める時期、店ではひとつの催しが開かれる。
 桃、メロン、チェリー、ラズベリー。そしてパイナップルやマンゴー……季節の果物を用いた宝石のような菓子が、一斉にお目見えするのだ。
 風味が凝縮されたメロンやラズベリーには精緻なナパージュが施され、クリスタルガラスのような清澄な輝きを帯びて、フォークがくる時を静かに待っている。
 上下に分かれたシュー生地の中、クリームに挟まれ鎮座する桃やパイナップルは、潤んだ瞳のような光を湛えて、見る者の目を誘惑する。
 チョコレートケーキに載った大粒のチェリーは、洋酒の香りを帯びた渋い光沢で、客の心を魅了してやまない。
 食べた者に一時の幸福を約束する七色果実の洋菓子。
 色豊かな七色果実と夏の洋菓子を楽しむ一時は、しかし突如として現れたエインヘリアルによって終わりを告げる。
「なんだこの店はよぉ……甘い匂いをプンプンさせやがってよぉ……」
 星辰を宿した剣を担いだ、筋肉質の大男である。
 乱入者に驚いた客を一刀で切り捨てた男は、剣に込めた凍結オーラを解き放つと、
「凍れ、凍っちまえ! 甘い物なんざ全部消し去ってやるぜ!!」
 店の人々も美しいケーキも、全てを凍らせ粉々に粉砕していった。

「……という事件が予知されたっす」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は、早朝のヘリポートに集まったケルベロスを見回し、説明を開始した。
 今回事件が発生するのは、都市から少し離れた郊外。
 そこの路上にエインヘリアルが出現し、偶然見つけた洋菓子店を襲うというのだ。
「エインヘリアルの名前は『ソルティ』。ゾディアックソードを装備した大男で、甘い菓子を見ると怒り狂ってバーサーカーモードに入るっつー、とっても迷惑な敵っす」
「そりゃ大変だぜっ。急いでエインヘリアルの野郎をぶっ壊さねえと!」
 甘いモンと聞いたら、黙ってられねえなっ――。
 夏の太陽にも負けない陽気な笑顔を浮かべる尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)に頷いて、ダンテは説明を続ける。
「ソルティはとにかく甘い食べ物が嫌いなヤツっすから、実際にお菓子を持って行ったり、『何だか無性にプリンが食べたいっすー!』みたいにお菓子の話題を出したら、ラクに狙いを惹けるっす。……プリンは例えっすからね?」
 ちょっぴり恥ずかしそうな顔をして、ダンテは話を続ける。
 ソルティは使い捨てで送り込まれた駒のため、不利になっても撤退を行う事はない。現場の道路は幅が広く、立ち回りに支障はなし。現場から洋菓子店まではある程度の距離があるため、戦闘で被害を受ける心配もない。
 ちなみに市民の避難は警察に任せられるため、ケルベロス側はソルティ出現と同時に戦闘に入る事が出来るとダンテは付け加えた。
「ところでダンテ。その店ってのは、どんな甘いもんを売ってるんだ?」
「洋菓子……ケーキとかシュークリームとかっすね。ちょうど今、季節のフルーツをテーマにした菓子をやってるみたいっす。戦いが終わったら寄ってみてもいいかもしれないっす。勿論、フルーツなしの洋菓子も注文できるっすよ!」
「へへっ、そりゃ楽しみだなっ。絶対に負けられねえ!」
「エインヘリアルをブッ飛ばして、お菓子も楽しんで来て下さいっすね。よろしくっす!」
 こうしてダンテは説明を終え、ヘリオンの操縦席へと駆け出した。


参加者
メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)
ピジョン・ブラッド(陽炎・e02542)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
 

■リプレイ

●一
 6月下旬、晴天。
 都会を離れた郊外の片隅、静まり返った無人の路上にて。
「~♪」
 尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)は、ご機嫌な笑顔で鼻歌を口ずさんでいた。
 彼の目が向かう先は、真っ青な空に浮かぶ雲。
 泡立てたメレンゲのように白い雲を見上げ、洋菓子をあれこれ想像していたのだ。
「ケーキっ、シュークリームっ、桃タルトっ~♪」
「~♪ ~♪」
 そこへ横から、ジェミ・ニア(星喰・e23256)がハミングで加わる。
 ポケットに突っ込んだ両手を、サッと出すジェミ。
「~♪ じゃーん!」
 彼が掲げるのは『Starlight Crystals』、鉱石ケースに並ぶ琥珀糖だ。
 赤、青、緑、白――カラフルで涼を誘うスイーツに、広喜と仲間の視線が釘付けになる。
「おっ、美味そうだなジェミ!」
「そ、それは……っ! 見た目は澄んで涼しげに、噛めば表面シャリっと中プルリ、夏日を癒やす魔法の欠片!?」
 やや大げさに驚いたアクションを取りつつ、しっかり丁寧にお菓子の説明を行ったのは、メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)だ。
 ジェミはそんなメリーナにこくりと頷いて、
「ふふっ、うちの商品持ってきちゃった。おひとつどうぞ」
「ありがとうです、ジェミく~ん♪」
「サンキューだぜっ、ジェミ!」
 メリーナと広喜に甘い宝石を手渡すと、ジェミは他の仲間がいる方を振り返る。
「はい、ピジョンさんとエトヴァも良かったらどうぞ! 美味しいよ!」
「へー、琥珀糖かぁ。綺麗だね」
「でハお言葉に甘えテ……いただきマス」
 ピジョン・ブラッド(陽炎・e02542)とエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)が、受け取った琥珀糖の輝きをじっくりと眺めた。
「透き通った色硝子みたいだ。遊び心のあるお菓子だね、美味しそうだ」
「ありがとう! 『お客さん』が来たら、皆で食べてみようね!」
「ああ待ち遠しいぜっ。早く来ねえかな!」
 ピジョンへにこやかに微笑むジェミ、そして『その時』を待ち遠しそうに笑う広喜達を、君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)は少し離れた場所から見守っていた。
「……ふふっ」
「どうした、気になるのか?」
 玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)の声に振り返り、眸はゆっくりとかぶりを振る。
「広喜や皆が楽しそウだったので、つい……な。そウいう陣内は?」
「俺か? ……いや、まるで気にならんさ」
 眸は微笑みを浮かべたまま、陣内のウイングキャット『猫』を見た。
 猫の視線は、紫煙を吐いて空を眺める主人とはまるで別の方――ジェミ達の方へと向いている。綺麗に光る『何か』を話題に盛り上がる仲間達に興味をそそられているようだ。
 もっとも彼らが談笑しているのは遊びではない。これから始まる仕事の為なのだ。
「もうじき、時間になルな」
「ああ」
 短く答えると同時、陣内の尻尾がピンと張りつめた。
 次いで、真っ白な雲を浮かべる青空が、魔空回廊の力でぐにゃりと歪む。
「来たよウだ」
 路上の中央を取り囲むように布陣する眸達。
 その輪の中心めがけ、剣を抱えたエインヘリアルが回廊から吐き出される。
「ここが地球か。面白え、片っ端からグラビティ・チェインを――」
 鎧を着たエインヘリアル『ソルティ』が、獲物を物色せんと剣を握りしめた、その時。
「……ン、美味しイ琥珀糖ですネ」
「でしょー!? すっごく甘くて美味しいよね、すっごく甘くて!」
「ええ。甘いものは疲れにも効きますし、人を幸福な気分にしますネ」
 ぴたり。
 エトヴァとジェミの会話に、歩き出そうとしたソルティが足を止めた。
「ふふっ♪ 甘ぁい魔法がたーくさんですねっ♪」
「いいよね、こういうお菓子。見た目も綺麗で、食べるのがちょっと勿体ないよ」
 ぎりり。
 歯ぎしりの音が、メリーナとピジョンの耳にはっきりと届く。
「おっしゃ、早いとこ終わらせて皆で甘いもん食べにいこうぜーっ!!」
「ふざけるなケルベロスども死ねえええええええ!!」
 怒りの咆哮をあげ、剣を構えて広喜へと襲い掛かるソルティ。それを見たケルベロスは、待ってましたとばかり陣形を組んで応戦を開始した。

●二
「許さん! 甘い物好きな奴は皆死ね!!」
「させるかよっ!」
 超重力を込めた斬撃を避けた広喜は、バトルブーツで路上を滑走、ソルティの膝めがけて蹴りを浴びせた。バランスを崩すソルティ。そこへエトヴァのブレイクルーンを受けた陣内が、更なる流星蹴りを叩き込む。
「ジェミ、メリーナ、エトヴァ……頼んだ」
「まっかせてー! ガンガン行きます!」
 ピジョンは左手に現れた薔薇の幻を握りつぶし、フルーティーな香りを振りまいた。モモを思わせる甘い香りに包まれたジェミが、茨のバトルオーラに雷の霊力を込めた球を全力でソルティへ投げつける。
「これでもくらえー!」
「ちっ、煩い奴め!」
 ゾディアックソードで直撃を避けながらも、ソルティはジェミの攻撃を受け鎧をあちこち剥ぎ取られていく。狙いを定め、すかさずソルティの間合いへ飛び込むメリーナ。
「遠慮はいらなイ、速攻で排除しよウ」
「了解でーす♪ 容赦しないのですよ!」
 眸の手中で継ぎ目のないプリズムがスライドしながら踊り、溢れた水が蝶の形になって、煌めきながらメリーナへ飛んでいく。
 瞬時に極限まで研ぎ澄まされる第六感。二振りの惨殺ナイフ『#22』と『#78』を手に、メリーナは殺陣のような舞いでソルティを切り刻む。
「この……そう簡単に倒れるか!」
 眸のビハインド『キリノ』の飛ばす小石に足を止められ、更に鎧を剥がれたところへ乱舞を浴びたソルティが守護星座を描こうとした時、前衛の3人が次々に挑発を仕掛ける。
「このスイーツ、素晴らしいですネ。あなたもお一ついかが? 遠慮なさらずどうぞ」
「ぐぬっ」
 きらめく琥珀糖を太陽にかざす様にして、ソルティに見せるエトヴァが。
「甘いものが嫌いなんて、人生を損してるよ! ぷるぷるのプリンも甘酸っぱいタルトも、濃厚なザッハトルテも知らないなんて!」
「ぐぎぎっ」
 聞いただけでお腹が空きそうな洋菓子の名前を次々に挙げるジェミが。
「嗚呼……ジェミの言うお菓子、どれも甘くて美味しそうデス」
「でしょー! プリンは甘~いカラメルをかけたのを上からスプーンで掬って、ひと思いにぱくりって頬張ったりとか!」
 そんなエトヴァとジェミの会話に加わるメリーナが。
「タルトも素敵ですよね~♪ 新鮮な果物を使ったやつも、じっくり火を入れてトロトロに甘みが凝縮したやつも、みんな最高だと思います~♪」
「ザッハトルテも良いですネ。カカオの風味が織り成す甘味とほろ苦さのグラデーションにアプリコットの風味が加わって……想像しただけで素敵デス」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ貴様らあああああああああああああ!!」
 ソルティはショートケーキのイチゴのように顔を真赤に染めて、回復を放り出して星座のオーラを3人へ浴びせてきた。
 挑発は効果覿面に表れ、戦闘はケルベロス優勢のままに進んでいく。

●三
「……思ったより、早く片付くかもしれなイな」
「ああ。無粋な輩には、さっさとご退場願おうか」
 メリーナを庇ったジェミに気力溜めを浴びせる眸の横で、陣内は己が内に燻る情熱を静かに燃やし始める。
「さあ、もう一息頑張りまショウ」
 生きることの罪を肯定する歌をエトヴァが紡いだ。歌の力で氷を溶かしていくジェミが、影から精製した無数の矢を引き絞り、ソルティめがけて一斉に放つ。
「餮べてしまいます、よ?」
 『Devour』の矢は変幻自在の軌跡を描き、前から後ろから標的に食らいつく。
 生命力を吸い取られ全身が真っ黒なハリネズミと化すのも構わず、ゾディアックソードを構えるソルティ。鎧の隙間に覗く正中線めがけ、ピジョンはゲシュタルトグレイブを超高速で突き出した。
「甘い物が嫌いだからって、消すのは許さないぞ!」
「ぐおおおおおお!!」
 ピジョンの言葉が届いているのか、いないのか。神経回路を貫く電撃に雄たけびを上げたソルティは、超重力を込めた剣を振り被る。狙いはジェミのようだ。
 そこへ広喜が、にこやかな笑みで更なる挑発を放つ。
「なあエインヘリアル、桃の缶詰は知ってるか? すげえ甘くて美味えんだぜ、ヨーグルトつけるともっと美味え」
 楽し気な声とは裏腹に、広喜の眼には強い決意と明確な排除の意思が宿っていた。
「俺、缶詰じゃねえ桃はよく知らねえ。綺麗に切ったやつがケーキに乗ってたり、丁度いい塊がゴロッと生クリームの間に挟まってたら、すげえ甘くて美味えんだろうなあ……」
「ぬううおおおおおお! 凍れ、菓子なんぞ全部凍っちまえ!!」
「甘いもんってさ、食べると皆が笑ってくれるんだ。だからよ――」
 そう言って広喜は、武骨な拳に真っ青な炎を宿す。
「てめえには壊させねえ。くたばれ」
 『抉リ詠』の拳がソルティの脇腹を抉った。絶叫と共に振り下ろされる星辰の剣を広喜は難なく避ける。
 がら空きになるソルティの背。陣内が『ひーぐるま』を発動したのは、その時だった。
「頃合いか。フランベで仕上げようぜ」
 ジェミ達に清浄なる風を送っていた猫の尾に手を伸ばし、陣内は燃え盛る向日葵へと変じた花輪から一輪を取る。その花を首筋に挿されたソルティは、たちまち火柱となって燃え上がった。
「ぐあああああ! あ、熱い、熱――」
 広喜の青と、陣内の赤。
 二色の炎に覆われたソルティを、メリーナが幾千の陰で包み込む。
「聖なるかな――聖なるかな、聖なるかな。私は世界に《神》の面影を見ます」
 影絵芝居『イデアの似姿』・第二幕と題された演目は、メリーナのグラビティが生む影絵が演じる狂気の芝居だ。
『……こんなの食べて、大人達が知ったら大目玉ですよ?』
『そ、だから絶対に秘密よ♪』
『あー! 君のヤツの方が大きいー!?』
 どこからか聞こえる声に合わせて踊る、小さな子供の影絵達。
 短いお芝居の閉幕と共にソルティの魂は刈り取られ、真っ白な灰となって消え去った。
「広喜、皆、お疲れ様。……さて、直してしまおウか」
 再び平和を取り戻した郊外で、眸らケルベロスは修復を開始する。
 甘くて美味しい洋菓子店も、もうすぐ営業再開だ。

●四
 ケーキ、タルト、パイ、マドレーヌ……。
 洋菓子店の色美しい菓子が、ケルベロス達のテーブルに並んでいた。
「うわあ……フルーツがキラキラ光って綺麗です……!」
 ジェミと一緒に子供のように目を輝かせる広喜が、注文したケーキを指さした。
「眸っ。この桃、でっけえ宝石みたいだぜっ。すっげえ美味そうだっ!」
「そウだな。折角だ、ワタシのケーキとシェアしよウか、広喜」
 こうしてケルベロスのささやかな一時が幕を開けた。丁寧に当分したケーキをシェアし、桃のケーキを頬張る広喜。その素晴らしい味わいにフォークの手がつい止まる。
「――!」
 大ぶりに切られた桃の果肉は、生クリームの甘さとの相性が実によい。人によってはやや濃くなりがちな甘味を、スポンジが丁度良い塩梅に受け止めてくれる。
「美味え。初めての味覚データだっ」
「正しく三位一体といウ言葉が合ウな。素材同士が調和し、新しい味が生まれていル」
 眸が注文したのはメロンのケーキだ。エメラルド色に輝く果肉は口の中で優しく溶けて、爽やかな風味と余韻を舌に残す。戦闘中に広喜や皆の話を聞いていたせいか、美味しさも一入だ。
「眸さん、お口直しにコーヒーはいかがですか~?」
「ありがとウ、メリーナ。一杯いただこウかな」
 挽いた豆の香りを楽しみながら、眸はメリーナの皿へと目をやった。彼女が注文したのはパイ菓子だ。コーヒーとの相性が抜群なのだという。
「パイ生地とクラッシュナッツの重なり合う層が、とっても素敵に多重奏~♪」
 特製の熱いシロップをたっぷりかければ、異国の香りが立ち上る。味わわずとも分かる、舌が痺れるほどの激甘の芳香だ。
「で~は……ん~! あまぁ~いっ、ですぅー!」
 紙のように薄いフィロ生地を重ねた食感とナッツの風味がシロップの甘味に彩を添える。メリーナにとって故郷に伝わるパイ菓子の思い出は深い。
 この名に残した、その程度には――とは本人の弁である。
「ね、一口いかがですか♪」
「わあ嬉しいです。僕のも是非どうぞ!」
 ジェミがパイと交換で差し出したのは、ラズベリーのタルトだ。
 生地の上には真っ赤なベリーがどっさりと、零れ落ちそうな程に乗っている。丁寧につやを出した新鮮なベリーは酸味と甘みが凝縮され、そこに生地の歯応えとクリームの香りが重なって、無二の味わいを演出する。
「美味しいね、エトヴァ」
「……ン、甘酸っぱさが癖になりますネ」
 エトヴァが頼んだのは、季節のフルーツ沢山のタルトだ。緑に赤に黄色にと、色鮮やかなフルーツをこれでもかと詰込んだタルトは、甘味と酸味、そして風味が完璧なる調和を保ち、食べる者の舌を楽しませる。一口食べれば、もう笑顔がこぼれそうだ。
 いっぽう陣内はスケッチブックにペンを走らせるのに忙しい。
 洋菓子店の中は、素敵なモチーフで一杯だ。ショーケースに並んだ芸術のような菓子に、ガラスの瓶に詰まったカラフルなコンフィズリー。甘い香り漂う洋菓子に舌鼓を打って談笑する仲間達の顔――。
「……? なんだおい、もう食べたのか」
 温かいコーヒーをお供に描いたスケッチを猫がちらりと覗き見る。皿にあったチェリーのケーキは綺麗に消えていた。どうやら随分気に入ったようだ。
「いやー、こうやって皆のお菓子を眺めるのもいいね!」
 向かいの席では、ピジョンが仲間達の菓子を目で味わうように見ながら、アプリコットのタルトを口へと運んでいた。最初に来るのはクリームの控えめな甘味。その次に、半切りのアプリコットの濃い甘味が鮮烈な香りと共にやって来る。
 これは、お土産を少し多めに買って帰ろうか、ふとピジョンはそんな事を考える。恋人や友人と一緒に菓子を楽しむひと時も、また楽しそうだ――。
 どうやらエトヴァ達も同じ事を考えていたらしく、
「マナ、ヒロキ。お土産は何を?」
「ワタシはシュークリームを。探偵の友人には洋酒漬けチェリーのケーキを考えていル」
「俺はダンテにプリン買ってくぜっ!」
 エトヴァはマドレーヌを、ジェミはマカロンを買うことに決めたようだ。陣内はお土産で盛り上がる仲間の話を聞いて、一人の少女の顔を思い浮かべる。
(「せっかくだ。俺も何か買って行こうかな」)
 嬉しそうに耳を揺らす少女を脳裏に描き、黒い尻尾を元気に揺らす陣内。
 眸は綺麗になった皿にフォークを置いて、広喜に微笑む。
「今日はありがとウ、広喜。贅沢が出来タ」
「へへ、俺こそ! 皆で食べる甘いもんって、やっぱいいなっ」
 甘美なひと時をしめくくるのは、広喜のとびきりの笑顔だ。
 ケルベロス達の憩いの時間は、こうしてゆっくり過ぎていった。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年6月30日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。