星降る夜の鑑賞会

作者:四季乃

●Accident
「うしかい座流星群、見れると良いのだけれど」
 ぽちぽちとボタンを操作していた”手”が止まる。
 ここは人里離れた標高五百メートルのカルスト台地。夜も更けった刻限に若い女の言葉が聞こえるはずがない。そろりと岩陰から”顔”を出すと、ランタンで辺りを照らしながら若い数名の男女がこちらに向かって歩いて来るのが”見えた”。
「この時期に流星群が見れるのって、珍しいですよね」
「そうなのよ。梅雨入りがずれ込んだおかげで何とか観測できそうね」
「星空観賞会なんて浪漫だなぁ!」
 鑑賞会。
 そうと聞いて”目”の色が変わったのは、本来の大きさよりも数倍巨大化したプロジェクタであった。家庭用プロジェクタと思しき白い機体は随分古いタイプのもので、恐らく二十年以上前のものと思われる。
 そのプロジェクタは、流星群を見に来た天文部員たちを見つけると、彼女等が寝転ぶために広げたビニールシートを目にして、小さく飛び上がった。スクリーンだと勘違いしてしまったのだ。
「あんまりジメジメしてなくて良かったなぁ」
「ほんとほんと。一応あったかい飲み物も持ってきたから、各自好きなの選んでねー」
「あ、わたしはお菓子もってきましたよ!」
 飲み物にお菓子。
 まさに映画を観るための準備! ならば投影するべきは自分しかいない! そうに決まってる!
 プロジェクタは居ても経っても居られなくて岩陰から飛び出すと、数人がかりで広げるビニールシートによく分からない配給会社のロゴを映しだす。
「ケイタイ・ハ・ミチャダメヨー!」
「ギャーー! 何か出たーー!」
 スプラッターよろしく叫ぶ部員たちの悲鳴にうっとりしながら、プロジェクタは謎の機械がラジオ体操をする映像を映し始めるのだった。

●Caution
「綺麗なカルスト台地なんですけど、どうも不法投棄が多いようなんですよねぇ……」
 頬に手を添えながらセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、溜め息を零した。麓からは車で登るしか移動手段がなく、特に施設のような物もないので、夜間になればかなり人目に付きにくいのだそうだ。
「残念ながらその不法投棄されていたプロジェクタが、ダモクレスになってしまったみたいなんです。今回皆さんには、その対処をしてほしくて」
 そう言って、ふさりとした耳を僅かに伏せたのはカロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)であった。腕にはミミックのフォーマルハウトが抱き上げられており、鳥のような脚をプラプラさせている。
「もしダモクレスを放置すれば、いずれ麓に降りて他の人々にも襲い掛かるでしょう」
「しかも何と、この日はうしかい座流星群が見れるかもしれないそうなんです。不運にも鉢合わせしてしまった天文部の皆さんが被害に遭わないように、そしてプロジェクタが人を襲う前に――」
 どうか撃破してくれないだろうか。

 ダモクレス化したプロジェクタは改造されており、白いボディから蜘蛛のような奇妙な脚が生えているのだそうだ。正面レンズからは、小型ダモクレスと思しき機械のようなものが投影されるらしい。
「スクリーンがないときちんと映し出せないので、恐らくほとんど見えないとは思うのですが……」
 どうもレンズからは強く白光する光線が放たれたり、物体を焼き切る熱線が放たれたりとするらしい。攻撃の直前、レンズが白や赤など色を変えるので、恐らく予測することは可能だと思われる。他にも幻影を映し出したりといった攻撃を仕掛けてくる。
「現場のカルスト台地はなだらかで、高さ一メートルほどの岩などが適所にある程度です。戦いの妨げになるものではありませんが、灯りは持ち込んだ方が良さそうですね」
 プロジェクタダモクレスはグラビティ・チェインが枯渇している影響もあって、そう大した脅威ではない。どうも一般的な家庭に取り付けられていたためか”皆で揃って何かを観る”といった言動に反応を示したり、スクリーンになるようなものを見れば、そちらに投影してしまうなどといった、全盛期のプロジェクタの残留意思が反映されているようだ。
「何かのヒントになればいいのですが……」
 カロンは一度口を噤んだあと、まだ見ぬプロジェクタに少し思いを馳せるように睫毛を伏せた。
「いえ、とにかく。このダモクレスが天文部の人たちや麓の皆さんを襲ってしまう前に、どうか倒してもらえないでしょうか」
「どうかよろしくお願いいたします。そして皆さんも興味がおありでしたら、流星群を待ってみてはどうですか?」
 セリカの提案にパッと表情を明るくさせたカロンは大きく頷いた。
「それは良いですね! 梅雨も少しお休みしているようですし、きっと素敵な夜になると思います」
 ケルベロスたちは空を仰ぐと、ちらちらと瞬く星を眩しそうに見つめて、それから頷き合った。


参加者
野々口・晩(ノワールレオ・e29721)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
エトワール・ネフリティス(夜空の隣星・e62953)
 

■リプレイ


「ケイタイ・ハ・ミチャダメヨー!」
「ギャーー! 何か出たーー!」
 白いボディから蠢く脚は、まるで蜘蛛の如き奇妙さで、多足類が苦手な男子部員は今まさに広げんとしていたビニールシートを握り締めたままカチンと硬直。部長たちは即回れ右! をして撤退を試みるも、憐れビニールシート君の脚が竦んでしまっていることに気が付き、たたらを踏む。
「ええい、この根性なしめッ!」
 スパーンと尻を引っ叩いた女部長が喝を入れるも、あの奇妙な巨大プロジェクタは何やら投影を始めている。今は敵意を感じられないものの、いつどんな動きを見せるか分からない。
 つまり、完全に逃げるタイミングを失ったのだ。
 さぁこれからどうする、と身を寄せ合って団子状に固まる天文部員たち。このままあの訳の分からない巨大プロジェクタに餅の如く潰されてしまうのかしら。
 誰もが思った、その時だった。
 ビュオッと強い風が吹き荒れる。まるで大気を撹拌するような強い風のうねりに瞼を伏せれば、バラバラバラと覚えのある音が鼓膜を震わせた。ヘリの音だ。
「星見の場所が不法投棄の温床というのも中々にロマンの無い話ですね」
 数秒の後、聞こえた言葉は女のものだった。
 強風に煽られる銀髪を片手で抑えながら、マリオン・オウィディウス(響拳・e15881)は天文部員を一瞥したのち、件のダモクレスを前にして小さく肩を竦めたようだった。
「その辺りの対策はまあ、追々然るべき人間に依頼するとして……まずは我々のやる事を済ませてしまわないといけませんね」
 そう言って、マリオンは傍らに着地したグレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)を含む己の周囲に小型治療無人機を放つと同時に、持参したレジャーシートをおもむろに広げてみせたのだ。
「こいつなら皆で鑑賞するスクリーンにも丁度良いな」
 グレインの口から出てきた「鑑賞」というワードに、ダモクレス・プロジェクタは、目のようなレンズをピカッと光らせて、男子部員から”視線”を逸らした。
「リクエストをひとつ。パリの女は映りますか?」
「リクエスト・イタダキマシター!」
 居酒屋のコールみたいな発言は、不思議と場の空気を弛ませた。グレインは口元にやさしげな笑みを刷いて、背後を振り返る。
「ここは俺達に任せとけ」
 言葉を待つ間もなく、マリオンの仕草によってあっちへこっちへふらりと誘導されるダモクレスに向かい、彼は駆け出していった。
「さあて、ここから皆で仲良く鑑賞会、と行こうぜ。まあ鑑賞会というには多少荒っぽいけどな」
 勇むその背中があっという間に敵の懐に飛び込んでいくのを見て「アッ」と声を上げた天文部員たちであったが、眼前に割って入るように姿を現した野々口・晩(ノワールレオ・e29721)、カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)、エトワール・ネフリティス(夜空の隣星・e62953)の三人に押し止められれば、漸う状況を理解するというもの。
「危ないから、なにも持たずに逃げてくださいね」
 持ち込んだ照明器具を点灯しながら避難を促す晩の横では、浮遊するボクスドラゴンのブライニクルが、ダモクレスに旋刃脚を見舞うグレインへと属性インストールを注入しているところだった。
「さぁ今の内に、あちらの方へ逃げてください」とカロンが背に掌を当てて促すと「だいじょうぶだからね」と、エトワールがやさしく頷いてくれる。大丈夫。その言葉の心強さに、部員たちの唇から、思わずと言った風に安堵の吐息が漏れ落ちた。
「あっ、そのビニールシートは貸して頂けますか?」
 壊れたロボットみたいな足取りで身体を反転させた男子部員から、そっとシートを引き抜いたカロンは「必ずお返し致しますので」と今度こそ彼女たちを送り出す。
 戦場とは反対方向へと逃げていく天文部員たちの姿が小さくなっていくのを見届けたエトワールは、持参した照明を手早く置いて周囲を照らすと「ようし」と両手に握り締めたドラゴニックハンマーを砲撃形態へと変じてゆく。
「役目を終えた機械には終わりを。きっとキミもそう望んでないってボクは信じてるから」
 銃口へと集束する光。
 星空を眩ませるような強い輝きを放つ竜砲弾を撃ち込めば、ダモクレスは蜘蛛脚をピャッと開いて飛び上がった。己に迫り来る白光に、しかし対抗するべくレンズが光る。その色は赤だ。
 すぐさま上空へ飛び上がったウイングキャットのルーナは、美しき両翼を広げると前衛を担うグレインとマリオンたちに向けて清浄なる羽ばたきを起こした。それは物体を焼き切る熱線に穿たれたマリオンの傷口を瞬く間に塞いでいく。
 その隙を補うように、ぴょーんと高く飛び跳ねたミミックのフォーマルハウトは、星屑を閉じ込めたような”口”を大きく開けて、プロジェクタの”頭”にかぶりついた。がぶがぶがぶ、と丸かじりされているプロジェクタは脚をバタつかせると、ブンブン頭を振って振り落とす。ころん、と地面に転げたフォーマルハウトは、しかし気にした風もなく、すぐに起き上がり、エクトプラズムで作りだした武器をブォンとスイングしてみせ、やる気満々だ。するとその拍子に、蓋の開いた奥から、きらきらと光を零す眩さがちらりと見えた。プロジェクタの身体が右へ左へステップを踏む。
 もしかして、と思う。
「プロジェクタ自身も星が好きで……本心では誰も傷付けるつもりなどなかったのではないでしょうか……」
 それはあくまで、カロンの憶測でしかない。
 けれどヒラヒラとシートを振って見せるマリオンに、なぜかダモクレス風の機械が登場人物を演じるムービーを投影したり、グレインからそれなりに手痛い攻撃を受けても激昂する素振りが見られないのは、ひとえにプロジェクタの想いがそれほど強く反映されているからではないかと思うのだ。
「カルスト台地ってめっちゃ綺麗なとこじゃないですかっ! こんなとこで不法投棄だなんてどういう神経ですか!」
 晩が憤慨するのも無理はない。遠くまで連なるなだらかな大地は、きっと昼間に訪れればどこまでも緑が続く美しい大自然を見渡すことが出来ただろう。地表に見える石灰岩は背の高い物も多く、死角になるためにそれを利用するものが少なからず存在してしまうことに、やりきれなさが募る。
「人手を渡る中でこんな所に来ちまったが、そういう記憶が残ってるって事はそれなりに大事にされてきたんだろうな」
 どういういきさつでプロジェクタが捨てられたのかは分からないが、ちいさな悪事がダモクレスという不幸を招いてしまった事実を、片さなければならない。
「それなら尚更、こんな事で誰か傷つけちまう前に終わらせないとな」
 グレインの言葉に大きく頷いた晩は、パッと天に向かって両手を広げる。喚び出されたのは、国産100%の薄荷入り熱湯バケツ。お湯は初めは熱いが気化熱と薄荷成分でどんどん冷めていくものだ。結果、身を切る氷水並に体感することになるとは知らずに、ダモクレスは「ワオ!」と驚きに飛び跳ねた。
「アイヤー! ミズハ・ダメヨー!」
 ざっぶーんと頭から神秘の薄荷湯を被ることになってしまったダモクレスは、ビタンビタンとのた打ち回って転げまわる。
「機械でも冷たいってわかります? 逆にモーターが冷えていいのかしら??」
 言葉に反応したのか、ダモクレスはシュババッと起き上がるなり振り向きざまとぼけた顔する晩へと白光線を撃ち出した。
「熱ッ!」
 脚をクロスさせたポーズからの攻撃にちいさく飛び上がった晩は「やったなー」星空を閉じ込めたような瞳を細めて、刀を抜く。その脇腹に焦げた跡を見つけ、カロンは具現化した光の盾を彼に付与すると同時に傷を癒しながら、万全の状態で臨めるよう注意深く仲間の疲弊・状態を観察する。
「ほら、スクリーンはあっちだぞ」
 グレインが螺旋掌で本体を叩くと、強制的に方向転換されたダモクレスがマリオンの方を向く。しかしレンズに飛び込んできたのは稲妻を帯びた超高速のゲシュタルトグレイブではないか。
「ピエエ!」
 咄嗟に白光線を放ち、撃ち出すことでマリオンを正面から迎え撃つダモクレス。
 しかし。
「私はその程度で止められませんよ」
 皮膚を灼く光線を肩口に浴びても、冷静沈着な姿勢が崩れることはなかった。
 穂先が真っ直ぐ、ダモクレスの機体を穿つ。衝撃でピンと脚が広がり、びくびくとした痙攣を見せたものの、まだ起き上がるだけの余裕はあるようだ。エトワールは自身のガジェットを拳銃形態に変形、レンズに蠢く黒い靄を見て攻撃が変化したことにいち早く気が付くと、
「させません!」
 その一手が忍ぶ前に魔導石化弾を撃ち出した。
 少し高い位置から戦況を見ていたルーナは、それでも前衛目掛けて放たれた黒幻影の中を掻い潜っていき、更に下降する勢いに加速を付けてキャットリングで機体を打つ。小気味良い音が、場に響き渡る。
 ブライニクルはちらと彼女たちの方を見やったが、マリオンに属性インストールを注入することに専念しているようだ。晩はそんなブライニクルに一声かけると、きらりと星屑の光を放つ刀身を翻し、ダモクレスに斬りかかる。
 その斬撃により、プロジェクタから生える数本の脚が、ぽとりと落ちた。ゆえにかバランスを崩したダモクレスのレンズが、焦ったように明滅する。すかさず間合いに飛び込んだフォーマルハウトがポカスカと武器で殴り付けると「イタイ」「イタイ」と声を上げ、広げられたシートに投影されるのは涙を流す機械のそれ。
 中々な心理作戦……と呼んでいいのか分からない、恐らく無自覚の行動に、カロンの胸が痛む。きっと今の状況を機械のキャラクターが表現しているだけなのだろうが、それでも胸の底がしくしくと感じてしまう。
「いえ、惑わされてはいけませんね……」
 同情してここで食い止めることを諦めれば、きっとこのダモクレスは無辜の人々を襲ってしまうだろう。一人襲えば二人、二人襲えば三人と。数が増えるたびに、この無邪気とも見える様子は変じていくはずだ。
「皆さん……お願いしますね」
 だからこそ、カロンは自分の役目を全うしたい。そうして描かれたスターサンクチュアリの守護星座は、真夜中ゆえか眦に沁みるように眩しくて、美しく浮かび上がった。
 グレインが蹴り込んだ星型のオーラの中を、ハエトリグサの如き捕食形態に変形されたマリオンの攻性植物が泳いでいく。螺旋を描くように飛来する二種の攻撃に、文字通り目の色を変えたプロジェクタ。
 わたわたとせわしない動きをしながら、射出を試みるが、白、赤、黒とその色が定まらない。まるで壊れた信号機のように点滅を繰り返し、その不具合の理由を自身ですら察することが出来ない様子。
 バチンッ! と強かに打ち据えられた機体が、大地に転がり、倒れる。晩が更に二刀斬霊波で追撃を仕掛けるとエトワールもアイスエイジインパクトによる超重の一撃を放ち、休む暇を与えない。
「チョット・イチジテイシ」
「ごめんね、それは出来ないんだよ」
 申し訳なさそうに眉を下げるエトワールの言葉に「ナンデェェ」「ドウシテェェ」とプロジェクタが右往左往する。シュンとした様子のエトワールに、少し目を細めた様子のルーナは、その背中をやさしく撫でるように尻尾を振った。「そんな顔しなくていいのよ」とでも言うかのように。
「中々面白い映像でしたよ」
 マリオンが声を掛けると、プロジェクタは飛び起きた。残る脚がワキワキと嬉しそうに蠢いていて、けれど、すぐにガクリと機体が傾いて大地に崩れ落ちてしまうのは、恐らくもう立ち上がるエネルギーが無いのだろう。フォーマルハウトが偽物の財宝をばら撒くことでその意識を誘惑すれば、ルーナのひっかきは容易く機体を切り裂いた。
 内部の配線や鉄くずが地に落ちる。
 カロンはもう、味方への回復は不要と見て石化の魔法光線を放つ。
 ひときわ強く光輝く一陣の魔法が、ついにレンズを砕いたのだ。蒼く光り輝くきらめきを零しながら歩みを進めるブライニクルは、ダモクレスの眼前でその脚を止めると、フゥッと息を吹きかけた。口腔から放射されたブレスは蒼白い輝きとなって、ダモクレス・プロジェクタの総身を包み、溶かして、最後の一瞬まで抱いて離さない。
「……キミの終わりを見届けさせて。ボクは、キミのこと忘れないから」
 翡翠の杖をしゃらりと鳴らしてエトワールが描くは沢山の星型。色々大きの星屑たちは、相手を何処までも追いかけて、追いかけて。子供のように、疲れ知らずな星たちとの鬼ごっこ。
 響くのは、酷く無邪気で楽しげな声。
「サイゴハ・ヤッパリ・ハッピーエンド」
 崩れゆく機体が、お星さまのお迎えに導かれるように空へと昇っていく。
 最期に残した言葉は誰に宛てたものなのかは分からない。けれどきらきらと光りながら消えて行ったプロジェクタの想いが昇華されたような、そんな気がする一瞬だった。


 灯りを落としてしまえば遮るものが何もない虚空は、瞬きが聞こえてきそうなほどに静謐な星空だった。
「流星が降り注ぐ夜は目を塞いでいなければ植物に食われてしまうらしいが、それは空を独占したい人の意地悪だと思うのだ」
 水筒のコップを両手で包み込みながら星空を仰ぐマリオンの言葉を耳にして、カロンが頷きながらくすくすと笑っている。ルーナを抱き締めたまま、流星群を心待ちにしていたエトワールは、そんな逸話もあるのだなぁと赤い瞳をきらきらさせた。
「星に願いを、って柄じゃねえが」「こういうのも嫌いじゃねえぜ」というのはグレインの言だ。大地の上にごろんと仰向けに寝転び、脚を組む彼は、ふと、師の許で修業をしていたときの空を思い出していた。
 解いた足を開き、大の字になる。あの時はへとへとになって眺めた星空だった。
(「あれからどれだけ成長できたんだろうな」)
 空に向かって手を伸ばす。
 掴んだ指先に触れる風は、梅雨とは思えないほどにさらりとしていた。
「あ、始まりましたよ!」
 ほらほら、と空を指し示す晩の言葉につられ、皆が一斉に空を仰ぐ。
(「今は少しお出かけ中のボクの夜空に会えますように。欲張りするなら……やさしく、名前を呼んでもらえますように」)
 ――なんて。
 両手をしっかりと握りしめてお願いをしていたエトワールは、薄く開いた唇から吐息を漏らすと、淡く笑みを刷く。
 ひとつ、ふたつ。それは決して勢いのあるものではなかったけれど、夜空をなぞるように流れていく星のまたたきは、確かに在った。
「この時期の流星群はハレの日の奇跡だ……」
 ブライニクルの背を撫でながら晩がほろりと零した言葉に双眸を細める。興味深そうにかぷかぷと口を開閉するフォーマルハウトを膝の上に抱え、カロンはやさしい気持ちで頷いた。

 そうして彼らはいつまでも星空を見上げていた。
 これは再びの梅雨が始まる、束の間のこと。

作者:四季乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月5日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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