大阪市街戦~宿怨のレプリカントハンター

作者:のずみりん

 ダモクレスがホテルを選んだのは必然だった。
『大阪市街地から人間を一掃し、勢力を拡大せよ』
 与えられた指令はそれだけ。それゆえに彼女は志願した。己に課した使命を果たすために。
「任務、了解。EXE-15 エルドリアは『資源略奪部隊長ソラネ』より使命を継承する」
 かつて敬愛した隊長が討たれたのと同じ名前、よく似た立地。夕暮れに異形の翼を輝かせ、隊長の軌跡をなぞるように襲いかかる。
「存分に思い出させてやる、異常個体」
 隠す気もない機械の四肢が逃げ惑う従業員、人々を抉り、切り裂き、蹂躙する。申し訳程度に素肌を覆うジャケットが返り血に染まる。
「ひっ!」
「お前じゃあないな。まぁいい」
 凶器を帯びた蒼の瞳がレプリカントを撫でるや、その四肢が落ちた。不揃いに伸びた右手に備えられた高周波ブレードが、機械化した肉体を解体し、凄惨なオブジェをロビーに飾っていく。
「来るがいい、異常個体……ケルベロス。アマネ・キリサキ……!」
 脇腹から腿にかけて刻まれた『EXE-15』のナンバリングから伸びた血ような光のラインが、ダモクレスの声へ不気味に輝いた。

「大阪城ユグドラシルに動きだ。デウスエクスたちが大阪市街に攻勢をかけてきた」
 早口に告げたリリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)は集まったケルベロスたちに事態を説明する。
「いよいよ大同盟は大阪の勢力地拡大に本格的に乗り出すようだ。連中は集まったデウスエクスの精鋭から、特に事情あるものに市街地を制圧させる気のようだ」
 リリエの予知された事件はダモクレス、かつて弩級兵装回収作戦にあたったダモクレスの部下だという。
「確認された個体は『EXE-15 エルドリア』……ソラネ配下『資源略奪部隊』の一員だったようだが、大幅な強化改修を施された非常に危険な相手だ」
 かつて倒された霧崎・天音(星の導きを・e18738)の宿縁の名を挙げ、リリエはいう。
 ケルベロスたちに見せつけるように、エルドリアは弩級兵装回収作戦でソラネが襲ったのと同じブランドのホテルを集中的に狙い、同じように虐殺を繰り広げようとしている。
 彼女もまた、天音の宿敵……天音を宿敵とする宿縁と言えるだろう。
「復讐、という概念がダモクレスにあるのかはわからないが……彼女は危険だ」
 今からならエルドリアが殺戮を始める直前、ロビーに踏み込んだところには間に合うだろう。
 全てを守るには困難な状況だが、人々の生命を守り大阪城ユグドラシルの拡大を防ぐには、戦うしかない。

「現在のエルドリアは対レプリカントに特化している。一般的なダモクレスとはかなり様相の異なる個体だ」
 おそらく意図してそのような回収を受けたのだろう。今回の襲撃は彼女単機……大阪城ユグドラシルの指令と別に、彼女自身も目的をもって動いている。
「彼女の最優先目標はソラネを討った宿敵の天音、そしてケルベロスのレプリカントだ。うまく誘導することで被害は減らせるかもしれないが、相手は他レプリカント特化のハンターだ。囮になるもの、支援するものは十分に注意してほしい」
 確認されている攻撃は惨殺ナイフのように傷口をジグザグに裂く高周波ブレード、零式忍者の『怒號雷撃』に匹敵する翼からの雷撃、四肢の高出力化による機械的な『悪鬼羅刹紋』。
 またこれ以外にも強力な切り札を隠している可能性が高いという。
「他の能力を見るに恐らく零式忍者か、惨殺ナイフのグラビティに似たものと思われるが……警戒以上は難しいな。確認できたグラビティの威力も水準以上だ、慎重に戦うのが一番だろうな」

 大事なのは倒されない事と、確実にエルドリアを討つことだとリリエは説く。
「ソフィアたちが倒れれば、エルドリアの虐殺が止まらない。エルドリアを取り逃せば、どこか別の場所で殺戮が行われる危険がある……と、いうことですね」
 頷き、ソフィア・グランペール(レプリカントの鎧装騎兵・en0010)は言う。
 エルドリアは強力なデウスエクスだ。その威力と特性から完全に被害を防ぐのは難しいかもしれない、が。
「それでも、やらなければいけません。ソフィアたちが」
 自分に言い聞かせるように、ソフィアは硬く表情を引き締めた。


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
テレサ・コール(黒白の双輪・e04242)
真木・梔子(勿忘蜘蛛・e05497)
ピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564)
ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)
霧崎・天音(星の導きを・e18738)
マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)
リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)

■リプレイ

●宿怨
 怒號の雷撃がホテルの玄関を吹き飛ばす。
 突然の攻撃がもたらす悲鳴と騒乱、異形の翼をさらし出すダモクレスの姿は、彼女が唯の『エルドリア』だった頃の名残だろうか。
「ひぃっ!」
「何なの! 何なのよもう!?」
 逃げ惑う旅行客、従業員。
 恐れられれば、恐れずに済む。臆病者の強がり。
「エルドリア……!」
「意外と早かったな」
 だがそれも、因縁の声に消えた。玄関だった大穴に立つ霧崎・天音(星の導きを・e18738)の、右足からエアシューズへと伸びる地獄の炎に、雷撃ごとに振り返る。
「キャッ!?」
「く、くるなぁ!」
 ロビーから玄関へ走る雷、割れたガラスと照明の雨が混乱を広げ、怨敵を焼かんと跳ね回る。かわせない、かわせば避難できない人々が……。
「何度来ようが好きにはさせん。SYSTEM COMBAT MODE」
「微力ながら助太刀します、天音さんは前へ」
 流れを止めたのはマーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)とテレサ・コール(黒白の双輪・e04242)の二枚盾だった。
 飛び込みざまに急角度で突き出された『HW-13S』防盾が雷を弾き、飛び散る被害を『有線式ディスクユニット』が車輪のように駆けては受ける。ギリギリだが、皆が間に合った。
「避難は引き受けるわ、大丈夫……対レプリカント特化型は、想定以上の機動力を発揮する可能性がある。敵をそちらに向かわせるな」
『重騎士の本分は守りにあり! 存分に任された!』
 リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)が呼びかける『電子戦・連携支援ユニット』のインカムに、ジョルディ・クレイグの力強い声が響く。
 頼もしい助っ人たちの姿は、既に上階にあった。
「皆様こちらケルベロスですのー。デウスエクスの襲撃につきー、恐れながら迅速な避難のー。従業員の皆様もー、ご協力をお願いしますわぁー」
 ジョルディの展開する大盾型『Guard Drone』が二次被害から人々を守る。
 おっとりと、しかし『凛とした風』を纏ったフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)の声が人々のパニックを沈め、誘導される負傷者を泰地が、奈津美が各々のグラビティで癒していく。
「負傷者はこっちだ、治癒するぜ!」
「保護者の方はお子様の手を放さずに!」
 かつての『弩級兵装回収作戦』の被害は出させない。共通する思いが、盟友たちを繋いで呼んだ。
「展開速度、想定以上……強化はお互い様か、だが!」
 人間離れした動きでエルドリアの高周波ブレードが伸びる。狙いは天音、そして逃げ遅れた旅行者たち。
「させない……砕け!」
「っ!」
 だが飛びかかる姿はすんで、砲撃に踏まれたステップで逸れた。崩れた姿勢に、天音の蹴り放つ『氷炎・天地太極波』凍える炎がかすめていく。
「やらせるつもりはない。ここで殲滅する」
「殲虐の……!」
『バスターライフルMark9』のゼログラビトン弾と共に、吹き抜けを降りたティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)の冷たい殺意に内は読めない。ただ、他人事ではないのは確かだろう。
「想定以上ではありません。ただ其方が非効率的だっただけです。何故、身内ばかりを狙ってくるのでしょう? 心が無いと、言われる種族なのに」
 ティーシャ、そして『多重分身の術』と疑問をまとったピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564)もそうだ。
「ぬかせぇっ!」
 高周波ブレードと『忍者刀【紅竜鱗】』が火花をあげるなか、早口に問う。予想通り、答えはない。だが『ない』と言われた感情はどうか?
 ここに立つ多くのレプリカントたちが、ダモクレスを身内にもつ、かつてダモクレスであった者たちだ。
「恨みというものは中々消えてはくれないものですね……戦争というものは、結局上の者以外不幸にするだけ」
「……それでも、無力な人々が倒れるのを、ソフィアは見過ごせません」
 ソフィア・グランペール(レプリカントの鎧装騎兵・en0010)の描くスターサンクチュアリを広げ、真木・梔子(勿忘蜘蛛・e05497)の猟犬縛鎖は蜘蛛糸のようにエルドリアを絡めとる。
 戦いを嫌う彼女だが、護るための戦いなら別だ。自分があの時、してきたことを思えば。
「誰も失いたくない……だから!」
 消え行く残霊の天変・地異(e30226)と拳を重ね、天音は両腕を叩きつける。崩れかけのオブジェを砕き、ダブルスパイラルバンカーが身を伏せたエルドリアの肉を抉った。

●護るため戦う
 怒り、憎しみが速さとなった。
 肩口を服ごと千切られながらも、伸びるブレードが天音を襲う。切り裂く。
「新たなパートナーと、力か……!」
「っ! それは……」
 形をとった怨嗟の声が、天音を言葉詰まらせる。
 そうだと胸を張るか? 違うというべきか?
 絡まる心と脚に、今度は彼女の身体が傾き倒れる。
『霧崎・天音の声紋、心拍数に異常。迅速な支援が必要』
「……I COPY.RED EYE ON」
 それは彼の宿敵より継いだ『T307D・CORE』によるものか? 思わぬ『R/D-1』の提案にマークの目が点滅したのはその時だ。
「何、を……!」
 点滅するカメラアイは即座に敵意を誘導する『RED EYE』光学信号に切り替わり、天音よりエルドリアを引きはがす。
 戦闘マシンである彼にメンタルケアは不得手だが、それを為す仲間を守る事ならできる。
「加勢しますよ、Komm!」
「うっとおしい真似を!」
「ここはソフィアたちが護ります」
 センサーへの情報攻撃を『誘言葉』で加速させ、イッパイアッテナ・ルドルフが頷く。彼と相棒、ミミック『相箱のザラキ』もまた、ここにおいてソフィアたちと相並ぶ一枚の盾だ。
 二人と交錯して飛び込む梔子は背中合わせに天音を支え、小さな声で囁きかける。
「私も、かつてダモクレスで、資源を回収する兵士でした」
「真木、さんが……?」
 宿敵と違い、自分は面識ない部隊だろうけど……と付け加えながら、梔子はそれでもと微笑んだ。
「戦いは怒り悲しみ憎しみしか産みませんけれど、感情があるなら共に生きる道も選べるのかも……難しくても、恨みを持ったままではあまりにも可哀想ですから」
 紙兵散布が花弁のように舞い、仲間たちの傷を塞ぐ。
 静かに、儚げに、梔子は縛霊手『土蜘蛛~勿忘~』……土蜘蛛の赤手を、その手へとかざす。
「ありがとう……大丈夫。覚悟は、してきた」
 空気を破って伸びた手を、今度は天音が掴んだ。
「これは大事なもの……お前にも、渡さない!」
「なに……!?」
 『ソラネのリボン』を狙い、足を止めたエルドリアにすかさず叩き込まれる銃撃の嵐。
 テレサのマスドライバー型アームドフォート『ジャイロフラフープ・オルトロス』ごと放たれるライドキャリバー『テレーゼ』のガトリング掃射が、機械の翼を激しく叩く。
「お取込み中のようですけれどー、避難は完了しましたのー……そういu訳でスのデ……!」
「今回は貴様の負けだ、ダモクレス!」
 雑音が混じりのフラッタリーの声に続き、ティーシャが銃撃を叩きつける。その背では既に『アームドフォートMARK9』が隙なく『斬環の末妹』モードへと、合体を準備。
「させん……!」
「否否! 吾、三明通し。汝、六輪廻る。然らば千葉蓮華空け放たれり」
 縛霊手の巨腕をエルドリアの雷撃へとかざして庇い、フラッタリーは拝掌から黒い波動で読み取った梔子の肉体、後背へと三指を打つ。
「ッ、この力は……!」
「サa沙、深淵ヲ垣間見ン――」
 突き抜けるグラビティチェインの力は『虚ヘ堕チ往クBuzo al abismo』、狂気に押されつつも梔子は溢れる力のままに突進する。
「御霊殲滅砲?! 否、このデータ……!」
「忘れられてはいないでしょう、ダモクレス」
 彼女から四肢と故郷を奪った力が、簒奪者を襲う。放たれる紅蓮の一撃が雷撃を押し返し、エルドリアを地に落とす。
 強制排熱に梔子の右肩で髪が揺れる。勝負は決したかに見えた。
「忘れる……忘、れたか……だと……」
 だがまだ立つ。ほつれた被服の殆どを失った半機半生の壮絶な身体に、迸る悪鬼羅刹が怪しく紋を描く。
「出力増大……? 気を付けてください、エルドリアが何かを」
 リティからのデータに反応したピコが髪状の放熱索をゆらして飛ぶ。まだ何かあるのか? それは何か?
「される前に潰すのみだ。切り裂け!」
 存分に力を蓄えたティーシャたちの『デウスエクリプス』が放たれようとするなか、少女の下半身を支える『飛行ユニットだった物』が不穏に軋み音を立てた。

●フラッシュバック
 異常はすぐに形をとった。
「姉さん……!?」
「ティーシャさん、どうしました? ぁうっ!?」
 虚空に武器を構えた彼女が突然跳ね飛ぶ姿をテレサはみた。『斬環の末妹』モードが解除され、ジャイロフラフとテレーゼが叩きつけられる。
 マスドライバーの戦輪がダモクレスを逸れ、ホテル外壁に力なく転がった。
「気を付けてください、彼女以外の敵が……いえ、これは……?!」
「増援ではありません。これは、トラウマ」
 ソフィアの戸惑う声に対し、ピコはいち早く看破した。
 彼女の前にも見えた、彼女の生みの親、同型機、破壊してきた存在。だが罵り、嘲り襲うそれが実体でないことは、受け継いだ力が教えてくれている。
「しかしやはり、非効率的です」
「メディカルドローン、データリンク……タネはこれか。たしかに対レプリカント向けではない」
『メディカルドローン』からの情報届く情報を分析し、リティはライトニングウォールを展開する。
 答えは振動だ。エルドリアの振るう高周波ブレードは、その固有周波数自体が惨劇の鏡像を幻視させるグラビティ。
「わかっているはず……その力は私には届かない」
「ああ……そうかもしれない……」
 だが特性が惨殺ナイフのものと酷似しているとすれば、レプリカントハンターとして選択すべき装備とは言い難い。事実、天音の目はブレることなくエルドリアを追い続けている。
「mァ佳いデハ乃カ、其モ亦」
 疑念の停滞を吹き飛ばしたのはフラッタリーの額から燃え上がる地獄だった。力に揺れる『はなあそび』は、噎せ返る程に咲乱れた夥しい華尽くし。
 揺らめく紙兵を煙幕に、マークの『DMR-164C』ライフルがエルドリアを追いかける。
『徹甲弾は避難民に貫通被害を及ぼす恐れあり。エネルギー兵器の仕様を推奨』
「ROGER.MODE FROST」
 それは最適化か、心という進化か。被害を考慮する戦術AIの提言を力強く受け入れ、マークはライフルの引き金を引いた。

●さよならはできない
 超低温の化学エネルギー砲が機械翼を凍り付かせ、エルドリアの身を地に落とす。
「こんな、ものでぇっ!」
 役目を果たせぬ翼を破砕しながら、怒號と共に雷撃が跳ねる。
 形を帯びた激情の中を、天音は正面から突き進んだ。
「避難は完了した。作戦は既に成し遂げられん」
「ソラネの配下と思うと、やりにくいけど……人々を手に掛けるつもりなら。ましてや、天音に手を出すんなら」
 ジョルディのドローン、奈津美の『摩利支天の加護』が彼女を守ってくれている。
「また……また貴様らが……!」
「アームドフォート、復調しました……どうしますか?」
「経験上だが、あまり長引かせたくはないな」
 努めてクールにふるまうティーシャだが、テレサに答える声は重い。自分たちと同じくらいには、追い詰められたダモクレスの振る舞いは読めない所がある。
 彼女と縁ある宿敵には心中を図ったものさえいた。
「心拍数が上がっています。よそ見している暇は無いと思いますが?」
「っるさい!」
 ピコが受け流す振るわれる高周波ブレードに、流れる血が数滴。遭遇時の冷徹な鋭利さならば脅威だっただろうが、既にケルベロスたちの与えた傷は十重二重にダモクレスを追い詰めていた。
「変わらない、ね……そういう、ところ」
 ブレードを振るう腕を払い、天音は顔を近づけた。
 そのままコアを撃ち抜き止めとすることもできただろう。
 零距離の雷撃で拒絶することもエルドリアにはできただろう。
 この瞬間だけ、そのどちらもがされなかった。
「大丈夫……忘れてなんかない。後悔してない訳じゃない……ソラネのこと……皆のことも」
「戯言を!」
 だがそれだけ。差し出された手は空しくエルドリアに弾かれ、鮮血が散る。
「怒りもまた感情なら、感情があるなら共に生きる道も選べたのでは? 矛を収めてあの結末を見直してみては……!」
 支える梔子への返事は雷撃と頭が割れそうな高周波。跳ね回る衝撃と振動にビリビリと、建物全体がうねりを帯びて聞こえた。
「逝クm寂シヤ共kニ珂!」
「このままでは……崩壊する……!」
 黒檀の巨腕を顕現させたフラッタリーの『蝶之掌』に庇われながら、情報が弾き出す脅威にリティは語彙を強める。
 うねりをあげる共鳴現象はホテルをくまなく伝わり、戦場外のガラスや調度品までもが破壊されるに至っている。
「認めよう……私は結局、臆病ものだ……だから共に、忘れられぬようにする」
 避難は完了しているとはいえ、高層ホテル一件が崩落するとなれば周辺被害は想像を絶する。もはや時間はない。
 最悪に備え螺旋を高めるピコはエルドリアの視線が指す方を、声だけで呼ぶ。
「霧崎さん、決断は」
「MOVE! MOVE!」
 電撃より天音を庇ったマークが膝をつく。交代し、支えるように現出する天変・地異の残霊から受け取った氷の波動を天音は腰だめに突き出し、撃つ。
「目を逸らすな、副隊長」
「ん……っ」
「私もソラネのように死ぬ。お前の都合で、お前が殺した」
 叩きつけられた極寒と灼熱の冷熱衝撃。エルドリアの身体が破裂する。呆然と見下ろし、天音は自らの胸元に突き立った高周波ブレードと、それを受けたオウガメタルの黒に気づいた。

 片付けられたホテルにヒールを手向けながら、フラッタリーとテレサはそっと天音を見守った。
「心配ですのー……」
「えぇ。こればかりは……」
 大丈夫。そう告げた天音が流す涙を、誰となく仲間たちは遠く見守った。
 声もなく、ただ泣くしかない。深く傷ついた時とはそういうものだと知る心があった。
「今日ぐらい……嘗ての同胞を弔っても良かろう?」
「痛み入る」
 ジョルディから『レプリカンF』を受け取り、ぽつりとマークは呟く。
「誰もが誰かから憎まれているのかもしれない。俺達のような奴らは特に」
「それでも、だろう」
 弔いの声は、宿怨の痕残るホテルを静かに流れていった。

作者:のずみりん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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