大阪市街戦~朧月夜を見る者ぞ亡き

作者:柊透胡

 ――定命の者共は、夏の月夜を愛するらしい。
「下らない」
 長い長い白銀を揺らし、女は冷ややかに吐き捨てる。
 煌々と照らす月影に、趣などあろうものか。
 そう、同じ夜空を見上げるならば――朧に霞む、月がいい。
 血煙に霞むならば、尚の事。咽返るような死臭の中、血風に舞う蛾眉の何と美しい事よ。
 此の地は、大阪、と呼ぶらしい――虐殺せよ、と命じられた。
 数多の定命を屠り、一掃する。定命の地の只中に擁立したデウスエクスの版図を、更に広げよと。
 主星に反旗を翻し、仇敵とさえ与する恥知らずの王女に従う義理などない。だが……「虐殺」の二文字に快諾した。
 胸に燻ぶり続ける憎悪と復讐の炎は、時に堪え切れず燃え上がる。眉月の如き我が刃で、無差別に只管に、切り刻まずにはいられなくなる。衝動に任せ、血に塗れて哄笑する至福は、何物にも代え難い。
 その怨念は、転生の前から『己』に在ったものなのだろう。詳細の記憶は、既に無い。只々、憎い、憎い、憎い! 傲慢なる彼の一族が!!
 一族……? 否、種族か……今は、そんな些末の差異などどうでもいい。
「オラトリオが集まる場所は、何処かしら?」
 泣き叫ぶ脆弱を鏖殺するだけでは飽き足らぬ。誇らかに咲く花を髪ごと毟り取って踏み躙り、天使の翼を斬り落として千々に引き裂こう。
 今宵の月は血に霞む。『朧月夜』を見る者ぞ亡き――。
 
「……僕も、詳しくは知らないんだ。『禁忌』に触れるのは許されなかったから。でも……その姿なら、きっとそうなんだと思う」
 藍髪に金木犀咲かせる少年の横顔は、大人びて見えて、緊張が窺えた。源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)の呟きに、敢えて踏み込む事はせず、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は集まったケルベロス達を見回した。
「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 ヘリオンの演算により、又1つ、大阪城に集結したデウスエクスの襲撃が察知された。
「攻性植物のゲートがある大阪城には、現在、エインヘリアル、ダモクレス、螺旋忍軍、ドリームイーター、ドラゴンと様々なデウスエクスがいます」
 この多彩な戦力を背景に、デウスエクスは大阪城周辺地域を制圧するべく、打って出ようとしている。
「軍勢では無く、単体のデウスエクスによる襲撃ですが……被害が出た場合、大阪市街の住民達に不安が広がってしまうのは避けられません」
 大阪城周辺地域が集団避難で無人と化せば、デウスエクスが制圧するのも容易いだろう。
「大阪城のデウスエクスの勢力拡大を阻止する為には、今回の襲撃を、被害を出さずに防ぎきらなければなりません」
 現れるデウスエクスは、エインヘリアル――長い白銀髪、真紅のドレスも艶やかな女性の姿をしている。「朧月夜」と呼称されているようだ。
「朧月夜は大鎌で虐殺するのを好むようです。夜の繁華街に現れますが……ヘリオンの演算により進行ルートは判明していますので、こちらの裏通りで迎撃すれば、一般人の避難などは不要でしょう」
 タブレット画面の地図の一角、ビルの狭間にある裏通りの駐車場を指差し、ヘリオライダーは粛々と続ける。
「詳細は私も知りませんし、立ち入る必要もありませんが……こちらの源さんと縁があるらしいとだけ、申し上げておきます」
 或いは、敵が「オラトリオ」を執拗に狙う理由にも、関係しているかもしれない。
「いずれは攻性植物との決戦も避けられませんが……七夕を前に、ドリームイーターの方も大きく動いている情勢です。今は防衛に徹し、これ以上敵の勢力が拡大するのを防ぐ事が重要でしょう。皆さんの健闘を、祈ります」


参加者
マクスウェル・ナカイ(ホテルガーディアン・e00444)
天導・十六夜(逆時の紅妖月・e00609)
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
犬飼・志保(拳華嬢闘・e61383)
ジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)
如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)

■リプレイ

●宿縁を巡って
 今年の夏は、随分と蒸し暑い。肌に纏わりつくような熱気は夜になっても収まらず、ケルベロス達の額にじっとりと重い汗が滲む。
 大阪城周辺まで攻性植物に呑まれた爆殖核爆砕戦は2016年12月。あれから2年と半年が経ち、デウスエクスが糾合から更なる勢力拡大を目論んでの、現状だ。
 ケルベロス達が繁華街の裏通りに待ち構えるのも、その目論見から住民を虐殺せんとするエインヘリアルの女であったが……今、ここに集った彼らにとって、単なる敵ではない。
(「……12年待った。昴父さん、瑠衣姉さん、そして母さん……」)
 硬い表情で、愛刀を握り締める源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)。脳裏に響くのは、高らかな哄笑。滅び行く故郷を見下ろし、女は愉悦を隠しもせず嘲った。飛び去る彼女を、幼い瑠璃は母と隠れて見送るしかなかった。
 だが、ケルベロスとなった今はもう違う。
「故郷の皆の無念、ここで晴らす」
 絞り出すような呟きに、そっと袖が引かれる。
「朧月夜に、やっと会えるのね」
 如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)の言葉遣いが幾らか砕けるのは、大切な相手にのみ。
「彼女の企みで故郷が無くなって、私と瑠璃は11年も離れ離れになってしまったわ。それに……」
 思わず唇を噛む沙耶の手を握り返し、瑠璃はそうだねと頷く。
「実の父と、姉だったな」
「ええ。私達も助太刀して、瑠璃が討ち果たした彼らの姿は……確かに、血の繋がった家族のものでした」
 気づかわしそうに眉根を寄せる天導・十六夜(逆時の紅妖月・e00609)に、源・那岐(疾風の舞姫・e01215)も痛ましげに応じる。
 瑠璃は――十六夜と那岐が大切に想う義弟は、故郷を奪われた事で家族の姿をもデウスエクスに奪われ、自ら手を下すしかなかった。
「瑠璃と沙耶に身を切るような痛みを与えた仇敵。私は決して許しません」
「やっと元凶のお出ましか……誰だろうが、俺の義弟に手は出させんよ」
 瑠璃達を思いやるのは、十六夜や那岐ばかりではない。
「久しぶりだな、瑠璃。ヘリオンにも同乗して、今更ではあるが……壮健そうで何より」
「アルトゥーロさんこそ」
 瑠璃と那岐は、かつてアルトゥーロ・リゲルトーラス(蠍・e00937)の旅団にいた。今でも、大事な友人だ。
「沙耶は今でも団員だしな。今回は微力ながら手助けさせて貰う」
 貸し借りなんて関係ない。護るべき仲間がいる、それだけだ、と――アルトゥーロの言葉に、一切の曇りはない。
「敵の名前は、朧月夜、か……友の為なら、月だって墜としてみせようじゃないか」
「ああ、敵討ち、俺も手伝わせて貰う」
 いつもは飄然としたマクスウェル・ナカイ(ホテルガーディアン・e00444)も、今回は真剣そのもの。
(「敵はエインヘリアル。どうせ、ステュクスで記憶も色々洗い流してんだろーし」)
 オラトリオに異常な憎悪を抱くとヘリオライダーから聞いているが……瑠璃達と対峙した時、朧月夜はどんな反応を見せるのか。
(「敵の感情が、瑠璃くん達への逆恨みかなんて知らねぇし、細かい事を聞くつもりもねぇ」)
「ただ、過去に超えちゃいけねぇ一線を越えて、今も虐殺に乗り気って時点で同情の余地はねぇよ」
 バスターライフルに装着したタクティカルライトを確認していたジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)は、ふと顔を上げる。
(「奇遇でしょうか。私の故国と愛する人達を奪った仇敵をつい先日、この大阪で討ち取ったばかりなのに……」)
 似たような境遇とも言える瑠璃と沙耶、その仇敵がもうすぐ、この裏通りを通る。念の為、殺界も展開して万全の戦闘態勢だ。
「瑠璃さんと沙耶さんの敵を倒す為に、出来る限りの力で……!」
 瑠璃は沙耶と一緒に、ジュスティシアの『別れ』に立ち会った縁もあるのだから。
(「あたしは何度も瑠璃さんに助けて貰った。だから、今度はあたしの番」)
 犬飼・志保(拳華嬢闘・e61383)にしても、瑠璃との縁は浅からず。援けられ、助太刀する。宿縁を巡る繋がりは、常に戦いに身を投じるケルベロスならではかもしれない。
「あたし達に売った喧嘩、高く買わせてもらうよ」
 志保の強気な呟きに、ウイングキャットのソラマルは翼を広げてニャァと鳴いた。

●朧月夜
 カツリ、カツリ――。
 夜道に響く、ハイヒールの音。硬質な音の間隔は、女性の足音にしては長い。
 それも、身長3mを越えるエインヘリアルの歩幅であれば。
「あたし達の怒り、その身に焼き付けろ!」
 深紅のドレスと白銀の髪が見えた瞬間。駐車場から飛び出した志保は、炎纏う後ろ飛び回し蹴りを放つ。
 龍魂脚と銘した技を最初から出し惜しみせず、志乃の全体重を乗せた蹴打はエインヘリアルの頭を――。
「……なぁに、藪から棒に。吃驚したじゃない」
「くっ」
 掠りもしなかった。狙い澄ました部位狙いは、スナイパーのみが成し得る。だが、命中を果たすにはより精確な攻撃が求められるし、部位を撃ち抜けたとしてデウスエクスの弱点とは限らない。有効な奇襲とするには厳しい博打と言えよう。
 それでも、エインヘリアルの歩みは確かに止まった。けして逃さぬと、包囲に走るケルベロス達。
「悪ぃが、あんたはここで止める」
 巨大な灰色兎のアールグレイと褐色ハムスターのモカ、2体のファミリアを一時的に融合、半透明の幻影合成獣に変えて放つマクスウェル。
「この街の人々を守る為にも……瑠璃くん達の為にも、な」
「……ルリ?」
 キマイラミラージュをほんの1歩、左に寄ってかわしながら、マクスウェルの言葉に女は怪訝そうに眉を顰める。
「やっと、やっと、会えた……朧月夜!」
 今にも斬り付けたいのを堪え、沙耶とアルトゥーロの立つ中衛にサークリットチェインを敷く瑠璃。
「沙耶さん、共に行こう」
「はいっ!」
 頷き返した沙耶も又、瑠璃を中心に守護法陣を描く。互いに互いを護り合うと誓うように。
「さあ、誰を狙うのかしら? あんたの獲物は3人いるわよ!」
 ソラマルが前衛へ清浄の翼を広げる間に、志保が挑発的に叫べば、朧月夜は初めて瑠璃、沙耶、志保の髪に咲く花に気付いた様子。
「私の名前を知っているなんて……ああ、そう。あの忌々しい翼が無かったから、気付かなかったわ」
 頭が高いのも問題だわ、と他人事のように呟いて。次の瞬間、回転した鎌刃は、狙い過たずザックリと志保を斬り裂いた。
「あぐ……っ」
 奥歯を噛み締め、志保は耐える。斬撃に強い防具を選んでいたが、ソラマルと魂分かつ志保は他より打たれ弱い。オラトリオを憎悪した上で、更に冷徹に判断したか。朧月夜の顔は能面めいて、表情に乏しかった。
「これは……!」
 続くファナティックレインボウもかわされ、ジュスティシアは確信する――眼力が示した命中率が極端に低下したとなれば。
「キャスター!」
 朧月夜の唇が嘲るように歪む。
「『窮鼠猫を噛む』といったかしら? そんなまぐれ当たり、万に一つでも許して儚い希望を抱かせるなんて、可哀想」
 何より、届かぬ刃に絶望する慟哭の心地よさ。艶やかに花を散らし翼を落とす眉月の刃が、血朧に霞む様の美しい事よ。
「ええ、まずはオラトリオ、その次もオラトリオ、最後の1人まで這いつくばらせたら、他の相手もしてあげるわ」
「そう簡単に、大事な義弟を殺らせる訳無いだろう!」
「逃がしませんよ!」
 自らを倍する長躯を蹴り落さんと、十六夜の足刀が奔る。
 ガキィッ!
 女の脹脛を刈らんとした蹴撃を、一閃した鎌刃が弾く。同時、那岐の戦舞より迸った無数の風の朱刃は、こちらもダンスのステップが如くかわされた。
(「元オラトリオのエインヘリアル、か」)
 過去はさて置き、今の朧月夜は戦闘種族エインヘリアル。邂逅までの10年余り、瑠璃が修練を重ねてきたのと同様に、彼女も修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。
(「転生前の記憶はかなり薄れているようだが、それだけに妄執にしがみつくのだろうな……質の悪い」)
 戦闘に明け暮れて尚、虐殺を好むのは転生前からの性質か。ならば、人々の命が失われる事態となる前に。
「いい月夜だ。こういう夜は、無性にデウスエクスを狩りたくなる」
 素早く戦闘態勢を取りながら、古めかしい拳銃を両手にアルトゥーロは冷ややかに笑む。
「さて、俺にも付き合って貰おうか?」

●耐戦
 故郷の壊滅で、母と行き倒れていた森で源の一族に救われた瑠璃。母の死後、次期族長の那岐の義弟として育てられ、ケルベロスとなってから婚約者の沙耶と再会。那岐の右腕として、沙耶を護る強い男となるべく、邁進してきた。
 積み重ねてきた経験は歴戦と呼んで差し支えなく、集った同胞も実力者揃い――それが、思わぬ苦戦を強いられた。
 凡そ、反撃の起点は命中に長けるスナイパーが担う場合が多いが。
「……っ」
 悔しげに唇を噛む志保。狙い澄まして尚、万全と言えぬ命中率に焦れったさを堪え締め殺しの荊棘を振う。
「折角の借りを返す潮時なのに!」
 果たして、棘茨は朧月夜を捉えるが、捕縛の前に振り払われた。
 厄付けに於いても、使役伴う身では万全と言えない。それはソラマルも同じく、清浄の翼で厄の耐性を齎そうにも、各列それぞれ1度きりでは行き渡るのも厳しい。
 スナイパーの位置に在るのは、志保とソラマルのみ。且つ、志保が用意した足止めに類する技はストラグルヴァイン1つだ。見切りと捕縛の発動率を鑑みれば、厄が安定して発動するまでに相当に時間が掛かるのも知れよう。
 足止めの技自体は、他にも用意している者がいたが……どんなに強力な打撃も厄も、まず命中しなければ始まらない。攻防共に優位に立つキャスターは、強敵である程厄介だ。
 ――――!
 アルトゥーロは、黙々とトリガーを引き続ける。ジャマーの位置から自らのポジションを定めた彼はある程度の命中率を確保したものの、敵の足を止める制圧射撃は列に及ぶ。単体の敵を相手に、火力も厄の付与率も非常に勿体ないと言わざるを得ない。
 1対8で当たる敵に対して、如何に『全員』での一斉攻撃が叶う状況とするか――その方法は1つではないものの、厄も常に発動するとは限らない。ある程度は重ねる算段で技を厳選する意義も又、大きい。
 ――――!!
「瑠璃!」
「まだ、大丈夫……」
 今しも、瑠璃は敵の斬撃から沙耶を庇う。ごっそり生気を奪われ顔を顰める彼に、すかさずマクスウェルが気力を注ぐ。
 最初こそ志保が狙われたが、鎌1本の技は近距離が多い。守りを固める瑠璃を避けたのか、朧月夜の攻撃は沙耶に集中した。那岐が月光斬で斬り付け、或いは黒影弾で鎌握る腕を狙って、果敢に攻撃を邪魔しようとするも、一顧だにされないのが歯痒い。
 斬撃に強い防具で凌ごうとも、痛撃されれば危うい。メディックであるマクスウェルは早々に、回復に専念している。
(「単体ヒール、もっと色々準備したら良かったかもな」)
 鎌二刀流の石化を警戒したのもあろうが、それを除けば、敵の厄は装甲を破るのみ。メディックのヒールはキュアを伴う。強化の補助も視野に入れて良かったかもしれない。
「貴方の進む道に力の加護を!!」
 沙耶自身は、占術を以て戦友らの運命を示す。その武威が増すのを感じれば、ほっと唇を緩めた。ジャマーのエンチャントは掛かりさえすれば心強い。
 じりじりとした攻防が長く続いた。如何にキャスターが相手ででも、命中率は零ではない。多を以て狩り立てるのがケルベロスの持ち味ならば、攻撃も倦まず弛まず。
「理ごと斬り刻む! 総餓流・彼岸花」
 竜氣を纏わせた十六夜の絶空斬に、朧月夜が足を縺れさせた重畳。力強くアスファルトを蹴ったジュスティシアの急降下が、虹彩帯びて敵に突き刺さったその時。
 戦闘の流れが、明らかに変わった。

●宿縁の果て
 漸く、競り勝ったと言えようか。怒りの厄は、1度でも掛かれば効果は高い。
「このッ!!」
 半ば標的を強制される苛立ちに、朧月夜の顔色が変わる。そして、盾として立つジュスティシアが真っ向から穿てた戦況は、そのまま一斉攻撃の準備が調った事を物語っていた。
 これまでの鬱憤を晴らすかのように、ケルベロス達の攻撃が次々と。
「最後まで絶対に諦めない……それがあたしの流儀よ!」
 志保のウイングガントレットから放たれた鉄拳型の弾丸が、朧月夜を真っ向から穿つや、ソラマルのキャットリングがその軌道をなぞる。
「貴方の行為は結果として、更なる悲劇を生みました。瑠璃と沙耶が負った痛みをそのままお返しします!!」
 那岐のフラワージェイルに呼応し、十六夜は瞬歩で間合いを詰める。
「さぁ、綺麗な華を沢山咲かせてくれよ……」
 重なる斬撃に、飛び散る血潮は紅蓮の如く。散華の一声と共に納刀すれば、霧散する血風の中、彼は何を得たか。
 ケルベロスが攻撃を浴びせる度に、その傷口がビキビキと音を立てて凍り付いていく。
「逃げるのは諦めなさい」
 至近距離から拳銃を突き付けながら、駄目押しとばかりにグラビティの結界を張るジュスティシア。怒りに晒されるのを良しとして、けして逃亡は許さぬ覚悟で睨み据える。
「ああ、いい加減諦めて、悪行のツケを支払え」
 精神を研ぎ澄ました一撃は、あたかも蠍の毒針の如く。身を折った朧月夜を目の当たりにして、アルトゥーロは声を張る。
「瑠璃、今だ! ここで宿怨を断ち切れ!」
「さあ、想いの全てをぶつけてやりなさい!!」
「ケリを着けて来い」
 頼もしき仲間の声に背を押され、瑠璃の手に顕れたのは一振りの剣。
「意志を貫き通す為の力を!! 全力で行くよ!!」
 それは、瑠璃に秘めた太古の月の力――的確な制御は成長の証。切っ先を向けられた朧月夜が、愕然と瞠目する。
「……あ、あああッ!」
 ――――!!!
 絶叫が轟く。ジュスティシアが動くより早く、長躯が飛び掛かった。瑠璃の首目掛けて振り下ろされた一撃は、耐え切れなければ必殺となっただろう。
 だが、仲間の支援の末、彼は膝突かず、立ち続ける。
「朧月夜、お前が何を思い出したのか、何でそんなに恨んでいるかは判らない。お前は、触れてはいけない『禁忌』だったから」
「禁忌? そんな物、振り切りなさい。あんたなら出来る!」
 志保の激励に、瑠璃は静かに肯き返す。
「そうだね。彼女を放っておくと、多くの命が失われるのは分かる……僕と沙耶さんの故郷が滅ぼされたみたいに」
 剣を握る瑠璃の手に、そっと沙耶の手が重なる。
「私はここにいます。瑠璃、共に行きましょう」
 最後まで、気力を注いでくれたマクスウェルに感謝の視線を投げ、瑠璃は沙耶と共に朧月夜へ向き直る。
「今こそ、仇を!!」
「故郷の皆の無念を、今こそ身に受けろ!!」
 2人の手が大きく振り抜いた刃は――吸い込まれるように、エインヘリアルの腹部を断つ。
 ――――。
 唇が震えるも声もなく、朧月夜は白銀の髪を振り乱して崩れ落ちた。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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