城ヶ島制圧戦~明星の牙

作者:深水つぐら

●明けと宵
 光の狭間を見守る心が湧き立つのは、この日旅立つ希望があるからか。
 その場に集う者達へ一瞥を投げたギュスターヴ・ドイズ(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0112)は、其々の目に強い意志を感じ取ると、己が姿勢を正して目礼する。
「集いに感謝を。それでは話をしよう」
 初めて故の不手際があれば、臆せず言を――そう言ったギュスターヴは、手元の手帳に視線を落とし、もたらされた情報を告げていく。それは、前回行われた城ヶ島の強行調査のについてだった。
「調査の結果、城ヶ島に『固定化された魔空回廊』が存在すると判明した。魔空回廊については、君らも知っているな」
 『魔空回廊』――デウスエクスの地球側拠点であるゲートから伸ばされた、異次元の転移通路である。それが固定化されたものがあると言うのならば、放っておく訳がない。
 この魔空回廊に侵入し、内部を突破できれば、ドラゴン達が使用する『ゲート』の位置を特定する事が可能だからだ。
 『ゲート』の位置さえ判明すれば、ケルベロス・ウォーにより破壊を試みる事もできるだろう。破壊すれば、ドラゴン勢力は新たな地球侵攻を行う事ができなくなる。つまり、城ヶ島を制圧し、固定された魔空回廊を確保する事ができれば、ドラゴン勢力の急所を押さえられるのだ。
「ケルベロス・ウォーの発動は、該当地域の調査を行った後になるだろうが……その為にはまず、だな」
 言ったギュスターヴは手帳をめくると、調査によって得た更なる情報を伝えていく。
「ドラゴン達は『固定された魔空回廊の破壊』を最後の手段と考えているらしい。故に、電撃戦で城ヶ島を制圧し、魔空回廊の奪取は決して不可能ではない」
 気を緩めずに突き進めば、必ず得られる。
「叩けるものは叩いておく。君らの力を貸して欲しい」
 告げたギュスターヴは地図を広げると、今回担う作戦について話を進めていく。
 どうやら今回の作戦の拠点は、前回の調査によって設えられた橋頭堡から、ドラゴンの巣窟である城ヶ島公園に向けて進軍するというものらしい。
「ルートに関しては私の予知によって割り出してある。その通りに移動してもらえば最もロスがないはずだ」
 ギュスターヴの指がケルベロス達の通る道を示した後で、城ヶ島公園までやってくると静かに止まる。そしてすぐに、ドラゴニアンの長い爪でパチンと一点を弾くと、言葉に鋭い色を混ぜた。
「魔空回廊を奪取するには、ドラゴンの戦力を大きく削ぐ必要がある。つまり、ここで一戦交えてもらう」
 戦の相手はドラゴン――個体最強のデウスエクス。
 この強敵と矛を交えるのだ。
「君らが相対するのは、銀の鱗を持つ個体だ。配下はおらず、単体で眠る様に目を閉じて地上で構えている筈だ、すぐにわかるだろう」
 目を閉じたドラゴン。それは『音』でも聞いているのだろうか。
 大きさは従来通り全長十メートル程度で、長い尾と爪が武器らしい。もちろんドラゴン達が必殺として放つドラゴンブレスも扱う様で、その力は氷に属している。
「どの一撃も強力だが、特にドラゴンブレスは注意した方がいい。複数を巻き込む事で威力は落ちそうだが、その油断が足元をすくうかもしれん」
 細かい事ではあったが、ギュスターヴが注意した事には理由があった。
「このドラゴンは戦況を確認後、敵の弱みを把握してから行動する性格の様でな。最初こそ様子見で動かないがいざ動き始めた時は、綻びに的確な攻撃をしてくるだろう」
 綻び――回復の手薄や意志の疎通が行われていない等だろうか。また、疲労の蓄積した者を積極的に狙う可能性もあるだろう。悩む戦いの様だが、それでもギュスターヴは大丈夫だと告げる。
「たとえ、不備があったとしても、フォローに回る事ができれば挽回は成る。それだけは覚えておいてくれ。希望は諦めてしまえば潰えるのだから」
 それに、ドラゴンにも穴はある。
 戦況の見極めをする事から、自分から手を出すのが遅いのだ。つまり、必ず先手を取る事ができる。さらに、この戦法を取るのは、ドラゴン自身の体力が低いという事実が関係していた。
 最大火力をいかに効率よく使い、確実に命中させるか――ドラゴンもケルベロスも、その点が勝機となるだろう。
 そこまで話終えたギュスターヴは一同を見回すと、茶色い瞳を穏やかに瞬かせる。手帳の中に気になる情報を見つけたのか、小さく首を振ると強く目を閉じた。
「仲間が命懸けで届けてくれた情報を無駄にしない為にも、この作戦は成功させてほしい」
 君よ、どうか無事で――。
 次にドラゴニアンのヘリオライダーが瞳を開けると、その中には強い意志が宿っていた。黒く輝く鱗の指を胸に、必ず、と願う思いを声に乗せていく。
「君らが敗北すれば、魔空回廊の奪取作戦を断念する場合もありえる。だが、それはないと私は信じている」
 願うのは勝利。
 だから、送り出すのだ。
「君らは希望だ、頼んだぞ」
 黒龍は願う様に見送りの言葉を告げた。


参加者
トルティーヤ・フルーチェ(ファッションモンスター・e00274)
メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)
エステル・ティエスト(真夜中の太陽・e01557)
ロストーク・ヴィスナー(チエーストヌィ・e02023)
アクセル・グリーンウィンド(緑旋風の強奪者・e02049)
ファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)
アリス・リデル(天下無敵のアッパーガール・e09007)

■リプレイ

●隠者
 目の前に佇む存在を恐れているとは思わない。
 見晴らしの良い場所に付いた途端、吹き抜いた風を頬に受けながら、アクセル・グリーンウィンド(緑旋風の強奪者・e02049)は目を輝かせると感嘆を漏らした。
「見て、ちうたん!」
 上気した頬に寄り添う自身のファミリアは、ちゅっと声を上げると主の指示した方向へ興味深げな視線を投げた。その先に佇むのは、美しい銀の鱗を惜しげもなく陽に晒したドラゴン――金色の輝きに似て非なる銀の様を同じ様に望んだトルティーヤ・フルーチェ(ファッションモンスター・e00274)だったが、その口元は結ばれている。
(「ん~、やっぱ妙に大人しいな……」)
 フルーチェが疑問を感じて凝視していたが、当のドラゴンは気にする事なく目を閉じていた。まるで周囲の戦いの音を知らぬという様に、首を擡げて呼吸する様は奇妙な親近感さえ覚えさせた。
「……堂々としてますね」
 顰めた眉をそのままに、エステル・ティエスト(真夜中の太陽・e01557)は呟くと、僅かに戦慄いた口元を固く結ぶ。その隣で己が氷の槍斧を携えたロストーク・ヴィスナー(チエーストヌィ・e02023)は、白い手袋の位置を正していた。
 戦の準備を確認するのは彼だけでは無い。ファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)もまた、眩しそうに目を細めると、被ったガンナーズハットに手を添えた。
 手にしたリボルバー銃を撫で、静かに開幕の時を待つ――その気合いの源が、この戦場を準備した仲間達への思いであるアリス・リデル(天下無敵のアッパーガール・e09007)は、自身の掌に拳を打ち付ける。
(「このドラゴンはぜってーあたしらで倒すっしょ!」)
 そして必ず、帰ってくるであろう仲間に知らせを届けるのだ。燃える様な想いとは対照的に、落ち着いた様子でドラゴンを見ていたグラディウス・レイソン(蒼月・e01063)は、かの姿に息を吐く。
(「残忍でも脳筋でもなく、知性派の銀のドラゴンか」)
 悠々と尾を揺らすドラゴンは、自身に仇なす者が近づいてくる気配はわかっている筈なのだが、目を閉じたままである。知らぬふりをしているのか――その様に、思わず口元を緩めると、グラディウスは声を投げた。
「ご存じかと思うが我らはケルベロス」
 朗々と響く言葉はしっかりとドラゴンに向かっていた。同じく、前に出たメイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)は、自身の胸に手を当てた礼を取ると、さらに言葉を掛けていく。
「私はメイザース、しがない呪術医だ。名をお聞かせ願えるかな、美しき竜よ」
 その言葉に、銀のドラゴンは呼吸を止めた。
 それまで伏せていた身をゆらりと起こすと、開かぬ瞳のままにケルベロス達へと顔を向ける。
 その時、空気を震わす音が聞こえた。
 戦場の音である。
 人の声、武器の声――かち合い響く音の荒らしに飽いているのだろうか。動かぬその姿を見ていると、銀の鱗に音が吸いこまれていく気がする。それは深く深く、落ちる様な感覚。
「重ねて願おう。彗星の竜よ、今から戦う身ではあるが、貴殿の名を教えて頂けるか?」
 落下の幻を振り払う様に、再びグラディウスが問いかけると、ドラゴンの目が開いていく。
 それは彗星であった。
 中央に込められた色は瑠璃。散らばる色を溶かした瞳を向けたドラゴンは、静かに小首を傾げる。
『我が名は太白(たいはく)。宵に輝く者――』
 答えた言葉は穏やかな響きを持っていた。
 その言葉にエステルは苦い思いを抱かずにはいられなかった。なぜなら、ケルベロスとなって相対した敵は皆、尊敬など抱かぬ者ばかりだったからだ。人間を相手にする日頃の武道ならばいざ知らず、元々嫌悪するデウスエクスに敬意を抱くとはどうしたらいいのだろうか――。
 迷いが口元を結ばせ、ただ眼前のデウスエクスを見つめるだけにさせる。
 その眼が彗星の様なドラゴンの色と合うと、相手は何か気が付いた様だが瞬きの後に背けられる。
「さて、これより先。命を賭して君に挑むとしよう」
『せびもない。我はその為にここに在る』
 メイザースの言葉の後で、ドラゴンは口元からひゅるりと冷気を漏らしていく。
 音もなく開かれた翼は天使の羽に似る程に白く。否、銀の輝きが白と見えるのか。
 息を飲むケルベロスを前に、ドラゴン・太白は一つ吼えた。

●瞳
 賑やかな音と共にミミック達が飛び出していく。
 後を追う小さな焔竜が行進する様を見送ったアクセルは、肩にいた相棒のネズミをファミリアロッドへと変えると、その掌に攻性植物を纏わせた。手が生んだ輝きは、金色の色を持って前衛へと投げられていく。
『ほう、翠玉の力か』
 不思議な言葉を聞いた。
 その意味を知らず、ケルベロス達は大地を蹴ると、己が得物と共に迫っていく。その一人であるアリスは携えた楽器を構えると、にいと笑って高らかに宣言した。
「さあ、もっと熱く! もっと激しく! 盛り上がってこーぜ!」
 それはまるで恋する生娘のように。
 アリスの奏で始めた曲は、あらぶる恋の様に炎を生んでいく。その炎をふわりと乗り越えたトルティーヤは、おしゃまな顔で自身の太ももを惜しげもなく晒した。
「ふふ。すでに手遅れですわよ?」
 伸ばされた炎から身を引いたドラゴンが、サービスショットを展開するトルティーヤの姿に小首を傾げる。
『ふむ、汝らは黄玉と縞瑪瑙か』
 その言葉の終わらぬ内に、ロストークは前へと飛び出すと背負う様に得物を振り上げる。
「挨拶が遅れて失礼。僕はロストーク、『盾』のケルベロスだよ」
 盾――その言葉に彼の進む道がなんであるのか集約されている。
 オラトリオが紡いだ己が矜持は、振り降ろされた一撃に宿っていた。その想いが刃と共に振るわれると、メイザースの放った黒き槍が強かにドラゴンの腹を穿っていく。
『紅玉に橄欖石……次は紫水晶か』
 零した言葉の意味を捉えきれずに、メイザースが下がると、代わりに飛び出したのはグラディウスだった。自身の艶やかな髪が風にいなされるのも気にせずに、掌に生んだ幻影龍を解き放つ。舐める様に焼かれた鱗はドラゴンの悲鳴を生んだ。その隙を見逃さなかったファルケが素早く飛び蹴りをしかければ、巨体が僅かに揺れ動いた。
『翡翠よ、我に空を見せたいか』
 零した言葉の後にドラゴンは尾を振ると、崩しかけたバランスを取り戻す。
「おおっと、奴さん器用だね」
 帽子を押さえたファルケはそう零すと、己が与えた傷以外に、ドラゴンの手にかなりの炎症を見止める。
 相手が観察をしている間はこちらへのダメージはない。
 その前に、持ち得る力を叩き込まねばなるまい。
 想いを込めた拳と共にエステルが飛び出すと、ドラゴンは感嘆の声を漏らす。
『……ああ、汝は柘榴石か』
「何をごちゃごちゃと!!」
 赤く赤く――言葉と共に柘榴石の様に燃えたのはエステルの瞳だ。
 氷結の螺旋が放たれ、鱗を傷つけるとドラゴンははふりと大きな息を付く。
『どれもまた、星々に勝るとも劣らず、か。よかろう』
 漏らした言葉は、僅かな迷いもなかった。自身を攻撃した者達へ顔を向けると、ドラゴンはひとりひとりの瞳を望む。そうして射抜く輝きをそれぞれに与え終わると、己が手に刻まれた傷をついと啄み舌で舐めた。
『愛い者達よ、汝らの肉はさぞ甘かろう』
 見返すのは彗星に似た瞳――その中にケルベロス達を捉えたドラゴンは、静かに背の羽根を広げた。

●貫通
 鮮やかに輝いた光は中衛に残るメイザースの身を凍らせた。
 一部の陣移動が完了するまでの間ではあったが、その合間に振るわれる攻撃に苦悶の表情を浮かんでしまう。それを好機と見たのだろう、再度尻尾が振るわれた瞬間、トルティーヤの相棒であるミミックのミミーは迷いなく地を蹴った。
 それは、必ず守ると言う気持ちの表れだったのかもしれない。
「……ッ」
 露の様に消えた自身の相棒にトルティーヤが唇を噛むが、すぐに顔を向けるとドラゴンに向かって牽制の一撃を解き放った。
 裏社会ではこんな事もあった。だが離れても必ずまた一緒に歩む事が出来ると知っているから。
「ミミーちゃん、ぶっ飛ばしてやろうぜ」
 そうひとり言つと、更に影の弾丸を解き放つ。
 一方、彼の相棒に助けられたメイザースは、その姿に礼を言うとようやく自身の配置へと辿り着いていた。
(「動かないとは聞いていたが……少し長く見積もりすぎたか」)
 モノクルの位置を正しながら、オラトリオは視線を走らせる。
 戦場に散らばった仲間達は、それぞれが次の位置に移動していた。
 今回、ケルベロス達が立てた作戦は、ドラゴンが戦場を把握する間に状態異常の術を叩き込むと言うものだ。効果の増大を期待して二種類の布陣を展開したのだが、移動による時間のロスが攻守を固めるチャンスを減らしたらしい。結果、状態異常の策は最大成果の半分となっていた。
 作戦の代償なのか、前衛が凍傷を負ってい。特に守りの意志を貫いたロストークの凍傷は激しい。同じく共に支える彼のサーヴァントも限界を迎えつつある。それでもその眼には一点の怯えもない。だが、彼らばかりに頼ってはいられない。
 初期の回復役を一人とアクセルに負担を強いすぎたか――メイザースは己の唇を噛んでいると、当のアクセルが、にこっと笑顔を見せる。
「みんなも、僕自身も。まだ倒れない。大丈夫だよ」
 言って手に月光に似た光を宿したアクセルは、小さな守り手として仲間達へ癒しの力を施していく。
 自分がその時々にすべき事を。
 その姿に、オラトリオの口元が笑った。
 友の無事を願い、一助とならんとする。この戦場に在り続けるにはそんな単純な物で十分だ。
 夢紡ぎの騙り部はそう切り替えると、次なる対象へ癒しを施すアクセルの声に応えていく。
 その希望は誤りではなかった。
 最初のアドバンテージこそ、完全には活かしきれなかったが、それでも彼らが施したドラゴンへの悪種は確実に効き始めていた。その一端を掴んだのはファルケだった。
 口に咥えた弾丸を込め直し、リボルバー銃を再び構える。その掌から注ぐのはありったけのグラビティ・チェイン――解き放たれた弾丸がドラゴンの身を穿てば、お返しとばかりに氷の息が辺りを埋めた。その攻撃で悲しくもロストークのボクスドラゴンが膝を付くも、威力は確実に落ちている。
 その事実に気が付いたアリスは、己が手に絡むケルベロスチェインをドラゴンへと解き放つと声を張り上げた。
「All right! 狙いな!」
「ああ!」
 一瞬の捕縛。その隙を捉えたグラディウスは、幻影竜を解き放つとその身を炎で焦がしていく。
 遠吠えの様な悲鳴が聞こえた。
 次いで巨体が倒れかけ、一同が歓声を上げようとした次の瞬間、風を切る音がした。
 振るわれたのは長く巨大な尾。それがドラゴンの尾であると認識するよりも早く、前衛を務めたいたアリスのミミックが吹き飛ばされて消えていく。
 誰もが息を飲んだその中で一人、ロストークはドラゴンの尾を受け止めていていた。
 ледников――氷河の意を持つルーンアックスが、全てを止めようとも押し返している。
 雄たけびが男の口から漏れ出でた。
 食いしばる歯、睨み付ける様相にドラゴンはさらに力を込める。
『眩しいな、橄欖石よ』
「謡え、詠え、慈悲なき凍れる冬のうた!」
 言葉に従い、ロストークの槍斧に刻まれたルーンが輝く。途端、起こるのは氷霧。息すら凍る冷気に氷塵が鳴り、ルーンの光と共に得物が振るわれる。
 その者は『盾』。
 降り掛かる災いから守る防壁。
 押し返す様なドラゴン爪が光の本流へと向かった瞬間、光が消えた。

●価値
 輝きの終わりが見えた事を後悔したのは初めてだった。
 吹き飛ばされた地面に仰向けになったオラトリオの姿を、ファルケは苦々しく望んだ。
 どうやらドラゴンも無事では済まなかったのだろう。尾が千切れ掛け、氷は背中を包んでいる。かなりの致命傷だったらしく、その身はふらつき、流星のような目に陰りが見えた。
 鮮血が周囲の氷に滲み流れる様を見ながら、ファルケは眼前のドラゴンを睨み付ける。
「君はよくやったよ。すぐ祝杯もってくるから待っていてくれ」
「ロストークさんを頼みます」
 そう言ったエステルは、後ろも見ずに得物を構えてドラゴンをねめつける。彼女の言葉を受けて誰よりも早く動き出したのは、トルティーヤだった。すぐさまロストークの元へ駆けた瞬間、アリスが牽制の一撃をドラゴンへと放っていく。同時に入れ替わる様に踊り出た前衛の二人は、己のグラビティを容赦なくドラゴンへ叩きつけていく。
 倒れた仲間の心配はなかった。確実な備えと意識が、彼らに迅速かつ確実な方法を取らせていたからだ。
 同時にこの撃が、戦の要時であると悟っていた。
「制御するつもりはない! やっちゃって!」
 アクセルの声が響くと、彼の身を覆う得物達が蛇のような形に伸びていく。暴食特化暴走形態――ぞっとするほど貪欲な物として解き放たれた『それら』は、ドラゴンの腸に食らいつく。
 もうひと押し。もうひと押しなのだ。
 その想いを込めてエステルが肉薄した瞬間、ドラゴンの口元が笑った。
『柘榴石の娘よ、お前が来るか』
 それはみすぼらしくなった外見に不釣り合いな穏やかな声であった。
 刹那の間ではあったはずなのに、かのドラゴンと目を合わせた彼女は、迷う様に自分の手を拳へと変える。
『可愛い子だ、本当に』
「何を……!」
『愛い、汝は殊更愛おしいのだよ』
 ――互いは仇なす存在だが、それ故に抱く汝の『揺れ』が心地よく見えるのだよ。
 太白と名乗ったドラゴンは当たり前の様に小さく笑った。
 真意はわからぬが、少なくとも、エステルの『戸惑い』を好んだのは事実だろう。その言葉に疑問を抱いた瞬間、トルティーヤの声がした。
「何やってんだ、今だろ!」
 その言葉にエステルは我に返ると、拳を解き放つ。真っ直ぐに伸ばした手がドラゴンの首元を掴み、そのまま体重を乗せて引きずり下ろす。ふわりと浮いた巨体が陽に輝いたが、少女はその輝きに背を向けた。
「落ちて行け。夜の中に」
 漏らした言葉は聞こえただろうか。
 巨体が美しい曲線を描いて戦場に叩きつけられると、すさまじい轟音が響いた。次いで訪れた静寂に、誰もが安堵の息を吐く。
「名を聞いておいてよかったね。墓碑に刻むものがないと寂しいだろう?」
 もはや動かなくなったドラゴンへメイザースは言葉を投げると、自嘲する様に視線を逸らす。
「お疲れ様。魔空回廊の奪取作戦、成功に一歩前進だな」
 溜息と共にグラディウスが声をかけると一同は周りを見回した。どうやら周辺の戦闘も終息を迎え始めた様だ。
 残るはあの場所――望んだ公園の先にはまだ見ぬ魔空回廊がある。その場所の制圧という吉報を知ったのは、仲間達の歓声が戦場へ伝わった時であった。

作者:深水つぐら 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月9日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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