ギュスターヴの誕生日~星と夢見る

作者:深水つぐら

●梅雨空にて
 眠る前に見えげる空には幾万幾億の星があった。
 そこから地球へ災いが降ってきているのだとは思えぬ程に輝きは美しかった。だからこそ古代から人々は空に映る星々を見上げて模倣するものを作るのかもしれない。
 物思いから顔を上げてギュスターヴ・ドイズ(黒願のヘリオライダー・en0112)はブラインドの隙間から曇り空を眺めて息を吐いた。今日の午後もまた雨が降るだろう。
 季節は梅雨を巡り、晴れ間が少なくなった空では星を望む機会も減った。だからこそなのかもしれない。再び届いた海外の母からの手紙の内容は年に一回の健康診断の様でなんだかおかしくもあった。
「寂しいと思うんだろうな」
 それはどちらが、とは言えなかった。独り言ちて再び息を吐く。黒龍の爪が読んでいた本の上に落ち、もう一度気になった一文の下をなぞっていった。
 できない事ではない。
「試してみても笑われんかね」
 それは子供の頃に憧れた実験だ。図鑑いっぱいに広がるのは様々な星とそれを映し出す多様な形の球体だ。三角形、四角形、五角形と異なる図形は互いの辺を繋ぎ合わせてどれも個性的な立体を作り上げている。けれどもそれらに共通しているのは面に無数の穴が開いているという事。
 そのひとつひとつはきらきらと輝く星──いつも彼が口癖の様に零す『希望』の様だった。だからこそ、こんな梅雨空の中で望んでみたいと思ったのかもしれない。
 三度の息を吐くと、黒龍は机の上に図鑑を広げたまま珈琲カップを手にして机を後にした。

●星を作る
 星は作る事ができるという。
 と言っても本物の星を作るには膨大な労力が必要であり、現在の地球に一般的に暮らしていてはおいそれと簡単に作れるものではない。だが、簡単に作る方法が存在する。
「皆も知っているだろう。プラネタリウムだ」
 人工星、とでもいうのだろうか。しかしそれにしても費用の掛かるものだ。こちらもおいそれとすぐにできる訳がない。しかし、そんな疑問を打ち消す様にギュスターヴは机の上に設計図らしきものを広げると、鉛筆で先を示しながら楽し気に話を進めた。
「プラネタリウムと言っても単純なものだ。小さな穴をあけた不透明球体の中に灯りを入れる事でその部屋を擬似的なプラネタリウムにする事ができる」
 つまり、漏れ出た光を壁に映す事で星座を示しその部屋に夜空を表す事ができるのである。それはさながら理科の実験の様なものだ。
 ギュスターヴは設計図の上に鉛筆を向けて、星の位置が書き込まれた部分を示した。点だけではわからないので星座となる星は少し大きめに穴をあけ、あとの空間には飾り星としてちいさな穴を開ければ天の川なども再現できると続けた。
「穴をあける道具はこちらで用意しよう。と言っても目打ちや針と言ったものだがね。小さな子や細かい作業が苦手なものは星の形を開けられるクラフトパンチを使って作業をしていけばできるはずだ」
 作り上げるのは夏の夜空だという。わし座、こと座、白鳥座……夏の大三角など作り上げるのもいいだろう。五角形のボードは黒で、一枚の大きさはA4サイズが一番近いだろうか。人数が多ければそれだけ人手が増える事になるので複数個を作る事も可能だ。
「出来上がれば作業をする貸会議室で試しの試写会も行う。その時には礼には茶菓子でもふるまおう」
 ソファーやクッションなどを持ち込んで、音楽と共にゆったりしながら星の展覧会をする形だ。そう告げてからギュスターヴは改めて鉛筆の尻を設計図の上で叩くと子供の様に微笑む。
「さて、良ければ手伝ってくれんかね」
 一年に一度の我が侭。
 そう告げた黒龍の瞳は甘い紅茶の様な淡い色をしていた。


■リプレイ

●星造り
 ブルーシートの青はこれから星を生む為の母なる海の様にも見えた。
 作業用の一室で思い思いに散らばった参加者達は、パネルや目打ちなどの道具を手に板に向かっていた。大人から子供まで様々な年齢層の混じる彼らが作ろうとしているのは手作りのプラネタリウムだ。
 小さな穴をあけた板を組み合わせて十二面体を作り、中に灯りを入れて輝かせる。そんな至極単純な仕掛けの天球だが、穴あけは主役の星を作る大事な作業だった。だからこそセレスは真剣に図面と板へ向き合っていた。
「デネブが三角形の一端で、尻尾の部分で……アイ、この位置で合ってる?」
「ええ、大丈夫よ」
 セレスの手元を覗いたアイザックはそう答えると金色の瞳が柔らかに細めた。そんな彼女の隣に寄った鈴は不思議そうに図面の点を見止めるとぱちくりと瞬きをする。
「これがハクチョーになるの?」
「そう、これが白鳥さんになるの」
 アイザックの言葉に鈴は輝く微笑みを見せて『みにくいアヒルの子のトリさんだよね?』とかつて読んだ絵本の名を上げた。その利発さに思わずアイザックが感嘆の言葉を告げれば、当の鈴は満面の微笑を浮かべる。
「そういえば、デネブって白鳥座の中でも最も明るい星で、言葉自体が尾を表すものらしいわ」
「アイちゃ、お星さまにくわしーのすごぉい!」
 今度は鈴が褒めると、なんだかお互いの良い所を見付けられた気がして二人は顔を見合わせるとにっこりと微笑み合った。こんな機会を提案した黒龍にもお礼なんてしてみようか──そんな彼女達の前で図面を眺めていたマイヤがふと声を上げた。
「はくちょう座って北の十字星ノーザンクロスって言われてるんでしょ?」
 言いながら板の上ですっと十字を切る。その仕草にキアラはふと眼前のセレスを望んだ。
(「白鳥って、セレスに似合いそうって思ったんだけど」)
 それは彼女が大切に持つ十字架と重なったからだろう。込められた想いを知らずとも起因は理解できる。そう思うキアラを余所にセレスは白鳥座の十字線の根元に指を置くと思い出しながら口を開いた。
「ここ、口の部分がアルビレオだったかしら。白鳥座はアルビレオの二重星が綺麗だって何かで読んだから……サファイアとトパーズみたいだって」
 二重星。その言葉にふとセレスが言葉を零す。
「ねぇキアラ、アルビレオの部分二重星にしたいんだけど、どうしたらいいかしら?」
「ん……片方パンチで開けて、もう片方は針で開けるとか?」
 思案を始めた二人の前でマイヤがセロハンの起用はどうかと助言する。宝石と同じ青と黄のセロハンを貼れば綺麗な色合いが出るだろう。
 そんな大人達の話の間に針を手に取った鈴は自身の手を刺してしまわないかと心配する。そんな彼女にセレスはすぐに気が付くと優しく声を掛けた。
「鈴ちゃん、無理に針じゃなくても大丈夫よ?」
「ええ、針は危ないから、鈴ちゃんはこれを使ってお星様を作りましょう?」
 言ったアイザックの掌から現れたのは星が描かれた四角く硬そうなプラスチック──パンチクラフトと呼ばれる紙細工の道具だった。下部にある隙間に板を挟んでボタンを押す事で描かれた図形に穴が開くという優れものである。
「これつかったら、お星さまになるの?」
「そう、このパンチ使えばお星様が作れるよ。鈴ちゃん使ってみたらどう?」
 キアラに促された鈴はその手にパンチクラフトを乗せると、周囲の仲間達に視線を送った。不思議な物との出会いに思わず頬を紅潮させるとやりたーいと元気な声が上がる。
 そうして全員が取り掛かった白鳥座は次第にその全貌が明らかになりつつあった。周りを囲む飾り星も入れて行けばらしいものができていく。そんな様子にアイザックは改めて小さく笑う。
「手作りのプラネタリウム、なんて素敵ね」
「うん、自分達で星座作れるの素敵だよね!」
 アイザックの言葉にマイヤはそう答えると傍にいた自分の相棒であるボクスドラゴンのラーシュに微笑みかける。そんな彼女にお気に入りの星は無いのかと尋ねれば恥ずかしそうな顔を見せた。
「好きな星座はね、フォーマルハウトって知ってる?」
「ふぉーまるはうと?」
 それは秋の夜空を彩るみなみうお座の星だ。火星よりも際立つかの星はぽつんと夜空に光る秋唯一の一等星だという。
「マイヤちゃんの好きなお星様、私も気になるわ」
「きっと凄く綺麗な星なんでしょうね、私も皆と見てみたいわ」
 アイザックとセレスがそう続けると、急に鈴の顔が星の様に輝いた。
「マイヤおねーちゃの好きなお星さま、こんどみんなでさがそーね」
「好きな星座を探すのいいね。今度教会で皆で夜更かしして星見会する?」
 そうしてまた集まって。
 悪戯を誘う様にキアラが言うと仲間達は嬉しそうに笑って頷いた。

●星語り
 ぱちんと小気味よい音がするのは持ち前の思い切りの良さがあるからだ。
 勢い無しになかなか綺麗に切り取れないパンチクラフトも、いつでも元気印のリリウムにかかればすぐに手に馴染んでしまう。もっとも、図面を忘れて描く星の位置とは違う所を落としてしまう場合もあったが、それは一緒に作業をしていたエルスがフォローしてくれていた。
 彼女達が作るのは北斗七星を抱くおおぐま座だ。これが何故くまに見えるかは疑問だと思ったのか、リリウムはついつい他の人の手元を覗いてしまう。ぴこんと尻尾の揺れる様子で集中が切れている事を知ったエルスは苦笑すると困った様に声を掛けた。
「ほらリリウムちゃん、ぼ~っとしたら危ないのよ」
「はいっ元気です!」
 ぴょいんと尻尾が上がるとお耳もしゃっきりと伸びる。ついつい朝の健康観察の様に返事を返したリリウムは、すぐにぱちぱちと穴あけに戻った。そんな彼女にエルスはふうと息を吐いた。
 ぱちぱちぱちん、一生懸命作業に取り掛かる彼女達の隣では、同じくのおおぐま座に挑む『空団』の面々の姿があった。
 元々ペガスス座の希望が上がったが、その配慮をサイガが断ったのだ。実はこっそり挑んでキソラの予想通り謎の生き物が出来上がりそうになった――か、どうかはわからないが結局おおぐま座に落ち着いたのだった。
「ほーコイツは割とそんまま歩く動物味あんね」
 しげしげと図面を眺めたサイガはそう声を上げる。星に関しての知識があまりない彼にとっては少しでも名称と形が通じている方が親しみやすいのだろう。その指で星々を辿っている彼の姿に、ティアンはおおぐま座の下部を見る様に促した。
「そこ、ホクトシチセイがこの星座に入ってるらしいぞ」
 片言で告げた星はどういう謂れの星かは知らず、馴染みが薄くとも名前を聞いた事くらいはあるらしい。それはサイガも同じなのか思い出そうと眉をひしゃげる。
 すると。
「あ、北斗七星なら分かるヨ」
 意外な声に振り向けばキソラがにんまりと微笑んでいた。少しだとしても知っている星があると馴染みやすいのは同じだったのだろう。立ち上がったキソラはサイガの持つ図面を覗き込むと星を巡りその形を示した。
「で、こっからこう。この辺に北極星でしょ。方角見るのによく使う星は覚えてる。冬のシリウスとかね」
 元々、北斗七星は冬の代表的な星座である。今回は夏の星座に主役を譲っているが北斗七星は旅人が道しるべとして著名な星であり夜空の中でも見付けやすいものだった。
 そんな話を熱心に聞き入るティアンとは裏腹にサイガは一向に頭の中に留まらないらしい星の名前に唇を尖らせた。
「……何度かキソラからも聞かされたよな気もするが、俺にゃ定着してないわ、ホクトサン」
 言いながらぷっすぷっすと話題の北斗七星の周りに稚魚、もとい『稚星』をあけていく。その様子にティアンはふと星の明るさは距離によって違うという事を思い出した。
 明るい星はそれだけ近く、暗い星はずっと遠いと聞く。どれも明るく目立つからこそ星座として名を与えられている──案外彼らは本当に近くに存在るのかもしれない。
 だったら。
「ホクトシチセイみたいに集まりの星に名前があると呼びやすくていい」
 ──空団とか。
「団の?」
 零した言葉にサイガが星を紡ぎながら答えると、その後にキソラの笑い声が聞こえた。
「はは、ナンか星座になったみたい」
 星の様にきらきらした集まりならば楽しくてイイ。
「結ぶとすげえフリーダムな形になってプラネタる難易度上がる気しかしねえな」
 はしゃいだ言葉を気にもせずサイガはぷすりと星を刺す。そんな彼らが作り上げた星々を確認しようと、ティアンは板に手を伸ばすとそろりとその穴を指の腹で読んだ。
 三つ並んだ星がある。でこぼこに開いた感覚はどうした訳か愛おしい。
 本物の空に星を結ぶ線はなくとも隣り合えば仲間同士──ついとなぞった指の腹に心地良い感覚が残っていた。

●星願い
 星々には遠い記憶に紡がれた物語があるという。
 それは地球の滅亡以前に在ったかもしれない昔話──その成否は確かでなくともただ伝え聞く古物語は誰もが憧れと浪漫を抱くのに十分なものだ。その一端を描くかの様に手にした道具を丁寧に繰りながら、メイザースは星々を作り上げていく。
 かの語り部が作るのは今日の主役にちなんだりゅう座だった。
(「確か神の林檎の園の護り手だったかな?」)
 おおぐまこぐまの隣に座すかの星座はある英雄の話に登場する存在だ。自分の手でそんな星を作るとは素敵な誘いだと微笑んでいると同じくりゅう座を作るキースの姿に目を止めた。
「うむ、意外と……」
 難しい。細かい作業に苦戦しつつも、こんな感じだろうかと大体形作ったキースは息を吐く。
 灰色の瞳に真剣な色を湛えた青年は不器用ながらも丁寧に目打ちを動かしていた。ふと、その手が図面に伸びてりゅう座の位置を確認すると小さく息を吐いた。自信は無かった星作りだが案外どうにかなるものだ。キースは星である穴を起点に指を滑らせると、出来上がった空の図形がりゅうの頭の部分であると思い出して不思議な心地になった。
 過去の何者かが倒されて星座にされるという話は沢山聞くが、このりゅうも同じように倒されて星になったと聞く。
 ──黄金のりんごをきちんと守っていたのに、無念、というやつだろうか。
「蝕む毒は辛かったろうに。お前はよくやったよ」
 そう口にしたキースは思わずりゅうの頭の部分を撫でてしまう。その時、ふと気配を感じて顔を上げれば様子を見に来たと思わしき見慣れた黒龍の姿があった。
「上手い具合に出来ただろうか?」
「大丈夫だ。いいりゅうじゃないか」
 挨拶を交わした後でキースが訊ねると、ギュスターヴはそう言って嬉しそうに目を細めた。どうやら集まった皆が楽しそうに過ごしている事にほっとした様でようやく自分も落ち着いたらしい。もちろんフォローに回る事も忘れてはいないと告げた黒龍にキースは思わず笑みを零した。
 そういえば今日はそんな日だったのに。
「今日は誕生日と聞いた。誕生日おめでとう」
 それは覚悟はしていたもののやはり嬉しいものだったのだろう。黒龍ははにかむと静かに息を吐いた。
「ありがとう、感謝するよ」
「今年も、よい年になるといいな」
「ああ、そうなれば嬉しいものだ」
 願うなら君の迎える夏の日もそうある様に──言葉を交わす二人の隣では、マヒナがわくわくを抑えきれないのか微笑みを浮かべながら星座図を眺めて目打ちを手に取っていた。彼女の指が描くのは嫋やかに夜空に羽ばたく白鳥座だ。
「えっと、一等星は大きめに穴をあけて……」
 しっかりと位置を確認して二重星に手を止める。やはり好きな星だからこそしっかりと表現したいもの。横長の穴にならないように気をつけながら慎重に道具の位置を決めた。ひとつ、ふたつと真剣に星を作り上げていけば、疲れも何も思ってはいられない。それでも呼吸は正直で、マヒナは顔を上げると大きく息を吐いた。
「……ふう、なかなか細かくて大変な作業だね」
 だが、完成した時の喜びを考えるとそちらの楽しみの方が勝る。よしと気合を入れて再開したその隣では、エリザベスがギュスターヴと分担したわし座を作っているのが見えた。
 彼女が作るわし座は夏の夜空を彩る重要な星座のひとつである。夏の大三角と呼ばれる艶やかな輝きを担う為、微妙なひし形のバランスを一生懸命確認すると、確実にその位置へと星を打った。
 星に関する知識はないというエリザベスだったが、それでもみんなの観賞会を楽しませたいという気持ちがあるだけで、その作品は十分素晴らしいものになる。
 そんな彼女の手元を眺めていたギュスターヴは、改めて律やアラタ、藤尾らと分担を確認するともうひとつりゅう座に向かい合うオペレッタに視線を向けた。どうやらこうした事は相性が良かったらしく黙々と作業に打ち込んでいたオペレッタだったが、黒龍が隣へやってくると手を止めた。
「……わからないことがあります。星々をつないだ星座、嘗ての人々は、なぜ、この形をそうなぞらえたのでしょう……?」
 手にした図面と黒龍を見比べるとオペレッタはことり、と小首を傾げて瞬きをする。
「エラー、エラー。みえざるものは不思議、です。星座も、ココロも」
 ココロ。それはオペレッタにとって生きていく価値を掴むものだ。それを知ったのは彼女の運命に関わる出来事があったからだ。
 それはあさぼらけの朝に救われた記憶だった。助かったとさえ思うのは、彼女が繋いだ縁が駆け付けてくれたからだろう。その導きはギュスターヴが繋いでくれた『点』だという。
「ゆえに、『これ』は、かんがえます。我々が希望ならアナタはきっと、希望の結び手だと」
 告げた娘は色彩の踊る硝子の瞳をしかと黒龍へ向けていた。その様子に思わずギュスターヴが微笑みを零し、口を開き掛けた所で甘やかに音が落ちた。
「ありがとうございました、ギュスターヴ。それから、お誕生日、おめでとうございます」
 それは不意打ちだ。
 礼を告げて頷くと黒龍は自身の手を望んだ。星を作る道具を持つ彼女の手は滑らかでまさに人形の様だ。だからこそこの爪ではその滑らかな肌を気付つけやしまいかと思った。不要な心配ではあったがそれでも心がひやりと嗤うのだ。
 少しの間を以て黒龍は目を閉じると息を吐いた。途端、長い爪と黒い鱗が溶けていく。否、鱗が肌へと一体化し滑らかな肌が現れその顎に整えられた顎髭が張り付いていた。そうして現れた色黒の男はオペレッタの手の甲に指を寄せると紅茶の瞳を細めて呟いた。
「ありがとう、感謝を」
 人の身を象り不器用な礼を告げたギュスターヴにオペレッタはぱちくりと瞳を瞬いた。

●星守り
 空の星。その美しさに魅入られるのも生きている故の憧れなのかもしれない。
 ──はくちょう座に輝く十字の星は、サザンクロスに対してノーザンクロスとも、呼ばれるものです。その顎にある二重星アルビレオは全天でもっとも美しいって言われるもので──。
 オルゴールの音に招かれて澄んだマヒナの声が響いていく。彼女の手にした赤いポインターが室内を埋める星々の形をなぞれば、望む仲間の感嘆の声が漏れていた。
 細工を終えた板を十二面体に組み上げてターンテーブルに乗せ、そのまま灯を入れると部屋の中はすっかりプラネタリウムらしくなっていた。外からの光を暗幕でしっかりと遮断したおかげで余計な光を感じる事なく星を望むにはいい環境だ。元々は貸会議室であったが、柔らかなカーペットの上に厚めのマットを敷いて各々がクッションを持ち寄れば、ソファーの上で寝転んでいる様な感覚になった。
 しっかり空調を効かせた室内で、エリザベスはベリーサイダーを口にしつつしみじみと『星空』を見上げた。
「星々はもうずっと昔から……私達を照らし出し続けてくれているのよね」
 この星で過去から行われている人の営みやデウスエクスとの戦いを星々はずっと見守り続けている。そう思ったからこそ星へ手を伸ばすとエリザベスはかのヘリオライダーが口にするという『希望』という言葉に自分達が地上の星であればいいと思った。
「この星の『希望』の光として輝きながら、空で見守ってくれているすべての星々へ届けられたなぁ」
 今見えているのは偽物だとしても今見える星空はそう思えるほどの美しさがあった。それは見惚れる程の輝きであったから──その煌めきを目に映したまま冷たい飲み物を片手にリリウムはぽかんと口を開けていた。
 くりんとまん丸になった目に思わずエルスは笑ってしまったが、実際に作り上げた星空を見てしまっては無理もないと思った。
「これは素敵ですね……」
 思わず零したエルスの感嘆にリリウムの首がこくんと動く。圧巻とはこういう事だろうか。この様子だとはお口にリーフパイを入れても気が付かないのではと思ったが、その悪戯はまた今度にした方がよさそうだ。かわりにオラトリオは星へと視線を移すと楽し気に質問を口にした。
「リリウムちゃんが作った星座はどれか、わかりますか?」
「はっ! わかりますですよーあそこにあるのがおおきなくまさんですっ!」
 我に返ったリリウムが自信満々に指を差したのは天球の南東──へび使いと呼ばれる者が座す星座だ。エルスはちょっと違うなぁと苦笑するも気を取り直して再び声を掛けてみる。
「……残念、もう一回見てみよう?」
「じゃあこっちですー!」
 元気いっぱい、びしりと指を指したがまた違う。次こそはと意気込むリリウムの指が探し物のおおぐま座をようやく射止めた頃に、メイザースは竜派の姿へ戻ったギュスターヴの隣へと腰を下ろしていた。
 黒龍に久し振りと告げ、誕生日の祝いを付け加えれば、相手は苦笑しながらも有難うと答えを返した。なんとなく居心地が悪そうなのは、彼自身も会う機会を逸していた事を気掛りであった為だろう。
「寂しい思いをさせたか」
「年上をからかうものではないよ?」
 思わず出た言葉遊びは心地良いものだった。だからこそ気兼ねなく笑い合う。その微笑みに安堵したのか、二人は手にしたサイダーグラスを揺り手に持つと、その下部を当てて音を鳴らした。硝子と氷の涼音が心地よい音として耳に響く。そうしてちびりと甘みのある一杯を舐めながら、メイザースは星空を望むと眩しそうに目を細めた。
「……先日は世話になった、心配を掛けてしまったかな」
 それは少し前の話だった。メイザースの運命として交差した存在があり、その悲劇をギュスターヴが予知したのだ。宿敵との着地点が流星にならずに済んだと笑っていたが、それは仲間達と彼自身が掴んだ結果があるからだった。
 そうして無事に今日ギュスターヴを祝えた──あの日の助太刀と何より黒龍の予知あってこそと夢紡ぎの騙り部は知っていた。故に今日は言っておかねばならないと思ったのだ。
「ありがとう。これからも、よろしく頼むね?」
「こちらこそ。不甲斐ない私でよければ」
 面映ゆいと感じるにはあまりに忍びない。見返す黒龍の紅茶の瞳が穏やかに揺れる。それは強気でもあり弱気でもある心の表れかもしれなかった。
 今日の様な我が侭はいつもは言える訳ではない。それは黒龍が『誰かを支える事』が自分の第一の役目だと思うからだ。それ故に甘える事は少ない──それでも信じてもらえるならば少しだけでも自身の戒めを緩めてもいいのかもしれない。
 でも、それが星の様に消えてしまうのならば。
「……寂しいと思うんだろうな」
 僅かに零れたその言葉がどこに届いたかはわからない。
 二人の視線が静かに空へと上がると、一度だけ作り物の星々が瞬いた様な気がした。

作者:深水つぐら 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月1日
難度:易しい
参加:18人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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