城ヶ島制圧戦~蒼迅

作者:七凪臣

●城ヶ島制圧戦、開始
 城ケ島の強行調査を行った結果、得られた情報はケルベロス達にとって実に有益なものであった。
 肝となるのは、城ケ島に『固定化された魔空回廊』が存在した事だ。
 この固定化された魔空回廊へ侵入し内部を突破出来れば、ドラゴン達が使う『ゲート』の位置を特定する事が可能となる。となれば、その周辺地域の調査を実施た上で、ケルベロス・ウォーにより『ゲート』の破壊を試みることも出来るだろう。
 それ即ち、ドラゴン勢力の新たな地球侵攻を防ぐということに他ならない。
 更に、ドラゴン達は『固定化された魔空回廊』の破壊は最終手段と考えている事も、調査によって分っている。
 つまり、だ。
 電撃戦で城ヶ島を制圧し、魔空回廊を奪取する事は、決して不可能な話ではない。
「お願いします。ドラゴン勢力のこれ以上の侵略を阻止する為にも。皆さんのお力をお貸し下さい」
 何時になく、リザベッタ・オーバーロード(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0064)は口調は熱かった。
 だが、ドラゴン勢力の急所を押える事が出来るかもしれないという可能性を前にして、熱くなるなという方が無理かもしれない。
 そして少年紳士は、城ケ島制圧戦の一切を語り出す。

●蒼き雷竜
「今回の作戦は、仲間の築いてくれた橋頭堡から、ドラゴンの巣窟である城ヶ島公園へ向け進軍する事になります」
 進軍経路などは全て、ヘリオライダーの予知によって割り出されている。当然、それに外れた行動は厳禁だ。
 そうして相まみえたドラゴンと戦い勝利しなければならない。固定化された魔空回廊を奪取するには、ドラゴンの戦力を大きく削がねばならないからだ。
「容易い相手ではないのは重々承知しています。ですが、敢えて言います――絶対必勝の心積もりでいて下さい、と」
 敗北は、見えた希望の光を消し去る事に繋がりかねない。無論、無理に無理を重ねろ、というのではない。ただ、折れぬ心であって欲しいということ。
「……宜しいでしょうか? それでは、皆さんに倒して頂きたい個体に関してですが――」
 リザベッタが詳らかにしたのは、しなやかな肢体に蒼い鱗を纏ったドラゴンについて。
 銀の鬣を持ち金色の瞳を持ったそれは、雷の力を使い、動きは外見に見合った俊敏さ。
 性格は冷静沈着。己が強さをよく理解しており、その上で、都度都度の最適解を択び採る才覚もある。例えるなら、頭脳派の武人といったところか。或いは、獲物を虎視眈々と狙う野生の獣。
 卑怯を好まぬ性質らしく、戦いは見晴らしの良い場所での正面からのぶつかり合いになるだろう。
「厳しい戦いになると思います。けれど、こういう局面こそ燃えるもの……ですよね? 皆さんなら大丈夫、僕はそう信じています」
 お任せしました。そう告げる緑の双眸には、ケルベロス達への信頼が溢れていた。

 蒼きドラゴンが、雷光煌めく視線をゆっくり巡らす。
 まるで「さぁ、我が前に出でよ」と手招くように。


参加者
朽葉・斑鳩(太陽に拒されし翼・e00081)
灰木・殯(生命調律者・e00496)
アイリ・ラピスティア(宵桜の刀剣士・e00717)
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)
立花・ハヤト(ラズベリードリーム・e00969)
神崎・修一郎(漆黒の刀剣士・e01225)
大粟・還(クッキーの人・e02487)
弧ヶ崎・戮應(老獪なる古刀・e04032)

■リプレイ

●強者
「こういうの結構好きですよ、私」
 分かり易くて、良い。
 開けた視界。真正面から吹いてくる風に優美な胡蝶蘭咲く前髪を遊ばせ、大粟・還(クッキーの人・e02487)はニッと口の端を吊り上げた。
 無論、それはただの風ではない。
 ピリピリと肌を突き刺すプレッシャー。靡く銀色は鋭い剣閃にも似て。しなやかさと強靭さを併せ持つ巨躯は、見紛うことなくコードネーム、デウスエクス・ドラゴニア。全てを超越した力を得るために進化した、究極の戦闘種族。
「るーさん」
 還の声に、主のそれと同じ色彩の翼を有す猫が、最前線へ翔ける。
 直後、大気が低い唸りを上げた。疾駆からの、急停止。生まれた反動は、撓る尾に乗せられ、前衛を担う者たちをまとめて屠る力へ換わる。
「ごめん、ありがとうっ」
 朽葉・斑鳩(太陽に拒されし翼・e00081)が還の翼猫に礼を述べたのは、小さい体が自分に代わって二人分の衝撃を受けてくれたから。対し、気にするなと言うように円らな眼が瞬く。守りの一枚としての役目を解っているからだろう。
「俺は神崎修一郎……参る!」
 凛然と名乗り、貰ったばかりの一撃の余韻を引いたまま、神崎・修一郎(漆黒の刀剣士・e01225)がドラゴンの懐へ滑り込む。そのまま、低く腰を落として佩いた刃を抜き放つ。師匠から譲り受けた霊刀、村正での冷気を帯びた斬撃に、固い鱗に覆われた表皮が血を飛沫かせながら凍て付いた。
 続いたアイリ・ラピスティア(宵桜の刀剣士・e00717)の跳躍も、流星の煌めきとなってデウスエクスを撃つ。
 しかし。
「賢く強いドラゴンさんとお伺いしましたが、力の使い方は賢くなさそうです? だって わたくし達を相手にするのですから」
 一歩先を行った立花・ハヤト(ラズベリードリーム・e00969)が繰り出した挑発と鉄塊剣は『的』を捉えるが、弧ヶ崎・戮應(老獪なる古刀・e04032)の刃は素早く飛び退って躱された。
「流石はデウスエクスの中でも強大と言われる龍種だけあるのぅ」
「本当だね」
 戮應の苦みを帯びた感嘆に、独自のグラビティで初手を挑んだ斑鳩も、狙いを貫かず終わった光矢の消失を見止め同意を返す。
「ならば、これは如何でしょう?」
「当たって、下さいっ」
 避雷針の異名を持つ杖から迸る雷、そして掌から放つドラゴンの幻影。敵を縛める事に重きを置いた灰木・殯(生命調律者・e00496)とエルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)の思惑は、功を奏したように見えた。だが、その期待もすぐに覆される。
「――っ」
 敵初手で被ったダメージを癒すべく仲間達を極光で包んだ還が息を飲んだ。何故なら、ドラゴンの鋭い爪が彼女のサーヴァントへ連撃に化けた痛打を叩き込んだから。合わせて、与えたばかりの行動阻害の因子も殆ど解かれる。
 護りに固かった筈の翼猫。されど、既に辛うじて息をする程度。
(「厳しい戦いになるな」)
 廻った二手目。しかし予断なくねめつけて来る金の眼差しが既に攻技を見切っているのを悟り、修一郎は喰らった魂を憑依させつつ改めて覚悟を決める。
 困難な相手であるのは元より承知。
 だが死地で戦う仲間の為に、ここで退く訳にはいかないのだ。

●蒼迅
 蒼い翼を水平に広げて滑空するよう地を駆け、迅撃を放つ姿は『蒼迅』と評するのが似合い。
「ふむ、知将に例えられただけはある」
 黝い色に燃え盛る片翼を大きく展開し、常は仕舞う尾で大地を打って戮應は獰猛な爪を正面から受け止めた。あばら骨が数本やられただろう衝撃に、男の口からごぶりと血が吹き上がる。だが、元軍人で現傭兵である戮應の顔にあるのは、同じ龍を背負う者としての自負。
「我が名は戮應、姓は弧ヶ崎。我等を退けたくば其の牙、其の爪にて我が護りを抜いて見せよ!」
 燃え上がらせる、地獄の炎。己が身を包み込み、自らを癒す。だが、それでも万全とはいかない回復を、並び立つ還に任せ、エルスは半透明の御業の手を伸ばしながら複雑に思考する。
 交わした手数は既に三手。還のウイングキャットを叩き伏せた猛き知将は、次の標的を戮應に定めたようだ。
(「きっと、本当に狙いたいのは殯なのでしょう」)
 ドラゴンの金眼の動きを、エルスは見逃さなかった。読み合った手管の結果、敵が邪魔と判断したのは恐らく縛めの要となる殯。しかし彼を直接狙うには、感情に揺らぎを与えて来るハヤトと戮應が目障りになる。それならば――と言った所だろう。
 果たしてその推論は、正しかった。
(「重いのぅ」)
 思わず零れた溜息にも錆びた鉄の味が混じる。策を尽くしても、削れるものは削れてしまう。何より、戦いの最中では癒し切れないダメージの蓄積が、戮應を限界へ追い詰める。
「大丈夫ですか?」
 普段は敵に対しての興味など欠片も抱かぬ還の声にも、微かな熱が籠っていた。自宅と守る「畑」に甚大な被害を及ぼしそうなドラゴンに対する敵意は無論のこと、るーさんを傷付けられた怒りもある。そんな還へ向け、戮應は後ろ手を振り余裕を応えた。織り交ぜられる竜尾の撓りに、回復陣の手も休まる事がないからだ。とは言え、共に走るハヤトの目には戮應の消耗振りは一目瞭然。
「――」
「――」
 言葉は要らない。ただ交わした視線だけで、互いに成すべき事を成す、という意思が伝わる。
「足は止めるな! 迷うなら押せ!」
 見切り回避の一手を挟みながら発した修一郎の叱咤に、アイリは思い切りよく中空へ飛び上がった。
(「未だ、今じゃない」)
 急所を裂く斬撃ではなく、機動力を奪う蹴撃。切り替えタイミングを計りつつ、アイリは漆黒のコートと青みを帯びた銀の髪を降下の風に躍らせ、ドラゴンの背を捉える。即座に打って出た斑鳩の電光石火の蹴りも、蒼迅の腹部に突き刺さった。
 息の合った連撃、されどドラゴンは泰然自若の態を崩さず。殯がけしかけたブラックスライムからも、首を振る動作だけで逃れてみせた――そして。
「戮!?」
 砂埃を巻き上げ迫る竜尾。それと自分の間に割り込んだ人影に、ハヤトが短く叫ぶ。
「護りはハヤトに任せるのじゃ」
 一斉に前列を薙ぎ払った尾は、今までで一番の破壊力を有していた。そんなものを倍の威力で被れば、戮應の膝も折れる。だが、崩れゆく男に悔恨の念はなかった。継ぐ相手が、いるから。
「喰らえ」
 戮應の戦線離脱にも、時は止まらず。修一郎が閃かせた雷帯びた白刃が、蒼迅の脚の付け根を深く斬り裂く。直後、エルスは苦痛に歪んだ竜の目が、修一郎に焦点を合わせたのを見た。
「修一郎、気をつけ――」
「後衛、防げ!」
 エルスの忠告に、修一郎の警鐘が重なる。その意を察した時には、エルス、アイリ、還の周囲の大気は雷のブレスで爆ぜていた。
「これはっ、キツイですね」
 この日、初めて被った痛みに還の眉根が寄る。たった一撃、しかし戦いを支える癒し手たちの力を削ぐ凶悪な一撃。特に、還は厳しい状況に陥った。当然、立て直しには全力が注がれる。
 けれど、これは竜の布石。真の目的は、エルスが見た一瞥の方。
「、っ!」
 先程の礼のつもりか。黒塗りした西洋鎧を貫通し胸部を抉った爪に、修一郎は唇を噛み締めた。
「――邪魔ダ」
 頭上から聞こえた声は、まるで雷鳴。二手に一度とはいえ、修一郎が繰り出す斬撃を、蒼迅は看過できなかった。迸る殺意が、修一郎に向けられる。
「失セロ」
 それは絶対の響き。

 一度、瞼を落とし意識を鎮める。
 そうして再び捉えた光に、修一郎はすっと自然に村正を閃かせた。
「一ノ太刀……紅葉!」
 叶うなら終いまで取っておきたかった一薙ぎが、美しい軌跡をドラゴンの身へ刻む。
 男は、よく耐えた。ハヤトも文字通り己が身を削って庇い、癒し手たちも必死に力を紡いだ。だが、蒼迅は賢く、強かった。
 ずぶり。身の内を無残に荒す音を聞いた修一郎は、倒れながら緩やかに意識を手放す。
「いいでしょう。望むところです」
 ――所詮、自分もバケモノ。
 巡り来たドラゴンの苛烈な眼差しを、殯は覚悟をもって正面から受け止めた。

●戦女神の天秤
 多分、一つボタンを掛け違えたようなものだ。思惑と現実の小さな食い違い。普段相手取る敵ならば問題にはならなかったろう齟齬が幾つか重なり、厳しい戦いを強いられる事になったのは、それだけドラゴンが強大な敵である証。
(「我々が未だ及ばぬ絶対強者」)
 エルスと還の忙しない息遣いが、殯の耳にも届く。只管に回復を紡ぎ続ける彼女たちも、全力だった。
(「なればこそ、それがどうしたと言い捨てましょう」)
「これ以上、好き勝手させるつもりはありません!」
 殯を庇う位置で仁王立つハヤトの小柄な体が、大きな盾に見えた。事実、ハヤトは必死に殯を護った。怒りを買い、己が身を捧げ。それが眼前のデウスエクスから勝利をもぎ取る最善の策と信じて。
 殯は、その信に応えねばならない。敵を、縛る。解いても解いても、解けぬ程に。
「ヒトに仇なす者を挫く事こそ我が役目なれば――」
 そっと呟き、殯は意思としての観察眼を駆使し蒼迅の死角へ走り込むと、巨大な尾の付け根にブラックスライムを齧りつかせた。
 ぶるり、不満を訴えるように蒼鱗に覆われた表皮が戦慄く。
「させませんっ!」
 振り向きざまに翳される凶悪な爪。けれど、それが殯に届くより早く、ハヤトが間に身を捻じ込んだ。
「――っ! わたくしは、戮に託されたのです」
 被った凶撃にハヤトの魂が、肉体を凌駕する。折れぬ意志を糧に、細身のレプリカントは鉄塊剣を構えて蒼迅へ超加速突撃した。
「ッ」
 衝撃に、巨体がよろめく。
「この時を待ってたんだよ」
 機の到来を悟ったアイリが、前線へ駆け上がって鞘から夜色の刀身を抜き放つ。衝突する間際、軽く跳躍すれば、桜の花弁のように見える霊気がふわり漂い、美しき斬霊刀が蒼迅の首筋を縦に裂いた。
「この光に触れる先に在るは艱苦か、其れとも享楽か」
 斑鳩が、武器から精製した太陽の光を弓矢として構える。
「知るは汝の身をもって。貫け!」
 初撃では躱された一手が、時の変わり目を告げる暁となった。
 満足そうに微笑み、ハヤトも最後の攻めに出る。次は、もう耐えられない予感があった。ならば、渾身の一撃を。
「オートモードに入ります、思考自動停止。リミッター解除、パワー10%…25%……70%………ターゲットロックオン。ジェノサイド」
 殺意も無く慈悲も無い。ただ敵を駆逐するのみの人形の一撃は、ここまで耐えた分だけ威力を増してドラゴンを灼く。
「ハヤトさんと私、どちらが先でしょう? ですが、ただで倒れるつもりはありません」
 不敵に微笑み、殯がライトニングロッドで天を突いた。轟く、雷鳴。竜の咆哮の如き光と音の共鳴が、蒼迅を撃つ。

「宵闇に浮かぶ月の如く。冷たく、鋭く、鮮やかに」
 力を呼び寄せる言霊をアイリが歌う。
 宵桜・氷月。冠する名に相応しいグラビティは刃を介し発動し、月弧を描いて敵を断ち、血を溢れさせる傷口を凍てつかせ砕く。
「為ラヌ、強者ハ我ゾ」
「ね、せっかくだから知っておいて。俺の名は、朽葉斑鳩。君には君の在り方があるように、俺達にもこの世界を守る使命がある」
 斑鳩も走っていた。更にガントレットに内蔵されたジェットエンジンで速度を増すと、鋼の拳を鱗がぼろぼろになった蒼迅の腹部に叩き込む。
「皆さん、成し遂げましょう」
 白い椿咲く長い長い銀髪を余波に躍らせ、エルスは小さな翼を羽ばたかせ禁断の断章を紐解いた。
 ハヤトと殯は、混沌の眠りに落ちている。結果、残されたケルベロスは最初の半数。けれど、可能性の光を視て攻防は続く。
「クッ」
 ドラゴンが不意に踏鞴を踏む。振り抜きかけた尾が、虚しく大地を叩いた。
 何一つ、無駄になったものはない。全ての積み重ねが、戦女神の天秤をデウスエクスへ死を与えられる者たちの側へ傾ける。

●餞
「斑鳩さん、頼みます」
「任せて」
 還から届けられた真に自由なる者のオーラに、斑鳩の足が軽やかに大地を蹴る。不規則に跳ねた雲路に、蒼迅の爪が空を切った。
「俺達は敗ける訳にはいかないし、そもそも敗けるつもりもない!」
「グォオォォッ」
 貰った支援に背を押された気脈立つ指先に、巨体が明らかな苦痛を訴え吼える。
 悠々と立つ者はいない。全員が、疲弊していた。でも、志の炎は一層鮮やかに燃え上がる。
「そうです。私たちは、例えどんな手を使ってだって勝つんです――終焉の幻、永劫の闇、かの罪深き魂を貪り尽くせ!」
 エルスが虚無と堅実の狭間から招いたのは、時折夢に浮かぶかつて滅亡した世界を覆う闇。大きく膨れ上がった漆黒が、最初の輝きを失った蒼を飲む。
 還も隙を縫って果敢な蹴りでドラゴンに一矢報い、
(「あの子は、私の友達。大事な、友達」)
 アイリは脳裏に林檎色を思い浮かべ、しかし淡々とブレスを吐いたばかりのドラゴンの首を捉え金の眼に刃を突き立てた。
 一拍遅れての絶叫は、思わず耳を塞ぎたくなるほど。至近距離で鼓膜を揺さぶられ、それでもアイリは顔色一つ変えずに終焉を手繰り寄せる為に一帯を見渡す。
 同朋が流した夥しい量の朱が、地に染みていた。それ以上の蒼迅の鱗や肉片も、散っていた。
(「私はただ、お前を殺したい。私はその為に、ここへ来たの」)
「アイリ!」
 憎悪でも嫌悪でもなく、ただ滅したいという想いで胸を満たしていたアイリの名を、斑鳩が呼ぶ。
 意識を切り替えると、斑鳩の拳が蒼迅の片翼をあらぬ方向へ捻じ曲げていた。
「トドメを!」
「お願いしますっ」
 敵を見据えたままエルスは透けた御業の手でデウスエクスの首を掴み、還はやればできると信じる心が魔法に変えて、そうしてアイリに託す。
「ナラヌ! サセヌ! 我ハ滅ビヌッ」
 有り得ぬと信じていた絶命を前に、蒼迅が否定を訴えアイリに襲い掛かる。圧倒的強者の爪は、変わらぬ威力で以てアイリの肩を穿った。
「いいえ」
 ぼたぼたと溢れ落ちる血を腕を払って吹き飛ばし、アイリは最期の一刀を構える。
「お前は、滅びる」
 それは宣告にして誓いの詞。
 怜悧な切っ先で描く、冴えた月の弧。時をも止めるかのような艶やかな一閃は、胸を破り心臓を貫いた。
「――……」
 上げることさえ叶わぬ断末魔。斯くて蒼迅は、その鼓動を止めた。

「修一郎とハヤトは任せていいかな?」
 辛うじて意識のある戮應と殯に肩を貸した斑鳩が、アイリと還に助力を請う。
「了解だよ」
「お任せ下さい」
 この時の為の怪力無双。少女と普段はやる気の出ない女はそれぞれ深手を負った仲間を担ぎ上げる。
 蒼きドラゴンとの戦いは、ケルベロス達の勝利で幕を閉じた。この結果は、魔空回廊へ挑もうとする同朋への餞になるだろう。そしてきっと彼らは聞ける筈、大いなる戦果の勝鬨を。
「エルス、帰ろう」
「――はい!」
 斑鳩に促され、エルスは走り出しかけ――一度、振り返り、蒼迅の骸へ敬意を込めて一礼を手向けた。

作者:七凪臣 重傷:立花・ハヤト(白櫻絡繰ドール・e00969) 神崎・修一郎(漆黒の刀剣士・e01225) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月9日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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