大菩薩再臨~究極の料理ここにあり!

作者:坂本ピエロギ

「おおお……おおおおお、素晴らしい!」
 小さな厨房で産声を上げた料理を前に、風雷堂・謙吉は歓喜の声を漏らした。
 白い大皿に載っているのは、一杯のチキンライス。香しい匂いを漂わせる究極の一品は、いかなる者の食欲も呼び覚ますに違いない。
 赤と緑の野菜に彩られた皿の中央に鎮座するはトーチカの如き佇まいの大盛りライスだ。ふわりと立ち昇る湯気には、丁寧な仕事が為されたトマトソースと地鶏の仄かな脂の芳香が絡み合い、食した者に至福の境地を約束する。
 天辺で旗を振るタコさんウインナーも、今日はちょっぴり誇らしげだった。
「風雷堂・謙吉よ。天聖光輪極楽焦土菩薩の力、しかと譲り渡したぞ」
「ありがとうございます、菩薩の使者よ!」
 カウンターに腰掛けるビルシャナに、料理人である謙吉は深い感謝を捧げた。
 今まで無名のビルシャナに過ぎなかった彼は、この『菩薩の使者』を名乗る存在に授けられたグラビティ・チェインによって、持てる才能を余すところなく開花させたのだ。
「この力があれば、私が作る料理を世界中の人々に食べて貰う事も夢物語ではない……!」
 謙吉の脳内には、料理のイメージが泉のように湧いて来る。
 チキンライスにハンバーグにトンカツ。それから、それから……。作り慣れた洋食の料理たちを、今なら世界一美味しい究極の一品に出来る。そんな確信があった。
「謙吉よ。次なる仲間へ力を授けるため、お主は我と来るがよい」
「分かりました。お供いたしましょう」
 謙吉は胸を張って、使者に言った。
「新しく迎える同志のために、究極の料理で宴席を設けようではありませんか。貴方もお皿くらいは並べてもらいますよ!」
 使者はそれを聞いて「えっ我も手伝うの?」と言いたげな顔で暫し沈黙するも、
「全ては菩薩の御心のままに」
 そう言って厳かに頷くと、謙吉を連れて旅立って行った。

「招集の呼応に感謝する。ドラゴン・ウォーの勝利によって解放が進んでいたミッション地域の一部が、ビルシャナ勢力の手によって破壊される事件が起きた」
 昼前のヘリポートで、ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)は集まったケルベロスにそう告げた。
 事件を起こしたのは『天聖光輪極楽焦土菩薩』と呼ばれるビルシャナだ。このビルシャナはドラゴン勢力の占領地域を破壊してグラビティ・チェインを奪取し、ビルシャナ大菩薩を再臨させるために強力な手駒を集めようと画策しているという。
「お前達には急ぎ、この手駒達を撃破して欲しい。まず敵の詳細だが――」
 王子が予知した敵は、全部で2体。
 1体は静岡県磐田市にある竜牙兵の占領地域跡から生み出された、『菩薩の使者』と呼称されるビルシャナ。そしてもう1体は『ビルシャナのカリスマ料理人・風雷堂・謙吉』というビルシャナだ。
「ビルシャナ達は現在、磐田市郊外の閉店した洋食店にいる。謙吉は店内の厨房で、一般人に布教するための料理を作っているようだな」
 謙吉は『究極の料理』を求める洋食料理人で、教義の全てを料理に込めている。彼が作る料理の香りはあらゆる者を引き寄せ、一口でも食べた一般人はたちまち信者となり、彼と同じビルシャナになってしまうらしい。
「シャッターの下りた店内にいるのは謙吉と使者のみだ。周囲の避難は、現場に着く頃には完了しているだろう。新たなビルシャナと合流する前に、奴等を撃破してくれ」
 謙吉はチキンライスやハンバーグなど、洋食のオーラやグラビティを飛ばして攻撃してくるようだ。使者も概ね似た攻撃を行うという。
「使者に強化された影響で、謙吉は通常のビルシャナとは比較にならぬ程に戦闘能力が向上している。しかし未だその力を十分には使いこなせていないようだな。謙吉の教義――この場合は彼の作る料理だが――を褒め称えるか否定すれば、大きく弱体化させられる」
 料理人である謙吉は、自らの腕を振るう事に喜びを感じるビルシャナだ。客を装って料理を注文すれば、喜んで振舞ってくれるだろうと王子は付け加えた。
「教義を否定する場合は、否定した者の考える『究極の料理』を作って振舞わねばならぬ。料理については現地で食材や調理器具を借りて作る事も、ヘリポートで作って行く事も出来る故、必要な物があれば後ほど申し出てくれ」
 ちなみに謙吉の教義については「肯定」か「否定」の片方しか選べない。
 料理の美味さを褒めた後に、自身の考える究極の料理を振舞う事も可能だが、この場合は後に取った行動である「否定」の効果のみが現れるので注意が必要だ。
「思う存分料理を食べるか、究極の料理を作るか。あるいは真正面から全力で戦うか……どう臨むかはお前達に一任する。大菩薩再臨を阻止するため、確実な遂行を頼むぞ!」
 こうして王子は説明を終えると、ヘリオンの操縦席へと向かうのだった。


参加者
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
橙寺・太陽(太陽戦士プロミネンス・e02846)
瀧尾・千紘(唐紅の不忍狐・e03044)
ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)
セレネテアル・アノン(綿毛のような柔らか拳士・e12642)
之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)

■リプレイ

●一
 壁の時計が正午を刻んだ時、洋食店のドアベルがチリンと来客を告げた。
「すみません。8名ですが、空いていますか?」
「いらっしゃいませ。どうぞ奥へ!」
 袴姿の少女、之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)がドアを潜ると、厨房の方から返事が返ってきた。
 どうやら『料理人』は忙しくて手が離せないらしい。
 店内に満ちたチキンライスの香りに頬を綻ばせたセレネテアル・アノン(綿毛のような柔らか拳士・e12642)は、仲間達と一緒に奥の大テーブル席に腰を下ろした。
「うわぁ、焼いた鶏肉とトマトソースのいい匂いがします~!」
「ああ、こりゃ美味そうだ。期待できそうだぜ」
 相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)が仲間へメニューを回していると、カウンターの奥にある厨房から一人の男がひょっこりと姿を見せた。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
 真っ白いコックコートに身を包んだ、恰幅の良い鳥人間。
 料理人ビルシャナ『風雷堂・謙吉』であった。
「そうだな……この店のお勧めはあるか?」
「ございますとも! 当店はチキンライスが大大大の大! お勧めですよ!」
 橙寺・太陽(太陽戦士プロミネンス・e02846)が聞くと、謙吉は胸を張って答えた。
「なら、俺はそれとナポリタンを貰おう」
「……はい、はい、承りました。少々お待ち下さい!」
 全員分の注文を取り終えて厨房へ戻っていく謙吉を見送り、ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)は店内をそれとなく見回した。
「……正直、あまり依頼に来た実感が湧きませんね」
 氷水を呷りながら、ミントは小声で呟く。
 清潔な店内、美味しそうな料理。確かにこれで厨房にいるのがデウスエクスでなければ、ちょっと贅沢なランチタイムといったところだろう。
 だがミント達は知っている。
 謙吉がビルシャナであり、紛れもない人類の敵であること。
 彼の料理が一般人をビルシャナに変えてしまう、危険極まりない料理であること。
 そして彼が、自慢の料理で世界中の人々をビルシャナへと変え、大菩薩を降臨させようと目論んでいることを。
「絶対に止めないといけませんね」
「ああ、放置はできねえ。デウスエクスの被害者は一人だって増やせねえからな」
 ミントの呟きに、おしぼりで手を拭きながら泰地が返した。
 ビルシャナは個々の力こそ弱い個体が多いが、その増殖の力は侮れないものがある。謙吉とて放っておけば、鼠算式に仲間を増やしていく事だろう。
「風雷堂・謙吉。菩薩の使いによって力を授けられたビルシャナ、か……」
「そういえば、もう一体のビルシャナはどこにいるのでしょう」
 しおんはふと首を傾げる。
 自分達が店に入る時、『閉店』の札がかかったドアの鍵は、人間とは思えない何者かの力で壊されていた。天聖光輪極楽焦土菩薩の使いも、恐らく店内にいるはずだ。
「あれじゃないかしら」
 そう言って瀧尾・千紘(唐紅の不忍狐・e03044)が指さしたのは謙吉がいる厨房の奥。積み重なった食器を一心不乱に洗う、法衣を被ったビルシャナだった。
「これも全ては菩薩の意思……これも全ては菩薩の意思……」
 菩薩の使者は、ただそれだけを念仏めいて唱えながら、経紙から這い出る骸骨と共に皿を磨き上げている。
 鳥の顔ゆえ表情は良く分からないが、その声には明らかに不満の色があった。
「……そう言えば、皆さんはチキンライス以外に何か注文を? 太陽さんは、ナポリタンも注文されていましたが」
「私はオムレツとコンソメスープを」
「私はハンバーグとトンカツを頼みました~! 楽しみですっ」
 話題を変えるミントに、しおんとセレネテアルが頷いた。
「ビルシャナ飯ハンターとして、チキンライス以外の料理の味も気になります~!」
「やっぱ皆、気になるよな。俺も頼んじゃったぜ、スクランブルエッグ。腹が減っては戦は出来ぬ――ってな」
 フレデリ・アルフォンスはうむうむと頷いて、メニューをパラパラとめくり始めた。追加で注文する気満々のようだ。
「ふむ。後でハンバーグとトンカツも……待てよ、海藻サラダも一緒に頼むか……」
「フリージアさんは、チキンライスは初めてですか~?」
「はい、セレネテアル様。とても美味しそうで楽しみです」
 お誘いを快諾して良かったです――フリージア・フィンブルヴェトルがそう呟いた時。
 謙吉が給仕の使者を連れ、チキンライスをカートに乗せて運んで来た。
「お待たせしました!」
 ハンバーグ、トンカツ、オムレツにコンソメ等々、そしてチキンライス。
 どれも謙吉が料理人の心とビルシャナの教義を込めた料理達だ。
 泰地は仲間と手を合わせ、静かに感謝の心を捧げる。
「「いただきます!」」
 かくしてケルベロスの静かな戦いが、いま幕を開けるのだった。

●二
「ふわあ~! このハンバーグ、美味しいです~!」
 セレネテアルがジャブの如く放った称賛の声に、カートを下げていた謙吉の耳がぴくりと動いた。
「夢見心地です~。最高ですっ」
 俵型のハンバーグにナイフを走らせ、デミグラスソースと絡める。
 肉汁が滴る一切れを口へ運んだセレネテアルの頬はほっこり綻び、緑髪に咲いたたんぽぽもふわふわと笑い出す。噛む度に肉汁から染み出る風味は、彼女の食欲を否応なしに駆り立てるものだ。
「これは他の料理も期待できそうですね~!」
 セレネテアルがトンカツへと箸を伸ばす傍ら、太陽もまた舌鼓を打っていた。
「こっちも美味いな、最高だ!」
 太陽が頼んだのは、スパゲティ・ナポリタンだ。ケチャップの絡んだ山盛りスパゲティの上には、特大の肉団子がゴロゴロと載っている。
 大きな肉団子にフォークを突き刺し、真っ赤なスパゲティをぐるぐると巻き付けて豪快に頬張る太陽。じっくり火を通した玉葱やピーマンの甘さと、ソースに浸した肉団子の味は相性抜群だ。
「ふふふ……やはり私の作る究極の料理、美味しいようですね……!」
 謙吉は厨房で追加の料理を作りながら、満足そうに笑うのが見えた。教義の肯定を一言も聞き逃すまいと、彼の耳はケルベロスへと向いたままだ。
(「おだてに弱いタイプなのでしょうか」)
(「そのようですね」)
 しおんとミントは視線を交わし合い、謙吉を覆う菩薩のオーラがじわじわと減り始めたのを見て取っていた。良い調子だ。
 そこでフレデリも、運ばれて来た料理に賞賛の言葉を送り始める。
「このふんわりトロトロで甘いスクランブルエッグ……! 高級ホテルの朝食も裸足で逃げ出す絶品だぜ!」
「迷いますね~。どこの部分から食べましょうか」
 一方セレネテアルは、短冊状に切り分けられた分厚いカツに落とした目を、う~むと嬉しそうに泳がせていた。
 分厚い肉の歯応えを味わえる、真ん中か。背徳の魔味たる脂身を味わえる、端っこか。
「よ~し、端っこに決めましたっ」
 セレネテアルは端の一切れを摘まみ、カリカリに揚がったパン粉のザクッという心地よい歯応えと共に、透き通った脂身をまず堪能する。
 脂身は反則的に美味かった。ギトギトとした嫌な風味は皆無で、舌に触れるやスッと儚く溶けて消え、最後に甘い香りが余韻に残る。口直しに頬張る千切りには、キャベツ独特の臭みは一切なく、口の脂を綺麗に拭い去ってくれる。
 心機一転とばかり噛み締めた真ん中の肉は、これまた脂身とは全く違う美味さ。余熱で芯までしっかり火が通った肉は、顎に力を入れるとほんの少しの歯応えと共に、肉の繊維がハラッと解けていく。
「いいですねえ~……」
 まずは何もつけずに一切れ。
 次に塩、次にソース、そして次に練り芥子。気づけば皿は空になっていた。
 一方、しおんはというと――。
「何と完成されたオムレツでしょう。ケチャップを乗せるのが勿体ないです」
 黄金色のオムレツを風味豊かなコンソメと共に味わっていた。さしずめ対チキンライスの前哨戦といったところか。
 まずはコンソメで胃袋と体を温めて、ボリューム満点のオムレツをひと掬い。
 絶妙の火加減と、ほんのり漂うバターの香りに、しおんは思わず頬を綻ばせる。
「ブイヨンをブイヨンで煮出した、ダブルコンソメスープ。子供体質に合わせたであろう、少し濃い目の味付け。とても細かな仕事ですね」
「あ、ありがとうございます! 嬉しいですねえ!」
 飛び上がるように喜ぶ謙吉を観察しながら、しおんは弱体化の度合いを判断する。
(「4割ほど、でしょうか」)
 ここまでは順調だ。残りは総本山たるチキンライスで一気に攻め落とすべし――。
 ケルベロス達はうむうむと頷き合う。
「美味い!」
「良いですね」
「最高だ!」
「おいし~です~!」
 太陽、しおん、フレデリ、そしてセレネテアル。
 4人の賞賛を浴びた謙吉の力がはっきりと弱まるのを、ケルベロス達は確かに感じた。
 そしていよいよ、一同はチキンライスへと取り掛かる。
 しおんが小さなスプーンを伸ばす先、大盛りライスの上で振る旗と共に、
『勝負だ』
 不敵に笑うタコさんウインナーの声が聞こえた気がした。

●三
 ドンッと山盛りになったチキンライスをスプーンで削るようにして口へと運ぶうち、えも言われぬ旨味がケルベロス達の味蕾を刺激し始めた。
 口の中で最初に広がったのは、ライスに絡めたトマトソースの酸味だ。その後から鶏肉の肉汁と旨味が追いかけるようにやって来て、トマトの酸味と実に良い塩梅で調和する。米の火も絶妙な加減で、鶏肉の歯応えと実に馴染んでいた。
 トマト、鶏肉、ライス。
 3つの色を混ぜ合わせれば新たな色が出来上がるように、これら3つの食材は謙吉の手によって調和し、チキンライスという新たな一つの料理となって生まれ変わっていた。
「……ふむ。こいつはいいぜ」
「美味しいですね、ええ」
 泰地としおんは、教義を肯定する言葉を口にしていく。
 菩薩の力を削ぎ落とすためとも知らずに、すっかり有頂天になった謙吉。そこへミントがウインナーを啄むように食べ、細い親指を謙吉に立てる。
「この頂点を飾るタコさんウインナー、実に良いですね。鶏肉も最高です」
「おお……! 感激です!」
 謙吉はもう飛び上がらんばかりだ。このまま褒め続けていたら、本当に屋根を破って飛んで行ってしまいそうな勢いだった。
 それを好機と見たミントと仲間達は、更なる攻めに出る。
「この鶏肉、地場産の鶏でしょうか? 味もそうですが、歯応えが良いです」
 実際チキンライスの鶏肉は、噛めば噛むほど味が染み出た。適度な弾力を保った、張りのある硬さ。良い肉を使っている事はミントにも分かった。
「トマトソースも美味しいです。手間を惜しまず作っているようですね」
「はい。素晴らしい味です」
 そこへ追い打ちをかけるしおんとフリージア。
「本当だな。こんなチキンライス、今まで食ったことない」
 うむうむと頷き、同意を示す太陽。
「この芳醇さは、おかずがなくても満足できてしまうレベルです~!」
「どの料理も最高だな! お前こそ人間国宝!」
 畳みかけるようにして肯定に加わる、セレネテアルとフレデリ。
「まさに究極だな。実は俺、こう見えて料理人なんだが……こいつは完敗だぜ」
 そこへ泰地が――本業はあくまで格闘家だが――トドメを刺す。
 すでに謙吉はその力を、ゼロに近いレベルまで落としたようだった。否定か肯定か、もう一押しで完全に封じ込められるだろう。
 チキンライスを食べ終えたフリージアがテーブルに視線を戻すと、仲間が一人欠けている事に気づいた。
「あの……瀧尾様は、どこに?」
「ああ、厨房にいるぜ。何でも――」
 ――風雷堂・謙吉、貴方の料理には大きな見落としがあるようね。
 ――厨房を借りるわよ。本物の究極の料理、この千紘がご馳走してあげるわ!
「……って言ってな。何か作ってるぜ」
「そうでしたか」
 見れば千紘の料理は、殆ど手つかずのまま残っている。
 一体何を作るつもりなのかと、フリージアが想像を膨らませた、その時。
「待たせたわね」
 千紘がカートを転がして、テーブルへと戻ってきた。
 もうもうと湯気を立てる、立派な大鍋と共に。
「瀧尾様。これは一体……?」
「よく聞いてくれたわ、フリージアちゃん」
 千紘はふふんと胸を張り、高らかに宣言して見せた。
 ケルベロスと謙吉と菩薩の使者、その場にいた全員が一斉に大鍋へと視線を向ける。
「究極の料理。それはカレーよ!」
「カ……カレーですって!?」
「そうよ謙吉。言ったでしょう、見落としがあると!」
 思わず聞き返す謙吉に、千紘は頷いた。
「それは脂! ダイエット中の方や体の弱い人にとって、洋食の脂は胃に重いわ!」
 そこで、このカレーの出番よ――。
 千紘はそう言って、自分が残したエビフライにカレーをかけて一口。
 スパイシーな香りに、ただただ陶然の笑みが浮かぶ。
「ただのカレーと侮るなかれ、揚げ物専用に調合したスパイスは新陳代謝を促進し、胃もたれとは無縁な特製カレーよ!」
 千紘はよそったカレーを差し出して言う。
「これこそ究極の料理よ。さあどうかしら、風雷堂・謙吉!」
「ふ……ふふん。どうせ私の方がおいしいに決まって――」
 謙吉は千紘のカレーを一匙食べるや、
「辛ああああああああい!! み、水! 水を!!」
 火を噴いて転げまわる謙吉から、千紘は氷水をサッと取り上げて、
「スパイスで燃える身体を冷水で消すなんて無粋だわ。ほら、このチャイを飲みなさい」
 差し出された一杯を飲み干し息を整えた謙吉に、千紘は微笑んでみせる。
「どう? サッパリした体に活力が漲るのを感じない?」
「ふ……不覚です。このような料理があったとは――」
 その一言と共に、菩薩の完全に力を失う謙吉。
 同時に彼は、ふと気づいた。
 ――あれ? ところでこの人達、どうして私の料理で信者にならないんだろう?
 そこで業を煮やしたように、皿洗いを終えて出てきた使者が謙吉に言う。
「風雷堂・謙吉よ。その者達はケルベロスであるぞ」
「え?」
 謙吉はしげしげと8人を見つめ、ハッと我に返ったような顔をした。
 ほんの僅かの間、気まずい沈黙が流れ、そして――。
「も、もちろん知っていましたとも! 料理に夢中で気付かなかったとか、そんな事は全くありませんよ、ええ!」
「「嘘つけ!!」」
 その場にいた全員の声が、重なった。
 戦闘開始である。

●四
「そっちに動くの~? ……させないけどねっ」
 襲い掛かる使者の胸に、セレネテアルが放つ『先閃諷封』の蹴りがめり込んだ。
 壁を鳥型に型抜きし、店の外へ叩き出される使者。泰地の蹴りが刃と化し、謙吉を一緒に外へと吹き飛ばす。
「悪く思うなよ。料理に罪はねえが、ビルシャナを放置は出来ねえんでな!」
「大空に咲く華の如き連携を、その身に受けてみなさい!」
 ミントはワイルドグラビティでドラゴニアンの少女の幻影を召喚し、槍の乱舞と銃の乱射を容赦なく使者へ浴びせる。
「おのれ……!」
 最後に放たれる特大の一撃に、早くも息を上げ始める菩薩の使者。
 彼は具現化したチキンライスのオーラをミントへ放ち、命中と回避を封じにかかるが、菩薩の力を失った彼らは最早ケルベロスの敵ではない。
 雀の涙ほどの負傷と足止めは、フレデリの電撃杖が発動する雷の壁によってたちまちのうちに塞がれた。
「千紘が作った究極の料理、たーんと召し上がれ♪」
 千紘が放つのは『ガチガチ歯を打ち鳴らし纏わりつくカレー』。
 料理のイメージはそのまま具現化し、使者の口へ入ろうと嘴をこじ開けにかかる。それを引き剥がそうと、とっさにカレーへ手を伸ばす使者。がら空きになる守り。
 その隙を、しおんは見逃さない。
「この人がビルシャナ化したのは、お前のせいかー」
 竜槌の一振りで使者を粉砕・消滅させると、しおんは謙吉へと向き直って問う。
「最後に一度だけ聞きます。謙吉さん、こちら側に戻って来る気はないですか?」
「ありません。私には、究極の料理を世界中の人々に振舞う使命があるのです!」
「貴方の料理を食べた人々は、命を失いビルシャナ化し続けます。……それでも?」
「良いではありませんか。料理を作り、そして食べる。ビルシャナという不死の身になれば永久にそれが叶うのですから!」
「そうですか。残念です」
 予想できた結果ではあった。
 謙吉の放つチキンライスのオーラを浴びるに任せて、太陽が旋風の如き蹴りを叩き込む。回転しながら宙を舞う謙吉。しおんは小さな拳を全力で握り固めると、
「南無阿弥陀仏」
 法を説く握り拳で、謙吉を三昧の境地に導く。
「謙吉さん。ご馳走様でした」
「お粗末……様でした……」
 静かに手を合わせ、感謝を捧げるしおん。
 謙吉は微笑みを浮かべ、光の粒となって消滅した。

●五
 修復と片づけが終わる頃、泰地とセレネテアルは店の片隅にノートの束を見つけた。
 謙吉が書いたものだろうか、そこには几帳面な字で料理にまつわる事が綴ってある。
「やるせねえぜ。どこで間違っちまったんだろうな……」
「惜しいですよね~。ビルシャナの力に頼らなければ、いつか最高の『自分の料理』が作れたはずなのにっ」
 客の好物、新メニューの構想、そして料理を美味しいと言ってくれた人への感謝。
 閉じたノートの埃を払ってやり、しおんはそっと祈りを捧げる。
(「どうか安らかに」)
 戦いを終えて帰還していくケルベロス達。
 洋食店のドアベルが、最後の客を静かに送り出した。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年6月26日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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