大菩薩再臨~悪意をまき散らす者

作者:長針

 一切の光が落とされた一室。だだっ広い講堂のような場所で何十人もの人影か無機質に座していた。
「人間は醜い汚い弱い価値がないああヤダヤダほんと鬱陶しい」
「でもあなたたちは違う。たぶん、きっと、絶対。やっぱり多分?」
「チチチ、あなたたちは選ばれたのです。下賤のモノを駆逐する使徒として。チチチ」
 三つの声音に三つの言葉が重なりながら、異様なまでに明瞭に響く。
 それはまさしく異形だった。
 三つの巨大な雀の頭がめいめい好きな方を向き、六本の羽毛に覆われた腕はでたらめに描かれた曼荼羅のように奇妙な形を作っては崩しを繰り返している。
 雀頭にして三面六臂のビルシャナーー『悪意をまき散らすもの』ピーチクパーチクは、跪き頭を垂れ、感じ入る信者たちを見下ろして満足げにチチチと舌を鳴らした。
「……お見事なお手並みです」
 ピーチクパーチクの背後にフラミンゴのような頭を持ったビルシャナが現れる。
「何か用かしら私は忙しいんだけど?」
「まあまあ、何かいいことがあるかもしれないし? ないかもしれないし? 知らないけど!」
「チチチ、話くらいは聞いて上げてもよくて。早く話しなさい、チチチ」
 特に驚くこともなく三つの舌が一斉にさえずる。フラミンゴに似たビルシャナは感情の希薄な声で、
「……力を授けに来ました。あの方のために、共に参りましょう」
 その台詞を聞いたとき、三つの顔の表情が珍しく一致した。

 ザイフリートが一同の姿を認めるや、大股で歩み寄ってくる。
「うむ、よく来てくれた。早速だが、本題に入らせてもらう。諸君の活躍により竜十字島のゲートが破壊され、ドラゴン勢の制圧地域の解放が劇的に進んだわけだがーーここでいらぬ横やりが入った。
 ビルシャナの菩薩の一体、天聖光輪極楽焦土菩薩がこの地域の一部に干渉し、破壊する事件が起こったのだ。奴らはここで大量に奪ったグラビティ・チェインを利用し、ビルシャナ大菩薩を再臨させるため強力なビルシャナを集結させようとしているらしい。
 諸君にはこのビルシャナたちの内の一組を撃破してもらいたい。
 具体的にはドラゴン勢のグラビティ・チェインによって生み出されたビルシャナと、その力を使ってビルシャナ化させた者あるいはその力によって強化されたビルシャナの二体一組が今回のターゲットだ。
 諸君には奴らがドラゴンの制圧地域であった小豆島寒霞渓へ向かうところを迎撃してもらいたい。奇岩が立ち並ぶ奥深い渓谷の地だ。故に信者に関しては気にしなくていい」
 ザイフリートが手近なパネルを操作すると資料がスクリーンに映し出された。
「次に戦闘情報に入る。まず敵の一体目『千の悪意で殺す者』ピーチクパーチクだ。
 極めて高い敏捷から確実に状態異常を付与してくる妨害特化の戦法を得意としている上、オークタイプのビルシャナによって単純な攻撃力も強化されている。
 使用するグラビティは破壊の光を放つ、理解不能な経文で心を乱す、鐘の音でトラウマを具現化する、の三つだ。行動不能系が多いので攻撃を引き受ける壁役と戦線を立て直せる回復役は用意しておきたいところだな。
 もう一方はオークの因子を吸収したビルシャナだ。こちらは頑健と敏捷が高く、なにがなんでもピーチクパーチクを守ろうとする。
 使用グラビティは氷の輪を飛ばす、フラミンゴ型の炎を放つ、傷を癒す光を放つの三種類だ。こちらはダメージ系の状態異常が主で、長期戦になると地味に痛い。
 更に自分の体力かピーチクパーチクの体力が半分以下になると自らのグラビティ・チェインを全て相手に分け与えるという行動をとる。この際、ピーチクパーチクは頑健のステータスがかなり強化されるため、事前にできるだけ体力を減らしておきたいところだ」
 パネルから顔を上げ、ザイフリートが再び一同の顔を見る。
「最後に、今回ピーチクパーチクは非常に強化されているが急激に力を得たため不安定でもある。奴らの教義の根幹である『悪意』をほめていい気にさせるか疑問を持たせれば戦闘中であっても大きな隙を作るだろう。
 奴らはそれぞれの頭で『嫌悪』『無責任』『嘲笑』といったように信奉するものが違うので、『それぞれ同時に有効である』か『それぞれを対立させる』ような形で説法を行えばより大きな効果が期待できるだろう。ちなみにオークタイプの方にはこういった効果は発生しないので注意してくれ」
 そこまで言って、
「作戦に関しては以上だ。今回は相手や相手を取り巻く状況が複雑であるし、出発までの時間も猶予がない。しかし諸君なら高慢なビルシャナどもの思惑を粉砕し勝利を得ることができるだろう。武運を祈る」
 大きく頷き、一同を見送った。


参加者
喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)
伏見・万(万獣の檻・e02075)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)

■リプレイ

●悪意の胎動
 渓谷の地にあっても僅かに潮を孕んだ風が駆け抜ける。
 瑞々しい新緑萌える山嶺に、唐突とも言えるほど荒々しい奇岩怪石がそびえ立ち、横たわっていた。
 島という小さな環境の中でさまざまな様相を見せる景勝地。その上空に二つの影が飛来していた。
「ああ嫌だ嫌だ清々しいほど何もかも醜く見えるわ」
「今なら空だって飛べる! もう飛んでる? そうだっけ?」
「チチチ、実に、実にすばらしい! 高みに至れぬモノどもはなんて哀れでくだらないのでしょう!」
 異様に昂揚した声でさえずる三つの声。その声は確かに三つの口から発せられてたが身体は一つしか持っていない。
 『千の悪意で殺す者』ピーチクパーチクである。強大な力を得た彼女は酔いしれるように滑空し、降下する。
「……」
 後ろからオークタイプのビルシャナが影のように付き従う。いかなる感情も見て取れず、ただ無言でピーチクパーチクに続いて地面へと降り立った。
 瞬間、四つの影が二体のビルシャナの前に躍り出る。
「あなたたち二人が『千の悪意で殺す者』ピーチクパーチクとオークタイプのビルシャナってことでいいのかな?」
 前に出てそう訪ねたのは艶やかな褐色の肌を露わにし、赤茶色の髪を風にそよがせた、どこか南国の匂いのする女性ーー喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)だった。
「チチチ、いかにも! わざわざ殺されに来るとは物好きな!」
 『嘲笑』の頭がその名の通りの感情を浮かべ一同を見下す。
「鬱陶しいああ鬱陶しいね虫なら虫らしく火にでも飛び込めばいいのに」
「頭数、同じ! 命知らず!」
 『嫌悪』と『無責任』も口々にさえずり、どこからともなく鐘の音が鳴り響く。
「いやいや、まったくその通りだ。あァ、悪意ってのは人間の根っこの一つだからなァ。消そうったってなくならねェ、火がつきゃキリがねェ。身を任せンのは楽しいよなァ。だからよ、冥土の土産ってやつに聞かせてくれねえか? 悪意の教義ってヤツをよ」
 そう言って強面にふてぶてしい笑みを浮かべたのは伏見・万(万獣の檻・e02075)だ。いかにも悪どそうな顔つきが琴線に触れたのかピーチクパーチクが満足げに頷き、攻撃を取りやめた。
「チチチ、少しは見所のあるヤツもいるようですね。いいでしょう! 卑賤なる存在にも理解できるよう我が高説を披露して差し上げましょう!」
 芝居がかった仕草でピーチクパーチクが大きく六本の腕を広げた。
「あら、ちょっと堪忍なあ」
「ぐっ!?」
 おっとりとした言葉と同時に冷気をまとった杭がピーチクパーチクの身体へと突き刺さる。六つの眼が同時ににらみ上げた先に、どこか浮き世離れした妙齢の女性ーー田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)が微笑みを浮かべていた。
「今は軽くても後から効いてきますよ。ゆめゆめ油断なさらんよう気をつけなはれや」
「おのれおのれ小癪小賢しい!」
 暗い怒りに駆り立てられた『嫌悪』が主導し、六つの腕が奇妙に組み合わされマリアへと向けられる。瞬間、光線が迸り、
「……させない、です」
 しかし、マリアの前に飛び込んできた影が光を半ばから断つように押しとどめた。
 光と巻き上げられた粉塵の中から機理原・真理(フォートレスガール・e08508)が藍色の中に一房だけ赤に染まった髪を風にそよがせ、感情の稀薄な瞳をまっすぐにビルシャナたちへと向けていた。
 そこへ波琉那が再び前へ歩み出て、
「というわけで、ご高説を垂れるなら力づくできなよ。それで心も身体も屈服させてみたら? きっと気持ちイイよ」
 誘うように蠱惑的な笑みを浮かべた。

●in spite of
 陰鬱に嫌悪を呟き、甲高く無責任を叫び、高慢に嘲笑する。
 ピーチクパーチクは三つの口でやかましくわめきながら凄まじい攻撃を繰り出してくる。更にオークタイプのビルシャナがこちらの攻撃を阻み、じわりじわりと反撃でこちらの体力を削って来る。
「ちっ、やはり手数が少ないか……回復は任せろ! とにかく畳みかけられるな!」
 後方で戦況を見守っていた万の顔は険しかった。
 やはりこちらの人数が少ない分、ダメージの累積も大きい。だが、幾度かの攻防の末、相手側にも少なからぬダメージを与えている。問題は、
「……」
 オークタイプのビルシャナがこちらを窺っている。防御に徹しているのだ。おかげで後一押しと言うところから決めきれないでいた。しかし、
「波琉那さん、準備しておいてくださいです」
「ん、わかったよ。任せといて」
「それじゃあ、うちもちょっと切り込もうと思います」
「すぐ治してやる。だから思いっきり行け」
 短いやりとりだけで一同が頷き、それぞれ身構える。そこへピーチクパーチクが一啼きし、
「嫌悪を持たない者はいない悪意を持たぬ者はいない何故認ない何故肯定しない」
「なんでそんなに一生懸命なの? 全部放り投げないの? 責任ってそんな大事?」
「チチチ、口ほどにもない。やはり脆弱な人間は」
 一斉にさえずりながらピーチクパーチクは腕を組み替えていくとその言葉は次第に重なり、理解不能な経文となって精神を揺さぶってくる。
「……私もあなたの事は嫌いですし、きっと心の中で嘲笑いながら戦ってるですよ。どうせ勝てる、って」
 異質な声と言葉の反響にあえて身をさらし、真理がピーチクパーチクへと告げる。
「「「ほう」」」
 一斉に反応を示しピーチクパーチクが経文の詠唱を取りやめる。しかしすかさずオークタイプのビルシャナが目を光らせこちらの出方を伺う。そこへ、
「確かに、嫌悪の力が強いことは認めざるを得ないです。害虫への嫌悪からの殺虫剤とか、科学の発展は目を見張るものがありますし」
 はんなりとした声で整然と言ったのはマリアだ。『嫌悪』は眉をしかめながらも動きを止め、割って入ろうとしたオークタイプのビルシャナを二本の腕で制止した。
「それだけやのうてストーカーとそれに生ぬるい対処しかできない周囲への嫌悪が行動力に転じて人間やめてしもうたりした方もおります。それこそ、うちらケルベロスでも気圧される勢いで悪は時に凄まじい何かを生み出しますよね。うちからはこれだけです」
 言い終わると同時、マリアは足下から火花を上げながらピーチクパーチクの方へとダッシュする。
「「「なっ!?」」」
 不意を突かれたピーチクパーチクは迎撃することもできず、棒立ちになる。
「……させるわけにはいきません」
 オークタイプのビルシャナが割って入り、フラミンゴ型の炎が巻き起こる。
「もう一踏ん張りだ。一泡ァ吹かせてやれ」
「もちろん、です」
 万がパズルを組み替えて癒しの蝶を出現させ、傷の塞がった真理が渦巻く炎の中に躍り出る。そして、
「おおきに、真理さんーーこの一撃は絶対当てます」
「「「ぐっ!?」」」
 フラミンゴの炎をかい潜り、逆に炎をまとったマリアの蹴りがピーチクパーチクの胴体に狙い過たず直撃する。
「しまっ……!?」
 隙を突かれたオークタイプのビルシャナがピーチクパーチクを回復するべく動こうとした。が、
「私のこと忘れてない? 蜂の一刺しは甘くないよ?」
 機会を窺っていた波琉那がオークタイプのビルシャナの側面から稲妻をまとった突きを繰り出す。完全に隙を突いた一撃はオークタイプのビルシャナを貫き、その身体に亀裂が走った。
「……もはや、これまで。残り全ての力を汝に捧げます」
 死に瀕してなお無感動な声でビルシャナが告げる。同時、身体が輝き、光の粒子に分解された。そして、
「「「素晴らしい!」」」
 『祝福』を受けたピーチクパーチクが歓喜の声を上げた。

●悪夢を鎖す檻 
「『無責任』も『嘲笑』も鬱陶しい煩わしい嫌悪すべき対象だよけれどーー」
「『嫌悪』も『嘲笑』も知らない! 知ってるけど、知らない! でもーー」
「チチチ、『嫌悪』も『無責任』も下らない。嘲笑すべき対象だ! しかしーー」
 異なる口で異なる言葉を吐きながら徐々にその声は重なるように響き、
「「「故に我らから悪意が絶えることはない」」」
 最後には完全に一となる言葉を唱和した。
 互いへの悪意すら喰らう肥大化した悪意の体現。それこそが『千の悪意で殺す者』ピーチクパーチクの真髄だった。
 頑強さを補われたピーチクパーチクは難敵と呼ぶに相応しい。ましてや少数のメンバーとなれば一層過酷である。
「ちっ、マズい状況だな……」
 ボサボサの髪を苛立たしげにかき上げながら万が呟く。
「はい、どうにも思わしくありまへん……」
 目元に憂いを浮かべながらマリアも同意する。こうして話している間も絶えず支援を行っているのだがやはり絶対的に手数が足りない。場合によっては一撃で致命もあり得る。
「やっぱ捨てるのは忍びねェなあ……」
 言いながら万が名残惜しげに懐から取り出したのは中身の入ったスキットルだった。それを地面に置くと更にもう一つ取り出し、同じように地面に置く。そして最後の一本を軽く振るや一気にあおった。
「ば、万さん?」
 最初その様子に面食らっていたマリアだったが彼が次に告げた言葉で全てを察した。
「喜屋武、機理原! 下がれ、俺が出る!」
 万が吠えるように叫ぶ。
「私はまだ、大丈夫……まだ盾でいられる、です」
「これからがイイところなのよ。いや、ホントに」
 真理が表情を引き締め、波琉那が不敵な笑みを浮かべる。しかし双方とも明らかに満身創痍で限界が近いのは明らかだった。
 構わず歩を進める万と、二人の視線が交差する。逡巡、焦燥、必死、様々な感情が一瞬の間に凝縮され、時間が止まったかのような錯覚に襲われる。
 それを打ち破ったのはノイズの走った機械音だった。
「プライド・ワン……」
 ボロボロになりながら最後の力を振り絞って駆け寄った愛機の名を、真理が呻くように呼んだ。言葉はなくとも理解出来る。『乗れ』と。
「仕方ない、か」
 波琉那が苦渋を滲ませながら真理の肩に手を置く。
「解りました、です……波琉那さん、乗ってくださいです。万さん、お願いするです」
「無事に帰って来なよ。一人だけ置いてくなんてごめんなんだから」
 プライド・ワンにまたがった真理と波琉那が、すぐそばまで来ていた万に気遣わしげな視線を向ける。
「さてな……ああ、あんまり見ねェでくれ。そんなにいいもンでもねえからな」
 遠ざかるライドキャリバーを振り返りもせず万はなお歩みを進める。
 そして眼前に立ちはだかるピーチクパーチクを見上げた。
「ああ嫌だ嫌だこの期におよんで悪足掻き惨めだよホントに」
「愉快! 痛快! 奇々怪々!」
「チチチ、仲間割れか? 哀れよな、ケルベロス」
「さえずるなよ、デウスエクス。てめえらの五月蝿い口ごと檻の中に入れてやる」
 底冷えした声で告げると同時、万の輪郭が歪み、陽炎のような獣の幻影が立ち上る。
「「「なっ!?」」」
 尋常ではないほど膨れ上がったグラビティに三対の鳥の目が限界まで見開かれる。
 暴走。
 獣の幻影が地面を凄まじい速度で滑り、瞬く間にピーチクパーチクの足に絡みつく。ピーチクパーチクはなんとか振り解こうとするが実体のない影は張り付いたように身体の表面から離れない。
「ーー狩られるのはテメェだ、逃げられると思うなよ……!」
 低く唸るような声はかろうじて万と判別できるものだ。しかしその姿はすでに人型から大きく崩れ、何頭もの黒い獣を無理矢理に合成したような恐ろしいモノへと変貌していた。
「おのれこんなところでこんなところで」
「逃げるが勝ち? 逃げるが勝ち! 徒歩では逃げない!」
「チチチ、そんな姿になってまで我々に勝ちたいか! 哀れな!」
 ピーチクパーチクたちは慌てて射程範囲外へ出るために飛翔する。多少身体が欠損しても構わない強引な逃げの一手だ。
「あ……」
 それを見ていた波琉那が思わず声を漏らす。どうにかして動きを止めなければ、と。しかしほぼグラビティは枯渇している。できることと言えばーーあった。
 そして顔を上げると、真理とマリアがこちらを見ていた。それぞれ自分のできることを見つけた顔だ。三人は頷き合い、まず波琉那が前に出た。
「ねえ、あなたは『嫌悪』を信奉しているのよね? でも悪意から嫌悪ってちょっと四面四角過ぎない? 他の二つは頭固いって思ってるんじゃない?」
 その言葉に『嫌悪』がぴくりと眉を動かす。
「その通り! その通り! 『嫌悪』固すぎ!」
「チチチ、完全に同意します。芸がないのですよあなたは」
 それまで一致団結していた三つの頭が互いにいがみ始める。が、
「「「こんなことしてる場合じゃない!」」」
 再び急上昇しようとする。しかし、
「ええ、その厄介な勢い、止めさせてもらいます」
 狙い澄ましていたマリアが放った光弾がピーチクパーチクを直撃する。グラビティチェインを抑制する弾丸の効果により真っ逆様に影の方へと落ちていった。今度は胴体ほどまで影に絡みつかれ、先ほどよりも深く侵蝕され、影の檻に閉じこめられているようにも見えた。それでもなおピーチクパーチクはあがき影を引き剥がそうとする。今度こそ三つの頭が団結したせいか再び飛び上がりそうになっていた。
 そこへぽつりと声が投げかけられる。
「私は、こう思うです。本当に嫌悪してるなら嘲笑なんて出来ないですし、無責任じゃ何に対して嘲笑するのか理解出来てないと思うですよ。違う、ですか?」
「「「……」」」
 互いが本当にそうなのかと問いかける言葉。それに互いの頭が疑いの眼差しを向け合う。そうしている間に、
「おめぇら……ありがとよ。そしててめぇらはくたばりやがれーー!!」
 もはや幻影の獣と一体化した万が咆哮とも声ともつかぬ音を上げ、ピーチクパーチクを一飲みにした。
「「「ーーーー」」」
 皮肉なことに、あれだけさえずっていたビルシャナは一言も発することができず消え去っていた。そして暴走した万もまた影とともに姿を消していた。
「終わった、ですか」
「そうやね。ひとまずは、やけど」
「万さん、探さないと、だね」
 一人のケルベロスが檻となりデウスエクスを消滅させた場所を三人が見つめ、それぞれの形で敬意を表し、決意を固める。
 そしてふと波琉那は消え去ったもう一人へと意識を向けた。
「確かにあなたは救えないほど罪深かったし、その考えもとても共感できるものじゃなかった。けどーー」
 苦い結末になったことへの悔しさもあった。その在り方に対する否定もあった。
 だが、咎人の魂がまた咎人として生まれる方がずっと救いがない。それでは全力以上の力を尽くした彼にとっても救えない。
 故に彼女は、
「罪深いあなたが転生できる時がいつになるのか分からないけど……今度生まれ変わったら、うっかりと仲良しの友達にでもなろうね……」
 『次』がせめてよりよい出逢いであるように、ただ祈りを捧げた。

作者:長針 重傷:喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313) 機理原・真理(フォートレスガール・e08508) 
死亡:なし
暴走:伏見・万(万獣の檻・e02075) 
種類:
公開:2019年6月25日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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