大菩薩再臨~レッド・ムーン・ライジング

作者:土師三良

●月光のビジョン
 夜の砂浜。
「殺せ、殺せ、本能のままに……狂気を恐れるな……衝動を解き放て……殺して殺して殺し尽くした先に……あるいは殺された先に……真の救済がある……」
 赤みを帯びた満月の下、寄せては返す波に足を洗われながら、黒いローブ姿のビルシャナがぶつぶつと呟いてた。
 その背後に異形の影がゆらりと立つ。
「満月の使徒レビシアスよ」
 影に名を呼ばれて、ローブのビルシャナ――レビシアスは振り返った。
 彼の視界に入った影もまたビルシャナであった。青い衣を着た黒いビルシャナ。その姿形はどこか竜に似ている。
「満月の使徒レビシアスよ」
 竜に似たビルシャナはレビシアスの名を再び口にして、皮膜の翼を有した右手をゆっくりと伸ばした。
 カラスの頭蓋骨めいたレビシアスの顔に指先が触れる。
 その途端、眼窩の奥の赤い目が輝きを増した。
 禍々しい輝きを。
「おぉ……」
 レビシアスは恍惚とした声をあげると、竜型のビルシャナを迎え入れるかのように両の翼を広げた。
 もっとも、彼の目は竜型のビルシャナには向けられていない。
 赤い月を見上げているのだ。
「殺せよ、さらば救われん!」
 レビシアスの狂気の叫びを月は黙って聞いていた。

●音々子かく語りき
「竜十字島のゲートが破壊されて、ドラゴンどもが占領していた地域も次々と解放されたわけですが……よりにもよって、ビルシャナが横槍を入れてきやがったんですよぉーっ!」
 夜のヘリポートでヘリオライダーの根占・音々子が吼えていた。
 彼女の前に居並ぶのは、召集されたケルベロスたち。
「そのビルシャナは『天聖光輪極楽焦土菩薩』とかいう奴でして。まだ解放されていないドラゴンの占領地を破壊して焦土に変えた挙げ句、グラビティ・チェインを奪い、新たなビルシャナどもを生み出したんです。で、その新生ビルシャナどもがまた別のビルシャナどもに力を与えて強化してるんですよー」
 強化型ビルシャナを集結させて、ビルシャナ大菩薩を再臨させること――それが天聖光輪極楽焦土菩薩の目的であるらしい。再臨を阻止するためには、各地で生み出された/強化されたビルシャナを撃破するしかない。
「そういうわけで、皆さんにはビルシャナ退治をお願いします。標的は、瀬戸内海小豆島に出現した二体のビルシャナです。一体は、小豆島の固定型魔空回廊の跡地が破壊された際に生み出されたビルシャナ。ドラグナーが占領していたことが影響してるのか、見た目がちょっぴりドラグナーっぽいですね。もう一体はそのドラグナーモドキに強化されたビルシャナで、『満月の使徒レビシアス』と名乗っています。これがまたアブない奴なんですよー」
『本能に身を任せ、ただひたすらに殺戮を繰り広げよ』というような教義をレビシアスは唱えているという。幸いなことにまだ信者は一人もいない。だが、音々子が言うところの『ドラグナーモドキ』に強化されているので、戦闘能力は並のビルシャナよりも高いだろう。
「レビシアスは狂信者ではありますが、皆さんの戦闘時の振る舞いによっては、自分の教義に疑問を抱いたりするかもしれません。そうなったら、レビシアスの防御力は減少すると思われます。逆に教義を肯定するような振る舞いをすれば、レビシアスの心に隙が生まれて命中率が減少する可能性が高いです。とはいえ、ひどい教義ですからねー。それを肯定するというのは、つまり、理性を捨ててバーサーカーめいた戦い方をするということですから……」
 その場合、敵の命中率は減少して有利にはなるものの、凄惨きわまりない戦いになるかもしれない。
「まあ、どのように戦うかは皆さんにお任せします。とにかく、きっちり倒しちゃってください! たとえビルシャナ大菩薩の再臨の件がなかったとしても、こんな危険な教義を掲げてる奴を野に放つわけにはいきませんから!」
 鼻息を荒くしてヘリオンに向かう音々子であった。


参加者
大弓・言葉(花冠に棘・e00431)
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)
千手・明子(火焔の天稟・e02471)
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)
風音・和奈(怒哀の欠如・e13744)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
ティユ・キューブ(虹星・e21021)
金剛・小唄(ごく普通の女子大学生・e40197)

■リプレイ

●「いざうれ、さらばおれら死途の山の供せよ」
「おお、迷える子らよ。ここが救済へ至る道の始点! 臆せずに踏み出すがいい! 本能が命ずるままに殺し、殺され、救われよ!」
 カラスの頭蓋骨のような顔をしたビルシャナ――満月の使徒レビシアスが叫んだ。
 自らを殺すためにやってきたケルベロスたちに向かって。
「ああ、まったくもう!」
 レビシアスの狂気に呑まれることなく、金剛・小唄(ごく普通の女子大学生・e40197)が黒い指でこめかみを押さえた。何故に黒いのかというと、彼女がゴリラの獣人型ウェアライダーだからだ。
「ビルシャナっていうのはヤバい奴ばっかりですけど、こいつは特にヤバい気がしますね」
 ゴリラ特有の優しくも厳めしい目をした小唄を含む前衛陣の頭上でウイングキャットの点心が清浄の翼をはためかせた。
 更にスターサンクチュアリーの光が照らし出す。
 それを生み出したのは、イリオモテヤマネコの人型ウェアライダーの比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)。
 別の任務で負った傷がまだ癒えていないため、彼女は本調子ではなかったが――、
「殺したり殺されたりするのが救済だって? なに言ってんの? 馬鹿なの?」
 ――それはあくまでも体力面での話。毒舌のほうはいつもどおり容赦がない。
「死んだら、塵になっておしまい。後はなーんにも残らない。救いがあるのは生きてるからこそなんだって……それくらいのことも分からないの? 死んだこともない奴がふざけたこと言ってんじゃないよ いっぺん死んでみろ、バァ~~~カ」
 いや、いつもより攻撃力ならぬ口撃力が増しているかもしれない。
「そう、あなたは死んだことがない。そもそも、私たちの手にかからねば、死ぬこともできない。デウスエクスなのだから」
 千鳥模様の羽織を纏った千手・明子(火焔の天稟・e02471)が腕を振った。和服の袖からケルベロスチェインが流れ落ち、防御力を上昇させる魔法陣を描いていく。
「打ち倒されてもコギトエルゴスムになって眠るだけのあなたがどれだけ殺し合おうとも、所詮はおままごと。殺し、殺されることの重みを知っていることにはならないわ」
「重みを知らない鳥さんに教えてあげるけどね」
 オラトリオの大弓・言葉(花冠に棘・e00431)が簒奪者の鎌を横薙ぎに払った。
「戦いっていうのは、お互いの主張をぶつけるためにやるんであって、殺戮のためなんかじゃあないの! だいたい見境なく殺戮なんかしてたら、仲間だって一人もいなくなっちゃうでしょうが!」
「救済に至る道は一人で歩むもの! 故に仲間など不要……ぅ!?」
 胸を張って嘯きながらも、無様によろけるレビシアス。鎌から放たれた時空凍結弾が命中したのだ。
「仲間など不要? では、その後ろにいるやつはなんだ?」
 竜派ドラゴニアンの神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)がアームドフォート『澪』の砲口を前方に向け、翼を大きく広げて地面が抉れるほどに足を踏ん張り(そうしないと、反動で転倒してしまうのだ)、フォートレスキャノンを発射した。
 標的はレビシアスではない。晟が言うところの『後ろにいるやつ』。そう、レビシアスの背後に立つもう一体のビルシャナ――ドラグナーモドキだ。
 しかし、レビシアスは咄嗟に横に飛んで射線に割り込み、自らの体で砲弾を受けた。
 一方、守られたモドキは印を組んでいた。その手の動きに合わせて足下から影が伸び、レビシアスの体に触れ、ダメージを消し去っていく。
「『本能が命ずるままに殺せ』とか言ってましたよね? だったら、一番近くにいるそのモドキさんを殺せばいいじゃないですか」
 砲煙の残滓を吹き飛ばすような勢いで小唄がレビシアスに突進し、獣撃拳を叩き込んだ。
「なんで、殺さないんですか? いえ、殺さないどころか、盾になって庇ってるじゃないですかー! 本能はどこ行った、こらー!?」
「まったくだ」
 小唄の叫びに同意を示したのはアジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)。晟と同じく竜派のドラゴニアンである。
「防御に優れた立ち回りをして、更には治療に重きを置いた仲間を背後に控えさせ……おまえ自身は生きたいと思っているようにしか見えないが?」
 アジサイの手から殺神ウイルスのカプセル弾が飛び、レビシアスの右肩にめり込んだ。
 そして、次の瞬間にはもっと大きな物体が命中した。
 レプリカントのティユ・キューブ(虹星・e21021)が発射した竜砲弾である。
「そもそも、君が言ってる『救済』とやらの定義が判らないよ」
 直撃を受けて体勢を崩すレビシアスを冷ややかに見据えるティユ。
「本能というか、狂気に身を任せることが救済というのなら、それはただの都合のいい言い訳に過ぎないんじゃないかい? その先にあるとかいう救済とはなんなの?」
「死を以て貴しとなす!」
 教義に対する根源的な問いを無視して、レビシアスは両翼を体の前で交差させた。
 すると、カラスの頭蓋骨めいた頭の上に光が生じた。絵画に描かれた聖人の光輪のように。
 その光はケルベロスの前衛陣の心の中に怒りを植え付けた。レビシアスを攻撃せずにはいられない怒り。
 もっとも、さして感情が変化しなかった者もいる。
 オラトリオの風音・和奈(怒哀の欠如・e13744)だ。
 表情には出していないが、光を浴びる前から彼女は怒りに燃えていた。
「本能が命ずるまま殺すとか……それって、相手のことは一切考えないってことよね?」
 静かに怒る和奈の体をオウガメタルの『クウ』が包み込んでいく。
「そんなの絶対に許さない。キュウサイなんてあやふやなもののために――」
 鋼の鬼と化した和奈は地を蹴ると、体ごとぶつかるようにしてレビシアスに戦術超鋼拳を叩きつけた。
「――殺されていい命なんてない」

●「こはされば何事ぞや。なほ妄執の尽きぬにこそ」
 その後もレビシアスは幾度か光を放射し、様々な状態異常とダメージをケルベロスたちに与えた。
 しかし、力尽きて倒れたケルベロスは一人もいなかった。言葉とアガサ、そして、ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)が癒し手として奮闘したからだ(まあ、ヴァオは員数外だが)。
 一方、敵側の癒し手であるドキもまた奮闘し、例の影を何度もレビシアスに触れさせた。
 厄介なことにその影はジャマー能力を上昇させる効果も有していたが――、
「ぎゃおーん!」
 ――勇ましい咆哮とともにボクスドラゴンのラグナルがボクスタックルを見舞い、エンチャントを吹き飛ばした。
 間髪を容れず、ブレスで追撃したのは同じくボクスドラゴンのぶーちゃん。普段の戦闘では涙目になって震えていることが多いのだが、今回はチーム内にサーヴァントが多いので、気が大きくなっている。
「ぶーちゃんってば、八代市ででっかいドラゴンと戦ったもんだから、ちょっぴり自信をつけたみたいねー!」
 ぶーちゃんの主人である言葉が誇らしげな笑顔を見せた。
「それに比べて、鳥さんのほうは自信が揺らいできてるんじゃないの? 私たちがぜっんぜん教義に乗っかってこないもんだから」
「いや、おまえたちは否定的な意見を口にしているが、心の奥底では我が教義を信じているのだ。こうして死闘を演じているのがその証拠!」
 レビシアスがまたグラビティの光を放射した。
 今度の標的は中衛陣。明子、ボクスドラゴンのペルル、オルトロスのイヌマル。
 しかし、ダメージを受けたのはサーヴァントたちだけ。明子が浴びるはずだった光は晟の巨躯に遮断された。
「死闘? いえ、わたくしたちは殺すために戦っているわけではないわ。結果的にあなたが死ぬとしてもね、レビシアス」
 防壁となった晟の横を駆け抜けて、明子はレビシアスに斬りかかった。片手右上段に構えた愛刀『白鷺』で。
 二尺三寸の白刃から繰り出されたのは、敵の動きを封じる斬撃。その名も『捩構(モジガマエ)』。
「わたくしたち一切衆生は生きるために……そう、殺し殺された先になにもないことが痛いほど判っているから戦うのよ」
「あきらちゃん君に同感だ」
 と、晟が言った。
「私たちが戦うのは生きるため。そもそも、そちらがなにもしないのであれば、こちらとしても動く理由はない。専守防衛というやつだな」
「さっすが、元・自衛官だねぇ」
 茶化し半分感心半分といった調子で声をかけながら、アガサが気力溜めで晟を癒した。
「僕も二人と同じ」
 そう言って、ティユがスターゲイザーをレビシアスに打ち込んだ。
「自分や仲間の身を守るために戦ってるんだ。君に殺されたくも殺させたくもないからね」
「とはいえ、守るためには――」
 晟がレビシアスに肉迫し、エクスカリバールの『洫』を振りかぶった。
「――降りかかる火の粉は払わねばならん。話してわからぬ相手なら尚更な」
『話してわからぬ相手』の頭めがけて『洫』をフルスイングすると、カラスの頭蓋骨(に見える外皮)の破片が豪快に舞い散った。
 そして、すぐに第二の破片群が追加された。
「とぉーっ!」
 小唄が可愛らしい声を発して、ブーストナックルを命中させたのだ。
 後方に吹き飛び、背中から地面に落ちるレビシアス。
 すかさず、言葉が鎌を振った。刃の動きに合わせて舞い散ったのはカラフルな四つのハート。それらは組み合わさって四つ葉になり、ティユの背中に貼り付いた。
「あ? ハートの色が四つとも違う。これはレアなのよねー」
 ティユの背中の四つ葉を確認すると、言葉は喜びに飛び跳ねた。ちなみにレアな配色になったからといって、ヒールの効果が上がるわけではない。
 その間にレビシアスもモドキにヒールされて立ち上がった。
「また、そうやって相棒さんにヒールしてもらってる」
 レアな四つ葉からヒールとキュアの恩恵を受けたティユが言った。
「どうして、ヒールが必要なの? 身を守るのも本能の一つかもしれないけど、『死を以て貴しとなす』などと宣うからには、そういう本能は認められないはずだよ」
「ただ死ねばといいうわけではない。救済を得るためには、より多くの者を死に至らしめるべく努め……」
「ふざけないで」
 と、レビシアスの苦しげな抗弁に割り込んだのは和奈。
 割り込むだけでは終わらず、素早く足を蹴り上げて、ピアノシューズ型の黒いフェアリーブーツでフォーチュンスターを見舞った。
「アンタの『救われたい』とかいう我儘のために、くれてやるわけにはいかないんだ。私の命も。他の皆の命もね」
「ぐおっ!?」
 立ち上がったばかりだというのに、レビシアスはまたもや体勢を崩した。
 その無様な姿を見ながら、アジサイが問いかけた。
 静かな声で。
「で、救われそうか?」
「……は?」
 さすがのレビシアスも当惑を示したが、アジサイのほうは無表情。
「『救われそうか』と訊いたんだよ。なあ、おい。その痛みは救済に続いているのか?」
「……し、死を以て貴しとなす!」
「答えになってない」
 そう言うなり、アジサイはルーンアックスの『黒砕』を無造作に振った。無造作といっても、実際は緻密な演算に基づく破鎧衝だが。
 そして、その一撃を受けて再び倒れたレビシアスに対して同じ質問を繰り返した。
「どうだ? 救われそうか?」

●「ただ、とくとく首をとれ」
「ちょっと待って! こいつ、なんかコワいんだけどぉーっ!」
『紅瞳覚醒』を演奏しながら、ヴァオが情けない声をあげた。その頭上では、ドラゴンとの戦いを経て成長したはずのぶーちゃんが震えている。
 一人と一体を怯えさせているのはレビシアスでもモドキでもない。
 ともに戦っているウェアライダーの玉榮・陣内だ。
「こんな暴力が救いでたまるか! こんな狂気が救いでたまるか!」
 狂月病の症状に苦しみながら、陣内は獣撃拳をレビシアスに叩きつけていた。人型であるにもかかわらず、その鬼気迫る姿は野獣めいている。
「俺を見ろ! 月のせいで全部なくした! 死ぬまで罪を背負って生きるんだ! これでも救いだと言い張るつもりか!」
「いいかげんにしなよ。皆、退いてるでしょうが」
 狂える陣内の背中にアガサが重傷者とは思えぬ力強さで(それでいて優しさを込めて)蹴りを入れた。途端に陣内は頽おれたが、それは蹴りでKOされたからではなく、精神力が尽きたからだ。
 ぐったりとした彼の体を引きずって後退させつつ、アガサはヒールのグラビティ『群青』を発動させた。対象は、レビシアスに向かっていく明子。
「思えば、あなたにとっても、これは信じることを守る戦いなのかもしれない。だとすれば――」
 陣内の狂態に圧倒されていたレビシアスに『白鷺』が振り下ろされた。氷結の状態異常をもたらす達人の一撃。しかも、『群青』によって明子のジャマー能力は上昇している。
「――やっぱり、矛盾が生じるわよね。お互いに守り合っているのなら、それは殺し合いじゃないわ。そうでしょう、レビシアス?」
「死を以て貴しとなす!」
「それは聞き飽きたよ」
 おなじみの台詞をティユがすげなく切って捨てた。いや、撃って捨てたと言うべきか。轟竜砲を撃ち込んだのだから。
「反論できない時にわけの判らない言葉でごまかすのはやめたほうがいいよ。馬鹿さ加減が露呈するだけだから」
「し、死を以て……」
 ティユの辛辣な対応にもめげず、レビシアスは『馬鹿さ加減が露呈』しようとしたが――、
「比嘉さんも言ってたけどね。死んでしまったら、それでおしまいなのよ。後にはなにも残らない。そこに救いなんて一切ない!」
 ――またもや、和奈が割り込んできた。
「だからこそ、アタシたちは必死で生きて……そして、生きている時に救われたいと願うんだよ!」
 叫びとともに彼女が発動させたグラビティは『Birushana Suppression』。その名の通り、ビルシャナとの戦いの経験から生まれた技だ。心の奥底に溜め込まれていた感情が魔力と一緒に解放され、強力な衝撃波となって、レビシアスを叩きのめした。
「うぉぉぉーっ!?」
 レビシアスの絶叫。衝撃波の残響。その二つに邪魔されて、誰の耳にも届かなかっただろう。
「私はべつに救われなくてもいいけど……」
 和奈が漏らした悲しげな呟きは。
「死を以て貴しとなす!」
 瀕死のレビシアスに代わって、モドキが吠えた。
 そして、レビシアスにヒールを施すことなく(もう無駄だと判断したのだろう)、晟に飛びかかって、鋭い爪で斬りつけた。
 しかし、それによって生じた傷はすぐに塞がった。ペルルが晟の肩に止まり、シャボン玉の属性をインストールしてヒールしたのだ。
 晟もモドキなど相手にせず、青い電光を帯びた『洫』でレビシアスの胸を鋭く素早く容赦なく抉り抜いた。『霹靂寸龍(ヘキレキスンリュウ)』という名のグラビティ。
「救われそうか?」
 もはや悲鳴すら発することもできないレビシアスにアジサイが尋ねた。
 もちろん、答えが返ってくるはずがない。
 それが判っていながら、もう一度、アジサイは尋ねた。
「す、く、わ、れ、そ、う、か?」
 そして、『黒砕』を振り下ろし、レビシアスの頭を粉々にした。
「おお、レビシアス! しんでしまうとはなにごとだ!」
 と、仲間の死を嘆く(?)モドキの前にたくましい逞しい人影がゆらりと立った。
 小唄である。
「覚悟はいいですか?」
 拳の骨を鳴らしてモドキを睨みつける小唄。その背中にアガサがルナティックヒールの光球をぶつけて、攻撃力を上昇させた。
「本能のままとは! こぉんな感じだよぉ!」
 強烈な獣撃拳がモドキの顔面に叩き込まれた。

 攻撃手を失ったモドキがケルベロスたちの猛攻に対抗できるはずもなく――、
「結局、君も救われなかったね」
 ――二分も経たぬうちにティユのスターゲイザーでとどめを刺された。
 モドキの死を見届けて、和奈が振り返った。気遣わしげな視線の先にいるのは重傷者のアガサだ。
「比嘉さん、大丈夫?」
「ありがと。大丈夫だよ。でも――」
 アガサはヴァオを軽く小突いた。
「――ちょっと疲れたかな。おんぶして、ヴァオ」
「いや、ぜっんぜん疲れてるように見えねーし」
 不満顔をしながらも、翼を収納して腰を屈めるヴァオ。
 その背中にアガサが遠慮なくしがみつき……更にぶーちゃんが乗り、ラグナルが乗り、ペルルが乗り、点心が乗り、陣内のウイングキャットが乗り、イヌマルがよじ登った。
「……って、重すぎるつーの!」
 そんなコントじみた光景が繰り広げられている横では、何人かのケルベロスがレビシアスの亡骸を見下ろしていた。
「わたくしたちは痛いほど判っている。殺し殺された先になにもないことが……」
 明子が愛刀を鞘に納めた。戦闘時にレビシアスにぶつけた言辞を再び口にしながら。
「うむ」
 晟が頷き、視線を移した。レビシアスの亡骸から夜空の満月に。
「だが、こいつは最後まで判らなかっただろうな」
「まあ、平和主義者たる私に言わせてもらえば――」
 と、言葉が口を開いた。血にまみれた鎌を手にして仁王立ちするその姿はとても『平和主義者』には見えないが。
「――争わないで済むなら、それが一番ってことよ。ねー、ぶーちゃん」
 ヴァオの頭に乗っていたぶーちゃんが『そうッスよ!』とばかりに何度も首を縦に振った。
 その上下運動が止まったところで、アジサイが問いかけた。
 物言わぬレビシアスに向かって。
「……救われそうか?」

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年6月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。