城ヶ島制圧戦~『墨塗り』グリムゼイ

作者:弓月可染

●ヘリオライダー
「城ヶ島強行調査についての報告は、もう、ご覧になったでしょうか」
 威力偵察という任務に一片の偽りなく、神奈川県三浦半島の城ヶ島に侵攻し、ドラゴンの軍勢と激戦を繰り広げながらも持ち帰られた情報。その中でも、『固定された魔空回廊』の情報は非常に重い、とアリス・オブライエン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0109)は告げた。
「巨大な魔空回廊が常に通行可能となれば、ドラゴンは城ヶ島にいくらでも増援を送り込むことが出来ます。けれど、私達は、これをチャンスでもあると考えているんです」
 侵入者が暴れても魔空回廊を閉じず、わざわざ強力な護衛を貼り付けているということは、必要な時だけ開閉する、という動きが出来ないということだ。そして、ドラゴン側としても、石碑を破壊して魔空回廊を閉じるのは、最後の手段と考えられるということでもある。
 故に、一気呵成に城ヶ島を制圧し、固定された魔空回廊を奪取するのは、決して不可能ではないのだ。そして、それが成ったならば――。
「そう、魔空回廊の内部を突破し、ドラゴンの主星『ドラゴニア』と地球を結ぶゲートの位置を確定させる。これが、今回の作戦の最終目的になります」
 そう続けたアリスの表情は硬い。確かに、この作戦を成功させることが出来れば、ケルベロス・ウォーによるゲートの破壊も視野に入ってくる。ドラゴンによる新たな地球侵攻を防ぐことが可能になるのだから、期待できる成果としては十分以上だ。
 だが。
「言うまでもなく、危険な戦いになります」
 デウスエクスの中でも個体最強と呼ばれる戦闘種族が相手なのだ。数の差はあれど、決して楽に勝たせてくれる相手ではない。全員が無事に帰れるなど、到底約束できる相手ではない。――それでも。
「皆さんの力を、貸してほしいんです。これ以上の侵略を、阻止する為に」
 予知の少女は、そう言い募る。

●『墨塗り』グリムゼイ
「今回の作戦では、まず、水陸乗用車で城ヶ島の西部を強襲し、前線基地を築くことになっています。皆さんは、そこを足がかりにして、城ヶ島公園へと進んで下さい」
 強行調査の情報とヘリオライダーの予知により、侵攻ルートは割り出されている。各チームがそれに沿って進めば、消耗を最小限にして進むことが出来るだろう。
「ドラゴンの戦力を削ぎ、魔空回廊を奪取するチームを支援するため、皆さんには城ヶ島公園を襲撃し、周辺にたむろするドラゴンを討っていただきます。おそらく、皆さんがぶつかる相手は、グリムゼイと名乗る個体になるでしょう」
 刃の鱗と鋭い爪を備えた、黒色の毒竜――『墨塗り』グリムゼイ。
 月光すら映すことなき艶消しの墨色。良く研がれた刀にも似た鋭い剣と、触れた敵を切り刻む鱗の刃。そして、僅かな量で標的を死に至らしめる猛毒となれば、暗殺者の類を喰らったのだろうか、と想像がつく。
「ドラゴンだけに、その膂力は他の種族を凌駕します。加えて、暗殺者としての力か、巨体に見合わぬ素早い動きにも長けているようですね」
 高い身体能力。さらに、グリムゼイは少なくない数の同胞が討たれたことを警戒している節があるという。小さき者とて侮れば足をすくわれる。それを理解しているならば、彼は決してケルベロス達を見くびる事はあるまい。
 そこまで説明して、アリスは言葉を切り、ケルベロス達を見つめた。
「はっきり言えば、強敵です。危険な戦いです。成功すれば破格の戦果になりますが、楽観的な見通しはどこにもありません」
 けれど。
 けれど、そう知っていて、少女はヘリオンを駆り、死地へとケルベロス達を送り込む。
 人類に勝利をもたらして、必ず帰ってきてくれる。そう、信じているから。
「――どうか、よろしくお願いします」
 ただそれだけを言葉にして、アリスは深く一礼した。


参加者
ヴィオラ・ハーヴェイ(リコリス・e00507)
ギル・ガーランド(義憤の竜人・e00606)
八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)
アニエス・ジケル(銀青仙花・e01341)
天野・夕衣(ルミノックス・e02749)
城ヶ崎・響子(春日狂想・e03593)
八神・楓(氷結にて終焉を送る者・e10139)
パトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)

■リプレイ


 周囲を警戒しつつ歩くケルベロス達の頭上に、突如影が落ちた。
「なんだと……!」
 八神・楓(氷結にて終焉を送る者・e10139)が呻く。見上げるまでもない。彼らの頭上、手を伸ばせば届く様な高さを、巨大な『何か』が凄まじい速さでかすめていった。
 いや、それが何かを楓達は知っている。墨の如く全身を染めたドラゴン。彼らが討たねばならぬ敵。
「はっ、大層なお出迎えときたもんだ」
 ソニックブームがドラゴンを追って疾り、楓達を呑み込んで鼓膜を打った。舞い上がる砂埃に思わず目を閉じる。そして視界を取り戻した時、黒竜はいつの間にか彼らに向き直り、地に下りて牙を剥いていた。
「小さき強者よ」
 重い声が周囲を圧する。同時に、けばけばしい色の煙が、待ちきれぬかの様に喉の奥から漏れ出した。
「我はグリムゼイ。汝らを喰らい潰す者」
 それだけ言って、竜は息を大きく吸い――吐く。轟、と周囲を包み込む紫の霧。身体を蝕む猛毒を含んだ吐息が、何ら躊躇いなく叩きつけられる。
「流石に楽はさせてくれないわね」
 攻めて来たのは自分達。けれど、竜の強襲を受けているのも自分達だ。顔を隠した両腕ごと全身がブレスで爛れたのを感じた城ヶ崎・響子(春日狂想・e03593)は、しかし強気の笑みを崩さない。
「ようやく実った反撃のチャンスなの。これを逃さない手は無いわ」
 ブレスを斬り裂くように突き進む響子。右手にはチェーンソー、硬い鱗すら砕くその刃が黒竜へと踊りかかる。
「焦っちゃ駄目。強敵よ、ミスの無いようにしないとね」
 響子と同じサキュバス、だが妖艶さに勝るパトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)が警告を飛ばす。口に咥えた火のついていない紙巻が、ぶるりと揺れた。
(「……嫌ね、格好悪い」)
 勝気な唇が歪む。だがそれ以上を声には出さず、パトリシアは相棒たる真っ赤な単車をけしかける。そして、彼女自身は磨きこまれたリボルバーを真っ直ぐに向け、引鉄を引いた。たちまち形成される弾幕が、竜の鱗を穿っていく。
「強い人は嫌いではないし、その慎重さもとっても素敵、だけれど……」
 そんな余裕もなさそうね、とは口の中だけで。パトリシアの弾幕の後ろに避難したヴィオラ・ハーヴェイ(リコリス・e00507)が、たおやかな風情を崩さずに懐から薬瓶を取り出した。
「いずれにしても、全力を尽くさせてもらうわ。シャドウエルフとしては、暗殺者だなんて余りに嫌な相手だもの」
 振り撒いた薬液が雨の様に注ぎ、毒に侵された仲間達に癒しを齎す。傷の全治には遠いが、この一手の積み重ねが勝敗を分けるという事を彼女は知っていた。

「つ、強そう、ですね」
 黒竜を見上げ、八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)は震える声で呟いた。足が竦む。背には冷たい汗。無理もない、あれは最強生物の一角だ。
 だが、竦む足に退かぬという意思を籠めて。スマホをぐっと握り締め、青年は踏み止まった。
「でも、ボクだってケルベロスの一員です!」
 どれだけ怖くても、ありったけの意地と根性をかき集め――明日から本気出す! 本当かよと言いたくなるのは別として、彼の覚悟は迸るマグマすら呼び起こす。
「ここで逃げたら自宅警備員の名が泣く!」
「やるじゃねぇか、小僧」
 魁偉なる竜人、ギル・ガーランド(義憤の竜人・e00606)があえて男くさく呼びかける。見栄を張るのは大切だ。強大な敵に逃げ出さず立ち向かう為には。
「しょうがねぇな、纏めて面倒見てやるぜ」
 そう言うと、突貫する楓をフォローするようにギルは飛び出した。握り締めた戦斧に埋め込まれしは、血の色の紅玉。大きく飛び上がって骨も砕けよと叩きつければ、流石のドラゴンの鱗すら抉り取るのだ。
 恐れを知らず、強大な敵に突貫する戦士達。だが、ヴィオラの援護があれども、毒の痛手はじくじくと彼らを蝕んでいく。そんな彼らを、突如現れた紙の人形が取り囲んだ。
「いたいトコロはございませんか?」
 戦場には似つかわしくない幼い少女――アニエス・ジケル(銀青仙花・e01341)。その左手を覆う籠手から溢れ出す、符の式神達。そして、テレビウムのポチが画面を明滅させて力を添える。
「アニエスが回復します、ね!」
「夕衣さんもいますよ~。 さぁさぁ、ちゃきちゃき働いて下さい!」
 更に、地面を這う細身の鎖が戦場を覆う魔法陣となり、仄かな光を放ってケルベロス達に守護の恩恵を纏わせるのだ。その鎖を辿れば、魔力を注ぐ天野・夕衣(ルミノックス・e02749)の姿がある。
「いざ、ドラゴン征伐です!」
 地に手を突いた状態から立ち上がり、元気一杯に言ってのける夕衣。その隣で、アニエスもまたこくんと頷いた。
「アニエスは地球の人たちがダイスキです。シンリャクはゆるせないのです」
 群青の瞳に、健気なる意思を籠めて。
「グリムゼイさま、アニエスたちとお手合わせ、ねがいます!」
 少女は、そう言ってのけるのだ。


「ニーナ!」
 響子の叫びに応じ、ビハインドのニーナが掌を掲げた。可視化できるほどに濃密な魔力の渦が起こり、グリムゼイを絡め取らんと巻き付く――が。
「これだけ大規模な作戦なんだから、失敗する訳にはいかないのよ!」
 見届けた響子の声に、楽観的な響きはない。テンションは相変わらず高いが、戦場の状況がそれを許さないのだ。――それでも、笑顔は忘れずに。
「続き、お願い!」
「はい、任されました!」
 ちらり振り向いた響子の視線を受け止め、夕衣が頷いた。オラトリオの翼が眩く輝き、やがて収斂し光条を作り出す。その先にあるのは、もちろん巨大なる敵。
「任されました、から……ちゃんと、夕衣さんを護って下さいよ?」
 飄々と、けれど生硬い色を乗せて。夕衣の放った光の矢はドラゴンを射抜き、その身を縛る束縛の魔力を増幅させる。
 敵を妨げ封じる強力な力。それはこの戦いの一つの要であった。
 だが。
「く……うっ!」
 次の瞬間、巨体に見合わぬ驚異的な速度で『跳ねた』黒竜が、夕衣へと刃の如き爪を振るう。割って入った響子が黒盾を構えるが、竜の膂力は盾を撥ね退け、三条の傷を刻んだ。
「やっぱり無茶振りですよね、これ」
 東西南北が、声を震わせる。この時、敵は明らかに彼ら中衛――殊に、夕衣やギルのサーヴァントのリウの様に、妨害を増幅できる者を狙っていた。
 庇い続けたとて、いずれ両者は倒れよう。ならば、次は自分だ。
「でも、決めたんです」
 焦土と化した故郷。
 家族や、やっと出来た友達の姿。
 いくつもの風景と笑顔が、次々に彼の脳裏を過ぎ去って。
「もう二度とあの悲劇を繰り返させはしません!」
 走った。走った。苛められっ子の逃げ隠れスキルをエアシューズのスケートが後押しし、竜の注意を惹かぬ様にただ走った。
 そして。
「これが八王子の全力です! 覚悟!」
 将来性だけは抜群に詰まった拳の一撃が、氷の魔力を纏ってグリムゼイの腹に突き入れられる。
「じゃあ、俺も行くか。チャンスを掴み取ってやる」
 その後に続いた楓は、だが東西南北とは違い直線の動きで竜に迫った。まるで、手にした魔道書を剣と為し、自分を囮にするかの様に。
「別に俺が消えたって、誰も悲しませなくてすむしな」
 いや、違う。これは、自分の傷を、死すらも気にしない人間の動きだ。征きて還らぬ者の姿だ。だから、竜の視線が自分に向いても怯まない。
 しかし。
「馬鹿野郎がっ!」
 業火の如き炎のブレスが放たれ、グリムゼイの顔面に直撃する。決死の覚悟で注意を逸らしたのはギル。その行動に、ケルベロスとしてよりも楓の友人としての色が強かった事は、言うまでもないだろう。
「死力を尽くすのと自棄になるのは違う事くらい、判っているだろうに」
「……ああ、すまん」
 年下の友人をどやすギル、少年の様に俯く楓。そして、前を向いて進み出たその背を、勝つぞ、とギルの声が追う。
「そうだな、勝とう……!」
 目を閉じ念を籠める。浅黒い肌から分かたれる、力持つ何か。それが竜を巻き、締め上げてその動きを鈍らせた。

「アニエスのごせんぞサマも、こんな気持ちだったのでしょうか」
 その巨体の重みを忘れたかの様に飛び回るグリムゼイ。突進を避けて必死に駆け回りながら、アニエスはドラゴニアンという種の定命化の経緯に思いを馳せる。
 義憤を感じたという彼らは何をしたか。守ったのだ。仲間を。弱い人々を。
「アニエスは、みなさまの笑顔がすきなのです!」
 すれ違いざまに籠手を叩きつける。少女なれど竜人の裔、その膂力は見かけ通りではなく――思わぬ打撃を受けた竜を、網状の霊力が包んだ。
「ええ、好きよ、私も」
 ようやく調子を取り戻したか、鮮烈な紅を僅かに吊り上げてパトリシアは呟いた。唇よりもなお紅い髪が、竜の翼に煽られて広がり巻き上がる。
「こんな強敵、なかなか無いじゃない?」
 だから、ゾクゾクしながら楽しみでもあるのだと。いっそ破滅的でもあったが、ともあれ彼女は恐れるのを止めていた。
「だから、ね。わたしは、こうするしかないのよ」
 ゼロタイムの照準。銃口から解き放たれた弾丸は焦熱しつつ宙を切り裂き、竜の翼を貫いた。咆哮。そこに、波打つ髪を靡かせたヴィオラが迫る。
「そう、貴方達も滅びゆく運命に抗っているのね」
 手には二振りの杖。雷招くそれを握り、彼女は果敢にもドラゴンの懐へと潜りこんだ。
 その目が雄弁に語っている。私達もまた、それに抗いましょう、と。
「正義なんて最初から無かったわ。どちらの願いが強いか、それだけ」
 ヴィオラの意を受け魔杖が吼え猛る。竜の身体を駆け巡る膨大な魔力。交錯は一瞬、なれど竜の右脚には無視できぬ傷が刻まれていた。

 激しい戦いが続く。それでも、少しずつ追い込んでいる――そんな感覚が、八人に生まれつつあった。
 だが、しかし。
「……最強のドラゴンともあろう方が、こんなちっぽけな相手に執着するなんて」
 無様ですね、と呟いた夕衣。その腹を、漆黒の刃が斬り裂いていた。厚い回復と盾役の庇護。だが、暗殺者の眼は一瞬の隙を突き痛撃を重ねて、ついにオレンジのリボンを血に染める。
「Aliis si licet, tibi non licet――ちゃんと、あの世で他のドラゴンに、ケルベロスが怖くて弱い者苛めしましたって言うんですよ」
 いっそ堂々と言い放って、夕衣は意識を手放した。


 青き竜鱗の盾が太い尾を受け止める。無論、盾を構えるギルもただでは済まない。だが、背に庇った東西南北が喰らうよりは何倍もマシだ。
「それだけか? なら、今度はこっちから行くぜ!」
 気迫では負けまいと睨み返す。怯んだ訳でもなかろうが、ひとところに留まらず飛び上がるグリムゼイ。その黒き翼が突然、空中で磔にされた。
「悪いな、ここは既に俺の領域だ。諦めろ」
 ニィ、と笑んだギル。彼が仕掛けた帯電する領域は強烈な磁場となり、強大な竜の動きすら阻んだのだ。
「やるわね、ギル」
 親しき友への賛辞。だが、パトリシアは言葉を尽くす事に時を費やす代わりに、竜の鱗よりなお黒き銃で、落ち着いて狙いを定めた。
「やぁね、ゾクゾクしちゃうじゃない。そんなファインプレーを見せ付けてくれて」
 引鉄に指をかける。
「――わたしも、わたしを越えられるのかなって」
 ぐ、と力を籠めた。引き切ってみせた。それは特別な儀式。銃に変わりはない。ただ違うのは、解き放たれるのは鉛玉ではなく、紅蓮の炎という事だ。
「燃え上がりなさい。そして、悲しみを焼き尽くして」
 弾丸が爆ぜ、業火の柱となって竜を包む。だが、追撃にかかろうとする彼女に、その位にしておいてくれよ、と声がかかった。
「次は、俺のとっておきに任せて貰ってもいいかな?」
 確認の体を取ってはいるものの、それは確認ではない。答えを聞かず進み出た楓の魔道書は、張り詰めた様な魔力を放っている。
「熱く凍てし固なるもの、冷えし燃ゆる気なるもの――」
 玄妙な光景が現出した。楓の魔道書が纏うのは青白き炎。けれど、それが放つのは明らかなる凍気なのだ。
「――蒼き炎がその身包み、紅き氷に抱かれて眠れ」
 詠唱が終わると同時に火炎の弾が飛び、竜に激突する。瞬間、周囲を氷雪の嵐が包み、グリムゼイを包み込んだ。

 天秤は徐々に傾いていく。だがケルベロスもまた、誰も彼もが傷ついていた。満身創痍とはいえ、グリムゼイの尾の鋭さはいささかも損なわれていないのだ。
 無論、それは彼らの心が折れた事を意味しない。
「私は、まだ倒れていない」
 チェーンソーの刃に映った自らの瞳。響子はその中に、人々が地に伏せる光景を視ていた。その悲劇を齎すのは――我を忘れた自分自身。
 自らの内に住む何かが囁く。もう楽になれ、と。
 けれど。
「だから、私は戦うの――!」
 傷が癒えた訳ではない。気力を超えた力が響子を突き動かし、彼女にいまひとたび仲間を守る力を与えた――ただそれだけの、奇跡だった。
「アニエスにおまかせ下さい!」
 そんな彼女を支えるべく、花の髪飾りも愛らしいアニエスが一身に念を籠めていた。祭壇から溢れ出す式神達が、余力の少ない戦士達に与力すべく周囲を漂う。
「さあ、ポチもお願いします。みなさまをお手伝いして下さい」
 僅か六歳。その小さな身体に、折れそうなほど細い肩に、身が竦むほどの重圧がかかっている。
 けれど、少女は戦うのだ。戦うと決めたのだ。震えながらも立ち向かうアニエス。その頭を、ほっそりとした手が撫でる。
「……貴方達にも貴方達の事情があるのでしょうけれど」
 その願いは叶えてあげられないわね、とヴィオラは微笑んだ。幼子の健気な努力はカードの示す未来すら変えるのだと、時にはそう信じたいから。
「堕ちなさい。崩れなさい。そして受け入れなさい、滅びの運命を」
 ヴィオラがそっと引いた一枚は逆位置の塔。それは新たなる道を拓く力の象徴。終局を齎す力は爆ぜる炎となって、黒き龍へと引導を迫る。
「ゆっくり休みなさい。そう、願うわ」
「ええ、グリムゼイさん。安らかにお眠り下さい」
 応えたのは東西南北。故郷を焼かれ、スマホを握り締めて外に出た引きこもりは、新たなホームを守るために僅かな勇気を振り絞る。
「アナタは強い、孤高にして無敵だ。でも、でも!」
 ガチガチと歯を鳴らし震える姿は無様だ。けれど、誰が彼を笑おうか。誰が彼を笑えようか。
「今のボクには一緒に戦う仲間がいる!」
 握り締めたナイフは、今、竜鱗を引き裂く無二の武器へと変わる。理屈にならない力が、彼を包んでいた。
「やればできる! ボクだって、仲間と力を合わせれば無敵を上回れると信じます!」
 白銀の一閃。そのちっぽけな一撃は、竜を止める最後の一ピースとなって。
「――我もまた、甘く見ていたか」
 地響きを立てながら地に伏せる黒竜。それが、今日この島で数多繰り広げられた戦いの一つ、その決着となった。

作者:弓月可染 重傷:天野・夕衣(灰雪・e02749) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月9日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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