朱の彩り

作者:ふじもりみきや

 賑やかな喧騒が遠くで聞えてきている。山の上にある神社で、今日はお祭りをしているらしい。
 若干ノイズ交じりの音楽は、古いテープレコーダーから流れてきているのだろうか。
 夕暮れ時の、ことであった。
 祭囃子のような音色は、どこかそのチープなその楽器にふさわしく、人々の声の間を縫うように流れていた。
 ……そんな声や音楽が、かすかに聞えてくる山の中に、
 ひっそりと、廃棄された洗濯機がひとつ、転がっていた。
 神社が近いとはいえ、ひとがめったに足を踏み入れない山の中。
 放置されて、そこそこ長いのがその洗濯機の汚れ具合から見て取れた。
 汚れていても朽ちることはない洗濯機は、そのままずっと祭囃子を聞いているのだろうか……。と、思いきや。
 その洗濯機の上に、何か小さな塊が乗っていた。
 それは、握りこぶし程の大きさの、コギトエルゴスムに小さな足のようなものが生えた姿をしていた。
 それは、くるくると洗濯機の周囲を回った後に、さっ。と機械の内部に入り込む。
 しばらくすると、倒れた洗濯機の体がゆっくり、ゆっくりと起き上がった。
 遠くに人の声を聞きながら、洗濯機は数度、体を回転させる。
 それから首をかしげるように、僅かに機体を傾けると、
 人の声のするほうに、歩き出した。
 洗濯機の一番下には四つのタイヤのようなものがついていて、それが回転して山道を登っていったのである。


「ずいぶんと可愛らしい洗濯機だったな」
 浅櫻・月子(朧月夜のヘリオライダー・en0036)の言葉に、萩原・雪継(まなつのゆき・en0037)ははあ、と首をかしげた。
「洗濯は嫌いじゃないですよ。火を使いませんから。……それで」
 と、雪継が促すので、そうそう。と月子も話を元に戻す。
「とある山中で、不法投棄されていた洗濯機がダモクレスになってしまうという事件が発生した。幸い場所には人気がなく、被害者は出ていない。とはいえほうっておくわけには行かないから、これが人の多いところに現れ、被害を出す前に方をつけてほしい」
「現場は……山中ですか。解りやすいところですか?」
「ああ。山のうえに神社があるんだが、神社へと向かう参道を、少しわき道に逸れて登っていけばいい。洗濯機自体はありふれた洗濯機だが、大自然の中にあの格好は少々、目立つだろう。迷うことも間違うこともないと思う」
 なお、と月子は言う。このダモクレスは元となった家電製品に由来する攻撃を放ってくるらしいので注意すること、とのことであった。
「……由来する、と言うと」
「何かものすごい水鉄砲を投げてくるとか」
「それは……由来しているんですか?」
「しているだろう、洗濯機だから」
 月子が当たり前だろうという顔で言うので、雪継はちょっと悩むように考え込んだが、結局突っ込むのをやめたようであった。
 なお、見た目は兎も角大体戦闘としてはリボルバー銃に似ていると言うことらしいので、その点留意しておくといい、ということらしい。
「ま、見た目はそんなだが、大して強くはないので気楽に行って来てほしい。とはいえ、いつも言っているが油断は禁物だ。気をつけていってくるんだぞ」
 人差し指を立てて、上機嫌に言う月子。ああ、それから。と、つけたした。
「近くで夏祭りをしているから、綺麗に片が付いたら少し遊んでくるといい。浴衣の貸し出しもしているみたいだから、もし戦闘で濡れても着替えることが出来るだろうさ。丁度時間も夕暮れだ。なんとなく……風情があるだろう?」
「風情はよく解りませんが……わかりました。気をつけて、楽しんできましょう。夏祭りか……」
 なんだか楽しみですね。と雪継が笑って。それで話が締めくくられた。


参加者
西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)
和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)
連城・最中(隠逸花・e01567)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
エリヤ・シャルトリュー(影は微睡む・e01913)
御手塚・秋子(夏白菊・e33779)
犬曇・猫晴(銀の弾丸・e62561)

■リプレイ


 どこから調達したのか、洗濯機の中ではそれは綺麗な水が渦巻いていた。
 ざざざざーっと動く水の渦。そして……、
「! 撃ってきたよ、撃ってきたんだよ……!」
「落ち着け、エリヤ。洗濯機なんだから水ぐらい撃つだろ」
 エリヤ・シャルトリュー(影は微睡む・e01913)が物質の時間を凍結する弾丸を放ちながら目を丸くして叫ぶので、エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)が冷静にそう返事をした。二人とも着流し姿が似合っている。その返事にロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)があれ? と、考え込んだのは一瞬だった。
「洗濯機って、水ぐらい撃つものだったかな」
 着流しに手袋という己の格好に内心で違和感を感じながらも、ロストークは真面目な顔で水流を槍斧で捌くように軌道を変えて防ぐ。ロストークのボクスドラゴンのプラーミァも、首を傾げる様な仕草をした。
「どう……でしょう。普通は撃たないかもしれません」
 同様に刀で攻撃を防いだ西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)もまた、若干眼鏡を外した真面目な顔で攻撃に転じながらも首をかしげた。
「そ、そうですね。洗濯機は、必ず水を撃つわけでは、ないかと……」
 若干曖昧であったが和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)が困り顔でそう言葉を添える。そうだよね。と、エリヤも思わずほっと胸をなでおろした。
「とにかく……我が身に宿る十二輝石、アメジスト輝石の力よ、その身を伝う聖なる雫で満たして癒しと守りの力を与えん。 アメジスティア!」
 そして紫睡は紫水晶で作り出した幻の泉で周囲を満たし、仲間を守護する加護の場を作り出した。
「そうか。ないのか……」
「あれ、本気だったんだ」
 若干衝撃を受けているエリオットに、ロストークが思わず返すとエリオットは咳払い。
「白銅炎の地獄鳥よ、我が敵を射抜け」
 地獄の炎を足に纏わせ地面をひとつ打つ。海鷲に似た白銅と黒の炎で作られたそれは、あちこちに水を放つ洗濯機へと食らいつき、その体を炎で燃やし上げていく。
「……祭囃子に呼ばれて目覚めたか。生憎、混ぜてやる事は出来ないが、代わりに俺達が相手をしましょう」
 そんな洗濯機論争が終わったころを見計らって、眼鏡をはずした連城・最中(隠逸花・e01567)が刀に手をかけた。和服はいつものことである。慣れた動作で洗濯機に接近し、緩やかに弧を描く斬撃で洗濯機の体を傷つけた。
「!」
 洗濯機の体に傷が入り、それが震える。その一連の動作を、最中はしっかり観察する。
「おお、固そうだけど、やれそうだね! これも皆を守る為お祭りの為!」
 傷が入る様子に、御手塚・秋子(夏白菊・e33779)もまたにやりと笑って、鋼の鬼と化したオウガメタルと共に拳で洗濯機の期待を殴りつける。反撃のようにばしゃぁぁ! と水が飛んで、
「っ、と。浴衣着て来たけど濡れるかもなら水着の方が良かったのかな? まあ良いや! 水も滴るってね!」
 攻撃を受けるのに、どこか楽しそうに明子は笑って己の着流しを軽く摘むのであった。
 威嚇かぐるぐると回る洗濯機に犬曇・猫晴(銀の弾丸・e62561)は、
「浴衣の中にはデリケートなモノもあるらしいんだよね。だから、申し訳ないけども君に洗濯をさせに行かせるわけには……あ、そういう目的じゃあない?」
 なんて冗談か本気かわからぬ口調で言いながら、流星の如き蹴りを放つ。機会の胴の辺りに蹴りが当たると、たぷんと中の水が揺れて跳ねた。
「あの水……どこから来ているのでしょう」
 萩原・雪継(まなつのゆき・en0037)が反対側に回りこんで、達人のごとき一撃でその機体を傷つけながらも首を傾げた。


 固そうに見えていた機体も、徐々に攻撃を受けて壊れが見え始めてきていた。
「《我が邪眼》《目を閉じた蛇》《其等の翅で闇に閉ざせ》……。お祭りは楽しそうだよね。でも、いかせるわけには行かないんだっ」
 蝶の姿をした魔術式が眼に浮かぶ。エリヤの自分の影の一部を"翅が周囲に溶ける様に揺らめく異形蝶"に変化さる。その蝶が広げた両翅で敵を暗闇に包み込む……のを防ごうとして水の弾丸が飛んだ。翅を狙ったその一撃はしかし、
「それは……させるわけにはいかないな」
 エリオットが足をあげる。武装靴が水を弾き飛ばす。業火と水が相まって、その動きのまま流星の如き蹴りを、機体に叩き込んだ。
 洗濯機がひしゃげる派手な音がする。ロストークは氷河の力を操る槍斧の名を呼んだ。一瞬にして周囲に冷気が漂う。そして、
「謡え、詠え、慈悲なき凍れる冬のうた」
 詠唱によって槍斧に刻まれたルーンを開放し、氷霧をまとエリヤの翅の動きと合わせるようにロストークは冷気を纏う槍斧をその機体へ叩き込んだ。氷塵が鳴る。
 それでも、洗濯機は諦めない。水を弾丸に変えて射出する。それを冷静に霧華も受け止めて、
「棄てられた物の悲哀と見れば憐れにも思います。ですが、仮にそうだとしても人の世の脅威なれば斬るのみです。私は、人の守護者ですから」
 鋼の鬼と化したオウガメタルを拳に乗せて、全力でその機体を殴りつけた。
「!」
「霧華さん」
「……平気です」
 水が入れ替わるように霧華の腕を貫く。雪継がその動きを封じようと洗濯機に斬撃を入れる。
「だ、大丈夫、です……っ。私が、います!」
 すかさず紫睡が薬液の雨を降らせて回復を行った。
「頼もしいね! はは、ガンガン行くよ!」
 秋子が豪快に笑って拳を握り締める。達人技の殴打がどんどん洗濯機の機体をへこませていく。洗濯機も何とか水を吐き出そうとするのも、
「んん? そういうのはお行儀が悪い、ね。……そうだろう?」
 猫晴は背が鋸状になった、逆手持ちに適した刃渡りの剣鉈を振るった。敵の攻撃動作を感じ取り、その観察によって急所を切り裂いていく。
「ちゃんと相手を見なきゃ、こんな目に合うんだよ」
 相手の動きに合わせて攻撃を叩き付けることで、相手に攻撃をためらわせる技だった。洗濯機が攻撃を受けて、僅かにその動きを止める。
 その一瞬を、最中は見逃さなかった。
「影無き刃――捕らえられるものならば」
 無名の業物の、柄に手を置く。一瞬、放たれた神速の斬撃は雷力を帯びていた。だがしかし、それすらも敵の目には映らなかったであろう。刀から刃が放たれたのは一瞬。その次には既に鞘へと納まっていた。
「お陰様で綺麗になりました、有難う」
 ねぎらいの声を最中はかけて。そして洗濯機の体が揺れる。
 それからボンッという音がして、傷口から雷の力が侵入し、炎も相まって洗濯機はどういうわけか水ごと燃え上がり、消え去ったのであった……。


「今年も夏祭りの季節がやってきたんですね。この時期になるとなんだかウキウキします!」
 戦が終わればおのおの街に繰り出すことになる。
 紺色の浴衣に着替えて、紫睡が屋台を覗き込みながら言う。最初は遊ぶ系の屋台を攻めるつもりのようだ。
「そう……。ですね。こういう雰囲気も、嫌いではありません」
 眼鏡をかけた霧華が慎重に浴衣姿で歩を進めながらうなずいた。少しはなれたところにいる霧華に、
「大丈夫ですか? 浴衣、慣れませんよね」
「いえ、大丈夫……ではあります」
 雪継が歩調を合わせれば、
「じゃ、私は待ち合わせがあるから!」
 戦闘が終わった瞬間、秋子が猛ダッシュで走り去っていく。
「プラーミァ、髪はもう大丈夫だから」
「はは。張り切ってるみたいだなー」
 着替えたロストークを、熱風送って乾かそうとするプラーミァに、エリオットが笑ってその頭を軽くなでる。
「きっと、洗濯機さんと一緒でお祭り楽しそうって思ってるんだよ。浴衣を用意できればよかったね」
 なんてエリヤはプラーミァを見つめると。
「ああいうのを、少し手直ししてみたらどうだろう? そんなに難しくはなさそうだけれど」
 いつものコートを脱いで軽い浴衣姿になった猫晴がそう指差したのは、犬や猫や、はたまた他の謎の何か用に、小さ目の法被なんかを扱っているお店だった。
「お、あんな店あったのか、気づかなかったな」
「うん。お礼はそこのたい焼きでいいよ」
 嬉しそうにするエリオットに、猫晴は冗談めかして笑う。隣の花売りを真剣に見ていたのだけれど、それはそ知らぬ風で言わなかった。
「祭りは久々です。今はあんなものも売っているのですね……」
 借りた浴衣も慣れたもの。戦闘終わって眼鏡をかけた最中が下駄の音響かせながら同じようにその屋台を覗き込む。
「お祭りといえば食べ物屋台と思っていましたが、なかなか……」
 感心する最中の隣で、風車屋さんの風車が音を立てて回っていた。


 時が経つと自然と各々別の方向に足は向かって、
「真幸さん! 待たせ……うわっ」
「っ、と」
 焼きそばイカ焼きりんご飴。飲み物とお土産満載に綺麗な浴衣に駆け足と来ればそりゃ転ぶ。それをそっと真幸が抱きとめる形で支えて、微笑んだ。
「……」
「……」
「す、座ろっか」
「ああ」
 ちょっと照れる。あわてて花火の見れる川辺のベンチに腰を下ろせば思わず、
「浴衣の秋子も、綺麗だな」
「!?」
 持っていた食べ物を落としそうになったという。

 騒がしいのは苦手だけれども、二人でいるならそれも真幸には楽しくて、
「ノンアルコールとか……」
 お酒弱すぎ。なんていう秋子に真幸はつん、と相手の額を軽く押した。さっきはよっぽど赤い顔をしていたのに、逆に何本ビールを開けてもけろっとした顔をしていた。
「少しなら飲めるんだから飲めばいいのに」
「酔うとくだ巻いて醜態晒すから嫌だ」
「ええー」
 若干むくれる秋子に、真幸は笑う。
「今凄え幸せだ」
 その肩に寄りかかり、花火を見上げながら言うと、
「重……へ?」
 また真っ赤になった秋子が、でも嬉しい。と小さく笑った。
「期待に応えられてないかもって思ってたから……」
「……」
「あっ、また」
 額をつつかれて、秋子はちょっとむくれるふりをして、そしてまた笑った。
「夫婦でこういうの憧れてたから嬉しい楽しい」
 花火が、二人の視線の先で音を立てて上がった。


「あ、紫睡ちゃんおっつかれさまー!」
「なんと、萌花さん!」
 浴衣を着た萌花が声をかけて、紫睡は振り返り思わず声をかける。
「ね、ね、あたしも屋台巡りいーれーてー♪」
「是非是非、一緒に行きましょう!」
 きゃーっと二人両手を繋いではしゃいで。
「最近電球ジュースとか点滴ジュースも人気だよね。映えるし」
「ああ。うわさのいんすたばえ、というやつですね! それならさっきから目をつけていたトルネードポテトが……」
「あたし、りんご飴よりいちご飴派なんだけど、でもあれって早く食べないとめっちゃ溶けんだよねー。どろどろはかわいくないし、早く食べるに限る。……で、紫睡ちゃんは何食べるの?」
「そうですね、ケバブとか鶏皮餃子とか……。でも忘れちゃいけないお好み焼き!」
「あ、それいーな、おいしそー。ね、ね、ちょっとこれと一口分くらいの交換しない?」
「おや、二人とも……」
「おお、雪継君もお久しぶりー」
 通りがかった雪継が声をかけて思わず固まった。
「あ、雪継さん! ほら、食べましょう食べましょう!」
「ええ。なんだか凄い量ですね?」
「うそ、そんなに!?」
 がーん。とわざとらしくショックを受ける風の萌花。
「それより! 久しぶりに会ったあたしに、何か言うことあるでしょう?」
「え……? ああ。お二人とも、浴衣とても綺麗ですよ?」
「よろしい!」
「もー。二人とも、そんなことより食べましょうー!」
 食い気満載の紫睡に、二人は顔を見合わせて、笑った。


 から、ころと、
 下駄を鳴らして、霧華は歩く。
 慣れない履物、慣れない浴衣。
 慣れぬ姿をしていても、霧華の心は変わらない。
 悲しいとは少し違う。
 寂しいとも少し違う。
「……復讐で瞳と刃を曇らせ続ける私には、この景色は、少し……」
 眩しいのかもしれないと、霧華は口の中で呟いた。
 明るい人々。
 夕暮れは逢魔刻とも云うのだろうか。
「もしかしたら稀人と呼ばれる存在もこうしたお祭りを楽しんだのかもしれませんね……」
 走る子供とすれ違う。鬼の面をつけていた。
 それを笑顔で母親が追いかけている。まるで幸福が形になったようなその景色。
 決して、霧華は関わらぬその景色。
 護るべき世界。そして……眺めるだけの、世界。
「縁遠い場所だとしても……。それでも私は、こんな光景が好きです」
 彼女は、ひとりで。
 けれども、それでもいいと思っていて。
 ただ、愛おしいその世界を通り過ぎるように見つめていた。
 己の胸に、復習の刃を抱きながら……。


「もっくん」
「馨さん」
 そうして浴衣を着た馨と最中も合流すれば、
「あー。祭りなんて何時ぶりだろう。みんな依頼頑張ってたし、もっくんと雪継くんに食べたいものを奢ってあげるのもやぶさかではないぞ。何でも好きなものを食べなさい」
「そうそう。奢りますよ、馨さんが……冗談です。俺も出します」
「え、今日は私が大人の自由なお金を見せるときなんだだろう!?」
「わかりました。遠慮なくお二人の財布を空にしますね」
 二人してそんなこと言い合うので、雪継も容赦なく応える。割と本気だった。

「馨さん、プレゼントです」
 道中、どこから買ってきたのか最中はひょっとこのお面を差し出した。
「んん? おめん? なんで?」
 言いながらも素直につければ、
「……良くお似合いで」
「じゃあ、お返しだな。嫌だとは言わないだろう?」
「は?俺も?」
 二人してお面をすれば、なんとなく微妙に顔を見合わせる。
「……なぜですか」
「思い出……かな?」
 見つめあうこと数秒。馨は咳払いをする、
「さて、まだまだ祭りはこれからだ」
「……ええ、心行くまで楽しみましょう。まだまだ俺は、遊び足りません」
「じゃあ。次は何をしようか」
「そうですね……勝敗のつくものがいいです」
 なんだかんだで、楽しそうであった。


 喧騒から少し離れて、猫晴はのんびり空を見上げる。
 待ちきれないのか、黄昏交じりの空に花火が上がり始めていた。
 高校生たちが着物姿で歩いている。
 そういえば自分にも、そんな時代もあったなあ。なんて。
 若干年寄りじみた思考を、猫晴は自覚していて。少し笑った。
「……懐かしいね」
 思わず呟く。戻りたいかといわれれば、疑問の余地はあるけれど。
 少し考えて、猫晴は先ほどから気になっていた花の屋台を覗く。
 まだ株の若い朝顔を売っていて、似合いそうだな……。と少し思って。買おうか思案して、結局……やめた。
「アンジェリカちゃんも来れば良かったのになあ……」
 そう。買い物なら、きっと一緒がいいだろう。猫晴は店を出て、ふらりと宛てもなく歩き始める。通り過ぎる人々の顔は誰も明るくて、見ていて楽しい。
「夏が来る前に梅雨があるけれども……。また、花火見れるといいな」
 通り過ぎる人々をのんびりと眺めながら、猫晴はそう呟いて花火を仰いだ。


「わー。お祭り、お祭りっ! にいさん、ローシャ君、はやくー!」
「おー。待て。走ると転ぶぞー。はぐれるなよー」
 はしゃぐエリヤに、エリオットが早足で追いかける。
 嬉しそうに先行したと思えば、
「……待って。リョーシャ。エーリャがいない」
「!? おーい、エリヤー!」
 突然屋台を真剣に覗き込んで行方をくらましてみたり。
「大丈夫。はぐれないぐらいに、ちゃんとついてきてるから」
「本当か??」
 思わず、エリオットがぐしゃぐしゃとエリヤの頭をなでて。
 エリヤはひゃーっと、嬉しそうに声を上げるのであった。
「じゃあ、エーリャ。手を繋ごう。それでもいいかな?」
「うん、いいよ!」
 ロストークが提案すると、エリヤは両手を差し出す。ロストークが片手を握る。
「……」
「……」
「…………」
「……リョーシャ」
「俺か!? 俺なのか!? そんなにしたら買い物もてないだろ?」
「え……。じゃ、じゃあ、次の屋台まで、だよ」
 真面目な顔をしてそんなことを言うエリヤに、
「……」
 しょうがないなって。ちょっと照れたようにエリオットもエリヤの片手を握った。
「あ、いちご乗ってる。いちご。おいしそう」
「お、ちょ、引っ張るなって……!」
 走り出すエリヤに、エリオットがあわてて。ロストークは微笑みながら、あとに続くのであった。

「……そうか、もう夏か。なんかあっという間だな。冷たいもんが美味しくなる季節だねぇ……」
 しゃりしゃりとカキ氷をかき混ぜながら、エリオットがしみじみと呟く。その腕には既に焼き傍の袋がいくつかぶら下がっていて、夕飯も済ませていく気満々なのが伺えた。
「そうだねぇ。この国の暑さは少し堪えるけど、でも、嫌いじゃないよ」
「そりゃ、ローシャが正面きって嫌いだ、なんて言うものがあれば見てみたいって」
 お好み焼きのパックを片手に、そ知らぬ顔で言うロストークにエリオットは苦笑する。
「いや、僕だって、嫌いなものは……ある、よ?」
 若干自信なく言った、ところで、
「ローシャくん、にいさん、これー!」
 屋台を覗き込んでいたエリヤが声を上げた。ロストークがそれを覗き込むと、
「おいしそうだねえ。あ、じゃんけんで勝ったらおまけがつくんだって」
「じゃんけん? おまけ? ……おお、良いね」
 えらくやる気になったエリオットが追いついてきて、腕まくりを始める。
 頑張ってーって声が花火のはぜる音と共に響いた。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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