大菩薩再臨~降臨、ブラック企業ブレイカ―ズ!

作者:雷紋寺音弥

●力と導き
 ビルシャナ。それは集合無意識の存在であり、時にクソ真面目な教義を語ったかと思えば、極論や変態思考の権化とも成り得る掴みどころのない存在。
 そんなビルシャナが、今日も今日で教義を広め……ていると思われたのだが、その日に限って、随分と様相が異なっていた。
 普段は多くの配下を連れているビルシャナだが、その日は少女が一人いるだけだ。おまけに、ビルシャナの方は2体もおり、片方はともすれば竜人に見紛うような姿をしている。
「さあ、お前にも力を与えよう。この力があれば、お前の父を殺した者達にも復讐することができるだろう」
「は、はい! お願いします!」
 竜人の如きビルシャナの言葉を、少女は躊躇うことなく受け入れてしまった。瞬間、凄まじい閃光に包まれたかと思うと、少女もまた緑色の羽毛を持った、新たなビルシャナと化していた。
「我々の目的は、ビルシャナ大菩薩の再臨だ。そのためには、より多くのグラビティ・チェインが必要だ」
 それを集め、捧げるための力を、お前達にやろう。そう言い残して、竜人の如きビルシャナは霧のように消滅して行く。後に残されたのは、横に張り出した巨大な耳を持ったビルシャナと、先の少女が変貌したビルシャナのみ。彼らは自分の身体の中に、今までにない力が溢れているのを感じていた。
「どうやら、君もブラック企業の被害者のようだね。さあ、共にブラック企業を破壊し、そこにいる者達を皆殺しにして、グラビティ・チェインを集めよう!」
「はい! 私のお父さんは、働き過ぎで死んじゃったんです。それなのに、会社の同僚の人達は、誰も助けてくれなかった……」
 首謀者であれ、傍観者であれ、ブラック企業に関わる者は許せない。ならば、その命を奪ってビルシャナ大菩薩に捧げたところで、それは正しい犠牲なのだ。
 違法労働による犠牲者でもあった、二人の人間。彼らは今や、ブラック企業に対する憎悪の化身と成り果てて、ビルシャナ大菩薩を再降臨させるべく、白昼堂々の破壊活動を開始しようと目論んでいた。

●ブラック企業なんて滅びてしまえ!
「竜十字島のゲート破壊に成功したことで、ドラゴン勢力に制圧された地域も、着々と解法が進んでいたようだな。だが……少しばかり、拙い事態が発生したようだ」
 そう言って、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)より語られたのは、ビルシャナによるドラゴン勢力のミッション地域破壊の報だった。
 よりにもよって、何故に今頃になってビルシャナが。疑問に思う者達もいたようだが、クロートはそれらの答えも含め、状況をケルベロス達に説明した。
「今回の事件の黒幕は、天聖光輪極楽焦土菩薩というビルシャナだ。こいつは、ドラゴンの制圧地域を破壊して奪ったグラビティ・チェインを利用して、ビルシャナ大菩薩を再臨させる為に、強力なビルシャナを集結させようとしているらしい」
 ビルシャナ大菩薩の再臨。今となっては昔の話になった、鎌倉の戦いのことが思い起こされる。連中、まだ諦めていなかったのかと、そんな呆れにも似た呟きも聞こえて来たが。
「お前達に向かって欲しいのは、『静岡県磐田市』に近い地域にある、雑居ビルの屋上だ。そこにいるビルシャナは、合わせて2体。こいつらが動きだす前に、どちらも撃破して欲しい」
 敵のビルシャナは、その名も『ブラック企業絶対潰す明王』と『ブラック企業絶対滅殺する明妃・ユイカ』である。どちらも、元はブラック企業によって何らかの形で人生を破壊された人間で、違法労働を行う企業への憎悪は強い。
 彼らにとっては、ブラック企業の社長や重役は勿論のこと、違法労働と知りながら傍観している一般社員や、何の役にも立たなかった労働組合、内部告発を真剣に取り上げなかったマスコミや、果ては違法労働によって支えられているサービスを当然の如く享受している顧客まで、あらゆる人間が制裁の対象である。
 彼らの目的は、そのような人間を制裁の名の下に殺害し、グラビティ・チェインの糧とすること。当然、阻止せねば街に多大なる被害が出るのだが、彼らは個々の能力もなかなか高い。
 明王の方は前衛を務め、口から火を吐く、尻尾から時間停止光線を発射するといった技を使う他、一時的に肉体を巨大化させて突撃するなど、怪獣や怪人じみた技を得意とする。
 その一方で、明妃であるユイカの方は後衛を務め、こちらは手にしたプラカードで物理的に殴り掛かって来る他、違法労働者から人々を守る集団の幻影を召喚して防御を固めたり、ブラック企業の実態をネット上に書き込んで炎上騒ぎを起こしたりすることで、なんやかんやで目の前の敵も燃やすという、自宅警備員のスマホに似た技で攻撃して来る。
「強力な力を得たビルシャナが2体もいるのは面倒だが、連中は力を得たばかりだからな。教義に疑問を抱かせたり、或いはケルベロスに自分の教義を称賛されたりすると、力のコントロールを失って戦闘に集中できなくなるかもしれないぜ」
 考えようによっては、彼らもまた社会と、そしてデウスエクスによる犠牲者だ。
 これ以上、こんな犠牲者が出ないよう、せめて彼らが過ちを犯す前に止めて欲しい。そう言って、クロートは改めてケルベロス達に依頼した。


参加者
バーヴェン・ルース(復讐者・e00819)
瀬戸・玲子(ヤンデレメイド・e02756)
イピナ・ウィンテール(剣と歌に希望を乗せて・e03513)
ミルディア・ディスティン(猪突猛進暴走娘・e04328)
羽丘・結衣菜(マジシャンズセレクト・e04954)
イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)
風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)
浜本・英世(ドクター風・e34862)

■リプレイ

●ブラック企業は断罪だ!
 白昼堂々、ビルの上。ヘリオンより降り立ったケルベロス達の前には、ブラック企業を憎むビルシャナが二体。
「む、なんだ、お前達は!」
「あなた達……もしかして、ブラック企業の手先ね! だったら、今すぐここで成敗してあげるわ!」
 遭遇するなり、こちらをブラック企業関係の人間と判断し、勝手に怒りを滾らせる明王と明妃。どうやら、彼らは今まで散々に搾取されたり、理解されなかったりしたことで、猜疑心の塊になっているようだ。
「素晴らしいです! 現代社会の闇を打倒しようとするお二人、素敵です!」
 このまま勝手に断罪されては堪らないと、間髪入れず、イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)が先手を打った。
「会社で働いている方々は、みな生きるために必死に働いているのに、自分が死んでしまっては本末転倒も良いところです! 私も違法労働を白日の下に晒しだし、断固断罪されるべきだと思います!」
 とはいえ、そのやり方を完全に認めるわけにはいかないが。そう、小声で呟くも、興奮しているビルシャナ達は、そんなイリスの声など聞いちゃいなかった。
「おお、これは失礼した! 君も、我々の理念に賛同してくれるというのだね!」
「嬉しいわ! 味方が増えれば、それだけブラック企業を潰すのも簡単になるわよね!」
 両手を叩き、ビルシャナ達は自分達の主張が認められたと、完全に舞い上がってしまっている。ならば、これは駄目押しだとばかりに、瀬戸・玲子(ヤンデレメイド・e02756)も敢えてビルシャナの教えに賛同してみせた。
「まぁ、うん。トンデモ教義が多いビルシャナだけど、君たちの教義は理解出来るし賛同も出来るよ?」
 ブラック企業など、できれば無い方がいいに決まっている。そもそも、社員が潰れるまで酷使しなければ利益が出ない会社など、経営陣が無能の極み。短期的利益を優先して人材を使い潰す企業と経営者など、存在しない方がマシではあると。
「確かに、ブラック企業を許してはいけない……。一理、あるのかもしれません」
 玲子の横で、イピナ・ウィンテール(剣と歌に希望を乗せて・e03513)が、これ見よがしに頷いた。
「でも残念。君たちはもうデウスエクスだから、倒さないといけないんだ。やり方も駄目だしね」
 だが、ここに来て玲子がまさかの掌返し。これには、さすがに明王と明妃も面食らったが、その一方でイピナは葛藤する女を演じている。
「くっ……! 私はケルベロス、デウスエクスと戦うのが役目。しかし……」
 ケルベロスが正義の味方であるならば、社会の悪であるブラック企業を、許してしまって良いものか。揺れる心を敢えて見せつけることで、敵の動揺を誘う作戦だ。
「なにを言うか、お前達! 今、この間にも、ブラック企業のせいで苦しんでいる者がいるかもしれんというのに!」
「あなた達が戦うなら、私達にも考えがありますけど……でも、ブラック企業を憎むのなら、争う必要はないですよね?」
 案の定、明王の方は短絡的にブチ切れてきたが、しかし明妃はともすればイピナを自分のところへ引き込もうとしている。
 同じ主義主張を掲げながら、しかし細部で異なるビルシャナ達の理念。それは綻びの芽となって、いずれは互いに心の奥で、猜疑心を抱くしこりとなるはずだ。
 なにはともあれ、初手は成功。敵の心に疑惑の種を植え付けたところで、ケルベロス達は次の一手を仕掛けることにした。

●でも、暴力は良くないよね?
 ブラック企業に憎悪を燃やし、その根絶を掲げる二体のビルシャナ。しかし、彼らの主張の根幹は、ケルベロス達の言葉で早くも揺らぎ始めていた。
 これは好機だ。怒らせるにしろ、動揺させるにしろ、より大きな精神の乱れが生じれば、彼らの戦闘力は大幅に低下してしまうはず。
「いや、素晴らしい主張だね。ブラック企業を撲滅するために、自ら同程度まで堕するなど、並の気持ちで出来るものではないよ」
 まずは、敢えて褒める形で、浜本・英世(ドクター風・e34862)は拍手を送った。もっとも、続けて紡がれた彼の言葉は、必ずしもビルシャナ達を称賛するものとは限らなかったが。
「己の理念やらで都合よく人の定めた約束事を逸脱し、そこで働く労働者の心身の健康や生命までもを顧みないのだから、やっている事は君たちの言うブラック企業と同程度の事だろう?」
 自らを穢してでも復讐を遂げんとする、その覚悟。それこそ賞賛に値すると手を叩く英世だったが、しかし言われた方からすれば堪ったものではない。
「そ、そんな……。私達が、お父さんの命を奪った人達と、同じだって言いたいんですか!?」
「ふざけるな! さては貴様、ブラック企業の手先だな! そこに直れ! 成敗してくれる!!」
 思わず動揺した明妃とは対照的に、明王の方は相変わらず短絡的にキレるだけだ。限界を超えた過剰労働の結果、沸点が異様に低くなっているようで。
「―ム。気持ちはわかる……とは言わん」
 ここで話を蒸し返しても面倒なので、バーヴェン・ルース(復讐者・e00819)は否定の立場を崩さず続けた。
「しかし、ブラック企業があるのは、その分野に需要があるからだ。その供給先を潰し職員が失われれば、今ある同じ分野の企業にしわ寄せが行き、他の企業をブラック化させてしまうのではないか?」
 ブラック企業でも、世の中に役に立っていることがある。それがバーヴェンの主張だったが、しかしこれには明王だけでなく、明妃の方もブチ切れた。
「うるさい! それじゃ、何か!? 俺達は黙って生贄になれって言いたいのか!」
「ひ、酷いです! 誰かを生贄に、自分達だけ定時で帰ろうなんて……」
 誰かの幸せのために、他の誰かが犠牲になるのは仕方がない。二体のビルシャナには、そのように聞こえてしまったのだろう。
「ブラック企業が悪いってのは否定しないよ。無くなればいいってのは、あたしもそう思う。だけどね、それを求めてるのは消費者なんだよ?」
 そもそも、今現在の便利な社会は、大なり小なり誰かの犠牲によって成り立っている。その現実から目を背けるなと、ミルディア・ディスティン(猪突猛進暴走娘・e04328)が代わって続けた。
「ブラック企業は、顧客が求める『安く高品質なもの』を作ってくれるんだ。それが無くなれば、売り物の値段も上がるし、仕事帰りに寄れる、夜まで営業してるお店も無くなるんだよ?」
 それでも辛いというのであれば、そんな会社は辞めてしまうのが最善だ。そう言って聞かせようとするミルディアだったが、完全にブチ切れてしまった明王達は、もう止まらない。
「辞めるのが最善だぁ? そんなことできていれば、とっくに辞めているわぁぁぁっ!」
「あなたには、私のお父さんの気持ちなんて分からないわよ! お仕事がなければ、お金がもらえなくて家族が路頭に迷う……。ブラック企業は、家族を人質にして辞めることさえ許さない、最低の存在なのよ!」
 仕事を辞めたところで、家族を死なせてしまえば意味はない。それに、年齢的にも明王の方は、新しい仕事を探すのも一苦労。
 新卒神話が未だ幅を利かせるこの国において、中途というだけで採用の幅は狭まってしまう。結果、やはり別のブラック企業に勤めるしかなく、悪循環からは抜けられない。
「確かに……あなた達の苦しみと憎しみは、その始まりこそ正当なものかもしれない」
 悪いのは企業だけでなく、社会の歪み、そのものだ。それは解るとしながらも、しかし羽丘・結衣菜(マジシャンズセレクト・e04954)は首を縦に振ることはなく。
「けれど、これからやろうとしていることは不当なものである! 想像をするまでもなく、同僚とやらもまた、被害者でしょうに」
 自分を助けてくれなかったからといって、必ずしも同僚が悪意ある傍観者とは限らない。誰かを助けるには、余力が必要。そして、それができなかったということは……つまり、同僚達もまた自分のことで精一杯なくらい、企業に搾取されていたということだ。
「企業がブラック化する原因を考えてよ。企業を止められない理由とか、止めた結果の影響とか、君達はちゃんと理解しているの?」
 ブラック企業は悪であるが、しかし仮に悪ならば、それが幅を利かせる理由は何か。そこには悪は悪でも『必要悪』という名の、避け難い何かがあるのではないかと風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)が尋ねた。
「そもそも、宗教を経済に持ち込むのは大変に危険なんだ。経済がパニックになったら、それこそ、死ぬ人がもっと出るかもしれないよ?」
 安易な復讐よりも、世の中を変える立場の人間に声が届くようにした方が良い。今は難しくとも、それを続けて行けば世界は変わるかもしれない。そこに希望を見出して欲しいと告げる錆次郎だったが……それらの言葉は、明王と明妃の二体を完全に怒らせるのに十分だった。
「企業を止めた結果だと? そんなもの、分かり切っているではないか! 全員が定時に帰れ、健全な生活を送ることができる! それの、どこが悪いのだ!」
「それに、経済がパニックになるとか言ってますけど、それで何人の人が死ぬって言うんですか? 誰かが死ぬまで働かないと、他の誰かが死んじゃうなんて……そんな世の中、やっぱり間違っているんです!」
 過剰労働が企業だけの問題でないとすれば、諸悪の根源は国か、それとも国民か。どちらにせよ、ブラック企業の存在に頼る全てが許せないと、明王と明妃は高らかに叫び。
「今日、この日を以て、我々はこの国からブラック企業を消滅させる!」
「お父さんの仇……誰にも、邪魔はさせないわ!」
 ブラック企業に関わる者は、誰であろうと全て抹殺する。迸る怒りを殺意に変えて、二体のビルシャナはケルベロス達に襲い掛かって来た!

●それは深すぎる社会の闇
 ブラック企業を潰すためなら、そのための手段は厭わない。怒りに任せて攻撃を繰り出す二体のビルシャナは、火力だけで見れば強敵だった。
 明王が吐き出す炎に合わせ、明妃がネットに書き込みをすることで周囲を火の海に変えて行く。スピードで攪乱しようにも、明王の放つ時間停止光線が動きを止め、耐性を得ようと守りを固めれば、明妃がプラカードで破壊してくる。
「フハハハッ! ブラック企業に関わる者など、焼け死んでしまうがいい!」
 炎の海の真ん中で、明王は狂ったように叫んでいた。が、怒りに我を忘れて攻撃を繰り返すビルシャナ達は、ともすれば勢い余って盛大に攻撃を外してしまう。ビルシャナになったばかり故に、力の使い方を把握しておらず、半ば暴走状態にあるようで。
「最初は素晴しい教義だと思いましたが……もう底が見えてしまいましたね。所詮はビルシャナ、勢いと派手さだけが取り柄ですか」
 人の話も聞かず、逆ギレに等しい理由で無差別攻撃を繰り返すビルシャナ達に、イピナが冷めた視線を送りながら弓を放った。
「ぬぅっ! やってくれるではないか、悪の手先め!」
 頭に突き刺さった矢を引っこ抜きながら、明王が叫ぶ。だが、そういう彼自身、本当にブラック企業の恩恵を受けたことはなかったのだろうか。
「へぇ……じゃあ、これならどうかな?」
 自分の業を、今一度思い出すことで反省しろ。ミルディアの放った獣のオーラが明王に食らい付き、その内に秘めたるトラウマを呼び起こし。
「そもそも、社畜だったなら深夜営業のお店の世話になってたでしょ? それなら、自分も制裁の範囲内では?」
 盛大なる矛盾を突きつつ、玲子もまた明王にトラウマボールを叩き込んだ。
「……ハッ! な、なんだ、これは!? なぜ、私の目の前に部長が! 社長がぁぁぁっ!!」
 瞬間、ビルシャナの前に現れたのは、自分に罵声を浴びせる上司達の幻影。それらを振り切るようにして、明王はとうとう最後の手段に出る。
「うぅ……こうなったら、切り札を見せてくれる! 食らえ! 必殺、巨大化アタァァァック!!」
 ブラック企業に対する怒りのエネルギーを全て解放し、明王は自身の身長を数倍に巨大化させて襲い掛かって来た。
「フハハハッ! 死ね、死ね、死ねぇぇぇっ!!」
 周囲の被害など顧みず、盛大に突っ込んでくる巨大明王。しかし、狙いをまともに付けていなかったので、攻撃の軌道を見切るのは容易かった。
「せめて祈ろう。汝の魂に……救いアレ!!」
 突っ込んでくる明王を、バーヴェンが唐竹割りで斬り捨てる。哀れ、真正面から両断された明王は、そのまま勢い余ってビルの屋上から飛び出すと、空中で爆発四散した。
「そ、そんな……。私達の正義は、間違っていたの?」
 明王が倒されたことで、明妃に走る動揺。これで、残すは彼女だけ。肉壁としての明王を失い、己の主張にさえ疑問を抱き始めた彼女に、もはやケルベロス達の攻撃に耐える術はない。
 ブラック企業反対を唱える人々の幻影で守りを固めるも、それも空しい抵抗だった。圧倒的な数の差を前に、明妃は徐々に追い詰められて行き。
「ブラック企業への忌事……気持ちはわかるけど、ね」
「正しい犠牲などという戦引きは誰にもできはしないよ。いつだって、犠牲と言うものは正しくはないものさ」
 英世の振るったチェーンソー剣が、錆次郎の放った銃弾が、それぞれに明妃の身体に食い込んだ。
「主張自体は考えさせられるものでは、あるんだけどね……。やっぱやりすぎはダメよ、ダメ」
 それでも、未だ倒れない明妃へと、結衣菜が相棒のシャーマンズゴーストと共に仕掛けて行く。
 炸裂するプラズムキャノン。そして、繰り出される爪が人々の幻影を打ち砕いたところで、意を決したように斬り込むイリス。
「もう、これで悲劇は終わりにしましょう。……銀天剣、イリス・フルーリア、参ります!」
 三日月を思わせる美しい軌跡を描き、イリスの振るった刃が明妃に引導を渡す。無数の羽が舞い散る中、プラカードを落として崩れ落ちた明妃は、最後に天を仰ぎながら翼を伸ばし。
「ごめんなさい……お父さん……」
 それが、ブラック企業絶対滅殺する明妃……否、ビルシャナと化した少女、ユイカの最後だった。
 戦いは終わり、無差別殺戮は防がれた。が、ケルベロス達の表情は重たく暗い。
 考えようによっては、彼らもまた社会の犠牲者だ。そして、そんな犠牲を出さねば保てない社会とは、果たして本当に正しいのか。
 未だ答えの見つからない問題。それでも、少しずつ正して行かねばならない。もう、二度とこのような悲劇を繰り返さないために。ビルシャナの力の誘惑に、負けてしまう者を生み出さないために。
 まずは、できることから始めて行こう。最初は小さな動きでも、続けて行けば、やがて大きな力になる。今はただ、それを信じて動くことが、ビルシャナとして散った二人に対する唯一の手向けであったから。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年6月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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