ただの食事のように

作者:八幡

●散歩道
 一陣の風が木々の合間を吹き抜けると、その風にあおられた木の葉が地面へと舞い落ちる。
 もう随分と風も冷たく、季節が冬に変わろうとしていることを痛感する。
 一人の女性が、その冷たい風に小さく身震いをすると、その手を暖かいものが握り締めてくる。
「ママー、あそこに虫さんがいるよー」
 自分の手を握り締め、散歩道の端に転がる黒いもの……カブトムシだろうか? を、指差す娘に女性は微笑を向け、
「ぐっ!?」
 その瞬間、唐突に背後から首を握り絞められ、娘に返そうとした言葉は失われた。
 女性は反射的に自分の首を絞めるものを払おうと手足を振り回すが、どれだけ暴れてもそれが緩まることは無い、それどころか徐々に力を篭められていく。
「に……げ……」
 何時の間にか離してしまった手の先にいるはずの娘にかけようとする声も満足に出せない……自分の首を絞める忌まわしい手の主を見れば、それは人ほどの大きさのカブトムシのような姿をしたものだった。
 そのカブトムシは何かを語るでもなく、何かの意思がある訳でもなく、ただ樹液を舐めるが如く、当たり前の行動のように自分の首を絞め続ける。
 そして、それは恐らく自分の命が尽きるまで行われるのだ……そう察した女性の意識が徐々に遠のく中、
「ママをはなせー!」
 最後に女性が見たものは、必死にカブトムシの足を叩く我が子の姿だった。

●ただの食事のように
「知性無きローカストに襲われる母子を助けてください」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はケルベロスたちの前へ立つと話を始める。
 知性の無い……と言うことは、これまでのローカストと違い知性の低い分戦闘能力に優れたローカストのことだろう。そして、奴らの目的は当然グラビティ・チェインの奪取だ。
「今回相手となるのはカブトムシの姿をしたローカストです。このローカストは、腕からカマキリの刃のような鎌を展開して敵を斬り裂く能力、棘を刺した先からアルミ化液を注入する能力、羽をこすり合わせ破壊音波を放つ能力を持っています」
 自分の言葉を理解したであろうケルベロスに、セリカは話を続ける。
「状況としては……母親がローカストに捕まり、子供が母親を助けようと必死に抵抗しているのですが、ローカストは子供には関心を示さないようです」
 子供には関心を示さないと言うことは、このローカストがグラビティ・チェインを狙う何かしらの優先順位があるということだろうか?
「幸いなことにローカストはグラビティ・チェインをゆっくり吸収しなければならないため、母親の命が失われるまでには時間があります」
 じわじわと嬲り殺しにされているという見方もあるが、時間があるならその間に何らかの手を打てるかもしれないということだろう。
 もっとも単純に戦闘を始めてしまえば、そこでその可能性は潰えてしまうかもしれないが……。
 一通りの説明を終えたセリカはケルベロスたちを真っ直ぐに見つめ、
「人々を虐殺してグラビティ・チェインを奪うなど許す訳にはいきません。必ずデウスエクスを倒してきてください」
 願うように瞳を閉じた。


参加者
天空・勇人(正義のヒーロー見習い・e00573)
ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)
海野・元隆(海刀・e04312)
妻良・賢穂(自称主婦・e04869)
役・雪隆(陰陽修験者・e13996)
フローネ・ハイデルベルク(レプリカントの鎧装騎兵・e14831)
ポンコツ・ノエントリ(壊レ姫・e18457)
ディーン・スタンスフィールド(人助け趣味の機人・e18563)

■リプレイ

●それはただの食事
「に……げ……」
 搾り出すように言った母の眼は、既に少女の姿を映していなかったけれど、黒くて大きなものが、少女にとって大切なものを奪おうとしている……その事実だけは、幼い少女にも理解することができた。
 少女からすれば黒くて大きなもの、すなわちローカストの姿は大きな壁のようにも見える。その大きさと風貌に一瞬たじろぐも、それ以上に自分から大切なものを奪おうとする、それに対する怒りが勝った。
「ママをはなせー!」
 それ故に少女はローカストへ食って掛かる……その行動の意味も危険性も理解しないままに……あるいは理解した上であろうか。
「こっちを見ろ、ローカスト」
 足へ纏わりつく、その少女へ視線を落としたローカストの注意を引くために、役・雪隆(陰陽修験者・e13996)は大声で呼びかけると、準備したカブトムシの模型を踏みつけて笑みを浮かべた。
 雪隆の声に反応したローカストだが、黙って雪隆を見つめるだけで女性から手を離す様子は無い。
 ローカストが雪隆の行動に反応を示さないのは、慣れない演技のぎこちない笑顔のせい……と言う訳でも無さそうだ。虫の顔からは何も感情は読み取れないが、ただ観察していると言った様子に見えた。
 そんな雪隆の横で、フローネ・ハイデルベルク(レプリカントの鎧装騎兵・e14831)は空中に投げた虫の模型を撃つと、こちらは自然に微笑んで見せた。
 音などで挑発できればとフローネは考えていたようだが、ローカストはフローネにも反応を示さないどころか、雪隆から視線を離さなかった。
「わたくし達はケルベロスですわ。貴方のお母さんを助けに参りましたわ」
 あまりの無反応さに、ぎこちない笑顔を更に強張らせる雪隆だが、ローカストが少女から視線を逸らした隙に、その足元まで駆け寄った、妻良・賢穂(自称主婦・e04869)が少女の体を後ろから抱きしめる。
「ける……べろす?」
 身を包んだ柔らかな感触に少女は一瞬身を震わせるも、徐々に賢穂の柔らかさに落ち着きを取り戻して行く。それから、力いっぱいローカストを殴ったためであろう真っ赤に腫れた少女の手を、賢穂はそっと両の掌で包み、
「危ないですから、離れていてくださいな」
 優しく微笑みかけると、少女は両目に涙をいっぱいためながら頷いた。その涙は安堵、悔しさ、恐怖など様々な感情が入り混じったもの、上手く言葉に出来ない感情を察した賢穂は少女の頭を撫でた。
 少女を抱えるようにローカストからじりじりと距離をとる賢穂を、ローカストは一瞥しただけですぐにまた雪隆へと視線を向けた……十歳児程度の身長である賢穂では、少女とほぼ変わらないため同じ理由で興味をもたれなかったのだろうか。
「あー死んでら」
 賢穂とローカストの様子を見ながら少し思案した、海野・元隆(海刀・e04312)が虫の死骸を指差して挑発的に苦笑いする。
 挑発に乗ってくれば母親から手を離すかもしれないと思ったのだが、ローカストは元隆を見つめるのみで、他には特に反応を示さなかった。
 駄目かと元隆が頭を掻いていると、ポンコツ・ノエントリ(壊レ姫・e18457)が元隆が指差した虫の死骸を両手で掬い取ってまじまじと見つめていた
 ポンコツの行動は挑発ではなく手にとって見てみたいと言うだけの好奇心から来ているものだが、虫の死骸を拾われてもローカストは何も反応を示さない。
 どうやら虫に対して何かをしても無意味そうだが……こうしている間にも徐々に女性の顔から生気が失われて行く。
「貸してください!」
 生半可な方法で反応しないのならば過激な手段をとるしかないだろう、ディーン・スタンスフィールド(人助け趣味の機人・e18563)はポンコツの掌から虫の死骸を取り上げ、それを地面に叩きつける。
 そしてそれを思いっきり踏み潰して見せた。
 おそらくローカストが現れた原因となった虫の死骸。その無残な姿を見せればとディーンは考えたようだが、ローカストは相変わらず無反応のまま女性からグラビティ・チェインを吸い取り続けている。
 やはり虫を使った挑発は無意味……ディーンは奥歯を噛み締め、手にした得物を確認する。なるべくなら避けたいところだったが、このまま黙って女性が死ぬのを待つよりは攻撃して――

●守り抜く覚悟
 覚悟を決めたディーンが右手をローカストへ向けると、
「私に、任せてください」
 ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)はその手をそっと押さえて、ローカストの前へと歩みを進める。
 ローカストへ直接攻撃を行うよりは、鍛え上げられた肉体を持つ自分が無理やりにでもローカストから女性を奪い取ったほうが、その身を守れるかもしれないとギヨチネは考えたのだ。
 しかし、どちらにしても強引に奪おうとした時点で、女性の首はローカストに折られるだろう。ほんの少し、力を入れるだけでそれは成されてしまうのだから。
「!?」
 だが、ギヨチネがローカストの目の前まで進んだところで、ローカストは女性から手を離すと、今度はギヨチネの首を掴んだ。
 ローカストから解放された女性は糸の切れた人形のように、力なく倒れるが……膝が地面につく前に駆け寄った、天空・勇人(正義のヒーロー見習い・e00573)がその体を受け止めた。
 それから、勇人は女性の代わりに捕まったギヨチネと、その太い首へ指を食い込ませているローカストを見上げて歯噛みすると、
「すぐに戻る!」
 女性を抱えたまま後ろへ跳んだ。敵に捕まった味方を置いて行くなど身につまされる思いだが、自分が戻るまで何とか耐えてくれと、勇人は願うしかなかった。
「やはり、体格と距離か」
 女性を抱え、先ほど賢穂が少女を連れて行った方面へ駆けて行く勇人と入れ替わるように、元隆はローカストの目の前まで距離を詰め、卓越した技量からなる達人の一撃を放つ。
 少女や賢穂を無視し、雪隆や元隆には視線を向けていたのは、次の獲物として狙いをつけていたと言うことだろう。
 そして、一番体の大きいギヨチネが近づいたのだから、ギヨチネへ狙いを変えたのだ……もっとも、それは結果を見れば解ると言う話。ギヨチネに身を挺してでも人々を救う覚悟があったからこそ、女性を救うことができたのだ。
 元隆の一撃を受けたローカストは、踏鞴を踏んでギヨチネから手を離すも、離れ際にギヨチネの首に刺した棘からアルミ化液を注入した。
「治療はお任せくださいな!」
 丁度少女を避難させて戻ってきた賢穂は、思わず膝をついて咽るギヨチネの首を目掛けて斜め四十五度に鋭く手刀を振る。すると、ギヨチネの体に入り込んだアルミ化液が排出されると同時に、傷が癒えた。
「八竜解放、いでよ難陀!」
 踏鞴を踏んだローカストへ雪隆が勾玉を掲げ、その勾玉から竜を呼び出す。現れた竜は耳を劈く咆哮を上げると、すぐに姿を消したが、その咆哮はローカストの体を震わせるのに十分だったようだ。
 ローカストが竦んだ隙に、ディーンはポンコツたちの背後にカラフルな爆発を発生させて味方の士気を高め、フローネのアームドフォートからの一斉射撃がローカストの体を貫く。
 フローネの射撃に思わず腕で顔を庇ったローカストの足元へ、ディーンが発生させた爆発を背負ったポンコツが駆け寄り、炎を纏った一撃を叩き付けようとするが……ローカストはその一撃を片手で受け止め、
『ギギギィィ!』
 お返しとばかりに、羽をこすり合わせて目の前に居たポンコツたちへ破壊音波を撒き散らした。

●去るものと
「詩人の後胤よ、我が見るは、汝が母なり」
 体を内側から破壊されるような苦痛の中、ギヨチネは自身とローカストの周囲に幻想の花園を展開する。
 すると、その幻想の花園の中に蔓延り続ける蔓植物がローカストを絡め取り、咲き乱れる花々の官能的な芳香によりローカストの精神を掻き乱した。
 幻想の花園が光の粒となって消えてゆく中、精神を極限まで集中させた元隆がローカストを指差し……示された場所が爆発するも、ローカストは腕を盾にそれを防いだ。
 カブトムシの見た目どおり、ローカストの装甲は厚いようだ……賢穂がそんなローカストの視線を一身に受けるギヨチネを真に自由なる者のオーラで包み込み、ほぼ同時に雪隆が体内の豊富なグラビティ・チェインを破壊力に変えてローカストへ叩き付ける。
 雪隆に切迫されるローカストを横目に、ディーンが再び仲間たちを鼓舞するカラフルな爆発を起こし、爆発の中を飛び出したフローネの電光石火の蹴りがローカストの腹部を捉えた。フローネの蹴りをまともに受けたローカストは前かがみ気味に腹を押さえ、蹴りの反動を利用してローカストの脇へと移動したフローネが先ほどまで居た場所に、ポンコツが胸部を変形展開させて出現した発射口から必殺のエネルギー光線を放つ。
 だが、ポンコツのエネルギー光線をローカストは身を捩るだけで避けた……攻撃をあてる工夫、あるいは知識が致命的なまでに足りないのだ……故に、ポンコツの攻撃はほぼ当たらない。
 そしてそれは、知性の無いローカストが本能として狙いを定めるに十分な理由となった……すなわち、狩り易いと判断されたのだ。
 身を捩った勢いで腕を振り上げたローカストは、エネルギー光線を放った格好のまま硬直していたポンコツへその腕を振り下ろす。腕の端々には棘が飛び出ており、あそこからアルミ化液を流し込むつもりだろう。
 ポンコツはローカストの行動からそこまでを一瞬で判断するも、思考に対して体がついて来ない……生命の終着点……その幕引き……様々な言葉が脳裏を駆け巡るが、最終的に取れた行動は衝撃に耐えるために身を強張らせて目を瞑るくらいだった。
 目を瞑った次の瞬間、その身に走るはずだった衝撃は訪れず。代わりに生暖かいものが、ポンコツの頬を伝った。
 目を開いたポンコツが見たものは、自分に覆いかぶさるように、ローカストの一撃を受け止めたギヨチネの背中……そして頬を伝ったものは、ローカストの一撃をまともに受けたギヨチネの赤い飛沫だった。
 元隆はギヨチネへ振り下ろされたローカストの腕を、達人の一撃で切り上げて弾き、今まさに力無く崩れ落ちようとしていたギヨチネを抱えると、ローカストから距離をとった。
「コルベーユさん! ……っ!」
 元隆が運んできたギヨチネへ 賢穂は癒しを使おうとするが……その手を握り締めてローカストへ視線を移し、半透明の御業を呼び出して炎弾を放った。
 幸いなことにギヨチネの傷はそれほど深くは無いが、戦闘への復帰は不可能だろう。ならば今は目の前の敵を早急に屠るべきだと、賢穂は判断したのだ。
「遅ればせながら、勇気の戦士、仮面ブレイバー推参!」
 炎に焼かれるローカストの懐へ駆け込んだ勇人は、ガントレットに内蔵されたジェットエンジンで急加速し高速の重拳撃を放った。その一撃はローカストの胸板に直撃し、木の板が軋むような音を立ててローカストの表面に皹が入る。
 女性を少女の元まで運んでいた勇人はようやく合流できたのだが……大地に四肢を放り投げているギヨチネの姿に歯噛みした。
 ヒーローは遅れて来るものと言うが、人々の、仲間の窮地を救えばこそのヒーローだ。勇人は力及ばなかった己を悔いるように拳を握り締めると、未だに動けないままで居るポンコツを背に庇うように立った。

●取り戻された笑顔
 元隆が呼び出した御業が炎弾を放ち、ローカストの体を炎で包み込む。
「知能が低いなら体に刻み込みます。人を襲うなら……こんな痛い目にあいますよ、と!」
 炎を振り払おうともだえるローカストへ、ディーンとフローネがアームドフォートの主砲を一斉発射すると、ローカストの体に入った皹が全身へと広がって行くのが見えた。
「人々の平和を脅かすお前を許しはしない! いくぞ必殺、ブレイバァァァキィィィック!!」
 そして、宙高く跳躍した勇人が、青いオーラを右足へ纏わせながら急降下し、渾身の力を込めたキックを放つ。
 勇人の蹴りは違えずローカストの胸元へ突き刺さり――胸元に大穴を穿たれたローカストは地に伏したのだった。

 完全に動かなくなったローカストを見つめて、ポンコツは考える。
 ローカストの死、母子の死、いずれにしても『死』に変わりは無い。今回自分たちはローカストの死を選択したのだ。
 死を選択されたローカストはいかなる感情を持って逝ったのだろうか……死したローカストに問うて見ても答えは返って来ない……もっとも、生きていても知性がなければ会話も出来ないだろうけれど。
「ちょっと前に来てた知性派の連中よりはやりやすかったな」
 だが、会話すら成立しないからこそ、敵として倒すことに遠慮が要らないと、ポンコツの横で同じようにローカストを見ていた元隆は思うようだ。
「でも、直接危害を加えてくるのは厄介ですわ」
 虫にも五分の魂だ何だと理屈をごねられるよりは心情面では殴りやすいものの、虫篭を使わず直接危害を加えてくるのは、戦闘面では厄介であると賢穂は唸る。
「あの……助けていただき、ありがとうございます」
 賢穂たちが色々と考えている間に、戦いが終わったことを察した母子が戻ってきていた。
「もう大丈夫、怖い虫は私たちが倒しましたから」
 礼を述べて頭を下げた女性のスカートを掴んで、その後ろに隠れている少女へ、フローネは屈みこんで視線を合わせると微笑んだ。フローネの顔を見た少女の表情は徐々に華やいでゆき、
「うん! ありがとう!」
 ケルベロスたちへ満面の笑顔を見せたのだった。

 母子が無事な姿と、少女に笑顔が戻った様子を見ていた勇人はほっと胸を撫で下ろす。
 もしも母親を救えていなかったら、あの笑顔は無かっただろう……背中に担いだギヨチネへ視線を向け、勇人はもう一度息を吐いた。
「それじゃ、帰ろう!」
 それから、ギヨチネを担ぐ勇人に手を貸しつつ宣言したディーンに一行は頷き、帰路へと着いたのだった。

作者:八幡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年11月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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