大菩薩再臨~億を救うために万を殺すべし

作者:久澄零太

「ビルシャナ大菩薩を再臨させる為に、より多くのグラビティ・チェインを捧げなくてはならない」
 とある満月の夜の事だった。人気のないビルの屋上で、カソックに身を包み、聖書のような物を携えたビルシャナへ、己が集めてきたグラビティ・チェインの継承を終えたビルシャナが少しずつ朽ちていく……。
「君の名を聞かせてはくれないか?」
「は……?」
 聖職者のようなビルシャナは朽ちていく竜のような頭をしたビルシャナの翼を取ると、小さく微笑んだ。
「君の偉業を私の胸に、君の名を君の墓に刻みたい。私に力を貸してくれた、偉大なる恩人がいたのだと、残したいんだ……」
 最初で最後の自己紹介をしたビルシャナは夜風に攫われ、美しい月光へと旅立っていく。その後ろ姿を見送って、聖職者のようなビルシャナはそっと十字を切った。
「ケイローン卿、別れは済みましたか?」
 消えていったビルシャナと似たような姿をしたビルシャナは淡々と、仲間が消える様子を眺めていたが、聖職者のようなビルシャナ……ケイローンが振り返る。
「行こう。ビルシャナ大菩薩の復活、及び全ての人々を苦痛から救うために……!」

「皆、集まってくれてありがとう!」
 大神・ユキ(鉄拳制裁のヘリオライダー・en0168)がコロリと地図を広げると、いくつかのバツ印がついていた。
「皆の活躍で竜十字島のゲートが壊れたから、ドラゴン勢力の制圧地域がどんどん解放できてたんだけど、その中の一部が天聖光輪極楽焦土菩薩っていうビルシャナの菩薩に壊されちゃったの!」
 バツ印は天聖光輪極楽焦土菩薩によって破壊された地域だったのだろう、そう察した番犬達の眼に鋭い光が宿る。
「天聖光輪極楽焦土菩薩は、ドラゴンの制圧地域を壊してグラビティ・チェインを横取りして、それを使ってビルシャナ大菩薩を復活させる為に強いビルシャナを集めようとしてるみたいなの!」
 この暴挙を見逃すわけにはいかない。番犬達に決意と覚悟が宿るのを見届けて、ユキが話を続けた。
「それで、皆には強化されたビルシャナと、その余波で生まれたビルシャナを倒してきて欲しいの!」
 チラと見れば、部屋の隅で四夜・凶(泡沫の華・en0169)が待機している……どうやら、強力な個体が相手だというのに、現場にはもう一体のビルシャナがおり、分断は難しいらしい。番犬のフォローの為に彼が呼ばれたのだろう。
「敵は仲間と合流しようとしてるから、現場から移動する前に攻撃をしかけて。場所は、ここ」
 ユキが示したのは、とある病院。最新設備を整えた、都内有数の医療施設にして、同時に普通の病院では助からない患者を救うか見捨てるかを決める、最後の場所。
「敵は屋上にいるから、周りへの被害は建物を壊すような事しなければ気にしなくていいと思う」
 裏を返せば、敵は足元に強力な一撃を叩き込むだけで人を殺せる、人質を手にした戦場かと言うと。
「このビルシャナ、元々はお医者さんだったみたい。自分が有利になるからって関係ない人を巻き込む事はしないと思う。でも、その分生き物の体の構造には詳しいから、攻撃は物凄く的確にしてくるの。しかも、一緒にいるドラゴンみたいな頭したビルシャナが護衛についてて、こっちからの攻撃は届きにくいよ」
 陣形はもちろん、戦術も考える必要がありそうだが。
「しかも、白いビルシャナ……ケイローンって言うんだけど、行動の片手間に味方を治療しちゃうみたい。長期戦に備えてね……!」
 戦力だけ見れば絶望的もいいところだが、敵にはビルシャナ特有の特徴があるらしく。
「このビルシャナ、傷ついた人はみんな助けるべきって思ってるんだけど、それが間違ってるって思わせたり、逆にそれが正しいことなんだって褒めたりすると、少しだけ隙ができるみたい」
 敵の教義を利用しろ、という事だろう。それを活かすも殺すも番犬次第である。
「それじゃ、そろそろ行こう……皆、絶対帰って来てね?」


参加者
シェスティン・オーストレーム(無窮のアスクレピオス・e02527)
ヴァーツラフ・ブルブリス(バンディートマールス・e03019)
若生・めぐみ(めぐみんカワイイ・e04506)
ソフィア・ワーナー(春色の看護師見習い・e06219)
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)
ノアル・アコナイト(黒蝕のまほうつかい・e44471)
ケル・カブラ(グレガリボ・e68623)

■リプレイ


「行こう。ビルシャナ大菩薩の復活、及び全ての人々を苦痛から救うために……!」
 ケイローンが踵を返した時だった。夜空から金属の雨が降り注ぎ、咄嗟に飛び退いた二人の間に鉛の雨粒が弾痕を残す。
「よくもまぁおめおめ顔を出せたもんだな、白鳩野郎!」
 降下したヴァーツラフ・ブルブリス(バンディートマールス・e03019)の心情を体現するように、咥えた葉巻の先端が赤熱して灰と散る。
「オホーツク海の海水浴は楽しめたか?今度はきっちり脳天に鉛弾ブチ込んでやる。覚悟しやがれ……!」
 散弾銃を前に護衛が前に出ようとするが、ケイローンがそっと押しとどめて。
「久しいな、ヴァーツラフ。君こそ人の事を海に蹴落とす足癖の悪さや、私の『娘』を誘拐する手癖の悪さは治ったかい?なんなら健康診断でもどうだね?」
「生憎闇医者と仲良しでな。テメェに診せたらふくれっ面されちまう!!」
 不意に放たれる弾幕に対し、竜に似た異形が射線を塞げば拡散する弾丸は仰角を落とし、太腿を食い破りその脚を止めた。
「トリアージを付ける私達は……全ての人を救う行為から、外れている、です。私も、お父様も。治す事は出来ても、救う事はできない」
「おぉ……」
 シェスティン・オーストレーム(無窮のアスクレピオス・e02527)の姿に、ケイローンは感嘆の声を漏らした。純白のカソックの丈を短くし、裾に銀細工を施した聖歌隊を思わせる衣装に身を包んだシェスティンへ、ケイローンは両翼を広げる。
「救済を効率化させる為には仕方なかった……だが、今は違う」
 神へと堕ちた狂気の瞳で、されど揺るがぬ信念を抱えた真っ直ぐな視線で、ケイローンは幼い医師を見つめて。
「君さえ……君さえ来てくれれば、私は万人を救う事が出来るのだ……!」
「大層なことを言ってますけど、本音は『ビルシャナ大菩薩の復活の為に犠牲になれ』ですよね?」
 ケイローンの言葉に、若生・めぐみ(めぐみんカワイイ・e04506)は首を傾げる。
「それって、魔王召喚の儀式以外のなにものでもないですね。どの宗教を紐解いても、善なるものを招来する儀式は、執行者の血を求めるものや同時に賛同者のそれを求めるものしかありませんよ。つまりは、大菩薩が悪しきものという事」
 血を流して降臨するモノが、真っ当なはずがない。そう結論付けてめぐみはため息を溢すと。
「もっとも、めぐみ達番犬にとっては今更ですけど、ね……という事で、そんな悪しき儀式は止めさせていただきます」
 宣戦布告と同時に、前衛を発破。爆風に押し出されるようにして、ケル・カブラ(グレガリボ・e68623)が肉薄、竜頭の翼爪と取っ組み合う。
「お医者さんだってんならボクの一部でも分けましょうカ?ドナーとかの登録してないんデスケド」
「それは助かる。何せ、私には君達も必要だからね」
「ハイ?」
 ケルは気の抜けた声を漏らすが、竜頭に食いつかれそうになり、手首を捻って掴み合わせた手を強引に振りほどくと一旦飛び退く。
「『傷ついた人をみんな助ける』良いっすね、そこだけなら」
「オーストレーム診療所の看護長として、看護を志す者として、あなた方の教義を認める事は出来ません!だって救いたいから誰かを傷付けるだなんて、矛盾です」
 篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)は軽蔑ともとれる視線を、ソフィア・ワーナー(春色の看護師見習い・e06219)から強い否定の意思を投げられて、ケイローンが番犬達を見た。
「傷つくことで痛みを知れてよかったね、とでもいうつもりっすか?俺なら、『良かった。ここに傷ついた人はいなかったんだ』……って、傷ついた人がいないことを喜んでくれるお医者さんに診てもらいたいっすよ。あんたじゃ心の傷を深めるだけっす」
「何かに傷付いた人がいるのなら、その人に寄り添う。その人が立てるまで。救う為にまだ傷付いてない人を傷付けるなんて、そんなの間違ってます」
「君達は私を誤解しているようだ」
 ソフィアが虚空に星を描き、夜空から降り注ぐ星々の煌めきが前衛の身を包みこむ。部隊の援護に回る彼女とは対照的に、佐久弥は刃の背に柄を押し付けたような大剣と柄がやたら長く巨大な包丁染みた大剣を振りかざした。
 頭上で打ち合わせ、柄を接合すればそれは人の背骨を腰骨ごとぶっこ抜いたような大斧に変わり、峰を突き合わせた刃の間に赤い稲妻が灯る。
 竜頭に振るえど受け止められたそれは、触れた翼を伝い、雷撃とも業火とも言えぬ熱を持ってその身を蝕み、弾き飛ばすが、ケイローンは吹き飛ばされた同胞の背中を受け止めて。
「私が健常者を傷つけるのは、研究の為だよ」


「ちょっと何言ってるか分かんないっす」
 あ、こいつ頭ヤベー鳥だって察したシルフィリアス・セレナーデ(紫の王・e00583)は虚無顔で掌を翳し『ノー』のポーズ。
「少し難しかったか……何故デウスエクスが定命化したり、死んだりするか考えた事はあるかね?」
「重力鎖叩きこまれたり、地球に染まったからっすよね?」
 学校をさぼって、自分の偽者に襲われた事もあるシルフィリアスですら知っている常識である。
「では、定命の者が不死になれる可能性については?」
「まさか……!」
 そこまで聞いて、シェスティンは結論に辿り着いた。
「健康な人を……死の間際に追い詰めて……抗体を……死そのものへの免疫を……作るつもり……ですか……!?」
「ふざけないでください!」
 満足そうに笑うケイローンへ、少年姿のノアル・アコナイト(黒蝕のまほうつかい・e44471)が感情をむき出しに吼えた。
「命を守るために、命を危険に晒すつもりですか!?たくさんの人が死んじゃいますよ!?」
「だからシェスティンが必要なのだよ」
 改めて、ケイローンはシェスティンへ翼を伸ばす。
「私の医療技術と君の治療能力。二つ揃えば、研究に失敗してもその命を救う事ができる。何、人はいくつもの病を乗り越えてきたんだ。死とて、不可能なはずはない!既に死を越える手段にはアテもあるんだ」
「ふざけんな!」
 一喝して、ヴァーツラフは葉巻を吐き捨てた。
「テメェ、人の命をなんだと……!」
「君は頭が固いなぁ……その点、シェスティンは違うようだね」
 振り向けば、シェスティンは両手を頬に当て、首を左右に振りながら、一歩、二歩、ゆっくりと後退って……。
「君は……いや、君達はもう、目の当たりにした事があるだろう?私の成果をね」
「イェル……ディス……!」
「クソッ、そういう事か……!」
「よく分かんないっすけど」
 へたり込んだシェスティンをヴァーツラフが抱えて下がると、シルフィリアスを杖から溢れだす光が包み込み、衣服が弾けて新たな光のリボンとして巻き付けば、それは紫を基調にしたドレスへ変わり、端々にフリルをあしらい黒いリボンが結ばれて……。
「魔法少女ウィスタリア☆シルフィ参上っす」
 ブイサインを目元に当ててウィンクするなり、杖をケイローンに向けた。
「要は、偉そうな嘴叩いてる鳥さんをやっつければいいって事っすよね?」
 シルフィリアスの髪が牙を持つ顎へと編み込まれると、蛇の如く回り込み、竜頭へ殺到。四肢へ食らいつき、引き千切らんとして全身を突っ張らせて無防備になった顔面へノアルが強襲。両脚で思いっきり踏みつけると、反動で跳ね返り帰還。牙を剥こうとした矢先、ノアルによって出鼻をくじかれた異形へシルフィリアスの杖が輝きを放つ。
「小難しい事は置いといて、とにかく悪者は吹き飛ばしてやるっす」
 生成した魔力の砲弾を叩きこみ、爆煙を残してぶっ飛んだ異形は病院内へ向かう扉に叩き付けられ、金属を吹き飛ばして両翼がコンクリートの壁にぶち当たり、その場に崩れ落ちた。


「このまま一気に畳みかけマショー!」
 ケルが立体パズルを叩いてバラし、飛び出した女神の幻影が無数の腕から複数の武器による乱打を叩きこむ。乱れ打ちはコンクリートの表面を削り、朦々と粉塵を上げ……やがて、粉塵から飛び出した異形は真っ直ぐケルに向かって飛来。
「首さえ繋がってれば反撃の目はありマス。気張ってイキマショー!」
 間に合わない。咄嗟に判断して回避を捨てたケルは、首を落とされないよう胸を突き出すようにして頭を下げ、自らの胴体で直撃を受け止めた。
「ガハッ!?」
 人の肉なぞ容易く引き裂く爪を前に、肋骨を掴まれて危うく胸部を引き千切られかけたが、大斧に地獄を纏わせた佐久弥が横から殴打。ケルの肉と骨より先に竜頭を引き剥がした。
「な、なんだか一撃が強力じゃありませんか!?」
 青ざめためぐみがケルの傷口を隠すように霧で包み込み、止血と治療を同時に行う傍ら、更なる追撃をソフィアが有毒性の薬液をぶちまけて牽制。軌道を変えた所を佐久弥が脳天に膝蹴りを叩きこみ、視界に星を散らして止める。
「それはないと思います。もし向こうが攻撃系の型だったなら、そろそろ動きが鈍ってくるはずですから」
 ソフィアが観察した通り、ケイローンによる応急処置で傷を塞いだばかりか、深く抉ったはずの傷すら無視して動き回る竜頭を前に、佐久弥は内心舌打ちする。
「嫌な予感ほど当たるもんっすね……」
 ケイローンから受けた痛手はなく、しかし護衛に集中させた攻撃の被害は瞬く間に癒える。導き出した答えは、癒の型と盾の型のコンビ。佐久弥が懸念していた、呪詛も加護もロクに役に立たない布陣である。
「私がノーマークなのは、私を脅威と見ていないからかな?」
「あっ……らぶりん!」
 めぐみに迫るメスを愛妖精が庇い、瞬く間に解体されて霧散。その有様を目の当たりにして、めぐみは従属に伸ばそうとした手を逆の手で押さえこみ、すぐさまバックステップ。
「一撃もらっただけで致命傷ですね……」
 ケイローンの単純な攻撃力は大した事はない。だが、それが致命的な一撃となれば話は別だ。狙の型でもないのに一撃で従属を抹殺するそれは、治し方を知る故に、壊し方を知る者の動きである。
「あの、苦痛から救うとか言ってぶっ殺すとかはないデスよネ?お医者さんですもんネ?」
 頬に冷や汗を伝うケルの問いに、ケイローンはニコリ。
「殺しはしないとも。まぁ、手違いで死んだとしてもビルシャナ大菩薩復活の糧になるだけさ!」
 ヴァーツラフから銃口を向けられながら、ケイローンはゆっくりとシェスティンへ歩み寄る。
「さぁ、おいで?殺しても死なない新人類さえ生み出せれば、地球の人類はもとより、デウスエクスすら含めた全てを救うことができる!」
 その言葉に、幼い医師は小さく震えた。


『永遠なんて欲張らなければ……もっと……一緒に居られたのかなぁ……』
 それは、二度と顔を合わせる事がない弟の言葉。
『――パキリ』
 それは、小さな音だった。最期の瞬間まで生きる為抗い、死を受け入れ、絶えた種族の最後の声。
(もう、あんな想い、しなくても、させなくてもいいのなら……)
「全ての人間を救うだと?相変わらず寝ぼけた事を抜かしやがる。あの時と同じ答えを返してやるよ」
 カチリ、手を伸ばそうとしたシェスティンの意識を引き戻したのは、弾丸が弾倉の中で転がる音。
『大きなお世話だ馬鹿野郎!!』
 一瞬だけ、ヴァーツラフがあの時の姿でフラッシュバックする。
「テメェのケジメを、他の野郎につけさせてたまるかってんだ」
 唾棄するヴァーツラフの言葉に、幼い医師はハッとした。異形の手を取れば、多少の犠牲は出ても、いつか本当に人類もデウスエクスも救えるかもしれない。だが、それは今まで自分が『殺して来た者達』から目を背ける行為ではないか?
「一人を殺す時……十人が救えるとしよう……」
 シェスティンの震える声に、ケイローンが片眉を上げた。
「その一人を殺す事は、罪である……背負うべき、罪である……ごめんなさい、お父様……」
 双眸に感情の雫を溜めて、少女はかつて……否。今でも慕う師であり、もう一人の父であった存在へ、その覚悟を示す。
「私は……この罪を背負いたい……!」
「そうか、ならば仕方ない」
 ケイローンは背負った弩を構えると、矢を番える。
「一度殺して、その治療能力を抽出した傀儡にするとしよう」
「くるぞ!」
 ヴァーツラフの声に番犬達が構える中、佐久弥はそっとシェスティンの目元を拭った。
「何か伝えたい言葉があるんなら、自分の中で殺さなくていいんすよ」
 その微笑みに、少女は小さく首を振る。
「大丈夫……です……」
 不器用な微笑みは、彼女なりに佐久弥を安心させようとしたのだろう。
「そっすか」
 小さく答えて、佐久弥とシェスが戦列に加わると散弾銃がリロード。
「まずはあのトカゲ野郎をぶっ潰す!次は鳩に豆鉄砲ぶち込むぞ、いいな!?」
「いきますよー!!」
 ノアルが飛びかかり、蹴りを叩き込もうとして脚を掴まれかけた瞬間、番犬外套を脱ぐと振り回し、身を捻ってそれを躱し上へ。
「魔法には、こういう応用の仕方もあるんですっ!」
 その一瞬で外套を媒体に翼と尾を生成しながら、時を早送りしたように急成長。少年の姿から女性の姿に変わり、強靭な尾の一撃が竜頭を地面に叩き落とした。
「あ、当たってくださーい!!」
 敵の頭をソフィアが思いっきり踏んだ。あまり格闘戦に慣れていないソフィアは何度も踏んで、とにかく敵の動きを封じようとする。
「後は任せてくださいネ!」
 そこへケルが両翼を取り、背中から関節技を極めて完封しようとするが、怪力を持つ異形に投げ飛ばされ……。

 ――蘆原に禍事為すは荒御霊。荒ぶり来たらんものを通す道はなし。汝の悪行にこれより先は無きにけり。

 夜空を彩る月から祝詞が響き、竜頭の踵、尾、両翼骨に弾丸が撃ちこまれると、剥製のように動かなくなった。
「我らが嘴を挟むだけ野暮というものじゃ。そうじゃろう?青黒いの」
 カロン、カロン、草履を鳴らして降下した括が小さく微笑むと、シルフィリアスが天に掲げた杖の上に魔法陣が展開。三枚あったそれが重なり、光が迸るそれを竜頭へ向けて。
「いくっすよ!グリューエンシュトラール!」
 カッ!一瞬の閃光の後に爆風が異形を飲み込んで、真っ直ぐ伸びた光は地の果てに消える。反動の風に髪を靡かせながら、シルフィリアスが中指と薬指だけ畳んで頬に添えるように、ニコッ。直後更なる爆破が異形を襲う!
「括おねーさん……」
「……邪魔はさせぬよ」
 駆けつけた括へ何か言おうとしたシェスティンだったが、括は片手でそっと制して微笑むと、月光に乗って飛翔。竜頭を巻き込み夜空の彼方へ。
「此度の主役は我らでないからの。共に退場しようではないか……!」
 遥か上空で、月影に散る異形を見届けてケイローンはそっと十字を切った。
「すまない……」
「次はテメェだ」
 銃口を向けたヴァーツラフへ、ケイローンは笑う。
「君たちは知らないのだろう。彼の役割は、散る事なんだよ」
「んなっ……!?」
 引き金を引こうとするヴァーツラフだが、銃を弾き飛ばされ天から降り注ぐ光を浴びたケイローンが禍々しい覇気を纏うと、その矢を向けられる。
「この一撃は、私の為に散った二人分の命の重さだ……!」
「クソッ!!」
 躱そうとして、脚を止めた。後ろにはシェスティンが……されど、矢が穿つのはヴァーツラフでなければ、シェスティンでもない。
「シェスさん……お怪我は……?」
 心臓をぶち抜かれ、貫通を恐れその矢を掴んで止めた佐久弥は、虚ろな瞳を向ける。
「……!」
 小さく首を振る彼女に、口元だけで微笑みを浮かべて。
「そっすか……」
 佐久弥は物言わぬガラクタと化し、崩れ落ちた。
「その漢気だけはかってやるぜ……!」
 矢を番えるケイローンへヴァーツラフが二挺拳銃を携え肉薄。左右二発ずつ、牽制に弾丸を撃ち込みながら滑り込み、射線を掻い潜って弾倉が空になるまで引き金を引くと、命中弾が発火。
「私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒す」
「ちょこまかと厄介なパピーだ……!」
「鳩さんこちら、銃鳴る方へッ!!」
 空薬莢だけ転がして、再生成される弾丸をばら撒き、時に頬を、時に脇腹を掠める形で直撃を躱すヴァーツラフが不意に飛び退いた。
「されどこの身は英雄に非ず。されどこの心、聖人に在れず」
「やっぱコイツじゃねぇとな!」
「動き回っていたのは銃を拾う為か……!」
 拾った散弾銃を向け、ヴァーツラフの口角が上がる。
「んなわけねーだろ」
「故に赦しを棄て、私はここに告げる」
 ヴァーツラフが横に飛び、シェスティンとケイローンの視線が重なった瞬間、異形の身を業火が焼いた。
「ギヤァアアアア!?」
 その炎は熱を持たず、痛みを、傷を、病を、死を否定する意志を、自らを否定する劇薬に変えて焼き払う。
「さようなら……お父様……」
「まだ……まだだ……」
 その身を焦がし、ケイローンは這って幼い医師を求める。
「おいで……シェスティン……!」
「うるせぇ」
 伸ばした翼を、黒狼は踏み躙る。
「子どもにいつまでもしがみついてんじゃねぇよ、みっともねぇ」
 カチリ、愛用の散弾銃を、眉間に押し付けて。
「До свидания」

 ーーズガァン……!

 響く銃声が夜の町に木霊して、倒れ伏した異形は『笑った』。
「ふふふ……待ちなどしない……迎えに行ってやるとも……!」
「ぬかせ、白鳩野郎」
 月を見上げ、葉巻に火を点けるヴァーツラフ。彼と背中合わせに、シェスティンは灰一つ残らなくなるまで、業火を見つめていた……。

作者:久澄零太 重傷:篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年6月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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