大菩薩再臨~我が悪の道

作者:森高兼

 悪の軍団が拠点にしそうな郊外に佇む廃屋敷の一室にて、2体のビルシャナは密会を行っていた。1体はある悪の秘密結社で総帥たる者を裏から操っていた真の総統、もう1体は何故か鳥ではなくドラグナー系の姿をしている者だ。
 カラス系の総統は奇妙なビルシャナより強化を施すなどの任務を聞き、組織の構成員に対するように彼へと人差し指を突きつけた。
「早速やってもらおう」
「無論だ」
 その態度こそ淡白ながらも総統に力を付与していくビルシャナ。
「ほぅ」
 体内から沸き上がる力に、総統が再度ビルシャナに人差し指を突きつけて悪の笑みを浮かべる。
「素晴らしい」
「移動する」
 ビルシャナは両開き扉を閉めずに退室し、無表情で振り返って総統を見やった。次で任務が済めば、与えた力の一部となって彼は消え去る。そんな最期を本望として……役目を果たすことしか頭に無いのだろう。
「ふむ」
 不思議と無風で靡くマントを翻した総統も、音がよく反響する長い廊下に出ていく。
 やがてカラスの足音が遠ざかって静寂の訪れる部屋には、羽根だけがぽつりと残されたのだった。

「竜十字島のゲートを破壊後から、ドラゴン勢力に制圧されていた地域の解放は進んだ」
 サーシャ・ライロット(黒魔のヘリオライダー・en0141)は凛々しい笑顔でケルベロス達を迎えて資料を配ってきた。
 しかし、件の案件に発生した問題は大きいようでサーシャの表情が曇る。
 説明によると、一部の地域に関してはビルシャナの菩薩である1体『天聖光輪極楽焦土菩薩』によって破壊されてしまったという。
「奴はドラゴンの制圧地域で奪ったグラビティ・チェインを使い、ある特殊なビルシャナ達を生み出した」
 オークと竜牙兵とドラグナーの3種の中で、ビルシャナはどれか1つの特徴が反映されている。さらに特筆すべきことは2度に限られるとはいえ、『ビルシャナの強化』と『一般人の強力なビルシャナ化』が可能な点だ。
「変則的能力で誕生する強力なビルシャナ達を……『ビルシャナ大菩薩』再臨のために集結させる魂胆らしい。それは看過できない問題だな。此度の君達には強化ビルシャナとドラグナータイプのビルシャナを討伐してもらいたい」
 総統とビルシャナは密会場所の廃屋敷に皆が到着した時点では屋内にいる。
「外で待ち構えるか、廃屋敷に突入するかは君達の自由だ」
 ふと最初に配ってきた資料に目を落とすサーシャ。
「それぞれのグラビティについてだが、まずは資料に目を通してみてくれ」
 サーシャに促されて資料を確認した皆の目に飛び込んできたのは、羅列する『催眠』の文字だった。
「攻撃の傾向は一目瞭然だろう」
 シンプルな作戦の方がこちらの対応も単純明快かもしれない。ただ敵の思い通りに戦闘が進むようなことになれば……一転して窮地に陥ってしまうか。
「とにかく徹底的に効率良く催眠をかけてくる。同士討ちに注意してほしい」
 いかにして仲間の意図せぬ行動を防ぐか、それが戦いの鍵となっている。
 サーシャの後ろに控えていた綾小路・千影(がんばる地球人の巫術士・en0024は、テーブルの上に資料を置いた。
「私も同行します。強化されたビルシャナは自身の教義に疑問を持つと隙が生じるようです。また教義を褒めることでは攻撃の狙いが甘くなります」
 千影が気合いを閉じ込めるように両拳を握り締める。
「それらの弱点を駆使して私達の役目を果たしましょう!」


参加者
端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
風魔・遊鬼(鐵風鎖・e08021)
新城・瑠璃音(相反協奏曲・e44613)
藤林・九十九(藤林一刀流免許皆伝・e67549)

■リプレイ

●ヒーローと悪のビルシャナ
 ケルベロス達はシンメトリーの廃屋敷の敷地内に足を踏み入れた。総統とビルシャナの姿は無い。まだ2体とも移動中だ。建物全体から威圧感のようなオーラが出ている気がする。まぁ、曇天という空模様などの雰囲気のせいだろう。
 乗り込む前に、ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)が意気込みを口にする。
「以前に倒した悪の総帥を越す、悪の総統がいたなんて……人々を悪に導こうとする悪者は倒さないとだね!」
「はいっ」
 一緒に意気込んできたのは綾小路・千影(がんばる地球人の巫術士・en0024)だった。ちなみに出発前にミリムから魔法少女のコスチュームを渡されたが。『お気持ちだけで』との返事で、やんわりと断ってきていた。
 元々の千影の巫術服についてはツッコミ無用なのです。
 端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)はちょっと難しい顔をしていた。
(「わしが知ってるアレと青黒いビルシャナが同様の思想の持ち主であるなら、自らを悪とは思うておらぬはずじゃけど……」)
 どうにか感情の希薄なビルシャナから情報を聞き出したい。その返答次第では『アレ』のことで何らかの推測ができるだろうか。
 総統とビルシャナの性格を思い返して、藤林・九十九(藤林一刀流免許皆伝・e67549)が亡き妹のビハインド『藤林・璃珠』と顔を合わせて苦笑いを浮かべる。
「相変わらず、ビルシャナはふざけているのか真面目なのかよく分からん奴らだな」
 魔法少女の格好である12歳当時のままの璃珠は、無邪気に笑って九十九に頷いた。
 九十九が千影と目が合って一言を付け足す。
「だが、侮れないか」
「強敵ですので」
 教義が何であれ……ビルシャナの本領は全員が理解している。強化の特性とて捨て置けない能力のはずだ。
 戦いの気構えは整い、皆が玄関扉の開扉に派手な音を響かせて廃屋敷に突入していく。
 総統とビルシャナはエントランスまで辿り着いていた。中央の階段にある踊り場で立ち止まってくる。黙って皆を俯瞰してきて、まるでボスと幹部のような絵面だ。ある意味らしからぬ張り詰めた空気が漂い始める。
 さながら破天荒なボスに苦労する幹部のごとく、ビルシャナは一歩踏み出してきた。
 ミリムが張り詰めた空気を打ち砕くツッコミを入れる。
「あ、名乗り中と変身中は攻撃しないが悪の絶対条件だよ!」
「それこそ無論だ」
 総統の同意もあったから、仕切り直して皆の先頭に立った。
「あなた達の企みもそこまでです!」
 総統に『ラグナロクブレイド』の切っ先を向け、赤き勇士としての名乗りを上げる。
「悪の影ある所に正義の光あり、ケルベレンジャーレッド!」
「ついに追い詰めたぞ、貴様らの野望もここまでだ!」
 流れに乗って総統が食いつきそうなセリフを述べたのは九十九だ。
「…………」
 変身する者や総統の口上もあるはずで、風魔・遊鬼(鐵風鎖・e08021)は皆と隊列を組んでおいた。後はいつでも敵にナイフを振るうことができる。
 総統が玄関から吹く風で靡いているマントを翻した。
「ケルベロスの諸君、歓迎しよう。我こそが悪の秘密結社、真の総統」
 饒舌になった総統の『無駄』話はクッッッッッッッッソ長かったので割愛。だが最後になって回答の価値はありそうな問いかけをしてくる。
「貴様らには悪の心が無いのか」
「私の中の悪、ですか?」
 新城・瑠璃音(相反協奏曲・e44613)は意味深に微笑んでみせた。此度の戦いにおいて、はたして……瑠璃音の悪が表出する時はくるだろうか。
 悪の対義には善があり、括があえて総統に散々語られた悪を肯定する。
「なるほど」
 人は悪があるから善を為そうとして、この世に悪のみならば善の概念自体が無かったはずだ。
「悪が必要となるときもあろう」
 そんな次の瞬間に否定の言葉を並べていく。
「けど、ダメじゃ。悪事というは悪いことじゃからというて、してはならぬのではないのじゃ。してはならぬことを悪事と呼ぶのじゃ」
 ふと総統の隣で待機するビルシャナを一瞥した。
「……そっちの青黒いのは『悪者』なのかの?」
「どうでもいい」
 ビルシャナは機械的な態度で答えてきて、やはり任務の他には一切関心が無いようだ。彼との問答は諦めるしかない。
 改めて総統を見やり、括が真摯に訴えかける。
「悪いことなんて、したらダメじゃよ?」
「愚問なり」
 最初から訊くまでもなかった総統の返答に嘆息して首を振った。
「もはや是非もなし。ならば、せめて悪の首魁らしく華と散らせてあげるのじゃ!」
 『重武装モード』の効果で装備を変形させる。ファミリアロッドから変化した兜はモモンガモデルだった。なまはげ装束に棲むオウガメタルの特徴は反映されなくて本当に良かったはず。
 全ての変形が完了すると、勇ましい姫っぽいポーズをとった。
「魔法クマクマまじかる☆くくるん!」
「重甲戦姫ククルではないのか」
 ぽつりと漏れ出た総統の小声は無視していい。
 シルフィリアス・セレナーデ(紫の王・e00583)が『プリンセスモード』を発動した。悪魔の羽根と尻尾が付いた肌の露出が多い魔法少女になったかと思いきや、無表情で前衛同士の遊鬼より前に進んで振り返る。
「皆、悪に目覚めて総統のために働くがいいっす」
 悪に魅了されてしまった……演技だ。
 しかし、ビルシャナは疑っているようで総統が油断してくれそうにない。
 さっさと元の位置に立ったシルフィリアスが、『カラミティプリンセス』を頭上に振りかざした。不思議な光が彼女のプライバシーを守る中で、リボンが小柄な各部位に巻きついて衣装を創造する。
「魔法少女ウィスタリア☆シルフィ参上っす」
 ウインクした右目にピースサインの右手を重ねて、ちゃんと絶対領域が働く衣装で片足を上げた。
 総統の感想に続く!?

●ボスバトル!
 臨戦態勢で痺れを切らしたのか、ビルシャナは大経文を唱えるために大きく口を開けてきた。
 総統がビルシャナを制止するために条件反射で両手を伸ばす。
「待――」
 しかし、止まらなかったビルシャナ。対象は括や璃珠と千影の後衛陣で、総統に負けるとも劣らない攻撃は容易に回避できるものではなかった。あくまで彼に代わって戦端を開いたに過ぎないのだろう。
 総統は敵の立場でありながらも安堵して冷や汗を拭った。1階に移ったビルシャナを追って2人の変身に拍手を送り、中衛のミリムに指を突きつけて声高に告げてくる。
「ケルベレンジャーレッドよ! 今こそ己の悪に目覚めるのだ!」
「ボクはそう簡単には闇に堕ちたりしない!」
 心を貪る不可視の波動をくらい、ミリムが絶望を貫くように『ラグナロクブレイド』を高く掲げた。剣先に光を灯し、床に前衛陣の希望となる守護星座の輝きを深く刻んでいく。
 守護の付与が一度に多いことは攻撃に専念する遊鬼にとって頼もしい限り。
 シルフィリアスは『カラミティプリンセス』からビルシャナに雷を迸らせた。
 まずはビルシャナを始末するべく、遊鬼が忍の足運びにて無音で彼の背後へと回り込む。戦闘中の口数は少ないゆえに振り向いてきた敵と一瞬だけ睨み合い、両手に握り締めたナイフで交互に斬りつけて鮮血を浴びた。
 先にファミリアロッドとシャーマンズカードを元に戻していた括。拳銃に化けたモモンガの『いたずら野鉄砲』、神木の枝に霊符を張り固めた銃床である『霊振りの輪胴拳銃』という異色の2挺でビルシャナと床に銃弾を、それぞれに一発ずつ撃ち放った。
 双方の弾丸が縁を括りつける媒体の要石となり、ビルシャナを床に縛りつける。
「ひふみよいむな、葡萄、筍、桃。黄泉路の馳走じゃ、存分に喰らうてゆかれよ」
「いらぬ」
 ビルシャナは括が挙げた美味しそうな山の幸の幻影に囲まれているところだろう。
 側のミリムや催眠にかかった者を支援する千影がいる後衛陣に、瑠璃音が詩を詠んでいく。
「不滅の亡国の姫……出会う者に祝福を謡う。いつかの別れを悟れども」
 望まずに永遠の命を得たと伝わる永久姫の詩は、不屈の響きが宿っていた。長期戦になれば役立ってくれるはずで、仲間の盾として奮闘する九十九にも早く加護を与えたい。
 九十九の斬撃と璃珠の金縛りはビルシャナに躱されたが、千影が薬液の雨で後衛陣を治療する。
 ビルシャナは口から黒いエネルギー体を吐き出した。謎めいた物体がうねりをあげ、途轍もないスピードで括の額を貫通する。ビルシャナ経文の連続再生で彼女に激しい頭痛を引き起こさせてきた。
 総統が羽ばたいて後衛陣の周囲に毒の塵が蔓延していく。
 『カラミティプリンセス』の杖頭に付く宝石にエネルギーを集めながら、シルフィリアスは髪を操って束にした。髪の束の先端に牙の生えた口を出現させてビルシャナに牽制する。
「いくっすよ! グリューエンシュトラール!」
 光と共にエネルギーの塊を発射すると、髪を靡かせて再びポーズを決めた。
 遊鬼が火薬から特製の棒苦無を作り出す。
「触れれば爆けるが鬼の腕」
 ビルシャナに死角から襲いかかる……と見せかけ、正面より棒苦無を投げつける。彼の肩に突き刺さり、着火された棒苦無が爆発して追加攻撃となった。
 肩を押さえているビルシャナに、九十九が刀を構える。
「刀の錆にしてやるよ」
 全身に力を溜めて素早く正確な斬撃を繰り出し、ビルシャナの左肩へと刀を食い込ませた。
 ビハインドの璃珠は下半身が無くて顔も隠しているけど。魔法少女が大好きだからシルフィリアスの真似をしたい。敷地の隅にあった花畑に念を送って花びらを引き寄せ、花の魔法みたいにビルシャナを包み込む。左手でピースサインを作って目元に添えた。
 半透明の『御業』を鎧として纏った千影が、シャーマンズカードを持つ手を震わせる。
「千影は……大丈夫ですっ」
 危うく『御業』にビルシャナの味方をさせるところだったようだ。活性化しているグラビティの構成上、皆は『御業』でしか敵の『御業』を解除できない。間もなく千影が戦闘不能となれば、催眠対策が水泡に帰すことになっていただろう。
 後衛陣を執拗に狙っているようで、ビルシャナはエントランスの端々に大経文を轟かせてきた。後衛陣以外に直接の影響は無いが……意味不明な呪言は耳にしていて気分の良いものではない。
 総統がミリムと瑠璃音に黒い光を飛ばしてくる。
 平然としているようでも傷は負っているビルシャナに肉迫し、空の霊力を帯びさせた2本のナイフを彼の両肩に突き立てる遊鬼。引き抜いた際に返り血が顔や『黒魔の鎖衣』に付着した。それを気にも留めない。
 居合いの構えをとるために、九十九が刀を一旦鞘に納める。
「藤林一刀流……春風の太刀!」
 抜刀によって春を思わせる穏やかな風が発生した。身体の異常は癒せないものの、千影に気力を取り戻させる。1人では庇いきれないからこそのせめてもの援護だ。
「ありがとうございます」
 千影は薬液入りの瓶を高々と放り投げて後衛陣に治癒の雨を降らせてきた。少し力んでしまったらしい。
 邪魔な千影を排除するつもりか、ビルシャナが経文の内容を具現化させてきた。
「させるか!」
 軌道上から千影を押し出して璃珠に受け止めてもらい、九十九が庇ったことで息吹をくらう。経文に苦しめられながらも自信に溢れる表情は崩さなかった。

●悪の導き
 総統の羽根から散布される毒の塵を吸ってしまったシルフィリアスと遊鬼は、守護と加護のおかげで冷静にビルシャナを攻撃できた。
 瑠璃音が意外と高い天井に届く高さまで飛び上がる。
「そこです」
 息吹で迎え撃とうとするビルシャナよりも早く、綺麗な虹を纏って急降下の蹴りを炸裂させた。
 不意に、虚ろな目で総統に薬瓶を投擲させる千影。恐れていた意に反する行動だ。
「も……申し訳ありません!」
 心身に追い打ちをかけようと、ビルシャナは千影に経文を読んできた。
 総統に心を刺激されたミリムが、徐に片手で顔を覆う。
「夜食にカップ麺……ハッ! 足の小指が角にぶつかる呪い……ハッ!? イケナイ! 悪の心に芽生えてしまう!」
 前者はともかく、後者については地味かつ酷い。一体悪って何なのだろうか。
 ミリムの心が乱れているのは事実であり、裂帛の叫びを上げて邪念を吹き飛ばす。
 シルフィリスは『カラミティプリンセス』の宝石が付いた先端に雷を迸らせた。ビルシャナを痺れさせ、極めたかのような決めポーズも忘れない。
「キラ☆っす」
 戦況が膠着しており、皆がビルシャナに畳みかけていく。
 遊鬼がビルシャナの傷を斬り広げ、括は魔力を纏ったモモンガを射出した。瑠璃音の『散扇』に憑依した無数の霊体が敵を体内から蝕む。
 しかし、虫の息であるビルシャナが息吹で千影を戦闘不能にしてきた。さらに総統から悪の毒が中衛陣へと振り撒かれる。
 ミリムは死霊魔法で自分達の不調を改善した。
 エネルギー体である氷属性の騎士を一時召喚し、括が呼び出した氷騎士にビルシャナの止めを刺させる。少々残念そうな顔で彼と視線を交えた。
「聞きたいことは山ほど、あったのじゃが」
 最期にさえ沈黙でいて……括を見据えたまま消滅していったビルシャナ。
 総統が腹心を失ったような様子で呟いてくる。
「逝ってしまったか」
 先程の毒が回ってきてしまい、瑠璃音は顔を伏せた。目が前髪で隠れ、怪しげに口角を上げる。
「うふふ……どなたを狙えば良いのでしょうか?」
 完全におかしくなりつつあった。仲間を傷つけないように残っている理性を振り絞ると、瑠璃音なりに声を張り上げる。
「えい」
「貴様は魔法少女だったのか?」
 前衛陣に暗黒の後光を放ってきた総統は、瑠璃音の愛らしい挙措に誤解をしてきた。5人数にいそうな内気タイプの子とでも思ったのだろうか。
 攻める前に、遊鬼が小さく頭を振る。戦局によっては仲間の犠牲もいとわない……という危険な思考を巡らせかけたのだ。
 確かに忍ゆえの非情な決断を迫られることは常にありうる。だが現在頭に浮かんでくる思考は所詮まやかし。それを証明するように攻撃目標を見誤らず、しかと総統に斬りかかった。

●正義と悪と
 これまでにやっておいた準備を頼りに、ケルベロス達が攻撃の比率を上げていく。
 今日一番に仰々しく……総統はマントを翻した。大きなカラスの翼で羽ばたいて自身の周りに羽根を舞い散らせてくる。
「我が軍門に下れ!」
「嫌です」
 総統に接敵中であり、遊鬼が反応したのは正気を保つためだった。千影の戦線離脱で催眠からの脱却が安定せず、いずれ衝動に駆られるかもしれない。早急に片をつけるために彼を解体しようと両手のナイフで切り刻む。
 括の氷騎士が総統の脚を凍りつかせ、瑠璃音は跳んで蹴りを見舞った。
 総統がシルフィリアスとの距離を詰めて指を突き出してくる。
「シルフィ! 本当に寝返るつもりはないのか?」
 意識が朦朧となってしまったシルフィリアスは、ミリムの魔法である程度治してもらった。もっと頭をすっきりとさせるために叫ぶ。
「総統さんの相手はあちしにお任せっす」
 遊鬼が棒苦無を作って総統の腹部を爆発させ、九十九は卓越した技術で敵を斬った。
 総統がエントランスの中心に立つ。得体の知れない重圧を伴い、前衛陣に邪悪なる魔力を放出してきた。
 心を強く持って総統と対峙し、シルフィリアスが彼に説く。
「悪が一番映えるのは正義の味方に倒されるときっす! つまり……正義の味方に倒されないと悪の存在意義はないっす!」
 ところで、悪を正義と主張している総統。それでは、ケルベロスが正義と仮定すると悪になる。だが悪ならば正義のはずで……ちょっと混乱状態になって余所見してくる。
「ぬぅ」
「不死身であるなら攻撃をよける必要もないはずっす」
「ぬぐぅ」
 ついでに言ってみたシルフィリアスのツッコミも効果覿面だったようで、『カラミティプリンセス』に収束させたエネルギーを解き放った。
 反撃の狼煙を上げるように、皆で総統の生命力を削り取っていく。
 シルフィリアスの正面に立った九十九が、深呼吸して塵が彼女に届く前に吸い込んでやった。
「また貴様か……!」
(「璃珠はシルフィリアスが悪堕ちしたらショックを受けてしまうからな」)
 璃珠を想う心を力の糧にして総統の腕に峰打ちを叩き込む。
 そして、皆による怒涛の集中攻撃が再開された。
 ブラックスライムを鋭い槍のごとく伸ばし、瑠璃音が総統にダメ出しを試みる。
「悪は本来純粋なものとどこかの宇宙人の王子が言っています。如来を目指すような組織の中の上達を目指すのは違うのではないでしょうか?」
「結局どういうことだ」
 総統には上手く伝わらなかったようだ。それならば自力の勝負で見事に槍の一撃を命中させる。
 ミリムは破壊力抜群のピコピコハンマーをぶつける前に、総統へと言っておきたいことがあった。
「悪の華が居なければ正義の志は生まれない。悪が居てこそ正義もある。ですから、一応感謝はしますよ。悪の総統!」
「……さらばだ。ケルベレンジャーレッド!」
 やや間抜けな効果音の直後、大きく腕を開いた総統の身体は神経と血管が破壊された。仁王立ちで絶命して消え去ったのは天晴だろう。
 瑠璃音が目覚めた千影に声をかける。
「大丈夫そうですね。お疲れ様でした」
 皆で外に出ようとすると、雨が降ってきて鳴る雷。別に変なフラグなんかじゃなくて……単なる偶然だ。

作者:森高兼 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年6月29日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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